2021 Volume 107 Issue 4 Pages 312-320
The development of cube texture in Fe-Mn-Si-Cr shape memory alloy by the preferential dynamic grain growth mechanism is experimentally examined. The plane strain compression deformation at 1173 K with strain rates of 2.0 × 10−3 s−1, 1.0 × 10−3 s−1, and 5.0 × 10−4 s−1 results in the development of cube texture. The maximum volume fraction of cube orientated grains is about 25% which is ten times as high as that before the deformation. It is experimentally confirmed that the specimen with {001}(surface of the tensile specimens) <110>(tensile direction) shows higher shape memory efficiency than those prepared by the so called training treatment. The texture evaluation by neutron diffraction method elucidates that control of the texture in the γ single phase state is effective to specify the active shear system contributing to the shape memory effect.
固溶体合金を高温で変形すると,変形に対して安定な結晶方位を優先方位とする通常の変形集合組織が形成された後に,別の結晶方位の結晶粒が他方位の結晶粒を消費して変形中に成長し,新たな優先方位からなる集合組織を形成することがある1)。著者らはこの現象を初めて見出したFCC構造のAl-Mg固溶体合金を対象に,高温単軸圧縮試験を種々条件を変えて行って集合組織の形成挙動を詳細に調べ2),新しい集合組織の形成機構を提案した3–5)。この機構は合金種や結晶構造によらず発現するはずであることから,FCC構造のAl-Cu合金6)およびBCC構造のFe-Si合金7)について単軸圧縮変形を行って挙動を調べ,同様の現象が現れることを確認した。そして,この機構を優先動的結晶粒成長機構と名付けた7,8)。
集合組織が優先動的結晶粒成長機構によって形成される場合には,変形の拘束条件,活動すべり系,そして変形に対して安定で,かつTaylor因子の値が小さい結晶方位を知ることにより, 形成される集合組織が予測できる8)。
予測される集合組織は,単軸圧縮変形の場合にはFCC構造でもBCC構造でも{001}(圧縮面)であるが,平面ひずみ圧縮変形の場合にはFCC構造の固溶体合金においては{001}<100>,BCC構造の固溶体合金においては{001}<110>である。実際にFCC構造のAl-Mg合金8)およびAl-Cu合金8),BCC構造のFe-Si合金8)に平面ひずみ圧縮変形を実施して調べた結果はこれらの予測と一致した。
集合組織は,磁気特性9)や成形性10)など,結晶方位に依存する材料の特性を工業的に活用するために古くから用いられてきた。最近では低弾性率の医療インプラント材料11,12)を開発する方法としても注目されている。
形状記憶は結晶方位に依存して発現の強弱が変化する材料特性の一つである。Fe-Mn-Si系合金における形状記憶は,Shockley部分転位の運動により生じたγ(FCC)→ε(HCP)変態と変態による変形が,その後の加熱によって生じたε→γ逆変態が変形を解消することにより現れる13)。Shockley部分転位の活動に有利なのは,引張変形においては{111}<112>せん断系のSchmid因子が最大になる<441>方位であり,単結晶を用いた実験によって,この方位の高い形状記憶特性が確認されている14)。
Matsumuraらは,本研究の対象素材とほぼ同一組成の合金に熱間圧延を行って<441>から10度以内にある<110>//RDの表面集合組織を発達させ,熱延板の表面層を切り出して<110>を引張方向とする多結晶試験片を作製し,形状記憶特性を調べた。その結果,引張ひずみが2.5%まではほぼ100%形状回復すること,引張ひずみが5%を超えても高い形状回復率を示すことを明らかにして集合組織制御の重要性を示した15)。しかし,熱間圧延により形成される<110>//RDは表面層に限られているために,実用材の製造に活用することはできない。また試料は表面から内側に向けて徐々に表面集合組織から本来の変形集合組織に変化する組織のために,集合組織の効果のみで高い形状記憶特性が実現されたか否かは明らかではない。
鉄系形状記憶合金の集合組織制御については,温間圧延によるGoss{110}(圧延面)<001>(圧延方向)方位やBrass方位{110}(圧延面)<112>(圧延方向)を優先配向させる研究もなされている16)。しかし,先鋭な集合組織を実現するには至っていない。
鉄基形状記憶合金は,高い濃度のSiを含有し,高温ではFCC構造のγ単相固溶体になる。したがって,高温加工条件を選べばFe-Si二元系合金と同様に優先動的結晶粒成長機構により立方体集合組織を発達させることができるはずである8)。
