2021 Volume 107 Issue 12 Pages 1036-1046
Mass gain rates of various steels during atmospheric corrosion under cyclic conditions of dry and controlled-humidity air were investigated. Fe, SBHS500 carbon steel and SMA490AW weathering steel were selected for the test materials. A droplet of MgCl2 solution was set on the plate steel specimen. The specimen was exposed in the humidity-controlled air for about 82.8 ks and in the dry air for 3.6 ks. After the process, an area as well as a volume of the corroded part, surface appearance and a mass of the specimen were recorded. The process was repeated over 5000 ks of an accumulated wet time. Selected values of relative humidity were 75, 43 and 33%. For the Fe specimen, the condition of RH75% induced Region(i), (ii) and (iii), where Region(i) is the period in which a corroded area was independent of time and a mass of the specimen linearly increased with time, Region(ii) is the period in which an area and a mass increased more rapidly, and Region(iii) is the period in which increments of an area and a mass relatively decrease. The conditions of RH43% induced only the Region(i) and RH33% provided Region(ii) in addition to (i). A mass gain rate in Region(i) was larger under RH75% than those under RH43 and 33%. For the condition of RH75%, any of the three specimens showed the three regions, and a mass gain rate in Region(i) was a maximum for SBHS500 steel and a minimum for Fe.
炭素鋼は橋,塔,建築物などの社会資本の構築に貢献してきたが,屋内外の湿潤大気と接触すると大気腐食を起こすために,省資源,省エネルギー,環境保全の観点から,炭素鋼の大気腐食特性の把握とその抑制方法が切望されている。例えば材料面からは,Cu1–4)やP5)が添加された炭素鋼は大気腐食を抑制すること,またNi,Cr,Cu,Pを適切な組成に調整した炭素鋼はすぐれた耐食性を示すこと6,7)などがおもに米国から報告され,耐候性鋼が開発された。その後日本でも溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材(JIS G3114:SMA)8)や高耐候性圧延鋼材(JIS G3125:SPA)9)などが開発されている。環境面からは,地域における腐食性環境の把握が重要とされ,標準構造材料(アルミニウム,銅,亜鉛,鋼など)に対する大気腐食速度の測定値から大気環境の腐食性を評価するための腐食試験法に関する規格が制定されている10–12)。さらに,各鋼材を各地域で長期間大気曝露を行い,鋼材の質量変化を測定することにより,腐食量の経時変化を定量的に把握し,鋼材の余寿命予測を行う取り組みも多く行われている。Horikawaら13)は30種類の構造材料を7地域に5年間曝露してその腐食減量を計測し,とくに鋼材の腐食減量(Y)を年単位の時間(X)の関数として表した一般式としてつぎの2式を提案し,各定数(β0, β1, β2, a, b, c)に対する地域(すなわち環境)の影響を検討した。
(1) |
(2) |
また,建設省土木研究所,(社)鋼材倶楽部,(社)日本橋梁建設協会が行った全国41橋の曝露試験に関する共同研究では,腐食減量の経時変化が次式で表されることを示した14,15)。
(3) |
ここで,a’およびb’は定数である。さらに,この結果における曝露一年後の腐食減量と鋼材成分の対応関係から求められた耐候性合金指標Vと式(3)の係数a’,b’の定量的関連性を追求する研究16)や,41曝露試験実施地点の温度,濡れ時間,飛来塩分量,硫黄酸化物量に関する年平均値から求められた地域環境腐食性指標Zと式(3)の係数a’,b’の定量的関連性を追求する研究17)が行われ,地域の環境に応じた鋼材の腐食量の定量的な予測技術を構築している。
