2021 Volume 107 Issue 1 Pages 73-81
FE-EPMA combined with Soft X-ray Emission Spectrometry (SXES) has been applied to quantification of nitrogen for soft gas nitriding steels and its penetration behavior was discussed quantitatively over 0.03 mass% region. Change in intensity of N-Kα(n=2) peak within several hundred micrometer depth of the conventional soft gas nitriding steel was consistent with not only hardness change but also quantification result of N as nitrides determined by chemical analysis on extracted residue. The contents of nitrogen at surface region were determined of the steels with different nitriding conditions by using a calibration curve and those depth profiles of nitrogen showed the same tendency in hardness and microstructure evolution. It was concluded that SXES was quite useful for bulk nitrogen analysis of gas nitriding steels at micrometer resolution.
一般的に窒素は炭素と類似の性質を有するものの,鉄鋼分野においては炭素に較べて積極的に活用されていない。しかし歯車などの機械部品用途の鋼で実施される窒化処理は,炉内での長時間の窒素拡散処理が必要ではあるが,耐摩耗性や疲労特性を満足するために広く利用されてきた代表的な窒素利用技術である。鋼における合金元素としての窒素の基礎的な研究については,Imaiの解説に詳しい1)。また,鋼の窒化処理についてはFujiwara and WatanabeとTakaseの詳しい解説がある2,3)。窒化処理の中でも多くの鋼で広く実施されているガス軟窒化処理は,浸炭処理や高周波焼き入れ処理に較べて低温での処理で,部品形状の確保もしやすく広く適用されている。しかし,利用ガスの制御や鋼成分によって組織が複雑に変化するため,最終的に得られる機械的特性の安定化が課題である。実際のガス軟窒化法においては浸炭現象も重畳している。更に近年では窒化ポテンシャル(KN)を高度に制御することが工業的に行われている4,5)。複雑な窒化現象を正しく理解して制御するためには,鋼中の窒素量を正確に分析し,その状態をも把握することが望まれるが,鋼中窒素分析を高い空間分解能で迅速に実施できる方法は限られている。
一般に,鋼中の窒素分析は専用分析法である不活性ガス融解-熱伝導法(Thermal Conductivity, TC)による全窒素分析がある。近年では発光分光分析法(Optical Emission Spectroscopy, OES)によってもTCと同等の精度が得られるようになっている6)。一方,鋼材から窒化物を抽出して窒化物としての窒素量を定量する方法がある7)。窒化材においては鋼材表面から内部にかけて連続的に窒素量が変化することを正しく定量するために,表層から徐々に試料を溶かして析出物を抽出すること(逐次電解法)で,深さ方向の変動を見ることはできるものの,試料採取に時間がかかること,測定ピッチが数10 μmと大きくなることから,高い空間分解能での析出窒素定量は難しい。TC法やOESでの定量下限は数10 ppmと極めて高いものの,十分な位置分解能が得られない。サブミクロン~ミクロン単位の分解能で広範囲の窒素分析を迅速に実施するには,Electron Probe Micro Analyzer (EPMA)が最も有効と考えられる。しかし,波長分散型の汎用的なX線分光分析,Wave Dispersed Spectroscopy (WDS)を使った場合,N-Kα線の測定感度は高くないため,これまでは明らかな金属窒化物の窒素定量への応用に留まっている8)。
近年,TerauchiやTakahashiらによって開発された軟X線分光分析法,Soft X-ray Emission Spectroscopy (SXES)は,不等間隔回折格子と二次元検出器によって,これまでEPMAでは分光対象としてなかった極低エネルギー領域のX線を迅速検出し,いくつかの元素の状態分析にも有用であることが報告されている9,10)。鋼中の窒素分析に対しては,EPMAで測定対象となるN-Kα線(392 eV)ではなく,その2次線, N-Kα(n=2), 196 eVを捉えることで,より高感度での分析が期待できる。そこで,本研究においては,FE-EPMAに搭載したSXESを用い,窒化材の深さ方向の窒素分析の可能性を調査した。また,同じ試料について,抽出分析による析出窒素定量を行い,SXES分析による窒素信号強度と析出窒素量との相関から定量性を検討した。
