2022 Volume 108 Issue 1 Pages 1-10
In the hard cooling process of steel, heat flux and temperature fluctuations are so large due to the wetting that it is difficult to measure unsteady cooling phenomena. In this study, we experimentally analyzed the detailed heat transfer behavior of continuous casting secondary cooling of a moving system using the improved IHCP (Inverse heat conduction problem) analysis with the Laplace transform technique developed in the previous paper. The test piece was a SUS304 rotor with a thickness of 10 mm and an outer diameter of 136 mm, which was heated to 880°C, rotated at a peripheral speed of 0.9 to 8.0 m/min, and cooled from above with a flat air mist spray. Thermocouples were installed at two points 1.5 mm and 3.5 mm from the surface. As a result of the analysis, under the conditions of the film boiling region, the surface heat flux qw could be expressed as qw / qw,peak = (W / Wpeak)0.57 using the spray water flux W. However, after the start of wetting, cooling continued even on the downstream side in the moving direction where the water droplets did not collide directly. In the nucleate boiling region and the film boiling region, the average heat flux when passing through the spray did not change due to the change in casting speed. However, the wetting start temperature became higher as the casting speed becomes slower.
連続鋳造工程では銅鋳型により表面を凝固させる一次冷却と,スプレー水により内部まで凝固を進行させる二次冷却によって,1500°C程度の溶鋼を鋳片へと凝固させる。冷却中の鋳片にはバルジングやロールのミスアライメント,曲げや曲げ戻し,熱歪など様々なひずみが発生し,時に表面や内部に割れを発生させて歩留まりを低下させる。鋼材の割れに対する感受性は,鋼材の合金成分,温度によって支配される。特に750°C~800°C前後の温度域で,オーステナイト粒界からフィルム状にフェライトが生成するIII領域の脆化が起こる。この温度域で鋳片表面に曲げ戻し矯正歪をかけると横割れが発生しやすい。横割れを抑制する手段として,二次冷却帯で強冷却・復熱させ,鋳片表層に微細組織を形成させ組織強化する手法1,2)がある。この手法では組織制御のため鋳片表面は600°C以下まで冷却される。しかしこの温度域ではクエンチ現象が発生するため,極めて温度降下速度が速く,現象解明のためラボで冷却実験を行う際,解析は非常に困難になる。
著者は既報3,4)にて熱物性の変化の大きい,鋼材の強冷却挙動を解析するため,変換温度法を用いたラプラス変換による熱伝導逆問題解析手法を提案した。本解析手法をSUS304の冷却実験に適用した場合,クエンチにより熱伝達係数が12 kW/m2Kに達する連続強冷却条件においても,ほとんど変物性による誤差を発生することなく解析ができることを示した。
実機の冷却では鋳片が移動し,スプレー冷却と放冷を繰り返す極めて非定常性の高い冷却挙動となる。また鋳造速度は1.0 m/min未満から薄スラブ連鋳機では8.0 m/minまで幅広い条件となる。冷却能力は,水量,水温,スプレー種や表面スケールの状態などの様々な特性の影響を受ける。種々の鋳造条件における正確な温度予測を実現するには,これらの特性の変化の影響を理解する必要がある。鋼材の沸騰冷却特性については様々な先行研究5–14)が存在する。しかし移動系特有の事象に対する検討は少ない。例えばRaudenskyら5,6)が移動系の冷却実験を実施しており,移動方向や鋳造速度に依存した移動系特有の冷却挙動が現れることを示した5)他,近年の熱延ROTを対象とした研究13,14)があるが,複雑な移動系沸騰冷却現象が明らかになっているとは言い難い状況にある。
そこで,本報では中空円筒ローター試験片を用いた移動式冷却実験装置を用いて,二流体フラットスプレー冷却時の試験片内の温度履歴を種々の鋳造速度に対応した回転速度で測定した。測定温度から熱伝導逆問題手法を用いて移動面上の表面温度と表面熱流束を評価し,実験で得られた冷却特性に基づき実機の温度予測モデル構築に必要な知見を得ること,特に移動面上で固有な冷却特性を明らかにすることを目的とした。
Fig.1に実験装置主要部の全体図を示す。実験装置は,冷却水供給装置,高温中空ローター試験片を搭載した試験台車,および計測装置から構成される。本試験ではタンク1から冷却水を,エアコンプレッサーから圧縮空気を,二流体フラットスプレーノズルへ供給した。水温はローター表面で所定の温度になるようヒーターもしくは投込み冷凍機を使ってタンク内の液温を調整した。
Schematic diagram of experimental apparatus.
