Tetsu-to-Hagane
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Analysis of Low Temperature-oxidation Mechanism for Coal by Using High Resolution Solid State NMR and Gas Analysis
Yuki Hata Takafumi TakahashiKiyoshi SakuragiAkimasa YamaguchiKoji SaitoKoyo Norinaga
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2022 Volume 108 Issue 10 Pages 693-702

Details
Abstract

Spontaneous combustion property of low rank coal, an important issue in coal science, has been substantially studied. However, there are few studies discussing quantitative chemical structural changes of coal during its oxidization under 80°C.

In the present study, low rank coals of X and Y were oxidized in an adiabatic vessel where their temperature was increased due to spontaneous heating. Generated gases of H2O, CO2, and CO were analyzed by gas chromatography during the oxidization. As a result, coal Y, which was more easily oxidized than coal X, showed higher generation rate of CO2 and CO gas than coal X. Some of H2O generated during the oxidation must have been remained in coal as adsorbed water since the amount of water in the oxidized coal was higher than that before oxidation.

13C MAS NMR spectra of coal X and Y indicated that and chemical reaction producing carboxyl acid in coal Y is more activated than that in coal X. Furthermore, the number of aromatic carbon was reduced during the oxidization. It implied that the aromatic carbon might contribute to oxidization reaction. Coal Y before oxidation had smaller number of aromatic carbon per one cluster than coal X, while the structural parameters of aliphatic carbons in coal X and Y were almost the same. It is considered that smaller number of aromatic carbons more destabilize carbon radicals to generate “active” species. Such active carbon radicals are suggested to also react with oxygen in the atmosphere.

1. 緒言

石炭は製鉄用原料,電力用燃料等として,世界中で大量に利用されてきた化石資源である。日本はこれら化石資源を輸入に頼っており,資源の長期間に及ぶ海上輸送や工場内での貯蔵・管理が必要である。特に,石炭は空気中の酸素と反応し発熱(自然発熱)1)することで,発火に至る可能性があるため,相応の安全管理が必要である。

近年,世界的な原料炭需要の高まりによる価格高騰を背景に,鉄鋼業では埋蔵量の豊富な石炭化度の低い低品位炭の活用が進められてきたが,こうした低品位炭の使用拡大は,自然発火のリスク上昇も意味する。更に,CO2対策で重要な役割を期待されるバイオマス資源も石炭同様に自然発熱特性を示すことが知られている2)。従って,当面の低品位炭利用のみならず,将来的な省CO2対策にとっても,自然発熱抑制技術は必要不可欠である。

石炭の自然発熱については,既に多くの研究1,319)が為されている。例えば,Miyakoshiら6)は,低品位の石炭ほど発熱量が大きくなる傾向を報告している。更に,低品位炭の発熱量と比表面積,酸素含有割合,水含有割合との相関を報告しているが,実際には酸素含有割合と比表面積,更に酸素含有割合と水含有割合の間にも相関があり,いずれも発熱との因果関係が不明である。

一方,自然発熱は本質的には酸化反応であり,石炭中の酸素官能基等の生成と分解等,化学構造変化を伴うものである。従来から反応に着眼した研究は行われてきたものの,100°C以上の高温での酸化反応を対象としており,発熱対策で重要となる室温付近から80°Cまでの酸化反応機構に関する研究は少ない。また,これらの酸化反応では,石炭中の水が酸化反応に何らかの形で関与する13)と考えられている。ただし,既往の研究13,14)からも明らかなように,実際には,石炭が元々保有する水の他に,酸化反応により生成する水が加わり反応系は複雑になる。

従って,自然発熱機構解明に向けて,まずは,石炭が元々保持している水分を排除した乾燥炭の酸化反応機構を解明に取組み,その後,元々の水を保有する石炭の酸化反応機構を解明する必要があると考えた。

本研究では,自然発熱性の異なる二種類の石炭に対し,既報16)と同様に乾燥させた後,80°Cまでの自己発熱による昇温挙動をR70法によって解析し,酸化時に発生するガス分析を行った。さらに,回収した酸化炭について,核磁気共鳴(NMR)法を用いて化学構造解析を行い,化学構造変化に基づいて2つの石炭の酸化反応機構の差を検討した。

