Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
Social and Environmental Engineering
Influence of Organic Acid Complex Formation on the Elution Behavior of Steelmaking Slag Amorphous Phase into Freshwater
Taiki KawasakiHiroyuki Matsuura
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 1 Pages 92-102

Details
Abstract

To recover the barren coast or degraded paddy field, the supply of nutrient elements such as Fe is effective. Since steelmaking slag contains various kinds of potent elements, it is expected to be used as an environmental restoration material. The dissolution mechanism of various elements from slag and the influence of surrounding organic matters and microorganisms must be clarified to utilize steelmaking slag in these methods effectively. In this research, the dissolution tests were conducted by using synthesized CaO-SiO2-FeO-Al2O3-P2O5 amorphous slag samples and aqueous solutions containing gluconic acid. Concentration of various elements in the solution, especially Fe, increased by the addition of gluconic acid. To evaluate the effect of gluconic acid on the dissolution behavior quantitatively, the existence forms of various elements in the solution were thermodynamically estimated based on the experimental results. The maximum ratio of chelated iron to total iron was 97%, indicating that the increase in iron concentration by adding gluconic acid was owing to the formation of iron complex ions. On the contrary, concentrations of Ca, showing complex formation ratio low, or Si and P, for which the complex formation has not been reported, also increased by adding the acid. This suggested the existence of elution mechanisms other than complex formation.

1. 緒言

日本や世界各地の沿岸海域において,海藻の群落(藻場)が衰退または消失して貧植生状態となる「磯焼け」と呼ばれる現象1)が問題になっている。磯焼けの一因として海水中の溶存鉄不足が考えられるため,鉄供給源として製鋼スラグを海域に導入して磯焼けを改善することが考えられてきた1)。製鋼スラグを有機酸源である腐植物質と混合して磯焼けした海域に投入すると,有機酸によって錯体化され安定に溶存する鉄分が供給されることで磯焼けが著しく改善することが知られている2)。さらに,製鋼スラグや電気炉スラグの溶出によりスラグから供給される各種元素が海洋プランクトンの増殖に及ぼす影響を調査する研究も進められている35)

また,日本の稲作農業において老朽化した水田で生育後期になると土壌中の硫化水素が鉄やマンガンの不足から無害化されず根の養分吸収の阻害や根腐れを引き起こす秋落ちが従来から問題になっている6)。老朽化した水田では鉄やマンガンに加えてカルシウム,マグネシウム,珪酸など種々の成分が不足しており,水田の回復には土壌への各種成分の供給が必要である6)。製鋼スラグは上述の各種成分を含んでおり7),従来の肥料利用に加えて土壌改良剤としての利用が注目されてきた。近年では,2011年の東日本大震災で津波により被災した圃場の脱塩・回復への製鋼スラグ利用が研究されている8,9)。このように,製鋼スラグは海域・淡水域での環境修復材としての利用が期待されている。

水域利用を目的とした製鋼スラグ系材料の高機能化・高付加価値化ならびに製鋼スラグの利用機会創出のためには,実水域におけるスラグからの各種元素の溶出機構やスラグ投入環境における有機物や微生物等の影響を十分に理解する必要がある。このような背景をもとにスラグから水溶液への溶出挙動ならびに溶出機構が調査されてきた。海水や淡水への製鋼スラグの溶出挙動1015)や製鋼スラグ中の鉱物相ごとの溶出特性の比較10,16,17),人工海水への溶出における有機酸(グルコン酸)の影響18)などの報告がある。特に有機酸を含んだ水溶液への溶出挙動は周囲の有機物の影響を検討する際に重要であるが,錯体生成効率などの定量的な検討は限定的である。

近年では製鋼スラグ中の鉱物相の溶出特性の差異を活用したスラグ中りんの選択回収に関する研究も進められており,鉱物相ごとの溶出特性の把握と理解は製鋼スラグをより高機能な材料として利活用するために必須である1925)