しかしながら,これらの取り組みは,年単位の腐食量を環境因子の年平均値で推定する試みであるため,環境因子の年平均値が一年間継続した場合の腐食量と同一の結果であるとは限らない。そこで,本研究では,温度を室温に固定し,一定湿度の大気と乾燥大気に繰り返し接触させた各種鋼材の大気腐食に伴う質量増加量の経時変化を測定し,質量増加速度に及ぼす鋼材の種類および相対湿度の影響について詳細に検討した。
供試材にはFe板(純度99.5 mass%),炭素鋼板(JIS SBHS500),耐候性鋼板(JIS SMA490AW)を使用した。炭素鋼板と耐候性鋼板は日本鉄鋼協会「腐食劣化解析に基づく鋼構造物維持の最適化」研究会で頒布された共通試料であり,その化学組成をTable 1に示す。この供試材を20 mm×20 mmに加工し,すべての面にエメリー紙(#M~#6/0)で乾式研磨を行った後に,側面と裏面にPolytetrafluoroethyleneテープを貼布し,20 mm×20 mmの1面だけが曝露された状態のものを試料とした。
C | Si | Mn | P | S | N | Cu | Cr | Ni | Fe | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
SBHS50 | 0.11 | 0.55 | 2.0 | 0.020 | 0.006 | 0.006 | Bal. | |||
SMA490AW | 0.18 | 0.65 | 1.40 | 0.035 | 0.035 | 0.50 | 0.75 | 0.30 | Bal. |
試験溶液には,試薬特級MgCl2・6H2Oを純水に溶解して調製した0.49 kmol・m-3 MgCl2水溶液を使用した。
乾湿繰り返し腐食試験の手順はつぎのとおりである。試験装置の概略図をFig.1に示す。密閉容器に試料台と各塩の飽和水溶液を設置した。飽和水溶液は密閉容器内の相対湿度(RH)を一定値に維持させるために使用した。飽和水溶液の作製に使用した塩と25°Cの飽和水溶液が維持する相対湿度をTable 2に示す。この状態で曝露面が上向きになるように試料を試料台に設置し,曝露面の中心部に試験溶液を1.0×10-9 m3滴下した後に容器を密閉し,原則82.8 ks保持した。その後,シリカゲルを設置した密閉容器で試料を3.6 ks乾燥させて,質量増加量と腐食部の面積・体積を測定した。質量測定には電子天秤(A&D製,GR-200)を,腐食部の状態と面積・体積の測定には3D形状測定装置(キーエンス製,VR-3200)を使用した。測定後の試料を同じ塩の飽和水溶液が設置された密閉容器に設置して,一定時間保持した。以上に示した湿潤・乾燥・測定を繰り返し行うことによって,5000 ks以上の乾湿繰り返し腐食試験中における試料の質量と腐食部の状態・面積・体積の経時変化を測定した。腐食面積は腐食部の二次元面(試料表面)への投影面積である。また,腐食初期には38倍の,途中から12倍の対物レンズを使用した。対物レンズの切替による腐食面積率の変化は±5%以下であった。
Schematic illustration of atmospheric corrosion test system. (Online version in color.)
Salt | Relative humidity (%) |
---|---|
MgCl2 | 33 |
K2CO3 | 43 |
NaCl | 75 |
Fe試料にMgCl2水溶液を滴下した後,RH75%の湿潤環境とRH0%の乾燥環境を繰り返し与えた。この試験で得られた試料表面の経時変化をFig.2に示す。また,各測定時における腐食面積(A)を1回目の測定時における腐食面積(A0)で除した腐食面積比(A/A0)の経時変化をFig.3(a)に,A0で規格化した腐食による質量増加量(W1)の経時変化をFig.3(b)に,Aで規格化した腐食による質量増加量(W2)の経時変化をFig.3(c)に,腐食部体積(V)の経時変化をFig.3(d)に示す。ただし,評価した時間は湿潤環境下に保持した累積時間(すなわち湿潤累積時間)とした。
Change in surface appearance of Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test for (a) 79.2, (b) 306.0, (c) 554.4, (d) 882.0, (e) 1112.4, (f) 1522.8, (g) 2023.2, (h) 2440.8, (i) 3150.0 and (j) 4078.8 ks. Wet condition: RH75%.
Changes in (a) an area ratio (A/A0), (b) a mass gain (W1), (c) a mass gain (W2) and (d) a volume (V) of the corroded part of the Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test. Wet condition: RH75%.
