Tetsu-to-Hagane
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Evaluation of Boron Solubility in Iron Solid Solution by Radio-frequency Glow-discharge Optical Emission Spectroscopy
Nobuaki Sekido Yuta KimuraTakumi OsanaiToshimi MiyagiHiroshi NumakuraKyosuke Yoshimi
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2020 Volume 106 Issue 6 Pages 292-301

Details
Abstract

The solubility of boron in α- and γ-iron solid solutions was investigated by diffusion-couple experiments in the Fe-B, Fe-Ni-B, and Fe-Si-B systems. Diffusion couples composed of iron foils and Fe2B bulk specimens were annealed at various temperature between 750ºC and 1100ºC, and the concentration profile of boron from the end-surface of the iron part were measured by the radio-frequency glow-discharge optical emission spectroscopy (rf-GD-OES). It was found that rf-GD-OES was effective in analyzing boron of low concentrations in iron. The solubility limit of boron in α- and γ-iron determined by analyzing the concentration profiles in the diffusion couples was found to agree with that reported by Cameron and Morral for α-iron, and that by Brown et al. for γ-iron. It was also suggested that the invariant reaction between α-iron, γ-iron and Fe2B was a eutectoid reaction, as had been indicated by Cameron and Morral.

1. 緒言

ホウ素(B)は,極微量の添加で鋼の相変態や結晶粒成長に影響を及ぼすことが知られている。焼入れ性を例に取ると,僅か数ppmの微量添加で合金元素効果が発現する1)。この効果はγ粒界に偏析したBがフェライト変態やベイナイト変態を抑制することによると考えられているが2,3),焼入れ温度の影響や他元素との相互作用など十分に理解されていない点も多い46)。Bの挙動を理解するためには,固溶限や拡散係数といった基礎的知見が不可欠である。

Fe-B二元系状態図は,全体的概要は理解されているが7),鉄固溶体相におけるBの固溶限については報告者により多少の差異がある。現在までにFe-B二元系で報告された鉄に対するBの固溶限をFig.1にまとめる。Busbyらは,円柱状のFe-B合金を湿水素雰囲気下で熱処理することで脱Bさせ,表面の研削とICP-OES(高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法)によるBの定量を繰り返すことでB濃度プロファイルを測定し,固溶限を決定している8)。McBrideらは,Fe2B/Fe/Fe2Bのサンドウィッチ型拡散対を熱処理し,Fe層のB濃度を測定することで固溶限を決定している9)。Nicholsonは,円柱状の鉄試料をホウ化処理することで表面にFe2B層を形成させ,長時間熱処理後に試料内部のB濃度を測定することで固溶限を決定している10)。他方,Brownら11)やCameron and Morral12)は,種々のB濃度のFe-B合金におけるホウ化物形成の有無をATE(α線トラックエッチング)法13,14)で確認し,Bの固溶限を決定している。Fig.1を俯瞰的に見れば,金属組織学的アプローチで求めた固溶限の報告値11,12)は,脱Bや拡散対実験で求めた固溶限の報告値810,15)よりも低い傾向にある。これらの実験結果を基にして熱力学計算で最適化したFe-B二元系状態図が報告されており1618)Fig.1には一例としてOhtaniら17)の結果を破線で示してある。

Fig. 1.

Summary of the reported B solubility in the Fe-B binary system.

鉄中Bの固溶限について報告値にばらつきがある理由の一つに,B分析の困難さがある。Bは軽元素であり,また鉄に対する固溶度が極めて低いため,適用できる分析機器は限られる。従来,鉄中のBの観察はATEが主流であったが,近年3DAP(3次元アトムプローブ)1921)やSIMS(二次イオン質量分析法)2224)などによりBの局所的存在状態の可視化が可能となっている。しかし,3DAPやSIMSなどの質量分析法は,定量性が必ずしも十分ではない。他方,近年注目されるrf-GD-OES(高周波グロー放電発光分析法)は,試料表面をArプラズマでスパッタし,弾き出された原子の発光を分光分析する手法であり,ICP-OESと同程度の検出精度で元素組成を深さ方向に分析できる利点がある。鉄におけるBの固溶限は,Bの挙動理解に不可欠な知見であるとともに,それをrf-GD-OESで測定することで,同装置の鉄中Bの分析への適応性が評価できる。本研究では,純鉄(Fe)と鉄ホウ化物(Fe2B)で拡散対を構成し,熱処理後のFe側のBの濃度分布をrf-GD-OESで測定して,界面での局所平衡濃度からBの固溶限を決定することを試みた。γ相についてはFe-Ni合金を,またα相についてはFe-Si合金を一部の実験に用いた。

