Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Effect of Dislocation Behavior on High Strength and High Ductility of Low Carbon-2%Si-5%Mn Fresh Martensitic Steel
Atsushi Ito Taiga FuseShiro Torizuka
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 11 Pages 877-890

Details
Abstract

Commonly, plain carbon fresh martensitic steel shows high strength and breaking immediately. However, low C–2 wt.%Si–5 wt.%Mn fresh martensitic steel exhibits excellent strength and ductility. But it's not clear why 5 wt.%Mn martensitic steel has ductility more than plain carbon martensitic steel. In this study, the effect of C and Mn on strength and ductility is investigated by in-situ X-ray diffraction during tensile tests in SPring-8. The relationship between the work hardening behavior and the dislocation behavior is analyzed. The dislocation density was calculated with modified Williamson-Hall method and modified Warren-Averbach method. XAFS measurement was also performed to investigate the interaction between Mn and C. It was found that the increase rate of dislocation density in plain carbon martensitic steel was higher than in 5%Mn martensitic steel. Adding 5%Mn, the increase rate of dislocation density can be reduced. We found that the tensile strength is determined by the upper limit of dislocation density, and the uniform ductility is determined by the increase rate of the dislocation density. The dislocation arrangement parameter obtained by XRD and TEM observation revealed that adding 5%Mn inhibited the formation of dislocation cell structure, resulting in increasing dislocation density. From XAFS results, it is considered that the attractive distance between Mn atoms and C atoms increases the interparticle distance of C atoms fixed to dislocations. Therefore, it is considered that the shear stress on dislocation for breaking through between the solute atoms decreases, and the work hardening rate decreases.

1. 緒言

現在,自動車業界では,燃費向上のための車体の軽量化と,衝突安全性の向上化という,二つの相反する課題を同時に解決する材料のニーズが高まっている13)。さらに,燃料電池自動車の実用化が急務となっているが,バッテリーの搭載により車重の大幅な増加も懸念されており4),高強度材料の適用により部材の薄肉化による軽量化が求められる。このため,高強度かつ部材に成形可能な高延性の材料を開発する必要があるが,Fig.1に示すように1),鉄鋼材料において強度が増加すると延性が低下してしまう。つまり,強度と延性はトレードオフの関係があり,高強度と高延性を両立させるのは困難である。現在,自動車用ハイテン(高張力鋼板)の力学的特性の具体的な目標値は,ISMA(新構造材料技術組合)によると,1500 MPa級の引張強さ×全伸び≧30000 MPa・%と言われており,Fig.1中の引張強さ×全伸び=30000 MPaを示す曲線より上方の強度と延性が位置する必要がある57)。そこで,次世代材料の開発を行うにあたって,我々は高強度鋼である焼入ままのAs-quenchマルテンサイト(以下フレッシュマルテンサイト)に注目した。

Fig. 1.

Relationship between total elongation and tensile strength of steels which have various microstructures, IF steel, mild steel, TRIP steel and martensitic steels etc1). (Online version in color.)

フレッシュマルテンサイトの特徴として,鉄の中で最も強度の高い組織であり,Fig.2に示すように,炭素(C)量が0.3 wt.%のフレッシュマルテンサイト鋼のように強度は1500 MPaを超える高強度である。しかし,問題点として延性に乏しく,場合によっては降伏点に達する前に破断してしまうことである。そのため,フレッシュマルテンサイト鋼を構造用鋼として実用化することは困難であると思われた。ところが,Fe-0.1%C-2%Si-5%Mn組成のフレッシュマルテンサイト鋼は引張強さ1350 MPaと高強度であるにも関わらず,降伏点があり加工硬化を続け,引張強さが得られ,さらに局部延性も現れ,全伸び13%に達した813)。このように,Fe-0.1%C-2%Si-5%Mn組成のフレッシュマルテンサイト鋼には,高強度・高延性を発現し,フレッシュマルテンサイト鋼の弱点を打破する可能性が見出された。5 wt.%Mnを添加させたフレッシュマルテンサイト鋼は空冷でもマルテンサイト組織を得られるほど焼入れ性が高く,焼戻し等の後処理は不要である813)。そのため,複雑な熱処理を必要とせず,コストパフォーマンスにも優れているため,次世代材料としての可能性を秘めており,本研究の対象材料とした。

Fig. 2.

Nominal stress – nominal strain curves of three low carbon steels. Consisting of fresh martensitic structures. (Online version in color.)