試料表面の経時変化(Fig.2)と腐食面積比の経時変化(Fig.3(a))からつぎのことが理解される。すなわち,試験初期の腐食部は液滴との接液部であり,茶褐色の腐食生成物が確認された。400 ksを超えると,腐食部の外周に黒色の腐食生成物が確認され,時間の経過とともに半径方向ならびに周方向に拡大した。また,腐食面積比は時間の経過に対して直線的に増加した。1300 ksを超えると,時間の経過とともに黒色の腐食生成物が茶褐色に変色した。また,腐食面積比は時間の経過に対してほぼ直線的に増加したが,その速度は減少した。以降では,湿潤累積時間が約400 ksまでを領域(i),約400 ksから約1300 ksまでを領域(ii),約1300 ks以降を領域(iii)と記載する。
腐食面積比の経時変化(Fig.3(a))を質量増加量(W1,W2)ならびに腐食部体積の経時変化(Fig.3(b)-(d))と比較することによりつぎのことが理解される。はじめに,質量増加量(W1)は領域(i)(ii)(iii)にかかわらず時間の経過とともにほぼ直線的に増加し,その増加速度は領域(ii)>領域(i)>領域(iii)の順であった。W1は質量増加量を時間の経過に依存しない初期腐食面積A0で除した値なので,W1の経時変化は腐食生成物の質量(Fe分を除く)の総和の経時変化に対応する。つぎに,質量増加量(W2)は領域(i)(ii)においてほぼ直線的に増加し,その速度もほとんど同じであった。ただし,領域(iii)ではW2の増加がほとんど確認されなかった。W2は質量増加量を時間の経過とともに変化する腐食面積Aで除した値なので,W2の経時変化は実際の単位面積当たりの腐食生成物の質量(Fe分を除く)の経時変化に対応すると考えられるが,腐食生成物が腐食部に均等に生成しているわけではないので,見かけ上の値である。さいごに,腐食部体積(V)は領域(i)(ii)においてほぼ直線的に増加し,その速度もほとんど同じであった。また,領域(iii)でもVはほぼ直線的に増加したが,その速度は減少した。
3・1・2 湿潤状態がRH43%の場合Fe試料にMgCl2水溶液を滴下した後,RH43%の湿潤環境とRH0%の乾燥環境を繰り返し与えた。この試験で得られた試料表面の経時変化をFig.4に示す。また,腐食面積比(A/A0)の経時変化をFig.5(a)に,質量増加量(W1)の経時変化をFig.5(b)に,質量増加量(W2)の経時変化をFig.5(c)に,腐食部体積(V)の経時変化をFig.5(d)に示す。
Change in surface appearance of Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test for (a) 64.8, (b) 1123.2, (c) 2005.2, (d) 3052.8 and (e) 4039.2 ks. Wet condition: RH43%.
Changes in (a) an area ratio (A/A0), (b) a mass gain (W1), (c) a mass gain (W2) and (d) a volume (V) of the corroded part of the Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test. Wet condition: RH43%.
試料表面の経時変化(Fig.4)と腐食面積比の経時変化(Fig.5(a))からつぎのことが理解される。すなわち,試験の初期から最後(約5500 ks)まで,腐食部は液滴との接液部であり,茶褐色の腐食生成物が確認されただけで,RH75%の場合のような,黒色の腐食生成物の拡大は認められなかった。以降では,全試験時間を領域(i)と記載する。
腐食面積比の経時変化(Fig.5(a))を質量増加量(W1,W2)ならびに腐食部体積の経時変化(Fig.5(b)-(d))と比較することによりつぎのことが理解される。はじめに,質量増加量(W1)は領域(i)において時間の経過とともに微量かつほぼ直線的に増加した。つぎに,質量増加量(W2)は領域(i)において微量かつほぼ直線的に増加した。さいごに,腐食部体積(V)は領域(i)において微量かつほぼ直線的に増加した。
3・1・3 湿潤状態がRH33%の場合Fe試料にMgCl2水溶液を滴下した後,RH33%の湿潤環境とRH0%の乾燥環境を繰り返し与えた。この試験で得られた試料表面の経時変化をFig.6に示す。また,腐食面積比(A/A0)の経時変化をFig.7(a)に,質量増加量(W1)の経時変化をFig.7(b)に,質量増加量(W2)の経時変化をFig.7(c)に,腐食部体積(V)の経時変化をFig.7(d)に示す。
Change in surface appearance of Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test for (a) 79.2, (b) 1087.2, (c) 1987.2, (d) 3103.2 and (e) 4017.6 ks. Wet condition: RH33%.