2. 実験

2・1 試料調製および石炭の自然発熱性評価

石炭XおよびYを粒径212 μm以下に全量粉砕後,速やかに石炭試料180 gをR70試験17)装置の試料容器に充填した。石炭に吸着した水を取り除くために,107°Cの窒素雰囲気下で24時間乾燥させた後,試料温度が40°Cに到達し安定するまで保持した。その後,供給ガスを100%窒素から100%酸素に切り替えることで石炭を酸化させ,石炭の自己発熱により100°Cまで昇温する過程を評価した。なお,実際には到達温度の異なる試験を複数回実施することで,各酸化温度の石炭を調製した。このときの窒素および酸素ガス供給速度はいずれも50 ml/minとした。R70試験装置の概略をFig.1に示す。試料容器を通過後のガスについて,Agilent社製Agilent490マイクロGCにより,COおよびCO2を定量した。R70試験前後の石炭XおよびYの性状値をTable 1に示す。

Fig. 1.

Schematic explanation of R70 apparatus for coal oxidation evaluation.

Table 1. The approximate and ultimate analysis (d. b.; dry base) of coal X and Y before oxidation (original, dry), and those collected after oxidation at several temperature by using R70 apparatus.V.M.: Volatile mater, Odir: Oxygen concentration directly measured.
CoalApproximate analysisUltimate analysis
(d. b. mass%)(d. b. mass%)
WaterAshV.M.CHOdir
XOriginal8.16.241.669.04.815.9
Dry1.35.642.170.64.616.1
Oxidized at 60°C2.65.542.371.94.615.9
Oxidized at 70°C2.35.741.671.24.515.6
Oxidized at 80°C4.64.549.972.24.616.4
Oxidized at 100°2.85.742.070.04.816.2
YOriginal19.92.049.769.04.621.5
Dry0.92.247.768.94.522.0
Oxidized at 60°C2.91.947.169.24.721.6
Oxidized at 70°C3.41.947.469.64.521.6
Oxidized at 80°C4.02.348.668.04.522.4
Oxidized at 100°C2.71.948.068.14.922.0

2・2 固体NMR測定

酸化前の石炭試料,および,R70試験により60°C,70°C,80°C,100°Cの各温度に到達した試料のNMR測定20)を行った。固体13C MAS NMR測定(MAS: Magic angle spinning)は,静磁場強度11.75 T,Agilent製INOVA500分光計を用いて行った。測定には,90°-180°からなるSpin-Echo法を用い,MAS回転数は20 kHz,90°パルス幅は3.2 μs,パルス繰り返し時間は100 s,積算回数は4096回とした。

固体1H MAS NMR測定は,静磁場強度18.8 T,Bruker製ASCEND800分光計,0.7 mmφ用二重共鳴プローブを用い,MAS回転数100 kHzの下で行った。測定には,プローブ部材由来の1Hシグナルを十分に低減するため,Depth法20)を用いた。90°パルス幅は1.3 us,パルス繰り返し時間は5 sに設定し,積算回数は3200回とした。

3. 結果と考察

3・1 石炭の自然発熱性評価

R70試験により得られた石炭XおよびYの昇温曲線をFig.2に示す。その結果,40°Cから80°Cに温度が上昇するまでに要した時間は,石炭XおよびYにおいて,それぞれ約8.7時間および約2.7時間であり,昇温速度はそれぞれ2.4°C/hおよび11.1°C/hであった。すなわち,工業分析および元素分析から,水分量が多く酸素含有量が多い石炭Yの方が石炭Xより自然発熱性が高いことが分かった。また,両方の石炭とも,試験開始直後に急激に温度上昇した後,昇温速度が低下し一定になり,その後,60°C付近から昇温速度が増大した。これらの温度域付近において,酸化反応の機構が変化した可能性が考えられる。

Fig. 2.

Adiabatic self-heating curves of coal X and Y obtained by R70.

