Tetsu-to-Hagane
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Transformations and Microstructures
Age-hardening Behavior in γ′-phase Precipitation-hardening Ni-based Superalloy
Fumitaka Ichikawa Masayoshi SawadaYusuke Kohigashi
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 1 Pages 54-63

Details
Abstract

Dislocations are often introduced in Ni-based superalloys to impart sufficient strength at both room temperature and high temperatures prior to their use in automobile exhaust gaskets. However, the interaction between the representative γ′ (Ni3(Al, Ti))-phase precipitates and dislocations in high temperature remains unclear. Therefore, this study examined the effect of cold rolling on age-hardening behavior and microstructure evolution, focusing on the formation of γ′-phase Ni3Ti during aging at 700ºC for up to 400 h after 60% cold rolling of solution-treated specimens. During the early stage of aging, at 0.03 h, the hardness rapidly increased from 401 HV to 496 HV. Age-hardening continued until 3 h and reached its peak of 536 HV, followed by gradual decrease with aging time. 3D atom probe investigation revealed that the γ′-phase was confirmed after 0.3 h of aging. However, the composition-modulated structure speculated to be caused by spinodal decomposition was observed in the 0.03 h aged specimen. The change in strength with aging time was considered by calculating the contribution of each strengthening mechanism. In the initial stage of aging (0-3 h), dislocation and solid-solution strengthening dominated along with spinodal strengthening. Strengthening by spinodal decomposition in the 0.03 h aged specimen is presumptively accelerated by the introduced dislocations, which is followed by further precipitation strengthening caused by γ′-phase precipitates. In the later stage of aging (3-400 h), precipitation strengthening became dominant and reached its peak at 20 h aging, while dislocation strengthening decreased with aging time.

1. 緒言

ガソリンエンジンを動力とする自動車においては,高温強度等の耐熱性能が求められる部材が多く用いられている。その中でも排気系部材は,常に熱膨張-収縮が繰り返され,連結部において隙間が発生し,排ガスが漏洩してしまう。このため,連結部には排ガス漏洩防止のためガスケットが配される1)。厳しい高温に晒されるガスケットには,耐熱ステンレス鋼やNi基合金等の,固溶強化,析出強化を用いた材料が用いられることが多い2,3)が,高温強度に加えて常温強度が必要な場合,それらに転位強化が組み合わされる場合がある1,4,5)

高温環境下において,転位は回復,再結晶により減少するため,強化への直接の寄与は期待できない6)。また,転位は拡散を促進し,析出物の粗大化を早め,早期の強度低下を引き起こす可能性もある。

一方,Saito and Komai7)は,オーステナイト系耐熱鋼において,クリープ破断試験に及ぼす予ひずみの有無の影響を調査し,予ひずみ材において粒界だけでなく,粒内の転位上にもM23C6等の強化相が析出することで,析出物の均一性が高まり,クリープ特性が向上することを報告している。即ち,析出強化を活用した耐熱金属材料において,転位は材料の強化に対し重要な役割を果たす場合がある。

Ni基耐熱合金では,γ′相(Ni3Al,L12構造)が高温での強化相として用いられることが多い2)γ′相析出に対する転位の影響についてはほとんど調べられていない。これは,γ′相とオーステナイト母相の格子整合性が高く,界面エネルギーが低いために,転位がγ′相の析出サイトとして働きにくく,転位が析出挙動に影響しないと考えられてきたことによる。

しかし,γ′相析出強化系Ni基合金の中でも,Al濃度に対しTi濃度が高く,γ′相の組成がNi3Tiとなる合金系2)では,γ′相の生成の前段階としてスピノーダル分解が発現するとの指摘がある810)。また,スピノーダル分解によって形成される濃度変調構造について,Phase field法を用いた転位の影響に関する研究例があり1113),転位周囲の応力場によって拡散が優先的に進み,スピノーダル分解が促進すると述べている報告もある13)。このことから,γ′相の生成の前段階としてスピノーダル分解が生じる合金系においては,転位の導入により濃度変調構造の形成が促進され,その後の析出挙動や材料の強度に対し,何らかの影響を及ぼす可能性が考えられる。なお,このようなスピノーダル分解の発現は,要因は不明であるが,Ni-Al二元系合金のγ′相(Ni3Al)生成時には起こらず14),Ni-Ti系合金のみで確認されている810)

