2022 Volume 108 Issue 1 Pages 41-53
The partitioning of solute elements during intercritical annealing and the effects of partitioning on ferrite transformation during slow cooling after intercritical annealing in a 0.17% C-1.5% Si-1.7% Mn (mass%) steel were investigated by a new FE-EPMA (field emission electron probe microanalysis) technique. This new technique enables highly accurate measurement of the C distribution. During the intercritical annealing, C and Mn concentrated into austenite, while Si concentrated into ferrite. The distribution of Mn in austenite was inhomogeneous, and austenite with small Mn content was transformed into ferrite during slow cooling. This ferrite transformation proceeded in the NPLE (negligible partitioning local equilibrium) mode. Two kinds of ferrite were produced due to slow cooling, one being intercritically-annealed ferrite, and the other transformed ferrite. The transformed ferrite had larger Mn content than the intercritically-annealed ferrite. Furthermore, the transformed ferrite was classified into the ferrite grown epitaxially from the intercritically-annealed ferrite and that nucleated in the austenite with relatively small Mn content. Prior microstructure and distribution of solute elements before cooling are determined by the intercritical annealing conditions, and then control the ferrite transformation. Precise control of the ferrite transformation is effective for stable production of cold-rolled high strength steel with composite microstructure.
自動車の衝突安全性向上とCO2排出量削減の両立を目的にDP(dual phase)鋼板や低合金TRIP(transformation induced plasticity)鋼板のような冷延高強度鋼板の適用が進められてきている。自動車メーカーからの自動車用鋼板の高強度化と成形性向上の要求と併せて,鉄鋼メーカーにおいてはこれらの鋼板の安定製造の観点での材質ばらつきの低減が重要となる。一般に,複合組織冷延高強度鋼板はフェライトとオーステナイトの二相域焼鈍後の制御冷却により製造され,二相域焼鈍時には逆変態によるオーステナイトの生成およびフェライトとオーステナイトへの溶質元素の分配が生じる。高強度鋼板の製造において,二相域焼鈍およびその後の制御冷却における相変態は非平衡な状態で進行することから,その組織制御は複雑なものとなる。したがって,鋼組織や機械的特性を精緻に制御するためには,二相域焼鈍後の相変態に及ぼす二相域焼鈍時の逆変態挙動や溶質元素の分配の影響を理解することが非常に重要となる1–5)。
Speichら1)は,初期組織がフェライトとパーライトからなるC-Mn鋼の二相域焼鈍時のオーステナイトの生成挙動を調査し,オーステナイトの形成は以下の3ステップで生じることを報告している。(1)フェライトとパーライトとの界面のおけるオーステナイトの核生成およびオーステナイトのパーライト側への急速な成長,(2)パーライトが消滅した後のフェライト側へのさらなるオーステナイトの成長,および(3)オーステナイト中のMnの拡散に律速されるオーステナイトとフェライトへのMnの分配による平衡状態への到達。一方,Tojiら2)は,二相域焼鈍時にオーステナイト中にMnが濃化することでオーステナイトが化学的に安定になり,二相域焼鈍後の空冷時のオーステナイトからのフェライトの生成が抑制されることを報告している。しかし,従来の検討ではフェライトとオーステナイト中のC濃度を広範囲の視野において実験的に測定することが難しく,二相域焼鈍工程における相変態に及ぼすCや置換型固溶元素の分配の影響の定量的な評価が困難であった。
本研究では,上記の課題に対して,新たに開発された高精度FE-EPMA(field emission electron probe microanalysis)技術6,7)を用いて検討を行った。この技術により,MnやSiのような置換型溶質元素だけでなく,Cの二次元分布も高精度に可視化することが可能となる。この高精度FE-EPMA技術を用いた調査をもとに,二相域焼鈍後のフェライト変態に及ぼす二相域焼鈍時の溶質元素の分配の影響について数値計算も含めた定量的評価を行った。
供試鋼としてTable 1に示す組成の鋼を用いた。なお,表中にはThermo-Calc®を用いてオルソ平衡で計算したAe1点およびAe3点も合わせて示す。Ae1点はセメンタイトが完全に固溶する温度,すなわちフェライトおよびオーステナイトの二相領域と,フェライト,オーステナイトおよびセメンタイトの三相領域の境界温度とした。供試鋼は50 kg真空溶解炉で溶製し,粗圧延にて厚さ27 mmのスラブとした後,加熱温度1250°C,仕上げ圧延温度900°Cで熱間圧延を施し,600°Cで1 h保持する巻取り相当の熱処理を行い,板厚4.0 mmの熱延板を作製した。得られた熱延板の表裏面を板厚3.2 mmまで研削した後,板厚1.2 mmまで冷間圧延を行い,次いで塩浴炉を用いてFig.1に示すパターンAおよびパターンBの2種類の熱処理を施した。パターンAでは,焼鈍温度(Ta)が800°Cおよび740°Cの各条件において,加熱途中の各温度(Tq)から,または,Taで各時間(ta)保持した後,水焼入れを行い,二相域焼鈍時の逆変態挙動および溶質元素の分配について調査を行った。一方,パターンBでは,各条件での二相域焼鈍後に10°C/sの冷却速度で緩冷却を行い,冷却時の各温度(Tq)から水焼入れを行うことで,冷却時のフェライト変態挙動に及ぼす二相域焼鈍時の溶質元素の分配の影響について調査を行った。
Chemical composition (mass%) | Ae1 | Ae3 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
C | Si | Mn | P | S | Al | ||
0.17 | 1.5 | 1.7 | 0.010 | 0.001 | 0.03 | 708°C (981 K) | 857°C (1130 K) |
Schematic diagrams of heat treatment patterns.
