2021 Volume 107 Issue 5 Pages 356-366
TMCP (thermo-mechanical controlled process) linepipes have been long used for severe sour environment, but recently sulfide stress cracking (SSC) caused by local hard zones has become a concern. In order to clarify the hardness threshold that leads to SSC, four-point bend (4PB) SSC tests as per NACE TM0316 were conducted under several H2S partial pressure conditions. For 1 bar and higher H2S partial pressure conditions, the surface hardness threshold (at 0.25 mm from surface) observing 4PB SSC specimens without SSC cracking was approximately correlated to a maximum acceptable hardness level of 250 HV0.1. By suppressing the hard lath bainite (LB) and obtaining the soft granular bainite (GB) microstructure, stable low surface hardness of 250 or less HV0.1 was achieved, resulting in superior SSC-resistant property. On the other hand, it was found that SSC crack propagated when the surface hardness increased with increasing the volume fraction of LB microstructure. In the case of 16 bar H2S partial pressure condition, the crack growth rate increased in the sour environment, and hydrogen embrittlement by H2S was promoted. However, in the 4PB SSC test at 16 bar, since the shape of localized corrosion is semicircular due to low localized corrosivity, it was considered that the stress concentration and transition to crack were suppressed. This may be the reason why the SSC susceptibility was similar to 1 bar condition, especially in the 4PB SSC test using the samples with lower surface hardness level of 250 or less HV0.1.
海底の油田・ガス田の掘削において,石油・天然ガス輸送用パイプラインには厚板鋼板を素材として造管され製造されるラインパイプ(UOE鋼管)が用いられる1)。ラインパイプに要求される特性としては,強度,靭性に加えて耐腐食性が求められる2)。特に,硫化水素(H2S)ガスや炭酸(CO2)ガス等腐食性ガスを含んだ湿潤サワー環境において,水素誘起割れ(HIC)や硫化物応力腐食割れ(SSC)に対して十分な耐性が必要となる3–5)。
SSCは,古くは1940年代終わりにカナダのアルバータで発生した6)。1980年代に制御圧延・制御冷却いわゆるTMCPプロセスで製造された厚板鋼板を用いたラインパイプにおいて,SSCに対する対策がとられ,厚板TMCP技術が発展してきた5)。以後,多くの研究が進められ,SSCは主に材料7–9),サワー環境10,11),負荷応力12,13)の3つの要因によって影響を受けることが知られている。耐サワーラインパイプの設計では,SSCを回避するため,材料にはNACE MR0175/ISO 15156-1規格に示されるような硬度制限が設けられ,炭素鋼や低合金鋼では22 HRC(約250 HV10)の硬度上限が規定されている14)。また,一般的なラインパイプの規格であるAPI Spec 5Lには,パイプ内外面の表面から1.5 mmの位置が250 HV10以下であることが規定されている。これらの硬さ規定は多くの耐サワーラインパイプに適用され,従来の1 bar以下のH2S環境の試験においてはSSCに対する安全性が実証されてきた。しかし,1 barを超える厳しいH2S環境におけるSSC試験は,特に低合金鋼ラインパイプに対して,これまでほとんど行われておらず,材料の適合性に不明な点が多い。
