Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Rolling and Sliding Contact Fatigue Process under High Pressure in Carburized SCM420 Steel
Kazuya Hashimoto Taichi FuchigamiKeisuke YariOsamu Umezawa
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 1 Pages 76-87

Details
Abstract

It is important to improve fatigue life for pitting of gear in order to attempt down-sizing of gear unit and low fuel consumption. Rolling and sliding contact fatigue under high pressure in carburized SCM420 steel is studied. The ultimate aim is to understand the effect of material properties on the fatigue life. In this research, there was considerable interest in change of the material in the contact surface of specimens depending on the shift in tangential force acting on a moving roller in the direction of a tangent to the path of the roller during the fatigue test. Three lubricants were used in these fatigue tests for the purpose of changing the degree of tangential force. A roller tested under a lubricant that the tangential force is shifted higher compared with that of the other lubricant produced a pitting failure earlier. The roller also promoted to decrease the hardness and to narrow the half width of the (211) peak of alpha iron at the contact surface. The transition of these characteristics related to the creation of fine grain layer. That is regarded as worked structure formed during fatigue process. The depth of fine grain layer expands according to repeated loading. Fatigue crack propagation depth was almost equal to the depth of fine grain layer. Not only well-known softening caused by increase in temperature but also microstructural change caused by repeated stress loading have an effect on the life through the involvement in fatigue crack initiation and propagation behavior.

1. 緒言

特殊鋼の主要な使用先である自動車業界では,地球温暖化の抑制を目指した世界各国の環境規制強化に伴い,CO2排出量の削減が精力的に進められている。自動車の使用時における削減への取り組みとしては低燃費化,更に電動化があげられる。電動化は自動車の構造をも変化させようとしており,各ユニットの最適配置を考えた場合の小型・軽量化ニーズは,より強くなっていくことが予想される。

この低燃費化や小型軽量化に関して,歯車などの駆動系部品に及ぼす影響を考えると,高面圧化や低粘度の潤滑油の志向による部品接触面における油膜厚さの減少を招くことがあげられる1)。高面圧化や油膜厚さの減少は,歯車の破損モードの一つである歯面の疲労破壊(ピッチング)を促進させ,早期の破損をもたらす。従って,歯車における耐ピッチング寿命の向上は,重要な課題に位置づけられる。

ピッチングとは,歯車のかみ合いに伴う接触面でのすべりと転がり接触応力の繰り返しにより,接触面の表面あるいは極表面層内でき裂が発生し,その後に内部に進展し,クレーター状にはく離する損傷である2)。転がり疲労では,ヘルツの接触理論に基づき,接触する2物体間の接触圧力により接触表面から内部にいくにしたがってせん断応力が変化していく。そして,ある深さで,このせん断応力は最大値となる。この応力が繰り返し作用することで,一般的には,最大せん断応力位置から,何らかの欠陥を起点としてき裂が生じる(いわゆる,純転がりの場合)。これに対して,歯車のように,すべりを伴う接触においては,互いに滑っている2物体の接触面に法線荷重PNが加わる。さらに μを摩擦係数とするとμPNの摩擦力(接線力)が発生する。この接線力の作用により,内部に比べて早期に表面を起点として,き裂が生じ易くなる3)Fig.1にすべりを伴う場合における接触部の状況に関する概念図を示す。すべりを伴う接触では,接線力が寿命に影響を及ぼすといえる4)。接線力が高まれば,表面起点とするき裂の発生や伝ぱを促進することとなり,短寿命化を招くと予想される。

Fig. 1.

Schematic illustration of loading stress around contact area of two solids under rolling and sliding contact fatigue. (Online version in color.)