熱処理により得られた試料に対して,断面組織観察および高精度FE-EPMA分析6,7)を行った。断面組織観察は,板厚方向に平行な板厚断面(上下が板厚方向)を研磨して,ナイタール(1%硝酸+エタノール)で腐食した試料を用いて,光学顕微鏡および走査電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)により行った。SEM像を用いてポイントカウンティング法により各相の体積率を定量化した。さらに,高精度FE-EPMA分析により,C,MnおよびSiの分布の定量面分析を行った。まず,表面のカーボンコンタミネーションを防ぎながらCの測定を行った後,同一視野についてMnおよびSiの測定を行った。Cの測定において加速電圧は7 kV,照射電流は5 nAとし,続くMnおよびSiの測定はS/N比の観点から加速電圧を9 kV,照射電流を10 nAに変更して行った。C濃度の定量化には純鉄およびC濃度が0.089 から0.680 mass%の鋼を標準試料として用いた。MnおよびSiの濃度はZAF法8)により定量化した。
Fig.2に,供試鋼の熱延板の光学顕微鏡組織を示す。熱延板の組織はフェライトとパーライトからなり,フェライトの平均粒径は約10 μmであった。偏析やバンド状組織の形成は認められず,均一な組織となっており,熱延板でのMnやSiの顕著な偏析は生じていないと考えられる。焼鈍時のオーステナイトの生成挙動に対して,このような初期組織も影響を及ぼすことが報告されているが9–12),本研究では冷延鋼板の母板として一般的なフェライト+パーライト組織の熱延板を用いた。
Optical micrograph of hot-rolled sheet.
Fig.3に,パターンAの熱処理において,焼鈍温度Ta=800°Cのときの加熱途中の各温度Tqから水焼入れを行った試料,および800°Cで各時間ta保持した後,水焼入れを行った試料のSEM像を示す。Fig.3(a),(b)および(c)はそれぞれTq=650°C,740°Cおよび780°CのSEM像で,Fig.3(d),(e)および(f)はそれぞれta=1 s,90 sおよび1.8 ksのSEM像である。Fig.3(a)および(b)では母相であるフェライトに球状のセメンタイトが分散した組織で,Fig.3(a)ではフェライト粒は伸展した形状であるのに対して,Fig.3(b)では等軸な形状となっている。等軸な形状のフェライトは再結晶フェライトであり,フェライトの再結晶は650°Cから740°Cの温度域で生じていることが分かる。Fig.3(c)ではセメンタイトがほとんど消失し,再結晶フェライトの粒界に沿ってマルテンサイトが認められる。このような水焼入れ後のマルテンサイトは熱処理時のオーステナイトに相当する。本研究では,水焼入れした試料のSEM像で観察されたマルテンサイトの体積率および分散状態を,熱処理時のオーステナイトのものと同等として検討を行った。Fig.3(b)および(c)より,フェライトからオーステナイトへの逆変態は,740°Cから780°Cの温度域で開始することが分かる。さらに,Fig.3(d)-(f)から分かるように,800°Cでの保持時間の増加に伴いオーステナイトの体積率が増加する。
SEM images of specimens for Pattern A at Ta = 800°C (1073 K) with (a) Tq = 650°C, (b) Tq = 740°C and (c) Tq = 780°C or with (d) ta = 1 s, (e) ta = 90 s and (f) ta = 1.8 ks.