Changes in (a) an area ratio (A/A0), (b) a mass gain (W1), (c) a mass gain (W2) and (d) a volume (V) of the corroded part of the Fe specimen during the wet/dry cyclic corrosion test. Wet condition: RH33%.
試料表面の経時変化(Fig.6)と腐食面積比の経時変化(Fig.7(a))からつぎのことが理解される。すなわち,試験の初期から約2600 ksまで,腐食部は液滴との接液部であり,茶褐色の腐食生成物が確認された。また,約1000 ksからは腐食部の周囲に薄茶褐色の腐食生成物がわずかに確認され,2600 ksまで徐々に同心円状に拡大した。腐食面積比は約2600 ksまでほとんど変化が認められなかった。2600 ksを超えると薄茶色の腐食生成物が急激に同心円状に拡大しはじめ,腐食面積比も時間の経過とともに増加した。以降では,湿潤累積時間が約2600 ksまでを領域(i),約2600 ks以降を領域(ii)と記載する。
腐食面積比の経時変化(Fig.7(a))を質量増加量(W1,W2)ならびに腐食部体積の経時変化(Fig.7(b)-(d))と比較することによりつぎのことが理解される。はじめに,質量増加量(W1)は領域(i)(ii)にかかわらず時間の経過とともに微量かつほぼ直線的に増加した。つぎに,質量増加量(W2)は領域(i)において微量かつほぼ直線的に増加したが,領域(ii)ではほとんど増加が認められなかった。さいごに,腐食部体積(V)は領域(i)(ii)にかかわらず微量かつほぼ直線的に増加した。ただし,増加速度は領域(ii)>領域(i)の順であった。
3・1・4 Fe試料におけるW1に対する質量増加速度これまでに示した各RHにおける質量増加量(W1)の経時変化(Fig.3(b),Fig.5(b),Fig.7(b))から得られる各領域での質量増加速度をまとめてTable 3に示す。これらの値は,各図の各領域における測定値に最小二乗法を適用して求めた直線の傾きである。これらの数値からはつぎのことが理解される。RH75%の場合,領域(i)と比較して領域(ii)では約2倍の速度に増加したが,領域(iii)では領域(i)での0.5倍の速度にまで減少した。一方,領域(i)に注目した場合,RH33%とRH43%の質量増加速度に大きな差は認められなかったが,それらの値の平均値(4.8×10-6 g・m-2・s-1)と比較してRH75%では約15倍の速度に増加した。Harunaらは,MgCl2水溶液を使用して表面にあらかじめさび層を形成したFe板にRHを制御した大気を接触させて,大気腐食中に表面に発生し,内部に侵入し,侵入面と反対の面に到達する水素の透過速度を測定するとともに,水素透過速度とRHとの関係を詳細に調査した18,19)。その結果,RHが33%までの範囲ではRHの増加とともに水素透過速度(すなわち腐食速度)が増加し,MgCl2が潮解を起こし飽和水溶液膜を形成するRH33%になると水素透過速度が急激に減少し,RHがさらに増加すると液膜のMgCl2濃度の減少に伴う溶存酸素濃度の増加のために水素透過速度が増加することを報告した。本研究で得られた領域(i)での質量増加速度のRH依存性はこの報告結果と同じ傾向を示しているので,この報告で示された機構で大気腐食が起こっていると考えられる。
RH (%) | Rate of mass gain, vw1/g·m–2·s–1 | ||
---|---|---|---|
Region(i) | Region(ii) | Region(iii) | |
75 | 7.3×10–5 | 1.5×10–4 | 3.6×10–5 |
43 | 4.1×10–6 | ||
33 | 5.5×10–6 | 5.5×10–6 |
SBHS500鋼試料にMgCl2水溶液を滴下した後,RH75%の湿潤環境とRH0%の乾燥環境を繰り返し与えた。この試験で得られた試料表面の経時変化をFig.8に示す。また,腐食面積比(A/A0)の経時変化をFig.9(a)に,腐食による質量増加量(W1)の経時変化をFig.9(b)に,腐食による質量増加量(W2)の経時変化をFig.9(c)に,腐食部体積(V)の経時変化をFig.9(d)に示す。
Change in surface appearance of SHBS500 specimen during the wet/dry cyclic corrosion test for (a) 61.2, (b) 270.0, (c) 514.8, (d) 759.6, (e) 1022.4, (f) 1544.4, (g) 2052.0, (h) 2487.6, (i) 2973.6 and (j) 4014.0 ks. Wet condition: RH75%.