耐ピッチング寿命における支配因子は,作用応力の点において,接触応力,すべり率5),潤滑油(粘度ほか)6,7)などがあげられる。一方,材料の点において,ガス浸炭ままを前提とした際の浸炭異常層810),表面粗さ8,11),表面硬さ12),残留応力13)などが指摘されている。接線力の作用に伴う材料への影響に注目したこれまでの研究は,調質鋼などの低~中硬度鋼を調査材とする場合が多い。これら研究の中で,き裂の発生,伝ぱに関係する塑性流動や変態組織が観察されている。この塑性流動は,前進塑性流動と言われる。最大せん断応力が降伏条件を越えると塑性変形が生じ,シェイクダウン限界まで塑性流動する。接線力が作用すると,シェイクダウン限界が低下し,前進塑性流動を形成しやすくなる。その前進塑性流動に沿って,ピッチングに至るき裂が生じる事実から,接線力がピッチング寿命の影響を及ぼすこととして紹介されている2)。一方,高硬度鋼において接線力の作用に伴う材料への影響に関する研究は少ない。塑性流動が生じにくい,あるいは観察しにくいために,き裂発生との関係やき裂発生に及ぼす影響が明瞭でないことが,その理由としてあげられる。高硬度鋼において,ピッチングに至る過程における接触部表面の材料特性変化に注目した研究成果としては,軟化があげられる。高硬度鋼が使用される高負荷や高速での環境下においては,2物体の接触疲労により,無視できない温度上昇を伴うと報告されている14)。この温度上昇が,接触部の硬さ低下を促し,強度が低下すると考えられている。この考えに従った寿命改善策として,材料自体の焼戻軟化抵抗を高めることは,有効であるとの報告も多くみられる1518)。しかしながら,この軟化とピッチングに至るき裂生成・伝ぱ挙動との直接的な関係性は,未だ明確ではない。

本研究では,高硬度鋼におけるピッチングに至る過程での接触部表面における材料特性の変化を調査することとした。更に,き裂を観察することで,材料特性の変化とき裂生成・伝ぱ挙動との関係を検討した。また,本研究を行う際に,耐ピッチング寿命に影響を及ぼす接線力の作用を調べるために,潤滑油を変えて試験した。なお試験片の作製条件として,接触部表面が硬化熱処理ままでは,熱処理由来の欠陥が存在し,き裂生成に影響を及ぼす。そこで試験片表面は単純化するべく研磨仕上げした。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材にはSCM420鋼を用いた。供試材の化学成分をTable 1に示す。量産工程で製造された180 mm角の鋼片を直径35 mmの丸棒に熱間鍛伸し,1198 K-2 h保持の焼ならしを施した。その後,試験片形状に機械加工した。硬化処理としては真空浸炭焼入焼戻しを選定した。浸炭温度1223 K,Cp値0.8狙いにて浸炭処理後に,1133 Kから油焼入れを行い,その後に残留γを抑制するために193 Kでのサブゼロ処理,453 Kの焼戻しを施した。当該熱処理後,試験部(接触部)は,最表面の不完全焼入れ層の影響を取り除くため,片肉150 μmの円筒研磨を行い,試験部直径26 mm,幅28 mmの試験片に仕上げた。Fig.2に,試験片表面の光学顕微鏡によるミクロ組織写真を示す。仕上げ研磨後の試験片は,残留γ量6.5Vol.%を含むマルテンサイトを主体とする表面組織を有していた。また,最表面(0.05 mm深さ)硬さは807 HV,有効硬化層深さ(550 HV)は0.85 mmであった。円筒研磨後の試験部表面粗さは,軸方向においてRa=0.04 μm, Rz=0.34 μmであった。

Table 1. The chemical compositions of the test steel (mass%).
GradeCSiMnPSNiCrMoCu
SCM4200.220.260.860.0090.0200.021.210.200.01
Fig. 2.

Microstructure of the specimen (small roller) surface.

2・2 二円筒型試験

すべりを伴う転がり疲労試験として,二円筒型試験機(通称ローラーピッチング試験機,RPT-402型,コマツ製)を用いた。試験の概略図をFig.3に示す。二円筒型試験では,荷重負荷環境下で大小二つのローラーを異なる周速で回転させることにより,ローラー間に相対すべりを発生させて,従動側にあたる小ローラーでピッチングを発生させることが可能となる。本研究では,疲労過程における接線力の値を取得するために,二軸独立駆動式のローラーピッチング試験機を使用した19)。当該試験機は,駆動系がモーター1機からギヤを介して大・小ローラーを回転させる汎用型の動力循環式と比べて,2機のモーターで大小のローラーをそれぞれ独立で回転させることができる。この独立駆動により,試験片となる小ローラーの軸トルクは,ギヤ抵抗によるトルクを無視でき,接線力による抵抗のみを,試験中継続して抽出・測定することができる。この妥当性を検証するために,事前に面圧,すべり率を変化させた時の小ローラーに負荷されたトルクを測定した。大ローラーにはSCM420を素材としてガス浸炭処理後に研磨仕上げした。小ローラーは同じくSCM420にガス浸炭処理後,試験部となる摺動部表面は追加加工せず,そのまま試験に供した。トルクは,試験開始直後には変動が大きいため,十分安定する5×103サイクル時点でのトルク増加量を初期トルクと定義し測定した。面圧,すべり率と初期トルクとの関係をFig.4に示す。いずれの面圧においても,すべり率が0の時に,初期トルクは0であり,すべり率が少しでも付与されると初期トルクは急激に増大した。また,面圧が高いほど,初期トルクは高くなる傾向がみられた。すべりを付与した場合の初期トルクは,全て両ローラー間に生じた接線力によることが確認できた。本研究で,接線力値W(N)は,測定したトルクから,以下に示す式(1)に基づき換算した。