3・2 自然発熱時に発生したCO,CO2ガス分析

石炭XおよびYのR70試験時に観測されたH2O,CO2,COガスの総量をFig.3(a),(b)に示す。自然発熱性が高い石炭Yよりも石炭Xの方が発生したH2O,CO2,COガスの総量が多かった。この理由は,石炭Yよりも石炭Xの方が80°Cに到達するまでに要する時間が長く,反応時間が長くなったためと考えられる。ここで例えば,80°Cでは,石炭XおよびYのH2O,CO2,COのガスの発生モル比率はそれぞれ,1:7:3および1:9:6であった。一方,Wangら15)によると,亜瀝青炭を用いて低温酸化(60~90°C)させた場合,H2O,CO2,COのガスの発生モル比率は21:3:1であり,本研究と比較し水の生成量が多い。これは,炭種および温度域の違い以外に,R70装置内の石炭量が180 gと多いため,反応器下部で蒸発した水分が,若干温度が低い上部の石炭に再吸着したためと考えられる。特に,本研究において,石炭Xより石炭Yの方が水の検出量が少なかった理由は,石炭Xよりも石炭Yの方が,酸素濃度が高いことから酸素官能基が多く水素結合による水の吸着が優位であったためと考えられる。なお,R70試験出口のO2ガス濃度は石炭の酸化温度によらず約98%であり,酸化温度の違いによる酸素消費速度の差異は検出できなかった。これは,石炭の酸素消費速度より,R70試験における酸素供給速度の方がはるかに大きかったためと考えられる。

Fig. 3.

The amount of generated gas from (a) coal X and (b) coal Y during oxidization.

次に,炭種ごとに纏めたガス生成速度をFig.4に示し,ガス種ごとに纏めたガス生成速度をFig.5に示す。CO発生速度は,反応初期において急激に増加した後,一度減少し,さらに温度が上昇し50~60°Cになるとゆっくりと増加した。CO2発生速度およびH2O発生速度は,温度に対して単調に増加した。ただし,ほとんどの温度域におけるCO2発生速度およびCO発生速度は,石炭Xより石炭Yの方が大きかった。この理由は,石炭Yの方が石炭Xより酸化の進行速度が速いためであり,CO2ガスやCOガスが酸化反応によって生成することを示した過去知見18)を支持する結果である。本試験では,自己発熱によって石炭が昇温するため,昇温速度の増大によりさらに酸化反応速度も加速化されると考えられる。ここで,各炭種のCOとCO2の発生速度の比率をFig.6に示す。温度の上昇に伴ってCO/CO2発生速度比は炭種に依存した一定の値(X:0.33,Y:0.44)にそれぞれ漸近した。この傾向は,ある瀝青炭に対しCO/CO2値が一定値に漸近した既往の研究15)と同様の結果であった。酸化反応初期では,①石炭が元来持つ酸素官能基の分解反応が主に進行する一方で,酸化反応中期では①に加えて②酸化によって生成した酸素官能基の分解反応も同時に進行し,酸化反応後期では②が主に進行したことを示唆する結果であると考えられる。また,H2Oはどちらの石炭でも約60°Cから発生し始めた。このように,温度に対するガス発生速度の傾向は石炭の種類によらず同一であった。水の発生をガスとして検出可能になった温度と,Fig.2に示す昇温速度が急激に上昇し始めた温度が近いため,水の生成反応が発熱に寄与している,もしくは,60°C付近で酸化反応が急激に進行し発熱した結果,水の生成速度が加速しガスとして放出された可能性が考えられる。H2O発生速度については,50~70°Cまでは石炭Yの方が優位であったが,70°C以上では石炭Xの方が優位であった。石炭Xより石炭Yの方が,酸素官能基が多く,水素結合によって高温においても水を保持できたためと考えられる。従って,石炭の自然発熱を予測・評価するには水の生成開始時間・量を把握する必要があると考えられる。

Fig. 4.

Gas generation rate of (a) coal X and (b) coal Y during oxidization.

Fig. 5.

Gas generation rate of (a) H2O, (b) CO2 and (c) CO during oxidization.

Fig. 6.

CO/CO2 ratio generated from coal X and Y during oxidization.

3・3 酸化炭の構造解析

自然発熱による化学構造変化を明らかにするために,R70試験後に回収された石炭の13C MAS NMRスペクトル測定を実施した。石炭XおよびYの13C MAS NMRスペクトルをFig.7(a),(b)に示す。乾燥前の石炭を「original」,乾燥後の石炭を「dry」,R70試験を実施し石炭の自己発熱により内部温度が60,70,80,100°Cに到達した時点で酸素供給を停止し回収した石炭をそれぞれ「60°C」,「70°C」,「80°C」,「100°C」と記載した。

Fig. 7.