Fig.4に,パターンAの熱処理において,焼鈍温度Ta=740°Cで各時間ta保持した後,水焼入れを行った試料のSEM像を示す。Fig.4(a)-(f)はそれぞれta=1 s,90 s,300 s,900 s,3.6 ksおよび14.4 ksのSEM像である。Fig.4(a)では,再結晶フェライトと球状セメンタイトからなる組織となっている。Fig.4(b)ではフェライト粒界にオーステナイトが認められ,Fig.4(e)においてセメンタイトが完全に消失する。焼鈍時間の増加に伴いセメンタイトが減少し,オーステナイトの体積率が増加する。
SEM images of specimens for Pattern A at Ta = 740°C (1013 K) for (a) ta = 1 s, (b) ta = 90 s, (c) ta = 300 s, (d) ta = 900 s, (e) ta = 3.6 ks and (f) ta = 14.4 ks.
Fig.5に,Ta=800°C,ta=1.8 ksの条件で熱処理した後,水焼入れを行った試料についてSEM観察を行った後,同じ視野について高精度FE-EPMA分析を行った結果を示す。Fig.5(a)はSEM像で,Fig.5(b),(c)および(d)はそれぞれC,MnおよびSi濃度の二次元マッピングである。CおよびMn濃度が高い領域はオーステナイトに相当し,Si濃度が高い領域がフェライトに相当する。これは,二相域焼鈍により,CおよびMnがオーステナイトに濃化し,Siがフェライトに濃化することによる。オーステナイト中のC濃度とフェライト中のSi濃度の分布は小さいのに対して,オーステナイト中のMn濃度は結晶粒の中央付近に対して粒界付近で高くなる傾向があり,粒内で1.4 mass%程度の大きな分布が認められる。これは,オーステナイト中のMnの拡散が,オーステナイト中のCおよびフェライト中のSiの拡散に対して遅いことに起因すると考えられる。
(a) SEM image and corresponding EPMA elemental mappings of (b) C, (c) Mn and (d) Si of specimen for Pattern A with Ta = 800°C (1073 K) and ta = 1.8 ks.
Fig.6に,Ta=740°C,ta=14.4 ksの条件で熱処理した後,水焼入れして得られた試料について,Fig.5と同様にSEM観察および高精度FE-EPMA分析を行った結果を示す。Fig.5と同様に,CおよびSiはそれぞれオーステナイトおよびフェライト中に均一に濃化し,オーステナイトへのMn濃化は不均一に生じている。オーステナイト粒内のMn濃度の分布は約1.0 mass%と,Ta=800°Cに対して小さい。
(a) SEM image and corresponding EPMA elemental mappings of (b) C, (c) Mn and (d) Si of specimen for Pattern A with Ta = 740°C (1013 K) and ta = 14.4 ks.
Fig.7に,焼鈍時間の増加に伴うオーステナイト中の各元素の平均濃度の変化を示す。各元素の分布から求めた標準偏差をエラーバーで示している。各元素の濃度を複数の結晶粒についてその粒内を0.09 μmの間隔で測定し,平均濃度および標準偏差を求めた。合わせて,Thermo-Calcにより計算で求めた平衡状態でのオーステナイト中のMnおよびSi濃度も破線で図中に示す。焼鈍時間の増加に伴いMn濃度が増加し,CおよびSi濃度は減少する。MnおよびSi濃度は共に焼鈍時間の増加により平衡濃度に近づき,長時間の焼鈍により到達するMn濃度はTa=800°Cに対してTa=740°Cの方が高くなる。Ta=740°CにおけるフェライトとオーステナイトとのMnの分配比は約1.9であり,Siよりも顕著な分配が生じる。
Dependence of chemical composition for γ phase on annealing time at (a) Ta = 800°C (1073 K) and (b) Ta = 740°C (1013 K). Mean C, Mn and Si contents are shown as open squares, solid circles and triangles, respectively, with error bars.