Fig.2に示すローター材は,冷却温度域に変態点を持たないSUS304製で外径φ136 mm,肉厚10 mm,長さ150 mm の中空円筒である。ローター長中心からz方向へ0,15 mmの位置にそれぞれ図中●で示される表面から深さx=1.5,3.5 mmの合計4箇所にφ1 mmの接地型シース熱電対が挿入されている。ローターは,台車上のパルスモーターで任意の速度で回転できる。またシース熱電対の信号は,外部計測器と接続するため水銀接点ロータリーコネクタ(8接点)を試験片の非加熱部に設置した。
Test rotor and air mist nozzle.
試験片の上方150 mmの位置に二流体フラットスプレーノズル(撒布角90°)を撒布域の幅(長軸)方向をローター軸方向と一致させて設置し,ローター上の撒布幅は300 mmに設定されている。
試験ローターは,電気炉で880°Cまで一様加熱後,Fig.1に示される冷却装置ノズル直下の所定位置に固定し,初期温度約800°Cよりスプレー冷却を開始する。実験は水圧0.23 MPa,水量Q=5 L/min,空気圧Pair=0.22 MPa,空気量18.2 Nm3/hで一定,着水温度Tli=40±0.7°C,周速Vc=0.9,1.8,3.6,8.0 m/min(回転速度N=2.1,4.2,8.4,18.7 rpm)で実施した。
各水量でのスプレー散布域の厚み(短軸)方向の水量密度のピーク点を100%で規格化した水量密度分布をFig.3に示す。水量密度は厚み方向に10 mm厚の枡で測定し,枡の設置位置を1 mmずつ動かすことで1 mmピッチのデータを得た。各測定厚は10 mmなので,実際の水量密度分布よりブロードな分布であることに注意が必要である。
Water density distribution in minor axis direction for air-mist flat spray.
Fig.3の水量密度の計測結果より高水量の20 L/minでわずかに分布がシャープになっている他,分布はほとんど一定で,W / Wpeak>10%となる有効なスプレー散布域は中心から±20 mmとなる。一般的な一流体スプレーでは水量が大きいほどシャープになるが,二流体化とノズル設計の工夫により均一分布が保たれることを確認した。なお,中心から±12 mmより外側の領域は,枡に衝突し厚み方向外側へ流れた気流に乗って軌道が逸れた微小液滴を捕集した結果であり,冷却面に対して衝突圧力をほとんど生じない領域であった。なお,ローター上の幅方向(z軸方向)の水量密度分布は,5 L/minにおいて全幅で最大値の90%以上の水量密度が保たれており,ほぼ一定である。
試験片内部温度から表面温度・表面熱流束を推定する逆問題は既報3,4)と同様に変換温度を用いたラプラス変換法で解いた。円筒座標系一次元熱伝導方程式(1)は,式(2)で定義される温度Tの変換温度Fで置き換えると,式(3)に示す定物性の熱伝導方程式に変換できる。ここで,Tdは任意の基準温度(=0°C),λdはTdにおける熱伝導率である。
(1) |
(2) |
(3) |