以上のことから,本研究では,冷間加工によって転位が導入された,Ni3Tiの化学組成に近いγ′相が析出するNi基合金について,高温で熱処理した際のγ′相の析出挙動を明らかにすることを目的とした。すなわち,本研究では冷間圧延によって転位を導入したNi基合金の時効硬化挙動,およびγ′相の析出前段階としての濃度変調構造,およびγ′相自体の析出状態を詳細に調査し,更に,これらの実測データを用いて,転位が導入されたNi基合金の時効硬化挙動に対し,各強化機構の寄与度について,強化理論に基づき評価し,強化機構を考察した。

2. 実験方法

本研究で使用した合金の化学組成をTable 1に示す。本合金は,Alの代わりにTiを含有したγ′相を生成させるため,Tiを4 mass%添加している。

Table 1. Chemical composition of the Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy (mass%).
CMnCrFeMoTiAlNbNi
0.040.2115.036.91.24.00.052.1Bal.

本組成の合金を真空誘導溶解炉にて溶製し,インゴットとした。これを,γ′相の溶体化温度以上である1080°Cで加熱し,熱間鍛造と熱間圧延で厚さ5.0 mmの板にした後,室温まで水冷した。この板について,1080°Cでの焼鈍,酸洗を施し,冷間圧延と1080°Cの中間焼鈍を繰り返して厚さ0.2 mmの板とした。なお,最終圧延前の焼鈍は1080°Cで行い,最終圧延率は60%とした。

この板に対し,時効硬化挙動を調査するため,昇温速度6.8°C/s,温度700°C,最大400 h,空冷の時効熱処理を施し,冷間圧延まま材,および時効熱処理材の板幅方向(TD: Transverse direction)を法線とするTD面における,室温でのビッカース硬さの測定と,組織観察を行った。硬さ測定時の測定点数は5点ずつであり,測定荷重は4.9 N(0.5 kgf)とした。組織観察は,光学顕微鏡,透過電子顕微鏡(TEM: Transmission electron microscopy)を用いて行った。また,γ′相の析出形態の詳細観察のため,3次元アトムプローブ(3DAP: 3-dimentional atom probe)法(分解能:0.5 nm以下)により,微小部の3次元原子位置分布の測定を行った。

熱力学計算にて求めた,本材料の平衡状態図(Thermo-Calc ver. 2019a,Database: Ni8)15,16)Fig.1に示す。本状態図によれば,1080°Cの溶体化熱処理時には,γ′相は溶体化する。また時効熱処理に用いた温度である700°Cでの平衡状態では,析出物相はγ′相が主体であり,他には微量のσ相(FeCr)が析出すると推測される。同計算にて求めたγ′相の組成は,主に,70 mass%のNi,16 mass%のTiからなり,また7 mass%程度の少量Nbが固溶するものであった。

Fig.1.

Calculated property diagram showing the variation of volume fraction of each phase in the Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy. (Software: Thermo-Calc ver. 2019a, Database: Ni8)15,16).

3. 実験結果

3・1 時効硬化挙動

圧延率60%の冷間圧延を施した板の700°Cでの時効硬化挙動をFig.2に示す。冷間圧延まま材(as CR)は,圧延前の硬さ174 HVと比較して,加工硬化の影響で,401 HVと高い硬さを示す。また,700°Cにおける時効熱処理の初期,特に0.03 h(108 s)の時効熱処理で,硬さが冷間圧延ままの状態の401 HVから496 HVへと急激に増加する特徴が認められる。その後,3 hの時効熱処理でピーク硬さ536 HVに達する。以降硬さは徐々に減少して,400 hの時効熱処理後は437 HVとなる。しかし,この値は,圧延前の材料の硬さや冷間圧延ままの材料の硬さより高い。

Fig.2.

Change in Vickers hardness with aging time at 700ºC of the Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy after cold rolling by 60%.

