Tetsu-to-Hagane
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Surface Treatment and Corrosion
Effect of Humidity of Air on Hydrogen Absorption into Fe with Rust Layer Containing MgCl2 during Atmospheric Corrosion
Yang WangJun YamanishiTakumi Haruna
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 11 Pages 906-914

Details
Abstract

An Fe plate, whose one side was electro-polished and the other was covered with the rust layer containing 25.7 g·m−2 MgCl2, was used as the specimen to investigate the effect of humidity on the hydrogen absorption of the plate during atmospheric corrosion. The specimen was subjected to an electrochemical hydrogen-absorption test during which the rusted surface was exposed to the air with controlled relative humidity (RH) and atmospheric corrosion occurred on it. When the rusted surface was subjected to dry (RH 0%)–wet (RH 27%) cycle tests for 10.8 ks each, the anodic current density corresponding to the hydrogen-absorption rate was measured on the hydrogen detection surface. The maximum current density was almost independent of the cycle during the first 10 cycles, after which it decreased with an increase in the cycle, reaching almost a steady value after about 40 cycles. After 55 cycles of the dry–wet cycle test, the specimen was subjected to an electrochemical hydrogen-absorption test to obtain the relationship between the steady-state hydrogen-absorption rate and RH. Hydrogen absorption was observed at RH over about 15%, and the absorption rate increased rapidly with an increase in RH, reached a maximum at RH of about 30%, and then decreased rapidly. When RH increased beyond 40%, the absorption rate increased again, reached a maximum value at RH of 80%, and then decreased gradually. The specimen with the rust layer containing 39.8 g·m−2 MgCl2 also showed two peaks in the hydrogen-absorption rate versus RH plot.

1. 緒言

近年,省エネルギー問題や環境保護の観点から超高強度鋼が要望されており,現在2000 MPaを超える鋼材が開発されているが,さらなる高強度鋼が期待されている。しかし,高強度鋼を湿潤な大気環境中で使用すると,いわゆる「遅れ破壊」を起こす場合があることが知られている1)。したがって,遅れ破壊の原因を究明し,その対策を見出すことが急務となっている。これまでの研究では,遅れ破壊が水素脆化(HE)であること2),水素は鋼材の大気腐食中に生成し,鋼材中に侵入・拡散すること,0.2%耐力が1200 MPaを超える鋼材はHEを起こしやすいこと3),強度の高い鋼材ほど少量の水素の侵入によってHEを発生すること4)が報告されている。

これまで行われてきたHEに関する研究の多くは,多量の水素が侵入しても高い耐HE性を示す高強度鋼を開発するために必要な微細構造の制御5)や鋼中水素の拡散速度の把握6)に焦点を当てていた。一方,鋼材への水素侵入に焦点を当てた研究例はそれほど多くない。そのような背景から,2013年から日本鉄鋼協会に「革新的水素不働態表面構築の原理探求」研究会が設置され,鋼材への水素侵入に関する多くの基礎的な情報が蓄積された7)。例えば,電気化学的水素透過試験において,鋼材の水素侵入側表面における水素濃度は,その表面の環境条件が急変しても比較的短時間で定常値を示すこと,水素濃度の対数は鋼材の硬度の増加とともに直線的に増加すること,水素濃度の対数は鋼材水素の拡散係数の逆数の増加とともに直線的に増加すること,水素濃度はカソード電位の上昇とともに減少するが,アノード電位の上昇とともにわずかに増加すること8,9)などが明らかにされた。この研究グループの多くは,鋼材の水素侵入面に試験溶液を接触させた状態で電気化学的水素透過試験を実施し,カソード反応速度や溶液条件などの電気化学的要因の観点から鋼材への水素侵入機構を検討した。一方,現実に起こる高強度鋼のHEは湿潤大気中での腐食に伴って発生することが多いので,その発生機構を理解するためには,HEに及ぼす大気環境因子の影響を整理することが必要である。Akiyamaら10)は,中国の北京,重慶および日本の沖縄で大気に曝露されたFe試料への電気化学的水素透過試験を行い,最大水素透過速度と大気汚染物質との関係について検討した。Tsuruら11)は,Fe板にNa2SO3水溶液の液滴を付着させ,液滴の乾燥中に起こる大気腐食に伴う水素透過速度を計測し,Na2SO3がpHと腐食電位を低下させ,水素侵入を促進させることを明らかにした。Tada and Miura12)およびSakairi and Takagi13)は,NaClおよびNa2SO4水溶液を滴下しZnめっき鋼に乾湿繰り返し腐食試験を実施している間の水素透過速度を連続的に計測し,Znめっき鋼が局部的に破壊されたときに水素侵入が起こることを明らかにした。これらをはじめとする水素侵入に関する研究の多くは,十分な研磨が行われた鋼材表面への水素侵入に焦点を当てていた。しかし,高強度鋼のHEは,大気腐食が起こりその表面にさび層が形成した状況で起こることが想定されるので,表面にさび層が形成された鋼材への大気腐食中の水素侵入挙動を理解することは非常に重要である。そこで,著者らの研究グループは,さび層を形成させたFe板に湿度を制御した大気を接触させて,大気腐食中の水素透過速度を連続的に計測するシステムを開発し,NaClを含むさび層を形成したFe板の大気腐食中に計測される水素透過速度と室内の相対湿度(RH)との関係について調べ14),RHが42%から95%の間で水素侵入が起こること,約75%のRHで水素侵入が最大になること,検討したRHの範囲で大気腐食を起こしたときのさび層のpHは弱酸性である4.2~4.3と推定されることを明らかにした15,16)。本研究では先行研究14)を拡張し,MgCl2水溶液を接触させて表面にさび層を形成させたFe板の大気腐食に伴う水素侵入に及ぼすRHの影響を検討した。