13C MAS NMR spectra of (a) coal X and (b) coal Y.

既往の文献21)に従い,13C MAS NMRスペクトルから石炭XおよびYの各官能基を定量し,Fig.8(a),(b)に棒グラフとして示す。このとき,13C MAS NMRスペクトルの化学シフトの石炭構造への帰属はTable 2の通りとした。

Fig. 8.

Quantitative value of chemical structures of (a) coal X and (b) coal Y calculated from 13C MAS NMR spectra. The colored circle in each structure image indicates position of carbon of functional group written at the bottom of the graph.

Table 2. Chemical structural ratio of original coal X and Y calculated from 13C MAS NMR spectra.
Chemical shift (ppm)Functional groupsCoal XCoal Y
185 – 240Aldehyde and Ketone groups2.23.7
165 – 185Carboxyl group4.57.7
150 – 165Aromatic O group9.812.0
135 – 150Aromatic C group15.013.0
90 – 135Aromatic H group and Bridge head39.036.0
50 – 90Aliphatic O group2.84.5
22 – 50Methylene and Methine groups20.019.0
0 – 22Methyl group6.85.6

その結果,石炭Xでは自然発熱の進行に伴いアルデヒド基もしくはケトン基の存在量が増加する傾向にあることが分かった。さらに,芳香族炭素のうち水素が結合した炭素もしくは芳香環内部の炭素の存在量が酸化の進行に伴い減少する傾向にあることが分かった。ここで,特にR70試験前後(R70試験前の乾燥状態の石炭Xと,R70試験において80°Cに到達した時点で回収した石炭Xを比較)における石炭Xの構造変化をFig.9(a)に示す。構造変化率(Δ)の算出方法は下記の通りであり,自然発熱前石炭の全体の官能基量に対する変化割合として,式(1)により定義される。

  
Δ(%)=100× ((R70試験後の各官能基量)(R70試験前の各官能基量)) /(R70試験前の各官能基量の合計)(1)
Fig. 9.

Quantitative value of chemical structures of (a) coal X and (b) coal Y calculated from 13C MAS NMR spectra. The colored circle in each structure image indicates position of carbon of functional group written at the bottom of the graph.

その結果,80°Cまでの自然発熱によって石炭Xにはアルデヒド基もしくはケトン基が石炭1 g当たりに対し0.6 mmol(0.6 mmol/g-coal)生成したことが分かった。これは自然発熱前石炭の全体の官能基量に対しΔ=+1.0%に相当する変化割合であった。さらに,カルボキシル基についても0.3 mmol/g-coal生成(Δ=+0.5%に相当)したことが分かった。一方,芳香族炭素のうち水素が結合した炭素もしくは芳香環内部の炭素は,80°Cまでの自然発熱によって0.86 mmol/g-coal減少(Δ=-1.5%)したことが分かった。これは,芳香族炭素のうち水素が結合した炭素もしくは芳香環内部の炭素が真に減少したのではなく,以下の理由により観測困難となったためと推定している。既往文献22)によると,ラジカルが存在する場合,その周辺に存在する核種由来のスペクトルが得られないことが明らかになっている。石炭の酸化反応では炭素ラジカルや酸素ラジカルが生成するため,生成したラジカル付近に存在する炭素由来のNMRシグナルは失われ,その結果,スペクトル強度が低下すると考えられる。従って,今回,スペクトル強度が減少した水素が結合した芳香族炭素もしくは芳香環内部の炭素付近に,新たなラジカルが生成したことが強く示唆される。

以上の解析結果に基づき,乾燥した石炭Xの自然発熱機構を推定した。その反応機構をFig.10(a)および(b)に示す。まず,従来知見でも指摘されていたアルデヒド基もしくはケトン基の生成反応,さらに,カルボキシル基の生成反応(a’)が進行したと考えられる。このとき,雰囲気の酸素が結合した石炭の炭素は,脂肪族炭素と考えられている。また,アルデヒド基もしくはケトン基の生成量が最も多く,かつ,反応熱も大きいと予想されるため,80°Cまでの昇温にはこの酸化反応熱が使用されたと考えられる。さらに,水素が結合した芳香族炭素もしくは芳香環内部炭素のスペクトル強度減少より,ラジカル生成が強く示唆される。このラジカルは芳香族炭素ラジカルであると考えられるため,Fig.10(b)に示す従来知見には無い芳香族炭素の酸化反応が生じた可能性がある。

Fig. 10.