本研究はこのような背景から行われたものである。研究の結果,高温加工によりこの合金に先鋭な立方体集合組織の付与が可能で,<110>を引張方向とした場合にSchmid因子が最大の{111}<112>せん断系が優先的に活動し,高い形状記憶効果が発現することが確認できたので報告する。
目標組成Fe-28mass%Mn-6mass%Si-5mass%Cr合金を遠心鋳造法により作製した。Table 1は化学組成である。母材から機械加工により直方体形状の板材を切り出した後,温度1173 Kで圧下率40%の圧延を行って厚板とした。しかる後厚板から10 mm×20 mm×7 mmhの試験片を機械加工で切り出した。1173 Kでの14.4 ksの焼鈍により平均結晶粒径60 µmの等軸結晶粒組織とした後平面ひずみ圧縮試験に供した。焼鈍後の試験片に特定の優先方位は認められなかった。
C | Si | Mn | P | S | Al | N | Cr | O | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.0021 | 5.82 | 28.60 | <0.001 | 0.006 | 0.066 | 0.0041 | 5.01 | 0.003 | Bal. |
試験は荷重容量49 kNの島津製作所製万能試験機Shimadzu AG-Xを使用して行った。Fig.1に平面ひずみ圧縮試験の模式図を示す。治具材にはInconel713Cを用いた。試験片を設定した後,赤外線加熱炉により治具全体を1173 Kまで加熱し,1.8 ks間保持した上で平面ひずみ圧縮試験を行った。変形中のひずみ速度が一定になるようクロスヘッドスピードを制御した。平面ひずみ圧縮試験用治具と試料の接触領域は最大で20×20 mmである。このため,平面ひずみ圧縮変形によって,前記の試験片の高さが3.5 mm以下になると(真ひずみ-0.7),変形を継続してもそれ以上圧縮治具と試験片の接触面積が増えることはなく,変形部の表面積は20×20 mmのままである。試験はひずみ速度2.0×10-3 s-1,1.0×10-3 s-1,5.0×10-4s-1,目標最終真ひずみを-0.75,-1.0および-1.5として行った。
Arrangement of the specimen and tools for plane strain compression test.
変形が所定のひずみに達した時点でクロスヘッドを停止すると同時に加熱炉を開放した。そして,試料をとりつけたまま平面ひずみ圧縮変形用治具を試験機から取り出して直ちに空冷することにより変形後の組織変化を抑制した。その後試験片を圧縮面と平行に厚さ約2分の1の位置で切断し,機械研磨と電解研磨を行って板厚中心部の組織を観察する試料を作製した。しかる後,CuKα線を用いたSchulz反射法により集合組織測定を行った。正極点図ならびにADC法17)により定めた結晶方位分布関数からφ2=0°および45°断面を描いて集合組織を評価した。また,EBSD法により結晶粒組織ならびに結晶方位の空間分布を調べた。
さらに,本研究ではX線回折法やEBSD測定では,板厚方向の集合組織分布の評価が十分でないことから,中性子回折法による試料全体の集合組織測定を行った18)。
2・4 室温引張変形平面ひずみ圧縮変形により立方体集合組織を付与できることが確認できたので,変形により作製した板材から,表面が{001},引張方向が<110>になるように,平行部が4 mm×11 mm×1 mmtの板状引張試験片を機械加工により作製した。室温引張変形にはAND社製万能試験機Tensilon (25 kN)を使用し,クロスヘッドスピードを0.2 mm/minとして目標ひずみが6.0%の引張変形を行った。
2・5 形状回復処理および形状記憶効果の評価法ビッカース硬度計を用いて引張試験片の平行部の板幅中心部に目標間隔を6 mmとして打痕した後引張試験機を用いて変形した。変形後に圧痕間隔を計測して平行部の引張ひずみ(%)を式(1)により定めた。l0,l1およびεはそれぞれ,変形前の圧痕間隔,変形後の圧痕間隔,そして引張ひずみである。室温で変形を加えた試料をγ単相領域の673 Kで0.6 ks保持して形状回復を行った。加熱処理後に圧痕間隔l2を計測して,回復ひずみεr(%)および形状回復率R(%)を式(2)および式(3)により評価した。
(1) |
(2) |
(3) |
Table 2は計9種の高温平面ひずみ圧縮試験の結果をまとめたものである。この中から,一例としてひずみ速度を5.0×10-4 s-1として真ひずみ-1.25まで平面ひずみ圧縮変形した試料54Cのφ2=0°断面をFig.2に示した。図では,平均方位密度を1としてその倍数で等高線が描かれている。
Name of specimen | Strain rate/s−1 | Strain |
---|---|---|
23A | 2.0×10−3 | −0.8 |
23B | −1.05 | |
23C | −1.44 | |
13A | 1.0×10−3 | −0.74 |
13B | −1.26 | |
13C | −1.35 | |
54A | 5.0×10−4 | −0.84 |
54B | −1.07 | |
54C | −1.25 |
φ2=0°section of the specimen 54C after plane strain compression deformation at 1173 K with a strain rate of 5.0×10−4 s−1 up to −1.25 in true strain.