以上をふまえ,本研究では製鋼スラグからのFeの溶出の大部分を占める非晶質相16)に着目し,各種元素の有機酸含有水溶液への溶出実験を行った。有機酸のモデル物質としてFeと錯体を生成するグルコン酸を用い,溶出実験の結果をもとに水溶液中の各種元素の存在形態を熱力学的に推定して,溶出挙動への影響を定量的に検討した。

2. 実験方法

CaO-SiO2-FeO系非晶質相の水溶液への溶出挙動に及ぼす有機酸の影響を検討するため,製鋼スラグに含まれる非晶質相を模擬した試料を作製した。非晶質試料作製の出発組成をTable 1に示す。非晶質相からの顕著なFe溶出を報告した文献16)に基づいて,mass%CaO/mass%SiO2=1.0で30 mass%FeOのCaO-SiO2-FeOスラグ(試料O)を基準とし,試料AではAl2O3,試料PではP2O5を5 mass%含む。CaCO3試薬を1273 Kで12時間焼成して作製したCaO,Fe2O3試薬を電解鉄粉で還元して得たFeO,およびSiO2,Al2O3,Ca(H2PO4)2·H2O,CaHPO4·2H2O試薬を目標組成になるよう混合した。混合粉末をFe坩堝に装入し,Ar雰囲気で電気炉を用いて1673 K,3時間溶融・保持し,溶融後は直ちに水冷して非晶質相を得た。得られた試料をデシケーター内で12時間程度乾燥させた後に粒径150 μm以下に粉砕して振盪実験に用いた。

Table 1. Compositions of synthesized amorphous samples [mass%].
SampleCaOSiO2FeOAl2O3P2O5
A32.532.530.05.0
P32.532.530.05.0
O35.035.030.0

得られた試料が非晶質相であることを確認するため,X線回折装置(リガク製Miniflex600)を用いて分析を行った。測定条件は,Cu-K線,管球電圧40 kV,管球電流15 mA,測定速度5.0 deg/minである。

作製した非晶質相の有機酸水溶液への溶出試験を行った。0,0.1,0.5,1.0 g/Lのグルコン酸濃度に相当するグルコン酸ナトリウム水溶液100 cm3を250 cm3のポリプロピレン製ボトルに入れ,pH,酸化還元電位(ORP)および水溶液温度を測定し,振盪前の測定値とした。水溶液の入った容器に試料1 gを加えて密栓し,振盪機に設置して,振盪幅30 mm,毎分160サイクルにて振盪実験を行った。振盪実験中は室温を空調で25°Cに保ち,振盪時間を3,6,24,48,96,168,240時間として,バッチ式で実験を行った。振盪後はpH,ORPおよび水溶液温度を直ちに測定し,その後,孔径0.45 μmのメンブレンフィルターを用いて吸引濾過を行い,濾液を得た。得られた濾液のCa,Si,Fe,Al濃度をICP発光分光分析法(日立ハイテクサイエンス社製PS7800),P濃度を吸光光度法(日立ハイテクサイエンス社製U-5100)で測定した。

3. 結果および考察

得られた試料のX線回折結果をPDFデータ26)と併せてFig.1に示す。試料AおよびPでは明確なピークが確認されず,非結晶相に特有の幅広いピークが現れていることから,今回のX線回折測定の感度において完全な非結晶相が得られたと判断した。一方,Al2O3およびP2O5を含まない試料OではわずかにCaO∙SiO2∙FeOの回折ピークが確認されたことから,少量のCaO∙SiO2∙FeOが晶出しているものの,試料の大部分は非晶質であると判断した。

Fig. 1.

XRD patterns of synthesized glassy slags; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O.

試料組成とグルコン酸濃度を変えた場合のpHの経時変化をFig.2に示す。振盪前の初期pHは6.4~6.7でグルコン酸(グルコン酸ナトリウム)の濃度による変化はわずかであった。振盪後水溶液のpHは試料O,A,Pの順に小さくなった。いずれの試料を用いた場合でも,0.1 g/Lのグルコン酸を含む場合の水溶液pHは0 g/Lの場合より小さくなった。グルコン酸濃度が0.5 g/Lと1.0 g/Lの場合ではpHは殆ど変わらなかった。

Fig. 2.

