Tetsu-to-Hagane
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Interpretation of Upper Yield Point in Polycrystalline Ferritic Steel Based on the Critical Grain Boundary Shear Stress
Toshihiro Tsuchiyama Satoshi ArakiSetsuo Takaki
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 106 Issue 6 Pages 382-390

Details
Abstract

The upper and lower yield points of ferritic steel containing a small amount of carbon were discussed in terms of the critical stress for dislocation emission from a grain boundary, namely, “critical grain boundary shear stress”, on the assumption of the pile-up model. Considering some experimental results such as tensile testing, relaxation testing and nanoindentation testing on grain boundaries, we concluded that both upper and lower yield points could be similarly understood as a phenomenon of dislocation emission from dislocation sources existing at grain boundaries. The difference in stress between upper and lower yield points was explained in terms of the density of mobile dislocations, which determines the extent of stress concentration at grain boundary caused by pile-up of the dislocations. Slow cooling after annealing or aging at low temperature, by which Cottrell atmosphere is formed, leads to a significant decrement of the mobile dislocation density, and this results in an occurrence of the sharp upper yield point because of a reduced number of piled-up dislocations and insufficient stress concentration at grain boundaries.

1. 緒言

焼鈍した多結晶のフェライト鋼を室温で引張試験に供すると,しばしば不連続な降伏挙動を示し,上降伏点から下降伏点への降伏点降下,ならびに不均一なリューダース変形を発現する。このような不連続降伏は,プレス成形された薄鋼板に皺(ストレッチャーストレイン)を発生させ1,2),製品の美観を損ねる原因となる。とくに予ひずみ加工を施した材料が時効処理された後に生じる顕著な降伏点上昇と不連続降伏点現象,いわゆるひずみ時効については,製品の加工性や性能にも直結する性質であることから,その発生機構を理解し,制御することは工業的に非常に重要であることは言うまでも無い。

このような降伏点現象が発現する原因として,炭素を含有するフェライト鋼においてはCottrellらが提唱したコットレル固着機構3,4)が最も一般的な発現機構として認知されている。これは転位の周囲にある応力場の存在により,固溶している炭素などの侵入型溶質原子が転位周囲に偏析することで転位を固着し,転位が固着から外れる際に降伏点が現れるというものである。しかしながら,コットレル理論では,降伏時の転位増殖の起点が粒内の転位源とされているため,降伏応力が粒界とその転位源までの距離という未知のパラメータに依存することになり,降伏応力を一義的に与えることができないという問題点がある。さらに,固溶炭素や窒素を極限まで低減させたIF(Interstitial Free)鋼においても結晶粒径や熱処理条件を変化させることで降伏点が発現する場合がある(後述)。これは降伏点の発現機構として固溶炭素や窒素による転位の固着が必要条件ではないことを示唆している。一方で,コットレル固着説に対してJohnston and Gilman5,6)は粒内に存在する可動転位の運動に対する摩擦力だけを考えることで降伏点現象における降伏点降下を説明し,転位の固着機構と無関係な降伏点の理論を報告している。しかし,この理論は単結晶に対しては成り立つものの,多結晶鉄に関する実験結果との一致は定性的なものにすぎず,降伏点の結晶粒径依存性を説明できてはいない。さらに,各降伏点について明確な区別がなされておらず,降伏点の発現機構について十分な理解が得られていないのが現状である。

著者らは,これまでに多結晶フェライト鋼の引張特性に及ぼす結晶粒径の影響について一連の調査を行い,パイルアップモデル7,8)に基づいた解析を行ってきた。そして,下降伏点を「隣接粒へ転位を放出するだけの応力集中を粒界で発生させるために必要な外部応力」であるとして現象を説明した911)。また,その応力集中は粒界への転位のパイルアップでもたらされるため,結果的に下降伏点がホール・ペッチ(Hall-Petch)の関係で整理できること,また粒界の強度,すなわち粒界からの転位放出に必要な臨界のせん断応力(本研究では「臨界粒界せん断応力」と呼ぶ)によってホール・ペッチの関係の傾きが決まること,さらに粒界に炭素などの溶質原子が偏析して臨界粒界せん断応力が増大するとホール・ペッチ係数が増大することなどを実験的に証明してきた915)