二相域焼鈍後の緩冷却時のフェライト変態挙動に及ぼす溶質元素の分配の影響について,パターンBの熱処理条件で調査を行った。ここで,溶質元素の分配の状態を大きく変化させることを目的に,二相域焼鈍はTa=800°C,ta=1.8 ksおよびTa=740°C,ta=14.4 ksの2条件で行った。Table 2に各条件で焼鈍したときのフェライトおよびオーステナイトの体積率,およびオーステナイト中のC,MnおよびSiの平均濃度を整理して示す。
Annealing conditions | Volume fractions | Mean contents in γ phase | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
Temperature, Ta /°C | Time, ta /ks | α phase, fα | γ phase, fγ | C /mass% | Mn /mass% | Si /mass% |
800 | 1.8 | 0.34 | 0.66 | 0.27 | 2.1 | 1.3 |
740 | 14.4 | 0.73 | 0.27 | 0.42 | 2.9 | 1.2 |
Fig.8に,Ta=800°C,ta=1.8 ks,Tq=800-400°Cの条件で熱処理した試料のSEM像を示す。ここで,Tq=800°Cは,緩冷却を行わずに二相域焼鈍後にそのまま水焼入れを行ったものである。全てのSEM像においてフェライトとマルテンサイトの二相組織となっており,フェライトの体積率は水焼入れ温度の低下に伴い増加する。これは,緩冷却時にオーステナイトからフェライト変態が生じていることを示している。Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件についても同様に,Tq=740-400°Cで熱処理を行った試料のSEM像をFig.9に示す。Fig.8と同様に全ての条件でフェライトとマルテンサイトの二相組織であるが,水焼入れ温度による組織の変化はほとんど認められない。Fig.10に各焼鈍条件における水焼入れ温度とフェライト体積率との関係を示す。Ta=800°C,ta=1.8 ksの焼鈍条件において,フェライト体積率はTq=800°Cの0.35から水焼入れ温度の低下により増加し,Tq=400°Cで0.67となる。特に,700-600°Cの温度域において,フェライト体積率の増加が顕著に生じる。一方,Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件では,水焼入れ温度の変化に伴うフェライト体積率の変化はほとんど生じず,全ての条件で0.67に近い値となる。
SEM images of specimens for Pattern B with Ta = 800°C (1073 K) and ta = 1.8 ks at (a) Tq = 800°C (1073 K), (b) Tq = 700°C (973 K), (c) Tq = 600°C (873 K) and (d) Tq = 400°C (673 K).
SEM images of specimens for Pattern B with Ta = 740°C (1013 K) and ta = 14.4 ks at (a) Tq = 740°C (1013 K), (b) Tq = 700°C (973 K), (c) Tq = 600°C (873 K) and (d) Tq = 400°C (673 K).
Dependence of volume fraction fa of α phase on quenching temperature Tq. Result for Ta = 800°C (1073 K) and ta = 1.8 ks is indicate as solid circles, and that for Ta = 740°C (1013 K) and ta = 14.4 ks is represented as open squares.
Fig.11にTa=800°C,ta=1.8 ks,Tq=800-400°Cの各条件で熱処理した試料のSEM像,およびSEM像と同じ視野におけるC,Mn,Siの濃度の二次元マッピングを示す。Tq=800°Cおよび700°Cでは,オーステナイト中のCおよびフェライト中のSiは均一に分布するのに対して,オーステナイト中のMnは不均一な分布となる。水焼入れ温度の低下に伴いフェライト体積率が増加し,オーステナイト体積率は減少する。Tq=600°Cおよび400°Cにおいて,温度の低下に伴うMnおよびSiの分布の変化はほとんど認められないのに対して,Cの分布が不均一となり,オーステナイト中のC濃度がTq=800°Cおよび700°Cに対して高くなる。Tq=400°Cにおいてオーステナイト中のC濃度は,約0.30 mass%の分布が認められる。Fig.11の(c2)と(c3)および(d2)と(d3)を比べると,C濃度の高い領域とMn濃度の高い領域が必ずしも一致せず,後者の方が広範囲となっていることが分かる。Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件について,同様にTq=740°CとTq=400°CのSEM像およびSEM像と同じ視野におけるC,Mn,Siの濃度の二次元マッピングを比較したものをFig.12に示す。Fig.11とは異なり,水焼入れ温度による各相の体積率および各溶質元素濃度の分布の明瞭な変化は認められない。これは,この焼鈍条件において緩冷却時のフェライト変態が抑制されていることを意味する。このようなFig.11とFig.12の差異について,4・2節で考察する。
(a1, b1, c1, d1) SEM images and (ai, bi, ci, di) elemental mappings of C, Mn and Si for i = 2, 3 and 4, respectively, of specimens for Pattern B with Ta = 800°C (1073 K) and ta = 1.8 ks at (a) Tq = 800°C (1073 K), (b) Tq = 700°C (973 K), (c) Tq = 600°C (873 K) and (d) Tq = 400°C (673 K).
(a1, b1) SEM images and (ai, bi) elemental mappings of C, Mn and Si for i = 2, 3 and 4, respectively, of specimens for Pattern B with Ta = 740°C (1013 K) and ta = 14.4 ks at (a) Tq = 740°C (1013 K) and (b) Tq = 400°C (673 K).