Change in pH with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

式(1)に示すグルコン酸(以下,HGH4と表記する)の電離反応27),

  
HGH4=GH4+H+logK1=3.60(1)

に基づくと振盪前水溶液の[GH4-]/[HGH4]は103程度である。ここで[X]は化学種Xの濃度(mol/L)を表す。実験に用いた水溶液のHGH4濃度が0.5~5 mmol/Lであるから,振盪前に電離していないHGH4は0.5~5 μmol/Lと僅かであり,式(1)の反応の進行が水溶液のpHに直接的に与える影響は各種元素の溶出に比べ小さいと考えられた。

Ca,Si,Fe,Al,Pの各元素濃度の経時変化をFig.3–7に示す。いずれの元素の濃度も振盪時間とともに単調に増加した。これらの測定された水溶液中の元素濃度をもとに,スラグからの酸化物溶出量を計算した。CaOに対するSiO2,FeO,Al2O3,P2O5の溶出量の質量比をFig.8–11に示す。HGH4を添加しない場合,CaOに対するSiO2,FeO,Al2O3,P2O5の各酸化物の溶出量比は非晶質試料の組成と比べて小さく,特にFeOの溶出量比が小さくなった。また,0.5 g/Lおよび1 g/LのHGH4を添加した場合はAl2O3を除いてスラグ組成に近い溶出量比に変化した。HGH4を添加しない場合はスラグから各種酸化物は選択的に溶解(CaOの優先的溶解)し,HGH4を添加した場合に調和溶解に近い溶解挙動を示した。

Fig. 3.

Change in concentration of Ca with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

Fig. 4.

Change in concentration of Si with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

Fig. 5.

Change in concentration of Fe with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

Fig. 6.

Change in concentration of Al with time during shaking with sample A. (Online version in color.)

Fig. 7.

Change of concentration of P with time during shaking with sample P. (Online version in color.)

Fig. 8.

Change in ratio of dissolved SiO2 to CaO with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

Fig. 9.

Change in ratio of dissolved FeO to CaO with time; (a) sample A, (b) sample P, and (c) sample O. (Online version in color.)

Fig. 10.

Change in ratio of dissolved Al2O3 to CaO with time during shaking with sample A. (Online version in color.)

Fig. 11.

Change in ratio of dissolved P2O5 to CaO with time during shaking with sample P. (Online version in color.)

本実験では,実験後試料は水分を含み,さらに実験中に非晶質相が変質することが考えられるため,実験後に試料を回収し,重量を測定することは困難であった。そのため,各酸化物の溶出量から試料の溶出量を推算した。試料Oを用いた実験での最大の溶出量は初期試料1 gに対して0.027-0.029 gであり,一方,Al2O3あるいはP2O5を含む試料の溶出量は試料Oに比べて小さく,初期試料1 gに対する溶出量は試料Aの場合で0.006-0.007 g,試料Pの場合で0.011-0.017 gであった。

スラグ中の酸化物が溶解して主たる溶存態に変化する反応を模式的に考えることで,元素溶出とpHの変化の影響を検討した。CaOの溶出はpHを増加させるが,他の酸化物は基本的に溶出の際に水和反応を伴うためH+を放出してpHを低下させる。したがって,振盪によるpHの上昇はスラグ中のCaの溶出によるものであると考えられる。Fig.12にCa濃度とpHの関係を示す。グルコン酸を添加しない場合はスラグ組成によらずlog[Ca]とpHの傾きが約1/2であり,前報12)でも報告した通り,pH変化とCa溶出量の間に明らかな相関がある。しかし,グルコン酸を添加すると,溶液pHはグルコン酸を添加しない場合のCaの溶出反応から予想される値より小さく,Caに対する他の元素の溶出量の割合が増加して,pHを低下させる影響が大きくなったものと考えられる。

Fig. 12.

