Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Internal and External Hydrogen-related Loss of Ductility in a Ni-based Superalloy 718 and Its Temperature Dependence
Kohei NoguchiYuhei Ogawa Osamu TakakuwaHisao Matsunaga
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2021 Volume 107 Issue 11 Pages 955-967

Details
Abstract

Toward a better understanding of the hydrogen embrittlement characteristics in nickel-based superalloy 718, tensile tests were performed under hydrogen pre-charged states (internal hydrogen) as well as in hydrogen gas environment (external hydrogen) at various temperatures ranging from −196 to 300°C. Under the internal hydrogen conditions, hydrogen-induced loss of ductility was maximized at around 25°C, while it was recovered with increasing/decreasing test temperature and almost fully mitigated particularly at −196°C. On the other hand, under the external hydrogen conditions, deleterious impact of hydrogen on the ductility monotonically increased with temperature elevation. Scanning electron microscopy (SEM) and electron backscattered diffraction (EBSD) analyses on post-mortem samples revealed that the microstructural initiation sites of hydrogen-induced micro-cracks in internal hydrogen states were annealing twin boundaries or crystallographic slip planes (i.e., {111} planes) at −40~300°C wherein the loss of ductility was substantial, albeit intergranular fracture prevailed at −196°C, accompanying minimum embrittlement effect. Meanwhile, in the case of external hydrogen states, the fracture modes were transitioned from intergranular to slip plane cracking with increasing temperature in response to the augmentation of embrittlement magnitude. The rationales of these multiple hydrogen-related failure modes and their roles on macroscale material performance are discussed on the basis of hitherto-known, unique deformation mechanisms driving the plasticity in this alloy in addition to the hydrogen diffusion rate/pathways which are strongly dependent on temperature.

1. 緒言

析出強化型Ni基超合金Alloy718は,高温強度・耐酸化性・耐腐食性に優れ,航空宇宙機器や油井用機器など,さまざまな産業分野で活用されている。特に,液体水素を燃料とするロケットエンジンや,硫化水素環境下で使用される油井管に用いられる場合,本合金は低温~高温まで幅広い温度範囲の水素環境に曝されるため,水素脆化が懸念されている。各種構造用合金の中でも,Alloy718は強度特性に対する水素の影響が強く現れる材料の一つであり1,2),水素環境下で安全に使用するためには,その水素脆化の発現要因とプロセスを正しく理解することが不可欠である3,4)

Alloy718は多くの場合,主要強化相であるγ”-Ni3Nbと副強化相であるγ’-Ni3(Al, Ti)に加え,安定相であるδ-Ni3Nbを粒界に析出させた状態で使用されている5,6)。数十 nm程度の微細なγ”相とγ’相は,材料中に分散することで転位運動の障害となり,材料の強度上昇に寄与する7,8)。一方,δ相は強度上昇への直接的役割は小さいものの,粒界ピンニング効果により熱処理時の結晶粒成長を抑制し,微細な結晶組織を得るために有用である9)。一般に析出強化型合金では,析出物の種類やサイズ・形状等が材料の水素脆化特性に影響を与える10,11)ことから,上記3種の析出相を含むAlloy718において,各相による水素脆化への寄与を分離して評価することが試みられてきた1215)。Liuらは種々の熱処理で各相の析出状態を変化させた試験片に対して,電解水素チャージ後に引張試験を行い,δ相を含む場合に水素による延性低下量が最大になることを報告している15)。また,Gallianoらはδ相起因の破壊形態として粒界/粒内破壊が混在した特徴的な破面の現出を報告しており,元素分析の結果から,その破面はδ相と母相γとの界面はく離に由来することを明らかにしている16)。他の研究においても,δ相が水素脆化助長の最大の要因であることが指摘されており1719)δ相を析出させた状態で本合金を使用することは,水素脆化抑止の観点において好ましくないと考えられてきた。

しかしながら,δ相の除去(溶解)のみによって必ずしも水素脆化特性が大きく改善される訳ではなく,γ”相とγ’相のみを析出させた場合(δ-free時効材)でも,依然として高い水素感受性を示すことが報告されている16,20)。また,これと併せて問題となるのは,予め水素を固溶させた状態で負荷を行う場合(内部水素)と,負荷と同時に水素が材料内部へ侵入する場合(外部水素)において,水素脆化感受性と破壊のミクロプロセスが大きく変化することである。Zhangらは電解水素チャージしたδ-free時効材の引張試験を行い,延性低下の主要因が,すべり面{111}に沿う水素誘起微視き裂の発生にあることを明らかにした20)。これに対しFukuyamaらは,水素ガス環境中で引張試験を行い,粒界破壊が主要な破壊モードとなることを見出している21)。すなわち,Alloy718における水素脆化の全体像を理解するためには,析出相の寄与に加え,内部・外部水素による破壊挙動の変化にも注目する必要がある。しかし,従来研究の多くはこれらいずれかの水素供給方法のみに着目したものが多く,ひずみ速度や試験片形状,素材の熱処理条件等も統一されたものではない。したがって,各々の結果を定量的に比較することは難しく,これが現象の包括的理解を困難にしている。そこで著者らは,6~93 mass ppmの水素を予め一様にチャージした試験片の大気中引張試験(内部水素試験)と,未チャージ材の0.7~95 MPa水素ガス中引張試験(外部水素試験)を室温において実施し,固溶水素濃度と水素ガス圧力が引張特性に及ぼす影響を系統的に明らかにした22)。内部水素試験の場合,延性低下量は水素濃度の増加とともに大きくなり,それに伴い水素誘起き裂の発生サイトは粒界,すべり面{111},焼鈍双晶界面へと順に遷移した。外部水素試験においても,水素ガス圧力上昇に従って延性は単調に低下したが,主な破壊経路は一貫して粒界であった。詳細は後述するが,以上の実験・観察結果と従来研究での知見を基に,著者らは内部・外部水素による破壊をそれぞれ,水素助長局所塑性理論(Hydrogen-enhanced localized plasticity; HELP)2325),ならびに粒界に沿う水素の高速拡散に立脚して説明した。