  
W(N)=T(Nm)/(m)(1)
Fig. 3.

Schematic diagram of two roller type rolling contact fatigue testing. (Online version in color.)

Fig. 4.

Relationship between specific sliding and initial torque under various maximum contact pressures.

本研究における二円筒型試験条件をTable 2に示す。相手材である大ローラーはSUJ2鋼の焼入焼戻し材とし,摺動部表面を研削により仕上げた。接線力を変化させる手段として3種類の潤滑油を試験に供した。Table 3に,それぞれの潤滑油の動粘度,添加剤成分ならびに油膜パラメータを示す。使用する3種類の潤滑油は,潤滑油VH,H,LFMの順に動粘度が高い。また,潤滑油VHにはP+S系添加剤が,HにはP+S+Ca系添加剤が,LFMには更にMo系の添加剤が加えられている。油膜パラメータΛは,以下に示す式(2)で示される。弾性流体潤滑理論(EHL理論)により求められる接触部の油膜厚さと接触する2物体表面の合成粗さとの比であり,潤滑状態を判定する指標として用いられている20,21)

  
Λ=h0/σ=h0/(σ12+σ22)1/2(2)
Table 2. Rolling contact fatigue test condition.
ItemsContents
Testing typeDual independent controllable type
Detecting of pittingVibration sensor
Small rollerMaterial: SCM420
Rotation of small roller1500 rpm
Large rollerMaterial: SUJ2
Crowning: 150R
Maximum contact pressure3.0, 3.4, 3.6 GPa
Specific sliding−40%
Lubricant temperature363 K
Supply of lubricant2 L/min
Table 3. Properties of lubricants.
LubricantsLubricant VHLubricant HLubricant LFM
Densityg/cm2 at 288 K0.900.850.85
Kinematic viscositymm2/sec at 363 K24.7311.757.77
AdditiveP ppm175562233
S ppm152672100479
Ca ppm719269
N ppm8537041300
Mo ppm80
Film parameter Λ0.690.340.24

ここで,h0は油膜厚さ,σ1と,σ2は2物体それぞれの表面の自乗平均平方根粗さである。

使用した潤滑油の油膜パラメータΛ値はいずれも<1であった。小ローラーと大ローラーの接触面が,表面粗さ突起間の直接接触(突起間干渉)が生じている状態,いわゆる境界潤滑状態にあると予想できる。

すべりを伴う転がり疲労試験では,最初に試験面圧を変えて,ピッチングが発生するまでの寿命を評価した。その際に上述した接線力の推移も測定した。次いで面圧一定条件の下,ピッチングに至る過程における接触部の変化を調査するための小ローラー試験片を準備するために,所定のサイクル数まで試験を実施した上で強制的に停止した。

2・3 ピッチングに至る過程における接触部の変化に関する調査

ピッチングに至る過程における接触部の変化を調査するために,1×104,5×104(潤滑油VHのみ),1×105,1×106サイクル(潤滑油LFMのみ),ピッチング後の各段階で試験中止し,潤滑油ごとに3~4水準の小ローラーを作製した。それぞれの試験片の摺動部表面における硬さ,X線半価幅,摩耗量を測定した。