Relationship between concentration of Ca and pH. (Online version in color.)

水溶液中の各種イオンが熱力学的に平衡であると仮定して,イオンの存在状態を計算した。考慮対象としたCa,Si,Fe,Al,Pの無機イオン種は,Ca2+,CaOH+,H4SiO40,H3SiO4-,H2SiO42-,HSiO43-,SiO44-,Fe2+,FeOH+,Fe(OH)20,Fe(OH)3-,HFeO2-,Fe3+,FeOH2+,Fe(OH)2+,Fe(OH)30,Fe(OH)4-,Al3+,AlOH2+,Al(OH)2+,Al(OH)30,Al(OH)4-,H3PO40,H2PO4-,HPO42-,PO43-である。これらの無機イオンの濃度の関係式の導出は,Mikiら10)の方法を参考に以下の式(2),

  
mA+nH2O=pB+qH+(2)

において,水の活量aH2Oを1とし,pH=-logaH+から導かれる式(3),

  
log(CB)p(CA)m=logK2+qpHlog(γB)p(γA)m(3)

を用いて計算した。ここで,m,n,p,qは化学量論係数,AおよびBは水溶液中のイオン,aは活量,γは活量係数,Cは濃度である。平衡定数K2の決定に用いた標準化学ポテンシャルの値をTable 2に示す2832)

Table 2. Standard chemical potential of species at 298 K.
SpeciesStateμ0 [kJ/mol]Ref.
H+aq029
OHaq–157.2430
H2Ol–237.1829
Ca2+aq–553.629
CaOH+aq–718.3931
H4SiO40aq–1308.828
H3SiO4aq–1252.828
H2SiO42–aq–117728
HSiO43–aq–1120.728
SiO44–aq–104628
H2SiO30aq–1012.628
HSiO3aq–955.528
SiO32–aq–88728
Al3+aq–48529
Al(OH)2+aq–69831
Al(OH)2+aq–91131
Al(OH)30aq–111531
Al(OH)4aq–130529
H3PO40aq–1147.3132
H2PO4aq–113029
HPO42–aq–108929
PO43–aq–101929
Fe2+aq–78.929
FeOH+aq–261.831
Fe(OH)20aq–435.731
Fe(OH)3aq–607.831
HFeO2aq–379.228
Fe3+aq–15.429
Fe(OH)2+aq–22931
Fe(OH)2+aq–44631
Fe(OH)30aq–66031
Fe(OH)4aq–83031

活量係数は式(4)に示す拡張Debye-Hückelの式,

  
logγi=AZi2I1+Ba0I(4)

を用いて推定した10)。ここで,A,Bは温度・溶媒に依存する定数,Zはイオンの価数,a0はイオン径パラメータ,Iはイオン強度である。本計算では,A=0.509,B=0.32933)とし,イオン強度を0.01 mol/L,0価のイオンの活量係数は全て1であると仮定した。イオン径パラメータは主にKlotz34)の値を用いた。イオン径パラメータが報告されていないイオン種については,そのイオン径パラメータは価数が等しいイオン種と等しいと仮定した30,31)。計算に用いたイオン径パラメータと得られた活量係数をTable 3Table 4にそれぞれ示す。