HELP機構は,塑性変形中,水素が運動転位に追従して材料中を移動し,転位の運動特性(易動度や交差すべりの頻度)に変化をもたらすことによって引き起こされるものである。同機構の提唱者であるBirnbaum and Sofronisは,これが(i)水素が高い拡散能を持ち,かつ(ii)転位の応力場によるトラップから脱離しない条件を同時に満たす室温付近で最も顕著になると述べている26)。すなわち,Alloy718を含むFCC合金における水素脆化がHELP機構を主要因とするならば,室温付近で最も水素の影響が強く現れ,水素拡散速度が小さい低温側や転位の水素トラップ占有率が小さい高温側では緩和されるはずである。純Ni27)やオーステナイト系ステンレス鋼28),その他FCC合金29)では,実際に200~300 Kで水素による延性低下量が最も大きくなる傾向があり,これは上記の条件(i)(ii)とも良く整合する。一方,格子間拡散のための活性化エネルギーが大きいFCC金属では,材料中の水素の拡散係数や拡散経路も強い温度依存性を示す。粒界に沿う拡散係数(DGB)が格子間の拡散係数(DL)より大きい場合,水素は粒界を高速拡散経路として材料中へと侵入するが,温度の上昇とともにDL/DGBが大きくなると,粒内にも水素が十分に行き渡るようになる30)。このことから,外環境からの水素拡散・侵入過程が破壊の進行速度を律速する外部水素試験では,均一な水素濃度分布が実現された内部水素試験とは延性低下の温度依存性が異なると予測され,また,先行研究で確認された粒界破壊22)とは別の破壊モードへと形態が変化する可能性もある。以上を踏まえると,Alloy718の水素脆化への理解を深化させるために,その温度依存性と微視的破壊形態との関連性を明らかにすることは有用な手段である。さらに,幅広い温度範囲での材料特性を把握することは,実部材の安全性を議論する上でも重要である。

本研究では,先行研究と同様の内部水素試験および外部水素試験を-196~300°Cの温度範囲で実施し,新たなパラメータとして温度に着目した上で,Alloy718の引張特性に及ぼす内部・外部水素の影響を評価した。材料の巨視的な水素脆化感受性と微視的破壊形態双方の試験温度依存性から,本合金の水素脆化メカニズムを検討した。

2. 実験方法

2・1 供試材および試験片

供試材は,市販のNi基超合金718(UNS-N07718)の丸棒材(φ40 mm)である。Table 1に,その化学成分を示す。この素材に対して,1065°Cで1 hの溶体化処理を施した後,760°Cにて8 h,650°Cにて8 hの二段時効処理を施した。なお,本研究では破壊に対するδ相の影響を排除する目的で,溶体化処理温度はδ相の溶解温度9)以上に設定した。この熱処理により,供試材中にはγ”相とγ’相のみが均一に分散した組織が実現される31)

Table 1. Chemical composition of Ni-based superalloy 718 used in this study (mass %).
CSiMnPSNiCrMoCoAlTiNb+TaBFe
0.030.060.020.03<0.0153.4817.833.050.050.6115.20.04Bal.

Fig.1(a)に,電子線後方散乱回折(Electron backscattered diffraction; EBSD)法を用いて観察した初期組織を示す。この結晶方位マップから認識できるように,本供試材の結晶組織は配向のないランダムなものであった。また,平均結晶粒径は約130 µmであり,各粒内には複数組の焼鈍双晶界面の存在が確認された。Fig.1(b)に示す形状の引張試験片を,母材の長手方向と荷重負荷方向が一致するように採取し,引張試験に用いた。各引張試験片の平行部には,エメリー紙#1000と1 μmのダイヤモンドペーストを用いた軸方向研磨により,鏡面仕上げを施した。

Fig. 1.

(a) Initial microstructure of the Ni-based superalloy 718 analyzed by EBSD and (b) the configuration of round-bar specimen for SSRT tests with the dimensions indicated in mm. (Online version in color.)