Changes in (a) an area ratio (A/A0), (b) a mass gain (W1), (c) a mass gain (W2) and (d) a volume (V) of the corroded part of the SBHS500 specimen during the wet/dry cyclic corrosion test. Wet condition: RH75%.
試料表面の経時変化(Fig.8)と腐食面積比の経時変化(Fig.9(a))からつぎのことが理解される。すなわち,試験初期の腐食部は液滴との接液部であり,茶褐色の腐食生成物が確認され,時間の経過とともに腐食部の周囲から中心に向かって黒色に変化した。Feの場合と同様,400 ksを超えると,腐食部の外周に黒色の腐食生成物が確認され,時間の経過とともに半径方向ならびに周方向に拡大した。また,腐食面積比は時間の経過に対して直線的に増加した。1000 ksを超えると,黒色の新規腐食生成物がわずかに茶褐色に変色をしながら初期腐食部の周囲を覆いつくした後に,徐々に同心円状に拡大した。また,腐食面積比は時間の経過に対してほぼ直線的に増加したが,その速度は減少した。以降では,湿潤累積時間が約400 ksまでを領域(i),約400 ksから約1000 ksまでを領域(ii),約1000 ks以降を領域(iii)と記載する。FeにおけるRH75%の場合に得られた腐食面積比の経時変化(Fig.3(a))と比較すると,いずれの領域での腐食面積比の増加速度もほぼ同じであり,領域(ii)から(iii)に移行する時間が早いSBHS500鋼の腐食面積比の方が最終的に小さな値を示した。
腐食面積比の経時変化(Fig.9(a))を質量増加量(W1,W2)ならびに腐食部体積の経時変化(Fig.9(b)-(d))と比較することによってつぎのことが理解される。はじめに,質量増加量(W1)の経時変化(Fig.9(b))に注目すると,Feでの挙動(Fig.3(b))とは異なり,領域(iii)の前半ではW1が増加したが,後半ではほとんど変化しなかった。以降では領域(iii)の前半を領域(iii)a,後半を領域(iii)bと記載する。領域(i)(ii)にかかわらずW1は時間の経過とともにほぼ直線的に増加した。領域(iii)aにおいても直線的に増加したが,その速度はわずかに減少し,領域(iii)bではほとんど増加が認められなかった。つぎに,質量増加量(W2)は領域(i)において急激に増加したが,領域(ii)では腐食面積が拡大したために増加がほとんど認められなかった。領域(iii)aでW2は再び増加した。一方,領域(iii)bでは腐食面積が拡大したがW1の増加は認められなかったためにW2が減少した。さいごに,腐食部体積(V)は領域(i)(ii)においてほぼ直線的に増加し,その速度もほとんど同じであった。また,領域(iii)abにおいてもVはほぼ直線的に増加したが,その速度は減少した。Vの増加速度は領域(i)≒領域(ii)>領域(iii)a>領域(iii)bの順であった。
3・2・2 SMA490AW鋼SMA490AW鋼試料にMgCl2水溶液を滴下した後,RH75%の湿潤環境とRH0%の乾燥環境を繰り返し与えた。この試験で得られた試料表面の経時変化をFig.10に示す。また,腐食面積比(A/A0)の経時変化をFig.11(a)に,腐食による質量増加量(W1)の経時変化をFig.11(b)に,腐食による質量増加量(W2)の経時変化をFig.11(c)に,腐食部体積(V)の経時変化をFig.11(d)に示す。
Change in surface appearance of SMA490AW specimen during the wet/dry cyclic corrosion test for (a) 133.2, (b) 284.4, (c) 504.0, (d) 752.4, (e) 1069.2, (f) 1508.4, (g) 2001.6, (h) 2476.8, (i) 2908.8 and (j) 3459.6 ks. Wet condition: RH75%.
Changes in (a) an area ratio (A/A0), (b) a mass gain (W1), (c) a mass gain (W2) and (d) a volume (V) of the corroded part of the SMA490AW specimen during the wet/dry cyclic corrosion test. Wet condition: RH75%.