3・2 微視組織(光学顕微鏡,TEM)

圧延率60%の冷間圧延まま材,および700°C時効熱処理材のTD面の光学顕微鏡組織をFig.3に示す。Fig.3(a)に示す冷間圧延まま材のオーステナイト母相の結晶粒は,冷間圧延の影響から偏平形状である。また,Fig.3(b)~(e)に示すように,時効熱処理が進行しても再結晶粒は観察されず,粒径,粒形状は変化しない。但し,Fig.3(f)に示す400 h時効材の光学顕微鏡組織は,他の試料と比較してコントラストが異なり,全面的に斑のような模様が見える。

Fig. 3.

Optical micrographs from transverse direction of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy: (a) 60% cold rolled specimen, (b) to (f) subsequently aged specimens at 700ºC for up to 400 h.

冷間圧延ままの状態では,粒界や粒内の不均一変形組織以外には,特に何も見られない。一方,700°C時効材は,Fig.3(b)~(e)中に矢印で示したように,冷間圧延ままの状態に比べて,粒界や粒内のすべり線などの不均一変形組織に対応すると思われる部分が,より黒く明確にエッチングされている。この部分については,粒界や転位上に析出し得る粗大な塊状のσ相等のγ′相以外の析出物の生成等,何らかの影響でエッチングが進行した可能性も考えられるが,このようになった原因は不明である。いずれにしても,20 hの時効熱処理後まで,粒内の不均一変形組織は明確に観察されることから,時効時間20 hまでは粒内に一定量の転位が残存していたものと推定される。なお,400 h時効材については,斑のような模様が全面的に見られ,微細な析出物が密に存在する状態での再結晶組織を反映している可能性も考えられる。

次に,γ′相の析出,および転位の有無について調査するため,700°C,1 h,400 h時効材について薄膜試料を作製し,TEMによる観察を行った。

700°C,1 h時効材の粒内の低倍率のTEM明視野像をFig.4(a)に示す。1 h時効材では高密度の転位組織が残存していることがわかる。Fig.4(b)および(c)の,高倍率での観察例にも示すように,今回の観察範囲では明確なγ′相の確認には至らなかった。700°C,400 h時効材の粒内を拡大したTEM明視野像をFig.5(a)に示す。Fig.5(a)中に〇印で示した2箇所においては,Fig.5(b)に示す通り,共に,γ′相が存在することを示す制限視野電子線回折パターンが見られる。しかし,明視野像における箇所1と2を比較すると,箇所1においては,線状に伸びた濃淡のパターンが見られるのに対し,箇所2においては,同様のパターンは観察されない。また,両箇所における制限視野電子線回折パターンは,共に,オーステナイト母相の回折斑点においてストリークが見られるものの,γ′相に固有の回折斑点においてはストリークが見られない。これらの結果から,今回の観察範囲においては,TEMによるγ′相の形態の断定はできず,別の手法による観察が必要である。その他,Fig.6に示す通り,粒界には,強化にほとんど寄与しないと考えられる,径200 nm程度のη相(Ni3Ti)や,径500 nm程度のσ相等の,粗大析出物が少量見られる。なお,700°C,400 h時効材は,少なくとも1 h時効材と比較して,転位密度が減少しているように見える。

Fig. 4.

(a) TEM bright field image of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy after aging at 700ºC for 1 h following 60% cold rolling and (b) selected area electron diffraction pattern from the observed area which shows the existence of austenite (γ) phase.

Fig. 5.

(a) TEM bright field image of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy after aging at 700ºC for 400 h following 60% cold rolling and (b) selected area electron diffraction pattern from the observed circled area which shows the existence of γ′-phase (Ni3Ti).

Fig. 6.

(a) TEM bright field image at the grain boundary area of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy after aging at 700ºC for 400 h following 60% cold rolling and (b) selected area electron diffraction pattern from the observed circled area which shows the existence of σ-phase (FeCr) and η-phase (Ni3Ti).

