Tetsu-to-Hagane
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Change Behavior of Retained Austenite and Residual Stress on Carburized SCM420H Steel during Fatigue Process
Motoaki HayamaYusuke MakiShoichi KikuchiJun Komotori
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2022 Volume 108 Issue 11 Pages 891-899

Details
Abstract

The transformation behavior of retained austenite in carburized SCM420H steel and its effect on the change in residual stress on a surface are investigated. The retained austenite on the carburized steel is transformed significantly in the first cycle of fatigue loading with a stress ratio of −1, and the transformation is less significant thereafter. Tensile loading significantly affects the transformation of retained austenite as compared with compressive loading. This is because the mechanical driving force that contributes to the martensitic transformation of retained austenite differs under tensile and compressive stresses. To investigate the transformation behavior of retained austenite and residual stress more comprehensively, an in situ X-ray measurement of retained austenite and residual stress is conducted. In the measurement, retained austenite or residual stress on a specimen surface is measured under loading conditions. Results show that the transformation of retained austenite under tensile loading involves a threshold stress value at which the transformation begins. The transformation of retained austenite proceeds when the applied stress exceeds the threshold value; however, no transformation occurs regardless of the number of loading cycles when the applied stress does not exceed the threshold. The compressive residual stress on the specimen surface increases as retained austenite transforms to martensite due to stress loading.

1. 緒言

浸炭焼入れは,自動車のミッションギアやドライブシャフトなどを始めとして,疲労強度と耐摩耗性が要求される機械部品に対して幅広く実用されている。浸炭焼入れを施すことにより部材の疲労特性は向上するものの,浸炭焼入れ層にはオーステナイト相が残存(以下,残留γ)することがあり,これが硬さの低下や使用中に部材の寸法変化をもたらすことが問題点として残されている。残留γに起因した部材の寸法変化に関しては,サブゼロ処理により抑制するのが一般的であるが,ショットピーニングや微粒子ピーニングを施すことで加工誘起マルテンサイト変態を誘起させ,残留γを減少させると同時に表面に圧縮残留応力を生起させる試みも行われている18)

この残留γは,疲労過程においても変態することが知られており,これまで低サイクル疲労域911)や高サイクル疲労域1215)を対象として幅広い研究が行われてきた。その結果,残留γは,疲労負荷の1サイクル目でその多くが変態し,2サイクル目以降では変態量が少なく比較的安定になること10,11,14),残留γの変態により試験片表面の圧縮残留応力が増加すること1315)などが明らかにされている。ここで浸炭焼入れ材表面の残留応力は疲労特性に影響を与える重要な因子の一つであるため,その残留応力に影響を及ぼす残留γの変態挙動の把握は,浸炭焼入れを施した材料の疲労特性を評価する上で重要である。応力負荷による残留γの変態に関して,Patel and Cohen16)は,引張応力と圧縮応力が作用したときの残留γの変態挙動について検討を加え,引張応力と圧縮応力では変態に寄与する力学的駆動力が異なることを報告している。以上より,疲労過程における残留γの変態挙動を明確にするためには,変態が顕著に進行する1サイクル目の挙動に着目すること,さらに引張応力と圧縮応力のそれぞれが残留γの変態挙動に及ぼす影響を詳細に把握することが重要と考えられる。

近年,応力を負荷した状態の試験片に対してX線や中性子線を照射することにより,残留γの加工誘起マルテンサイト変態がどのような負荷のもとで生じるかを解明する試みが行われている1721)。例えばTomotaら17)は,引張応力を作用させた状態のTRIP鋼に中性子線を照射することにより残留γの変態挙動を調べ,負荷応力がある閾値を超えるとマルテンサイト変態が開始することを明らかにしている。この閾値は,残留γの変態挙動を考える上で重要な因子であり,環境温度18,19)や化学組成17,20)にも依存して変化することが明らかにされている。しかし,この残留γが変態を開始する閾値と,浸炭焼入れ鋼の残留応力の変化挙動の関係についての議論はこれまで行われていない。

そこで本研究では,浸炭焼入れを施したSCM420H鋼における疲労負荷の1サイクル目に着目し,まず,そのサイクル中での残留γの変態挙動を詳細に調べ,変態が開始する閾値やその大きさについて検討を加えた。次に,この値を考慮して引張-引張,圧縮-圧縮の片振り疲労試験を実施し,繰返し応力負荷が残留γの変態挙動に及ぼす影響を調べるとともに,残留応力の変化や疲労特性に及ぼす残留γの変態の影響について検討・考察を加えた。