硬さは,摺動方向に平行な断面,かつ試験片の最表面から0.05 mm深さにてビッカース硬さ計を用いて測定した。マルテンサイト半価幅は,転がり疲労における疲労度を評価する手段として利用されており,X線回折法により評価している。半価幅は摺動部表面にてCrKαを特性X線としたX線測定を行った後,転がり疲労組織の評価において一般的なα(211)の回折ピークを用いて評価した2224)α(211)の回折ピークはαの他の回折ピークに比べて相対的に強度が高く,γの回折ピークとの重なりも無い。摩耗量は,輪郭形状測定機を用いて摺動方向に対して垂直な方向に,非摺動部から摺動部をまたぐように測定した結果から得られた摺動部の最大深さとした。

更に,き裂の発生状況について,摺動幅中央で切断した後,その断面(半周分)を光学顕微鏡にて観察した。

3. 実験結果

3・1 耐ピッチング寿命

Fig.5に二円筒型試験にて得られたS-N線図を示す。本調査では,面圧3.0,3.4,3.6 GPaで試験を行った。耐ピッチング寿命は潤滑油の違いによって変化した。その寿命は潤滑油LFM,潤滑油H,潤滑油VHの順で長い。これら寿命とTable 3に示す潤滑油特性とを対比すると,両者に関係性はみられなかった。その理由は,使用した潤滑油が計算上,全て同じ境界潤滑状態にあり,寿命に影響を及ぼすほど油粘度や油膜パラメータ値に差が無かったためと考える。寿命は,潤滑油を介した単なる接触状態で説明できない。改めて接触部表面における材料特性の変化が及ぼす影響に焦点をあてて調査する必要のあることが示唆された。

Fig. 5.

S-N data with three types of lubricants. (Online version in color.)

Fig.6にはく離による損傷部外観の一例を示す。はく離による損傷部はいずれも従動側の小ローラーに発生し,矢じり状の形態を呈していた。この損傷は,ピッチングであり当該ローラーピッチング試験において一般的にみられる形態である。

Fig. 6.

Appearance of a pitting fracture on the specimen surface (lubricant H, maximum contact pressure 3.0 GPa). (Online version in color.)

3・2 接線力の推移

本試験では,小ローラー側のトルク測定を介して,その小ローラーと大ローラーの接触部に作用する接線力の試験中の変化をモニタリングした。Fig.7に面圧3.4 GPaでの試験開始からピッチング時点までの接線力の推移を示す。接線力は,潤滑油の種類に関係なく,試験開始時が一番高く,徐々に低下していった。凡そ104サイクル台で,その低下が鈍化した。その104サイクル台以降の接線力の高さは,潤滑油の種類によって異なり,おおむね潤滑油VH,潤滑油H,潤滑油LFMの順で高い。接線力の高さと寿命を比較すると,接線力の低い潤滑油を使用した時ほど,長寿命となる傾向がみられた。

Fig. 7.

Transition of tangential force during fatigue at 3.4 GPa. (Online version in color.)

3・3 表面硬さの変化

Fig.8に面圧3.4 GPaでのピッチングに至るまでの摺動部における表面硬さの変化を示す。表面硬さは,いずれの潤滑油種であっても疲労の進行に伴い,低下していった。また接線力が高い潤滑油種を使用した時ほど,軟化が促進される傾向にあった。ピッチング時点では,その油種に関係なく表面硬さがほぼ同様に約700 HVまで低下していた。

Fig. 8.

Hardness on the surface of specimens fatigued at 3.4 GPa. (Online version in color.)

3・4 半価幅の変化

Fig.9に面圧3.4 GPaでのピッチングに至るまでの摺動部表面におけるX線半価幅の変化を示す。半価幅は,いずれの潤滑油種であっても疲労の進行に伴い,低下していた。また,接線力が高い潤滑油種を使用した時ほど,早期に低下していく傾向にあった。ピッチング時点での半価幅は,油種に関係なく約4.5°まで小さくなっていた。

Fig. 9.

Full-width at half maximum of α211 XRD peak for the specimens fatigued at 3.4 GPa. (Online version in color.)

3・5 摩耗量

Fig.10に面圧3.4 GPaでのピッチングに至るまでの摺動部表面における摩耗量(摩耗深さ)の変化を示す。摩耗量は,試験開始から疲労の進行に伴い増大していくが,104サイクル台以降で変化しなくなった。摩耗量は,潤滑油VH,潤滑油H,潤滑油LFMの順で大きい。

Fig. 10.

Wear depth for the specimens fatigued at 3.4 GPa. (Online version in color.)