図から,真ひずみ-1.25までの変形によって{001}<100>での方位密度が平均方位密度の16倍以上に達する先鋭な立方体集合組織が形成されていることがわかる。また,わずかながら変形集合組織{011}<100>-<112>も認められる。この結果は,優先動的結晶粒成長機構の予測8)と一致している。
Fig.3は{001}<100>から15度以内の結晶方位を立方体方位と定義して高温平面ひずみ圧縮変形でのひずみ量と立方体方位の体積率の関係を調べた結果である。図中のRandomは変形前の実測値,ひずみは真ひずみの絶対値である。
Effects of strain and strain rate on the development of cube texture by the plane strain compression deformation at 1173 K.
立方体方位体積率へのひずみ速度の明瞭な影響は認められない一方,ひずみの増大と共に立方体方位の体積率が直線的に増加していることがわかる。立方体方位の体積率は最大で25%で,変形前の10倍以上に達している。
著者らは優先動的結晶粒成長機構による集合組織の発達度をFe-3.0 mass%Si合金19,20)およびAl-Mg合金21)を対象に,温度,ひずみ速度,ひずみ量を変えて調べた。その結果,これら3つの因子に依存して集合組織の先鋭度が変わることを見出した。
本研究では温度を1173 Kに固定し,ひずみ速度も5.0×10-4 s-1から2.0×10-3 -s-1までの狭い範囲で変えて高温加工を行っているため,ひずみ速度の影響があらわには現れず,集合組織がひずみ量の増大とともに先鋭化したと考えられる。
Fig.4(a),(b)は,Fig.2に示した立方体集合組織を有する板材から,引張方向が<110>になるように切り出した引張試験片にEBSD測定を行い,結晶構造をFCCとして組織を解析した結果(a)およびHCP構造として解析した結果(b)である。本研究での変形温度1173 Kは,先行研究を参考に22)FCC単相になるように選定したが,HCP相も観察された。後掲の673 Kでの形状回復処理後にはε相がほとんど認められないので,ここで観察されたε相は冷却後に引張試験片を機械加工により作製した際に導入されたものではないかと考えられる。
Results of the phase distribution analysis of the specimen 54C after plane strain compression deformation at 1173 K with a strain rate of 5.0×10−4 s−1 up to −1.25 in true strain. (a) and (b) show the distributions of γ phase and ε phases, respectively. The colors show the crystal direction ND.
Fig.4(a)の領域の結晶方位分布を示すために,引張方向(TA)をRD方向として描いたγ相のφ2=45°断面がFig.5である。引張軸方向に頻度高く<110>が配向していることが確認できる。
φ2=45°section of the specimen for the tensile tests. The specimen is produced to orient the tensile direction parallel to <110> from the deformed plate with the microstructure given by Fig.4. In this figure, tensile axis is set as RD for the usual expression.