式(3)の両辺にラプラス変換を施して2階常微分方程式(4)が得られる。ここで,チルダ(~)は,原関数をラプラス変換した像関数を示す。sはラプラス演算子,p=(s/a)1/2を示す。
(4) |
常微分方程式(4)は,時刻の半値多項式で近似した測定温度履歴の境界条件の下で厳密解を求めた後,ラプラス逆変換により時間領域の表面温度と表面熱流束の解析解を導出した15)。その概要は付録に示す。非定常冷却中の不規則な測定温度変動に対する高い近似精度を補償するため,近似式の重ね合わせ法を適用した3,16)。
Fig.4は軸方向測温位置z=0 mm,着水温度Tli=40.7°C,スプレー水量Q=5 L/min,ローター周速Vc=1.8 m/minで得られた表面からx=1.5,3.5 mmの内部温度履歴を示す。縦軸に平行な点線はスプレーノズル直下の測温点通過時刻を示す。図中のnは冷却開始後の測温点の周回数を示す。温度は回転周期(14.3 s)毎に冷却域での温度降下と冷却域外での温度回復を繰り返しながら徐々に温度降下する。図中twetの時刻で示されるn=9で,スプレー直下の温度降下幅が増大し,同時に最大温度降下幅を記録する。ここでは,温度降下幅が増大し始める時刻twetを濡れ開始時刻と呼ぶ。なお,Vc=3.6 m/min以下の条件では,時刻twet前後で遷移沸騰を越えて核沸騰までの沸騰遷移がスプレー直下で生じて,Fig.4に示されるように冷却速度が急激に増加した。
Measurement temperature of rotation rotor.
Fig.4に示した2つの測温位置での温度履歴から逆解析により評価した表面温度Tw,表面熱流束qwの時間変化をFig.5に示す。周回数n=1~8の冷却域でのTwの温度降下幅は高々100°C程度だが,n=9の濡れ開始直後に約300°Cの最大値を記録し,それ以降周回毎に降下幅は小さくなっている。Kotrbacekら17)の二流体スプレー実験においても(Vc=1.0 m/min,Q=11 L/min),温度降下幅は濡れ直前で130°C,直後で380°Cを記録し,同等の挙動である。熱流束qwはn=1~8ではノズル直下通過時刻前後で対称な変化を示し,極大値を示すが,n=9以降ではqw>0を示す冷却維持時間幅Δtはノズル直下通過後の時間域へ長くなる。つまり,有効な冷却域がノズル直下から移動方向下流側に拡大することが分かる。Twが100°Cを下回るn=11以降ではΔtが回転周期に到達,つまりローター全周で冷却が維持される濡れ状態となるため,温度回復が小さくなっている。
Surface temperature and heat flux.
Fig.6にFig.5に基づいて作成した,ノズル直下位置を基準とする移動方向の周長roθに対する熱流束qwを示す。Fig.6(a)にn=1~8のqwの分布を重ねて示す。Fig.6(b)~(e)にそれぞれn=9~12の各周回の分布を示し,比較参照のために濡れ開始前n=8の分布も併記した。
Surface heat flux distribution for each rotation number.