2. 実験方法

2・1 試料作製

供試材である厚さ2 mmのFe板(純度99.5 mass%)を40 mm×40 mmに切断し,残留応力を除去するために1037 K×1.8 ksの焼鈍を行い,その後炉冷した。この試料はほぼ等軸粒で構成され,切片法によって求めた平均粒径は約0.69 mmであった。この試料の焼鈍に伴う酸化皮膜を除去するために表面に#6/0(#800に相当)までの機械研磨を行った後,表面の加工層を除去するために電解研磨を行った。反応槽にはPt対極とAg/AgCl(飽和KCl,室温)を設置し,試料を含めてポテンショスタット(東方技研製PS-07)に接続した。H3PO4(濃度:85 mass%)とH2SO4(濃度:95 mass%)をそれぞれ75 vol%と25 vol%で混合した溶液を反応槽に注入した後に,試料に1.5 VAg/AgClを84.6 ks印加した。この電解研磨で溶解した試料の表面厚さは約50 μmであった。その後,試料の片面をpolytetrafluoroethylene製テープで完全に覆い,他面にNiめっきを行った。ポテンシオスタットに接続した試料とPt対極を設置した反応槽にWatt浴(NiSO4·6H2O:250 kg·m-3,NiCl·6H2O:45 kg·m-3,H3BO3:40 kg·m-3)を注入し,333 Kに保持した後に-10 A·m-2の電流密度を420 s印加した。この手順で試料に形成したNiめっき厚さは約15 nmとされている17,18)

2・2 さび層の形成方法

Niめっき層を形成していない試料表面には,以下の手順でさび層を形成させた。表面にOリング(内径31 mm)を固定し,その内側に0.1 kmol·m-3 MgCl2水溶液を2.0×10-6 m3注入した後に,シリカゲルを入れた密閉容器内で86.4 ks乾燥させてさび層を発生させた。そのさび層に純水を2.0×10-6 m3滴下して同じ方法で乾燥させた。再度純水を滴下し乾燥させることによって,表面に均一なさび層を形成させた。さび層に含まれるMgCl2(無水物)は25.7 g·m-2と算出された。また,39.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成した試料を,0.1 kmol·m-3 MgCl2水溶液を3.0×10-6 m3使用して同様に作製した。