Table 3は,いずれも百分率で表示した室温での引張変形後のひずみεと回復ひずみεr,そして回復率Rをまとめたものである。引張変形は6.0%を目標として行っている。形状回復率は最少で66%,最大で90%であった。この材料については,ほぼ同一組成の市販の形状記憶合金の報告がある23)。公開されているデータをTable 3の結果に加えてFig.6に示した。図から,集合組織の付与によって形状記憶効果が向上していることがわかる。その改善効果は,いわゆるトレーニング処理24)による改善量を上回っている。
Specimen | Tensile strain ε (%) |
Recovery strain εr (%) |
Rate of shape recovery R (%) |
---|---|---|---|
23A | 5.1 | 3.4 | 66 |
23B | 5.7 | 3.9 | 68 |
23C | 5.9 | 4.7 | 80 |
13A | 5.4 | 3.6 | 66 |
13B | 6.5 | 4.3 | 66 |
13C | 5.5 | 5.0 | 90 |
54A | 6.4 | 4.6 | 71 |
54B | 6.3 | 4.9 | 77 |
54C | 6.2 | 4.2 | 68 |
Effect of texture on the shape recovery. For comparison, the reported data showing the improvement of shape recovery rate by the so called training treatment23) are shown.
Fig.7は,平面ひずみ圧縮変形後の立方体方位の体積率と形状回復率の関係を調べたものである。図中の破線は,Fig.6に示した他者による報告の中で,回復処理前のひずみが本研究と同程度の5%から6.5%の範囲にある結果23)について示したものである。
Effect of volume fraction of cube oriented grains on the rate of shape recovery.
本研究で得られた形状回復率は他者による報告値よりも高く,またばらつきはあるものの,立方体方位の体積率の増加とともに増大している。立方体方位の体積率をランダム方位分布の場合の2.5%程度まで内挿すると,他者の報告とほぼ一致する値になる。これらの結果は,引張軸方向への<110>方位の集積が形状記憶効果の改善に有効であることを示している。
Fig.8は(001)(引張試験片表面)-[110](引張軸方向: TA)試験片の結晶学的特徴を検討するために作成した(001) 標準ステレオ投影図である。図には,4種の{111}面をAからDで,12種の<112>を1から12で示してある。TAは引張軸方向である。
(001) standard stereographic projection for cubic crystal showing the crystallographic arrangement of {111} (▲) and <112> (♦).
{111}<112>に属する計12の異なるせん断系を,せん断面の記号A,B,C,Dと,せん断方向の番号1,2,・・・12によりTable 4に示した。
Shear plane | Shear direction | ||
---|---|---|---|
A: (1 1 1) | 1: [2 1 1] | −2: [1 1 2] | 3: [1 2 1] |
B: (1 1 1) | 4: [1 2 1] | −5: [1 1 2] | 6: [2 1 1] |
C: (1 1 1) | 7: [21 1] | −8: [1 1 2] | 9: [1 2 1] |
D: (11 1) | 10: [2 1 1] | −11: [1 12] | 12: [1 2 1] |
Fig.8では,一つの{111}上に6つある<112>のうち3つが60°おきに現れている。<112>へのせん断変形が可逆的,例えば[112]への変形が可能な場合に[1 1 2]への変形も可能である場合には,Fig.8に示した3つの方向はいずれShockley部分転位の活動が可能なせん断方向になる。しかし,<111>も<112>も可逆的な変形に必要な結晶学的条件を満たしていない25)。
したがって,FCCのa/6[112]はa/6[112]と結晶学的に等価ではなく,Fig.8に番号を付けて図示した1から12の方向のうち,2,5,8,11は標準投影図に示したせん断方向を180度回転した方向が活動可能なせん断方向である。それゆえTable 4ではこれらの方向に-を付して示した。これらのせん断系のSchmid因子を計算し,個々のせん断系をすべり面の記号とすべり方向の番号の組み合わせで表現してTable 5に示した。Fig.8に示されているように,すべり面BおよびDの法線はTAと直交しているため,これらをすべり面とするせん断系のSchmid因子はゼロとなる。Table 5の結果から引張変形に対して優先的に活動するのはA2 の(111)[112]とC8の(11 1)[112]であることがわかる。
Shear system | Schmid factor |