二相域焼鈍時の逆変態挙動およびフェライトとオーステナイトへの溶質元素の分配挙動について,DICTRA®を用いた計算機シミュレーションを行った。DICTRAは局所平衡を前提として拡散方程式を解くソフトウェアであり,Thermo-Calcと連動して動作するため,Thermo-Calcの熱力学データを使用できる。今回の計算では,熱力学データベースはTCFE7を用い,拡散データベースはMOB2を用いた。二相域焼鈍時の近接するフェライト粒の中央位置の平均距離が約5 μmであったことから,計算に用いたセルは5 μmの矩形形状とした。
Ta=800°Cおよび740°Cでのシミュレーションを行い,フェライトとオーステナイトの二相組織を初期組織として,時間経過とともにオーステナイトが左側から成長するように設定した。Ta=800°Cのシミュレーションでは,実験的に求めた800°C保持開始時のオーステナイトの平均粒径の1/2の値として,初期オーステナイトの厚さを2 μmで設定した。一方,Ta=740°Cの実験では,740°C到達時にはオーステナイトが認められなかったことから,Ta=740°Cのシミュレーションでは,1×10-3 μmの非常に薄いオーステナイトを初期組織として設定した。初期の元素の分布状態について,MnおよびSi濃度はセル内で均一とし,CはTa=800°Cのシミュレーションのみフェライトとオーステナイトに分配した条件を設定した。
計算機シミュレーションで求めたTa=800°Cおよび740°Cにおける焼鈍時間とオーステナイト体積率との関係を,実験結果と比較してFig.13に示す。Ta=800°Cでは,実験結果と計算結果とで良好な相関が認められる。一方,Ta=740°Cでは,実験結果に対して計算結果の方がオーステナイト体積率の増加が短時間で生じている。計算で求めた各条件でのCおよびMn濃度のセル内の分布をFig.14に示す。Fig.14(a)および(b)は,それぞれTa=800°CにおけるCおよびMn濃度の分布を示し,Fig.14(c)および(d)は,Ta=740°CにおけるCおよびMn濃度の分布を示す。各温度での保持により,セルの左側に設定したオーステナイトが時間とともに右側のフェライトの方に成長し,CおよびMnはオーステナイトとフェライトに分配する。フェライトおよびオーステナイトの各相内において,Cはほぼ均一に分布しているのに対して,Mnについては各相内での濃度分布が認められる。オーステナイト粒内におけるMn濃度(CγMn)は,オーステナイト/フェライト界面付近において相の内部よりも高い値を示す。オーステナイト内の各位置におけるCγMnは保持時間によって変化しないが,保持時間の増加によるオーステナイトの成長に伴い,オーステナイト/フェライト界面のMn濃度(Cγ/αMn)は高くなる。高精度FE-EPMA分析での測定結果において,Ta=800°C,ta=1.8 ksの焼鈍条件におけるCγ/αMnは約2.5 mass%と高い値となっていたのに対して,オーステナイト/フェライト界面から離れた位置でのCγMnは約1.7 mass%であり,鋼のMn組成に近い値となっていた。このように,Ta=800°Cにおける計算結果であるFig.14(a)および(b)は実験結果と良好な相関を示す。一方,Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件での高精度FE-EPMA分析の測定結果では,CγMnはオーステナイト結晶粒の中央付近においても2.0 mass%以上の高い値であったのに対して,Fig.14(d)に示すCγMnはオーステナイト/フェライト界面から離れた位置において約1.7 mass%となっている。このように,Ta=740°Cの条件においては,Mn濃度の分布が計算結果と実験結果とで乖離した。
Calculations by DICTRA® for dependence of volume fraction fγ of γ phase on annealing time shown as solid curves: (a) Ta = 800°C (1073 K) and (b) Ta = 740°C (1013 K). Experimental results are indicated as solid circles.
Calculations by DICTRA® for profiles of C and Mn contents at various annealing times: (a) C at Ta = 800°C (1073 K), (b) Mn at Ta = 800°C (1073 K), (c) C at Ta = 740°C (1013 K) and (d) Mn at Ta = 740°C (1013 K). (Online version in color.)
Sun and Pugh13)は,二相域焼鈍においてMnはフェライトからオーステナイト/フェライト界面に拡散し,Mnリッチなリムが形成された後,最終的にオーステナイト中のMnの拡散によりオーステナイト内のMn濃度が均一になることを報告している。また,Pussegodaら14)は,695°CでMnリッチなリムが形成された後,数時間でMnがオーステナイト粒の中央部まで拡散することを報告している。彼らは,Mn濃度の増加および格子欠陥の存在によりオーステナイト中のMnの拡散係数が高くなり,上記のような短時間でMnの均一化が生じる可能性を提示している。
Fig.15に,Ta=800°Cおよび740°Cでの保持開始初期の状態を確認することを目的に,各温度で短時間保持した後,水焼入れした試料のSEM像および各元素濃度の二次元マッピングを示す。Fig.15(a)はTa=800°C,ta=1 s,Fig.15(b)はTa=740°C,ta=1 s,Fig.15(c)はTa=740°C,ta=900 sの焼鈍条件の結果である。Fig.15(a)において,Cはオーステナイトに濃化しているが,MnおよびSiのオーステナイトとフェライトへの分配はほとんど生じていない。Fig.15(b)では,オーステナイトは存在せず,組織はフェライトと球状なセメンタイトからなり,Cはセメンタイトが集積している箇所で高くなっている。一方,Mn濃度は球状のセメンタイトにおける局所的な濃化を除いてほぼ均一に分布している。Fig.15(c)では,オーステナイトが生成し,CおよびMnが共にオーステナイトに濃化している。これらの結果から,逆変態の初期において,Ta=800°Cでは非分配でオーステナイトが生成するのに対して,Ta=740°CではオーステナイトがMnの分配を伴って生成すると言える。Ta=800°CにおけるオーステナイトへのMnの濃化は,過去に多く報告3,13–16)されているように,オーステナイトの生成後のMnの拡散により生じると考えられる。しかし,740°Cでの逆変態初期のオーステナイトへのMn濃化は上記の考え方では説明が困難である。
(a1, b1, c1) SEM images and (ai, bi, ci) elemental mappings of C, Mn and Si for i = 2, 3 and 4, respectively, of specimens with various annealing temperatures and times: (a) Ta = 800°C (1073 K) and ta = 1 s, (b) Ta = 740°C (1013 K) and ta = 1 s and (c) Ta = 740°C (1013 K) and ta = 900 s.
