Tetsu-to-Hagane
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Forming Processing and Thermomechanical Treatment
Development of Flow Visualization Measurement Method of Droplet Train Obliquely Impinging on Moving Hot Solid
Katsutoshi Tatebe Hiroaki TakeshitaYoshihiro SerizawaHitoshi Fujimoto
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 2 Pages 128-136

Details
Abstract

Spray cooling on moving hot solids is widely used in metal heat treatment processes. Understanding coolant droplet collision behavior with moving hot solids is of great importance toward improving heat treatment temperature control technology. Via flash photography, we experimentally investigated the hydrodynamics of droplet train obliquely impinging on a hot moving solid. The test piece was a rectangular steel piece (SUS303) heated to 500°C, 550°C, or 600°C with a moving velocity of 0.5 m/s, 1.0 m/s, or 1.5 m/s. The test liquid was water at approximately 20°C. The pre-impact diameter of droplets, droplet impact velocity, and inter-spacing between every successive two droplets were 0.64 mm, 2.2 m/s, and 1.91 mm, respectively. The tilt angle of the droplet train to the vertical was 50°. No coalescence of droplets was seen—the droplets deformed independently on the moving solid. The measured results of the maximum diameter and the residence time of the droplets agreed well with the empirical formulas that can be used for droplet impact on a stationary solid. It was found that the dynamics of a droplet train impinging on a hot moving solid are the same as the dynamics of a droplet train impinging on a hot stationary solid when the droplets deform independently on a moving solid. Taking advantage of said property such that it is equivalent to the dynamics of a droplet train impinging on a hot stationary solid, we proposed a critical condition for droplet coalescence and experimentally confirmed the validity of the critical condition.

1. はじめに

鉄鋼業における熱処理では,連続的に大量に製品を生産するため,製品である鉄鋼材料は移動中に水冷されることが多い1)。その水冷では,大きな鉄鋼材料全体を均一,かつ,精確に温度制御することが重要である。これは,鉄鋼材料が相変態する領域での温度履歴が,最終製品の金属組織や機械的特性に影響を与えるためである2)。その温度履歴を制御する水冷手段として,冷却能力や冷却領域の調整が比較的容易な水スプレー冷却が広く用いられている。ゆえに,水スプレー冷却の冷却特性を予測するための研究が古くから行われている3,4)が,高精度に予測することはできていない。この理由の一つは,冷却特性を高精度に予測するために不可欠な冷却面近傍における冷媒の熱流動現象の詳細な理解が困難であることである。

Fig.1に示すように鉄鋼業における水スプレー冷却では,多数の液滴が移動する高温鋼材に相互干渉しながら大部分が傾斜衝突し,ノズル直下では垂直衝突する。その水スプレーの熱流動現象は,水スプレーを構成する液滴の粒径分布や数密度,流速,衝突角度などの多数のパラメータにより本質的に複雑である。加えて,冷媒の相変化や鋼材の移動により,熱流動現象は一層複雑になる。現在の測定技術や混相流解析技術では,このような水スプレー冷却の複雑な熱流動現象の直接的な理解は不可能である。

Fig. 1.

Schematic of spray cooling. (Online version in color.)