ここで,金属材料の強度と延性には転位挙動が密接に関わっている。マルテンサイトは旧オーステナイト(γ),パケット,ブロック,ラスのような微細な階層組織による微細化強化,かつ焼入時に発生する高密度の転位による加工硬化,C原子を中心とする固溶強化,微細炭化物の析出強化などにより高い強度を発揮すると考えられている。一方,高い延性については各階層組織における界面すべり,界面に極薄く残留するオーステナイトの加工誘起変態や界面と転位の相互作用によるメカニズムなどが提唱されてきた。これらの機構は転位運動が重要な役割を担うが,同時に存在しており,複雑なものである。そのためマルテンサイトの強度延性の発現機構は明らかになっておらず,現在もなお議論がなされている1426)

過去の我々の研究では,0.1%C-2%Si-Mn鋼フレッシュマルテンサイトにおいて,Mn添加量を1.5 wt.%から5 wt.%まで増加させた時に,強度と延性は同時に向上するが,その機構は,加工硬化能の向上によるものだと報告した27)。一方,フレッシュマルテンサイトの場合,C添加量が強度に及ぼす影響は極めて大きいが,Mnを5 wt.%程度添加した状態におけるC添加の強度・延性に及ぼす影響については明らかになっていない。また,MnとCがそれぞれ独立に強度・延性に及ぼす作用に加え,MnとCの相互作用による強度・延性への寄与についてもわかっていない。さらには根本的な問題として,Mn添加量が1.5 wt.%程度の普通炭素鋼のフレッシュマルテンサイトがなぜ延性が無いのかも十分わかっているとは言えない。

そこで,本研究では,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトと比較して,低炭素-2%Si-5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの高い強度・延性の発現機構を転位挙動の観点から明らかにすることを目的とした。SPring-8の放射光の高輝度X線は有力な加工硬化挙動の解析方法で,引張試験を行いながら,X線回折が可能である。Adachiらは,Al合金の引張試験中の転位密度の変化をこの高輝度X線を用いた引張試験その場透過X線回折によって,加工硬化と転位密度変化の関係を明らかにしている28,29)。また,Maedaらは,ひずみ異方性を考慮した修正Williamson-Hall法,Warren-Averbach法を用いて,0.1%C-2%Si-1.5%Mnおよび5%Mn鋼フレッシュマルテンサイト鋼の変形中の転位密度変化および転位の配列を調べた。Mn添加量が1.5 wt.%の場合では,転位密度はひずみ0.04程度まで増加し破断したが,Mn添加量5.0 wt.%の場合ひずみ0.07までに増加し続け破断した。Mn添加量5.0 wt.%の場合は,転位密度は引張変形中の高ひずみ域でも増大し続けることができ,伸びが大きくなった。その機構として,1.5 wt.%Mn添加の場合転位セルが形成され,そのため転位密度の増加が低ひずみで上限に達した。一方,5 wt.%Mn添加の場合,転位セルが形成されず,ランダムな状態で転位が存在できたため,転位密度の増加がより高ひずみ域まで続き,結果的に加工硬化能が続き延性が向上したと報告した27)。本研究でも,この高輝度X線を用いた引張試験その場透過X線回折によって,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトと5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの加工硬化と転位挙動(転位密度,転位配列,転位性格)の関係を調べ,高強度・高延性支配機構を明らかにすることを試みた。転位密度の算出方法として,ひずみ異方性を考慮した修正Williamson-Hall法,Warren-Averbach法を用いて,より正確な転位密度変化や転位性格をとらえ,フレッシュマルテンサイト鋼における転位の強度・延性に対する作用の解明を行った。さらに,SPring-8の高輝度X線を用いて,X-ray Absorption Fine Structure(XAFS)の透過法を利用して,MnとCの相互作用を明らかにし,強度・延性に及ぼす影響について明らかにすることを試みた。

2. 実験方法

2・1 供試鋼作製,組織観察

Table 1に供試鋼の化学組成を示す。C添加量を0.075から0.3 wt.%(以後は%とのみ記す)と変化させた鋼の20 kgインゴットを真空溶解によって作製した。インゴットを1473 Kに加熱し,熱間鍛造を行い断面が38 mm×38 mmの角棒に成形した。この角棒を823 Kに加熱,3.6 ks保持後,溝ロール圧延(温間多パス溝ロール圧延)によって,断面が14 mm×14 mmになるまで圧延を行った813)。圧延3パスごとに823 Kに再加熱を行い,等温圧延となるようにした。これらの圧延材をマルテンサイト組織にするために,Fig. 3に示すように,1473 Kで3.6 ks加熱し組織をオーステナイト化した後,空冷を行った。また,比較材として普通炭素鋼のS35C,S45Cも1473 Kで3.6 ks保持後水冷し,マルテンサイト組織にした。

Table 1. Chemical compositions used in the present work (mass%).
CSiMnPSN
0.075,0,1,0.15,0.2,0.32.05.0<0.01<0.010.002
Fig. 3.

Heat treatment condition to obtain martensitic structure.

温間溝ロール圧延後および熱処理後の試料は,Fig.4に示すTD面を観察面として,SEM-EBSDおよびTEMを用いて組織観察を行った。観察試料は,機械研磨および過塩素酸10%+エタノール90%溶液を用いた電解研磨によって作製した。EBSD測定は,加速電圧15 kVで,ステップサイズ0.05 µmで行った。次に,TEM観察は,加速電圧200 kVで明視野像の観察を行った。

Fig. 4.