一方,近年,従来よりも厳しい1 barを超えるH2S環境において,SSCが発生した。その原因の一つとして,TMCP で製造するラインパイプの極表層領域の硬化部形成に焦点が当たり,極表層硬さやH2S分圧がSSCに及ぼす影響について,新たな調査が必要となった15)。従来の硬さ測定位置の表層1.5 mmの硬さHV10だけでは耐SSC性を評価できず,さらに表層に近い0.25 mmや0.5 mm位置の微小硬さHV0.5あるいはHV0.1で整理することが提案されている16,17)。断面ビッカース硬さ測定の荷重が小さくなるほど圧痕サイズが小さくなるため,極表層に近い微視的領域の硬さ判定が可能となる。従来,このような極表層に近い局所硬化部が表面腐食挙動やSSCき裂発生・伝播に及ぼす影響については必ずしも明確でなかった。
SSC機構については,水素脆性(Hydrogen Embrittlement:HE)支配型18),あるいはHEと活性経路腐食(Active Path Corrosion:APC)の複合型19)と考えられているが,SSCを発生と伝播に切り分けた場合,その詳細機構については十分な理解が得られていない。特に,湿潤サワー環境におけるH2S分圧の条件によって,HEとAPCの寄与が変化するものと推定されるが,H2S分圧条件がSSC機構に及ぼす影響については不明な点が多く,初期の腐食挙動およびSSC発生・伝播の過程をそれぞれ切り分け,考察する必要があると考えられる。
本研究では,はじめに,低合金ラインパイプの内表面の極表層硬さ分布(特にパイプ内表層0.25 mm位置の微小硬さHV0.1)やH2S分圧条件が耐SSC性に及ぼす影響について示す。その後,X65級のGB主体組織を前提とし,H2S分圧条件が耐SSC性に及ぼす影響について,SSC機構も含めて明らかにすることを目的とした。具体的には,4PB SSC試験により,サワー環境での腐食挙動および腐食生成物性状に対するH2S分圧の影響を確かめるとともに,電気化学測定(分極測定)により上記結果を検証した。さらに,サワー環境中でのノッチ付きSSRT試験や歪漸増型破壊試験によりH2S分圧が亀裂伝播特性に及ぼす影響を評価した。
供試材には管厚20~30 mmのX65級ラインパイプを用いた。厚板鋼板製造時のTMCP条件における表層冷却速度の異なるパイプから300 mm角のクーポンを切り出し,250°Cで1時間のコーティング模擬した時効処理を施した。Fig.1に代表的なパイプ内表面のミクロ組織を示す。X65級ラインパイプでは,通常,表層ミクロ組織はベイナイト組織を形成する。ベイナイト組織は,一般的にはラス状に形成したベイニティックフェライト(Bainitic Ferrite:BF)を基相とし,BF界面に炭化物が析出するか,もしくは析出のないものを上部ベイナイト(Upper bainite),BF粒内に炭化物が析出するものを下部ベイナイト(Lower bainite)と分類する場合が多い20)。しかし,ラインパイプ用鋼のような低炭素鋼においては,冷却速度が遅い場合にBFが粒状(Granular)に成長することから,ここではBFの形態によってラスベイナイト(Lath bainite:LB)とグラニュラーベイナイト(Granular bainite:GB)に分類する。表層冷却速度が200°C/secを超える高い冷却速度では硬質のLB主体組織となり,50°C/secを下回る低い冷却速度では軟質なグラニュラーベイナイトGB主体組織となる。中間の約100°C/secの冷却速度ではLBとGBの混合組織となる。Fig.2にパイプ内表面の硬さ分布例を示す。100°C/sec以上の高い冷却速度の鋼板を用いたパイプは,板厚方向と幅方向ともに広い領域で高硬度を示す傾向がみられた。一方,冷却速度が50°C/sec以下の場合,板厚方向と幅方向ともに広い領域で低硬度を示した。特にこの低い冷却速度では表層0.25 mm位置において硬さが安定的に250 HV0.1を下回っている。これらの時効後パイプの内表層から5 mm厚の試験片を採取し,4点曲げSSC試験を実施した。
Effect of surface cooling rate on surface microstructure.
Effect of surface cooling rate on surface hardness distribution.
Fig.3にパイプ内表面から管厚方向へ測定した硬さ分布例を示す。表層冷却速度に拠らず,パイプ内表層1.0 mmを超える管内部ではHV0.1の硬さは低下し,ほぼ同等レベルの硬さとなっており,GB主体の組織であった。後述する丸棒引張試験片やノッチ付き丸棒引張試験片,CT試験片はこの硬さ定常位置より採取し,各試験に供した。
Hardness distribution in thickness direction in three different cooling rate pipes. (Online version in color.)