Fig.6(a)より,濡れ開始前のn=1~8のqwの分布はほぼ一致し,破線で囲まれたスプレー散布範囲±20 mmで移動方向に対称な分布となることが分かる。
Fig.6(b)より濡れ開始直後のn=9では,qwの分布が著しく変化することが分かる。すなわち,n=8と比べてノズル直下近傍でのピーク熱流束qw,peaxは2倍程度増加し,qwの分布がスプレー散布域外の移動方向下流側へ拡がり広範囲での冷却が継続する。これは散布域でのローター表面の濡れを持続したまま下流方向に移動し,沸騰冷却が継続するためである。Raudensky and Horsky5)は,表面温度がLeidenfrost pointに到達後にノズル直下と下流での熱伝達が促進される挙動を示したが,n=9の挙動は定性的に一致する。Fig.6(c)よりn=10ではピーク熱流束は低下するが,下流側の冷却域がさらに拡大される。なお,上流側のqwの分布はn=8と同様に破線のスプレー散布範囲-20 mmまでに限定される。次に,Fig.6(d)よりn=11では上流側への冷却域拡大開始が確認できる。また,下流側の分布はroθ=214 mmのローター下端を超えて,ローター左半分の領域におよび,Fig.6(e)に示されるようにn=12でのノズル直下での冷却開始まで全周に亘り冷却が継続する。ピーク熱流束はさらに減少すると同時に位置がノズル直下から上流側へ偏移することを確認できる。Fig.5に示されるようにn=12でのTwは100°Cを下回り沸騰冷却は完了し,単相熱伝達に移行するのでroθ=-27 mm以降qwは低下する。
4・3 速度依存性Fig.7にz=0 mm,Tli=40°C,Q=5 L/min,Vc=0.9,1.8,3.6,8.0 m/min,深さx=1.5 mmの熱電対測定温度履歴を示す。冷却開始温度のばらつきを補正するため,0~20 sの復熱温度が各水準一直線に重なるように時間軸をスライドさせて表示した。図中twetの矢印が示す時刻は,各速度における温度降下幅の増大開始を示す濡れ開始時刻を示す。同一水量・水温での冷却のため,Vc=0.9 m/minを除いて,回転速度が違ってもtwetに大きな差がなく,冷却終了時の温度がほぼ一致する冷却履歴を示す。一方, Vc=0.9 m/minの場合twetが著しく早くなり,速やかに100°C近傍まで冷却が進行していることが分かる。
Measurement temperature of rotor for each casting speed (x = 1.5 mm).
Fig.8(a)~(d)に冷却開始位置(roθ=-214 mm)の表面温度Tw,start=666~689°C,Vc=0.9~8.0 m/minの各鋳造速度で得られた,Fig.7におけるt≒30 sでのqwの移動方向分布を示す。これらの結果は濡れが開始していない膜沸騰冷却に相当する。各グラフには,比較のため0.9 m/minの分布を平滑化して点線で記入している。鋳造速度が速くなるほど熱流束の分布はブロードになると伴にピーク熱流束は小さくなった。Raudensky and Horsky5)の実験によると静止系のピーク熱流束は2.0 m/minの1.3倍であった。本実験において0.9 m/minのqw,peakは,1.8 m/minの1.4倍であり,0.9 m/minの結果は静止系に近い挙動であることが予測される。鋳造速度が速い水準において熱流束の上昇と下降は非対称に遅れが発生した。逆解析の遅れは約0.03 s3)と考えられ,この現象を説明できない。上昇の遅れは散布された液滴が衝突後,沸騰し熱を奪うまでの時間を示すと考えられる。下降の遅れは鋼材表面上の液膜が蒸発や沸騰により飛散し,完全に除去され乾くまでの時間を表していると考えられる。Fig.8(d),Vc=8.0 m/minの結果から算出すると,前者は約0.1 s,後者は約0.7 sの時間を必要とすることが推定される。
Influence of casting speed on film boiling heat flux; comparing with 0.9 m/min.
Fig.9にVc=0.9,1.8,3.6,8.0 m/minの沸騰曲線を示す。ローター回転に伴うスプレー散布域の通過と同期して反時計回りに1回転するループを描きながら高温側から低温側に向かって移動する。各ループの軌跡上にピーク熱流束qw,peakを〇で,最大熱流束qw,maxを●でマークした。前述の通りTwが100°C以下の低温域を除き,ピーク熱流束は概ねノズル直下位置で記録される。
Relationship between surface temperature Tw and heat flux qw for each casting speed at fixed water temperature of 40°C.