Observed section and direction in rolled materials by SEM-EBSD. (Online version in color.)

2・2 引張試験In-situ透過X線回折実験

引張試験In-situ透過X線回折とは,引張試験中に試験片にX線を透過させ,回折波をとらえることであり,引張変形中の組織変化をダイナミックにとらえることを目的とする28,29)。そのためには,X線が試験片を透過できるエネルギーと試験片の板厚の薄さが必要である。また,組織解析に必要なピークをすべて同時に測定できるX線の波長および検出器の大きさおよび配置が必要である。

SPring-8の高輝度放射光のX線エネルギーは高く,例えば30 keVのエネルギーも用いることもできる。その時の波長は0.413 Åである。鉄鋼材料の場合,30 keVのエネルギーのX線であれば,板厚を0.5 mm以下とすればX線が透過可能である。また,波長が短いため,今回の組織解析に必要なピークの2θは5-35°の範囲に入り,検出器の位置を調整することによって,前述の範囲内のすべてのピークを同時にとらえることができる。したがって,SPring-8の高輝度放射光を用いれば,引張試験In-situ透過X線回折が可能である2729)。本研究では高輝度X線を用いることができるSPring-8のBL46XUおよびBL19B2ビームラインを使用した。試験片は,熱処理された角棒からRD方向が引張方向になるように採取した。Fig. 5に示すように平行部長さ12 mm,幅2.5 mm板厚を0.5 mmとした。Fig. 6に測定系の模式図を示す。ゴニオメータ上に小型引張試験機を設置し,引張試験片の法線方向からX線を入射させた。そして,その試験片の後方側に1次元検出器MYTHENを6台つなげたものを設置した。X線のエネルギーは30 keVとし,ビームサイズは試験片の幅方向に2.5 mm,引張方向に0.1 mmとした。引張試験条件として,クロスヘッドスピードは0.245 mm/min(初期ひずみ速度3.4×10-4 s-1),時間分解能は2.0 sにより,荷重負荷を行ったままでX線回折測定を行いつつ,引張試験を実施した。これにより,BCC相の {110},{200},{211},{220},{310},{321} 面の回折ピークを同時に測定できた。

Fig. 5.

Dimensions of the tensile test specimen measured by in-situ X ray diffraction during tensile test in SPring-8.

Fig. 6.

Schematic illustration of the in-situ Xray diffraction measurement system in SPring-8. (Online version in color.)

2・3 転位密度の算出

得られた回折ピークプロファイルをVoigt関数によりフィッティングし,半価幅を求めた。X線ピークプロファイルから転位密度を算出する方法は,式(1)に示すように,Williamsonらによって提案されている3032)

  
ΔK=0.9D+εK(1)

ここで,ΔK=βcos(θ/λ),βは半価幅,Kは2 sinθ/λDは結晶子サイズ,εは格子ひずみを示す。転位密度は格子ひずみから,式(2)で算出される。

  
ρ=14.4ε2b2(2)

bはバーガースベクトル(ここでは0.25 nmとした)である。しかし,弾性定数は各結晶面で異なるため,弾性異方性を補正するためにUngárand and Borbélyは,式(3)に示すModified Williamson-Hall methodを提案した33)

  
ΔK=0.9D+(πB2b22)ρ(KC¯)+O(KC¯)2(3)

ここで,Bは転位のひずみ場の半径(Re’)に依存する。また,Cは転位の平均コントラストファクターであり,式(4)式(5)で表される。

  
C¯=Ch00(1qH2)(4)
  
H2=h2k2+k2l2+l2h2(h2+k2+l2)2(5)

ここで,hklは各回折ピークのミラー指数である。パラメーターqは,試料中に存在する転位の特徴(らせん転位および刃状転位の割合)を示す。OはKCの高次の項を表し,微小量となるため無視できる。

転位の密度とひずみ場の半径を推定するために,Modified Warren-Averbach methodを使用してラインプロファイルをさらに解析する必要がある。基本式は式(6)のように表される。

  
lnA(L)=lnAs(L)Y(L)(K2C¯)+O(K4C¯2)(6)

ここで,Y(L)は式(7)のように表される。

  
Y(L)=πb22ρL2ln(ReL)(7)

式(6)および式(7)中のパラメーターLA(L),As(L)は,フーリエ長さ,フーリエ係数,およびフーリエ係数の実数サイズフーリエ係数である。高次項を無視して式(6)式(7)を用いて変形すると式(8)のように表せる。

  
Y(L)L2=πb2ρ2lnReπb2ρ2lnL(8)

