Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Effect of Deformation Temperature on Mechanical Properties in 1-GPa-grade TRIP Steels with Different Retained Austenite Morphologies
Noriyuki Tsuchida Takaaki TanakaYuki Toji
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2021 Volume 107 Issue 11 Pages 968-976

Details
Abstract

The effect of deformation temperature on the mechanical properties of 1-GPa-grade TRIP steels with different retained austenite (γR) morphologies was studied. The temperature dependence on the deformation-induced martensitic transformation behavior was also investigated. The uniform elongation below room temperature was relatively large in the needle-like γR steel, whereas the tensile strength at each temperature was almost the same as it was independent of the γR morphology. The better tensile strength–uniform elongation balance was obtained at 373 K for the needle-like γR steel and at 473 K for blocky γR one. The mechanical stability of γR was higher in the needle-like γR steel, according to the x-ray diffraction experiments. γR was mechanically stable with increasing temperature, but its volume fraction decreased at temperatures above 473 K because of the deformation-induced bainitic transformation. In this paper, the quantitative conditions of deformation-induced transformation to obtain better uniform elongation in the 1-GPa-grade TRIP steels are summarized from the viewpoints of the volume fraction of deformation-induced martensite and the transformation rate.

1. 緒言

残留オーステナイト(γR)の加工誘起変態によるTRIP(Transformation-induced plasticity)効果は,鉄鋼材料の延性を向上し,先進高強度鋼(Advanced High Strength Steel,AHSS)においても利用されている16)。第3世代先進高強度鋼の引張強さ–均一伸びバランスは約30,000–40,000 MPa%1)であり,引張強さが1 GPa以上の先進高強度鋼に関する様々な研究が報告されている1,2)。我々はγR形状の異なる1 GPa級TRIP鋼の引張変形挙動について研究を行ってきた7,8)。これまでの研究では,γR形状が針状である1 GPa級TRIP鋼(針状γR鋼)は,高速引張変形挙動を含む広いひずみ速度範囲で優れた機械的特性を示した7)。また,その場中性子回折実験からは,加工誘起変態挙動だけでなく,オーステナイト(γ)とフェライト相(α)の応力分配がTRIP効果において重要な役割を担っており8),針状γR鋼の母相組織である焼き鈍しマルテンサイトも,γRの加工安定性に重要な要素であることも明らかになった8)。1 GPa級TRIP鋼のTRIP効果をさらに詳細に理解するためには,TRIP効果に影響する主要な要因である加工誘起変態挙動を大きく変化させることが重要である3,57)。加工誘起変態挙動を大きく変化させる条件のひとつとして,試験温度がある6,914)。試験温度を大きく変化させた様々なデータは,高強度TRIP鋼におけるTRIP効果をより深く理解することに繋がることが期待できる5,6)

以上のことより,本研究では,γR形状の異なる1 GPa級TRIP鋼の機械的特性に及ぼす試験温度の影響について検討した。1 GPa級TRIP鋼の機械的特性の違いを議論するために,加工誘起変態挙動に及ぼす試験温度の影響も調査した。さらには,他のTRIP鋼の機械的特性とも比較を行うことで,高強度TRIP鋼が優れた機械的特性を示すための条件について議論を行った。

2. 実験方法

本研究では,0.3C–1.5Si–2Mn鋼より作製した,γR形状の異なる2種類の1 GPa級TRIP鋼(針状γR鋼,および塊状γR鋼)を用いた7,8)。これら1 GPa級TRIP鋼の詳細については,文献7, 8)にて報告している。2種類のTRIP鋼は,SEM-EBSDを用いた組織観察7)を行うとともに,厚さ1.4 mmの鋼板から,平行部幅5 mm,平行部長さ25 mmの引張試験片を作製した。静的引張試験は,ギア駆動式引張試験機を用いて77 Kから573 Kまでの様々な温度で,初期ひずみ速度3.3×10-4 s-1にて行った7)。ここで,試験温度を制御するために,液体窒素(77 K),恒温槽(123–373 K)と加熱炉(473–573 K)を用いた1214)。また,加工誘起変態挙動に及ぼす試験温度の影響を調査するため,X線回折実験用に,様々な真ひずみ(ε)を加えた引張試験片を準備した。X線回折実験によるγと加工誘起マルテンサイト(α')の定量解析は,各相の全ての回折ピークの積分強度が,対象となる相の体積率に比例するという考え方に基づいている1214)。本研究では,γα相の解析結果より,γ体積率の減少がα'体積率の増加に相当するとした8)