3・6 き裂の発生時期と最大深さの変化

面圧3.4 GPaで所定のサイクル数で試験中断した試験片ならびにピッチング後試験終了した試験片を摺動部中央で切断後に,その断面において表面き裂を観察した。その観察は摺動部全周にて実施した。Fig.11にその観察できたき裂のうち,最大深さを測定した結果を示す。き裂は,104サイクルと比較的試験早期に生じていた。ピッチングの生じた寿命が106サイクル以上であることを考えると,き裂発生寿命は,全寿命の1/100のオーダー感である。ローラーピッチング試験における早期のき裂発生に関しては,Kanisawa and Sato25)が同様な指摘をしている。その試験では,摺動部が浸炭ままの表面状態であり,粒界酸化層からき裂が生じている。一方,本試験の結果から,研磨仕上げをした表面状態であっても,試験早期に表面き裂が発生した。き裂発生時の深さは,10 μm未満であり,その後に疲労試験が進んでも進展していない。図中にピッチング底までの深さを併記したが,潤滑油Hを除き,ピッチング直前まで,ほとんど進展していない。

Fig. 11.

Maximum crack depth in the cross section for the specimens after fatigued at 3.4 GPa. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 小ローラーと大ローラーとの接触状態

接線力の高さは,潤滑油の種類によって異なった。その接線力の高さと耐ピッチング寿命とを比較すると,接線力の低い潤滑油下ほど,長寿命となる傾向がみられた。接線力の疲労過程における推移をみると,試験開始時が一番高く,徐々に低下していった。凡そ104サイクル台で,その低下が鈍化した。そして,Fig.10に示すとおり,摺動部表面における摩耗量(摩耗深さ)も,104サイクル台で,その挙動が変化している。試験開始から疲労の進行に伴い増大していくが,104サイクル台以降で変化しなくなった。接線力の推移に対して,摺動部表面における摩耗量(摩耗深さ)が連動している可能性を踏まえて,摺動部表面状態について調査した。特に傾向が変化する104サイクル以降に試験停止した小ローラーの摺動方向に垂直な断面から,FIB加工により摺動部最表面を含む試料を切り出した。その対象は,潤滑油Hの1×104サイクル後と8×105サイクル後,潤滑油VHの9×105サイクル後,潤滑油LFMの2×107サイクル後に試験停止した小ローラーである。Fig.12にTEM観察により得られたそれぞれの明視野像を示す。全ての潤滑油下での試験後の摺動部表面には,1×104サイクル時点では見られない厚さ数百nmの固体膜(Fig.12中の”Tribofilm”)が観察された。共同研究者による調査では,EDS分析結果から,その固体膜は,Fe,O,P,Caを主体とする成分で構成していた。更にXPSによる分析結果から,この固体膜は潤滑油由来の境界潤滑膜であり,リン酸カルシウムCa3(PO4)2やリン酸鉄Fe3(PO4)2で構成していた26)

Fig. 12.

Bright field images at contact surface region of the specimens fatigued at 3.4 GPa: (a) after 1 × 104 cycles with lubricant H, (b) after 8 × 105 cycles with lubricant H, (c) after 9 × 105 cycles with lubricant VH, and (d) after 2 × 107 cycles with lubricant LFM.

以上のことから,高面圧下において疲労初期は,小ローラーと大ローラーが金属接触状態にあり摩耗が進む。104サイクル台になると,境界潤滑膜が生成し始め,接線力の推移が安定化した。その結果として,摩耗も抑制された。104サイクル台以降の潤滑油による接線力の違いは,境界潤滑膜性状に律速されたと考える。寿命は,この境界潤滑膜性状にも影響を受けたとみられる。なお疲労初期における接線力の低下は,摩耗や塑性変形に伴い,相対的に接触面積が増えていったことが影響したと考える。疲労初期には,小ローラーと大ローラーの表面粗さに起因する突起間干渉(金属接触)がおこり摩耗や塑性変形が生じる,いわゆる初期なじみ過程を経ることが知られている27)。本調査において,疲労に伴い,なじみ過程が進行することで,接触面が滑らかな表面となり,相対的に接触面積が増えていった結果が,接線力の推移に現れた。以降,試験開始から104サイクル台までの接線力が低下傾向にある金属接触が主体となる時期を疲労初期,104サイクル台以降の接線力が安定し境界潤滑膜を介した接触が主体となる時期を疲労後期と称する。