試料表面の経時変化(Fig.10)と腐食面積比の経時変化(Fig.11(a))からつぎのことが理解される。すなわち,試験初期の腐食部は液滴との接液部であり,茶褐色の腐食生成物が確認され,時間の経過とともに腐食部の周囲から中心に向かって黒色に変化した。1000 ksを超えると,腐食部の外周に黒色の腐食生成物が確認され,時間の経過とともに半径方向ならびに周方向に拡大した。また,腐食面積比は時間の経過に対して直線的に増加した。1500 ksを超えると,黒色の新規腐食生成物が茶褐色に変色をしながら初期腐食部の周囲を覆いつくした後に,徐々に同心円状に拡大した。また,腐食面積比は時間の経過に対してほぼ直線的に増加したが,その速度は減少した。以降では,湿潤累積時間が約1000 ksまでを領域(i),約1000 ksから約1500 ksまでを領域(ii),約1500 ks以降を領域(iii)と記載する。FeにおけるRH75%の場合に得られた腐食面積比の経時変化(Fig.3(a))と比較すると,SMA490AW鋼では,領域(i)の時間は長いが,領域(ii)(iii)での腐食面積比の増加速度は大きな値であったために,最終的な腐食面積比はFeと比較して大きな値を示した。
腐食面積比の経時変化(Fig.11(a))を質量増加量(W1,W2)ならびに腐食部体積の経時変化(Fig.11(b)-(d))と比較することによりつぎのことが理解される。はじめに,質量増加量(W1)は領域(i)(ii)ともに時間の経過とともにほぼ直線的に増加した。W1の増加速度は領域(ii)>領域(i)の順であった。領域(iii)では時間の経過とともにW1の増加速度が減少し,2500 ksを超えると増加がほとんど認められなくなった。つぎに,質量増加量(W2)は領域(i)において急激に増加したが,領域(ii)(iii)では増加がほとんど認められなかった。さいごに,腐食部体積(V)は領域(i)(ii)(iii)ともにほぼ直線的に増加した。その増加速度は領域(ii)>領域(i)>領域(iii)の順であった。
3・2・3 各試料におけるW1に対する質量増加速度これまでに示したRH75%の場合に得られた各試料に対する質量増加量(W1)の経時変化(Fig.3(b),Fig.9(b),Fig.11(b))から得られる各領域での質量増加速度をまとめてTable 4に示す。これらの数値からはつぎのことが理解される。腐食部が液滴の接液部と等しい領域(i)での質量増加速度はSBHS500鋼≫SMA490AW鋼>Feの順となり,黒色の新規腐食生成物が拡大する領域(ii)では,SMA490AW鋼>SBHS500鋼>Feの順となった。すなわち,領域(i)(ii)のいずれにおいてもFeの質量増加速度が一番小さな値を示した。一方,新規腐食生成物による腐食部の拡大が緩慢な領域(iii)において,Feは5500 ksにおいても3.6×10-5 g・m-2・s-1の質量増加速度を示したが,SBHS500鋼もSMA490AW鋼も最終的には質量増加がほとんど観測されなかった。このことは,最終的にはFeよりもSBHS500鋼およびSMA490AW鋼の方が耐食性を有することを意味する。領域(i)(ii)においてFeの質量増加速度が他の鋼材より小さくなり,領域(iii)ではFeの質量増加速度が最も大きくなったことについて,Katayamaら20)も,短期間曝露試験において1か月では炭素鋼よりFeの方が大気腐食感受性を示すこと,6か月では大気腐食感受性が逆転することを示し,Feは大気曝露試験初期に塩化物イオンに対して比較的安定な酸化皮膜が形成されるために炭素鋼より耐食性に優れているが,それ以降では比較的安定で還元されにくいα-FeOOHを主体とするさび層ではなく,還元されやすいγ-FeOOH21)を主体とするさび層を形成するために耐食性を発揮しないことを指摘している。
Steel (RH75%) |
Rate of mass gain, vw1/g·m–2·s–1 | |||
---|---|---|---|---|
Region(i) | Region(ii) | Region(iii)a | Region(iii)b | |