X線回折プロファイルにフーリエ級数展開を行い,さまざまなL値およびA(L)を得る。

次に,さまざまなL値に対して,K2CをX軸にlnA(L)をY軸にプロットすると,式(6)の1次項の係数としてY(L)が得られる。その結果,式(8)よりln(L)に対してY(L)/L2をプロットすることができ,曲線が得られる。転位密度およびひずみ場半径Reは,この曲線を直線でフィッティングすることによって得られる3436)

また,転位配列パラメーターM式(9)によって算出できる。

  
M=Reρ(9)

ここで,Reは転位のひずみ場の半径,ρは転位密度を示す。Reについては,Wilkensによる式への修正を行い,Re’を求めて転位のひずみ場の有効半径とした35)M値は,転位のひずみ場の大きさと転位密度から転位間の相互作用を見積もる無次元数を示す。ランダムな転位分布を示すとき,スクリーン効果が小さく,ひずみ場Reが大きくなり,M>1となる。一方,転位セル構造を示すとき,転位の相互作用が強いため,ひずみ場が小さくなり,M<1となる3538)。これらのM値を利用し,転位配列の検討を行った。以上のことをふまえて本研究では,Williamson-Hall methodではなく,ひずみ異方性を考慮した,Modified Williamson-Hall method,およびModified Warren-Averbach methodを利用して,より正確な転位密度を算出した。

2・4 X線吸収微細構造(XAFS)測定

本研究の試料におけるMnとCの相互作用を調べるためにX線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure,XAFS)測定を行った。SPring-8のBL14B2を用いて本研究の試料を透過法によりXAFS分析し,Mn,FeのK吸収端のスペクトルを得るものである。XAFS測定の試料の作製条件としては,縦×横が1.5 mm×1.5 mmで,MnのK吸収端を測定するために厚さを50 µmの薄膜を機械研磨および電解研磨を利用して作製した。XAFS測定条件としては,ビームサイズ1.0 mm×1.0 mm,エネルギー範囲は6500~7100 eV(Mn-K edge)で測定を行った。得られたXAFSスペクトルから広域X線吸収微細構造(EXAFS)振動成分の抽出を行った。解析ソフトはAthenaおよびArtemisを用いた39)。Athenaでは,吸収端近傍XAFSスペクトルの各種処理や,ArtemisでEXAFSスペクトルを解析するための条件決定(バックグラウンド処理やEXAFS振動の抽出等)を行った。Artemisでは,ATOMSを用いた結晶構造データによるFEFF(多重散乱理論に基づくXAFSの理論計算ソフト)ファイルの作成やFEFFによるEXAFSスペクトルのフィッティングを行った40)

  
χ(k)=S02j=1ShellsNjkRj2Fj(k)e2k2σj2e2Rj/λksin[2kRjϕj(k)](10)

式(10)はEXAFS振動成分χ(k)を表す。ここで,S02は多体効果による効果,Njj番目の散乱原子の個数,Rj2は散乱原子の吸収原子からの距離,Fj(k)は散乱原子の後方散乱強度(光電子波の散乱の大きさ),σj(デバイワラー因子)は動的(熱的),静的な構造乱れによる減衰,φj(k)は散乱原子による光電子波の位相の変化である。抽出したEXAFS振動成分をフーリエ変換し,式(10)でフィッティングを行うと,目的原子の周りに存在する原子の動径分布関数が得られる。得られた動径分布関数から,Mn原子やFe原子周りの原子の特定や配列,結晶構造等を調査した4144)

3. 結果および考察

3・1 C添加量と組織の変化

3・1・1 焼入前組織

温間圧延後の組織のSEM像をFig.7に示す。組織はフェライト(α)とセメンタイト(θ)からなる。フェライト粒の形態は,C添量が0.1%以下では伸長粒であり,0.15%以上では等軸化している。平均(短軸)粒径は約0.5 μmである。また,Fig.7に示すように,C添加量を増加させるにつれ,セメンタイトの割合が大きくなっていく。セメンタイトは粒界にも,粒内にも存在していた。また,このセメンタイト中にはMnが濃縮し,(Fe, Mn)3Cであることを既報している45)

Fig. 7.

Initial ferrite-cementite structure of (a) 0.075C, (b) 0.1C, (c) 0.15C, (d) 0.2C, and (e) 0.3C-2Si-5Mn steel observed by SEM.