Table 1に窒化処理に供したSCM420の鋼材成分を示した。本成分を有する26 mmφの丸棒試験片を,2種の異なる処理法で窒化処理し,丸棒表面から中心部方向の硬度測定およびミクロ観察を実施した。なお,本論文では,N2, NH3およびCO2の混合雰囲気中において570°Cで3~5 hrの処理を施したものをガス軟窒化処理A(通常ガス軟窒化処理)材とし,上記ガス種に更にH2を含む混合雰囲気において,窒化ポテンシャル(KN)を制御しながら処理を実施したものを,ガス軟窒化処理B(ポテンシャル制御窒化処理)材と称する。
C | Si | Mn | P | S | Cr | Mo | V | T.N | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
SCM420 | 0.20 | 0.21 | 0.80 | 0.016 | 0.018 | 1.14 | 0.20 | ─ | 0.0100 |
これらの丸棒断面試料を鏡面研磨した後,FE-EPMA,(JEOL製,JXA8530F-Plus)に付随するSXES(JE200N)を使用し,表層から最大1 mm程度の深さでのスペクトルを取得した。最初に,ガス軟窒化処理Aを施した試料を対象にSXES測定を実施し,窒素信号強度を定量値にするために,同一丸棒の表面から約50 μmピッチで10%アセチル-アセントン(AA)電解により析出物を抽出し,これを混酸分解・アルカリ蒸留した後,ビスピラゾン吸光光度法により窒素定量を行ない,検量線を作成した。次に,異なる窒化方法で処理した鋼材に対して同様のSXES測定を行ない,最初の検量線を用いて窒素定量を実施した。なお,SXES分析では,表層20 μmの化合物層に対しては,加速電圧5 kV,プローブ径2 μmφ,測定電流0.5 μAとし,50 μmより深い領域に関しては,検量線作成時の条件と同じ,加速電圧8 kV,プローブ径10 μmφ,測定電流0.1 μAとし,一点あたりの測定時間は360 sとした。より表層に近い化合物層と,50 μmより深い拡散層から取得したSXESの信号強度に対しては,測定電流値による規格化を行った。さらに,窒化鋼の典型的な組織同定のため,検量線を作製した通常窒化処理材からFocused Ion Beam (FIB)を用いて試料を採取し,加速電圧300 kVのScanning Transmission Electron Microscopy, STEM (FEI社製,TITAN80-300)による窒化層の微細構造観察を実施した。更に,表層化合物のマクロな同定方法として,表面からのX線回折法や,断面試料のEBSD(Electron Back Scattered Diffraction)測定も実施した。EBSDは,Scanning Electron Microscopy,(SEM)(JEOL社製 JSM7001F)に搭載したシステムを用い,加速電圧20 kV,ステップ間隔0.04 μmでデータ取得を行った。
Fig.1には,ガス軟窒化処理A (5 hr処理)で表面硬化を実施したSCM420の表面近傍の断面光学顕微鏡像を示す。最表層数μmのポーラスな組織を含む約15 μm程度の白色組織が認められる。これは,鋼の窒化材表層で典型的に認められる化合物層である2)。白色組織より内部は一般的に拡散層と呼ばれる組織である。Fig.2はこの試料のビッカース硬度の深さ方向変化を示す。なお,一般的にポーラス組織を含む化合物層の硬度測定はバラツキが大きいため,ここでは深さ50 μm以深から,荷重300 gfの条件で測定を行った。ガス軟窒化を施した表面はビッカース硬度が700 Hvと極めて高いが,約300 μm深さでほぼ素材レベルまで急激に低下している。これより表面からの窒素侵入は数100 μmまで起きていることが想定される。
A cross-sectional optical microstructure at top surface region of a soft gas nitriding steel A.
Hardness change of the steel along the depth direction.
Fig.3にガス軟窒化処理Aで処理した丸棒試験片の表面50 μmから深さ600 μmまでの約50 μm間隔での析出窒素の定量結果を示す。試料調整の制約により最表層50 μmまでは分析対象外としたため分析値がない。析出窒素量は表面50 μm領域の0.4 mass%程度から単調に減少し,500 μm深さでは0.05 mass%まで低下していることがわかる。この析出窒素の減少傾向は,Fig.2の硬度低下のそれと極めて良く一致している。
Change in N as nitrides from 50 to 600 μm depth area determined by quantification of extracted residue.