Fe | 7.3×10–5 | 1.5×10–4 | 3.6×10–5 | |
SBHS500 | 1.7×10–4 | 1.7×10–4 | 1.3×10–4 | ≈0 |
SMA490AW | 7.7×10–5 | 2.4×10–4 | ≈0 |
領域(i)は腐食面積が拡大せずに腐食する領域なので,湿潤状態では腐食面積全体に液膜が形成し,酸素が液膜を介して試料表面に供給され,腐食面積全体でさびの生成が起こることで質量増加が起こると考えられる。海水のような大気に接触している希薄塩化物水溶液中に浸漬した場合の炭素鋼の腐食速度は一般的に,溶存酸素の拡散が律速する還元反応
(4) |
のために約0.2 A・m-2の電流密度で腐食する。一方,この還元反応によってFeがFeOOH,Fe2O3,Fe3O4に酸化される反応はそれぞれ次式で表される。
(5) |
(6) |
(7) |
式(4)と式(5)(6)(7)によって電子を消去した反応はそれぞれ次式で表され,それぞれの反応が起こる場合に水溶液は酸性にも塩基性にもならない。
(8) |
(9) |
(10) |
また,0.2 A・m-2の電流密度で式(5)(6)(7)の酸化反応が進行したときに観測される質量増加速度vrefは,ファラデー定数(9.65×104 C・mol-1),酸素原子のモル質量(16.0 g・mol-1)および水素原子のモル質量(1.0 g・mol-1)を使用して,式(5)では2.21×10-5 g・m-2・s-1,式(6)(7)では1.66×10-5 g・m-2・s-1と算出される。一方,Table 4に示したように,湿潤条件をRH75%にした場合の領域(i)でのFeとSMA490AW鋼の質量増加速度は前述した一般的な値の約4倍を,SBHS500鋼では約9倍を示した。
大気に接触した希薄塩化物水溶液中に浸漬された炭素鋼の一般的な質量増加速度vrefを算出する際には,接液部の試料表面に腐食生成物がなく平坦であること,溶存酸素の濃度が約8 mass ppm,拡散係数が4×10-10 m2・s-1,拡散層厚さが約0.4 mmであることを条件にした22)。したがって,本研究で得られた質量増加速度が一般的な値より大きな値を示した理由には,つぎのことが挙げられる。
(1)Fe3O4自身が電気伝導性を有し,カソード反応を起こす報告がある23)ことから,最初期の腐食によってFe3O4膜が鋼材表面に生成し,その表面上で起こる酸素の還元反応も腐食を誘発する場合,その実表面積が研磨直後の鋼材の表面積と比較して4~9倍増加したことが考えられる。
(2)鋼材を腐食させるために付着させたMgCl2は4.9×10-6 molである。ところで,固体MgCl2はRH33%の大気中で潮解を起こし,飽和(4.9 kmol・m-3)水溶液に変化する。また,RH75%の大気中では飽和濃度の0.37倍である1.8 kmol・m-3の水溶液として存在する19)。領域(i)の腐食部は直径約5 mmの円形なので,RH75%の大気に接触しているときの液膜厚さは約0.15 mmと算出され,拡散層厚さが0.4 mmの約1/3に減少することが考えられる。また,(1)で指摘したFe3O4膜への水溶液の浸透が可能であれば,拡散層厚さはさらに減少する。本系の腐食による質量増加速度が酸素の拡散速度に律速されているのであれば,質量増加速度vW1は次式に従うと考えられる。
(11) |
ここで,Jは酸素の流束,Kは流束を質量増加速度に換算する定数,Dは液膜内の酸素の拡散係数,Cは大気に接触している側の液膜表面の酸素濃度,Lは液膜厚さである。RH75%の大気中における液膜内の酸素濃度が約8 mass ppmであり,式(11)を満足するカソード反応速度が大気腐食速度を決定する場合,質量増加速度は拡散層厚さの逆数に比例するので,液膜厚さが豊富な水溶液に浸漬したときの拡散層厚さ(約0.4 mm)の1/3~1/9であることが考えられる。