3・3 3DAPによる析出物の解析

700°C時効材のTEM観察において,時効材の結晶粒の内部にγ′相が存在することが明らかとなった。一方,TEM観察においては,γ′相の分布や形状の把握は非常に困難であった。このことから,3DAPによる元素マッピングにより,γ′相の観察を試みた。冷間圧延まま材,および700°C時効材の3DAPによる元素マッピング結果をFig.7に示す。熱力学計算結果より,γ′相は主にNiおよびTiからなると考えられたことから,本研究では,3DAPマッピングにおいて,特にTi濃度が高い箇所をγ′相粒子の生成箇所であると仮定した。3DAPマッピングにおける,400 h時効材のγ′相中心の実測の平均Ti濃度 24.0 at%と,400 h時効材のオーステナイト母相の実測平均Ti濃度 0.3 at%の中点付近である12.0 at%のTi濃度となる面を,オーステナイト母相とγ′相との界面とし,Fig.7の中に紫色の面で示している。Fig.7(a)に示す冷間圧延まま材においては,γ′相に対応するTiが凝集した部分は見られない。また,Fig.7(b)に示す0.03 h時効材においても,Tiが12.0 at%以上の濃度を持つ部分は見られない。しかし,Fig.7(c)に示す0.3 h時効材では,Ti濃度が12.0 at%以上となる領域,つまり,球状に近い形状のγ′相の生成領域が見られる。時効時間が長いものになるほど,サイズが大きくなっていく。また,その分布は,0.3 h時効材においては均一微細であるが,時効時間が長いものになるほど,個数密度が低下していく。

Fig. 7.

3D atom probe images of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy: (a) 60% cold rolled specimen, (b) to (e) subsequently aged specimens for up to 400 h at 700ºC. Needle-shaped specimen was aligned to rolling direction. A purple surface in the image represents the area in which the chemical composition of Ti is more than 12 at%.

Fig.5で示したTEM明視野像での線状の濃淡は,先述の通り,γ′相の形状であると示す明確な証拠がないことと,測定範囲は狭いものの,Fig.7に示す3DAPマッピングの結果から,γ′相自体の形状の示すものではないと考えられる。一方で,Fig.5(b)の制限視野電子線回折パターンに示す通り,オーステナイト母相の回折斑点におけるストリークと,γ′相固有の回折斑点が共に存在する領域が複数存在する。明視野像における濃淡およびストリークの発生の明確な原因が特定できていないため,あくまでも推論の域を出ないが,冷間圧延によるひずみの導入がオーステナイト母相の組織に何らかの変化を与え,γ′相の析出挙動に影響を及ぼしている可能性があり,今後検討していく必要がある。

700°C,0.03 hの短時間時効熱処理では著しい硬さ増加があったが,γ′相の析出は明確には観察されなかった。この試料における3DAPデータの一部分を用いて,主要元素Ni,Fe,Cr,Ti,Nbの濃度の線分布を調査した結果をFig.8に示す。各元素濃度の線分布は,局所的に濃度が高い箇所と低い箇所が周期的に繰り返される濃度変調した分布を示す。また,この濃度変調は,γ′相生成元素であるNiが濃化し,γ′相に関与しないFeが減少した領域と,Niが減少し,Feが濃化した領域が周期的に繰り返す構造を持つ。また,場所によってはNi濃化部とTi,Nbの濃化部が重なっている箇所がいくつかある。このことから,この濃度変調構造は,Ni,Tiを主な構成元素とするγ′相の析出の前段階としてスピノーダル分解が生じた結果,形成されたものと推察される。

Fig. 8.

3D atom probe elemental distribution profiles of Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy aged at 700ºC for 0.03 h following 60% cold rolling (ROI: 5 nm diameter cylinder).

4. 考察

本供試材は,0.03 hという短い時効熱処理時間で,硬さが401 HVから496 HVへと大幅に上昇した。しかし,本合金の主たる強化機構と考えられるγ′相の析出は,0.3 h以降の時効材でしか確認されなかった。一方で,0.03 h時効材には,γ′相析出の前段階と考えられるスピノーダル分解によって形成された濃度変調構造が観察されており,これが0.03 h時効材の硬さに影響している可能性が考えられた。そこで,0.03 h時効材におけるスピノーダル分解によって形成したと推測された濃度変調構造による強化量,および今回使用した供試材の700°Cにおける時効硬化挙動の時効時間に対する全体的な変化を,各強化機構に基づき,定量的に評価することとした。

4・1 時効熱処理中に生じる各種強化機構について

光学顕微鏡および3DAPによる組織観察の結果より,供試材の時効硬化挙動に対する各強化機構の寄与度を評価する。各強化機構のうち,時効初期のスピノーダル分解による強化,析出強化,固溶強化,および粒界強化については,各種強化理論に基づき,強化量を算出し,残りは,後述する通り,供試材の製造履歴および組織観察の結果を考慮して,主に転位強化によるものと仮定した。以下に,各強化機構について考察する。