Fig.16にFe-1.5 mass%Si-C-Mn四元系のFeリッチ側の740°Cにおける等温断面図を示す。フェライト/オーステナイト二相領域は,局所平衡理論に基づいて,不分配局所平衡(NPLE: NegligiblePartitioning Local Equilibrium)領域と分配局所平衡(PLE: Partitioning Local Equilibrium)領域とに分けられる17–21)。Ta=740°C,ta=1 sの焼鈍条件で得られた試料について,FE-EPMA分析で測定したフェライトの化学組成をFig.16に白丸として示す。さらに,DICTRAの計算において,フェライトの初期状態として設定した化学組成を黒丸として合わせて示す。白丸がPLE領域に入っていることから,フェライトからオーステナイトへの逆変態はPLEモードでMnの分配を伴い生じることになる。Zhangら22)は,ラスマルテンサイトからの逆変態によるオーステナイト生成の速度論的解析および溶質元素の分配についての調査を行い,逆変態の前にMnおよびSiがセメンタイトと母相のフェライトに分配することで逆変態が遅延し,オーステナイトの成長が置換型溶質元素の分配を伴って生じることを報告している。本研究においては,Ta=740°Cでセメンタイトが完全に溶解するのに900 s以上の保持時間を要し,逆変態によるオーステナイトの生成とセメンタイトの溶解が同時に生じている。そして,セメンタイトの存在によりフェライト中のC濃度が低くなり,オーステナイトの生成がPLEモードで進行する。その結果,逆変態の初期からオーステナイトにMnが濃化し,オーステナイト中のMn濃度が結晶粒の中央においても高くなる。
Isothermal section at 740°C (1013 K) of phase diagram in quasi-ternary Fe-1.5Si-C-Mn system. The α + γ two-phase region is divided into the PLE and NPLE regions for the reverse transformation. Chemical composition of α phase in specimen with Ta = 740°C (1013 K) and ta = 1 s measured by FE-EPMA is shown as an open circle, and initial chemical composition of α phase used for kinetic calculation in Fig. 14 is indicated as a solid circle.
しかし,DICTRAの計算では,セメンタイトの溶解と逆変態によるオーステナイトの成長を同時に取り扱うのが困難であり,本研究においてTa=740°Cでは計算結果と実験結果で乖離が生じた。一方,Ta=800°Cにおいては,逆変態の開始前にセメンタイトの溶解が完了することから,逆変態挙動がDICTRAで計算できた。上述のように,セメンタイトの溶解が完了せずフェライト中のC濃度が低い状態から逆変態が生じる場合,逆変態はPLEモードで進行し,オーステナイトへのMnの濃化が逆変態の初期から生じる。
4・2 二相域焼鈍後のフェライト変態モードフェライトとオーステナイトの拡散変態の変態モードは,置換型溶質元素のフェライトとオーステナイトへの分配挙動により,パラ平衡(PE:Para- Equilibrium),PLEおよびNPLEに分類される。PEモードでは置換型溶質元素であるMnやSiの拡散を伴わず,Cの拡散がフェライト/オーステナイト界面の移動を律速する。一方,PLEおよびNPLEモードでは,フェライト/オーステナイト界面における局所的な平衡を保ちながら,置換型溶質元素の拡散により界面移動が律速される。PLEモードにおいては,Cと置換型溶質元素が共にフェライトとオーステナイトに分配するのに対して,NPLEモードでは置換型溶質元素濃度はフェライト/オーステナイト界面においてのみ局所的に変化し,フェライトとオーステナイトへの巨視的な分配は生じず,フェライトとオーステナイト中の置換型溶質元素濃度は一定となる。PLEモードでは拡散速度の遅い置換型溶質元素の分配に律速されフェライト変態が進行することから,PEモードやNPLEモードに対してフェライト変態が顕著に遅延する。
Fig.8およびFig.11に示したTa=800°C,ta=1.8 ksにおける,冷却時の各温度から水焼入れした試料のフェライトとオーステナイトの化学組成をFig.17に示す。Fig.17(a),(b),(c)および(d)はそれぞれTq=800°C,700°C,600°Cおよび400°Cの結果である。
Chemical compositions of α and γ phases for specimens in Figs. 8 and 11 are plotted as open triangles and solid circles, respectively: (a) Tq = 800°C (1073 K), (b) Tq = 700°C (973 K), (c) Tq = 600°C (873 K) and (d) Tq = 400°C (673 K).