耐SSC性能を評価するため,NACE TM0316規格21)に準拠し,様々なH2S分圧条件下で4点曲げSSC試験を実施した。パイプ内表層から5 mm厚の4点曲げ試験片を表面黒皮ままで採取した。SSC試験条件をTable1に示す。また,Fig.4のサワー環境のシビアリティマップに今回のSSC試験条件を合せて示す。NACE TM0177 A溶液22)を使用した試験では,H2S分圧は1~16 barの範囲とした。H2S分圧が8 barおよび16 barの条件では,5 barのCO2との混合ガスを使用した。NACE TM0177 B溶液22)を使用した試験では,H2S分圧は0.07~0.13 barの範囲とし,CO2を混合して総ガス圧は1 barとした。NACE TM0177 Buffered溶液を使用した試験では,H2S分圧0.15 bar,CO2分圧0.85 bar,試験開始時pH3.1を狙いとした。Fig.5に4点曲げSSC試験の治具の模式図を示す。パイプ内表面側を4点曲げの引張側にセットし,時効前パイプの90%AYS(Actual Yield Strength)(460~486 MPa)の応力を負荷した。試験時間は720時間とし,試験終了後の試験片の中央部を切断,研磨し,割れの有無を評価した。また,同じ切断した試験片を用いて表層下0.25 mm位置での硬さ(HV0.1)を1 mmピッチで測定し,30点測定の最大値で評価した。試験後の腐食量を評価するため,試験前後の重量減量を測定した。試験後の腐食生成物を採取し,XRD(X-ray Diffaction)測定による表面腐食生成物分析を実施した。X 線回折条件はCuKα線40 kV-200 mAとした。RAMAN分光分析による腐食生成物の相同定も実施した。RAMAN分光分析には532 nmの励起波長を用い,100倍の対物レンズを通して測定した。
Test solution (NACE TM0177) |
pH (start/final) |
Partial pressure (bar) | Duration(hr) | |
---|---|---|---|---|
H2S | CO2 | |||
Solution A (5.0 wt%NaCl+ 0.5 wt%CH3COOH) |
2.6 to 2.8 / <4.0 |
1 | – | 720 |
8 | 5 | |||
16 | 5 | |||
Solution B (5.0 wt%NaCl+ 2.5 wt%CH3COOH+ 0.41 wt%CH3COONa) |
3.4 to 3.6 / <4.0 |
0.07 | 0.93 | 720 |
0.10 | 0.90 | |||
0.13 | 0.87 | |||
1.3 | 3.5 | |||
3.3 | 5.1 | |||
Buffered solution
chemistry (5.0 wt%NaCl+ 5.0 wt%CH3COOH+ 0.40 wt%CH3COONa) |
3.0 to 3.2 / <3.5 |
0.15 | 0.85 | 720 |
SSC severity map and test conditions. (Online version in color.)
Schematic illustration of four-point bend loading jig. (Online version in color.)
初期の腐食挙動に及ぼすH2S分圧の影響について評価するために,NACE TM 0177 Method A22)に基づき,一定の引張荷重条件下で電気化学試験を実施し,分極曲線を測定した。供試鋼は200°C/secを超える高い冷却速度の時効後パイプを用いた。試験片形状をFig.6に示す。丸棒引張試験片をパイプ内表面から5 mmの位置を中心に採取し,一定面積のみが露出するように試験片表面を被覆した。試験水準をTable2に示す。AYSの90%の定荷重を負荷し,0.15 bar H2S,NACE Sol.B,pH 3.1条件および1 bar H2S,NACE Sol.A,pH2.7の条件で実施した。分極は,試験ガス飽和後から72時間まで自然浸漬状態の保持時間を設け,72時間後に,その時点における自然電位(OCP: Open Circuit Potential)を基準として,掃引速度20 mV/min.にてOCPから,+500 mV(vs.OCP)もしくは-500 mV(vs.OCP)にて分極測定した。また,腐食挙動の経時変化を調査するため,0.5時間の短時間浸漬後に,その時点における自然電位を基準として,掃引速度20 mV/min.にてOCPから,+500 mV(vs.OCP)アノード側のみの分極測定も実施した。参照電極には飽和 KClAg/AgCl 電極を用い,対極には白金電極を用いた。
Specimen shape.