Fig.9(a)~(d)の比較より,Vcの上昇に伴いローター1回転当たりの冷却時間とピーク熱流束が減少し,1ループ当たりの温度降下幅が小さくなるため,冷却終了までに要する周回数が増加する。
Fig.10はFig.9で示した各鋳造速度のピーク熱流束qw,peakを抽出しプロットした結果を示す。この図を沸騰曲線と言う。qw,peakは,Fig. 8で示したように各周回でのスプレー直下で生じる局所的な熱流束の極大値を示す。qw,peakの挙動は,約420°C以上の高温の膜沸騰域(F.B.)でほぼ一定,約320°C以下の核沸騰域(N.B.)では正勾配,これらの中間の遷移沸騰域(T.B.)では逆勾配となる典型的な沸騰曲線の特徴を示すことが分かる。膜沸騰域は一般的なプール沸騰の沸騰曲線では正勾配になるが,本試験結果は一定か少し逆勾配であった。遷移沸騰域は8.0 m/min以外では観測されず,3.6 m/min未満の中厚スラブ連続鋳造機の速度領域では1周回の前後で膜沸騰から核沸騰に遷移するため,遷移沸騰に対応する状態点は見られないことが分かる。また鋳造速度が小さいほどピーク熱流束の値は大きくなる。
Relationship between surface temperature Tw and heat flux qw for each casting speed (Boiling curve).
またFig.10に示す水平破線は,Mudawar and Valentine18)が提案した静止面上のフルコーンスプレーによる定常沸騰冷却の限界熱流束(CHF)の予測式による着水温度30,40,50°Cの予測値を表す。本測定で得られた最大熱流束は,CHFの高々1/2程度である。なお,予測式での水温は給水温度で定義されているため,着水温度を適用すると水温を過小評価,つまりCHF推定値は過大評価を与える。ただし,水温40±10°Cに対して,高々0.2 MW/m2程度の変化となる。さらに,静止系で水を用いた非定常スプレー沸騰での最大熱流束qw,maxは,固体材質に応じて定常冷却のCHFの予測値の1/3~2/3程度に低下することが報告されている19)。非定常実験では沸騰面への熱供給が固体内部の非定常熱伝導で支配されることや,流体側が高温面上で加熱開始後沸騰が発達するまでの十分な時間がないため,CHFより低い値に留まると考えられる。
次にFig.10で示したスプレー冷却域の局所的な最大冷却能力である熱流束ピーク値に対して,Fig.11に放冷領域を含む全体の平均冷却能力であるローター1周回中(-214 mm<roθ<214 mm)の平均熱流束qw,avを示す。ただし,横軸は1周回中に変化する表面温度の代表値として,周回毎の冷却開始位置(roθ=-214 mm)における表面温度Tw,startで整理されている。Fig.11もFig.10と同様に典型的な沸騰曲線の特性を示すが,膜沸騰領域と核沸騰領域のデータに対するVcの影響が小さいことが分かる。 一方,遷移沸騰領域については,Vcが小さくなるに従い,膜沸騰領域の下限温度は高温側へ偏移することが分かる。
Relationship between average heat flux of one rotation and cooling start surface temperature.
冷却実験の結果を実機の連続鋳造の解析に適用するには,実験で評価された伝熱特性を数式化して計算モデルで扱う必要がある。凝固解析のための副次的な解析の場合,冷却水制御区分毎に熱伝達係数を設定する方法が用いられる。しかし表面割れの解析では実際の表面温度挙動と精密な比較を行う必要があり,銅鋳型冷却域,スプレー冷却域,輻射冷却域,ロール接触冷却域などに分割して解析する20)。ところがFig.6(b)に示すように濡れ開始以降,スプレー冷却域の長さはダイナミックに変化するため,予めスプレー冷却域幅を決定することは難しい。これにはスプレーノズルごとに冷却挙動をデータベース化しダイナミックにスプレー冷却域幅を変化させる方法が考えられるが,設備改造の都度様々な水量,温度の広範囲な実験が求められるため,モデルに基づく予測手法の開発が必要である。本報では,初期段階の検討として,Fig.10で表される冷却特性に現れる膜沸騰域,濡れ開始条件,濡れ開始以降の遷移・核沸騰域の基本特性を明らかにする。
5・1 膜沸騰域の冷却挙動まず移動方向の熱流束分布を検討する。スプレー冷却の熱流束は例えば水量密度Wと表面温度Twの関数,式(5)の関数形で与えられる。Wの指数は,α=0.5~0.710,18,20)となる。
(5) |
4・3節で述べたように濡れ開始前の膜沸騰域でのqwの分布は,Vcの影響を受ける。Vc=0.9 m/minでは移動方向にほぼ対称な分布を示し,静止系と見なすことができる。Fig.12にVc=0.9 m/min,n=2(Tw,start=689°C)でのWαと熱流束qwの鋳造方向分布を示す。縦軸の値は,それぞれの最大値で1.0に規格化している。W 0.57とqwの分布が最も高い相関性を持つことから,式(5)におけるスプレー冷却域の平均熱流束に対する水量密度の影響は,局所においても成立し,Wの指数も報告されている範囲で一致することが分かる。
Comparison between water density and heat flux of Vc = 0.9 m/min.