ここで,横軸はC濃度,縦軸はMn濃度であり,フェライトとオーステナイトの複数の結晶粒について粒内を0.09 μmの間隔で高精度FE-EPMAのライン分析を行って求めた。Siはフェライト安定化元素で,二相域焼鈍後のフェライト変態を促進する。しかし,3・1節で示したように,二相域焼鈍時のSiのフェライトとオーステナイトへの分配の割合はCやMnに比べて小さい。したがって,ここではCとMnの分配の影響に着目して検討を行った。
Fig.17(a)に示すTq=800°Cにおいて,CおよびMn濃度は共にオーステナイトよりもフェライトの方が低い。Fig.17(b)に示すTq=700°Cでは,Mn濃度の高いフェライトの生成が認められ,オーステナイトについてはMn濃度は変わらずにC濃度が高くなっている。Mn濃度が高いフェライトは,二相域焼鈍後の緩冷却時に生成したと考えられる。以後,二相域焼鈍時に生成するフェライトを焼鈍フェライト,緩冷却時に生成するフェライトを変態フェライトとする。Tq=800°CからTq=400°Cまで低下するのに伴い,オーステナイト中の化学組成はMn濃度の変化は生じず,平均C濃度は0.27から0.5 mass%に増加する。これは,緩冷却時にMnの分配は伴わずに,Cがオーステナイトに濃化していることを示す。
Fe-1.5 mass%Si-Mn-C四元系の各温度における等温断面図に,高精度FE-EPMA分析で測定したオーステナイトの化学組成を併せたものをFig.18に示す。ここで,Ta=800°C,ta=1.8 ksの焼鈍条件の結果は黒丸,Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件の結果は白四角で示し,Fig.18(a),(b),(c)および(d)は,それぞれTq=800°C,740°C,600°Cおよび400°Cの結果である。Fig.18において,フェライト/オーステナイト二相領域をフェライト変態のPLEとNPLE領域とに分けている。PLE/NPLEの境界線は,Fig.16に示した逆変態のものに対して,フェライト変態では高C側に位置する。Fig.18(a)および(b)において,FE-EPMAで測定したオーステナイトの化学組成である黒丸および白四角はいずれもPLE領域に入っている。Fig.18(c)に示すTq=700°Cの条件では,白四角のプロットはPLE領域のままなのに対して,黒丸のプロットはPLE/NPLE境界に位置するようになり,Fig.18(d)に示すTq=600°Cの条件においてはどちらの焼鈍条件のプロットもPLE/NPLE境界に位置するようになる。温度の低下に伴いフェライト変態のNPLE領域は高C高Mn側に拡大し,高温域ではPLEモードとなる化学組成のオーステナイトにおいて,温度の低下によりNPLEモードに移行するようになる。PLEモードからNPLEモードに遷移する温度は,Ta=800°C,ta=1.8 ksの焼鈍条件では約700°Cで,Ta=740°C,ta=14.4 ksの焼鈍条件では約600°Cとなる。
Isothermal sections at various temperatures of phase diagram in quasi-ternary Fe-1.5Si-C-Mn system: (a) 800°C (1073 K), (b) 740°C (1013 K), (c) 700°C (973 K) and (d) 600°C (873 K). Chemical compositions of γ phase measured by FE-EPMA for different annealing and quenching temperatures are shown as solid circles and open squares for Ta = 800 and 740°C (1073 and 1013 K), respectively. The α + γ two-phase region is divided into the PLE and NPLE regions for the ferrite transformation.