Test solution (NACE TM0177) |
pH (start/final) |
Partial pressure (bar) | Duration (hr) |
|
---|---|---|---|---|
H2S | CO2 | |||
Solution A (5.0 wt%NaCl+ 0.5 wt%CH3COOH) |
2.6 to 2.8 / <4.0 |
1 | – | 72 |
0.5 | ||||
Solution B (5.0 wt%NaCl+ 2.5 wt%CH3COOH+ 0.41 wt%CH3COONa) |
3.0 to 3.2 / <4.0 |
0.15 | 0.85 | 72 |
0.5 |
き裂伝播過程における駆動力としてのAPCとHEの寄与を明らかとするため,NACE TM019823)に準拠した定電位SSRT(Slow Strain Rate Testing)試験を実施した。SSRT試験は,低ひずみ速度の引張により試験片に連続的な塑性変形を加えて材料を破断させるもので,SSCを含む環境支援割れの加速試験法という側面と,亀裂先端でのすべりステップの生成速度を制御した方法として,主に亀裂伝播過程の機構解明手法としての側面の両面を有する試験法である。供試鋼は200°C/secを超える高い冷却速度の時効後パイプを用いた。試験に用いたノッチ付き丸棒引張試験片形状をFig.7に示す。試験片はパイプ内表層5 mm位置を中心に採取した。試験条件は,0.15 bar H2S+0.85 bar CO2,NACE Sol.B (pH 3.1)の溶液環境,または大気とし,歪速度4×10-7 /sとした。なお,SSRT試験は,き裂伝播過程の現象そのものは4点曲げSSC試験と同じだが,一定の歪速度が連続的に付与されるため,4点曲げSSC試験より厳格環境であり,高H2S環境では電位変化時の影響が明確とならない可能性があったため,低H2S環境とした。また,一部試験片に対しては,自然浸漬電位(-644 mV vs. SCE)に対して,それぞれ+50 mV,+100 mV,-50 mV,-100 mVの定電位を印加しながら試験を実施した。なお,参照電極には飽和カロメル電極を,対極には白金電極を用いた。
Schematic of the notched round bar tensile specimen.
SSRTによるSSC伝播特性の評価は,サワー環境中での破断時間と大気中での破断時間の比をもとに,判定した。例えば,早期破断した材料は,サワー環境での脆化感受性が高いことを意味する。また,定電位条件と破断時間の関係から,き裂進展(伝播)過程での支配的駆動力(APCおよびHE)を判定可能である。
2・5 SSC機構評価の歪漸増型破壊靭性試験方法(CT試験片)き裂発生/伝播過程におけるサワー環境の影響を調査するため,歪漸増型破壊靱性試験を実施した。試験ガスは,H2S分圧に着目し,0.15 bar–H2S+0.85 bar–CO2,Standard 条件の1 bar–H2S,16 bar–H2S+5 bar–CO2の3水準とした。供試鋼は50°C/sec未満の低い冷却速度の時効後パイプを用いた。ASTM E1820/2に準拠したCT(Compact Tension)試験片形状をFig.8に示す。試験片厚は12.7 mmとした。試験片はパイプ板厚中央から採取し,き裂進展方向は管周方向とした。試験溶液はNACE Sol. Aを用い,pH2.7とした。き裂発生までの荷重速度dK/dtは,事前に種々の荷重速度で試験を行い,最小の破壊靱性値を示した0.005 N·mm–3/2/sで一定とした。試験は単一試料法とし,水素をき裂先端近傍で定常濃度にするため,試験片を溶液に4日間予備浸漬した。き裂長さは直流電位降下(Direct Current Potential Drop, DCPD)法を用いてモニターし,Johnson方程式(ASTM E1457-0724))を用いてき裂長さに変換した。試験後,試験片を破断し,実際の初期き裂長さと最終き裂長さを実体顕微鏡で測定し,ASTM E1457-0724)に従って補正した。き裂開口変位(Crack Mouth Opening Displacement, CMOD)を算出し,応力拡大係数Kおよび破壊靭性値Jを求めた。
Schematic of the CT specimen.