2・3 電気化学的水素透過試験およびその他の試験

電気化学的水素透過試験では,改良型のDevanathan-Stachursky型セル19)を採用した14)。試験装置の概略図をFig.1に示す。RH5%以下の乾燥した大気で満たされた箱の中に設置した2つの反応槽の間に試料を設置した。さび層面に接している水素侵入用反応槽にはRHを制御した大気を導入した。一方,Niめっき面に接している水素検出用反応槽には0.1 kmol·m-3 NaOH水溶液を導入した。後者の反応槽には,Ag/AgCl参照電極とPt対極を設置し,試料とともにポテンショスタットに接続した。操作手順はつぎの通りである。試料を2つの反応槽の間に設置し,水素検出用反応槽にRH0%の乾燥空気を導入した。一方,水素検出用反応槽にNaOH水溶液を導入し,Niめっき面に不働態化電位である0 VAg/AgClを印加した。不働態化電流密度が0.2 mA·m-2に到達した後に,つぎに示す手順に従って,さび層面に乾湿繰り返し試験を行った。25.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層には,乾燥(RH0%)大気と湿潤(RH約27%)大気を交互に10.8 ksずつ合計55回接触させて大気腐食を発生させた。試験中には,水素侵入用反応槽内のRHと温度および水素検出用反応槽のアノード電流密度を同時に計測した。一方,39.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層には,乾燥(RH0%)大気と湿潤(RH約33%)大気を交互に10.8 ksずつ合計100回接触させた。乾湿繰り返し試験を行った後の試料には,RHに応じた定常的なアノード電流密度を測定する試験を行った。まず,Niの不働態化電流密度が定常値に到達するまで,さび層面に乾燥空気を50~100 ks接触させた後,所定のRHに制御した湿潤空気を接触させた。アノード電流密度が定常値に到達した後に,再び乾燥空気を50~100 ks接触させた。この試験から得られた,湿潤大気に接触させたときの定常アノード電流密度と乾燥大気に接触させたときのNi不働態化電流密度の差を,定常的な水素透過速度iHと定義した。また,さび層の同定にはX線回折(XRD)装置(リガク製RINT-2550)を,試料表面の観察にはCCDカメラシステム(モリテックス製MS-804)を,さび層の形状測定には3D測定システム(キーエンス製VR-3200)を,さび層の微細形状の観察には走査型電子顕微鏡(SEM)(日本電子製JSM-6060LV)を使用した。さび層の形状測定から得られるさび層の平均厚さは,さび層が形成されていないFe板表面を基準とした値である。

Fig. 1.

Schematic illustration of a system for electrochemical hydrogen absorption test in atmospheric corrosion under controlled relative humidity (RH) and temperature. (Online version in color.)

3. 結果

3・1 乾湿繰り返し試験中における水素侵入

25.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に乾燥大気(RH 0%,10.8 ks)と湿潤大気(RH 27%,10.8 ks)を繰り返し接触させた乾湿繰り返し試験中における水素検出面(Niめっき面)でのアノード電流密度の経時変化をFig.2に示す。乾燥状態の水素侵入用反応槽に湿潤大気を導入するたびにRHの急激な上昇が起こり,約3 ks後に定常値を示した。また,アノード電流密度は,RHが上昇し始めた約2 ks後に増加し始め,約4 ks後に定常値を示した。逆に,乾燥大気を導入するとRHの急激な低下が起こり,約0.6 ks後にRHが0%まで低下した。アノード電流密度はRHの低下とともに減少し,約0.6 ksでは最大電流密度の20%になり,10.8 ksまで徐々に減少した。

Fig. 2.

Changes in RH and anodic current density on hydrogen detection side during the dry−wet (RH c.a. 27%) cycle test.

各湿潤時における最大アノード電流密度と乾湿繰り返し回数の関係をFig.3に示す。電流密度は,乾湿を10回程度繰り返してもほとんど変化せず,それ以上繰り返すとほぼ直線的に減少したが,40以上繰り返すとほぼ定常値を示した。また,10回程度の繰り返しの間に電流密度が多少変動していることが確認された。その変動は約±2 Kの範囲での温度変化に対応していると考えられ,Ootsukaら20)が,大気腐食中の水素透過速度を検出するセンサーを開発し,その際,わずかな温度変化で水素透過速度が大きく変化することを指摘したことと類似した。一方,Fig.3で確認された40回までの乾湿繰り返し試験中に電流密度が減少した事象は,屋外に曝露した鋼材に電気化学的水素透過試験を行ったときの水素透過速度と累積曝露日数の関係に類似した21)

Fig. 3.