そこで,移動高温固体への水スプレー冷却全体の物理現象を解析する代わりに,産業的な観点からは大きく単純化されているが,スプレー冷却の基本要素である高温固体に衝突する個々の液滴の物理現象を実験的に研究することがよく行われてきた。特に静止固体への単一液滴の垂直および傾斜衝突に関しては,実験の容易さや流体解析も可能であるという点から研究例が多く513),レビュー論文も数多く報告されている1419)。ところが,液滴同士の干渉や高温固体面の移動による効果が考慮されていないため,スプレー冷却の冷却特性の予測にその知見をそのまま利用できない。そこで,液滴同士の干渉や高温固体面の移動による相互作用効果を静止固体の知見との差異から明確にするため,複数液滴を静止高温固体面に垂直衝突させた研究2022),傾斜衝突させた研究2325)および移動高温固体面に垂直衝突させた研究2628)が行われている。しかしながら,複数液滴を移動高温固体面に傾斜衝突させた場合の研究例がなく,その際の相互作用を明確にできていない。そこで,固体面の温度,移動,液滴同士の干渉および衝突角度による相互作用を明確にするため,移動する高温固体面に水液滴列が傾斜衝突する際の物理現象を可視化により観察できる実験装置を構築した。本論文では,まず高温固体面の移動と傾斜衝突による相互作用を明確にするため,液滴と固体面の間に安定した蒸気膜が形成される温度以上の移動高温固体面に液滴同士の干渉が発生しない角度で液滴列を傾斜衝突させた際の変形挙動を観察し,静止高温固体面へ垂直衝突する液滴のダイナミクスに関する過去知見との違いを調査した結果を報告する。また,その調査結果から液滴同士の干渉が発生する条件を検討したので,それに関しても報告する。

2. 実験

2・1 実験装置

Fig.2は開発した実験装置の概要である。装置は液滴列生成装置,移動高温固体,光学測定機器,初期表面温度測定用の放射温度計から構成される。

Fig. 2.

Schematic of experimental apparatus. (Online version in color.)

液滴列生成装置は,脈動の小さい定量ポンプ,ケミカルチューブ,シリンジ針(内径0.31 mm)から構成される。液滴列は,定量ポンプにより輸送される常温(約20°C)の精製水を,スピーカコイルを接着されたシリンジ針から噴出させることで作成した。その際,スピーカコイルをシグナルジェネレータによる信号周期で振動させることで,ほぼ一定の直径,速度および間隔の液滴列を得た18,24)。液滴列が固体面に傾斜衝突する際の角度θ[°]は,Fig.2に示すようにシリンジ針先端からの延長線と固体面からの法線がなす角とした。なお,シリンジ針から噴出される液滴列がその延長線上を飛行することを確認しており,重力による軌道変化はなかった。なお,精製水の流量Q[m3/s]は,1.67×10-7 m3/sであった。

高温固体は,カードリッジヒータを内蔵した加熱金属体および温度コントローラで構成される。加熱金属体の形状は長さ76 mm×幅15 mm×高さ30 mmの直方体で,材料はSUS303である。加熱金属体に埋め込んだフランジ付きカードリッジヒータは,最大800°Cまで加熱可能である。加熱金属体の温度は,PID制御コントローラおよび温度制御用熱電対(素線径0.3 mmのK型熱電対)で管理し,ヒータの電力線および熱電対はケーブルキャリアを利用して搬送した。加熱金属体の表面温度は,黒体塗料(放射率0.94)を塗布した領域(液滴衝突点通過部以外)を量子型放射温度計で測定した。

その加熱金属体は,リニアアクチュエータ上に設置される。加熱金属体は,初期状態においてはアクチュエータの端に静置されており,実験開始信号により静止状態から加速し,一定速度に保持されて試験区間(液滴衝突点近傍)を通過し,減速して停止する。本実験装置での最高速度は,リニアアクチュエータの装置仕様の制約により1.5 m/sとした。

2・2 可視化方法

試験区間において移動高温固体面への液滴列の衝突変形挙動を観察するため,マクロレンズを装着したデジタルカメラ(解像度4752×3168ピクセル)とキセノンフラッシュを用いたバックライト法を採用した。光電センサにより,移動体が試験区間に侵入したことを検知し,フラッシュライトを起動する信号を発生させた。フラッシュライトの発光時間は6 μsである。実験は暗所で行い,デジタルカメラのシャッタを各実験で開き続けることで,フラッシュライトの発光時間のみ液滴列の衝突変形挙動を撮影可能となる。したがって,各実験において,Fig.2(b)のような静止画像を1枚のみ撮影する。この静止画像を同一条件下で少なくとも30枚撮影し,液滴列の衝突現象の再現性を確認しつつ,その物理現象を研究した。

