2021 Volume 107 Issue 12 Pages 998-1003
In order to clarify the effect of environmental factors on the atmospheric corrosion of steel, novel model for predicting the reduction of atmospheric corrosion considering relative humidity and rain falls was developed. We conducted a one-year calculation simulation of atmospheric corrosion in Miyakojima City, Choshi City, and Tsukuba City using the developed model. Corrosion weight loss by the simulation could reproduce the measured value well. Corrosion weight loss was greatly affected by the amount of airborne sea salt, relative humidity, and rain falls.
橋梁等の大型構造物において,大気腐食現象は重大な劣化事象の一つである。構造材の安全性や部材交換時期の把握の視点から,部材の腐食減耗量予測の社会的要求がある。この要求に応えるためには,大気腐食メカニズムの理解および部位ごとの腐食減量の正確な推定が必要であり,これまでに多くの研究がなされている。例えばOshikawa and Nakanoは沖縄における鋼材の大気腐食減耗量を決定する因子を把握するため実地測定および実験室における模擬試験を行い,大気腐食の原因となる水膜形成に及ぼす気温,相対湿度および海塩量の重要性を示した1)。Katayamaは電気化学インピーダンス法を利用して鋼製の構造体模擬試験体での大気腐食モニタリングを行い,部位ごとに腐食量が異なりその原因は環境条件に起因する表面濡れ時間の違いであることを示した2)。Hirohataらは主要海塩の一つであるMgCl2に着目し,水膜のMgCl2濃度が飽和濃度に達し且つ水膜厚さが2×10-4 m以下になったときにステンレス鋼表面に孔食が発生することを示した3)。このように過去の研究から,大気腐食の腐食速度は鋼表面の水膜厚さに大きく依存すること,そして水膜厚さは気温,相対湿度,海塩量等の環境因子に依存することが明らかにされている。
一方で腐食減量を推定するための手法の提案もされている。例えば,Kihiraらは大気腐食減耗量の長期予測を目的とし,初年1年間の腐食量と酸化皮膜の保護性を表すパラメータからなる腐食減耗予測モデルの構築を行った4)。Kihiraらのモデルは初年1年間の腐食量のみで長期予測が可能であることが非常に利便性の高い手法である。一方で予測腐食量は初年1年間の腐食量を基準としているため,将来の環境因子の変化を考慮した予測をすることは難しい。年間降雨量等のさまざまな気象条件を想定可能な腐食量予測法が望まれている。
本研究では,環境因子が大気腐食減量に及ぼす影響について明らかにすることを目的として,新たな大気腐食減量予測モデルの構築を行った。考慮する環境因子として,重要なパラメータの一つである相対湿度と降雨を考慮した。開発したモデルを用いた大気腐食シミュレーションと実際の曝露試験の結果と比較し,開発モデルの妥当性を検証した。
本研究で開発した新たな大気腐食減量予測モデルは,時刻tにおける飛来海塩量mi(t)(i:海塩の種類),相対湿度ϕ(t),天気w(t),酸化皮膜による腐食抑制係数Bを入力パラメータとしている。開発モデルでは以下の手順を繰り返すことで腐食減量計算を行う。i)付着海塩の総量の導出,ii)水膜厚さの導出,iii)付着海塩量の更新,iv)腐食速度の導出,v)腐食減量の導出。Fig.1に腐食減量計算のフローチャートを示す。
Flowchart of atmospheric corrosion simulation model.
時刻tにおける付着海塩iの総量Mi(t)は,以下の式に従いmi(t)を時間積分することで導出した。
(1) |
時刻tにおける水膜厚さδ(t)は各種海塩iを要因とする水膜厚さδi(t)の総和とした。開発モデルでは,δi(t)は潮解湿度di,溶解度siおよびϕ(t)から導出した。Oshikawaらの研究により,飛来海塩の主成分であるNaClとMgCl2のモル濃度と相対湿度の関係は直線に近く,湿度100%ではモル濃度がほぼゼロになることが示されている5)。そこで開発モデルでは,Fig.2に示すように湿度100%における水膜中の塩量はゼロであり,潮解湿度における単位体積当たりの塩量から湿度100%に向けて直線で近似されると仮定した。得られた直線の式の逆数から単位質量あたりの溶媒体積が導出されるので,Mi(t)との積をとって単位面積あたりに換算し,以下の式からδ(t)を導出した。
(2) |
Linear approximation of amount of salt per unit volume as a function of relative humidity in developed model.