2. 実験方法

2・1 試験片の作製と分析

供試材としては,Table 1に示す化学成分を有するクロムモリブデン鋼(SCM420H)を用いた。Fig.1に試験片の寸法・形状を示す。試験片の最小径部は,エメリー紙(#100~#2000)およびアルミナ懸濁液によるバフ研磨を行い鏡面状に仕上げた。作製した試験片に対して,Fig.2に示す熱履歴でガス浸炭焼入れおよび焼戻しを行った。なお,浸炭焼入れの際のカーボンポテンシャルは1.0%である(以下,C材と呼ぶ)。Table 2にC材の機械的特性を,Fig.3にはナイタールエッチングにより現出させたC材の組織写真を示す。これに加えて,C材の最小径部に微粒子ピーニング(FPP)を施した試験片(以下,C+FPP材)も準備した。その際の投射粒子には,直径150~180 μmに分級した平均硬さ700 HVの高速度工具鋼を用いた。投射条件は,投射圧力0.6 MPa,ノズル距離200 mm,処理時間30 s,粒子供給量1.0 g/sとした。小型旋盤を用いて試験片を回転させながら粒子を投射することで,試験片最小径部の全周にわたり処理が施されるようにした。

Table 1. Chemical composition of SCM420H steel (mass%).
CSiMnPSCuNiCrMoFe
0.210.250.850.0190.0160.010.021.100.16Bal.
Fig. 1.

Shape and dimension of specimen.

Fig. 2.

Thermal history of carburizing and tempering.

Table 2. Mechanical properties of carburized specimen.
0.2% proof stressTensile strengthElongation
1185 MPa1561 MPa1.49%
Fig. 3.

Cross-sectional optical micrograph of C series etched with Nital.

試験片横断面における硬さ分布は,マイクロビッカース硬さ計により測定した。その際,表面から100 μmまでの範囲は0.25 Nの試験力で,それ以外の範囲は0.98 Nで測定した。残留応力の測定には,パルステック工業社製ポータブル型X線回折測定装置μ-360s(管球:Cr)を用い,応力はcos α法により算出した。残留応力の測定方向は試験片の長軸方向とした。深さ方向の残留応力は,試験片表面を逐次電解研磨により除去しながら測定した。疲労試験は油圧サーボ式引張圧縮型疲労試験機を用いて,軸荷重負荷の下で疲労試験を実施した。その際,試験周波数は10 Hzとし,疲労試験の打切り繰返し数は5×106回とした。

2・2 疲労過程における残留γ量の測定

疲労過程における残留γ量の測定には,前述のポータブル型X線回折測定装置(管球:Cr)を用いた。著者ら22)はこのポータブル型のX線回折測定装置を用いて,軸荷重を負荷した状態の疲労試験片に対して,疲労過程で変化する残留応力を測定する手法を確立している。この手法を応用することで疲労試験機から試験片を取り外す必要はないため,疲労過程における同一領域の残留γの変態挙動を連続的に把握することができる。Fig.4に残留γ量をその場測定する際の装置の配置を示す。

Fig. 4.

Experimental setup of in-situ retained austenite measurement. (Online version in color.)

まず試験片を疲労試験機に取り付け,無負荷の状態で試験片表面の残留γ量を測定した。本研究では,この値を残留γ量の初期値とした。その後,所定の繰返し数を負荷した後に疲労試験を中断し,無負荷の状態でX線を照射し残留γ量を測定した。このような手順で残留γ量を繰返し測定することにより,疲労過程における残留γの変態挙動を調べた。なお測定の際,X線の照射角度は試験片軸方向に対して90°とし,試験片の最小径とR部の曲率を考慮してϕ0.3 mmのコリメータを用いた。また,繰返し負荷の一つのサイクル中での残留γの変態挙動は,試験片を試験機に取り付けた状態で負荷応力を段階的に変化させ,試験片表面にX線を照射することにより調べた。詳細は3・4節で述べる。

3. 実験結果および考察

3・1 残留応力・残留γ・硬さ分布の測定

Fig.5にC材およびC+FPP材に対して,深さ方向のビッカース硬さ分布を測定した結果を示す。(a)は0.98 Nの試験力で測定した結果である。同図より,両材ともに表層部は内部と比較して高硬さであることがわかる。また最表面近傍に注目すると,C材とC+FPP材の間には差が認められる。この点を詳細に調べるために,試験力を0.25 Nとして100 μmの深さまでの硬さ測定を行った。Fig.5(b)はその結果である。同図から,C材の場合には表面から約10 μmの領域で硬さが低下しているのに対して,浸炭焼入れ後にFPPを施したC+FPP材の場合には,その領域での硬さ低下は認められず700HV程度の値を有していることがわかる。

Fig. 5.