2・3 液滴衝突前後の物理パラメータの測定方法

液滴を移動固体面に傾斜衝突させた際の測定結果例をFig.3に示す。液滴は,画像右手より高温固体面に傾斜角度θで衝突し,高温固体面上を滑りながら,形状を球形から円盤状に変化させた。その後,円盤状に薄く広がった液滴は,本実験条件では微小な液滴に分裂することなく,表面張力により収縮して再び球形に戻る過程で高温固体面上から反発し,画像左手に向かって離脱した。なお,衝突前後の液滴の形状はほぼ軸対称であった。その一連の液滴の衝突変形挙動における様々なパラメータ(液滴列の衝突前直径Di,衝突前後の水平液滴間距離LHi,L’Hi,固体面上で変形中の液滴の拡がり径dとその液滴の衝突点からの距離X)を静止画より直接測定した。

Fig. 3.

Measurement method of several parameters (Di, dxi, LHi, L’Hi) and definition of collision point, X. (Online version in color.)

液滴列の衝突前直径Di,衝突前後の水平液滴間距離LHi,L’Hiは,静止画1枚から複数取得できるため,

  
D¯=(1ki=1kDi3)13(1)
  
LH¯=1ki=1kLHi(2)
  
LH'¯=1ki=1kLHi'(3)

と平均値を算出した。ここで,kは静止画1枚から測定できるパラメータの個数である。さらに,衝突前の水平液滴間距離 L H ¯ は,

  
L¯=LH¯/sinθ(4)

と液滴の飛翔方向における距離Lに変換した。なお,垂直衝突時には,垂直方向の液滴間の距離を直接測定し,式(2)と同じ処理を行った。なお,30枚以上の測定結果の標準偏差はエラーバーとして表現した。

固体面上で変形中の液滴の衝突点からの距離Xは,液滴列中心を通る直線と固体面の交点から移動方向の上流にD/2cosθ水平移動させた点と定義した原点から下流側の固体面上で変形している液滴の中心までの距離とした。

個々の液滴の速度Viは,静止画から直接計測はできない。そこで,直接計測できる液滴直径Dと液滴間距離Lから求める方法を考案した。液滴間距離Lの間において,速度Vで移動する液滴が1個存在するため,単位時間当たりにある位置を通過する液滴の数はV/ Lであり,その液滴体積量は,

  
Q=43π(D¯2)3V¯L¯(5)

である。これが,実測した水流量Qに等しいため,平均液滴速度Vは,

  
V¯=6QL¯πD¯3(6)

となる。

シリンジノズルから噴出する水の体積流量Q[m3/s]を,ノズル断面積A[m2]で除して求めたノズル出口断面積平均速度VM[m/s]と式(6)で求めた平均液滴速度Vを比較した結果,VM=2.2[m/s],V=2.3[m/s](標準偏差0.48 m/s)となり,両者はほぼ一致したため,本研究ではノズル出口断面積平均速度VMを平均液滴速度Vとみなすことにした。これは,式(1),(4)に含まれる測定値の変動が含まれてしまうためである。

2・4 実験条件

実験条件一覧をTable 1に示す。本論文では,安定した蒸気膜が生成すると予想される温度よりも十分高温の条件として,500°Cから600°Cの範囲で,傾斜角度θと移動速度Vsを変化させた実験を行った。

Table 1. Experimental conditions.
Fluid
Test fluidWater (about 20°C)
Volumetric flow rate
Q, m3/s
1.67 × 10−7
Pre-impact diameter
D, mm
0.64
Pre-inter-droplet space
L, mm
1.91
Droplet impact velocity
V, m/s
2.2
Tilt angle
θ, °
0 - 50
Solid
Initial solid temperature
Ts, °C
500550600
Moving velocity
Vs, m/s
0.51.01.5