---|---|
A1 | −0.24 |
A2 | 0.47 |
A3 | −0.24 |
B4 | 0 |
B5 | 0 |
B6 | 0 |
C7 | −0.24 |
C8 | 0.47 |
C9 | −0.24 |
D10 | 0 |
D11 | 0 |
D12 | 0 |
Shockley部分転位の運動によってFCC構造のγ相からHCP構造のε相が形成される場合,γ相の{111}とε相の(0001),γ相の<110>とε相の<1120>の間には以下の関係が成立する。
{111}γ//(0001)ε および<110>γ//<112>ε
{111}には結晶学的に等価な面が4面あるのに対し,(0001)には等価な面はない。そしてShockley部分転位が活動したせん断面がε相の(0001)になる。したがって,変形後のε相における(0001)の分布を調べることにより,γ相での活動せん断面を知ることができる。
4・2 形状記憶効果の改善に及ぼす集合組織制御の効果4・1で述べたように<110>方向への引張変形では,せん断系A2およびC8が優先的に活動し,FCCのγ相からHCPのε相への変態が生ずると考えられる。形状記憶効果は,試料全体の相変態を反映して生ずるので,試料13Aを対象に,中性子回折法により形状記憶現象に伴う集合組織変化を調べた。計測領域は1 mm×4 mm×11 mmである。
Fig.9は試料13Aの(a)高温平面ひずみ圧縮変形後,(b)室温引張変形後,(c)形状回復処理後のγ相の極密度分布を示す正極点図である。高温平面ひずみ圧縮試験における圧縮面を投影面とし,平均極密度を1として等高線が描かれている。前述のように試験片は高温加工により立方体集合組織を付与した試料から,γ相が{001}<110>集合組織を持つよう切り出して作製されている。{001}極を□,{110}極および{111}極の位置をそれぞれ〇と△で示した(a)の結果はこれと合致している。
{111} pole figures of γ phase after (a) high temperature plane strain compression, (b) room temperature tensile deformation, and (c) shape recovery heat treatment. Pole densities are projected onto the compression plane. Mean pole density is used as a unit for drawing the contours. RD indicates the extension direction at the plane strain compression deformation. TD denotes the transverse direction.
4・1で記したように,集合組織制御の効果は(0001)極の分布により知ることができる。すなわち,γ相からε相への変態をもたらすShockley部分転位が活動したγ相でのせん断面に平行にε相の(0001)が配向する。したがって,γ相に集合組織を付与し,Schmid因子の高いせん断系を優先的に活動させれば形状記憶特性が向上するとの予測が正しければ,室温変形後にはFig.8のAおよびCの位置にBおよびDの位置よりも高い極密度で(0001)極が存在するはずである。
Fig.10は,室温変形後のε相の集合組織を示す(0001)極点図である。極密度の集積位置は,γ相の{111}極点図における極密度の集積位置A,B,CおよびDの位置とほぼ一致している。そして,BおよびDの位置と比してAとCの位置に相対的に高い極密度の集積が認められる。このことは,A2とC8が優先的に活動したことを意味している。すなわち,{001}<110>に配向させた試料の示す高い形状記憶特性は,集合組織の効果であると結論できる。
(0001) pole figure of ε phase after the room temperature tensile deformation. Pole densities are projected onto the compression plane. Mean pole density is used as a unit for drawing the contours. RD indicates the extension direction at the plane strain compression deformation. TD denotes the transverse direction.
Fig.11は,Fig.4に示した試料に形状回復処理を行った後のEBSD測定結果である。ほぼ全域がγ相になっている。Fig.4のγ相とFig.11のγ相の結晶粒の寸法,形状に大きな違いは認められない。このことは,ε相からγ相への変態に核生成による新たな結晶粒の発生は少なく,γ相のほとんどの結晶粒がShockley部分転位の活動によって形成されたε相の逆変態により生成されたものであることを示唆している。
Microstructure of 54C after shape recovery treatment.