4・1・1 スピノーダル分解による強化

700°C,0.03 h時効材については,3DAPによる組織観察において,γ′相の析出は見られなかったものの,スピノーダル分解により起こったと推測される濃度変調が認められた。そこで,スピノーダル分解による強化量を計算する。スピノーダル分解による強化量Δσmsは,式(1)によって算出できることが知られている17)

  
Δσms=AηY6(1)

ここで,Aは原子濃度振幅,ηはミスフィット・パラメーターであり,式(2)で示される。

  
η=1aac(2)

ここで,aはオーステナイト母相の格子定数,cは固溶原子の組成である。また,∂a/∂cは固溶原子が単位組成分増加した際の格子定数の増分である。Yは,弾性定数C11C12で表される式(3)により決定される定数である。

  
Y=(C11C12)(C11+2C12)C11(3)

供試材は多元系合金であり,Ni,Fe,Cr,Ti,Nbの5種の元素において濃度変調が認められたが,これらの濃度変調構造を全て考慮に入れた強化量の検討は非常に困難である。そこで本研究では,単純化のため最も濃度振幅の大きかったNiとFeの2種の元素の間の濃度変調のみを考慮に入れ,濃度変調強化量を計算する。3DAPの計測結果より,オーステナイト母相中のFeの平均濃度振幅Aは6.0 at%であった。ミスフィット・パラメーターηは,Ni(オーステナイト)中にFeが固溶する場合は,0.034である18)Yは,供試材の成分における弾性定数が不明であるため,便宜上,安定オーステナイト系ステンレス鋼であるType 316の弾性定数C11=206 GPa,C12=133 GPaを用いると19),167 GPaとなる。これらの値からΔσmsを計算すると,139 MPaとなる。これ以外の元素の濃度変調も発生していることも考慮すると,実際の変調構造強化量は,より大きいと思われる。各強化機構を考慮した総合的な時効熱処理中の強度量の変化については,4・2節で議論する。

Kusabirakiら20)は,今回の供試材と同様にγ′相(Ni3Ti)を主な強化相とするA286合金(Fe-26Ni-15Cr-1.2Mo-2Ti)において,転位のほぼ存在しないと思われる溶体化熱処理材の,720°Cにおける時効硬化挙動を調査した。しかし,調査した中で最短の時効時間である0.1 hの時効熱処理においても,ほとんど硬さ上昇は見られなかった。当該文献において,溶体化したA286合金の0.1 hの時効材の組織,および濃度変調の有無についての詳細は不明であり,また今回供試材とした合金とは化学成分が異なる。そのため,あくまでも推論の域を出ないものの,γ′相(Ni3Ti)析出強化合金における組織中の転位の有無が,数百s単位の短時間の時効後の硬さの変化に影響している可能性が示唆された。おそらく,本研究においては,転位の存在により原子拡散が助長されスピノーダル分解が促進されたと推察した。

4・1・2 析出強化

母相中の析出物による強化機構は大きく分けて2種類あり,析出物が小さい場合には,転位が析出物をせん断するCutting機構,析出物が一定以上大きい場合には,転位が析出物を迂回して進み,析出物の周りに転位ループを形成しながら通り抜けるOrowan機構が働くことが知られている。

本研究においてCutting機構を想定する場合には,規則相であるγ′相粒子がせん断される際に形成され,転位移動の障害になる逆異相界面(APB: Anti phase boundary)を考慮しなければならない2)。逆異相界面を考慮したCutting機構による析出強化量Δσapb式(4)にて算出した21)

  
Δσapb=MEapb2b(lλ+2r)(4)