3・1・2 焼入後組織

Fig.8に1200°C焼入後の組織のEBSD-IPF mapとGrain boundary mapを示す。観察面のND方向をマッピングしたものであり,ステレオ三角形に色と方位の関係を示す。粒界マップの赤線は方位差角15°以上の大角粒界,青線は方位差角5-15°の中角粒界,薄青線は方位差角5°以下の小角粒界である。ラスマルテンサイト特有の階層組織である旧オーステナイト粒,パケット,ブロック構造が存在し,さまざまな方位のブロックがすべてのC添加量で確認できた。旧オーステナイト粒径は200 μm程度であり,C添加量依存性はなかった。一方,Fig.8のGrain boundary mapから,定性的ではあるが,大角粒界はC添加量を増加させるにつれ増大している。また,おおよそ同じC添加量であるFig.8(e)と(f)を比較すると,S35Cより0.3C-2Si-5Mn鋼の方が大角粒界は増加していた。C添加およびMn添加のブロック構造への影響を明確にするため,ブロック幅の算出を行った。大角粒界をブロック境界とみなした。算出方法は,Fig.8に示すようなGrain Boundaryマップに線を引き,その線と交わるブロック境界の数を計測し,引いた線の長さからブロック境界の数を割ることで算出した。Mn添加量とブロック幅27)の関係をFig.9(a),C添加量とブロック幅の関係をFig.9(b)に示す。Fig.9(a)に示すように,Mn添加に伴ってブロックサイズは単調に減少した。C添加量を0.075% から0.3% に増加させるとブロック幅は約4.5 μmから約1.5 μmに減少した。Fig.9(b)中の白丸で示すように,S35Cはブロック幅が1.9 μmであり,Fig.9(a)と合わせて,5%Mn添加がブロック幅をより減少させることがわかった。マルテンサイト変態はせん断型変態であり,鉄合金のマルテンサイト変態における形状変形は極めて大きなひずみとなる。マルテンサイト生成にともなう変態ひずみの緩和方法として,オーステナイト母相が塑性変形する場合(塑性緩和),弾性変形する場合(弾性緩和),別のバリアントのラス生成によって緩和する場合(自己緩和Self-accommodation)があげられる。Moritoらは,Mn,C添加量による母相の固溶強化やMs点の低下による母相の硬化によって,変態によって生じるひずみが大きくなり,その緩和のために,細かいブロックの組み合わせが広く生じると報告している46,47)。本フレッシュマルテンサイトにおいても,同様機構によりブロック幅が減少したと考えられる。また,CやMnのマクロな偏析や顕著な焼割れは認められなかった。

Fig. 8.

IPF maps (left hand side) and grain boundary maps (right hand side) of (a)0.075C, (b) 0.1C, (c) 0.15C, (d) 0.2C and (e) 0.3C-2Si-5Mn and (f) S35C flesh martensitic steel observed by EBSD. (Online version in color.)

Fig. 9.

Effect of adding amount on block width in fresh martensitic structures in C-2Si-Mn steels and S35C as a function of (a) Mn content and (b) C content. (Online version in color.)

3・2 C添加量と力学的特性の変化

Fig.10に引張試験で得られた普通炭素鋼(S35C,S45C)フレッシュマルテンサイトならびに5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの公称応力-公称ひずみ曲線を示す。普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトでは,高強度であるが,伸びがなく,S45Cでは脆性破壊が発生した。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトにおいては,0.3%C添加の場合を除き,加工硬化を伴う塑性変形が認められ,かつ局部延性もともなって破断した。降伏強度(0.2%耐力)は,C添加量にかかわらず,約900 MPaとほとんど変化しなかった。0.075%C添加の場合では引張強さ約1240 MPa,0.2%C添加の場合では引張強さ1630 MPaと,C添加量の増加に伴い強度が増加することがわかった。一方,一様伸びは,0.075~0.15%C添加の範囲では,C添加量を増加させると一様伸びが増加し,0.15%C添加の場合に最大値約7.6%となったが,0.2%C添加の場合では一様伸びが低下し,約5.7%となった。

Fig. 10.

Nominal stress – nominal strain curves of fresh martensitic steels for (0.075~0.3)C - 2Si - 5%Mn steels and plain carbon steel, S35C and S45C steel. (Online version in color.)

Fig.11に普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトと5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの加工硬化率曲線を示す。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの場合,C添加量の増加にともない加工硬化率が増加してゆく。しかし,普通炭素鋼(S35C)フレッシュマルテンサイトの場合,変形初期の加工硬化率が極めて高い。変形初期の加工硬化率は一般的に高いが,Mnを5%添加することによって,変形初期の高加工硬化率を低く抑えることができることを示唆している。

Fig. 11.

Comparison of true-stress-true strain curve and work hardening rate between plain carbon fresh martensitic steel (S35C) and C-2Si-5%Mn steel. (Online version in color.)