2・2 低ひずみ速度引張(Slow strain rate tensile; SSRT)試験

未チャージ材を用いた水素ガス環境中引張試験(外部水素試験)と,水素チャージ材を用いた非水素侵入環境(大気,窒素ガスまたは液体窒素)中での引張試験(内部水素試験)を,いずれもクロスヘッド速度0.0015 mm/s(初期ひずみ速度5.0×10-5 /s)の条件で実施した。以下にそれぞれの詳細を記す。なお,試験片を水素ガス中に封入する外部水素試験では接触式伸び計等による試験片平行部変位の計測ができないため,本研究でのSSRT試験における試験片の伸びは,すべて試験機のストローク変位により評価した。

外部水素試験における水素ガス圧力は95 MPa,試験温度は-40,25および200°Cの3通りとした。試験には圧力容器付きの油圧サーボ試験機を用いた。試験に用いた水素ガスの純度は,99.999%(5N)以上である。圧力容器内の水素ガスへの不純物の混入を極力抑えるため,容器内の真空引きと複数回の水素ガス置換を行った後,95 MPaへの昇圧を行った。なお,試験開始前の試験片への水素侵入量を最小限にとどめるために,容器内の水素ガス圧力と温度が目標値に到達した後,直ちにSSRT試験を開始した。

内部水素試験における試験温度は,-196,-40,25,200,300°Cの5通りとした。試験環境は,-196°Cの場合は液体窒素中,-40°Cの場合は冷却窒素ガス中,25~300°Cの場合は大気中である。また,水素を付与していない状態でのリファレンスデータ取得のため,未チャージ材を用いたSSRT試験を,同様の試験環境・クロスヘッド速度の下で別途実施した。

2・3 水素チャージ方法

内部水素試験に供する試験片には,予め高温・高圧水素ガスオートクレーブ中への曝露により水素チャージを施した。曝露時の水素ガス圧力は100 MPa,温度は270°Cとし,保持時間は200 hとした。Xuらは,本供試材と類似の熱処理により製造されたAlloy718における水素拡散係数Dが,次の式(1)に従うことを報告している32)

  
D=4.06×107exp(48.63×103RT)[m2/s](1)

ただし,ここでRは気体定数,Tは温度である。半無限版表面からの一次元水素侵入を仮定すると,時間t経過後に試験片中の水素濃度が表面熱平衡濃度の50%となる拡散距離x1/2は,以下のように表される。

  
x1/2=Dt(2)

式(1)および(2)から上記の水素ガス曝露条件におけるx1/2を算出すると,約2.5 mmとなり,この値は試験片平行部の半径(3 mm)と同程度である。実際の丸棒試験片では水素が全周から侵入することを考慮すると,今回用いた水素チャージ条件は,試験片平行部中に均一な水素濃度分布を実現するために十分であると推測される。水素チャージ後は水素の脱離を防ぐため,試験開始時まで-85°Cの冷凍庫中に試験片を保管した。

2・4 水素量測定

内部水素試験に用いた試験片中の水素濃度を調べるため,破断後の試験片平行部から高さ約5 mmの円柱状サンプルを切り出し,残留水素量の測定を実施した。測定には,ガスクロマトグラフィー型の昇温脱離分析(Thermal desorption analysis; TDA)装置を用いた。測定時の分析周期は5 min,測定温度範囲は25~800°C,昇温速度は100°C/hとし,キャリアガスにはArを用いた。

2・5 電子顕微鏡観察

破断した試験片の破面と側面部を,走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscope; SEM)を用いて観察した。観察に用いた装置は日立製作所製のSU1510であり,加速電圧は破面観察の際には15 kV,側面観察の際には30 kVとした。また,水素脆性破壊の起点となる微視き裂の発生サイトと進展経路を明らかにするため,材料内部または表面に発生したき裂の断面をEBSDにより観察した。観察には日本電子製の熱電界放出型SEM,JSM-7001Fを用い,加速電圧は15 kV,電子線ステップサイズは0.4~0.6 µmとした。EBSD観察に際し,き裂を含むように長手方向断面に沿って各試験片を切断して熱硬化性樹脂に埋め込んだ後,コロイダルシリカ懸濁液を用いて表面仕上げしたサンプルを用意した。

3. 実験結果

3・1 内部・外部水素による延性低下挙動

Fig.2(a)にリファレンスとして,水素を付与していない(未チャージ材・非水素侵入環境)状態での公称応力-ストローク変位線図を,各試験温度について示す。本合金の降伏応力と引張強度は温度の低下に従って上昇し,特に-196°Cではそれが顕著になるとともに,破断までの伸びが増加した。なお,ここで応力-ストローク線図における弾性変形域の傾きが試験温度により異なるが,これは実験に使用した各試験機の剛性差に由来するものであり,材料固有の特性ではないことを述べておく。一方,Fig.2(b)および(c)に示すのは,内部水素試験と外部水素試験により得られた応力-ストローク線図である。-196°Cでの内部水素試験を除き,いずれも水素の存在下では,破断伸びが同一温度における水素未付与の場合と比較して有意に低下した。

Fig. 2.

Nominal stress-stroke displacement curves of Alloy718 obtained in the SSRT tests under (a) non-hydrogenating, (b) internal hydrogen as well as (c) external hydrogen conditions at different temperatures. (Online version in color.)

以上一連のSSRT試験で得られた絞り(Reduction in area; RA)ならびに相対絞り(各温度において,水素の存在下での絞りを水素未付与状態における絞りで除した値,Relative reduction in area; RRA)と試験温度との関係を,Fig.3(a)および(b)にそれぞれ示す。水素未付与状態での絞りは温度に大きく影響を受けることなく32~40%の間で推移したが,内部・外部水素試験における絞りはいずれも強い温度依存性を示した。内部水素試験の場合,絞りならびにRRAは25°Cで最小値をとっていることが分かる。その温度域を境に,温度の上昇および低下に伴って絞りとRRAは回復の傾向を示し,応力-ストローク線図(Fig.2(a)(b))からも伺えるように,水素による延性低下は-196°Cにおいてほとんど認められなくなった。一方で外部水素試験の場合,-40°Cおよび25°Cにおける延性低下量は内部水素試験と比較して軽度であったが,試験温度の上昇に伴って絞りは単調に低下し,200°Cでの特性は内部水素試験とほぼ同等であった。

Fig. 3.