Fig.4に,ガス軟窒化処理Aの異なる深さから取得した窒素のSXESを示した。表層5 μm, 15 μm領域は非常に強いN-Kα(n=2)のピーク強度が得られているのに対して,50 μmよりも深い領域からの信号は急激に低下している。但し,50 μm深さのピークトップ位置でも10万カウントを超え,十分にS/Nの良好なスペクトルが得られていることがわかる。これらのスペクトルのバックグラウンドを考慮した積分強度(エネルギー幅195~198 eV)を計算し,丸棒試験片断面の測定位置に対してプロットした結果をFig.5(a),(b)に示す。Fig.5(a)より表層領域では極めて強い信号で,数10 μm深さで急激に低下している。Fig.5(b)は,30 μmよりも深い領域の縦軸を拡大したもので,300 μm程度までの窒素信号強度の低下がFig.2の硬度低下と極めて良く整合している。
Series of SXES of N-Kα (n=2) obtained at different depth area.
(a) Change in net intensity of N-Kα (n=2) peak at different depth and (b) extended y-axis of (a).
次に,深さ50 μm~600 μmにおけるSXES測定による信号強度と,Fig.3で示した析出窒素量の相関をFig.6に示した。厳密には,Fig.3の窒素定量値は固溶窒素量を含むものではないが,フェライト相に対する固溶窒素は非常に少なく,実効的には析出量が全窒素量と考えられるため,Fig.6よりSXES測定値から定量分析値の換算が可能となる。以下で示すように,通常ガス軟窒化材における最表層はFe3N主体であると考えられることから,Fe3Nの窒素濃度7.7 mass%を考慮すると,Fig.6の検量線は少し変化するものの,0.5 mass%以下の領域とそれ以上では極端に濃度が違うため,以下の窒素定量においては,析出窒素濃度0.4 mass%以下で満足するFig.6内の関係式を検量線として用いた。
Relationship between amount of N as nitrides and net intensity of N-Kα (n=2) peaks.
Fig.6の検量線を適用するにあたり,異なる窒化処理を施した鋼材を新たに測定対象とした。
一つは検量線作成に用いたのと同じガス軟窒化処理Aを3 hr施したもので,もう一方はガス軟窒化処理Bによって窒化処理を施したものである。これらの二鋼種のミクロ組織と表面硬度変化を,Fig.7(a),(b)とFig.8に示した。Fig.7(a),(b)中の矢印は最表層の化合物層を示している。このミクロ組織から明らかなように,ガス軟窒化処理AではFig.1とほぼ同等の化合物層を有しているのに対し,ガス軟窒化処理Bでは,最表層のポーラス領域が顕在化し,またその下層に20 μm程度の柱状組織の形成が認められる。この組織の違いはFig.8の硬度変化に明確に現れている。すなわち,ガス軟窒化処理Aでは,Fig.2と同等の急激な硬度低下を呈しているのに対し,ガス軟窒化処理Bでは,数100 μm深さ程度まで単調減少して,母相レベルに達しており,窒化層の拡張が認められる。
Optical microstructures at top surface region of different gas nitriding process. (a) a soft gas nitriding steel A and (b) a soft gas nitriding steel B, respectively. Inside arrows indicate top compound layer.
Hardness change of steels with different nitriding methods.
このような明らかに窒化挙動の異なる鋼材に対して,特に,試料最表層領域は抽出分析での定量が困難であることから,表層領域のSXES窒素信号強度を詳細に評価したのち,Fig.6の検量線を使って濃度換算した結果をFig.9(a), (b)に示した。Fig.9(a)は,表層20 μmから1.5 mm深さまでの広域での濃度変化を示している。ガス軟窒化処理Aでは,表層領域で0.3 mass%であった濃度が,300 μm深さにおいて0.03 mass%程度となり,これより深い領域では検出下限以下となる。一方,ガス軟窒化処理Bでは,深さ方向での窒素濃度低下は緩やかであり,数100 μmを超えた領域で0.05 mass%以下に低下している。Fig.9(a)の結果は,Fig.8の硬度変化と非常に良い一致を示すことがわかる。
Depth profiles of estimated nitrogen content (a) from surface to 1.5 mm depth and (b) detail of top surface region.