ここでMはTaylor因子,bはBurgersベクトルであり,今回の計算ではそれぞれ3,0.25 nmとした。Eapbは単位面積当たりの逆異相界面エネルギーである。Eapbは,種々導出例があり2230),その値も文献によって0.1~0.6 J/mm2程度と幅がある。またTiが固溶したγ′相は,基本組成Ni3Alと比べEapbが高くなるとの調査結果もある2830)。本研究では,γ′相についてNi3Tiの組成を持つと仮定し,Eapbの値をChandranら28,30)の算出した0.55 J/mm2とした。また,転位によりせん断される析出物の長さlや,析出物の平均間隔λは,3DAPにて観測したγ′相の体積率fγ′と平均粒半径rから,先行文献21)を参考として算出した。この算定の際に用いた剛性率μの値は80 GPaとした。3DAP測定を行っていない20 h時効材については,3 hおよび400 h時効材の中間値を使用することとした。計算に使用したfγ′rlλの値をTable 2に示す。

Table 2. Changes in necessary parameters for calculating precipitation strengthening with aging time at 700°C together with the amount of precipitation strengthening (Δσp). Parameters were obtained by 3D atom probe method.
Aging time
(h)
γ′ phase fraction
(fγ′)
Mean radius of γ′
(r, nm)
Segment length of the dislocation acting in the cutting of γ′ (l, nm)mean γ′ particle spacing (λ, nm)Δσapb
(MPa)
Δσoro
(MPa)
Δσp
(MPa)
0
0.30.021.53.028.93333599333
30.122.71.315.88905036890
20(0.16)(14)22.031.2117519211175
4000.23034.162.98361203836

一方,Orowan機構による強化代Δσoroは,式(5)で表されるAshby-Orowanの式で算出し3134),両強化機構のうち,算出される強化量が低い方を,析出強化による強化量Δσpとした。

  
Δσoro=320.8Mμb2πr1ν(πf2)1ln(23rb)(5)

ここで,νはポアソン比であり,今回の計算では0.28とした。算出したΔσpの値はTable 2に示している。すなわち,析出強化量Δσpは,時効時間の増加と共に333 MPa(0.3 h)から1175 MPa(20 h)程度まで増加した後,減少に転じ,400 hの時効熱処理では836 MPaまで減少すると予測される。また,本研究における計算結果では,γ′相の析出が見られ始めた0.3 hから400 hの時効に至るまで,全てCutting機構が働き,Orowan機構は働いていないと推定される。

4・1・3 固溶強化

固溶強化量Δσsは,Labusch則に基づき,式(6)を用いて算出した3538)

  
Δσs=fmat(iks,i3/2xi)2/3(6)

ここで,ks,iは元素iの係数,xiは元素iの母相中の組成分率である。なお,本研究では,熱力学計算や3DAP測定の結果から,γ′相の体積率変化の影響が無視できないと考えられたため,オーステナイト母相の体積率fmatを式に組み入れた形としている。ks,iは各元素の原子サイズと剛性率39)から,先行文献40)を参考として算出したTable 3の値を用いている。また,fmatxiは3DAP測定で得られたデータより決定している。3DAP測定を行っていない20 h時効材については,析出強化の計算と同様,3 hおよび400 h時効材の中間値を使用している。計算に用いたfmatxiの値,およびΔσsの計算結果をTable 4に示す。固溶強化量Δσsは,時効時間増加と共に306 MPaから127 MPaにまで減少すると予想される。母相の化学組成は,時効熱処理時間が長くなるほど,Ni,Ti,Nb,Alが減少し,Fe,Crが増加する。Ni,Ti,Nb,Alは何れもγ′相,η相の生成元素であるため,この変化は主にγ′相,η相の析出とその成長によるものと考えられた。

Table 3. Solid solution strengthening coefficient ks,i/MPa calculated from shear modulus and atomic size of each element1,39,40).
iNiCrMoAlTiNb
ks,i112102637437201106
Table 4. Changes in necessary parameters for calculation solid solution strengthening 700°C together with the amount of solid solution strengthening Δσs). Parameters were obtained by 3D atom probe.
Aging time
(h)
Austenite phase fraction
(fmat)
Chemical composition of austenite phase
(at%)
Δσs
(MPa)
FeNiCrMoAlTiNb
0139.3338.4316.310.700.114.320.80306
0.30.9840.9737.3816.570.760.063.550.72278
30.8845.6131.6819.660.850.051.620.52195
20(0.84)(47.21)(29.58)(21.09)(0.81)(0.03)(0.94)(0.33)160
4000.848.8127.4922.510.770.020.270.14127

4・1・4 粒界強化

母相の結晶粒界による強化量Δσgbは,式(7)で表されるHall-Petchの関係から算出した41)