2. 実験方法

rf-GD-OESにおけるBの定量分析には,種々のB濃度を有する合金を用いて検量線を作成する必要がある。検量線作成には,JSSやNISTなど公的機関が提供する標準試料に加え,著者らが作製したFe-B合金を用いた。Fe-B合金は,高純度Fe原料(純度:99.99%up)とB原料(純度:99.5%)からFe-0.1%B合金(質量濃度,以降特記無き限り同様)を作製し,それを高純度鉄原料とア-ク溶解することで作製した。溶解したFe-B合金インゴットは,1200°Cで8 hの均質化処理を行い,表面変質層を除いた内部のみを用いた。合金のB濃度は,酸分解したのちFeとBを蒸留分離し,ICP-OESで定量した。

rf-GD-OES測定は,マーカス型高周波グロー放電発光分析装置(HORIBA GD-Profiler 2)を用いた。定量分析に用いた原子発光の波長は,Fe:372 nmとB:250 nmであり,ガス圧力600 Pa,出力35 Wでグロー放電スパッタした。測定前に30 sの予備スパッタを行った。時間と深さの関係は,測定終了後に形成したクレータ深さを接触式表面形状測定機で測定し,Feの発光強度の総積算値を対応させて算出した。

鉄におけるBの固溶限は,Fe箔とFe2Bから成る拡散対のFe箔表面からFe/Fe2B界面までのB濃度プロファイルをrf-GD-OESで測定し,それを界面の位置に外挿することで決定した。Fe箔は,上述の高純度Fe原料をア-ク溶解し,100 μmまで冷間圧延したのち,800°Cで1 hのひずみ除去焼鈍を行った。Fe2B試片は,ア-ク溶解でFe原料とB原料からFe2Bインゴットを作製し,それを粉砕した後にSPSで再度焼結した。Fe2B試片のサイズは直径15 mm,高さ5 mmの円盤状とし,15×15 mmに切断した厚さ約100 μmの鉄箔と接合することで拡散対とした。拡散対は,Al2O3を塗布したステンレス(SUS304)平板でFe箔とFe2B試片を挟み,Mo製のネジで固定した。いずれの拡散対においても,固相接合のための熱処理と拡散のための熱処理を分けず,終始治具で固定したまま熱処理した。熱処理は連続排気した真空中(~10-2 Pa)で行った。

α鉄,γ鉄における固溶限をより広範囲の温度域で測定するため,ケイ素(Si)やニッケル(Ni)を添加した三元系で同様の拡散対実験を行った。Fe-Ni-B三元系においては,(Fe,Ni)/(Fe,Ni)2B拡散対においてNiの拡散がおこらないように,それら二相が平衡する濃度の合金を拡散対に用いた。γ-(Fe,Ni)相と(Fe,Ni)2Bの二相からなる合金をアーク溶解法により作製し,800°Cで100 h熱処理して,両相が平衡する組成(Fe/Ni濃度比)をエネルギー分散型X線分析(EDS)でもとめた。その結果に基づき,(Fe,Ni)箔の組成はFe-35.5%Ni,(Fe,Ni)2Bバルク材の組成はFe-9.9%Ni-8.8%Bとした。(Fe,Ni)箔は,アーク溶解したインゴットを1200°Cで24 h熱処理し,ひずみ除去焼鈍を入れながら100 μmまで冷間圧延して,最終的に800°Cで1 hの熱処理を行ったものを用いた。他方,Fe-Si-B三元系においては,Fe2BにSiがほとんど固溶しない25,26)ため,Fe-2.7%Siの箔とFe2B(二元化合物)から成る拡散対を作製した。(Fe,Si)箔は,高純度原料からアーク溶解によりインゴットを作製し,1300°Cで24 h均質化熱処理を行った。熱処理したインゴット内部から直方体状の試料を切り出し,冷間で100 μmまで圧延した。冷間圧延の最終段階で,900°Cで2 hのひずみ除去焼鈍を行った。