Estimated oxidization reaction of dry coal.

石炭Xと同様に,未酸化およびR70試験後に回収した石炭Yの13C MAS NMRスペクトルをFig.7(b)に示す。また,このときの各官能基を定量し,Fig.8(b)に示す。この結果から,自然発熱の進行に伴いカルボキシル基の存在量が増加する傾向にあることが分かった。さらに,炭素が結合した芳香族炭素,および,脂肪族炭素のうちメチレン基,および,芳香族炭素のうち水素が結合した炭素もしくは芳香環内部の炭素の存在量が酸化の進行に伴い減少する傾向にあることが分かった。

ここで,特にR70試験前後(R70試験前の乾燥状態の石炭Yと,R70試験において80°Cに到達した時点で回収した石炭Yを比較)における石炭Yの構造変化量およびその変化率(Δ)をFig.9(b)に示す。その結果,80°Cまでの自然発熱(酸化)によって石炭Yにはカルボキシル基が0.61 mmol/g-coal(Δ=+1.2%)増加したことが分かった。石炭Yでは石炭Xよりカルボキシル基が多く生成していることから,Fig.10(a’)に示すアルデヒド基を経由してカルボキシル基が生成する酸化反応がより進行したと考えられる。一方,炭素が結合した芳香族炭素,および,脂肪族炭素のうちメチレン基,および,芳香族炭素のうち水素が結合した炭素もしくは芳香環内部の炭素は,80°Cまでの自然発熱(酸化)によってそれぞれ,0.69 mmol/g-coal減少(Δ=-1.2%),0.79 mmol/g-coal減少(Δ=-1.4%),1.2 mmol/g-coal減少(Δ=-2.1%に相当)したことが分かった。このように,石炭Yの13C MAS NMRスペクトルにおいて,水素が結合した芳香族炭素に相当する領域のスペクトル強度が減少した理由は,石炭X同様,ラジカル生成に因ると考えられる。一方,炭素が結合した芳香族炭素,および,脂肪族炭素のうちメチレン基の減少は,ラジカルの安定性を考慮すると,ラジカル生成だけでなく,これらの炭素の位置に酸素官能基が生成した可能性がある。

また,自然発熱試験前後の石炭XおよびYの1H MAS NMRスペクトルをFig.11(a)および(b)に示す。温度による1H MAS NMRスペクトルの顕著な変化は観測されなかった。また,4.8 ppm付近に観測されるはずの自由水由来のシグナルは,いずれの温度域においても観測されなかった。Table 1に示す各試料の元素分析値および工業分析値から,80°Cまでの酸化では,温度上昇に伴って水分が増加したことがわかった。これは,酸化反応に伴う新たな水の生成,もしくは,試料取り扱い時に大気中の水分を吸着した可能性が考えられる。ただし,100°Cでの水分は80°Cに比べて低下しており,これは,生成した一部の水分が蒸発して失われた可能性を示唆している。いずれにしても,石炭XおよびYの自然発熱後には2.0~4.6%および2.9~4.0%の水分が含有されているにもかかわらず,1H MAS NMRスペクトルでは自由水由来のピークは未観測であった。従って,自然発熱で生じた水は,石炭表面と相互作用し分子運動が制約されている水(吸着水)として存在していたと考えられる。このことから,ガス分析で検出された気相の水以外に,石炭に吸着した水が存在することがわかった。

Fig. 11.

1H MAS NMR spectra of (a) coal X and (b) coal Y.

以上の解析結果に基づき推定された,乾燥炭の自然発熱機構はFig.10に示す通りである。石炭Xでの酸化反応はアルデヒド基生成が支配的であったのに対し,石炭Yでは更に進行し,Fig.10(a’)に示すカルボキシル基生成が支配的になったと考えられる。酸化反応によって生成するカルボキシル基はアルデヒド基を経由して生成することを考えると,生成したカルボキシル基と同量以上のアルデヒド基が生成しており,その分の発熱も発生したと考えられる。従って,乾燥状態の石炭XとYの自然発熱機構の主な違いの一つは,酸化反応によって生成したアルデヒド基の酸化反応性(反応速度もしくは反応の有無)にあることがわかった。