一方で,Msσ点をSS-TV-TT(Single-Specimen Temperature-Variable Tensile Test)試験5,15,16)により決定した。SS-TV-TT試験においては,引張試験片に約0.5%の予ひずみを加えた後除荷し,試験温度を10 K低下させてから再び再負荷し,新たに約0.5%の予ひずみを加える。このような試験を323 Kから123 Kの温度範囲で繰り返し行った。

3. 実験結果

3・1 1 GPa級TRIP鋼の機械的特性に及ぼす試験温度の影響

Fig.1に,針状γR鋼と塊状γR鋼のSEM–EBSDによる逆極点図方位マップとPhaseマップを示す。Phaseマップにおいて,緑と赤はそれぞれγαを示す。過去の論文7,8)で報告したように,X線回折実験で得られた変形前のγR体積率(0)は,針状γR鋼が24.6%,塊状γR鋼が22.9%である。針状γR鋼の母相組織は焼もどしマルテンサイトに一部ベイナイトが含まれ,塊状γR鋼はフェライトとベイナイトであり7,8)γR中の炭素量は,1.19 mass%(針状γR鋼)と1.11 mass%(塊状γR鋼)であった。Fig.2に,様々な試験温度での引張試験で得られた,針状γR鋼(a)と塊状γR鋼(b)の公称応力-ひずみ曲線を示す。変形初期における公称応力-ひずみ曲線は,Fig.3に整理した。全ての公称応力-ひずみ曲線は,降伏点降下のない連続降伏型の応力-ひずみ曲線であった。公称応力は373 K以下では試験温度低下によって増大し,77 KではいずれのTRIP鋼もネッキングせずに破断した。一方で,473 K以上では,試験温度上昇により公称応力は増大した6,9,10)Fig.4には,試験温度に対する0.2%耐力,引張強さと均一伸びの関係を示す。各温度における0.2%耐力は針状γR鋼の方が大きく,塊状γR鋼の0.2%耐力は約300 K以下になると減少したが,173 K以下になると再び増大した。これはγRが降伏前に加工誘起変態したことによる変態ひずみが関係していると考えられる5,12,15,16)。一方で,引張強さの温度依存性は,いずれのTRIP鋼でもほぼ同じであった。試験温度上昇により引張強さは減少したが,523 K以上になると増大した。均一伸びは針状γR鋼が373 K,塊状鋼は473 Kで最大値を示した。Fig.5に,本研究で検討した1 GPa級TRIP鋼と他のTRIP鋼3,6)に関する,様々な試験温度での引張試験で得られた引張強さに対する均一伸びの関係を示す。Fig.5における点線は,引張強さと均一伸びの積の等高線を示す。Fig.6には,試験温度に対する引張強さと均一伸びの積の値を示す。ここで,0.22C TRIP鋼と0.1C TRIP鋼の0は,それぞれ14.4%と10%である3,6)Fig.5において,引張強さ–均一伸びバランスは引張強さの増加とともに減少し,この減少は0.1Cおよび0.22C TRIP鋼3,6)よりも本研究で検討した1 GPa級TRIP鋼の方が大きかった。針状γR鋼と塊状γR鋼の引張強さ–均一伸びバランスを比較すると,引張強さが1 GPa以上では針状γR鋼の方が強度–延性バランスは大きかった。Fig.4と6の結果より,引張強さ–均一伸びバランスの温度依存性は均一伸びが影響を与えることがわかり,TRIP鋼における優れた引張強さ–均一伸びバランスは,最大の均一伸びを示した際に得られた。

Fig. 1.