(a) Reduction in area (RA) of the specimens as a function of test temperature. (b) reproduces (a) as the form of relative reduction in area (RRA) wherein the RA values under internal (blue plots) and external (pink plots) hydrogen conditions were normalized by those under non-hydrogenating situation (black plots) at each temperature. (Online version in color.)

3・2 内部水素試験における侵入水素量

TDAによる測定の結果,-196~25°Cでの内部水素試験に使用した水素チャージ材の残留水素量は93.5~97.2 mass ppmであり,著者らが先行研究で測定した同一水素チャージ条件下での飽和水素濃度22)と概ね一致した。これに対し,水素拡散が活発となる200~300°Cでの試験後の残留水素量は80.2~87.8 mass ppmまで減少し,試験中に水素脱離が生じていたことが判った。水素脱離が最も顕著に起きた300°Cでの試験に要した時間は,室温から昇温するための時間も合わせて約6 hであった。その間,温度が300°C一定に保たれていたと仮定すると,式(1),(2)から水素の拡散距離x1/2は約570 µmと概算できるが,これは試験片の直径に比べると小さい。すなわち,試験片の表層付近では水素脱離の影響が無視できない一方,試験片中心部では試験中は常に高い水素濃度が維持されていたと推察される。次節以降で述べるように,内部水素試験では延性低下を支配する水素誘起き裂が表層から離れた試験片内部において発生することから,300°Cの試験においてもSSRT試験中の水素脱離が延性低下挙動へ及ぼす影響は小さいと判断した。

3・3 水素誘起破壊の発生サイトおよび進展経路

3・3・1 内部水素試験における微視的破壊形態

Fig.4に,各温度での内部水素試験における破面のSEM像を,水素未付与の場合と併せて示す。水素を付与しなかった場合,本合金の破面に明確な温度依存性は認められず,どれも類似の形態を示したことから,ここでは25°Cにおける破面(Fig.4(a)(g))だけを代表として取り上げた。

Fig. 4.

SEM fractographs of the specimens broken under (a)(g) non-hydrogenating condition at 25°C and (b)~(f), (h)~(l) internal hydrogen conditions at −196~300°C. (g)~(l) magnify the regions surrounded by white rectangles in (a)~(f) respectively.

水素未付与状態において,本合金は破面中央部に垂直破壊領域と,その周囲に引張軸と概ね45°をなすせん断破壊領域を伴った破壊様相を呈した(Fig.4(a))。破面中央部の垂直破壊領域には等軸ディンプルから成る典型的な延性破壊の痕跡が確認された(Fig.4(g))。水素をチャージした場合,延性に対する水素の影響が強く現れた-40~300°Cでは破面外周のせん断破壊域が消失し,全体を平坦な垂直破壊領域が占めるようになった(Fig.4(c)~(f))。Fig.4(i)~(l)に拡大像を示すように,水素チャージ材にて生じた垂直破壊領域の中央部を詳細に観察すると,結晶粒径と同程度の寸法を持つ平坦なファセットが多数見受けられた。一方,延性に対する水素の影響が軽微であった-196°Cでは未チャージ材と類似の巨視的破面が形成されたが(Fig.4(b)),その中央部の特徴は未チャージ材とは異なり,微細なディンプルに覆われた平滑面と通常の等軸ディンプルが混在した破面が確認された(Fig.4(h))。

以上のような水素チャージ材に特有の微視的破壊形態は破面の中央部において多く観察されたことから,内部水素試験における主要な破壊の発生サイトは試験片の内部であると推察される。そこで,破面上の特徴と水素誘起破壊の発生サイトとの関係性を明らかにするため,破面直下の内部断面をEBSDにより観察した。Fig.5に,各試験温度において破面から200~1000 µm離れた位置で観察された代表的な二次き裂(破面の形成には直接関与せず,破断試験片内部に残存したき裂)のEBSD像を示す。破面上で微細なディンプルを伴う平滑面が現出した-196°Cでは,き裂発生サイトのほとんどが粒界であった(Fig.5(a)(b))。一方,ファセットが観察された-40~300°Cでは,焼鈍双晶界面(Σ3対応粒界)が主なき裂発生サイトとして認められた(Fig.5(c)~(i))。ただし,300°Cで破断した試料に関しては,双晶界面だけでなく粒内のすべり面{111}に沿うき裂も一部観察された(Fig.5(j))。以上のことから,内部水素による引張試験中の延性低下は,極低温環境では粒界破壊,それ以外の試験温度では主に双晶界面(一部はすべり面)破壊に由来することが明らかとなった。

Fig. 5.

EBSD images of the micro-cracks remained at the longitudinal cross-sections of the hydrogen-charged specimens (internal hydrogen condition) fractured under different temperatures. The abbreviations GB, TB and SP denote random grain boundary, annealing twin boundary and slip plane, respectively. (Online version in color.)