3. 結果

3・1 rf-GD-OESによるBの定量性評価

検量線作成に用いた標準試料(NIST,JSS認証の標準物質ならびに著者らが作製したFe-B合金)のB濃度をTable 1に示す。これら標準試料に対し,rf-GD-OESで得られた信号強度とB濃度の関係をFig.2に示す。B濃度と信号強度の間に良い直線性が見られる。本研究で用いた標準試料は,Feが94%以上でCやNの濃度が比較的低い低合金鋼であることから,仮に金属ホウ化物やBNなどのホウ化物が形成しているとしてもその体積率は低い。そのため,鉄固溶体とホウ化物のスパッタレートの違いに起因した信号強度の変化は顕在化せず,検量線に高い直線性が確保されたと考えられる。

Table 1. B concentration of the materials used for calibration of rf-GD-OES.
MaterialBoron (ppm)
JSS referenceJSS165-212
JSS166-261
JSS167-2124
JSS173-228
JSS174-648
JSS175-672
NIST referenceSRM1262B25
SRM1264A110
SRM1761A23
SRM1762A42
SRM1763A54
SRM1764A10
UncertifiedFe-0.7ppmB0.7
Fe-27ppmB27
Fe-65ppmB65
Fe-180ppmB180
Fig. 2.

Relation between boron concentration and rf-GD emission intensity with the NIST and JSS reference materials and the materials prepared in the present study (uncertified).

一般的に,分析対象元素の検出限界と定量下限は,ブランク試料におけるバックグランド強度の標準偏差をσとすると,バックグラウンド強度にそれぞれ3.3σと10σを足した強度に対応する濃度と定義される27)。Fe-0.7 ppm B材のバックグラウンド強度がブランク試料のそれと等しいと仮定して検出限界と定量下限を求めると,それぞれ1.7 ppmと3.3 ppmとなった。すなわち,rf-GD-OESは鉄中の微量Bの濃度プロファイルを測定するのに十分な精度がある。

3・2 プロファイルの解析方法

鉄中におけるBの固溶限濃度は低く,Fig.1に示した報告値の中で最もB濃度が高いものでも180 ppm程度であり,Fe2B化合物のB濃度(8.82%=33.33at.%)と比して3桁以上小さい7)。このような状況下では,Fe/Fe2B界面でFeとBの相互拡散が生じても拡散流束基準面の移動は無視でき,異相界面におけるFe側のB濃度は常に固溶限C0Bに等しいと仮定できる。拡散対中のB濃度プロファイルをFe側からrf-GD-OESで測定すると,異相界面においてB濃度が不連続かつ急激に上昇し始める。その位置における濃度を固溶限濃度と見なすことができる。しかしながら,rf-GD-OESのスパッタクレータは巨視的な大きさ(直径は4 mm)であり,その底部は完全な平面ではない。すなわち,B濃度の急激な上昇の開始は,クレータの一部分がFe2Bに達した状態に過ぎない。また,その後のB濃度プロファイルの立ち上がり方や傾きはクレータ形状に依存するので,測定ごとに異なる。よって,プロファイルから固溶限を決定するためには,その定義を明確にしておく必要がある。

Fe/Fe2B拡散対において,Fe中における拡散時間t後のB濃度をCB(x, t),Fe表面からの距離をxとし,Fe/Fe2B界面をx=x0と定義する。拡散方程式

  
CB(x,t)t=D2CB(x,t)x2(1)

の境界条件は次のようになる。まず,Fe/Fe2B界面のFe側のB濃度は常に固溶限C0Bに等しい。Fe2BがBの拡散源となり,Fe側に拡散したBは,Fe表面に達しても脱離しないと仮定すると,

  
0x<x0CB(x,0)=0(2)
  
t0CB(x0,t)=CB0(3)
  
t0CB(0,t)x=0(4)