しかしながら,以上は下降伏点に関する議論であり,それよりも高応力となる上降伏点については十分な説明ができていない。鋼の成分や熱処理の条件によっては,上降伏点は引張強さ(塑性変形後の最大応力値)を大幅に上回る値となり,100 MPa以上の降伏点降下を示す場合もある。下降伏点をパイルアップ転位によりもたらされる応力集中によって粒界からの転位放出が生じる際の外部応力と考えるのであれば,下降伏点を大きく上回る高い上降伏点を説明するための異なる考え方が必要となる。

本研究では,上降伏も下降伏と同様に粒界からの転位放出によって生じるという仮定の下,上降伏点の粒径依存性,コットレル雰囲気形成に伴う可動転位密度の変化,IF鋼の冷却速度低下に伴う上降伏点の発現,炭素および窒素の粒界偏析による臨界粒界せん断応力の変化などの実験事実に矛盾を生じることがなく,上下両降伏点を統一的に説明できる降伏機構に関して考察を行った。

2. 実験方法

本研究で使用した各鋼種の化学組成をTable 1に示す。炭素を単独に約60 ppm添加したC60,ならびに50 ppm添加したC50*,炭素を十分に固定し得る量のTiを添加したIF鋼を用いた。真空溶解にて溶製した横断面110 mm角のインゴット(25 kg)を1523 Kにて3.6 ksの均質化処理を施し,厚さ10 mmまで熱間圧延した。その後,引張試験片用の試料については,90%冷間圧延後に,粒径制御および固溶化処理を目的として,Ar雰囲気炉を用いて添加した炭素が十分に固溶する973 Kで15 s~3600 s保持後水冷した。その後,上降伏点を発現させるため,オイルバス中にて443 Kで0.18 ks~600 ksの恒温時効処理を行い,水冷した。ただし室温で時効の進行をできるだけ抑制するため,試料はおよそ223 Kに保持した冷蔵庫で保管し,迅速に各種試験を執り行うよう留意した。なお,本論文では示していないが,熱処理後の試料については光学顕微鏡にて組織観察を行っており,等軸で結晶方位もほぼランダムな再結晶フェライト組織を呈していることを確認している(前報13)参照)。

Table 1. Chemical compositions of steels used in this study (mass ppm).
SteelCNSiMnPSAlOTiFe
C605611<30<30<20<34039<20bal.
C50486<30<30<20<38016<20bal.
IF<10<1<30<30<20<105018240bal.

* C50とC60は同じ組成を狙って溶解した2鋼材であるが,炭素濃度にばらつきが生じたため鋼材名を区別している。ただし,両者間に引張特性や時効特性などの顕著な差異は認められないことを確認している。

引張特性ならびに降伏現象の調査のため,JIS13号Bに則った板状試験片(板厚:1.0 mm,平行部幅:12.5 mm,標線間距離:50 mm)を用いて,インストロン型引張試験機(島津製作所 AG-100kNX)によりクロスヘッドスピード3 mm/min(初期ひずみ速度1.0×10-3 s-1)の条件下で室温での引張試験を行った。一方,可動転位密度の評価には以下の条件でリラクセーション試験を用いた。JIS13号Bに則った板状試験片に対して,インストロン型引張試験機(島津製作所 AG-100kNX)によりクロスヘッドスピード3 mm/min(初期ひずみ速度1.0×10-3 s-1)の条件で応力を負荷した。その後,弾性変形域の所定の応力にてクロスヘッドを停止・保持し,その際の応力緩和量を測定した。