開発モデルでは,環境条件により付着海塩量が変化するとし,「降雨による洗浄効果」と「水膜の流出」の2つの仮定をおいた。
Oshikawaらによる構造用材料の大気曝露試験により,降雨影響のない部位に比べて降雨影響のある部位では腐食速度が抑制される傾向があり,その要因は降雨による洗浄効果であることが示されている。開発モデルでは,計算ステップごとに降雨の有無を設定し,降雨の場合は付着海塩の総量Mi(t)をゼロとした。Fig.3(a)に降雨による洗浄効果の模式図を示す。
Model for updating total amount of salt on surface of steel. (a) Effect of rain falls, (b) Effect of limitation of thickness of water film. δlim in the figure represents limit thickness of water film.
開発モデルにおいては,水膜厚さは式(2)に示すように付着海塩量に比例して厚くなる。そのため,飛来海塩が定期的に付着する条件においては水膜が際限なく厚くなることになる。しかし,現実においては設置場所,表面の角度,振動等の影響により水膜厚さは抑制されると考えられる。このような効果を導入するため,開発モデルでは限界水膜厚さδlimを導入した。水膜厚さがδlimを超えた場合,δlim以上の水膜部分が,その水膜に含まれる付着海塩とともに流れ落ち,δlim以下の水膜に含まれる付着海塩のみが残ると仮定し,以下の式に従い水膜厚さおよび付着海塩の総量を更新した。
(3) |
ここでδ0(t),Mi,0(t)はそれぞれ,更新前の水膜厚さと付着海塩の総量を表す。Fig.3(b)に限界水膜厚さ導入による付着海塩総量の更新の模式図を示す。
2・4 腐食速度の導出時刻tにおける腐食速度v(t)は,酸化皮膜が一定速度で成長すると仮定し,水膜厚さδ(t)と腐食抑制係数Bを変数とする以下の式から導出した。
(4) |
ここでv0(δ(t))は,大気曝露による酸化皮膜のない状態における腐食速度であり,Fig.4に示すように水膜厚さと腐食速度を表すTomashov型モデルを3点の変曲点を用いた4本の直線で関数化し下記の式で定義した。
(5) |
Linear approximation model of corrosion rate as a function of thickness of water film. ri represents inflection point of the curve of Tomashov model.
ここでδi,viはそれぞれ,Fig.4中に示す変曲点ri(i=1,2,3)における水膜厚さと腐食速度を表す。
2・5 腐食減量の導出時刻tにおける総腐食減量W(t)は,以下の式に従いv(δ(t))を時間積分することで導出した。
(6) |
本研究では,宮古島市,銚子市,つくば市における炭素鋼板の大気腐食を想定し計算シミュレーションをおこなった。シミュレーションによって得られた腐食減量と2002年に実施された実地曝露試験の腐食減量データ6)を比較し,モデルの妥当性の検証を行った。
腐食速度v(δ(t))は以下のように設定した。大気曝露による酸化皮膜のない状態における腐食速度v0(δ(t))のモデル化には,Hosoyaらによって得られた恒温槽中の炭素鋼板の腐食速度と水膜厚さの関係を表したデータを参照し,前節に示した4本の直線による関数化を行った7)。Table 1に関数化に用いた変曲点座標を示す。腐食抑制係数Bは,前例に基づき全国41橋曝露データの平均値である0.73を用いた8)。本研究では飛来海塩の種類をNaClとMgCl2の2種類とした。各地点における単位時間単位面積あたりの飛来海塩量は,各曝露試験地点における単位時間単位面積あたりのNaCl付着量の2002~2012年平均値と,付着海塩中のイオン存在比Mg2+/Na+=0.11から導出した6,9)。Table 2に一覧を示す。NaClとMgCl2の潮解湿度はそれぞれ75%と33%とし,溶解度はそれぞれ358.9と546.0 kg m-3とした1,10)。各地点における相対湿度と降雨のデータは気象庁ウェブサイトで公開されている気象データを用いた11)。限界水膜厚さは5×10-4 mとした。シミュレーション期間は2002年1月1日から2002年12月31日の1年とした。計算シミュレーションの時間刻み幅は1時間とした。
Inflection points | Thickness of water film: δ [×10-6 m] | Corrosion rate: v [×10-6 kg m-2 s-1] |
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r1 | 10.0 | 0.04 |
r2 | 60.0 | 0.07 |
r3 | 300.0 | 0.04 |