Fig.9に4点曲げ SSC試験結果を示す。各試験片の試験後の表層0.25 mm位置の硬さHV0.1の最大値およびH2S分圧と割れの有無を示している。1 bar以上のH2S分圧の場合,4点曲げSSC試験で割れが発生しない表層硬度の限界は約250 HV0.1であった。0.13 barの場合,表層硬度の限界は約270 HV0.1であり,0.07 barでは,SSC発生は見られなかった。200°C/secを超える高い冷却速度のサンプルで主にSSCが発生し,16 barの場合,一部100°C/secのサンプルでSSCが発生した。200°C/secを超える高い冷却速度のサンプルは,板厚方向(約1 mm)と幅方向(約10 mm)の広い領域で250 HV0.1を超える高硬度を示したことから,SSCが発生すると厚み方向にき裂が伝播しやすいと考えられる。なお,200°C/secを超える高い冷却速度のサンプルの中で,四角マークのサンプルは350°C未満の低温域で冷却停止しており,菱形マークの350°C以上の冷却停止のサンプルと比較して,表層0.25 mm位置の硬さHV0.1が高くなる傾向にあり,0.07 barの条件を除いて,SSCが発生した。
Effect of H2S partial pressure and surface hardness on SSC by four-point bend test.
結果をまとめると,硬質のLB組織を抑制しGB組織主体とすることで,表層0.25 mm位置の硬さが250 HV0.1以下となり,H2S分圧条件に拠らず,良好な耐SSC性能が得られることが分かった。一方,1 bar以上のH2S分圧条件下において,LB組織の体積分率が増加し,パイプ内面の表層硬度が250 HV0.1を超えて高くなった場合,H2S分圧が高くなるほど,SSCが発生しやすくなることが明らかとなった。これら極表層0.25 mm位置の硬さHV0.1と耐SSC性能の関係は,従来のH2S分圧1 bar以下の条件における表層1.5 mm位置の硬さHV10と耐SSC性能の関係7)と傾向としてはおおむね一致した。一方,極表層1.5 mm以内の範囲のミクロ組織や硬さHV0.1の分布の違いにより,耐SSC性能が異なっていることを今回新たに知見し,極表層のミクロ組織や硬さの制御が非常に重要であることがわかった。
3・1・2 4点曲げSSC試験後の腐食生成物評価4点曲げ腐食 試験後の表面写真と試験片断面写真をFig. 10に示す。0.15 bar H2S条件の鋼材表面には,10 μm以下の薄い腐食生成物層が堆積していた。一方,1 barおよび16 bar H2S条件の鋼材表面には,腐食生成物が多く堆積しており,それぞれ100~200 μm,50~100 μmの厚さの腐食生成物層が認められた。また,試験後の腐食減量と最大局部腐食深さに及ぼすH2S分圧の影響をFig.11に示す。腐食減量,局部腐食深さ共に0.15 barで最も大きく,1 bar条件で最も小さい値を示した。すなわち,全面腐食性,局部腐食共に,0.15 barが最も厳しく,1 barが最も軽微であるとわかった。続いて,4点曲げ腐食試験後の腐食生成物を対象としたXRDおよびラマン分析結果をFig.12に示す。0.15 bar H2S環境では,γFe2O3を主体とした腐食生成物であるとわかった。一方,1 bar H2Sでは,FeSを主体とした組成であり,わずかにFe3S4が認められた。16 bar H2Sでは,ピーク強度からFe3S4の割合がさらに増加していると認められた。一般に,FeSを主体とした腐食生成物は腐食保護作用を示すことが知られている25)。1 bar H2S環境において腐食生成物層が最も厚く堆積していた事実(Fig.10)も踏まえ,1 bar H2S環境での低い腐食量は,このFeSを主体とした厚い腐食生成物層の保護作用に起因すると推定される。
Surface and cross-sectional observation results in each H2S partial pressure condition.
Corrosion weight loss and maximum corrosion depth in each H2S partial pressure condition.
XRD and RAMAN analysis results. (Online version in color.)