Orientation color map and EBSD phase mapping image in the 1-GPa-grade TRIP steels with different γR morphologies of needle-like ((a), (b)) and blocky ((c), (d)). (Online version in color.)

Fig. 2.

Nominal stress–nominal strain curves of the 1-GPa-grade TRIP steels with different γR morphologies of needle-like (a) and blocky (b) obtained by tensile tests at various temperatures between 77 K and 573 K. (Online version in color.)

Fig. 3.

Nominal stress–nominal strain curves at the early stage of deformation in Fig.2 to show the temperature dependence of 0.2% offset proof stress of the 1-GPa-grade TRIP steels with different γR morphologies of needle-like (a) and blocky (b). (Online version in color.)

Fig. 5.

Uniform elongation as a function of tensile strength in the 1-GPa-grade TRIP steels and various steels (0.1C–5Mn3) and 0.22C–1.64Mn–1.51Al–0.05Si6) steels) obtained by tensile tests at various temperatures. (Online version in color.)

Fig. 6.

Product of tensile strength and uniform elongation as a function of temperature in the 1-GPa-grade TRIP steels and various steels3,6). (Online version in color.)

Fig. 4.

0.2% offset proof stress, tensile strength and uniform elongation as functions of temperature in the 1-GPa-grade TRIP steels with different γR morphologies. (Online version in color.)

Fig.7に,様々な試験温度における針状γR鋼(a)と塊状γR鋼(b)の真ひずみに対する加工硬化率と真応力の関係を示す。ある真ひずみにおける加工硬化率は,通常試験温度の低下に伴い増大した11,12)。373 K以上の温度では,加工硬化率の減少は途中で停滞し,再び増大した1214)。このような加工硬化率の変化がTRIP鋼の均一伸びに影響している7,12,13)。また,373 K以上の温度では,加工硬化率が波状に変化した。この時の真応力-ひずみ曲線はいわゆる鋸歯状ではなかった911)ため,TRIP鋼に関する過去の研究から判断して,これらの加工硬化率の変化は動的ひずみ時効の影響ではないと考えられる。

Fig. 7.

True stress and work-hardening rate as functions of true strain at the temperatures between 77 K and 573 K in the needle-like γR steel (a) and the blocky γR one (b). (Online version in color.)

3・2 加工誘起変態挙動に及ぼす試験温度の影響

Fig.8に,針状γR鋼(a)と塊状γR鋼(b)に対する,様々な試験温度での真ひずみに対する残留オーステナイト体積率()の変化を示す。Fig.8における実線は,Matsumuraらによって提案された次式17)を用いた計算結果である。

  
Vγ=Vγ01+(k/q)Vγ0εq(1)
Fig. 8.

Volume fraction of retained austenite as a function of true strain at the temperatures between 77 K and 573 K in the needle-like γR steel (a) and the blocky γR one (b). (Online version in color.)

ここで,kγRの加工安定性に関する定数であり,qは自己触媒効果に関する指数である17)Fig.8の計算で用いたkqの値は,Table 1に整理した。塊状γR鋼の77 Kと173 Kでは,γRは試験前にα'に変態しており,77 Kと173 Kにおける0はそれぞれ14.8%と17.7%であった。様々な試験温度での加工誘起変態挙動に関して,ある真ひずみにおけるは通常温度低下により減少した。しかしながら,試験温度が473 Kから573 Kへと増加すると,いずれのTRIP鋼もは減少した。これは通常の加工誘起変態挙動の温度依存性とは異なっている6,9,10)。同様の加工誘起変態挙動は,Sugimotoら911)によっても報告されている。Sugimotoら9)は,0.4C鋼の523 K以上におけるγRの加工安定性は,主に加工誘起ベイナイト変態が支配的であることをTEM観察結果より明らかにした。この時,引張強さと全伸びは試験温度上昇によって増大し,オーステンパー温度付近で最大値を示した911)Fig.4に示した523 K以上における引張強さの増大は,加工誘起ベイナイト変態が関係していると思われる。