3・3・2 外部水素試験における微視的破壊形態

Fig.6に,各温度での外部水素試験後の破面を示す。予め水素を一様に分布させた内部水素試験とは異なり,外部水素試験では引張負荷と同時に試料表面から水素が侵入することから,水素の影響を受けた特徴的な破壊領域(図中ではH-affected zoneと記載)は破面の中央ではなく外縁部に現れた(Fig.6(a)~(c))。このH-affected zoneが破面全体に占める割合は,試験温度上昇に伴う延性低下量の増加に付随して拡大した。また,H-affected zone内部の微視的な破面形態は試験温度に依存して大きく変化し,-40°Cおよび25°Cでは粒界破壊と思われる脆性破面が(Fig.6(d)(e)),200°Cでは内部水素試験と類似のファセットが支配的であった(Fig.6(f))。

Fig. 6.

SEM fractographs of the specimens broken under external hydrogen conditions at different temperatures. Characteristic brittle fracture areas were formed around the outer periphery of the specimens, which are designated as H-affected zones. (d)~(f) magnify the regions pointed by arrows in (a)~(c), i.e., inside the H-affected zones.

以上の破面の特徴は,外部水素試験の場合,水素が試験片表面部での微視き裂の発生を誘起し,それらのき裂が試験片内部へと進展することにより延性低下が引き起こされたことを示唆している。そこで,まずは試験片表面における水素誘起き裂の発生サイトを明らかにするため,破断した試験片の側面部をSEM(反射電子像)により観察した。その観察結果を,水素未付与(25°C)の場合と併せてFig.7に示す。大気中にて破断した未チャージ材の側面部では,視認できる表面き裂は極少数であり(Fig.7(a)),その発生サイトは粒界や材料中に含まれる炭窒化物であった(Fig.7(e))。一方,水素ガス中にて破断した試験片側面部で確認された表面き裂の数は,水素未付与の場合と比較して大幅に増加した(Fig.7(b)~(d))。水素ガス中における表面き裂周辺では,き裂と平行に並んだ転位すべり帯(Dislocation slip band; DSB)が多数確認されたことから,これらの水素誘起表面き裂は主にすべり面{111}またはすべり面と平行な焼鈍双晶界面で発生していると推察される(Fig.7(f)~(h))。

Fig. 7.

Lateral surfaces of the specimens fractured under (a)(e) non-hydrogenating condition at 25°C and (b)~(d), (f)~(h) external hydrogen conditions at three different temperatures, showing the presence of secondary micro-cracks. (e)~(h) magnify the regions marked by white rectangles in (a)~(d).

次に,表面で発生したき裂のその後の進展経路を明らかにするため,Fig.8に示すように各き裂の断面部をEBSDにより観察した。試験片側面の観察からも予測されるように,-40°Cならびに25°Cではき裂は表面に位置する結晶粒内のすべり面{111}や双晶界面に沿って発生していたが(Fig.8(a)(b)),25°Cの場合,その後のき裂進展経路は粒界へ遷移した(Fig.8(b))。このことから,Fig.6(e)で観察されたH-affected zone内部の脆性的破面は粒界破壊に由来するものであると結論付けられる。-40°Cでは微小な表面き裂の断面(Fig.8(a))を捉えることはできたものの,Fig.8(b)のような複数結晶粒に跨る残留き裂を観察できなかったため,き裂の進展経路を明確にできていない。ただし,-40°Cおよび25°CでのH-affected zone内の破面形態が互いに類似していた(Fig.6(d)(e))ことを考慮すると,-40°Cで発生したき裂も,その後は粒界上を進展したと推察できる。これに対し200°Cにおいては,き裂の発生サイトはすべり面{111}や双晶界面であったが,加えてその進展経路も,-40~25°Cの場合と異なりすべり面{111}であった(Fig.8(c))。したがって,H-affected zone内で認められたファセット(Fig.6(f))は,すべり面破壊に由来するものであるといえる。すなわち,外部水素試験の場合,水素ガスに直接曝される試験片表面では温度に依らず内部水素試験と同様の結晶学的サイト(すべり面{111}または双晶界面)にて水素誘起き裂が発生するが,その後のき裂進展経路は,試験温度に強く依存することが明らかとなった。

Fig. 8.

Cross-sectional views of hydrogen-induced surface micro-cracks remained on the specimens broken under external hydrogen conditions at different temperatures. The abbreviations SP and GB denote slip plane and random grain boundary, respectively. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 Alloy718の水素脆性破壊に関する従来モデル

第1節で述べたように,Alloy718の水素脆化メカニズムは,水素が転位の周囲に雰囲気を形成して転位の運動特性に影響を与えること(HELP機構)2325)と関連付けられてきた。中でも重要とされてきたのは,水素が交差すべりを抑制して転位運動のプラナー化を招くこと,転位源の活動を促進すること,ならびに運動する転位が水素雰囲気を運搬して結晶粒界等の破壊発生サイトへの水素集積を補助するというHELP機構の一側面である。分散析出物が微細かつ母相と整合であるAlloy718のような析出強化型合金の場合,転位は変形中に析出物をせん断しながら運動する(カッティング機構)33)。これにより強化能が失われたすべり面上では,後続転位の易動度が上昇することで変形の集中が起こり,そこに水素による転位運動のプラナー化が重畳して変形の局所化がさらに促進されると考えられている20,22)