0.15 barおよび1 bar H2Sサワー環境への72時間 および0.5時間保持時点で得た分極測定結果をFig.13とFig.14にそれぞれ示す。72時間時点での分極測定結果,カソード分極曲線に関して,両H2S分圧条件において明確な差は認められなかった。一方,アノード分極曲線の関しては,1 bar H2S条件において,アノード電流が抑制されていると認められた。また,0.5時間と72時間浸漬時点でのアノード分極曲線の比較から,浸漬時間が長くなるほど,アノード電流が抑制されると分かった。特にこの72時間長期浸漬によるアノード抑制は,1 barにて顕著であった。本分極測定結果は,前節の4点曲げSSC試験での腐食減量に対するH2S分圧の関係(Fig.11)と矛盾なく対応する。すなわち,1 bar環境では,0.15 bar環境よりも保護性の高い腐食生成物が形成されることでアノード反応が抑制され,結果的に腐食量が抑制されていると分かった。
Polarization property in sour environment (0.15 and 1.0 bar H2S, 72 hr immersion). (Online version in color.)
Effect of immersion time on polarization property in sour environment (0.15 and 1.0 bar H2S, 0.5 and 72 hr immersion). (Online version in color.)
Fig.15に,定電位SSRT試験における荷重の経時変化を示す。サワー溶液環境では,大気環境に比して,著しい早期破断が認められた。Fig.16に,定電位SSRT試験における破断時間率(サワー/大気)と電位の関係を示す。定電位操作をしない場合(0 mV),破断時間率31%を示した。破断時間率は,カソード側,アノード側両方で±50 mV条件において極小値を示し,それ以上に大きい電位(±100 mV)を与えると破断時間が長寿命化した。この結果は,カソード反応(水素発生反応)とアノード反応(鉄溶解反応)いずれも,SSC伝播の駆動力であり,両反応のバランスにより,伝播過程が制御されていることを意味する。また,破断時間は,-50 mVのカソード条件が最も短いことから,伝播現象に対して,カソード反応がアノード反応に比べて,より支配的に寄与しているとわかった。言い換えると,SSCき裂進展現象はHEを優勢とした,APCとHEの複合的な破壊現象であるとわかった。なお,+100 mV条件での破断時間の長時間化は,亀裂先端での鉄溶解反応促進によるAPC型亀裂成長作用よりも,水素発生反応量減少によるHE型亀裂成長の低下効果が大きく寄与したためと考えられる。一方,-100 mV条件での破断時間の長時間化は,HEが亀裂伝播の優勢な脆化モードであることを踏まえて,カソード過電圧条件におけるAPCの寄与低下だけでは説明がつかない。この長時間化の理由として,-100 mVの過剰なカソード過電圧条件下において,鋼材への侵入水素量があまり増加せずに,HEの駆動力が十分に増加しなかった可能性が考えられる。H2Sは,サワー腐食環境におけるカソード反応種26)であるとともに,鋼材表面で生成した水素原子の鋼中侵入を促進する触媒とも知られている27)。すなわち,-100 mVの大きなカソード過電圧条件では,水素発生量が増加する一方,そのカソード反応により消費されるH2S量も増加する。その結果,鋼材表面でのH2S濃度が低下し,鋼中に侵入する水素の量自体が低下して,HE亀裂伝播が促進されなかった可能性が考えられる。
Load-time curve in constant potential SSRT test.
Effect of potential on rupture time in constant potential SSRT test.
Fig.17に歪漸増型破壊靭性試験における破壊靭性値Jと,き裂長さの関係を示す。き裂進展開始の破壊靭性値Jは0.15 bar H2S条件と1 bar H2S条件で同等であったが16 bar H2S条件では大きく低い値を示した。一方,き裂が進展するほど,J値は16 bar条件<1 bar条件<0.15 bar条件の序列を示し,H2S分圧が高いほど低い破壊靭性値であった。すなわち,高H2S分圧になることで,サワー環境中でのSSCき裂伝播性が高まるとわかった。なお,歪漸増型破壊靭性試験は,き裂発生/伝播過程のみを考慮しているのに対し,4点曲げSSC試験は局部腐食過程も含む。つまり,歪漸増型破壊靭性試験は初期き裂の存在を前提としており,初期き裂の形成過程(局部腐食)を考慮していない。また,亀裂先端での応力拡大係数が常に増加し続ける環境に制御されていることからも,SSC伝播抵抗としては実際よりも,厳しい側の試験となっている。
Effect of H2S partial pressure on resistance to SSC crack propagation.