Change in the maximum anodic current density on hydrogen detection side by 1 cycle during the dry−wet (RH c.a. 27%) cycle test. Amount of MgCl2: 25.7 g·m−2

乾湿繰り返し試験の10回目および55回目における試料の表面から得られたXRDプロファイルをFig.4に示す。10回目のさび層にはα-FeOOHが多く,MgCl2·6H2Oも存在することが確認された。また,Feは検出されなかった。一方,55回目のさび層にはβ-FeOOH,γ-FeOOH,α-FeOOHが多く含まれており,MgCl2·6H2Oは相対的に減少していた。

Fig. 4.

XRD profiles of the rusts containing 25.7 g·m−2 MgCl2 on the specimens after (a) 10 and (b) 55 cycles of the dry−wet (RH c.a. 27%) cycle test.

乾湿繰り返し試験の10回目および55回目における試料の表面をCCDカメラシステムを用いて観察し,その形状を3D測定システムで測定した結果をFig.5に示す。10回繰り返した後のさび層は暗褐色でほぼ平坦であり,平均厚さは約0.05 mmであった。55回繰り返すと,さび層は暗褐色のままだが凹凸が大きくなり,平均厚さは約0.18 mmになった。

Fig. 5.

Surfaces of the specimens covered with the rusts containing 25.7 g·m−2 MgCl2. observed after (a)(c) 10 and (b)(d) 55 cycles of the dry–wet cycle tests. The images were obtained by (a)(b) the CCD camera system and (c)(d) the 3D-measurement system.

Fig.5(a)および(b)に示したさび層の中心部分に対するSEM観察結果をFig.6に示す。10回繰り返した後のさび層を低倍率で観察した場合(Fig.6(a))には,Fig.5(a)でも観察されたように比較的平坦であることに加えて,多数の小さなブロックで構成されていることがわかり,高倍率で観察すると(Fig.6(e)),このブロックは小さな粒子で構成されていることがわかった。一方,55回繰り返したさび層を低倍率で観察すると,10回目より滑らかで平坦になっており(Fig.6(b)),高倍率で観察すると,ブロックを構成している小粒子の平均粒径が約3 μmに成長していた(Fig.6(f))。

Fig. 6.

SEM images for surfaces of the specimens covered with the rust containing 25.7 g·m−2 MgCl2. (a)(c)(e) 10 cycles and (b)(d)(f) 55 cycles. Magnification: (a)(b)<(c)(d)<(e)(f)

3・2 乾湿繰り返しを50回以上行った試料への水素侵入に及ぼすRHの影響

前節で説明したように,25.7 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に乾湿繰り返し試験を行い,その間に発生した水素検出面でのアノード電流密度を連続的に測定した結果,Fig.3に示したように,アノード電流密度(水素透過速度に相当)は,10回以上乾湿繰り返しを行うと,回数の増加とともに減少し,40回以上行うと定常値を示すことがわかった。そこで,アノード電流密度が乾湿繰り返し数にほとんど依存しない状態である40回以上乾湿繰り返しを行った試料に対して,所定のRHに制御した大気をさび層に接触させて定常的なアノード電流密度,すなわち水素透過速度の定常値を測定した。その一例として,25.7 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に乾湿繰り返しを55回行った後に乾燥大気,RH72%の湿潤大気,乾燥大気をその順番に接触させたときのアノード電流密度の経時変化をFig.7に示す。試験開始時に乾燥空気(RH 0%)を水素侵入用反応槽に導入したときの,Niの不働態化電流密度の定常値は0.040×10-4 A·m-2であった。湿潤空気を導入すると,RHは急速に上昇し,約72%でほぼ定常値を示した。同時に測定したアノード電流密度は徐々に増加し,1.67×10-4 A·m-2でほぼ定常値を示した。再び乾燥空気を導入すると,RHは急速に0%に低下し,カソード電流密度は徐々に減少し,初期値の0.040×10-4 A·m-2に到達した。したがって,RH72%における水素透過速度(iH)は1.63×10-4 A·m-2となった。

Fig. 7.