Fig.11(d1),(d2)および(d3)で示したTa=800°C,ta=1.8 ks,Tq=400°Cの試料のSEM像と,CおよびMn濃度の二次元マッピングをFig.19として再度示す。Fig.19(a)のSEM像でフェライトと判別できる領域とC濃度が低い領域はほぼ一致しているのに対して,Mnについては高Mn濃度のフェライトと低Mn濃度のフェライトが存在している。Fig.19の試料の水焼入れ温度Tqは400°Cで,PLE/NPLE遷移温度よりも低いことから,高Mn濃度のフェライトは緩冷却中にNPLEモードで生成した変態フェライトで,低Mn濃度のフェライトは焼鈍フェライトと考えられる。Fig.19(a)において,変態フェライトを矢印で示しているが,それらは隣接する焼鈍フェライトと結晶粒界を有さず1つの結晶粒となっているものと,変態フェライトのみで1つの結晶粒となっているものがある。前者を破線の矢印で示し,後者を実線の矢印で示している。変態フェライトは二相域焼鈍後の緩冷却時に,焼鈍フェライトからのエピタキシャル成長により生成することが報告されている23–25)。
SEM image and elemental mappings in Fig. 11(d1), 11(d2) and 11(d3) for Ta = 800°C (1073 K), ta = 1.8 ks and Tq = 400°C (673 K) are shown again in (a), (b) and (c), respectively. Solid and dashed arrows indicate αc grains with and without grain boundaries, respectively, against αa grain.
エピタキシャル成長により生成した変態フェライトと焼鈍フェライトは同一の方位を持つ一つの結晶粒となり,その間に結晶粒界は存在しない。しかし,本研究においては,エピタキシャルフェライトだけでなく,焼鈍フェライトと結晶粒界を有する変態フェライトが認められた。Fig.19より,変態フェライトはオーステナイト中で比較的Mn濃度が低い領域において生成する傾向となっていることが分かる。そのMn濃度の低い領域がオーステナイトと焼鈍フェライトの界面近傍である場合,変態フェライトは焼鈍フェライトからオーステナイトのMn濃度の低い領域に向かうエピタキシャル成長により生成すると考えられる。一方,オーステナイト中のMn濃度の低い領域がオーステナイトと焼鈍フェライトの界面から離れた領域に存在する場合,変態フェライトはその領域において核生成,成長により生成すると考えられる。後者の場合,焼鈍フェライトと変態フェライトの間には結晶粒界が存在することになる。以上をまとめると,二相域焼鈍により製造される冷延複合組織高強度鋼板において,二相域焼鈍時に生成する焼鈍フェライトと,その後の冷却時に生成する変態フェライトの2種類のフェライトが存在する。さらに変態フェライトは,焼鈍フェライトからのエピタキシャル成長により生成するものと,オーステナイト中において核生成,成長により生成するものとに分けられる。
0.17 mass%C-1.5 mass%Si-1.7 mass%Mn鋼の二相域焼鈍時の溶質元素の分配,およびその分配が緩冷却時のフェライト変態に及ぼす影響について,高精度FE-EMPAを用いた実験的な解析,およびそれをもとにした数値解析シミュレーションを行うことにより,以下の結論を得た。
(1)焼鈍温度が800°Cの条件では,逆変態の初期にMnおよびSiの分配を生じずにオーステナイトが急速に生成し,その後,焼鈍時間の増加に伴い分配が進行するのに対して,焼鈍温度が740°Cの条件では,逆変態の初期からMnおよびSiの分配を生じてオーステナイトが生成する。焼鈍温度が740°Cの条件ではセメンタイトが残存しフェライト中のC濃度が低い状態でオーステナイトの形成が開始することから逆変態がPLEモードで進行し,逆変態の初期からMnおよびSiの分配が生じる。
(2)二相域焼鈍において,CおよびSiはそれぞれオーステナイトとフェライトに均一に濃化するのに対して,Mnはオーステナイト中で結晶粒の中央に対して粒界付近の濃度が高くなる不均一な分布をもってオーステナイトに濃化する。オーステナイト中のMn濃度の変化量は,800°C,1.8 ksおよび740°C,14.4 ksの焼鈍条件において,それぞれ約1.4 および 1.0 mass%となる。
(3)800°C,1.8 ksの焼鈍条件では,緩冷却時に700°Cから 600°Cの温度域でフェライト変態が進行するのに対して,740°C,14.4 ksの焼鈍条件ではフェライト変態はほとんど生じない。これらは,オーステナイト中のCおよびMn濃度によるNPLEとPLEの変態モードの差異で説明される。
(4)二相域焼鈍により製造される冷延複合組織高強度鋼板において,二相域焼鈍時に生成する焼鈍フェライトと,その後の冷却時に生成する変態フェライトの2種類のフェライトが存在し,焼鈍フェライトに対して変態フェライトの方がMn濃度が高い。さらに変態フェライトは,焼鈍フェライトからのエピタキシャル成長により生成するものと,オーステナイト中において核生成,成長により生成するものとに分けられる。