ここで,500°C以上とした理由を以下に示す。水の大気圧下における過熱限界温度は,約300°C29)であり,固液界面の温度がその温度以上であれば,蒸気膜が形成されると予想できる。しかしながら,その温度を直接測定することは困難である。そのため,単一液滴の研究では2つの半無限固体の1次元非定常接触熱伝導問題の厳密解30)を衝突時の界面温度の推算値として使用することが多い。温度および熱物性値の異なる半無限固体1,2が時間t=0[s]で接触した場合の界面温度は,

  
Tb=Tinit,1ρ1c1λ1+Tinit,2ρ2c2λ2ρ1c1λ1+ρ2c2λ2(7)

と表される。ここで,Tbは界面温度[°C],Tinitは接触前の初期温度[°C],ρは密度[kg/m3],cは比熱[J/kg/K],λは熱伝導率[W/m/K]であり,添え字1,2は物質の種類を表す。式(7)は冷媒の流動現象や相変化による熱輸送は考慮されていないため,粗い推算値を求めるものに過ぎないが,界面温度と液体の過熱限界温度の大小関係から蒸気膜の形成有無を推定するには有用であり,単一液滴衝突では,この予測方法が実験と良好に一致する。液滴列衝突の場合にも成立するとは限らないものの,本研究でも同様の考えを導入した。例えば,20°Cの水が,約500°CのSUS303と瞬時に接触した場合,式(7)の界面温度は約420°Cであり,大気圧下の水の過熱限界温度(約300°C)よりも十分高く,安定した蒸気膜の形成が予想できる温度である。また,本研究では固体表面上の同一位置を液滴が複数回衝突する可能性があるため,水の過熱限界温度よりも十分高い界面温度と予想される500°C以上が適当と考えた。

3. 結果と考察

3・1 移動高温固体面に垂直衝突する液滴列(θ=0°)

移動する高温固体面に垂直に液滴列が衝突する場合の流動可視化を行った。その結果をFig.4に示す。実験条件として流体側は(Q, D, V, L, θ)=(1.67×10-7 m3/s, 0.64 mm, 2.2 m/s, 1.91 mm, 0°)であり,固体側は表面温度を500°Cと600°C,移動速度を0.5 m/s,1.0 m/s,1.5 m/sと変化させた。固体面温度,および移動速度によらず,衝突点において,液滴が合体,肥大化し,大きな液塊が形成され,その液塊が移動方向下流に移動した。本実験において,連続する2つの液滴間の時間間隔は,L/V=0.86[ms]であり,その時間間隔中に液塊が完全に固体面に接着して移動する距離Vs L/Vは,0.5 m/sで0.43 mm,1.0 m/sで0.86 mm,1.5 m/sで1.3 mmとなる。0.5 m/sの際は,明らかに衝突前の液滴直径D=0.64[mm]よりも小さな値であるため,液滴が合体し続け,大きな液塊が形成されたと考えられる。一方で,1.0 m/sと1.5 m/sでは,衝突前の液滴直径Dよりも移動距離が大きいにもかかわらず,液滴の合体が発生している。ただし,0.5 m/sの結果に比べれば液塊の大きさは縮小しており,固体面の移動が関与していることがわかる。これに関して,固体表面に接触する流体(空気,蒸気,水など)に作用する粘性による壁摩擦で説明できると考えた。壁面上で粘性摩擦応力τは,ニュートン流体では,

  
τ=μ(uy)wall(8)
Fig. 4.

Experimental results for normal collision of droplet train (Q = 1.67×10−7 m3/s,, Ts = 500 °C, 600 °C, Vs = 0.5 to 1.5 m/s, D = 0.64 mm, L = 1.91 mm, V = 2.2 m/s, θ = 0°). (Online version in color.)