である。これらを満たす式(1)の解は次式で与えられる28)

  
CB(x,t)CB0=14πn=0(1)n2n+1exp{D(2n+1)2π2t4x02}cos{(2n+1)πx2x0}(5)

式(5)を,C0Bで規格化した濃度(CB(x, t)/C0B)とx0で規格化した距離(x/x0)のグラフとして,n=10までの級数で近似した結果をFig.3(a)に示す。同図に示した濃度プロファイルは,単一のパラメーター(Dt/x20)で整理できる。なお,時間の経過に伴い高次の級数項の寄与は小さくなるが,Dt/x20=0.01の短時間条件においてもn=10の項の大きさはn=0の項の100万分の1に満たないので,n=10までの級数をとることで十分な近似ができていると判断される。Fig.3(a)の結果を,濃度の自然対数と距離の二乗でプロットした図をFig.3(b)に示す。Fig.3(a)において,濃度プロファイルの一次微分は区間内(0<x/x0<1)で増加関数であり(下に凸の関数),異相界面(x/x0=1)で不連続に増加する。しかし,先述の通りスパッタクレータの底部は完全な平面ではないので,実際のプロファイルに不連続点は現れず,濃度プロファイル上での異相界面の位置は必ずしも明瞭でない。他方,Fig.3(b)のプロットにおいては,プロファイルの一次微分は区間内(0<x/x0<1)で減少関数(上に凸の関数)であり,異相界面において増加に転ずる。すなわち,Fig.3(b)のプロットを用いれば,界面位置を明確に判別できる。そこで,このプロット上でFe箔部とFe2B部の近似曲線を外挿し,両者の交点から固溶限濃度を求めることとする。

Fig. 3.

Theoretically calculated concentration profile of B in the Fe side of an Fe/Fe2B diffusion-couple. The progress of B outward diffusion is normalized by diffusion time and distance that are correlated with each other by a single parameter of Dt/x02, where x0 is the distance between the surface and the Fe/Fe2B interface and D is the impurity diffusion coefficient of B in iron. (a) CB vs. x0, and (b) ln CB vs. x02.

3・3 γ鉄におけるBの固溶限

純Fe箔とFe2B二元系化合物で構成される拡散対を作製し,Fe-B二元系におけるγ鉄固溶体中のB固溶限を測定した。一例として,1000°Cで50 hの拡散熱処理を行った試料の測定結果をFig.4に示す。Fig.4(a)はスパッタクレータの断面形状で,その底部には多少の凹凸が認められるものの,概ね一様にスパッタが進行したと見られる。測定終了後のスパッタクレータ底部の深さは,平均として77.4 μm,標準偏差σが3.8 μmであった。よって,スパッタ深さの誤差を±1σと定義すれば,rf-GD-OES測定における距離の誤差は5%程度と判断される。

Fig. 4.

Crater profile (a), and B concentration profile from the surface obtained from an Fe/Fe2B binary diffusion couple annealed at 1000ºC for 50 h: (b) CB vs. x and (c) ln CB vs. x2.

Fe箔をrf-GD-OESで分析して得られたB濃度プロファイルをFig.4(b)に示す。横軸は表面からの距離を示しており,スパッタ痕の深さとFeの積算強度から算出した。表面(x=0)近傍は,予備スパッタの影響を考慮し空白としてあるが,B濃度は表面近傍で20 ppmを超しており,1000°Cで50 hの熱処理によりBは箔表面まで拡散したことが示唆される。70 μm付近でスパッタ底がFe2Bに到達し,急激にB濃度が増大している。γ鉄におけるBの拡散係数はBusbyら8)により報告されており,1000°CではD=2.4×10-11 m2/sである。これに,x0=70 μm,t=50 hを代入すると,Dt/x20は約880と算出される。すなわち,Fig.3(b)の関係を見ると明らかなように,拡散熱処理はBが十分にFe箔表面に達する条件で行われている。得られた濃度プロファイルをB濃度の自然対数と距離の二乗で整理し,Fe/Fe2B界面近傍を拡大したグラフをFig.4(c)に示す。Fe箔部とFe2B部の濃度プロファイルをそれぞれ直線で近似して外挿し,両者の交点を固溶限と定義すると,33 ppmとなった。950°C,975°C,1050°Cで拡散熱処理を行った試料についても同様に測定と解析を行い,固溶限はそれぞれ18 ppm,23 ppm,39 ppmとなった。結果をTable 2にまとめる。