3. 結果および考察

3・1 上降伏点の結晶粒径依存性とコットレル理論

973 Kで焼鈍-水冷後,443 Kで種々の時間時効処理を施したC60について引張試験を行い,得られた公称応力-公称ひずみ曲線をFig.1に示す。ここではフェライト粒径を約20 μmに調整した試料に対する結果を示している。時効処理を施すと,焼鈍まま材では明瞭に現れなかった上降伏点が現れ,顕著な降伏点降下を生じている。上降伏点は時効処理時間と共に著しく増大し,6 ks以降では飽和する傾向が見られる。一方,下降伏点については,上降伏点に比べると緩やかに増大していることがわかる。この上降伏点と下降伏点の時効処理に伴う変化を比較するために,それぞれの降伏点を焼戻しパラメータT(log(t/h)+C)で整理した結果をFig.2に示す。ここで,Tは絶対温度,tは焼戻し時間,Cは定数(≒20)である。図中にはFig.1で示した443 K時効材の結果に加えて,前報13)にて示した同鋼材の373 K時効材の結果も併せて示している。ただし,焼鈍まま材においては上降伏点が明瞭に現れていないため,上下両降伏点を同一の値として示している。前報で得られた373 K時効材の降伏点と443 K時効材の降伏点の関係に着目すると,低焼戻しパラメータ側の373 K時効材から高焼戻しパラメータ側の443 K時効材へと,両者は連続的に変化していることがわかる。つまり,両時効温度ともに生じる現象は同じであり,373 Kでの結果は時効硬化挙動の初期段階に相当すると考えられる。ここで,下降伏点の時効に伴う上昇については,前報9,13)にて述べたように,炭素の粒界偏析量が増大することで臨界粒界せん断応力が上昇し,それによってホール・ペッチ係数が増大すること,すなわち結晶粒微細化強化量が増大することで説明できる。なお,ナノインデンテーションにより実測されたC50における臨界粒界せん断応力と時効処理条件の関係をTable 29)に示している。同時に3Dアトムプローブで炭素の粒界偏析量が求められている試料についてはその値も併記している。一方,上降伏点は下降伏点に比べて時効処理による上昇量が著しく大きく,とくに600 ks時効材では焼鈍まま材の約2倍にも達している。その高い応力を説明するには下降伏点とは別の考え方が必要である。時効処理に伴う上降伏点の増大については,炭素鋼のひずみ時効に関する過去の研究によって多方面から検討がなされており,予ひずみ量,時効温度,時効時間などの影響3,16,17)が明らかにされている。しかし,その発現機構は下降伏点と同様に扱われることが多く,それぞれを区別して評価した報告例は少ない。本研究では結晶粒径の影響の観点から降伏点の発現機構を検討するため,粒径の異なるC50の引張試験を実施した。Fig.3は結晶粒径を3段階に変化させたC50-60 ks時効材の公称応力-公称ひずみ曲線を示す。結晶粒径に依存して上降伏点は下降伏点と共に大きく変化していることがわかる。その他の時効材における引張試験結果も含めて,C50の上降伏点をホール・ペッチの関係で整理した結果をFig.4に示す。なお,直線の切片は前報13)での報告値であり,電気抵抗測定により求めた固溶炭素濃度から固溶強化量18)を考慮して算出した値である。C50の上降伏点は結晶粒径の平方根の逆数に対して良好な直線関係を示し,ホール・ペッチの関係が成立している。また,時効処理によりホール・ペッチ係数が徐々に上昇しており,下降伏点の場合と同様の傾向が認められる。上降伏点がホール・ペッチの関係で整理されるということは,上降伏点で生じる降伏点降下(可動転位の増殖)が粒界での応力集中に起因した現象であることを示唆しており,また上降伏点が時効処理により増大するということは,塑性変形の開始点である転位源が時効処理によって強化されるという機構で説明されるべきであろう。この点については,粒界偏析による臨界粒界せん断応力の増大によって説明された下降伏点の場合と同様であるが,上降伏点はそれよりも著しく大きな上昇が生じている。両者の間に相違が生じる理由としてまず考えられる仮定として,上降伏時の転位放出源が下降伏時の粒界とは異なり,粒内の転位源であるとする場合である。Cottrell4)は,粒界からlだけ離れた転位源が固着力σdで炭素原子によりピン止めされている場合,次式で与えられる臨界の外部応力が負荷されたときにピン止めが外れて降伏点が発現すると考えた。

  
σy=σi+(σdl1/2)d1/2(1)
Fig. 1.

Nominal stress-strain curves in C60 steels aged at 443 K.

Fig. 2.