と表される。ここで,μ,u,yはそれぞれ,流体の粘度,固体面の接線方向速度成分,固体面に垂直な座標成分である。本実験では,液滴と固体面間に蒸気膜が形成されるため,大気圧下の約20°Cの水の粘度が1.0×10-3 Pa・sに対し,飽和温度の蒸気の粘度が1.2×10-5 Pa・sと非常に小さい。したがって,粘性壁摩擦の影響が小さいため,液滴は衝突点に滞留し続け,液滴は肥大化してしまう。一方で,固体面の移動速度が大きいと,式(8)中の速度勾配が大きくなるため,摩擦応力が増大する。ゆえに,移動速度の大きな条件では液滴が下流側に比較的けん引されやすくなるため,液滴同士の合体が抑制され,液塊の大きさが小さくなったと推定される。いずれにしろ,本結果から蒸気膜が形成される高温固体面に垂直に液滴列を衝突させた場合,本実験範囲では固体面が移動していても液滴同士の干渉は避けられないことが分かった。そこで,液滴同士の合体が起こらない条件を試行錯誤的に探索した結果,θ=50°で液滴同士の合体が発生しなかったため,その条件での可視化結果を3・2節で示す。

3・2 移動高温固体面に傾斜衝突する液滴列(θ=50°)

液滴列を傾斜衝突させた際の可視化結果をFig.5に示す。実験条件として流体側は(Q, D, V, L, θ)= (1.67×10-7 m3/s, 0.64 mm, 2.2 m/s, 1.91 mm, 50°)であり,固体側は表面温度を500°C,550°C,600°C,移動速度を0.5 m/s,1.0 m/s,1.5 m/sと変化させた。本実験条件の範囲では,固体面温度および移動速度によらず,液滴は2・3節で述べた衝突変形挙動を示した。

Fig. 5.

Experimental results for oblique collision of droplet train (Q = 1.67×10−7 m3/s,, Ts = 500 °C to 600 °C, Vs = 0.5 to 1.5 m/s, D = 0.64 mm, L = 1.91 mm, V = 2.2 m/s, θ = 50°). (Online version in color.)

前章で述べたように液滴と固体面の間に粘性摩擦が少なからず発生すると考えられる。その影響を調査するため,移動速度が大きな1.5 m/sと移動速度が小さな0.5 m/sにおける衝突前後の液滴間距離を測定した。その結果をFig.6に示す。ここで,L'H/LH > 1となっている点に関しては,衝突後の液滴の変形による測定ばらつきのためである。移動速度1.5 m/sでは,衝突前後で液滴間の距離に有意な変化はなかった。これは,水平方向の液滴の運動が衝突前後でほとんど変化していないことを意味し,液滴に作用する粘性摩擦が小さいと考えられる。一方で,移動速度0.5 m/sでは,明らかに衝突後の液滴間水平距離が縮小した。これは,衝突後の液滴の水平速度成分が,粘性摩擦の影響により,衝突前の液滴の水平速度成分よりも小さくなったためと考えられる。垂直衝突では固体面速度が大きいほど,粘性摩擦が大きくなると考えたが,それに矛盾する。そこで,著者らは液滴と固体面の相対速度

  
Vslip=V¯sinθVs(9)
Fig. 6.

Horizontal inter-droplet distance ratio before and after collision for oblique collision of droplet train. (Online version in color.)

が重要ではないかと考えた。式(9)より移動速度が1.5 m/sの際は,相対速度Vslip=0.2[m/s],移動速度が0.5 m/sの場合は,Vslip=1.2[m/s]となる。したがって,傾斜衝突においては,式(8)に示す粘性摩擦応力における速度勾配を相対速度で考えれば説明できる。つまり,相対速度が大きい場合,液滴に固体面の移動方向と逆向きに働く力が増大するため,水平方向の運動量の減衰が発生したと考えられる。このように,液滴同士の干渉が発生せずに移動高温固体面に傾斜衝突する場合,液滴と固体面の相対速度に起因する粘性摩擦応力が加わることが分かったが,これが液滴の衝突,反発のダイナミクスに与える効果は不明である。そこで,3・3節で過去の静止固体面を用いた他研究者による実験の知見と定量的に比較することで,液滴の衝突ダイナミクスに固体面の移動が与える効果の明確化を試みた。