  
Δσgb=σ0+kgbD1/2(7)

ここで,σ0は素地強度,kgbはHall-Petch係数,Dは平均結晶粒径である。σ0kgbはそれぞれ,オーステナイト系ステンレス鋼で一般的に使用される100 MPa,600 MPa/mm1/2を用いた42)Fig.3に示す光学顕微鏡観察の結果から,母相の平均結晶粒径を測定したところ,時効熱処理時間に拠らず60 µmであった。なお,母相の結晶粒形状は偏平形状であったため,結晶粒の長径と短径の平均を粒径とした。また,400 h時効材については結晶粒界が不明瞭であったものの,0~20 hまでの時効熱処理材の粒径が変わらず60 µmであったため,400 h時効材も粒径は60 µmであると仮定した。この値を用いて強化量を算出したところ,Δσgbは時効時間に拠らず,177 MPaと算出された。

4・1・5 転位強化

本研究においては,圧延率60%で冷間圧延された材料を出発材に用いており,転位組織も強化に大きく寄与していると考えられる。しかし,700°C時効材について,X線回折によるオーステナイト母相の転位密度の測定を試みたものの,オーステナイト母相と結晶構造が近いγ′相のピークの位置が重複し,ピーク分離ができず,オーステナイト母相の転位密度の測定が不可能であったため,定量的な評価はできなかった。しかしながら,本研究において用いた供試材の強化機構は,スピノーダル分解による強化,γ′相による析出強化,固溶強化,粒界強化以外は,転位強化の影響と考えるのが妥当である。そこで今回の検討では,スピノーダル分解による強化,γ′相による析出強化,固溶強化,粒界強化の各機構の強化に対する寄与を全強化量から差し引いた残余が,転位強化による強化量であると推定した。

4・2 時効熱処理中の硬さ変化とその定量的評価

今回使用した供試材の700°Cにおける時効硬化挙動の時効時間に対する全体的な変化を,各強化機構に基づき定量的に評価するため,冷間圧延まま材および700°C時効材の硬さの実測値を,式(8)43)を用いて降伏強度(YS: Yield strength)に換算した。なお式(8)は本来,ビッカース硬さと引張強度との関係を記述した経験式であるものの,本研究で用いている材料は冷間圧延を加えた上で時効熱処理を施しており,降伏強度と引張強度の差は小さいと考えられることから,引張強度をそのまま降伏強度に置き換えている。

  
YS=3.053HV+22.0(8)

供試材の700°Cにおける時効の時間に伴う降伏強度の変化挙動を,各強化機構に基づき定量的に推定した結果をまとめた図をFig.9に示す。

Fig.9.

Change in yield strength as a function of aging time at 700ºC together with the predicted amount of contribution to strength from each strengthening mechanism. Ni-37Fe-15Cr-1.2Mo-4Ti-2Nb superalloy was cold rolled by 60% and subsequently aged.

時効熱処理の初期(0.03 h)における急激な強度上昇は,スピノーダル分解によって起こったと推測される濃度変調構造による強化の寄与が考えられる。4・1・1項にて予測した0.03 h時効材のスピノーダル強化量139 MPaは,0.03 hの時効熱処理による強度上昇量290 MPaと比較すると小さい。しかし,実際の濃度変調構造は,計算で考慮したFeやNi以外に,Fig.8に示したようにTi,CrやNbについても確認されており,実際の変調構造による強化量は更に大きくなるものと思われる。また本研究において,結晶方位のデータは測定していないものの,弾性定数によって決まる定数Yの値も,異方性を持つと考えられる。本研究においては単純化のため,これらの影響については考慮に入れなかったが,今後,より正確な強化量の計算を行うためには,このような点も考慮に入れた検討が必要であると思われる。

時効の初期(~0.3 h)においては,固溶元素も一定量残存しており,固溶強化の寄与も無視できない。また,冷間圧延で導入された転位強化の寄与については,全体の強度から各強化機構の和を差し引いたものと考えると,この状態では冷間圧延まま材と同程度であると予想され,主要な強化機構であると考える。