Distribution of Vickers hardness with (a) measurement force = 0.98 N and (b) measurement force = 0.25 N.

この理由を調べるために,試験片深さ方向の残留γ量の分布を測定した。Fig.6にその結果を示す。なおこの測定には,Rigaku社製全自動多目的X線回折装置SmartLabを用いている。同図から,C+FPP材では,試験片表面の残留γ量がC材と比較して著しく低いこと,また表面より10 μmより深い範囲ではC+FPP材とC材の残留γ量は同程度であることがわかる。FPPによって残留γ量が著しく減少している範囲は,Fig.5(b)においてC+FPP材がC材よりも硬さが高い領域と一致する。このことから,FPPによる表面近傍の硬さ上昇は,残留γがマルテンサイト変態したことが一つの要因と考えられる。

Fig. 6.

Distribution of retained austenite.

Fig.7に各試験片の深さ方向の残留応力分布を測定した結果を示す。同図から,C+FPP材の表面約10 μmの領域には1000 MPaを超える高い圧縮残留応力が生起していることがわかる。これは,浸炭焼入れ後のFPP処理により加工誘起マルテンサイト変態が生じ,表層組織のみの体積が膨張したこと,またFPP処理によって表面近傍に塑性ひずみが付与されたことによるものと考えられる。

Fig. 7.

Distribution of residual stress.

3・2 疲労特性

Fig.8に各試験片の疲労試験結果を示す。同図より,浸炭焼入れを施したC材およびC+FPP材は,未処理材と比較して疲労特性が向上していることがわかる。これは,Fig.5に示した通り,浸炭焼入れにより硬さが上昇したことが一つの要因と考えられる。また有限寿命域では,C+FPP材はC材と比較して僅かに長寿命側に位置する傾向が認められる。さらに,5×106回の時間強度にも100 MPa程度の差が生じていることがわかる。しかしながら,FPPにより導入された1100 MPa程の高い圧縮残留応力の存在に見合う疲労強度の上昇は認められない。

Fig. 8.

S-N diagram of SCM420H.

この原因を調べるために,破断面の観察を行った。Fig.9にその結果を示す。同図より,C材における疲労破壊の起点は表面に位置しているのに対し,C+FPP材の破壊起点は表面から約980 μmの位置,すなわち浸炭層よりも深い領域に存在していることがわかる。これは,浸炭焼入れ後のFPP処理により高い圧縮残留応力が生起したことで,表面からの疲労き裂発生が抑制され,表面と比較して低強度の材料内部から疲労き裂が発生したためと考えられる。なお,Fig.8に示した疲労試験結果の中で,*印を付したプロットは内部起点型破壊の破面を示した試験片である。以上から,FPP処理により浸炭焼入れ材の疲労特性は向上するものの,表面組織変化に起因した破壊モード遷移が生じるため,その向上幅はわずかであることが明らかになった。

Fig. 9.

SEM micrographs of fracture surface of (a) C series and (b) C+FPP series failing at σa = 800 MPa.

3・3 疲労過程における残留γと残留応力の変化

疲労過程における残留γの変態挙動について検討するために,C材とC+FPP材に対してσa=1000 MPa,応力比R=-1で疲労試験を実施し,繰返し応力負荷に伴う残留γ量の変化を調べた。Fig.10にその結果を示す。同図より,浸炭のみを施したC材では,(i)初期に20%以上存在していた残留γ量が1サイクル目の応力負荷により大きく減少していること,(ii)2サイクル目以降残留γはわずかに減少する傾向は認められるものの大きな変化は生じていないことがわかる。

Fig. 10.

Relationship between number of cycles and retained austenite at σa = 1000 MPa.