Zhangらは電解水素チャージしたサンプルに対し引張試験を行い,水素濃度の高い試験片外周部で,すべり面に沿う破壊が起きることを示した20)。彼らは,上述の転位運動の局所化に着目し,すべり面き裂の発生メカニズムを以下のように考察した。まず,合金特有の変形特性と水素-転位間相互作用によりひずみが局所化したすべり帯(DSB)同士の交差部において,転位同士が切り合って格子欠陥(特に原子空孔)密度が増大する。そこへ,転位によって輸送された水素が凝集し,空孔性欠陥を安定化させる34)。最終的に,これらの空孔性欠陥がクラスター化して微小ボイドへと成長し,その連結によってすべり面に沿うき裂が発生する。一方,著者らは,水素濃度を6, 28, 93 mass ppmの3水準に変化させた内部水素試験を行い,水素誘起き裂の主な発生サイトは粒界,すべり面,焼鈍双晶界面の3通りであること,また,水素濃度の増加に従って双晶界面破壊がより支配的になることを明らかにした22)。このことは,95 mass ppm程度の水素濃度下で双晶界面破壊が認められた本研究の結果とも整合する。FCC結晶において,双晶界面は4つのすべり面{111}のうち1つと互いに平行(双晶界面自身も転位の運動面)である35)ことから,双晶界面破壊もすべり面破壊と類似のプロセスで生じていると考えるのが妥当である。最近の透過型電子顕微鏡(Transmission electron microscope; TEM)を用いた詳細な観察によって,γ”-Ni3Nb強化型Ni基超合金における双晶界面での水素脆性破壊は,ミクロには界面そのものではなく,界面から数十 nm離れた,界面と平行なすべり面上で発生することが明らかにされた36)。これは,双晶界面上にγ”相が優先析出することで,界面近傍にNbが欠乏した無析出帯が形成されることと関係する。このような無析出帯の内部は転位運動のチャネルとなることから,上述のような塑性ひずみ集中が最も顕著な変形面として機能する。本研究で確認された双晶界面破壊(Fig.5(c)~(i))について,TEMレベルでのミクロな観察は実施できていないが,同様の変形機構が破壊に関与していた可能性は高い。また,著者らが先行研究で行った水素誘起き裂周辺の観察では,破壊した双晶界面の近傍において,双晶界面と平行でないすべり面上での転位の活動や,これらの転位が双晶界面に衝突して堆積して発生したと思われる局所的格子ひずみの痕跡が確認されている。以上の従来研究から,無析出帯の存在に加え,転位による水素の輸送(HELP機構の一環)に伴う双晶界面近傍への水素凝集と堆積転位による応力集中が,双晶界面での破壊を促進することが示唆されている。

4・2 内部水素による水素誘起き裂の発生と延性低下機構

4・2・1 水素誘起き裂発生に対する水素-転位間相互作用の重要性

交差すべりの抑制や転位による水素雰囲気の輸送を含む水素-転位間の動的相互作用は,水素が運動する転位に追従するために十分な拡散能を持ち,かつ転位の水素トラップ能が大きい室温付近で最も顕著となることが知られている26)。つまり,この水素-転位間の動的相互作用がAlloy718における水素脆化発現の必要条件であるならば,室温付近で最も水素の影響が強く現れ,水素の拡散係数が急激に低下する低温,および転位の水素トラップ占有率が低下する高温域では水素の影響が緩和されるはずである。-196°Cの場合,その予測に合致する形で,水素の影響は大きく緩和された(RRA=0.88)。しかしながら300°Cでは,水素の影響は少なからず緩和されたとはいえ,それでもなお大きく現れた(RRA=0.31)。Birnbaum and Sofronisは,Niにおいて転位周りに水素雰囲気が形成される上限の温度を200°C付近であると見積もっている26)。このことから,本合金における水素脆化の発現に対し,水素-転位間の動的相互作用は一要因ではあるものの必要条件ではなく,後述するAlloy718特有の変形機構の発現と,水素が変形中に材料内部を自由に拡散できるという2つの条件が重畳していることが,破壊に対してより重要な意味をもつものと示唆される。

4・2・2 双晶界面(すべり面)における水素誘起き裂発生の支配要因

以上の実験事実を基に,著者らは本合金における双晶界面(すべり面)破壊のプロセスを,Fig.9(a)(b)に示す模式図に沿って以下のように考える。まず,塑性変形の開始と同時に,シュミット因子の大きいすべり系と平行な双晶界面近傍の無析出帯(γ”-free zone)内部で集中的に転位運動が起こり,DSBが形成される。このDSB内部またはその付近へと水素が凝集し,濃化する。DSBへの水素凝集に関する詳細な原因とプロセスについては,本研究の範疇では明らかにできていない。特に室温付近の温度域では,(i)DSB内の転位に水素がトラップされることや,(ii)他のすべり系の転位によって界面近傍へ水素が輸送されること(双晶界面と平行でないすべり系が同時に活動している場合)が付加的因子になると考えられるが,これらの効果が期待できない300°Cでも脆化が認められていることから,水素が十分な拡散能を持つ状況下では,(iii)熱的ゆらぎによってDSB上で偶発的に水素が高濃度化するような状態が実現し得るのではないかと推測される。ここで,水素にはNiの{111}面上の結合力を低下させる作用がある37,38)ため,まずはこれがDSB剥離の一因となる。さらに,すべり面上に密に分布した転位も結晶面の結合性低下を招くことが指摘されており39),Alloy718のような局所的すべりを示す合金では均一変形を示す材料と比べ,一定ひずみ下で各DSB内部の転位密度が必然と高くなることから,その影響が顕著であると推定される。したがって,すべり面上で十分な水素濃度と転位密度が同時に満たされた状態で負荷応力が臨界値に達すると,すべり面に沿う水素誘起き裂が発生する3,40)

Fig. 9.