4・2 摺動部直下における材料特性変化

疲労の進行に伴う摺動部直下における材料特性の変化をみていくと,表面硬さとX線半価幅が低下した。そしてピッチング時点で,表面硬さは,その油種に関係なく,ほぼ同様に約700 HVまで低下し,X線半価幅も,ほぼ同様に約4.5°まで小さくなっていた。疲労に伴い,表面硬さは緒言でも述べた通り低下することが知られている。またX線半価幅も小さくなることは軸受の転がり疲労試験において既に報告されている24,28,29)。本研究では油種によって寿命が変化したものの,前項での接線力や摩耗量に基づいた疲労過程や上述の摺動部直下における材料特性の変化を踏まえると,同じ要因のもと,同じ過程を経てピッチングに至ったと考える。

この点を前提におくと,表面硬さとX線半価幅の挙動は,共に連動して寿命に影響したと考えられる。すなわち,従来から知られている疲労に伴う温度上昇による熱的効果(焼戻軟化)に,ミクロ組織が関連して寿命に関与した可能性がある。そこで,き裂発生の起点となる最表面における疲労に伴う組織状況を正確に観察するために,EBSDによる結晶方位解析を行った。方位解析を行うための試料は,試験片の摺動部中央で摺動方向に切断,その切断面を鏡面研磨して仕上げた。測定は,FE-SEM (日本電子株式会社製) に付設したEBSD データ収集システム(TSL 製)を用いて加速電圧20 kV,ステップサイズ30 nm ,ワーキングディスタンス20 mmの条件にて実施した。測定領域は,摺動部表面を含む摺動部方向の長さ45 μm×深さ15 μmとした。データ処理では,結晶粒界として認識する方位差の最低値を5°とし,CI (Con¬fidence Index)値が0.1 以下を解析対象から除外した。ここで,試験片の転がり方向をRD,摺動部深さ方向をTD,摺動面幅方向をNDと定義した。Fig.13に,潤滑油LFM下での(a)非摺動部,(b)1×104,(c)1×105,(d)1×106,(e)2×107サイクル(ピッチング時点)後の試験片についてのIPFマップを示す。疲労初期の1×104サイクル時点で,最表面には,1 μmと極めて浅いが,他の研究者ら30,31)も報告している微細結晶粒が認められた。その微細結晶粒層は,疲労の進行に伴い深さ方向に5 μm程度まで拡大していた。更に微細結晶粒層直下には,その微細結晶粒層の前駆段階とみられる局所的に回転した結晶粒が観察された。

Fig. 13.

IPF orientation maps (parallel to ND) in the TD plane of (a) non-contact surface region and contact surface regions after (b) 1 × 104 cycles, (c) 1 × 105 cycles, (d) 1 × 106 cycles, (e) 2 × 107 cycles at 3.4 GPa with lubricant LFM. The area surrounded by white dotted line in (e) was further analyzed about <001>α// ND orientation distribution as shown in Fig.14.

この最表面に認められた微細結晶粒層の結晶方位を詳細に解析するために,Fig.13の潤滑油LFM下で2×107サイクル(ピッチング時点)後の試験片のIPFマップに示す白点線で囲む結晶方位の近しい領域を切り出した。その領域は,微細結晶粒層に加えて,その直下の微細化していない結晶粒域を含む長さ約10 μm×深さ約5 μmである。なお,この領域は,当該試験片の平均旧γ粒径約15 μmよりも小さい。Fig.14に,その切り出した全体領域に加えて,微細結晶粒範囲と微細化していない主要範囲,それぞれについてIPFマップ/IQマップと{001}α極点図を示す。切り出した全体領域の極点図を基準におくと,微細結晶粒範囲と微細化していない主要範囲の極点図は,共にある一方向だけへの配向性はみられず,かつ同様な結晶方位に多くのデータが集中している。微細結晶粒層は,その生成過程において,結晶方位分布に殆ど変化を伴わなかったと考える。更にその裏づけのために,微細結晶粒範囲と微細化していない主要範囲の極点図内にて,青丸で示す同様な晶癖面を赤で識別した。その識別した結果をIQマップ上にも反映させた。その結果,微細結晶粒層の極点図に示される同じ方位の晶癖面をもつ結晶における他の2軸の方位は,微細化していない主要範囲においても同様であった。更に,IQマップから,微細結晶粒範囲と微細化していない主要範囲ともに,同じ方位の晶癖面をもつ結晶の分布に特異性はなく,分散状態にあった。すなわち微細結晶粒層は,その生成過程において再結晶化していない。超強加工では,大きな塑性変形に伴い,結晶粒内に多数の転位境界および大きな方位差を持つ粒界が形成され,結晶粒が分断されていくgrain subdivisionを経ることが明らかにされている32)

Fig. 14.