Changes in upper and lower yield points of C60 steels aged at 373 K13) and 443 K.

Table 2. Relation between the critical grain boundary shear stress measured by nanoindentation and aging condition in C609).
Aging conditionCritical grain boundary shear stress (GPa)Density of carbon atoms segregated at grain boundaries (atoms·nm–2)
As-annealed4.97.6
373 K-6 ks5.59.1
373 K-60 ks6.4
Fig. 3.

Nominal stress-strain curves of C50 steels with different grain size aged at 443K.

Fig. 4.

Hall-Petch relationships for upper yield point of C50 steels with and without aging at 443 K.

ここで,σiは固着を外れた転位が受ける抵抗,すなわち摩擦力であり,dは結晶粒径である。(σdl1/2)がホール・ペッチ係数kyに相当する。Fig.3に示した上降伏点のホール・ペッチ係数の上昇は,この式によれば,時効処理により炭素が転位や転位源に偏析することで固着力σdを上昇させたと考えれば説明できる。しかしながら,次節で述べるように,粒内に固溶炭素を含まないIF鋼でも焼鈍後の冷却速度によっては明瞭な上降伏点と降伏点降下を発現する場合がある。つまり,炭素添加が上降伏点の上昇を促進することは確かであるが,炭素の存在自体は上降伏点発現の必要条件ではないといえる。以上の事実から,上降伏点の発現機構を理解するには単にコットレル固着からの転位の離脱を考えるだけではなく,熱処理によって導入される可動転位の密度やその可動転位と粒界との相互作用,すなわち粒界への可動転位のパイルアップと臨界粒界せん断応力との関係などに関する考察を同時に行っていく必要があると考える。

3・2 IF鋼における降伏点現象

TiやNbの添加により炭素,窒素を炭窒化物として析出させることで固溶量を極限まで低減させたIF鋼においては,引張試験を行った際に連続的な降伏を示すことが多く,不連続な降伏点現象やリューダース変形は通常は発現しない。しかしながら,焼鈍後の冷却速度が小さい場合,IF鋼でも上降伏点が発現することが明らかとなった。Fig.5は,973 Kで焼鈍後に水冷(a)および空冷(b)を施した結晶粒径35 μmのIF鋼の公称応力-ひずみ曲線を示す。水冷材では明瞭な上降伏点が確認できず,一般的に知られた連続降伏型の応力-ひずみ曲線が示されている。それに対して,冷却速度が小さい空冷材では,加工硬化の挙動や引張強さは水冷材と同等であるが,明瞭に上降伏点が発現していることがわかる。ただし,降伏点降下後に明瞭なリューダース変形を生じることなく,直ちに加工硬化段階に移行する特徴がある。Fig.6に示したその他の結晶粒径を有する空冷材の結果においても上降伏点が現れており,その値は結晶粒径の微細化に伴い増大している。やはりいずれの試料においても,リューダース変形はほとんど生じていない。IF鋼の上降伏点をホール・ペッチの関係で整理した結果をFig.7に示す。比較のため,焼鈍-水冷材における0.2%耐力に対するホール・ペッチの関係も示している。ここで,d-1/2=0のときの降伏応力に相当する切片の値は,純鉄の摩擦力(40 MPa)13,18)であり,結晶粒微細化強化が存在しない純鉄の降伏応力と見なせる。IF鋼では,0.2%耐力も上降伏点も結晶粒微細化強化が0 MPaとなれば,純鉄の摩擦力の値とほぼ一致することになる。Fig.7において,IF鋼の上降伏点についても良好なホール・ペッチの関係が成立し,ホール・ペッチ係数kyは,水冷材の0.2%耐力のkyより大きい値を示すことがわかる。冷却速度を変えることによって生じた降伏挙動の顕著な相違は,固溶炭素が存在しないIF鋼の場合,冷却時の熱応力の影響と考えるべきであろう。すなわち,冷却速度が大きいほど熱応力を緩和するために転位が多く導入され,それが可動転位としての役割を果たす可能性がある。冷却速度による転位密度の変化を明らかにするため,冷却速度の異なる試料に対してX線回折を行った。Fig.8に973 Kで焼鈍後に空冷および水冷したIF鋼における(110)bccと(211)bccのX線ピークプロファイルを示す。なお,それぞれの結果を比較するために,測定データは最大ピーク値で規格化されている。本結果は,空冷材の半価幅と比較して水冷材の半価幅が広がっていることを示している。半価幅の広がりは転位密度の大きさに対応する。すなわち,十分に焼鈍した試料では転位密度が低いが,焼鈍後の水冷時の熱応力の影響により転位密度が増大したと考えられる。実際に,半価幅の情報から転位密度を評価することができるWilliamson-Hall法19)により転位密度を求めると,空冷材は約1.3×1013 m-2,水冷材は約1.9×1013 m-2であり,水冷材の方が高い転位密度を有していることがわかった。ただし,これらの転位密度は不動転位も含む全転位密度であり,可動転位密度を示しているわけではない。金属中に可動転位が存在すれば,それらが低い応力レベルで運動を開始し,運動した転位の数に応じた塑性ひずみが発生するであろう。そこで,可動転位の運動に起因した塑性ひずみを定量的に評価するためにリラクセーション試験を行った。リラクセーション試験では,ある一定荷重を負荷した後,クロスヘッドを停止させ,そのときの応力緩和を測定し,その緩和速度から可動転位密度や内部応力を評価する手法である。一般にリラクセーション試験は塑性変形域にて行われているが,本研究では降伏前の可動転位密度を調査するため,弾性変形域にてリラクセーション試験を行った。Fig.9は,973 Kで焼鈍後,空冷および水冷したIF鋼についてリラクセーション試験を行った結果を示す。クロスヘッド停止応力は試料の降伏応力よりも低い85 MPaである。空冷材,水冷材ともに弾性域であるにもかかわらず,両試料ともクロスヘッド停止後に応力緩和が生じている。また,その緩和量をみると,空冷材では約10 MPa,水冷材では約17 MPaであり,空冷材での緩和量が水冷材よりも小さい。これらの応力緩和量が塑性変形量に対応し,運動した可動転位の数に比例すると仮定すると,空冷材は水冷材よりも約40%可動転位が少ないということになる。