Typical example of changes in RH and anodic current density on hydrogen detection side with time. Amount of MgCl2: 25.7 g·m−2. Average RH in the steady state: 72%.

同様の方法で得られた種々のRHに対するiHをまとめてFig.8に示す。iHは15%以上のRHで検出され,RHの増加とともに急激に増加し,RH30%程度で極大値を示し,その後は急激に減少した。RHが40%以上になるとiHは再び増加し,RHが約80%で極大値を示し,その後徐々に減少した。今後,低RH領域および高RH領域で観測されたiHのピークをそれぞれ第1ピーク,第2ピークと定義する。さらに,39.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に対して,100回の乾湿繰り返し試験を行った後,種々のRHに対するiHを測定した。その結果をFig.8に重ねて示す。前者の試料と同様,後者の試料においてもRHに対してiHに2つのピークが確認された。また,MgCl2の含有量が多い後者の試料において,第1ピークと第2ピークのiHが大きく,第1ピークを示すRHは前者の試料とほとんど同じであったが,第2ピークを示すRHは小さな値を示した。

Fig. 8.

Effect of RH during wet period on hydrogen absorption rate as a function of amount of MgCl2 in the rust.

4. 考察

4・1 水素透過速度の定常値に及ぼすRHの影響

25.7および39.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に40回以上の乾湿繰り返しを行った後,所定のRHの大気を接触させて水素透過速度の定常値(iH)を測定した結果,Fig.8で説明したように,iHは15%以上のRHで検出され,RHの増加とともに急激に増加し,RHが約30%で第1ピークを示し,その後,急激に減少した。RHが40%以上になるとiHは再び増加し,RHが65~80%のときに第2ピークを示し,その後徐々に減少した。このようなRHの変化に伴うiHの変化の理由を次のように推察した。

一般にMgCl2の固体は,RH33%の大気中で潮解(298K)し,飽和水溶液に変化する。この湿度未満では,水分子はMgCl2固体の表面にしか吸着しない。すなわち,RHが33%未満の大気中でFe板にMgCl2水溶液滴が付着しても,MgCl2が急速に固体に変化するために,Fe板に大気腐食はほとんど起こらないことになる。いくつかの研究では,MgCl2水溶液を用いて,33%以上のRHの範囲で鋼材の大気腐食を調査している22,23)。しかしFig.8では,RH15%で大気腐食による水素侵入が確認されている。一方,以前の報告14)では,NaClを含むさび層を形成させたFe板にRHを制御した大気を接触させた場合の水素侵入挙動を調査し,NaClの潮解湿度(RH 75% at 298 K)以下である40%程度のRHで水素侵入が確認されており,さび層に存在する微細な孔に曲率の小さな飽和NaCl水溶液が毛細管現象で凝縮して存在することによって腐食を誘発していると説明されている24)。本研究で得られた,MgCl2の潮解湿度よりも低RHで確認された水素侵入も同様の機構で発現していると考えられる14)。RHの大気中で曲率半径rの凹面を持つ水が安定の存在するときのRHとrの間にはKelvinの式25)が成立する。

  
lnRH=2γVm/(rRT)(1)

ここで,γは水の表面張力,Vmは水のモル体積,Rは気体定数,Tは絶対温度である。この式は,rの小さな水ならRHが小さな大気中でも安定に存在することを示している。この関係が,水だけでなく,水溶液にも適用されるならば,表面が平坦なMgCl2飽和水溶液はRHが33%以下の大気中では安定に存在することができないが,表面が凹状であれば安定に存在する可能性を有する。MgCl2飽和水溶液に対する式(1)のいくつかの変数は入手されていないので,rとRHの定量的な関係を算出することができないが,Fig.8に示すように,RHが15%のときに水素透過速度が検出されているので,このRHにおいてさび層内に存在するMgCl2の固体が曲率rの表面を持つ飽和水溶液に潮解したと推察される。このときのカソード反応は,酸素の還元反応と考えられる。飽和水溶液中の溶存酸素濃度は非常に小さいため,Feに接触している溶液粒子において酸素の拡散による流束が大きくなる薄い部分で,式(2)に従った酸素の還元反応が起こる。

  
O2+2H2O+4e4OH(2)