本研究で調べた{001}<110>方位の試験片は,Fig.6に示したように,市販の合金よりも高い形状記憶特性を示した。特に,ひずみ量の高い領域で両者の差は大きい。これは,市販の材料の場合,ひずみを増大させることで,変態以外の機構,すなわち通常の結晶すべり変形により変形が生じたことによると考えられる。
Fig.8における[001]-[110]-[110]座標系をx-y-z座標系とし,通常の表記法であるεxx,εyy,εzz,γxy,γyz,γzxを用いてひずみ成分を表して本研究の{001}<110>集合組織と従来より指摘されてきた<441>14)の意義について検討する。
せん断系が活動すると,一般には上記のひずみの6成分すべてが生ずる。多結晶体の場合には,隣接する結晶粒間での変形が連続していなければならないので,単一のせん断系の活動で多結晶体を変形させることは一般にはできない26)。それゆえ,多くの結晶粒で{111}<112>せん断系だけでなくすべり系の活動も生ずると考えられる。すべり系の活動により生じたひずみが逆変態時に解消されることはないので,すべり系の活動を抑制することが,多結晶体で形状記憶効果を活用するために重要である。
Fig.8ならびにTable 5から,A2とC8とが優先的に活動する{111}<112>せん断系であると考えられ,実際にこのせん断系が活動したことがFig.10により確認された。A2,C8せん断系の特徴は,せん断方向2および8のいずれもが[001]-[110]面内にあるためにせん断変形によって理想的には,εzz=-εxx,εyy=0ならびにγzxのみが生ずる変形が可能な点にある。さらに同一結晶粒内で,せん断方向が互いに逆になるA2とC8が活動することによって,γzx=0とすることも可能である。このような状況が生まれると,多数のすべり系やせん断系の活動は不要になる。これが,集合組織が付与されていない市販の材料よりも,本研究の試料が高い形状記憶特性を示した原因の一つであると考えられる。集合組織が発達すればするほど,このような変態が生ずる結晶粒が増えることになるFig.7の結果もこの推論と一致する。
前述のように,これまで高い形状記憶特性が期待できる結晶方位として<441>が提案されてきた。これは,この方位では12ある{111}<112>せん断系の中の一つのせん断系のSchmid因子が大きく,変形時にこのせん断系だけが他のせん断系に優先して活動すれば,加熱時に他のせん断系やすべり系の影響を受けることなく逆変態が可能なことにある。しかし,このような単一のせん断系の活動による変形は多結晶体では困難で,結晶粒間の変形の連続性を維持するためにすべり系や他のせん断系の活動が必要になる。それゆえ,<441>は多結晶体の形状記憶には必ずしも優位ではないと考えられる。
優先動的結晶成長機構を活用した立方体方位の付与を介して{001}<110>を実現する本研究の手法は,工業的にも意義が高いと考えられる。
Fe-Mn-Si-Cr合金を対象に,理論的に予見される優先動的結晶粒成長機構の発現を前提として高温平面ひずみ圧縮変形をγ単相となる温度1173 Kでひずみ速度とひずみ量を変えて実施して集合組織の制御を試みた。そして,立方体集合組織が形成されることを確認し,板材から{001}<110>{板状引張試験片の表面}<引張方向>の試験片を作製して,優先的に活動する{111}<112>せん断系を限定し,集合組織制御による形状記憶特性の向上を調べた。
集合組織測定には,EBSD法,X線回折法に加えて中性子回折法を用いて試料の全領域の集合組織を調べ,それらの結果を総合して現象を解析した。主たる結果は以下のごとくである。
(1)優先動的結晶粒成長機構からの予見と一致して,大ひずみまでの高温平面ひずみ圧縮変形により立方体集合組織が発達した。
(2)立方体集合組織は,本研究の変形条件では例外なく発達が確認された。いずれのひずみ速度においても,ひずみ量の増大とともに立方体方位の体積率が増大した。立方体方位の体積率は最大で25%であった。
(3)室温変形で優先的に活動する{111}<112>せん断系のせん断面は,集合組織から結晶学的に予測される2種類と一致することを中性子回折測定により確認した。
(4)室温で5.1%から6.5%まで引張変形した試料の形状回復率は,最小で66%,最大で90%であった。類似組成の市販材料について報告されている形状回復率を大きく上回り,集合組織制御は高い形状記憶効果の発現に有効であることが判明した。
(5)EBSD法により観察した結晶粒組織は,室温変形前と回復処理後でほぼ同一であった。室温変形は主として{111}<112>せん断系の活動による変態により進行したと考えられる。
(6){001}<110>試料の高い形状記憶特性は,{111}<112>せん断系のSchmid因子が高いことに加え,{111}<112>せん断系の優先配向が隣接結晶粒間の変形の連続性が容易になる効果をもたらしたことにあると考えられる。
本研究は物質・デバイス領域共同研究拠点プロジェクト,ならびに CZ.02.1.01/0.0/0.0/17_049/0008441 „Innovative Therapeutic Methods of Musculoskeletal System in Accident Surgery“within the Operational Programme Research, Development and Education financed by the European Union and by the state budget of the Czech Republicからの支援の下に行われた。ここに記し,謝意を表する。