Table 3. Ionic parameters used for calculation of activity coefficients.
Speciesa0 [Å]Ref.
H+929
OH3.529
Ca2+629
H3SiO43.531
H2SiO42–431
HSiO43–431
SiO44–531
HSiO33.531
SiO32–431
Al3+929
H2PO44-4.529
HPO42–429
PO43–429
Fe2+629
HFeO23.531
Fe3+929
Table 4. Activity coefficients of ions at I = 0.01 mol/L. Values of some species were calculated by using ionic parameters of referred species.
SpecieslogγiRef.
H+–0.039Eq. (4)
OH–0.046Eq. (4)
Ca2+–0.396Eq. (4)
CaOH+–0.118HSiO3
H4SiO400Assumption
H3SiO4–0.046Eq. (4)
H2SiO42––0.180Eq. (4)
HSiO43––0.405Eq. (4)
SiO44––0.699Eq. (4)
H2SiO300Assumption
HSiO3–0.046Eq. (4)
SiO32––0.180Eq. (4)
Al3+–0.353Eq. (4)
Al(OH)2+–0.157Fe2+
Al(OH)2+–0.046HSiO3
Al(OH)300Assumption
Al(OH)4–0.046Fe(OH)4
H3PO400Assumption
H2PO4–0.045Eq. (4)
HPO42––0.180Eq. (4)
PO43––0.405Eq. (4)
Fe2+–0.170Eq. (4)
FeOH+–0.046HSiO3
Fe(OH)200Assumption
Fe(OH)3–0.045H2PO4
HFeO2–0.046Eq. (4)
Fe3+–0.353Eq. (4)
Fe(OH)2+–0.157Fe2+
Fe(OH)2+–0.046HSiO3
Fe(OH)300Assumption
Fe(OH)4–0.046HFeO2

また,Fe3++e-=Fe2+の標準単極電位は0.771 V35)であるから,Nernstの式よりFe2+およびFe3+の濃度の関係式として式(5),

  
E=0.771RTFlnaFe2+aFe3+(5)

を得た。ここでEは標準水素電極基準の酸化還元電位,Rは気体定数,Fはファラデー定数,Tは絶対温度である。

HGH4の電離定数およびCa,Fe,Alとの錯生成定数をTable 527,3639)に示す。表中の平衡定数Kcは表に示したイオン強度における濃度積であるため,平衡計算を行うイオン強度(0.01 mol/L)における濃度積に補正した。イオン強度が大きい場合,式(4)では誤差が大きくなるため,補正項bIを加えた式(6)のTruesdell-Jones40)の式,

  
logγi=AZi2I1+Ba0I+bI(6)
Table 5. Equilibrium constants of ionization and chelation reaction of gluconic acid at 298 K.
ReactionlogKcIonic strength [mol/L]Ref.
HHGH4 = GH4 + H+–3.600.127
CaCa2+ + GH4 = Ca(GH4)+1.220.1636
AlAl3+ + GH4 = Al(GH4)2+1.980.137
Al(GH4)2+ = Al(GH3)+ + H+–2.870.137
Al(GH3)+ = Al(GH) + 2 H+–9.290.137
Fe(II)Fe2+ + GH4 = Fe(GH4)+1.01.038, 39
Fe(III)Fe3+ + GH4 +4 OH
= Fe(G)2– + 4 H2O
37.21.038, 39

により計算した。パラメータの値は文献40)中に記載がある場合はその値を用いて計算し,記載がない場合は式(4)を用いて計算した。GH4-イオンおよび錯イオンについては報告されたパラメータがないので,式(7)のDaviesの式,

  
logγi=AZi2(I1+I0.3I)(7)

により計算した。

さらに,添加したHGH4濃度ならびに測定されたCa,Si,Fe,Al,P濃度が対応するイオン種濃度の総和に等しいとする束縛条件より,考慮する計算式はTable 6の通りになる。