Fig. 5.

Nominal stress-strain curves of air-cooled and water-cooled IF steels.

Fig. 6.

Nominal stress-strain curves of air-cooled IF steels with different grain size.

Fig. 7.

Hall-Petch relationships for upper yield point of air-cooled IF steel and 0.2% proof stress of water-cooled IF steel.

Fig. 8.

X-ray line profiles of the air-cooled and water-cooled IF steels for (111)bcc and (211)bcc. The θp and λ in the scattering vector denote Bragg angle and wavelength of X-ray, respectively.

Fig. 9.

Stress relaxation curves of air-cooled and water-cooled IF steels. The inset shows a schematic illustration of the stress-strain relation and the point where the crosshead motion was stopped.

以上の実験事実から,IF鋼の上降伏点の発現機構について,粒界からの転位放出による降伏機構を仮定して考察してみる。可動転位密度が高い水冷材では,外部応力の負荷によって十分な数の転位が粒界にパイルアップすることができるため,粒界に働くせん断応力が容易に臨界粒界せん断応力に達し,低応力で降伏して上降伏点は現れない。ところが,可動転位密度が低い空冷材では粒界にせん断応力を与えるパイルアップ転位の数が少ないため,応力集中の程度が低くなる。その結果,より高い応力負荷,あるいは別の応力集中機構(弾性異方性による応力集中など)が付加的に必要になり,降伏点上昇が生じると考えられる。高い応力(上降伏点)に達した後,一度せん断された粒界からは多量の可動転位が放出されて著しい応力低下を生じるが,その後は導入された可動転位が進行方向に存在する粒界でパイルアップして容易に応力集中を生じ,そこから直ちに転位が放出され,連鎖的な塑性変形の伝播を生じる。その連鎖的な塑性変形の伝播を起こすために必要な外部応力が下降伏点に対応すると考えられる。ただし今回使用したIF鋼の場合,結晶粒微細化強化で決まる下降伏点が非常に低いため,それが明瞭に現れることなく加工硬化段階に移行したと考えられる。なお,置換型固溶元素であるNiで固溶強化されたIF鋼の場合12)には,明瞭なリューダース変形が発現することが確認されている。