3・3 引張変形中の転位挙動解析

3・3・1 引張変形中の転位密度変化

MnおよびC添加が加工硬化挙動に与える影響を検討するため,SPring-8の放射光を用いた高輝度X線回折により調査した。Fig.12に,引張変形中の転位密度の変化と真ひずみの関係を示す。焼入時の転位密度である引張変形前の初期転位密度は,興味深いことに2.7×1015 m-2とC添加量によらずほぼ同じ値であった。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイト組織を水焼入れにより作製した場合も転位密度が2.6×1015 m-2とほぼ同じ値が得られることから空冷による自己焼戻し効果ではなく5%Mn添加による可能性が考えられる。Fig.10およびFig.11から,引張変形中の転位密度は,C添加量が増加するにつれて増加し,その結果加工硬化率が向上することがわかった。引張強さ到達時の転位密度は0.075%C添加の場合では3.8×1015 m-2,0.1%C添加の場合では4.1×1015 m-2,0.15%C添加の場合では5.4×1015 m-2,0.2%C添加の場合では5.9×1015 m-2となった。転位密度の上限値は,C添加量の増加にともなって上昇した。転位密度の増加率に関しては,0.075%Cから0.15%Cの添加量の場合では,引張変形のひずみが増加するにしたがってほぼ直線的に転位密度が増加した。一方,0.2%C添加の場合では引張変形初期において転位密度が急激に増加し,逆に引張強さ付近になると,転位密度の増加率がどんどん緩やかになり,増加率の傾きがわずかとなった。この結果から,0.2%C添加の場合は転位密度の増加率が高く,変形初期の段階で転位密度の上限値付近に達してしまうため,変形中期後期において,転位密度の増加率が小さくなることが考えられる。

Fig. 12.

Change in dislocation density during tensile deformation in the specimen of fresh martensitic microstructure on plain carbon steel (S35C) and (0.075~0.3)C-2Si-5Mn steel. (Online version in color.)

次に,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトの焼入時での転位密度は,S35Cでは4.0×1015 m-2となり,5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの転位密度2.7×1015 m-2よりも高かった。次に,引張強さ到達時(または破断時)での転位密度は,S35Cでは7.0×1015 m-2であった。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトでは,0.3%C添加の場合の引張強さ時(破断時)の転位密度も7.0×1015 m-2であった。破断時,または,引張強さ到達時の転位密度は,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトと5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトで,ほぼ同じ値であった。一方,転位密度の増加率については,Fig.12から明らかなように,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイト鋼の増加率は極めて高い。0.3%C 添加の5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトを比較すると,引張ひずみ0.05までの転位密度の増加が,極めて大きいことが明らかである。一方,0.075~0.2%C添加の5%Mnフレッシュマルテンサイト鋼においては,転位密度の上昇はずっと緩やかである。

これらの結果から,5%Mnフレッシュマルテンサイト鋼における転位密度と強度・延性の関係は,Fig.13の模式図に示すような関係になるものと考えられる。C添加量が多いほど転位密度の上限値が高くなる。転位密度の上限値が高いほど,引張強さは高くなる。また,C量添加が多いほど転位密度の増加率が高くなる。そして,一様延性は転位密度の上限値と増加率のバランスで決まる。0.075%Cから0.15%C添加までは,上限値の上昇の効果が大きいため,引張強さと一様延性は同時に増加する。一方,0.2%C添加の場合では転位密度の上限値が上がったものの,転位密度の増加率が高く,早い段階で上限値付近に達するため,一様延性がかえって低下したと考えられる。普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトの場合,転位密度の増加率が高すぎるために,すぐに転位密度の上限値に達し,それ以上加工硬化できないため,破断したと考えられる。以上より,C添加量の増加は,転位密度の上限値と増加率を上昇させる。一方,5%Mnの添加は,転位密度の上限値を増加させるものの27),それ以上に転位密度の増加率を抑制すると考えられる。さらに,転位密度の上限値がC添加量の増加に伴って高くなることについては以下のように考えられる。Galindo-Navaらがベイナイト鋼においてラスサイズが小さくなると転位密度の上限値が高くなることを報告している48)。ここで,普通炭素鋼マルテンサイト組織について,C添加量が高くなるとラスサイズが微細化することも報告されている49)。ゆえに,中Mn鋼マルテンサイト組織においてもC添加量の増加に伴って,マルテンサイトラスが微細化して転位密度の上限値が増加したと考えられる。以上より,引張強さと一様延性は,転位密度の上限値と転位密度の増加率で決定されると考えられる。

Fig. 13.

Schematic drawing of influence of dislocation density on strength and ductility. (C-2Si-5%Mn fresh martensitic steel and S35C) (Online version in color.)

3・3・2 転位配列

Fig.14に普通炭素鋼(S35C)と5%Mn鋼の引張変形中の転位配列(M値)変化を示す。M値が1より大きい場合はランダムな転位分布,1より小さい場合は転位セル構造を表す。Fig.14では,M>1の場合はM=1として示した。普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトに注目すると,焼入時でのM値は,S35Cでは0.79であり,引張強さ到達時(または破断時)では,S35Cでは0.5となった。焼入時から破断時までM<1であることから,焼入時から転位はセル構造を形成していることを示している。一般に焼入れままのマルテンサイトではM>1であるとの報告がなされているが,それと異なる結果34)となった。しかし,塑性変形に伴ってM値が減少する傾向は一致した34)。次に,5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトに注目すると,焼入時においてC添加量が0.075%から0.2%の場合は,M値が1より大きく,転位がランダムに存在していることを示している。引張強さ到達時(または破断時)のM値については,C添加量が0.075%から0.15%の場合では,M>1を示し,引張強さ到達時でも転位がランダムに存在し続けていることを示している。一方,C添加量が0.2%Cの場合では,引張強さ到達時にはM値が約0.7と,転位セル形成を示した。また,C添加量が0.3%については,普通炭素鋼と同様に,焼入時からM<1であり,転位セル形成を示している。いったん転位セルが形成されるとセル内には転位が蓄積できなくなるため,転位密度は上昇できなくなる。引張強さ到達時まで,転位がセル構造を形成せずランダムに存在し続けることができたため,転位を蓄積し続けることができ,その結果,転位密度の上限値が増加すると考えられる。