Table 6. Equations used for calculation.
log[CaOH+] – log[Ca2+] = –13.10 + pH
log[H3SiO4] – log[H4SiO40] = –9.77 + pH
log[H2SiO42–] – log[H4SiO40] = –22.92 + 2 pH
log[HSiO43–] – log[H4SiO40] = –32.57 + 3 pH
log[SiO44–] – log[H4SiO40] = –45.36 + 4 pH
log[FeOH+] – log[Fe2+] = –9.64 + pH
log[Fe(OH)20] – log[Fe2+] = –20.78 + 2 pH
log[Fe(OH)3] – log[Fe2+] = –32.14 + 3 pH
log[HFeO2] – log[Fe2+] = –30.63 + 4 pH
log[FeOH2+] – log[Fe3+] = –4.33 + pH
log[Fe(OH)2+] – log[Fe3+] = –7.98 + 2 pH
log[Fe(OH)30] – log[Fe3+] = –12.09 + 3 pH
log[Fe(OH)4] – log[Fe3+] = –23.82 + 4 pH
log[Fe2+] – log[Fe3+] = 12.85 – 16.91E
log[AlOH2+] – log[Al3+] = –4.44 + pH
log[Al(OH)2+] – log[Al3+] = –8.78 + 2 pH
log[Al(OH)30] – log[Al3+] = –14.99 + 3 pH
log[Al(OH)4] – log[Al3+] = –22.87 + 4 pH
log[H2PO4] – log[H3PO40] = –2.99 + pH
log[HPO42–] – log[H3PO40] = –10.04 + 2 pH
log[PO43–] – log[H3PO40] = –22.08 + 3 pH
log[GH4] – log[HGH4] = –3.74 + pH
log[CaGH4+] – log[Ca2+] – log[GH4] = 1.52
log[FeGH4+] – log[Fe2+] – log[GH4] = 1.43
log[Fe(G)2–] – log[Fe3+] – log[GH4] = –18.56 + 4 pH
log[Al(GH4)2+] – log[Al3+] – log[GH4] = 2.19
log[Al(GH3)+] – log[Al(GH4)2+] = –2.77 + pH
log[Al(GH)] – log[Al(GH3)+] = –9.46 + 2 pH
[Ca2+] + [CaOH+] + [CaGH4+] = (Total Ca concentration)
[H4SiO40] + [H3SiO4] + [H2SiO42–] + [HSiO43–] + [SiO44–]
= (Total Si concentration)
[Fe2+] + [FeOH+] + [Fe(OH)20] + [Fe(OH)3] + [HFeO2] + [Fe3+] + [FeOH2+] + [Fe(OH)2+] + [Fe(OH)30] + [Fe(OH)4] + [Fe(G)2–] + [FeGH4+]
= (Total Fe concentration)
[Al3+] + [AlOH2+] + [Al(OH)2+] + [Al(OH)30] + [Al(OH)4] + [Al(GH)42+] + [Al(GH3)+] + [Al(GH)] = (Total Al concentration)
[H3PO40] + [H2PO4] + [HPO42–] + [PO43–] = (Total P concentration)
[HGH4] + [GH4] + [CaGH4+] + [Al(GH)42+] + [Al(GH3)+] + [Al(GH)] + [Fe(G)2–] + [FeGH4+] = (Total HGH4 concentration)

Fig.13に各実験における水溶液中のHGH4の存在形態の割合を示す。最も多いイオンはGH4-イオンであり,添加した全HGH4の63.2~99.0%を占めていた。電離していないHGH4は殆ど存在しなかった。GH4-イオンの割合はHGH4濃度の増加につれて試料Aおよび試料Oでは増加し,一方,試料Pでは減少した。GH4-イオンの割合は概ね振盪時間の増加につれて減少したが,これは溶出した元素がHGH4と錯体を生成するためにGH4-イオンが消費されるためと考えられる。錯体イオンは,殆どの結果でFe(G)2-イオンが最多となった。

Fig. 13.

Form of gluconic acid; (a) Sample A, (b) Sample P, and (c) Sample O. (Online version in color.)

Fig.14にCa,Fe,Alの錯生成効率(錯体の全イオン濃度に対する物質量比)とpHの関係を示す。Caの錯生成効率はpHが10までの範囲ではpHにあまり依存せず,pHが10を超えるとやや減少した。錯生成効率は本実験条件の範囲で最大15%程度であり,大部分のCaはCa2+の無機イオンの形態で含まれた。一方,Feは錯生成効率がHGH4濃度とpHに大きく依存し,pHの増加に伴って錯生成効率は増加した。HGH4濃度が1.0 g/Lの場合,pHが10を超えるとその大部分が錯体として安定化した。Alの錯生成効率はFeと同様にpHに大きく依存するが,Feと異なりpHの増加に伴ってその錯生成効率は減少した。いずれの元素についても,HGH4濃度が増加すると錯生成効率は増加した。

Fig. 14.