Schematic representation of the hydrogen-induced micro-crack initiation mechanisms along (a)(b) dislocation slip bands (DSB) adjacent to annealing twin boundaries and (c)(d) random grain boundaries at (a)(b) −40~200°C and (c)(d) −196°C. (Online version in color.)

4・2・3 -196°Cおよび300°Cの場合における延性回復とき裂発生起点遷移の要因

以上の破壊モデルに基づけば,-196°Cで延性低下が軽微であったことや,300°Cにおいて延性が回復傾向にあったことは,水素の拡散能低下(式(1)に従えば,-196°Cでの水素拡散係数はD=4.2×10-40 m2/s)によりDSBへの水素凝集が不可能となったこと,ならびに上記(i)(ii)の補助がなくなることでDSB内の水素凝集度が低下し,破壊により高い転位密度(ひずみ)を要するようになったと考えれば,それぞれ矛盾なく説明できる。また,300°Cでは転位運動の熱活性化に伴い流動応力が低下する(Fig.2(b))が,前節の破壊モデルに従うならば,破壊に必要な転位密度と臨界応力は互いにトレードオフの関係にあるため,これもまた300°Cにおいて破断伸びが回復した要因であると考える。

-40~200°Cでは水素誘起き裂発生サイトの大部分が双晶界面であったが,300°Cではすべり面{111}に沿うき裂が一定数観察されるようになった(Fig.5(j))。このことは,300°Cでの破断伸びが他の温度での実験に対し比較的大きいことに起因すると考えられる。先述のとおり,変形初期はγ”-free zone内での転位運動が塑性変形の主たるキャリアであるが,塑性変形の進行と析出物のせん断に伴い,γ”-free zoneと平行な他のDSB上や,その他複数のすべり系で転位が活動を開始することで多重すべりが起きるようになる。すなわち,-40~200°Cと比較して破断までに多くの塑性変形量を要した300°Cでは,破壊の発生サイトとなり得るDSBがγ”-free zone以外の部分にも多数形成されるため,双晶界面近傍以外のすべり面における破壊の発生確率が上昇したと考える。

一方,-196°Cでは延性への水素の影響はほとんど認められなかったが,破面上では粒界破壊が認められた(Fig.4(h)およびFig.5(a)(b))。Harrisらは水素チャージした純Niにおいて同様に-196°Cで粒界破壊が起きることを見出し,その原因が変形以前から粒界に偏析していた水素にあると結論付けている41)。ただし,彼らの報告と本研究では粒界破面の様相がやや異なっており,純Niの粒界破面表層は平滑であったが,本研究で確認された粒界破面には微細なディンプルが認められた(Fig.4(h))。このような特徴を持つ粒界破面は水素チャージした析出強化型Fe-Ni-Cr合金でも確認されており42),析出強化型合金特有の破壊様式としてそのメカニズムが考察されている。また,同様の破面は,著者らの先行研究において6 mass ppmの水素をチャージしたAlloy718の室温引張試験においてもその発生を確認済みである。ここで,極低温環境で発生した水素誘起粒界破壊の発生プロセスを,Fig.9(c)(d)に模式図として示す。析出強化型合金のようにプラナーな転位運動を示す材料の場合,粒界への転位堆積により局所的な応力集中が発生する。この応力集中は堆積転位群の先頭に位置する転位の粒界への吸収や,粒界から隣接粒への転位射出を促進する43)。最近の原子シミュレーションでは,水素添加された材料内部でこのような転位吸収や射出が生じた際,粒界上に原子サイズのフリーボリュームが残存することが実証されている44,45)。これらのフリーボリュームは変形の進行に伴い互いに凝集し,やがて微小ボイドへと成長する。最終的には,粒界に沿って点在的に発生した微小ボイドが連結したことで粒界での水素誘起き裂が発生し,破面上には微細なディンプルが残されたものと考える。

4・3 外部水素による延性低下機構

本合金特有の変形様式が破壊のキーファクターとなる内部水素試験の場合とは異なり,試験中に連続的な水素侵入を伴う外部水素試験での破壊メカニズムを考える際には,水素の拡散・侵入挙動にも重点を置いた議論が必要となる。