3・3 時効処理による上降伏点の上昇機構

3・2節のIF鋼における降伏点現象の調査結果から,上降伏点の発現に炭素の存在が必要条件ではないことが明らかになったが,炭素によって上降伏点が上昇し,降伏点現象が顕在化することも確かである。この事実を同節によって説明した上降伏点の発現機構に対応させるためには,炭素を含む材料では時効処理によって可動転位密度が低下することを示せばよい。そこで前節のIF鋼と同様に,50 ppmの炭素を含有するC50の焼鈍まま材および時効材においてもリラクセーション試験を行った。Fig.10は,焼鈍まま材と443 K-600 ksの時効処理を施したC50においてリラクセーション試験を行った結果を示す。焼鈍まま材,時効材ともに弾性域である約160 MPaで引張試験を停止した。両試料とも応力負荷停止後に応力緩和が生じているが,その緩和量を比較すると,焼鈍まま材では約22 MPa,時効材では約9 MPaであり,時効処理により応力緩和量が著しく小さくなっている。前節と同様に,この応力緩和量から両試料における可動転位密度の相違について考えると,時効処理によって焼鈍まま材に含まれていた可動転位が約60%減少したことを示している。この結果は,時効処理に伴う上降伏点の上昇の傾向とよく一致している。ただし実際に上降伏の起点となる粒界は,試験片の片部などマクロな応力集中サイトに存在し,その中でも粒径が大きくミクロな応力集中が最も大きくなる粒界と考えられるので,測定値のバラつきも大きく,リラクセーション試験で見積もられる可動転位密度の大きさと平均結晶粒径によって上降伏点を定量的に説明することは困難であった。

Fig. 10.

Stress relaxation curves of as-annealed and aged C50 steels. The inset shows a schematic illustration of the stress-strain relation and the point where the crosshead motion was stopped.

なお,時効処理によって可動転位が減少する理由として,焼鈍温度の443 Kが鉄原子の拡散が生じない低温であることから判断して,回復による転位消滅によるものではないと考えられる。したがって可動転位減少のメカニズムとして,炭素の転位への拡散に伴う炭化物析出によるピン止め効果,またはコットレル固着による不動化の可能性がある。炭化物によるピン止め効果については,オロワン機構20)に基づく粒子分散強化量として以下の式が知られている。

  
Δσ=2MβGbλ1(2)

ここで,Mはテイラー因子,βは転位の線張力係数,Gは剛性率,bはバーガースベクトルの大きさ,λは平均自由行程である。引張試験の結果から上降伏点は最大で約320 MPaに達し,摩擦力を60 MPaとすると時効処理により上降伏点は約260 MPa上昇したことになる。粒内の炭素が1.9×1013 m-2の転位上(水冷材)に析出物として並んでピン止めした場合,試料中の全ての炭素が約12 nmの析出粒子として約170 nmの間隔で析出すれば,引張応力で260 MPaの降伏応力の上昇を説明できる。しかしながら,Fig.11に示すTEM観察の結果,600 ks時効材には数百nm程度の粗大なセメンタイトがまばらに析出しており,析出物による転位のピン止めでは上降伏点の発現を説明できない。結局,炭素原子と転位の弾性的相互作用,すなわちコットレル固着による可動転位の不動化が上降伏点発現の本質的な機構になっている可能性が高い。

Fig. 11.

TEM images showing precipitates in C50 steel aged at 443 K.