Table 2. The experimental conditions and the solubility limt of B.
PhaseAlloy systemTemperature,
T / ºC
Annealing time,
t / h
Solubility limit,
CB (ppm)
γFe-B9502417
9502419
9774623
10005030
10005033
10501239
Fe-Ni-B75014
75014
8000.58
8000.510
8500.517
8500.518
αFe-B9002411
Fe-Si-B10002413
1100122

固溶挙動を理解するためには,広い温度範囲での固溶限データが有用であるが,rf-GD-OESを用いた拡散対実験には拡散熱処理温度に制約がある。すなわち,rf-GD-OESにおいて推奨される測定範囲は表面から100 μm程度なので,拡散実験に用いる箔の厚さは100 μm以下であることが望まれる。しかし,拡散が活発な高温では,拡散熱処理の時間が長すぎると表面まで拡散したBと治具に塗布したAl2O3との反応が生じて良好なプロファイルを得ることができず,また熱処理時間が短いと両者が接合されない。本研究においても,Fe-B二元系では,1100°Cで12 hの拡散熱処理を行ったが,良好なプロファイルを得ることができなかった。そこで,γ相を低温まで安定化させるNiを添加したFe-Ni-B三元系に拡張し,より低温での固溶限測定を行った。

Ni-B二元系におけるNi固溶体相中のBの固溶限は,γ鉄のそれよりも大きい2932)と報告されているため,γ-(Fe,Ni)相においては,そのB固溶限がNi濃度に依存する可能性が懸念される。また,Ni2BとFe2Bは結晶構造が同じで,両者はFe-Ni-B三元系で連続固溶体を形成する33)。すなわち,(Fe,Ni)合金とFe2B二元系合金を固相接合させると,Niの相互拡散によりγ-(Fe,Ni)相にNi濃度の変調が生じ,プロファイルが複雑となる。そこで,Niの相互拡散による影響を低減するため,熱力学的に平衡するγ-(Fe,Ni)と(Fe,Ni)2Bを接合させて拡散対実験を行うこととした。なお,拡散対に用いるγ-(Fe,Ni)にはBを含んでいないので厳密には平衡組成ではないが,鉄に対するBの固溶度は低いので,両相の平衡濃度のFe/Ni比に対する影響は無視できる。

Fe-Ni-B三元系における状態図と二相の平衡組成を確認するため,アーク溶解によりFe-12.1%Ni-3.8%B合金とFe-24.1%Ni-3.8%B合金を作製した。800°Cで100 hの熱処理後,両合金はγ-(Fe,Ni)と(Fe,Ni)2Bの二相組織を呈することが確認された。熱処理後のFe-24.1%Ni-3.8%B合金の組織をFig.5(a)に示す。両構成相の組成分析にはEDSを用いたが,BはEDSで定量分析できないので,FeとNiの組成比を求めタイラインを見積もった。Fig.5(b)は,熱力学・状態図計算ソフトウェアThermo-CalcによってデータベースTCFE9を用いて計算したFe-Ni-B三元系状態図上に本研究の結果を重ねたものである。本研究で作製した上記合金の組成は,それぞれの構成相のタイライン上にあるので,EDSによる組成分析に矛盾は無い。またNiは,(Fe,Ni)2Bよりもγ-(Fe,Ni)に多く分配されることがEDSの結果から示唆されるが,同様の傾向がKanekoら34),Kuz'ma and Koval35),Loo and Beek36)により報告されている。さらに,計算状態図(Fig.5(b))におけるγ-(Fe,Ni)と(Fe,Ni)2Bと(Ni,Fe)3Bの三相域は,Kuz'ma and Koval35)の実験状態図のそれとよく一致していることから,本研究で決定したタイラインはKuz'ma and Kovalの実験状態図と整合していると判断される。

Fig. 5.