Fig.9(b)は表層領域を詳しく示した結果であり,Fig.7で示した化合物層と拡散層の界面領域の分析になる。窒素濃度が非常に高い領域であるためFig.6の検量線ではなく,ガス軟窒化処理Aの最表層がFe3N主体(窒素濃度:約7.7 mass%)であることを前提に,高濃度領域の代表点を追加した新たな検量線(Int=286.8×C+1×106)で濃度換算した。Int: 化合物層内の窒素信号強度,C: 化合物層内の推定窒素濃度(mass%)
これより,ガス軟窒化処理Aでは10 μm深さ程度までは,Fe3Nに起因して非常に高い濃度を呈し,化合物層から拡散層に遷移する深さ20 μmで急激に低下している。一方,ガス軟窒化処理Bでは最表面で窒素濃度が5mass %弱と若干低く,30 μm深さまでは数mass %の窒素濃度が維持されており,Fig.7(b)で化合物層が厚いことに対応している。ガス軟窒化処理Aで形成されやすい化合物層は,比較的炭素を固溶するFe3N(ε)であると言われており2,3),Fig.9(b)で数 mass%以上の部分はFe3Nであると考えられる。一方,ガス軟窒化処理B材においては最表層窒素濃度が5 mass%以下と若干低い。しかし再び窒素濃度は増加し,約30 μm程度まで6 mass%程度のプラトーが認められ,その後急激に低下している。最表層は,光学顕微鏡組織でも明らかなように,顕著なポーラス組織に起因して窒素信号強度低下が起きている可能性は否定できない。しかし,次節で述べるようにXRDやEBSD測定の結果,ガス軟窒化処理Aで主として形成されている化合物層がFe3Nであるのに対し,ガス軟窒化処理B材では外層にFe4N(γ’)が,その内側にFe3Nが形成していた。この結果より,Fig.9(b)のガス軟窒化処理B材の窒素濃度変化は,化合物最表層におけるFe4Nの形成と下層のFe3N形成に対応していると考えられる。
3・4 化合物層および拡散層の微細組織Chibaらは,純鉄の窒化組織形成に対する窒化雰囲気中のアンモニア分圧の影響を調査し,硬度変化や窒素濃度およびボイド形成について明らかにしている11)。本研究では,SCM420の窒化材において,硬さおよび浸窒の深さ方向変化に対して微細構造がどのように変化しているのかを検証するため,検量線作成に用いたガス軟窒化処理Aの化合物層および拡散層領域からTEM試料を作製し,観察および分析を実施した。Fig.10は化合物層にあたる表層15 μm領域のSTEM明視野像と,典型的な制限視野電子回折図形を示した。この領域は数100 nm~数μmの多結晶組織から構成され,その結晶構造はFe3Nと同定された。Fig.11は拡散層に対応する表層200 μm領域のTEM像および制限視野電子回折図形である。母相[001]の晶帯軸入射の基本反射に対して,白△印で示すように直交するストリークが認められる。これはこの視野において薄い板状の析出物が互いに直交して析出していることを示唆しており,TEM像の中に対応するコントラストが確認できる。元素分析の結果,これらの析出物はCr, Mn, Moおよび窒素を含んでおり,典型的なMN型析出と考えられる。Fig.12は微細析出領域の一部を高分解能観察した例であるが,幅2 nm未満,長手方向に10~20 nm前後に成長した析出物が母相に対して規則的に析出していることが明らかである。電子回折図形の解析から,これらの析出物は母相と{100}bcc// {110}MN, [020]bcc // [002]MNの方位関係を有しており,いわゆるBaker-Nuttingの方位関係となっている。同様のMN析出は,深さ100 μm領域でも認められており,本鋼における窒素拡散層は,母相に対してMNが高密度に析出していることが明らかである。
(a) A STEM-BF micrograph obtained at 15 μm depth region and (b)A typical selected area diffraction pattern from one of grains indicated white circle in (a).
(a) A TEM micrograph obtained at 200 μm depth region and (b) a corresponding typical selected area diffraction pattern from [001] bcc direction.
A HRTEM micrograph of MN type precipitates observed at 200 μm depth region.
窒化鋼中のMN型析出に関しては,過去にTEMや3次元アトムプローブ法(3d-AP)によりCr-Nクラスターの形成が解析されている12–14)。また,高強度ギヤ用途のためCrやVを適正添加した低炭素鋼の窒化材においても,MN型の微細析出が起きていることが報告されている15)。今回の場合も,NaCl型の微細板状析出物と結論される。3・3でSXESの測定結果より導出された拡散層領域の窒素濃度(0.15~0.25 mass%)を考慮すると,MN析出物のサイズを仮定した数密度を試算することができ,1.6~2.6×1022/m3程度であることがわかった。この値は,相界面析出現象を利用した高強度熱延鋼板で報告されている(Ti,Mo)Cの数密度よりも一桁程度低いものの16),十分に高密度析出が実現して強度に寄与していることがわかる。
ガス軟窒化処理A材の化合物層がFe3N主体であることは限られたTEM観察結果であるため,広域の結晶相の同定のため,ガス軟窒化処理B材と併せて供試材表層断面のEBSD測定を実施した結果をFig.13(a),(b)に示した。この結果が示すように,ガス軟窒化処理Aの表層はFe3Nが形成しているのに対し,ガス軟窒化処理B材では外層数μmにFe4N相が,化合物層と拡散層の界面付近の下層においては,Fe3N相が占有的であることが確認された。さらに,このことはよりマクロな表面からのXRD測定によっても検証された。
Phase maps and OM images obtained from surface region with different nitriding processes (a) soft gas nitriding B and (b) soft gas nitriding A, respectively.