RHが15%を超えると,iHはRHの増加とともに増加し,約30%のRHで第1ピークを示し,その後急速に減少した。この第1ピークの形成をつぎのように推察した。RHが増加すると,式(1)のように溶液の凹面の半径が大きくなる。この増加は,溶液の粒子の大きさと数の増加に伴う酸素還元反応の面積(溶液粒子の薄部の積算面積)の増加を引き起こし,そのときの腐食速度の増加に対応した水素侵入に基づくiHの増加が観測されると考えられる。RHがMgCl2の潮解湿度(33%)に近づくと,飽和水溶液の曲率半径が急速に無限大に近づく(すなわち溶液表面が平坦になる)。Fe板の表面が飽和水溶液膜でほぼ完全に被覆された場合には,酸素が液膜を通過してFe表面へ供給されなければならないので,酸素の供給速度が抑制されることから,腐食速度の減少に伴うiHの減少が観測される。

一方,RHが40%を超えるとiHは再び増加し,65%から80%のRHで第2ピークを示し,その後,徐々に減少した。この変化をつぎのように推察した。熱力学の観点からは,平らな表面を持つ未飽和MgCl2水溶液中の水の活量は,RH33%以上の大気中に存在する水(水蒸気)の活量と等しい。この関係は,RHが33%以上に増加すると,MgCl2水溶液中の水の活量が増加することに伴って,水溶液中のMgCl2濃度が減少することを意味している。また,大気中のRHが変化しても,さび層のMgCl2含有量は不変である。したがって,RHの増加は,水溶液中の水の量の増加,水溶液の体積の増加,液層の厚さの増加を引き起こす。RHが33%以上で,Fe板の表面がMgCl2水溶液で被覆されている場合,式(3)に基づく溶存酸素の拡散限界還元速度が腐食速度(icorr)を決定する。

  
icorr=4FDO2CO20/L(3)

ここで,Fはファラデー定数,DO2は液膜中での酸素の拡散係数,CO20は液膜の大気側表面の溶存酸素濃度,Lは液膜厚さである。ここで,RHに依存した液膜のMgCl2濃度の変化に対してDO2が影響をほとんど受けない場合を考える。このとき,RHが増加すると,MgCl2濃度が減少することによりCO20が増加する23)ので,式(3)によりicorrが増加することに伴ってiHが増加することが考えられる。一方,RHが増加すると,Lが増加するので,式(3)によりicorrが減少することに伴ってiHが減少することも考えられる。この2つの推察を考慮すると,Fig.8で確認された第2ピークの低RH領域におけるRHの増加に伴うiHの増加は,液膜のMgCl2濃度の減少に伴うCO20の増加が主要因であり,第2ピークの高RH領域におけるRHの増加に伴うiHの減少は,液膜の体積の増加に伴うLの増加が主要因であると考えられる。ところで,RHの増加とともにLが増加し,Lが拡散層厚さ(LD,固定値)を超えると,式(3)LLDに置き換わるが,CO20は増加を続けるので,式(3)により,icorrが増加することに伴ってiHが増加することが考えられるが,Fig.8の高RH領域にはRHの増加に伴うiHの増加は観測されなかった。したがって,本研究で設定されたRHの範囲でのLLDより小さい値であることが示唆された。RHが100%に近づくと,MgCl2水溶液の濃度が0 kmol·m-3に近づき,Lが無限大に近づく。このとき,CO20は純水における値に近づき,LLDを超えるために,iHは,さび層中のMgCl2含有量とは無関係に,特定の値に収束すると考えられる。

4・2 乾湿繰り返し試験における水素透過速度の変化

25.7 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に対して乾湿繰り返し試験(RH 0%,10.8 ks および RH27%,10.8 ks)を行った結果,Fig.2に示したように,湿潤大気に接触させてRHが増加し始めた約2ks後にアノード電流密度が増加し始めた。また,電流密度が増加し始めるRHは15%程度であることがわかった。また,Fig.8に示したように,RHが15%以下の大気に試料を長時間接触させてもiHが検出されなかった。したがって,Fig.2で確認されたRHの増加開始とアノード電流密度の増加開始との間の時間差は,RHがiHを発生させる値にまで増加する時間であると考えられる。その後,乾燥空気を湿潤状態の反応槽に導入すると,RHとアノード電流密度は短時間でほぼ同時に減少した。Fig.8によると,RHが27%であれば十分なiHが観測されるが,RHが15%以下になるとiHが観測されないことがわかる。そのために,RHと電流密度が同時に急激に減少したと考えられる。