Fig. 14.

Change in dislocation arrangement parameters (M-value) during tensile deformation in the specimen of fresh martensitic microstructure on plain carbon steel (S35C) and C-2Si-5%Mn steel. (Online version in color.)

転位密度や転位構造を確認するために,TEM観察を行った。S35Cフレッシュマルテンサイトと5%Mn鋼でC添加量が0.1%のフレッシュマルテンサイトの引張変形前の試料のTEM像をFig.15(a), (b)に,引張強さ到達時の試料のTEM明視野像をFig.15(c), (d)にそれぞれ示す。どちらの鋼種も引張変形によってラス内の転位密度が増大することがわかった。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトでは引張変形前および引張強さ到達時の明視野像では,明瞭な転位セルの形成は観察されず,引張強さ到達時まで転位はランダムに存在していたといえる。これは,M>1であるという放射光解析の結果とよく一致した。一方,S35Cの場合,引張変形前の明視野像でも明瞭な転位セル形成が観察されていないが,引張強さ到達時の明視野像では,転位セルの形成が明確に観察された。ゆえに,引張変形後にM<1であるという放射光解析の結果とよく一致したと考えられる。

Fig. 15.

Bright field TEM observation of (a), (b) initial microstructure and (c), (d) deformed microstructure at tensile strength in (a), (c) S35C and (b), (d) 0.15C-2Si-5Mn steel.

3・3・3 転位性格

Fig.16に普通炭素鋼(S35C)フレッシュマルテンサイトと5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの引張変形中の転位性格(q値)の変化を示す。ここで,q値とは転位成分(刃状転位,らせん転位)の割合に対応するパラメーターである。 BCC相の場合,q値が2.64の値でらせん転位成分が100%,1.29の値で刃状転位成分が100%となる50,51)。普通炭素鋼では,q値から焼入段階ではらせん転位が約86%,刃状転位が約14%の割合で存在していると考えられ,らせん転位の割合が高かった。そして,引張変形にともなって,らせん転位が約93%,刃状転位が約7%と,らせん転位成分がさらに増加したと考えられる。一方,5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトでは焼入段階ではらせん転位が約35%,刃状転位が約65%の割合で存在していると考えられ,刃状転位の割合が高かった。引張変形にともなって,らせん転位が約87%,刃状転位が約17%となり,らせん転位のみが増加したと考えられる。らせん転位のみが交差すべりできることを考えると,らせん転位の増加が5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの変形機構であると考えることができる。

Fig. 16.

Change in q-value during tensile deformation in the specimen of fresh martensitic microstructure on plain carbon steel (S35C) and C-2Si-5%Mn steel. (Online version in color.)

3・4 MnおよびC原子と転位との相互作用

5%Mn鋼フレッシュマルテンサイト鋼は普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトよりも転位の増加率が低い。すなわち,加工硬化率が低い。Mn原子とC原子がどのように転位に影響を与えるのかを,XAFS測定を利用して検討した。Fig.17にMn K-edge近傍のXAFSスペクトルを示す。5%Mnフレッシマルテンサイトにおいて,0.1,0.2,0.3%とC添加量を増加させると,XAFSスペクトルが変化した。次に,このXAFSスペクトルからEXAFS振動成分を抽出し,フーリエ変換を行うことで動径分布関数を求めた。Fig.18にMn原子周りの動径分布関数を示す。Mn原子周りの第一近接原子はFe原子であるが, C添加量を増加させていくと,第一近接原子のスペクトルのピーク位置がずれてゆき,Mn原子に対して第一近接原子(Fe原子)がより近づくと考えられる。BCC結晶構造において転位芯上の原子からみた第一近接原子の距離は完全結晶の場合より短くなるという計算結果があり52),Mn原子が転位芯上に優先的に存在する可能性を示唆している。

Fig. 17.

XAFS spectrum near Mn K-edge on (0.1~0.3)C-2Si-5Mn fresh martensitic steel. (Online version in color.)

Fig. 18.

Radial distribution function around Mn atom. (XAFS analysis) (Online version in color.)