一方,Fig.8で示されるようにVc≧3.6 m/minでは,qwの分布はブロードとなり非対称となるため,局所でのqwとWとの相関性は失われることが分かる。
Fig.11に示されるTli=40°C,Q=5 L/min,冷却開始表面温度Tw,start=650~750°Cで得られた膜沸騰領域の各周回での平均熱流束qw,avから放冷の熱流束qw,radを差し引いた正味のスプレー冷却による平均膜沸騰熱流束qw,av,spをVcで整理した結果をFig.13に示す。図中には各シンボルの周回数nの範囲を表す。グラフよりqw,av,spはVcに依らず一定値を取り,平均0.110 MW/m2,標準偏差0.009 MW/m2を示した。従って,任意のWとVcの条件の組み合わせで得られた平均膜沸騰熱流束の値は,他のVcの条件に対して適用できる可能性を示す。例えば,Vc=8.0 m/minで得られたデータからVc=1.0 m/minの計算を行った場合, 膜沸騰域に限ると平均的には問題なく計算できることを示している。
Relationship between average heat flux of one rotation and casting speed.
Fig.11のqw,avとTw,startとの関係から核沸騰領域は,膜沸騰領域と同様にVcに関わらずほぼ同じ特性を示す。ただし,核沸騰領域はVcの低下と伴に高過熱度側まで拡大する。
前項にて膜沸騰域での平均熱流束がVcに依存しないことが示された。そこで核沸騰域でも同様な関係が成立するか調べた。 Fig.14に各Vcの膜沸騰熱流束で規格化した沸騰曲線を示す。qw,peak,FBは,各Vcで膜沸騰域のピーク熱流束qw,peak(Fig.10)を算術平均した熱流束である。この規格化をすることで,Vcの上昇に伴いピーク熱流束が鈍る現象の影響を相殺できる。qw,peak / qw,peak,FBは核沸騰領域(320°C以下)でも鋳造速度によって増減しないことが分かる。従って核沸騰も膜沸騰同様ピーク付近の挙動は速度が速いことにより鈍されているだけで,スプレー冷却能力に対するVcの影響は小さいと考えられる。
Peak heat flux normalized by average heat flux of film boiling region.
次にFig.14で示したピーク熱流束と表面温度の関係と,Fig.11で示した平均熱流束と冷却開始温度の関係を比較する。核沸騰域のピーク熱流束qw,peak / qw,peak,FB(Fig.14)は,表面温度の低下に伴い線形に低下するが,qw,av(Fig.11)は上に凸になり最大値付近で維持される。これは核沸騰域において,温度が低下すると下流の冷却持続時間が延び,温度の低下に伴う熱流束の低下が補われるためである。
核沸騰域の平均熱流束は1.8 m/min以上では速度による増減がほとんど無いが,0.9 m/minで低下した。0.9 m/minでは冷却持続時間が長いため,Fig.15に示す通り表面温度は100°C近くまで低下する。沸騰冷却では,表面温度と飽和温度Tsatとの差,すなわち表面過熱度のべき乗に比例して熱流束が増加するため,表面温度が飽和温度である100°Cに近付くにつれ核沸騰が弱くなり熱流束の低下が顕著となり,他のVcと較べ熱流束が低く計測されたと考えられる。しかし壁面過熱度が小さい表面温度域では,沸騰冷却モデルを単相熱伝達式に切り替えれば,低速領域の冷却特性は自然に表現できる挙動である。
Surface temperature: where n = 4 and 5, it was kept close to 100°C.