Relationship between chelation ratio and pH; (a) Ca, (b) Fe, and (c) Al. (Online version in color.)

Fig.15に振盪時間240時間におけるCa,Fe,Al,Siの濃度と存在形態を示す。Caは大部分がCa2+イオンであるのに対して,Feは大部分がFe(G)2-イオン,Alは大部分がAl(GH)-イオンであった。Siについてはグルコン酸との錯体生成が報告されていないが,いずれの試料を用いた場合でもHGH4濃度の増加と共にSi濃度も増加した。水溶液中では主にH4SiO40とH3SiO4-イオンとして含まれると推算された。珪酸塩の水溶液への溶解は報告されていない錯体生成の影響の可能性も否定できず,更に,共に溶解するカチオンや水和の影響なども考えられ,それらの複合的な要因の理解には更なる考察を要する。

Fig. 15.

Form of ions in solutions after 240 h shaking; (a) Ca, (b) Fe, (c) Al, and (d) Si. (Online version in color.)

スラグ中の各種元素の溶出挙動を比較すると,HGH4を添加しない場合はCaが溶出しやすくFeが溶出しにくいが,HGH4を添加するといずれの元素もスラグ組成に近い比率で溶出した。また,HGH4を添加した場合に各種元素の溶出量が増加した結果に対して,Caの錯体生成の影響が小さいことやHGH4との錯体生成の報告がないSiおよびPも溶出量が増加したことから,錯体生成のほかにも溶出量が増加する要因があると考えられた。非晶質スラグ表面の変化や非晶質スラグの溶出におけるグルコン酸添加の影響として以下の可能性が考えられる。(1)グルコン酸を添加しない場合はCaO濃度が小さくFeO濃度が大きい表面層の形成や,Fe等の溶解度の低い元素のスラグ表面での再析出が起こり,この結果,スラグの溶出がスラグ表面層内での各種元素の拡散によって律速されている,(2)グルコン酸を添加した場合はスラグ組成に近い比率で各元素の溶解が進行し,錯体生成によってFeの溶解度が大幅に増加するため再析出が起こりにくく,非晶質スラグが淡水に溶解する際にスラグ表面に存在した表面層が生成しないため,表面層を介した拡散に律速されなくなり各種元素の溶出量や溶出速度が大きくなる。以上の可能性を評価するためには,スラグ表面状態の直接観察と分析が必要であり,今後の課題である。

非晶質相の組成の影響については,Al2O3やP2O5といった両性酸化物や酸性酸化物の増加によって溶出量の減少が見られ,原子スケールでのスラグ構造が溶出挙動に影響すると考えられた。一方,前述の通り,グルコン酸の共存によってスラグ組成に比例した調和溶解へと移行し,スラグ構造の影響が小さくなった。グルコン酸以外の錯体形成能を有する有機酸を用いた研究を行うことで,錯体形成能の影響に関する更なる検証が必要であるが,溶液pHの影響以外に,錯体形成能がスラグの構造的影響を打ち消して溶出挙動に影響を与えることが示唆された。近年の研究41)においても原子スケールでのスラグ構造と溶出挙動に関連があることが報告されており,有機酸の錯体形成効果と併せて今後のより詳細な検討を要する。

4. 結言

製鋼スラグ非晶質相の溶出挙動を調査するため,非晶質試料を作製して有機酸水溶液への溶出試験を行った。有機酸の添加によって水溶液中の各種元素濃度は数倍に上昇し,特にFeは著しく増加した。溶出試験の結果をもとに水溶液中の各種元素イオンの存在形態を推定した。Feは主に有機酸錯体として存在し,有機酸錯体化による溶出量増加が定量的に示されたが錯体の割合が少ないCaならびに錯体生成が報告されていないSiやPの濃度も増加しており,錯体生成以外の溶出機構の存在が示唆された。

文献
 
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