Fig.5に開発モデルを用いた大気腐食減量シミュレーションの結果を示す。銚子市と宮古島市における曝露1年後のシミュレーション結果は,実測データを良く再現できていた。一方,曝露1年後のつくば市および曝露半年後のすべての地点におけるシミュレーション結果は,実測データと比べて大きかった。このシミュレーションと実測データとのずれは,二つの原因が考えられる。一つは,腐食抑制係数Bについて,各曝露地点における設置条件に応じた値ではなくすべての地点の実測値の平均8)を用いたため,つくば市のように他地点よりも腐食環境が厳しくない地点では腐食減量が大きくなった可能性がある。もう一つは,開発モデルでは温度影響を考慮していないため,シミュレーション開始時期から数か月間の冬期間における腐食速度低下が考慮されず,すべての地点において曝露半年後の腐食減量が多くなった可能性がある。腐食速度に対する温度影響および,曝露地点ごとに適切なBを設定することで,予測精度は向上すると考えられる4)。
Weight loss of carbon steel under open test condition. Solid line, dash line and dash-dot line represent simulation data at Miyakojima, Choshi and Tsukuba, respectively. Closed circle, closed triangle and closed square represent experimental data at Miyakojima, Choshi and Tsukuba, respectively6).
計算モデルの妥当性を確認するため,計算シミュレーションによって得られた各種物理量を調査した。Fig.6に2002年3月20日から2002年3月23日までの各地点における相対湿度,付着海塩量,水膜厚さ,腐食速度のグラフを示す。水膜厚さは,すべての地点においてNaClの潮解湿度である相対湿度75%を超えたときに急激に厚くなった。これは水晶微小天秤を用いた実測データ7)によって得られた傾向と一致していることから,シミュレーションによって相対湿度と水膜厚さの関係を正確に再現できたと考えられる。Fig.7に各地点におけるシミュレーションによる付着海塩量の年平均値と実測データのグラフを示す。すべての地点において,シミュレーション結果は実測データをよく再現できていた。Fig.6の銚子市3月22日午後に見られるように,開発モデルでは降雨による定期的な鋼表面洗浄効果が導入されていることから,吸着海塩量の再現には,降雨の考慮が重要であることが示唆される。
Several physical values at each site in terms from 2002/3/20 to 2002/3/23 calculated by developed model. (a)Relative humidity, (b)Salt deposition, (c)Thickness of water film, (d)Corrosion rate. di represents deliquescence relative humidity of salt i. Gray-colored region represents the term of rain falls.
Annual averages of salt deposition at each site. Closed circles and bars represent simulation results and range of experimental data, respectively12).
本研究では,環境因子が大気腐食減量に及ぼす影響について明らかにすることを目的として,相対湿度と降雨を考慮した,新たな大気腐食減量予測モデルの構築を行った。開発モデルを用いて,宮古島市,銚子市,つくば市の3地点における2002年1月1日から1年間の大気腐食シミュレーションを行った。得られた結果は以下のとおりである。
(1)銚子市と宮古島市における曝露1年後の腐食減量のシミュレーション結果は,実測データを良く再現できていた。
(2)つくば市における曝露1年後,およびすべての地点における曝露半年後の腐食減量のシミュレーション結果は,実測データと比べて大きい値となった。シミュレーション精度を向上するためには,各地点ごとに適切な腐食抑制係数を設定すること,および温度効果の導入が必要である。
(3)すべての地点において,NaClの潮解湿度である相対湿度75%を超えたときに水膜厚さが急激に厚くなった。シミュレーションによって,実験測定で確認されている相対湿度と水膜厚さの関係を正確に再現できた。
(4)すべての地点における付着海塩量のシミュレーション結果は,実測データをよく再現できていた。吸着海塩量の再現には,降雨の考慮が重要であることが示唆された。