著者らが過去に実施した0.7~95 MPa水素ガス中(室温)での外部水素試験では,いずれの場合も水素誘起き裂は試験片表面部に位置する結晶粒内のすべり面{111}や双晶界面で発生し,その後は粒界に沿って伝播することが確認されている22)。このような破壊様相は,本研究で実施した-40°Cおよび25°Cでの外部水素試験においても,その再現性が確認された(Fig.8(b))。Alloy718を含め純Ni等のFCC合金では,室温以下での水素の格子間拡散係数DLは極めて小さく(DL=5.1×10-18~5.8×10-14 m2/s)32,4648),-40°Cおよび25°Cの外部水素試験中に試料表面から水素が侵入する深さは,式(2)によると高々数µm程度に過ぎない。ただし,FCC金属においては,水素は結晶粒界を高速拡散経路として材料中に侵入することが知られており,その際の拡散係数DGBは,たとえば純Niの場合,格子間拡散係数DLの~103倍に達する46,47,49)。本合金においても同様な高速粒界拡散が有効であるとするならば,-40°Cおよび25°Cでのき裂発生サイト(すべり面,双晶界面)とその後の伝播経路(粒界)との相違は,次のように説明できる。すなわち,水素ガスと直接接触する試験片表面部では粒内にも十分な量の水素が分布するが,試験片内部にかけて粒内の水素は急激に枯渇し,代わりに粒界を拡散パスとしてより深くまで侵入した水素が粒界偏析を起こす。これにより,試験片表面部では内部水素試験と類似のモードで水素誘起き裂が発生するが,その後は水素が偏析した粒界が破壊の最弱リンクとなり,き裂進展経路が粒界へと遷移する。この粒界破壊は,主に水素が粒界の原子間結合力を低下させることに依拠すると考えられるが,著者らが過去に実施した観察では,き裂が伝播した粒界上にプラナーなDSBの衝突が認められていることから,堆積転位による内部応力が外部からの負荷応力と重畳する形で,粒界の剥離を補助しているものと推察される。

一方,材料中の水素拡散係数は温度の上昇とともに急激に増大し32)式(2)から概算される試験中の水素侵入深さは,200°Cにおいて50 µm程度まで桁違いに増加する。また,その温度依存性は一般に粒界拡散係数DGBよりも格子拡散係数DLの方が大きく,高速拡散経路としての粒界の役割は温度の上昇に伴って失われる30)。実際に,200°Cで実施した外部水素試験では,-40°Cおよび25°Cで観察されていた粒界破壊はほとんど消失し,H-affected zoneの大部分をファセットが占めるようになった。この結果は,高温環境では水素が表層部だけに留まらず,試験片内部の領域の結晶粒内にも拡散・侵入し,より顕著な延性低下を引き起こしたことを示すものである。Fig.10には,以上の実験結果と考察を基にした,外部水素試験における水素脆化プロセスの模式図を示した。なお,H-affected zone内部で粒界破壊を呈した-40°Cおよび25°Cの場合と比較して,すべり面/双晶界面破壊が認められた200°Cでの延性低下がより顕著であった。これは,本合金では前者よりも後者の方が,水素脆性破壊に対して鋭敏であることを示唆する結果である。このことは,多量の水素を一様分布させた内部水素試験において,粒界破壊が現れずに双晶界面/すべり面破壊のみが優先して現れる事実とも整合する。

Fig. 10.

Schematic representations of the hydrogen-induced surface crack initiation and propagation processes under external hydrogen conditions when the test temperature is altered. The abbreviations TB, SP and GB denote annealing twin boundary, slip plane and grain boundary, respectively. (Online version in color.)

5. 結言

本研究ではNi基超合金Alloy718の引張特性に及ぼす水素の影響とその温度依存性を明らかにするため,水素チャージ材を用いた引張試験(内部水素試験)と水素ガス環境中での引張試験(外部水素試験)を,それぞれ-196~300°Cおよび-40~200°Cの温度範囲で実施した。水素による延性低下量と微視的破壊形態の温度依存性を基に,内部・外部水素による本合金の脆化機構を明らかにした。

(1)-196°Cでの内部水素試験を除き,その他のすべての試験において,本合金では水素による顕著な延性低下が認められた。内部水素試験では,延性低下量は25°C付近で最大値を示し,試験温度の上昇/低下に伴い回復した。ただし,極低温(-196°C)での延性回復が顕著である一方,高温側(300°C)での回復量は極めて限定的であった。これに対し外部水素試験では,温度上昇に伴って延性は単調に低下し,200°Cにおいて,その延性低下量は同温度での内部水素試験と同等になった。

(2)内部水素試験では,延性低下の主要因は試験片内部での水素誘起き裂の発生であった。水素による延性低下が顕著な-40~300°Cでは,き裂は焼鈍双晶界面またはすべり面{111}に沿って発生したが,水素の影響が軽微な-196°Cでは粒界が主なき裂発生サイトとなった。

(3)すべり面および双晶界面での破壊には,Alloy718特有のプラナーな転位運動と,それに付随したすべり面/双晶界面近傍での局所的高転位密度領域(DSB)の形成が関与していると考えられ,水素誘起き裂の発生はこれらDSBへの水素拡散・集積が可能な温度範囲(-40~300°C)において生じる。一方,-196°Cでの内部水素による粒界破壊は,変形開始以前から粒界に平衡偏析していた水素により引き起こされたと考えられる。

(4)外部水素試験では,試験片表面に発生した水素誘起き裂の進展により延性低下が発現した。き裂発生サイトは試験温度に依らず双晶界面/すべり面であったが,その後の進展経路は200°Cではすべり面,-40~25°Cでは粒界であった。200°Cでの破壊形態が内部水素試験と類似であったのは,水素が格子間拡散により試験片の比較的内部深くまで侵入できたためであると考えられる。一方,-40~25°Cでは水素の格子拡散係数が小さく,水素は粒界を高速拡散経路として材料中に侵入するため,内部水素試験と同様の破壊形態の発生は試験片の極表層部に限定され,より内部の領域では粒界破壊へと破壊モードが遷移したと考えられる。

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© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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