Table 1. Values of k and q in Eq. (1) in the 1-GPa-grade TRIP steels with different γR shapes at various deformation temperatures.
Temperature (K)(a) Needle-like γR(b) Blocky γR
kqkq
775609.11.7642361.51.226
173140.20.995128.00.876
243207.01.425199.11.298
29654.61.26433.01.037
37378.81.87160.61.764
47314.81.228190.12.425
57359.31.25142.21.417

Fig.9には,針状γR鋼と塊状γR鋼の加工誘起変態挙動を比較するために,243,296,373 Kと473 Kにおける真ひずみに対するα'体積率(Vα')の変化を整理した。243,296,373 Kでは,真ひずみ0.15以上でのVα'は針状γR鋼の方が大きかった。473 Kにおいては,同じ真ひずみでの塊状γR鋼のVα'は,真ひずみ0.25以下では針状γR鋼よりも小さく,真ひずみ0.25以上になると大きくなった。我々の過去の研究7,8)では,常温におけるγRの加工安定性は針状γR鋼の方が高く,同様に373 K以下ではγRの加工安定性は針状γR鋼の方が高かった。Table 1に示した式(1)におけるkqは,373 K以下では針状γR鋼の方が大きな値を示した。

Fig. 9.

Volume fraction of deformation-induced martensite as a function of true strain at 243, 296, 373 and 473 K in the needle-like γR steel and the blocky γR one. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 0.2%耐力

Fig.4に示したように,塊状γR鋼の0.2%耐力は296 K以下で減少し,173 Kで再び増大した。真応力は通常温度低下により増大するため,塊状γR鋼の0.2%耐力の温度依存性はMsσ点が関係していると思われる5,12,15,16)Fig.10に,SS-TV-TT試験で得られた針状γR鋼(a)と塊状γR鋼(b)の公称応力-ひずみ曲線を示す。Fig.10(b)の塊状γR鋼では,303 Kで降伏点が観察され,下降伏応力は303 Kから293 Kではほとんど同じであった。降伏点は283 K以下でも観察されたが,下降伏応力は温度低下に従いわずかに増大し,183 K以下になると,応力-ひずみ曲線は連続降伏型になった。SS-TV-TT試験では,Msσ点は温度低下にも関わらず降伏直後の変形応力が減少するか,降伏点が現れた場合に特定される5,15,16)。よって,塊状γR鋼のMsσ点はFig.10(b)から303 Kだと決定でき,Fig.4に示した0.2%耐力の温度依存性と一致した。針状γR鋼のMsσ点はFig.10(a)から273 Kだと判断でき,塊状γR鋼よりも低かった。この結果も,γRの安定性は針状γR鋼の方が高いことを示している。

Fig. 10.

Nominal stress–nominal plastic strain curves of the needle-like γR steel (a) and the blocky γR one (b) obtained by the SS-TV-TT technique. (Online version in color.)

0.2%耐力は塑性変形後の加工硬化の影響を含むため,弾性限の温度依存性についても検討した。Fig.11に,針状γR鋼と塊状γR鋼の試験温度に対する弾性限の変化を示す。弾性限が減少した温度は,各TRIP鋼のMsσ点とほぼ一致した。先程述べたように,針状γR鋼のγRは本研究における試験温度範囲では引張試験前にα'に変態しなかった。したがって,針状γR鋼のMsσ点付近での弾性限の低下は,主にγRの降伏前の加工誘起変態と関係している。一方で,Msσ点付近における弾性限の低下量は,塊状γR鋼の方が大きかったが,これは母相組織が関係していると思われる。弾性変形中のVα'の増加はわずかであるため,加工誘起変態挙動のみから弾性限の低下を説明するのは難しい。弾性限は体積率が約80%の母相組織の変形によって大きく影響されることを考えると,母相組織の強度(または硬さ)の違いがFig.11に示した弾性限の低下量と関係している可能性がある。以上より,Fig.10,11の0.2%耐力の逆温度依存性はγRの降伏前の加工誘起変態挙動と関係していると考えられる。針状γR鋼と塊状γR鋼の0.2%耐力の温度依存性の違いは,それぞれのMsσ点と母相組織の強度に起因するγRの加工安定性が関係している。

Fig. 11.