(a) SEM microstructure of an Fe-24.1%Ni-3.8%B alloy annealed at 800ºC for 100 h, and (b) and EDS results plotted on an Fe-rich corner of Fe-Ni-B ternary phase diagram calculated by Thermo-Calc.

ところで,Fe-Ni固溶体合金は,加工誘起マルテンサイト変態が生じる組成では加工性が低いことが知られている。実際,Fe-12.1%Ni-3.8%B合金と平衡する組成(20.4%Ni)の(Fe,Ni)合金は,室温で加工誘起マルテンサイト変態が生じる組成であり,圧延中に割れが生じて箔に加工することはできなかった。他方,Fe-24.1%Ni-3.8%B合金におけるγ-(Fe,Ni)相の平衡組成はFe-35.5%Niであり,室温では加工誘起マルテンサイト変態が生じないため,冷間圧延で箔へ加工することができた。そこで,γ-(Fe,Ni)と(Fe,Ni)2Bが平衡する組成としてFe-35.5%NiとFe-9.9%Ni-8.8%Bを選択し,拡散熱処理を施した。

Fig.6に850°Cで0.5 h拡散熱処理を行った結果を示す。Fig.4(c)と同様に,B濃度の自然対数と距離の二乗で整理し,(Fe,Ni)/(Fe,Ni)2B界面近傍を拡大したグラフを示している。(Fe,Ni)箔部と(Fe,Ni)2B部の濃度プロファイルにおける直線部分の外挿の交点から,固溶限は18 ppmと求まった。750°Cと800°Cで拡散熱処理した試料に対して同様に測定と解析を行って求めた固溶限はそれぞれ4 ppm,9 ppmであった。900°C以上の温度域においては,(Bの拡散が速すぎたため)良好なプロファイルが得られず固溶限を求めることはできなかった。これは,γ鉄におけるBの拡散性がNi添加により高くなったためと考えられるが,定量的な評価は今後の課題である。

Fig. 6.

B concentration profile obtained from an (Fe,Ni)/(Fe,Ni)2B ternary diffusion couple annealed at 850ºC for 0.5 h.

3・4 α鉄におけるBの固溶限

Fe/Fe2B拡散対をα鉄が安定な温度で熱処理し,α鉄におけるBの固溶限を求めた。Fe-B二元系拡散対において900°Cで24 hの拡散熱処理により得られたB濃度プロファイルをFig.7(a)に示す。B濃度の自然対数を距離の二乗でプロットし,Fe箔部とFe2B部の近似直線の交点から固溶限を12 ppmと決定した。同様の実験を800°C以下で行ったところ,FeとFe2Bの接合が不十分で,rf-GD-OESによる良好なB濃度プロファイルを得ることができなかった。そこで,α相を高温まで安定化するSiを添加したFe-Si-B三元系に拡張し,同様の実験を行った。

Fig. 7.

B concentration profiles obtained from (a) Fe/Fe2B binary diffusion couple annealed at 900ºC for 24 h, and (b) (Fe,Si)/Fe2B ternary diffusion couple annealed at 1000ºC for 24 h.

先述のFe-Ni-B系においては,Niの拡散による影響を懸念し,γ-(Fe,Ni)と(Fe,Ni)2Bが平衡する濃度で拡散対実験を行った。一方,Fe-Si-B系においては,Fe2BにSiはほとんど固溶しない25,26)。すなわち,Fe2B二元系化合物と(Fe,Si)合金を接合しても,両者間におけるSiの相互拡散は無視できる。そこで,Fe-Si系でγループからわずかに外れた組成であるFe-2.7%Si合金をFe2Bと固相接合することで,同様の拡散対実験を行った。1000°Cで24 hの拡散熱処理により得られたB濃度プロファイルをFig.7(b)に示す。Fe箔部とFe2B部の近似直線の外挿から,固溶限は13 ppmと求まった。同様の測定を1100°Cにおいても行い,固溶限は22 ppmとなった。

4. 考察

Bは粒界偏析傾向が強いことが知られている。結晶粒径が小さいと粒界偏析するBの総量が増大し,固溶限への寄与が大きくなると予想される。そこで結晶粒径がBの固溶挙動に与える影響を粗いモデルを用いて考察する。結晶粒を半径rの球と仮定し,粒界層の幅を2δとおくと,粒界層が占める体積分率Vfgbは下式で近似できる。