本実験で得られたFig.6 に示したN-Kα線強度と析出窒素定量値の相関は,検量線として用いるにはまだかなりのバラツキを含んでいる。その主な原因としては,抽出分析による析出窒素量が50 μm程度の厚み領域の平均値であるのに対し,SXESでは10 μmφ以下程度の局所的な情報であるためと考えられる。さらに,Fig.6の低濃度領域(500 μm以深)では,Fig.4のスペクトルで明らかなように,正味の信号強度がほとんど得られていないため,Fig.9(a)に示すように拡散層の深い所で換算窒素定量値が0.03 mass%以下は,実質検出不可となっている。
Yuyaらの検討によれば,軟窒化したFe-0.3C-0.5Mn鋼の窒素拡散層の分析結果では,ビッカース硬度が200まで低下する約500 μm領域の全窒素分析値が0.03 mass% と見積もられ17),オーダー的には今回の結果と良く一致しており,窒化状態を評価する実用的な運用には十分使用できると考えられる。一方で,Meguroらは同じSXES法ではあるが,今回よりもエネルギーの高いN-Kα(n=1),392 eVを計測することで,SUS316L中の窒素検出下限10mass ppm程度が得られるとしている18)。今回の検出下限が0.03 mass%程度となっている主な要因としては,分析中のカーボンコンタミネーションに起因した自己吸収効果と推定され,試料の加熱等の工夫で,更に検出下限が向上する可能性があると考えられる。
それでも,本実験で得られた窒素の検出下限は,過去に筆者らがEELSによって報告しているオーステナイト鋼中の固溶窒素の検出下限値(0.04 mass%)19)と同等であり,軽元素分析に優位なEELSと同等以上の分析精度が得られたことは意味が大きい。今回のSXES分析は,FE-EPMA装置に付随していることから,TEM/EELSのように試料を薄片化することなく,数μm~10 μm程度の空間分解能でバルク濃度を計測できることが最大のメリットである。特に,窒化方法を変化させたときの化合物層形成の変化を窒素濃度変化として定量的にとらえられていることから,機械構造用鋼の窒化状態を,従来の硬さ評価ではなく窒素濃度を直接指標として精緻に評価可能と言える。
典型的な窒化鋼の断面窒素分析に対して,FE-EPMAに付属するSXES分光法を適用する検討を行い,以下の知見が得られた。
(1)典型的なガス軟窒化鋼の断面SXES測定の信号強度と,逐次電解法によって求めた鋼中窒化物の定量値との間には良好な正の相関が得られ,フェライト中の固溶窒素が非常に小さいと考えた場合,検量線として使えると判断した。なお,SXES分析における窒素分析の定量下限は,0.03 mass%程度と考えられる。
(2)2種の異なる条件で窒化した鋼に対しても,表層から深さ方向にSXES測定を実施し,上記の検量線を用いて窒素定量を行った結果,濃度変化傾向は表面硬さ変化と極めて良く一致した。
(3)最表層付近の窒素高濃度領域は,ガス軟窒化処理Aの最表層の化合物がFe3Nであることを考慮して別途定量を行った結果,ガス軟窒化処理A材の表層領域では数mass%から0.03 mass%に急激に遷移することが定量的に示せた。一方,ガス軟窒化処理B材では,ガス軟窒化処理A材よりも若干低い5 mass%以上の高濃度領域が30 μm程度存在しており,ガス軟窒化処理B材で特徴的な化合物最表層におけるFe4Nの形成に対応すると考えられる。以上より,今回適用したSXESによる窒素分析は,機械構造用鋼で行われている窒化処理材において,窒化物形成層から拡散層に至る広範囲の領域に対して定量的議論が可能であると言える。