時効時間が0.3 hから,20 h周辺に至るまでは,Fig.9に示すようにγ′相による析出強化の寄与度は大きく増加した。析出強化量は,時効時間が20 hになった際に1175 MPaとピークに至り,時効時間が400 hに達すると,析出物の粗大化が生じる過時効状態となったと考えられ,その影響からか析出強化量は836 MPaと低下した。また,固溶強化による強化量は,主にγ′相やη相等の析出により固溶強化元素の濃度が下がったため,時効熱処理の進行に伴い緩やかに減少した。転位強化に関しては0.3 hから3 hにかけてあまり変化はなかったものの,3 hから20 hにかけて大きく減少し,20 h,400 h時効材では,転位の強度に対する寄与はほぼなくなったと考えられた。一方,粒界強化は,時効熱処理中に再結晶や粒成長等が見られず,母相の平均粒径が変わらなかったことから,時効熱処理時間によらず一定と推測された。

以上のことから,今回の供試材の700°Cにおける時効硬化挙動は次のようにまとめられる。即ち,粒界強化は時効時間によらずほぼ一定量強度に寄与する。時効の初期(0~3 h)においては,転位強化,固溶強化に加え,γ′相の析出の前段階で発生したと考えられるスピノーダル分解が起こり,濃度変調構造が形成されたことが強度に影響したと推察される。そして時効後期(3~400 h)においては,時効時間の増加と共に,転位強化の寄与の減少と,γ′相形成による析出強化の寄与の増加が並行して進行した。そしてγ′相の粗大化により,時効時間20 hをピークに析出強化の強度への寄与が減少に転じ,更に転位強化,固溶強化の寄与の減少も相まって,時効時間の増加と共に強度が減少していったと推測される。

しかし,析出強化量と転位強化量の単純加算の妥当性と,転位強化の実際の影響に関する評価手法については課題が残る。本検討では,転位密度の正確な定量化ができなかったため,暫定的に他の強化機構による強化量の残余を転位強化量とした。しかし,先行文献31,44)によると,強化相の析出と転位が同時に存在している場合には,析出強化と転位強化の強化量は,単純な加算により正確に予測することはできないとの知見もある31)。光学顕微鏡およびTEMの観察の結果から推定すると,20 hまでの時効材には,一定量の転位が存在していると考えられ,転位強化量が過小評価されていることが懸念される。但し,400 h時効材については,TEM観察において転位組織がほとんど見られなかったことから,転位強化量は無視できるほど小さくなっていたと考えられ,その結果,析出強化,固溶強化,粒界強化の和が,実験値と比較的良い一致を示したと考えられる。また,400 h時効材において想定される微細なサブバウンダリー(小角粒界)による強化は,Bowenら45)によって検討されているが,他の強化機構と比較すると十分小さいものと予想されるため,今回の検討では考慮していない。

5. 結言

γ′相(Ni3Ti)析出強化型Ni基合金の時効硬化挙動に及ぼす転位の影響を明らかにするため,溶体化熱処理後,圧延率60%の冷間圧延により転位を導入した後,700°C,最大400 hで時効熱処理し,常温硬さの変化を測定した。また,光学顕微鏡,TEMおよび3DAPを用いて時効熱処理中の組織変化を詳細に調査した。これらの結果をもとに,時効の各段階における各強化機構の寄与を強化理論に基づき評価した。結果は以下に示す通りである。

(1)溶体化熱処理後,60%の冷間圧延を施した供試材(401 HV)は,700°C,0.03 h(108 s)の時効熱処理で,496 HVへと急激に硬さが増加した。その後,3 hで硬さは536 HVとピークに達し,以降徐々に減少して,400 hにおいては437 HVになった。

(2)時効熱処理初期(~0.03 h)における急激な硬さ増加は,3DAPによって確認された,スピノーダル分解によって起こったと推察される濃度変調構造による強化と考える。このような短時間でのスピノーダル分解の発生には,時効熱処理前に導入された転位が寄与していると推測した。

(3)時効熱処理時間が0.3 h以降になると,γ′相による析出が認められ,析出強化量は時間とともに大きく増加した。しかし,その増加は時効時間20 hをピークとし,以降は時効が進むにつれて寄与度が減少した。

謝辞

本論文の執筆にあたり,多くの有益なご助言を頂きました,潮田浩作博士に心から感謝申し上げます。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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