Mn原子,C原子,転位は相互作用があることが報告されており;(1)マルテンサイト鋼におけるCの分布は均一ではなく,転位芯周りに偏析している53),(2)Mn原子はらせん転位との強い引力相互作用を持つ54),(3)Mn原子はC原子と強い引力相互作用を持つ55),と考えられる。これらの観点から,XAFS解析の結果と合わせ,5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトで生じたか加工硬化について検討した。原子のひずみ場の大きさは侵入型固溶原子の方が置換型固溶原子よりも大きいため,Cと転位の作用を主体に考える。はじめに,マルテンサイトに変態する前のオーステナイト相においてC原子は引力相互作用によりMn原子の周りに集積する。焼入れ時に発生する転位はMn原子とC原子の周りに引き寄せられ,転位に固着するC原子の数を減少させていると考えられる。Fig.18に示したMn原子と第一近接原子の距離がC添加量の増加に伴って減少したことは,焼入れ後に転位芯上に存在するMn原子数が増加したことと対応している可能性が考えられる。Fig.19に検討したMn原子,C原子の相互作用のモデル図を示す。転位近傍に存在するMn原子が引力相互作用によって転位に固着するC原子の数をMnの添加がない場合と比較して減少させており,普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトと比べて,5%Mn鋼フレッシュマルテンサイト組織の方が,転位間の固溶原子間距離が長くなり,粒子間を突破するために必要な応力が減少すると考えられる56)。これらのことから,Mnを添加させることで,C原子のひずみ場の大きさを緩和する効果が得られ,転位への障害が減少すると考えられる。また,AkamaらはFe-18Ni合金マルテンサイト組織に対する塑性加工により刃状転位成分の増加を報告している34)。5%Mn鋼フレッシュマルテンサイト組織に対する引張試験でらせん転位成分が増加していることは,Mn原子がNi原子より強いらせん転位との相互作用を有する55,57)ために,交差すべりによる回復を妨げているためと考えられる。ゆえに,普通炭素鋼と比べて,5%Mn鋼の方が転位の増加率を抑制し,加工硬化率を低下させると考えられる。

Fig. 19.

Interaction of fresh martensitic steel with Mn atoms, C atoms and dislocations. (Online version in color.)

4. 結言

本研究では,0.075~0.3%C-2%Si-5%Mnフレッシュマルテンサイト鋼の組織や強度・延性におよぼす転位挙動(転位密度,転位配列,転位性格)を解明するために,組織観察や内部摩擦測定,SPring-8にて放射光の高輝度X線を用いて,引張変形中の転位挙動やMnとC,転位の相互作用の調査の結果,以下の結論を得た。

(1)放射光を用いた引張試験その場X線回折の結果,加工強化挙動を転位密度の上限値ならびに転位密度の増加率という切り口から解析ができた。

(2)5%Mn鋼において,C添加量が0.075%から0.2%まで増加しても初期転位密度は2×1015 m-2と同程度であった。一方,引張変形における転位密度の上限値が4×1015 m-2から6×1015 m-2まで増加しており,引張強さは転位密度の上限値により決められると考えられる。

(3)延性に関しては,転位密度の上限値および上限値までに達する増加率のバランスに強く影響され,5%Mn鋼においてはC添加量が0.15%のときに最も延性が高くなったと考えられる。

(4)S35C鋼のような普通炭素鋼フレッシュマルテンサイトの延性が乏しい理由は,転位密度の増加率が高すぎ,転位密度の上限値にすぐに達してしまうためである。5%Mn鋼でも0.3%Cを添加した場合はこれに相当する。

(5)0.1%C-2%Si-5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトが普通鋼フレッシュマルテンサイトに比べて高延性を発現する理由は,転位密度の増加率が著しく低いためであり,それはMn-C相互作用によって転位密度の増加率を抑制するためであると考えられる。

(6)5%Mn鋼フレッシュマルテンサイトの転位強化機構は転位挙動や原子相互作用に依存する。強度は,転位密度の上限値に依存し,また転位密度の上限値はC,Mn,転位配列に影響を受けると考えられる。延性は,転位密度の上限値と増加率のバランスに依存し,また転位密度の増加率はMn-C相互作用や転位性格に影響を受けると考えられる。

謝辞

本研究に際し,転位密度の測定に関して,足立大樹教授にご指導いただきました。X線回折その場引張試験については,SPring-8のBL19B2にて実施した研究課題(課題番号:2017B1626,2018A1590,2018B1586),BL46XUにて実施した研究課題(課題番号:2019A1027,2019A1807,2019B1029)のビームタイムを使用した。XAFS測定については,SPring-8のBL14B2にて実施した成果公開優先利用課題(課題番号:2017B1934,2019A1745)のビームタイムを使用した。また,本研究の一部は「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第1期 革新的構造材料および第2期 統合型材料開発システムによるマテリアル革命」および「日本鉄鋼協会第25回および第30回 鉄鋼研究振興助成」のご支援を受けて行われた。ここに謝意を表する。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top