3・3 静止高温固体面に衝突する単一液滴のダイナミクスとの比較

第1章で述べたように,高温の静止固体面への単一液滴衝突に関する実験研究が多数行われており,液滴と固体面の間に蒸気膜が生成する高温条件では,液滴の最大拡がり径と液滴の衝突から跳ね上がりまでの滞在時間をWe数で推定する実験式が報告されている58)。その実験式の一覧をTable 2に示す。なお,Fujimotoら24)により,傾斜衝突でも固体面に垂直な成分の速度Vcos θを代表速度に用いれば適用できることが報告されているため,本実験の傾斜衝突に適用可能と考えた。

Table 2. Prediction formulae of maximum spreading diameter, dmax, of droplet and resident time of droplet, τr.
Authorsformulae
Hatta et al. 5)dmaxD¯=0.093We0.74+1 τr = l.25We0.37
Ueda et al. 6)dmaxD¯=0.87We6+2τr=π4We
Akao et al. 7)dmaxD¯=0.613We0.39
Araki and
Moriyama 8)
dmaxD¯=(2ϕ1)ϕ1+ϕ12(3ϕ1)3ϕ2(ϕ1=2.6+0.84We0.560.71We1.122.4We0.56+6.82)(ϕ2=1.40.84We0.56+0.71We1.122.4We0.56+6.82)

Fig.7に種々の条件における拡がり径の変化を示す。X=0においては,液滴の拡がり径は衝突前の液滴径とほぼ同等である。Xの増加に伴い,拡がり径は拡大し,X ≒ 1 [mm]で最大値として約1.3mmとなり,その後減少した。そして,X≒3[mm]において,液滴は固体面上から離脱した。ここで,液滴が衝突前の水平方向速度成分Vsinθ(≒1.7 m/s)の一定速度で固体面上をすべり移動していると仮定した場合,液滴が衝突して離脱するまでの時間(滞留時間)trは,約1.7 msとなる。したがって,無次元滞留時間τrは,

  
τr=tr(V¯cosθ)D¯(10)
Fig. 7.

Spread diameter of the droplet on the solid surface after collision at the distance, X, from the collision point. (Online version in color.)

から求めることができる。本実験で得られた最大液滴拡がり径dmaxと無次元滞留時間τrTable 2に示す各実験式による推定結果と比較した結果をTable 3に示す。なお,本実験におけるWe数は,約18である。実験結果と推定結果は良好に一致した。したがって,固体面温度が大きく,液滴の合体がない条件においては,静止高温固体面へ衝突する単一液滴のダイナミクスとほぼ同等とみなしてもよく,固体面の移動は液滴の水平移動量を粘性摩擦応力により減少させるのみであるといえる。

Table 3. Comparison of present results and formulae obtained by the experiments using single droplet collisions at static hot solid.
Maximum spreading diameter,
dmax / D, at We =18
formulaeHatta et al.5)1.78
Ueda et al.6)1.95
Akao et al.7)1.89
Araki and Moriyama8)1.98
resultsVs= 1.5 m/s1.94 (0.13)
Vs= 1.0 m/s2.01 (0.13)
Vs= 0.5 m/s1.94 (0.13)
Residence time, τr, at We =18
formulaeHatta et al.5)3.64
Ueda et al.6)3.30
resultsVs= 1.5 m/s3.71 (0.25)
Vs= 1.0 m/s3.69 (0.25)
Vs= 0.5 m/s3.66 (0.24)