従来の考え方では,コットレル固着から転位が外れる臨界の応力が上降伏点に対応するとの考え方が主流であった。著者らも,従来は同様の考え方で上降伏点の説明を試みてきた21)。しかし,前節で示した固溶炭素が存在しないIF鋼における高い上降伏点をコットレル固着では説明できないうえに,同理論において上降伏点と下降伏点の相違を示すこともできない。本研究では,あらゆる現象を矛盾なく説明するため,上降伏点と下降伏点の両降伏点について,臨界粒界せん断応力を介した同じ機構で説明することを試みた。以下に本研究で妥当と考えられた降伏機構をまとめて示す。Fig.12に可動転位密度の異なる試料の降伏挙動を示す模式図を示す。熱処理温度から急冷され可動転位が十分に存在する場合(上段)は,可動転位による粒界へのパイルアップによって生じる応力集中により,粒界にかかるせん断応力(τg)が容易に臨界粒界せん断応力(τcr)に達し,外力が低い場合でも粒界から転位放出を生じて降伏に至る。そのときの外部応力が下降伏点に対応する。一方で,熱処理後の冷却速度が遅いことによって粒内の可動転位が少ない場合,あるいは炭素または窒素のような侵入型元素による転位の固着により転位の不動化が生じた場合(下段)は,粒界へパイルアップする転位の数が減少し,粒界での応力集中が生じ難くなっていると考えられる。その上,時効処理した鋼では,Table 1に示されるように炭素の粒界偏析によってτcrが上昇していることもあり,下降伏点相当の外力負荷では,τg>τcrの条件を満たすことができない。降伏を起こすためには,さらに高い外力を負荷してτgτcr以上にまで高める必要がある。その際の粒界での応力集中機構として,弾性異方性による粒間相互作用が重要な役割を果たすと考えられる。多結晶体は巨視的には等方弾性体とみなすことができるが,微視的にはそれぞれの結晶粒は弾性異方性を有しており,多数の結晶粒が互いの変形を拘束し合いながら存在する。したがって変形時には,弾性異方性に起因して結晶粒界で顕著な応力集中が生じる22)。引張試験の進行により高い応力が加わることで,結晶粒の弾性異方性による応力集中が大きくなりτgτcrに達することが可能になると考えれば,上降伏点への粒界の影響,すなわち上降伏点の粒径依存性を説明することができる。上降伏点に達した後は,粒界からの急激な転位の増殖により局所的な塑性変形が生じ,転位が伝播する際に粒界が障壁となるため下降伏点が発現する。つまり,上降伏点と下降伏点はいずれも臨界粒界せん断応力によって決まる粒界からの転位放出に要する外力の大きさと見なせるが,粒界への応力集中機構の相違によってその値が異なっていると考えられる。ただし,炭素原子による転位の固着力や粒界への応力集中の大きさは実験で定量的な測定を行うことは難しく,今後は原子シミュレーションなどの計算工学的手法を行うことで,降伏点と粒界や可動転位との関係をより詳細に把握していく必要があると思われる。

Fig. 12.

Schematic illustration showing yielding behavior in ferritic steels with different mobile dislocation density. τg and τcr denote the shear stress on grain boundaries and the critical grain boundary shear stress, respectively.

4. 結論

引張試験やリラクセーション試験などの実験結果を基に,フェライト鋼の上降伏点および下降伏点の発現機構や各応力の値について考察を行い,以下の提案を行った。

(1)上降伏点および下降伏点のいずれについても,粒界を転位源とする転位放出現象という観点から説明が可能である。各降伏点の値は,転位放出に要する臨界のせん断応力(臨界粒界せん断応力)を粒界に付与するために必要な外力と考えられる。

(2)可動転位が十分に存在している場合,粒界でのパイルアップによる応力集中機構が作用するため,低い外力(下降伏点)で粒界に臨界粒界せん断応力が作用して転位の放出が可能である。一方,可動転位の密度が低い場合には,パイルアップによる応力集中機構が不十分となり,粒界に臨界粒界せん断応力を作用させるために高い外力(上降伏点)が必要となる。ただし,いったん上降伏が生じると,粒内の可動転位密度が急増するため,パイルアップ機構による応力集中が可能となり,下降伏点下において粒界で連鎖的な転位放出が生じてリューダース帯が伝播していく。

(3)炭素が添加された鋼,またそれを時効処理した鋼において上降伏点が著しく大きくなる理由として,固着された転位が固着から離脱するために必要な応力が大きくなると考えるより,転位が固着されたことにより粒内の可動転位密度が減少したと考えた方が現象をうまく説明できる。

謝辞

本研究はJSPS科研費 JP15H05768の助成を受けたものです。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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