Elastic limit as a function of temperature in the needle-like γR and the blocky γR steels. (Online version in color.)

4・2 引張強さ

Fig.12に,最高荷重点におけるVα'に対する,引張強さ(a)と最高荷重点における真応力(b)の関係を示す。Fig.12においては,様々なひずみ速度での引張試験で得られた本TRIP鋼7)と他のTRIP鋼6,18,19)の実験結果もあわせて示した。TRIP鋼の引張強さは,おおよそVα'に依存した。Harjoら20)は,中性子回折実験結果より0.2C TRIP鋼のα'の真応力が約2~2.5 GPaであることを報告している。我々は過去の研究8)において,本TRIP鋼のα'の真応力と関係するα'の相ひずみは0.2C TRIP鋼の結果20)とほぼ同じであり,その大きさはγR形状にはほとんど依存しないことを報告した。これらの結果は,α'の真応力はTRIP鋼における他の組織よりもかなり大きいことも示している8,20,21)。任意の温度での最高荷重点におけるVα'γR形状によらずほぼ同じであったため,本TRIP鋼の引張強さはVα'と良い相関が見られたと考えられる5,6,22)。また,引張強さが同じであっても,均一伸びが異なれば最高荷重点における真応力は異なるため,Fig.12(b)に示したように,引張強さよりも最高荷重点における真応力の方がVα'に対する整理として適切かもしれない。つまり,Vα'と最高荷重点における真応力の関係の方が,妥当だと考えられる。

Fig. 12.

Tensile strength (a) and true stress at the maximum load (b) as functions of the volume fraction of deformation-induced martensite (α') at the maximum load in the 1-GPa-grade TRIP steels and other TRIP steels6,18,19). (Online version in color.)

4・3 均一伸び

Fig.4に示したように,均一伸びの最大値を示す温度(Tmax)は,針状γR鋼と塊状γR鋼では異なっていた。TRIP鋼の均一伸びの温度依存性に関して,TmaxγRの加工安定性に依存する6,10,1214)γRの加工安定性が高いほど,Tmaxの値は低くなる。γRの加工安定性と密接に関係する,γRの炭素量は,針状γR鋼の方が大きかった7,8)。我々の過去の研究8)では,γαの応力分配も加工誘起変態挙動を含むγRの加工安定性に影響することを報告している。針状γR鋼の場合,変形初期の応力分配は小さく,ひずみとともに大きくなった8)。特に,変形初期における応力分配は,加工誘起変態が開始する真応力(σD-s)と密接に関係し8), 変形初期の応力分配が小さいほど,σD-sは大きくなった。Fig.9に示したように,針状γR鋼の373 K以下の試験温度では,変形初期のVα'は小さく,真ひずみが約0.15以上になるとVα'は大きな値を示した。先程述べたように,γRの加工安定性の高い針状γR鋼の方が,Tmaxは低い値を示した。

均一伸びの大きさは,引張強さ–均一伸びバランスにも影響し,最大の均一伸びの時に優れた引張強さ–均一伸びバランスが得られた。Fig.5に示したように,引張強さが1 GPa以上での針状γR鋼の優れた引張強さ–均一伸びバランスは,均一伸びの温度依存性が関係している。室温での1 GPa級TRIP鋼の機械的特性向上について考えると,γRの高い加工安定性が必要となる。反対に,Fig.6において,塊状γR鋼と0.22C TRIP鋼6)γR体積率が約10%異なるにも関わらず,296 Kでの引張強さ–均一伸びバランスはほとんど同じであった。これは,γR体積率が小さいにも関わらず,加工誘起変態の制御によって優れた引張強さ–均一伸びバランスが得られたことを示している。化学成分以外にγRの高い加工安定性を得る手段として,γαの小さい応力分配が有効である8)