(3) 湿潤・乾燥の間に,式(8)や式(9)のようにO2の還元反応のみを利用してFeがFeOOHやFe2O3に酸化する反応以外に,乾燥時に鋼材表面に存在するFeOOHおよびFe2O3が湿潤中にFe3O4に還元する反応(式(12),(13))を利用したFeからFe3O4への酸化反応(式(7)),続く乾燥中にO2の還元反応を利用したFe3O4からFeOOHやFe2O3への酸化反応(式(12),(13)の逆反応)によって質量増加速度が増加することが考えられる。
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(13) |
たとえば,湿潤直前の乾燥時にFe表面1 m2にx mol存在したFeOOHが湿潤時に式(9)の還元反応を起こしながらすべて消費され,Feに式(7)の酸化反応を起こすときに生成するFe3O4の物質量は,式(12)からx/3 mol,式(7)からx/24 mol,合計9x/24 molと算出される。このFe3O4のすべてが乾燥中に式(12)の逆反応に従って酸化したときのFeOOHの物質量は9x/8 molと算出される。これらのことから,湿潤直前に存在したFeOOHの湿潤中における還元反応がFeをFe3O4に酸化させることだけを取り上げた場合,湿潤直前のFeOOHの物質量に対して,1回の湿潤と乾燥を経たFeOOHの物質量は9/8倍になる。一方,1回の湿潤中にFeがO2の還元反応のみによってFe3O4に酸化し,そのすべてがつぎの乾燥中に酸化生成するFeOOHの物質量をz(mol・m-2)とすると,n回目のFeOOHの生成量yn(mol・m-2)は式(14)で表され,その解は式(15)となる。
(14) |
(15) |
1 molのFeがFeOOHに変化したときの質量増加量は33 gなので,例えば,湿潤と乾燥を10回行ったときの質量増加速度vcal(g・m-2・s-1)=33|(dyn/dt)|n=10は式(16)となる.
(16) |
今,乾湿繰り返し試験における湿潤期間dt/dnを82.8×103 s・cycle-1,乾燥期間を3.6×103 s・cycle-1とすると,1回の湿潤期間中に0.2 A・m-2のO2の還元反応速度を利用してFeから生成されるFeOOH量zとvrefの間には次式が成立する。
(17) |
したがって,式(16)からvcal=2.08×102 vrefが導出される。ところが,Tables 3, 4に示したように,本研究で得られた領域(i)における各試料の質量増加速度はvrefの4~9倍程度であったので,この考え方に基づいて質量が増加するのであれば,湿潤期間にFeOOHの全量ではなく一部が還元されること,ならびに乾燥期間にFe3O4の全量ではなく一部がFeOOHに酸化されることを考慮する必要がある。
Fe板,SBHS500炭素鋼板,SMA490AW耐候性鋼板の中心部にMgCl2水溶液を滴下した後に,相対湿度を制御した大気と乾燥大気を繰り返し接触させて5000 ks以上の湿潤累積時間で大気腐食を起こした。乾燥後の試料の表面状態,試料の質量,腐食部の面積・体積を観測することによって大気腐食挙動に及ぼす相対湿度ならびに鋼種の影響を検討した。その結果,つぎの知見が得られた。
(1)Fe板に対してRHを変化させた場合,RH75%では腐食面積が変化せず,一定の速度で質量が増加する領域(i),腐食面積と質量が急激に増加する領域(ii),腐食面積の質量の増加速度が減少する領域(iii)に分類される経時変化が得られた。RH43%では領域(i)のみが,RH33%では領域(i)および(ii)が得られた。RH75%における質量増加速度の順番は領域(ii)>領域(i)>領域(iii)であり,領域(i)においてはRH75%> RH43%≒RH33%であった。
(2)RHを75%に固定して鋼材の種類を変化させた場合,Fe,SBHS500炭素鋼,SMA490AW耐候性鋼のいずれの場合にも領域(i)(ii)(iii)が得られ,いずれの鋼材においてもその質量増加速度の順番は領域(ii)>領域(i)>領域(iii)であった。また,領域(i)における質量増加速度の順番はSBHS500鋼≫SMA490AW鋼>Feであった。
本研究に対して経済的支援をしていただいた日本鉄鋼協会「腐食劣化解析に基づく鋼構造物維持の最適化」研究会に,また本研究に貴重なご議論をしていただいた研究会委員の皆様に心より感謝の意を表する。