3・4 原炭の構造解析

石炭の自然酸化反応は,石炭と酸素との化学反応である。従って,酸化前の石炭の分子構造が自然発熱性に大きく寄与すると考えられる。そこで,酸化前の石炭の分子構造解析を試みた。石炭XおよびYの平均的な分子構造を把握するために,1H MAS NMRスペクトル,13C MAS NMRスペクトルおよび元素分析値から,既報23,24)に従いTable 3に示す芳香環の発達度合いや脂肪族側鎖長・本数などの分子構造パラメータを算出した。また,これらのパラメータを満たす平均分子構造モデルを構築し,Fig.12に示した。その結果,従来,酸化反応との関係が指摘されてきた脂肪族側鎖に関する構造パラメータに関しては,平均的な側鎖長および側鎖本数ともに,石炭Xと石炭Yで大きな差異はなかった。

Table 3. The average of chemical structural parameters for coal X and coal Y. (*Side Chain Length: The number of an aliphatic side chain carbon, ** Bridged Chain Length: The number of an aliphatic bridging chain carbon)
CoalNumber of Aromatic CarbonSide Chain Length*Number of Side ChainBridged Chain Length**Ratio of Aldehyde and Ketone CarbonRatio of Carboxylic Carbon
X11.52.81.23.32.24.5
Y8.02.91.02.33.57.7
Fig. 12.

Estimated average chemical structure of coal X and Y.

そこで,脂肪族炭素以外の分子構造の差異が自然発熱性に関与する可能性を考えて,検討を行った。その結果,石炭Xの芳香族炭素数は11.5個であり,芳香環2-3環分であるのに対し,石炭Yの芳香族炭素数は8個で芳香環1-2環分であり,石炭Yは石炭Xより平均的な芳香環数が約1個小さいことがわかった。芳香環数が小さいほど共鳴安定化効果は低下しラジカルは不安定になり,反応性が高くなる25)。この芳香族炭素ラジカルが雰囲気酸素と直接反応する反応(Fig.10(b))が起きる場合,芳香環数が小さい石炭Yの方がこの反応性が進行しやすくなると考えられる。従って,石炭Yでは,従来知見には無い芳香族炭素が関与する酸化反応がより多く生じたと考えられる。ただし,芳香族炭素ラジカルが反応した結果として,アルデヒド基やカルボキシル基のような酸素官能基が生成したか否かは不明であり,この芳香族炭素ラジカルが最終的に到達する安定構造については,今後も検討が必要である。

4. 結言

石炭の自然発熱リスクを管理する上で重要な80°C以下での酸化反応機構解明に向けて,2種類の乾燥石炭XおよびYを用いて,R70試験による昇温挙動把握,発生ガスの定量分析,さらに酸化炭の固体NMRによる化学構造解析を実施した。その結果,昇温速度に関しては,石炭Yが石炭Xより顕著に大きく,さらに両石炭とも約60°C付近から急激に温度上昇することが分かった。

また,発生ガス分析より,全温度域においてCO2およびCO発生速度は,石炭Xより石炭Yの方が大きいものの,同じ到達温度で比較すると発生総量はほぼ同等であることが分かった。また,酸化炭の化学分析結果より,石炭Xより石炭Yへの吸着水の量が多いことが示唆され,1H MAS NMR分析からも吸着水が主成分であることが支持された。

さらに,13C MAS NMRを用いた炭素構造解析から,両石炭の酸化によってアルデヒド基およびカルボキシル基が生成し,特に石炭Yではアルデヒド基からカルボキシル基の生成反応が加速されることが示唆された。また,従来知見とは異なり,芳香族炭素が酸化反応に寄与した可能性が新たに示された。

酸化前の石炭Xおよび石炭Yの平均分子構造解析の結果,主な違いは芳香環数にあったことから,芳香族炭素ラジカルの安定性に差異を生じ,これが自然発熱性の違いをもたらした可能性がある。実際に,石炭の電子スピン共鳴(ESR)法により,石炭に多くのラジカルが存在することや,加熱や酸素との反応によってラジカルの量が変化する報告がある2628)。今後,ESR法などで酸化炭のラジカル種・量を明らかにすることにより,石炭の低温酸化反応をより詳細に解明できると考えられる。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業(JPNP16003)によって得られたものです。

文献
 
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