次に,2種類の1 GPa級TRIP鋼における,Tmaxでの加工誘起変態挙動について議論する。Fig.9に示したように,Tmaxにおいては,γRは変形初期は機械的に安定で,変形の後半でVα'は徐々に増加した。これは,過去の研究12,22,23)でも報告されている,TRIP効果によって優れた均一伸びが得られる加工誘起変態の定性的な条件と一致する。我々は,本研究で検討した高強度TRIP鋼の加工誘起変態の定量的な条件について整理を試みた。ここでは,Vα'と変態速度を定量的な指標として注目した12,13,23)Fig.8と9では,針状γR鋼の373 K,塊状γR鋼の473 Kにおいて,真ひずみ0.1におけるVα'は5%未満であり,真ひずみ0.3においてはγRの約50%がα'に変態したことを示している。Fig.6に示すように,0.22C TRIP鋼6)における引張強さと均一伸びの積は333Kで極大値をとり,その時の均一伸びが約40%であった。様々な試験温度での加工誘起変態挙動6)から,ふたつの条件(①真ひずみ0.1におけるVα'は5%未満であること,②真ひずみ0.3においてγRの約50%がα'に変態したこと)は,0.22C TRIP鋼においても当てはまることを確認した。同様のことは,Mukherjeeらによって報告された0.4C TRIP鋼10)についても確かめることができた。結果として,優れた引張強さ–均一伸びバランスの時の加工誘起変態挙動は,これら2つの条件とほぼ一致した。次に,Fig.13に針状γR鋼(a)と塊状γR鋼(b)の式(1)12,13)で推算した変態率(dVα'/)の真ひずみに対する関係を示す。各試験温度でのdVα'/は均一伸びまで示し,Fig.13における矢印は各TRIP鋼のTmaxにおける最大のdVα'/を示す。ほとんどの試験温度では,真ひずみ0.1以下でdVα'/の最大値を示した。一方で,TmaxにおけるdVα'/は真ひずみ増加とともに徐々に増加し,真ひずみが0.15から0.2において最大値を示した。この時の最大変態率は約0.5であり,γR形状によらずほぼ同じ値であった。以上の結果より,本研究で検討した1 GPa級TRIP鋼において,優れた均一伸びを得るための加工誘起変態の条件は共通点があり,次の3つの定量的条件が整理された。

Fig. 13.

Transformation rate calculated by Eq. (1) as a function of true strain at various temperatures in the needle-like γR steel (a) and the blocky γR one (b). (Online version in color.)

(i)真ひずみ0.1におけるVα'が5%以下である。

(ii)真ひずみ0.3において,γRの約50%がα'に変態する。

(iii)均一伸び付近の大きな真ひずみでの最大変態率が,約0.5である。

5. まとめ

本研究では,γR形状の異なる1 GPa級TRIP鋼の機械的特性に及ぼす試験温度の影響について,77 Kから523 Kの温度範囲での引張試験により検討を行った。さらに,加工誘起変態挙動の温度依存性についても検討した。得られた主な結論は,以下の通りである。

(1)373 K以下での任意の温度での機械的特性は,針状γR鋼の方が優れた値を示した。室温以下の均一伸びは針状γR鋼の方が大きく,一方で,各温度での引張強さはγR形状によらずほぼ同じ値であった。

(2)X線回折実験結果より,γRの加工安定性は針状γR鋼の方が高かった。しかしながら,473 K以上の温度ではある真ひずみにおけるVα'は針状γR鋼の方が大きかった。通常,γRは試験温度上昇により安定になるが,473 K以上での同じひずみでのγR体積率は減少した。これは,加工誘起ベイナイト変態が関係していると考えられる。

(3)本研究より,本1 GPa級TRIP鋼において,優れた均一伸びを得るための加工誘起変態条件として,①より大きなひずみで変態率の最大値約0.5を示し,②真ひずみ0.1におけるVα'が5%以下であること,さらに,③真ひずみ0.3でγRの約50%がα'に変態すること,が挙げられた。これら3つの条件については,γR体積率が様々に異なるTRIP鋼を用いて,さらに検討していく必要がある。

謝辞

本研究成果は,国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業の結果として得られたものである。関係者各位に心より感謝申し上げます。本研究を遂行するにあたり,多大なる協力をいただいた兵庫県立大学工学部の寺田光佑氏,竹内清貴氏に感謝申し上げます。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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