Fig.3に示したように,各湿潤状態におけるアノード電流密度の最大値は,10回程度乾湿を繰り返してもほとんど変化しなかった。しかし,乾湿繰り返し数がさらに増加すると,電流密度はほぼ直線的に減少し,40回を超えると再び定常値を示した。さび層の性状をまとめたFigs.4~7からは,次のことが理解された。乾湿を10回繰り返した後のさび層は暗褐色で平坦であり,平均厚さは0.05 mmであった。拡大して観察すると,さび層は小さな粒子で構成されていた。さび層の表面からは,豊富なα-FeOOHと比較的多いMgCl2·6H2Oが検出された。一方,乾湿を55回繰り返した後のさび層は暗褐色で比較的大きな凹凸が認められた。また,さび層を構成していた小さな粒子は成長しており,さび層の平均厚さは0.18 mmであった。さらにα-FeOOHに加えてβ-FeOOH,γ-FeOOHも多く検出されたが,MgCl2·6H2Oは相対的に減少していた。このようなさび層の性状はつぎのように水素侵入挙動と関連付けられる。乾湿繰り返しが多くなると,さび層は厚く,緻密で比較的成長した小粒子で構成されていたため,水素侵入を誘発する大気腐食が抑制されたと考えられる。このときのさび層からのMgCl2·6H2O検出量が比較的少なかった理由には,0.18 mmの厚さに成長したさび層にMgCl2·6H2O粒子が分散したことに加えて,X線の貫入深さである0.01 mm程度より深いさび層内にMgCl2·6H2O粒子が多く存在したことが挙げられる。また,乾湿繰り返しを多く行ったときのさび層には,β-FeOOH,γ-FeOOH,α-FeOOHが比較的多く検出された。ところが,さび層形成の初期段階にはβ-FeOOHとγ-FeOOHが多く生成されること,これらのさび層は耐食性に乏しく,乾湿繰り返し中に徐々にα-FeOOHに変化して耐食層を形成することが知られている26,27)。本研究で得られた結果は,報告された知見とは一致しなかった。これは,XRD分析ではさび層の表面から約0.01 mmまでの情報しか得られないことが原因であると考えられ,今後はFe基板表面近傍のさび層に関する情報を入手し検討する必要があることを示唆する。

5. 結言

(1)25.7 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させたFe板試料に対して乾湿繰り返し試験(RH 0%,10.8 ksおよびRH 27%,10.8 ks)を行った。各湿潤状態での最大アノード電流密度(水素透過速度に正の相関)は,乾湿繰り返しを10回程度行っても変化しなかった。その後は,回数の増加とともにほぼ直線的に減少し,40回以上行うと再びほぼ定常値を示した。

(2)乾湿を10回繰り返した後のさび層は暗褐色で平坦であり,多数の小さな粒子で構成されていた。また,さび層の平均厚さは0.05mmであり,α-FeOOHが比較的多く存在しており,MgCl2·6H2Oも検出された。一方,55回繰り返した後のさび層は暗褐色のままだが,比較的大きな凹凸を示していた。さび層を構成する小さな粒子は成長しており,さび層の平均厚さは0.18mmであった。

(3)25.7および39.8 g·m-2のMgCl2を含むさび層を形成させた試料に乾湿を40回以上繰り返した後に,RHを制御した大気に接触させて,定常的な水素透過速度を測定する電気化学的水素透過試験を行った。その結果,水素透過速度は15%以上のRHで観測され,RHが30%程度と65%~80%のときにそれぞれピークを示した。

謝辞

本研究は,日本鉄鋼協会「革新的水素不働態表面構築の原理探求」研究会ならびに「鉄鋼材料への腐食誘起水素侵入」研究会から多数の有益な助言および経済的支援を頂いた。また科学研究費補助金(基盤研究C)(18K04784)ならびに関西大学学術研究員研究費からも経済的支援を頂いた。ここに謝意を表する。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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