前節までの結果を踏まえ,SSC現象は,局部腐食発生/成長(き裂起点の形成)とき裂発生/伝播の両過程から構成されると推察される19,28,29)。0.15 bar H2S環境をベースとしたSSC機構調査の結果,まず発生過程がアノード溶解(局部溶解過程:APC)支配であること,その局部溶解が塑性応力集中および材料硬質化により促進されることが明らかとなっている30,31)。鋼材表面の硬質組織の高い腐食性のため,硬質組織が優先溶解する。硬質組織が溶解した箇所は応力存在下では応力集中部となるため,応力による転位導入を駆動力として,優先溶解サイトとして固定化される。このように形成された局部腐食部では,溶液環境中のアニオン(Cl-,HS-等)の濃化が進行する30)。すなわち,腐食が開始すると,アニオンがアノードに向って移動(電気泳動)する。この結果,アノード(孔食部内部)ではCl-イオンとFe2+イオンとが塩化鉄を形成し,加水分解反応により,水酸化鉄Fe(OH)3と塩酸HClを形成し,局部腐食内の環境を低pH化する32)。この局所的な低pH化は,さらなる鉄の溶解を引き起こし,局部腐食成長のさらなる駆動力となる。また,3・3節の結果から,SSCの伝播過程が,水素脆化(HE)の顕在化に基づくことが確認された。以上,応力を駆動力とした局部腐食が生じ,局部腐食の進行に伴い,さらなる応力集中と腐食環境厳格化が進み,水素脆化が顕在化する,これら一連のSSC推定機構をFig.18に示す。以下,局部腐食発生/成長とき裂発生/伝播の各過程でのSSC機構に及ぼすH2S分圧の影響について,考察する。
Schematic diagram of estimated SSC mechanism.
Fig.18のPhase 1~3で示すように,局部腐食の進行による,局部腐食内での硫化水素イオン濃化,低pH化により,鋼材への水素侵入が増加するとともに,応力集中した腐食先端での水素集積が生じ,水素脆化き裂への遷移が起こる。腐食先端に硬質相が存在した場合は,水素トラップ性が高い(内部転位)ために,水素脆化き裂が容易に生じる。き裂の進展に伴い,き裂先端とバルク環境との溶液交換も困難となることで,き裂内のpHはますます低下する。さらに,応力集中も相まって,Fig.18のPhase 4で示すように,き裂先端での活性溶解および水素脆化が強調され,き裂進展に伴い,き裂成長速度が増加,伝播する。
Fig.19に局部腐食発生/成長とき裂発生/伝播の各過程でのSSC機構に及ぼすH2S分圧の影響について模式的に示す。局部腐食発生/成長(き裂起点の形成)について,0.15 bar H2S分圧条件は保護性を有するFeSが生成されにくいため,腐食部でFeSによる保護が期待できず,応力集中により優先腐食した箇所が腐食部として固定化される。したがって,局部腐食性が高い。一方,1 bar H2S条件は,保護性の高いFeSが生成する環境であるため,腐食に伴って鋼材の耐食性が高まり,局部腐食も形成され難い。しかしながら,ひとたび十分に成長した局部腐食部が形成された場合,優先な局部腐食サイトとして固定化されやすい。また,腐食生成物が鋼材表面に形成されやすいことから,局部腐食部内部においても腐食生成物が十分に存在することとなり,局部腐食内部は高い閉鎖性を有すると考えられる。その結果,局部腐食部酸性環境は保持されるため,溶解性が一層高まる。さらに,この閉鎖性に基づき,局部腐食内部の溶液抵抗が増大し,IRドロップによる電位の卑化が生じ得る33)。この卑化は,局部腐食部先端で水素発生をもたらし,局部腐食部でのHEへの移行を助長する可能性がある。高圧の16 bar H2S分圧条件は,FeSを含む腐食生成物が表面に堆積するものの,性状がもろく,保護性が1 bar条件よりも得られない。また,高H2S環境であるため,腐食環境自体が厳格であり,優先腐食サイト以外でも腐食速度は十分速く,全面腐食性が高い。
Effect of H2S partial pressure condition on local corrosion process and SSC crack initiation / propagation process.