Values in parentheses indicate standard deviation

3・4 液滴同士の干渉/非干渉の理論条件

本節では,3・3節で得られた知見を利用し,液滴同士の干渉が発生する条件を理論的に求めた。簡単のため,液滴と固体面間に安定した蒸気膜が形成される条件,かつ,液滴の水平速度成分と固体面の移動速度が近く,相対速度影響が小さな条件を考慮した。まず,2つの連続する液滴が固体面に衝突する時間サイクルは,L/Vである。次に,液滴は固体面上を変形しながら,一定速度Vsinθで座標系Xを移動するため,時間サイクル間に移動する液滴の距離はLsinθである。衝突点で液滴と液滴の干渉が起こらないようにするためには,衝突後の液滴が最大に拡がった際の半径dmax/2と衝突前の液滴の半径D/2を合わせた距離と時間サイクル間の液滴間距離Lとの間に,

  
12dmax+12D¯<L¯sinθ(11)

が成立する必要がある。そこで,液滴同士が干渉しない条件では,dmaxに単一液滴衝突における最大拡がり径の実験式を適用できることから,Table 3より比較的良好に一致したUedaら6)の式を用いることで,式(11)は,

  
0.87ρ(V¯cosθ)2D¯6σ+2+1<2L¯sinθD¯(12)

となる。本理論の妥当性検証のため,傾斜角度を臨界角度近傍で変化させた実験を行った。具体的には,固体側は表面温度を600°C,移動速度を1.5 m/sとし,流体側は(Q, D, V, L)=(1.67×10-7 m3/s, 0.64 mm, 2.2 m/s, 1.91 mm)で密度ρ=1.0×103[kg/m3],表面張力σ=0.0728[N/m]とした場合における臨界角度θc=34[°]の条件で傾斜角度を32°,35°とした場合である。その実験結果をFig.8に示す。臨界角度よりも小さい場合は液滴の干渉が発生したが,臨界角度よりも大きな場合は液滴の干渉は発生しなかった。本理論式に相対速度の影響や固体面温度の影響を加えることにより,より広範囲の実験条件で液滴同士の干渉,非干渉を予測することができると期待される。

Fig. 8.

Results of comparison with/without inter-droplet interaction. (Online version in color.)

4. 結言

スプレー冷却の熱伝達特性を解明するための基礎検討として,移動する高温固体面へ液滴列が傾斜衝突する際の相互作用を明確化することを目的に,本報では固体面と液滴間に蒸気膜が安定形成される温度以上の移動する高温固体面に水液滴列を垂直および傾斜衝突させた可視化実験を行い,以下の知見を得た。

(1)垂直衝突(θ=0°)では,本実験範囲では液滴同士の干渉(合体)を避けることはできなかった。ただし,移動速度の増加に伴い,合体により形成される液塊の大きさが減少した。これは,固体面-蒸気間の粘性壁摩擦が増大するためと推定した。

(2)傾斜衝突(θ=50°)では,液滴同士の干渉が発生せず,液滴列の個々の液滴が独立して固体面に衝突して離脱した。移動速度が0.5 m/sの方が1.5 m/sと比べて,液滴の衝突前後における液滴間水平距離は減少した。これに関し,液滴と固体面の相対速度に着目し,移動速度0.5 m/sの方が,相対速度が大きくなり,粘性壁摩擦による水平方向の運動量減衰が発生したためと考えた。

(3)静止高温固体面へ衝突する液滴の衝突ダイナミクスとの差異を明確にするため,最大拡がり径と固体面上での滞留時間を,他の研究者が提案する実験式による推定結果と比較した。その結果,本実験結果と推定結果は良好に一致し,蒸気膜が形成される固体面温度で,液滴同士の干渉が発生しない場合,移動高温固体面へ傾斜衝突する液滴のダイナミクスは静止高温固体面へ垂直衝突する単一液滴のダイナミクスと同等とみなしてよいということが分かった。

(4)蒸気膜が形成される温度条件下で液滴同士が干渉しない状況下では,静止高温固体面へ垂直衝突する単一液滴のダイナミクスと同等であるという知見を利用し,相対速度の影響が小さく,蒸気膜が形成される温度条件で適用可能な傾斜衝突する液滴同士の干渉発生に関する理論的な条件式を構築した。その条件式から得られる臨界傾斜角前後で検証し,条件式の妥当性を示した。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

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