従って,核沸騰もピークの挙動および平均熱流束は極端に温度変化が大きくならない限り一定であり,熱伝達のモデルは鋳造速度毎に作成する必要がないことが明らかになった。これは,モデル作成に必要な実験点数の低減,つまり低コスト化の観点から非常に有用な知見である。
5・3 遷移沸騰の冷却・濡れ開始挙動Fig.16に濡れ開始の冷却直前表面温度Tw,wetと鋳造速度Vcの関係を示す。連続鋳造工程の二次冷却では連続冷却と異なり間欠的冷却のため,Fig.11に示されるように遷移沸騰域の履歴が得られるVc=8.0 m/minを除き極小熱流束点に対応する濡れ開始温度を正確に確定できない。つまり,濡れ開始温度を定義する冷却開始表面温度には,濡れが開始したパスでの表面温度と濡れが生じなかった1つ前のパスでの表面温度との間の温度差程度の不確かさが存在する。そこで,濡れ開始前後の冷却開始表面温度の中間温度をTw,wetと定義し,エラーバーにより濡れ開始前後の表面温度不確かさ範囲を示した。Fig.16より鋳造速度が低いほど,不確かさ範囲を超えて冷却開始表面温度Tw,wetが高温側に偏移することが分かる。これは,Fig.15に示されるようにスプレー冷却域の通過時間の増加に伴い,通過中の温度降下幅が大きくなり,濡れが生じやすくなるためである。実機の冷却においても同様に低速ほど高温域から濡れを回復して冷却が促進される可能性を示唆する。しかし,この傾向は,Vc<1.8 m/minで顕著であり,Vc≧1.8 m/minではVcの減少に対するTw,wetの上昇は小さくなっている。
Wetting temperature for each casting speed.
Fig.6に示されるように移動試験片による冷却では,濡れ開始以降スプレーノズル位置を中心に鋳造方向に対して前後方向に非対称な熱流束分布を示す。静止系の実験では,ノズル位置に対して非対称な冷却特性は再現できないため,移動系での実験の必要性・重要性が明らかとなった。移動系では高速時に熱流束分布がブロードになることや,低速時に濡れ開始温度が高温へシフトするなど,速度による影響は存在する。一方で,膜沸騰や核沸騰の平均熱流束は基本的に速度による依存性が無く,濡れ開始温度も0.9 m/minを除いてはほぼ同じであることが分かった。非定常冷却中の温度・熱流束履歴のデータ点数はVcの増加と伴に増大し,特に濡れ開始後の膜沸騰から核沸騰への遷移域での非定常冷却特性の変化を詳細に把握できるため,上述の特性データを把握するには,高速鋳造速度条件での実験がよい選択肢と言える。
冷却実験の結果を実機の連続鋳造の解析に適用するには数式によるモデル化が必要である。本研究では移動系連続鋳造二次冷却実験を種々の鋳造速度に対して実施し,ラプラス変換を用いた熱伝導逆解析手法を適用し解析し,以下の知見を得た。
(1)濡れ開始後,熱流束の絶対値と冷却持続領域が増加し,冷却速度が急増する。
(2)膜沸騰においても,Vcが速くなると熱流束分布は下流に広がるが,平均熱流束は変化しない。モデル化においてVcの影響は考慮しなくてよいと考えられる。
(3)低速,膜沸騰域条件では熱流束は水量密度分布のおおよそ0.57乗に比例した。
(4)核沸騰と膜沸騰のピーク熱流束の比は,Vcに依らず一定であり,核沸騰もVcに依らず同様のモデルで扱えると考えられる。
(5)濡れが開始する冷却開始温度はVcが遅いほど高温になる。そのため実機においても濡れを伴う場合低速ほど冷却が促進される可能性がある。
(6)以上を総合して考えると,速度によって大きく変化する伝熱特性は少ない。従って比較的高速の移動系試験を行うことが合理的な場合がある。