  
Vfgb=43πr343π(rδ)343πr33δr(6)

ここでrδであるので,(δ/r)nの2次以上の項は0とした。結晶粒内における固溶限,すなわち真の固溶限をC0B,粒界層の平均B濃度をCBgbと置くと,粒界偏析を考慮した見かけの固溶限CBappは次式で近似できる。

  
CBapp=CBgbVfgb+CB0(1Vfgb)CB0+3δCBgbr(7)

式(7)より,粒界偏析による見かけの固溶限の増分は(3δCBgb/r)で近似できる。ここで,粒界層におけるBの濃度分布をFig.8に示すような粒界面に対称な2本の直線(三角形関数)で近似すると,粒界層における平均濃度CBgbは最大濃度(CBmax)の0.5倍となる。Shigesatoらは,旧γ粒界に偏析したBを球面収差補正STEMによるEELSで定量分析し,最大濃度が8 at.%で粒界層の幅が2 nm程度と報告している37)。またMiyamotoらによる3DAPの分析では,最大濃度が約1 at.%,粒界層の幅が5 nm程度である19)。本研究においては,粗大粒組織を有する鉄箔を用いており,その粒径は少なくとも100 μm以上ある。そこで,結晶粒径(2r)を100 μmとして見かけの固溶限の増分を式(7)で計算すると,Shigesatoらの偏析量からは0.9 ppm,Miyamotoらの偏析量からは0.3 ppmとなる。すなわち,本研究においては粒界偏析が固溶限に与える影響は小さいと判断される。

Fig. 8.

A hypothetical concentration profile of B near a grain boundary. B segregation is expressed by a triangular function with the layer thickness of 2δ and the peak concentration of CBmax.

本研究により得られた結果を,現在までに報告されたα鉄,γ鉄におけるBの固溶限とともにFe-B二元系状態図上に投影したものをFig.9に示す。γ鉄において(Fig.9(a)),Bの固溶限は最大でも40 ppm程度であるという報告から,200 ppm程度であるという報告まで様々存在するが,本研究で得られたγ鉄におけるBの固溶限は1050°Cにおいても40 ppm程度であり比較的低濃度側の報告値を支持する結果である。この事実は,Fe-B二元系だけではなく,Fe-Ni-B三元系においても同様であるが,両者を比較するとFe-Ni-B三元系において測定された固溶限は比較的高い値を示している。Ni-B二元系におけるNiへのB固溶度は1000°Cで200~400 ppm(0.1~0.2 mol%)であり30),Fe-B二元系におけるγ鉄へのB固溶度よりも有意に大きい。さらに,Fig.5(b)に示したとおり,Fe-Ni-B三元系においてNiはFe2B相よりもγ相に多く分配される。すなわち,Ni添加によりγ相のギブスエネルギーはFe2B相のそれよりも大きく低下し,γ相が相対的に安定化されたため,Bの固溶限が増大したと理解される。

Fig. 9.

Summary of the B solubility in iron evaluated in this study along with those previously reported: (a) γ-iron and (b) α-iron. The data in the Fe-Ni-B and Fe-Si-B ternary systems are plotted as a projection on the binary diagram. (*: present results)

α鉄中における固溶限濃度に関しては(Fig.9(b)),最大でも10 ppm以下であるとする報告から,20 ppmを超える報告まであるが,本研究で得られた結果は,Cameron and Morral12)が組織的手法で決定した値など,比較的低濃度側のデータを高温側に外挿した結果と一致する。他方,α鉄についてもFe-B二元系とFe-Si-B三元系で傾向が異なるようにも見えるが,本研究で調査した範囲で固溶限に対するSi添加の影響を評価することは困難である。

一般的に,固溶度の低い固溶体の固溶限濃度Csは次式で表すことができる38)

  
Cs=exp(ΔSR)exp(ΔHRT)(8)