Magnified image of Fig. 13(e) and <001>α// ND orientation distribution analyses in the surface layer.

高面圧下での高硬度鋼のすべりを伴う転がり疲労における微細結晶粒層は,このgrain subdivisionに類似した現象により生成した加工組織であると考える。この点から,表面硬さの低下やX線半価幅の狭幅化は,微細結晶粒層の生成・拡大に関与した。すなわち微細結晶粒形成のために元の結晶粒内における転位境界の形成がX線半価幅の狭幅化をもたらした。また,表面硬さの低下が微細結晶粒層の深さ方向への拡大を促進させたと推測される。高面圧下での転がり疲労では,内部起点型のはく離過程においても,強ひずみ加工による組織変化(結晶粒超微細化)と等価な現象が生じ,き裂生成・伝ぱ挙動に影響を及ぼすことが報告されている33)。すべりを伴う転がり疲労により生成した微細結晶粒層も,き裂生成・伝ぱ挙動に影響を及ぼすことが示唆された。

4・3 き裂生成・伝ぱ挙動

疲労に伴い,摺動部直下において微細結晶粒層が生成していた観察結果をうけて,き裂生成・伝ぱ挙動に及ぼす影響について検討した。Fig.15に,潤滑油LFM下での(a)1×104,(b)2×107サイクル(ピッチング時点)後および潤滑油VH下での(c)9×105サイクル(ピッチング時点)後の試験片について,き裂を伴う摺動部表面のIQとIPFマップを示す。き裂は赤矢印が示す先に存在する。なお,(a)と(b)のIPFマップ上のき裂は,明瞭化するために観察後に追記した。潤滑油LFM下での(a)1×104サイクル後では,2 μm深さのき裂が,(b)2×107サイクル後では3 μm深さと5 μm深さの2つのき裂が,更に潤滑油VH下の(c)9×105サイクル後では,8 μm深さのき裂が観察視野にみられる。この全てのき裂が,微細結晶粒層とその直下の微細化していない内部との境界まで進展している。また,き裂の両側において,その様相はFig.15(b)や(c)のIPFマップにみられる通り異なり,き裂進展方向に対して摺動部表面に近い側のみにおいて微細結晶粒層の生成が顕著である。更にFig.15(c)のIPFマップで特徴的にみられるとおり,き裂は同じ結晶方位分布をもつ結晶粒内を進展している。次いで,き裂生成の点についてFig.15(b)の上部や(c)の下部にみられるような深くまで微細結晶粒層が生成している領域が存在するにもかかわらず,き裂がみられないことから,き裂は深さ方向における不均一な微細結晶粒層の生成を経て生じると考える。その不均一な微細結晶粒層の生成は,1つの結晶粒内全域において微細化していない点も考慮すると,Fig.15(c)で顕著な摺動部の摩耗による凹凸形成や境界潤滑膜の厚みばらつきによると考える。

Fig. 15.

IQ and IPF (parallel to ND) maps at around surface microcracks in the contact surface region after (a) 1 × 104 cycles with lubricant LFM, (b) 2 × 107 cycles with lubricant LFM, (c) 9 × 105 cycles with lubricant VH.

き裂の進展深さや方向が,微細化層の生成深さに対応して変化することが分かった。潤滑油の違いにより生じた寿命差についてき裂挙動から考察するために,き裂角度を調査した。き裂角度は,転がり方向(RD)を基準として,き裂進展方向と挟む角度とした。そのき裂進展方向とは,開口部を起点として初期に進展した方向と定義し,内部での進展方向の変化は考慮していない。Fig.16に,摺動部切断面全周で観察できたき裂の角度毎のヒストグラムを示す。き裂は潤滑油によらず,疲労初期には30°以下の低角度側に集中していた。疲労の進行に伴い,その分布幅は,高角度側に広がっていた。その高角度(30°以上)のき裂は,寿命の短い潤滑油の方が,より早期に頻度が増していた。微細結晶粒層が摺動部全周で深さ方向に拡大していくのに伴い,き裂が内部方向への進展の駆動力を得て,最終的にピッチングに至っていると考える。

Fig. 16.