使用記号<添え字>w: 表面(x=0)
wet: 濡れ開始パスの冷却直前位置(roθ=-50 mm)
start: 各冷却パス開始(roθ=-214 mm)
peak: 各冷却パスのピーク値
max: 全冷却区間の最大値
av: 冷却パス平均
<変数>ρ: 密度[kg/m3]
cp: 見かけの比熱[J/kg K]
λ: 熱伝導率[W/m K]
λd: 基準温度(0°C)における熱伝導率[W/m K]
a: 熱伝導率をλdとした温度伝導率[m/s2]
t: 時刻[s]
n: スプレー通過回数[–]
Vc: ローター周速[m/min]
N: ローター回転速度[rpm]
r: ローター中心からの距離[m]
x: 表面からの距離(=ro-r)[m]
x1,x2: 熱電対の位置[m]
z: ローター軸方向距離[m]
θ: ローター上方を0とした角度[rad]
Q: 冷却水量[L/min]
W: 水量密度[L/min m2]
Pair: 空気圧力[Pa]
Tli: 冷却水のローター着水温度[°C]
T: 鋼材温度[°C]
Td: 基準温度(0°C)
f1,f2: 測温点の実測変換温度[°C]
F: 変換温度[°C]
qw: 表面熱流束[W/m2]
to,j: j番目時間区分の開始時刻[s]
Ncorr: 時間区分数[–]
Norder: 各時間区分内の近似式次数[–]
式(4)の微分方程式の一般解は未定定数A,Bを用いて式(A1)で与えられるA1)。
(A1) |
ただし,I0,K0,は0次の第1種および第2種の変形ベッセル関数である。鋼材中の位置r1,r2における測定変換温度履歴の近似式をf1,f2として解を求めると,円筒外表面roにおけるラプラス変換された表面変換温度
(A2) |
(A3) |
(A4) |
式(A2),(A3)をラプラス逆変換し,FをTに逆変換することで,表面温度Tと表面熱流束Φを求めるのだが,これらを直接ラプラス逆変換するのは困難である。従って,測定変換温度履歴の近似式f1,f2,0次,1次の第1種,第2種のベッセル関数I0,I1,K0,K1を一度pの級数で表現する。式(A2),(A3)をpのべき級数で整理した後逆変換を実行する。ベッセル関数はそれぞれ以下の級数表現ができるA1)。
(A5) |
(A6) |
(A7) |
(A8) |
γはEulerの定数でγ=0.57721…,l=1,2である。式(A5)~(A8)を用いて式(A2),(A3)を整理すると,pの対数は消去出来る。従って,表面変換温度および表面熱流束はpを含まない定数D,Eを用いて,p=s/aの級数で表すことが出来る。
(A9) |
(A10) |
各測定変換温度履歴の近似式f1,f2は,既報2)と同様,改良時間区分法を用いると式(A11),(A12)で表される。
(A11) |
(A12) |
ラプラス変換後の測定変換温度履歴は式(A13)で表されるA1)。
(A13) |
式(A13)を式(A9)に代入し整理すると式(A14)が得られる。
(A14) |
なお,べき級数展開された式(A14)のラプラス逆変換は,留数定理から正則となる項はすべて0となる。そこでi/2+1-k>0となる項のみ集めて整理すると,式(A14)は式(A15)となる。
(A15) |
式(A15)を逆ラプラス変換すると,式(A16)の変換温度Fが得られる。Fを式(2)に基づき温度Tに変換すれば,外表面位置roの温度Twが得られる。
(A16) |
また熱流束は式(A10)を式(A9)の温度と同じ手順でラプラス逆変換すると式(A17)が得られる。
(A17) |