ここで,Rは気体定数,Tは絶対温度である。ΔHとΔSはこの場合,Fe2B=2Fe+Bという反応(Bは固溶状態を意味する)における部分モルエンタルピー変化およびエントロピー変化に相当する。式(8)より,固溶限の対数と絶対温度の逆数(ファントホッフプロット)は直線関係となる。本研究で得られた固溶限濃度のファントホッフプロットをFig.10に示す。同図には比較として過去に報告された固溶限のデータも示している。γ鉄において(Fig.10(a)),本研究で求めたFe-B二元系ならびにFe-Ni-B三元系におけるB固溶限の対数と温度の逆数に直線関係が認められる。Cameron and Morral12)は,彼らの固溶限データから上記反応の部分モルエンタルピー変化ΔHを71 kJ/molと求めている。他方,本研究で得られた固溶限からΔHを求めると,Fe-B二元系では112 kJ/mol,Fe-Ni-B三元系では140 kJ/molとなった。これらの値はCameron and Morral12)やBrownら11)の結果よりも大きいが,Busby and Wells15)の結果と概ね一致している。本研究の結果を,液相からγ鉄とFe2Bが生ずる共晶温度である1177°C17)に外挿すると75 ppmとなる。この値はγ鉄におけるBの最大固溶度であり,140~180 ppmとした実験値810)よりも有意に低く,57 ppmとする実験値11)と概ね一致する。α鉄においては(Fig.10(b)),Fe-Si-B三元系の測定点が2点と少ないものの傾きから得られるΔHは76 kJ/molであり,Cameron and Morral12)α鉄で得た85 kJ/molと一致する。他方,Fe-B二元系のγ鉄で得られた112 kJ/molと比較すると若干低い値であるものの,先述の通りrf-GD-OESにおけるBのバックグラウンド強度のばらつき(3σ)は1.7 ppmに相当し,それを測定の誤差と定義すればΔHには最大40%の誤差が生じうるので,両者は102 kJ/molのオーダーで矛盾するものではないと判断される。

Fig. 10.

Plots for ln CB vs. 1/T to compare the solubility results with those previously reported: (a) γ-iron and (b) α-iron. (*: present results)

ところで,Fe-B二元系においてα鉄,γ鉄,Fe2Bが関わる不変反応は共析反応(γα+Fe2B)であるとする報告12)と,包析反応(γ+Fe2B→α)とする報告8,10,11)がある。Fig.10(a)に示したFe-B二元系の結果をα/γ同素変態温度(A3点:911°C)に外挿すると14 ppmとなり,本研究で得られたα鉄における900°Cでの固溶限である11 ppmよりも大きい。また,Fe-Si-B三元系での結果をA3点に外挿すると8 ppmとなる。不変反応温度はA3点近傍にあるので7,16,17)γ鉄におけるBの固溶度はα鉄のそれよりも大きいと推定される。すなわち,本研究で得られた結果は,α鉄,γ鉄,Fe2Bが関わる不変反応が共析反応であることを示唆している。

5. 結言

鉄箔とFe2Bを固相接合した拡散対を熱処理し,鉄箔内に生じたBの濃度変調をrf-GD-OESで計測することで,α鉄とγ鉄におけるBの固溶限を決定した。rf-GD-OESによる鉄中のBの検出限界は1.7 ppm,定量下限は3.3 ppmであり,本研究の目的としては十分な検出性能を有する。他方,rf-GD-OESにおける分析範囲は広くスパッタ底部を完全な平面に保つことは困難であり,深さ方向の距離は少なくとも5%以上の誤差があることが示唆された。Fe-B二元系のγ鉄におけるBの固溶限はBrownらによる実験値11)と概ね一致する。Niを添加したγ鉄におけるBの固溶限は,Fe-B二元系のそれよりも大きくなる傾向が観察された。2.7%のSiを添加したα鉄の固溶限を低温に外挿すると,Cameron and Morralの報告値12)と一致する。A3変態点近傍におけるα鉄とγ鉄の固溶限の比較から,α鉄,γ鉄,Fe2Bが関わる不変反応は共析反応であることが示唆された。

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP 26420670,JP18K18930の助成を受けた。また,日本鉄鋼協会「鉄鋼中の軽元素と材料組織および特性」研究会(2016年3月~2019年3月)での有益な助言に感謝する。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

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