Angle of surface microcrack direction to the rolling direction with the lubricant of (a) VH, (b) H, and (c) LFM. (Online version in color.)

4・4 転がり疲労過程

以上から,高硬度鋼の高面圧下におけるすべりを伴う転がり疲労過程は,以下の通りであると考える。Fig.17に概略図を示す。疲労初期(Fig.17におけるInitial damage process)は,大ローラーと小ローラーとが金属接触状態の下,初期なじみ過程にあり,接触部では摩耗と加工組織である微細結晶粒層の生成を繰り返しながら,滑らかな表面となっていく。この時点で,き裂も生成し始める。全寿命からみれば,1/100のオーダーである比較的早期である。ただし,き裂は,微細結晶粒層が浅いために,深く進展しない。そして主には微細結晶粒層をはく離する摩耗源にしかならないと考える。疲労が進むと(Fig.17におけるFatigue crack growth process),本試験に用いた潤滑油では,摺動部表面に潤滑油由来の境界潤滑膜が生成する。この境界潤滑膜の生成が,接線力の安定化につながる。また,摺動部表面では,接触部の温度上昇に伴う軟化が進む。それとともに,微細結晶粒層の内部への拡大が促進される。き裂も,わずかながら,その拡大に応じて,生成・進展する。その進展方向は,微細結晶粒層の深さばらつきに起因する微細結晶粒領域と未微細結晶粒領域の境界に沿う。微細結晶粒層の内部への拡大に応じて,進展したき裂が,最終的には内部最大せん断応力域まで進展することでピッチングに至ると考える。

Fig. 17.

Schematic illustration of fatigue damage processes to pitting failure. (Online version in color.)

5. 結言

本研究では,研磨仕上げした高硬度鋼であるSCM420浸炭焼入れ材を用いて,高面圧下におけるすべりを伴う転がり疲労過程を調査した。その調査にあたり,二円筒型試験機を用いた疲労試験中の接線力を測定すること,その接線力は潤滑油を変えて変化させることを試みた。そして,疲労過程における接触部の変化を詳細に調査した結果,以下の知見を得た。

(1)寿命は,接線力が高い潤滑油下ほど短くなった。そして接線力が高い潤滑油下ほど,摺動部表面硬さ,X線半価幅の低下が促進された。ピッチング時点での表面硬さやX線半価幅は,その油種に関係なく,ほぼ同様な値に収束した(表面硬さは約700 HV,X線半価幅は約4.5°)。

(2)本試験に用いた潤滑油下では,疲労初期は初期なじみ段階である金属接触が主体となり,疲労後期は境界潤滑膜を介した接触が主体となっていた。本試験条件において,境界潤滑膜は,接線力の推移から1×104サイクル以降に生成していた。

(3)き裂は,全寿命の比較的早期である疲労初期から生じる。ただし,この時期に生成するき裂は,主に摩耗源となっている。

(4)疲労過程において内部まで進展するき裂の生成・伝ぱには,微細結晶粒の生成・拡大の程度が影響を及ぼす。き裂は,微細結晶粒の生成を経て,微細結晶粒域と未微細結晶粒域の境界に沿って,微細結晶粒が生成する深さまで進展する。その進展深さが,ピッチングに至る寿命に影響を及ぼしていると考える。

(5)微細結晶粒層は,超強加工でみられるgrain subdivisionに類似した現象により生成した加工組織である。すなわち,き裂生成・伝ぱに微細結晶粒が関与していることを踏まえると,寿命には従来から知られている温度上昇することの熱的効果による軟化に加えて,繰り返しの応力負荷効果による組織変化が関与するといえる。

謝辞

本研究は,国立大学法人横浜国立大学が推進する「グリーンマテリアルイノベーション(GMI)研究拠点」の活動の一環である「表面硬化部材の疲労損傷研究部会」と連携して実施した。研究部会会員の皆様には貴重なご助言を頂きました。また,日鉄テクノロジー株式会社 尼崎事業所 劉莉博士には,組織観察に大変なご協力を頂きました。合わせて心より感謝いたします。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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