き裂発生/伝播過程について,3・4節で述べたように,局部腐食を考慮しない場合においては,高H2S分圧ほどき裂発生・伝播は促進される。これは,H2Sによる鋼材への水素侵入促進によるHEの促進に基づくと解釈できる。局部腐食を考慮すると,16 bar H2S条件では局部腐食の形状が半円状であるため,応力集中が生じづらく,き裂に遷移しづらくなるため,特にGB主体組織の4PB SSC試験では1 bar H2S条件と同等のSSC感受性(SSC硬さ閾値が同じ)となったと考えられる。一方,LB+GB混合組織の250 HV0.1を超える領域では,HE感受性が高く,Fig.19に示すように,16 bar H2S環境の方が,き裂への遷移が容易となったものと推察される。また,上述のとおり,1 bar環境では,IRドロップに基づき,局部腐食内部での水素発生性が高いと推定される。すなわち,0.15 barに対して,1 barが高いSSC感受性を示す理由としては,環境中の高濃度H2Sによる鋼材への水素侵入量の増加のみならず,局部腐食部での水素発生量自体が増大したことによる,HEき裂への遷移の容易さも寄与している可能性がある。
なお,今回のSSC機構に関する実験は極表層から離れた位置から採取した試験片のため,Fig.3に示すように250 HV0.1未満の軟質GB主体組織をベースとした議論であり,硬質のGB+LB混合組織やLB主体組織では,初期APCに及ぼす影響やSSCき裂発生・伝播に寄与するHEに及ぼす影響がより顕著となることが,4PB SSC試験やその他試験結果から予想される。これら詳細なミクロ組織の影響については,今後さらに追加検証予定である。
サワー環境において,低合金鋼ラインパイプの硫化物応力腐食割れ(SSC)挙動に及ぼす極表層硬さ分布およびH2S分圧の影響について4PB SSC試験で調査した結果,ならびにSSC機構解明を試みた結果,以下の結論が得られた。
(1)4点曲げSSC試験において,SSC発生の極表層硬さ限界値は,0.07 barから1 barまではH2S分圧の増加とともに減少し,1 bar以上においては,250 HV0.1で一定であった。
(2)表層冷却速度を低減し,LB組織を抑制し,GB主体組織とすることで安定的に低硬度250 HV0.1以下を確保することができ,1 bar以上のH2S分圧においても耐SSC性が向上した。
(3)250 HV0.1を超えてGB+LB混合組織となった場合,高H2S分圧ほどSSC感受性は高まった。
(4)腐食過程へのH2S分圧の影響について,腐食減量,局部腐食深さ共に0.15 barで最も大きく,1 bar条件では腐食が抑制されていた。1 bar条件では腐食生成物としてタイトなFeSが材料表面に生じており,この腐食生成物による鉄溶解反応の抑制が,電気化学的に確認された。H2Sは保護性腐食生成物FeSの形成に影響し,結果としてサワー腐食性の影響因子となっていると示唆された。
(5)SSC伝播過程へのH2S分圧の影響について,高H2S分圧になることでサワー環境中での亀裂成長性伝播性が高まるとわかった。本理由としては,0.15 bar H2Sでの伝播駆動力の一つが水素脆化であることを踏まえ,H2Sによる水素脆化の促進と推定される。
(6)SSCの伝播はカソード反応(水素発生反応)とアノード反応(鉄溶解反応)いずれもが駆動力であり,両反応のバランスにより,コントロールされているが,特に水素発生反応(水素脆化現象)が支配的に寄与していた。
(7)歪漸増型破壊靭性試験において,H2S分圧が0.15 bar(+0.85 bar-CO2)から,1 bar,16 barに変化した場合,き裂発生・伝播ともに促進される傾向が見られた。