これに対してC+FPP材では,疲労過程における残留γ量の変化は小さく,ほぼ一定の値を示している。またC+FPP材の残留γ量はC材で変態が発生した後の残留γ量より少ない。これらの結果は,1000 MPaの応力負荷と比べてFPPの方が変態に寄与する力学的駆動力が高いことを示している。そのためC+FPP材では応力負荷により与えられる力学的駆動力で変態可能な残留γが残存しておらず,応力負荷による変態が生じなかったものと考えられる。

FPP処理の有無によって浸炭焼入れ材の残留γ量の変化挙動が異なっていたことから,残留応力の変化挙動も異なることが予想される。Fig.11に,両材の疲労過程における残留応力の変化を測定した結果を示す。同図(a)はC材の,(b)はC+FPP材の測定結果である。C材の場合には,最初の負荷において圧縮残留応力が僅かではあるが増加する傾向が認められる。また2サイクル目以降,多少のばらつきはあるものの残留応力はほとんど変化していないことがわかる。この挙動は,Fig.10で示した残留γの変化の傾向と一致する。したがって,C材の疲労過程における圧縮残留応力の増加は,加工誘起マルテンサイト変態に起因するものと考えられる。一方C+FPP材の場合には,極初期段階で圧縮残留応力は減少していることがわかる。圧縮残留応力は繰返し応力の作用による局所的な塑性変形や転位の運動により解放することが知られており2327),この傾向は一般的なものといえる。また,C+FPP材の圧縮残留応力は解放するもののその量は僅かであり(同図(b)),その後の繰返し負荷のもとでは安定して存在していることがわかる。したがって,C+FPP材で圧縮残留応力の増加が認められなかったのは,FPP処理の段階で残留γの変態が完了し,疲労過程で変態しなかったためと考えられる。以上から,FPP処理による浸炭焼入れ材の残留γ変態が,疲労過程における残留応力変化挙動に影響を及ぼすことが明らかとなった。

Fig. 11.

Relationship between number of cycles and residual stress at σa = 1000 MPa (R = −1): (a) C series and (b) C+FPP series.

3・4 疲労負荷1サイクル目における残留γの変態および残留応力の変化挙動

前節で残留γの変態が疲労負荷の1サイクル目に顕著に生じることを明らかにした。そこで本節では疲労負荷の1サイクル目に着目し,応力の負荷に伴う残留γの変態挙動を詳細に調べた。具体的には,試験片に負荷する応力を段階的に変化させながら,試験機に取り付けた状態で試験片表面の残留γ量を測定した。Fig.12にその結果を示す。同図の横軸は測定した際の負荷応力を,縦軸はX線により測定された残留γ量であり,(a)は引張応力(σmax=1000 MPa)を,(b)は圧縮応力(σmin=-1000 MPa)を負荷してその後除荷した場合の測定結果である。

Fig. 12.

Relationship between applied stress and surface retained austenite of C series at first cycle: (a) Tensile loading of σmax = 1000 MPa and σmin = 0 MPa; (b) compressive loading of σmax = 0 MPa and σmin = −1000 MPa.

Fig.12(a)の引張応力を負荷した際の測定結果に注目すると,負荷応力が400 MPaまでは残留γ量に大きな変化は認められないのに対し,400 MPaを超えると残留γ量は次第に減少する傾向が認められる(●印)。このことは,引張応力値が400 MPaを超えると,残留γの加工誘起マルテンサイト変態が開始することを示すものであり,変態が開始する閾値が存在することを示している。なお,負荷応力が400 MPa以下の領域では,測定値が負荷応力に依存してわずかに上昇する傾向が認められるが,これは引張応力の作用によって結晶格子間隔が変化したことが影響しており,X線測定における見かけ上の変化と考えている。次に,引張応力値が1000 MPaに到達した時点で負荷を反転させ引張負荷を段階的に除荷しながら測定を行った。除荷過程において,残留γはわずかに減少する傾向が認められる(○印)。しかし,その傾きは400 MPaまでの負荷過程と同程度であり,実際には残留γ量はほとんど変化していないものと考えられる。

これに対してFig.12(b)の圧縮応力を負荷した際の変態挙動に注目すると,1サイクルの圧縮負荷と除荷が終了した時点では初期残留γ量と比較して減少していることがわかる。この変態量は同じ絶対値の引張応力を負荷した際の変態量より小さい。このことは,引張負荷と圧縮負荷で残留γ量の変化挙動が異なる可能性を示唆しているものの,本研究の範囲では変態が開始する圧縮応力の閾値を明確に確認することができなかった。

Patel and Cohen16)は加工誘起マルテンサイト変態に寄与する力学的駆動力は,式(1)に示すようにせん断応力による仕事と垂直応力による仕事の和として説明できるとする考えを提案している。

  
U=τγ0+σε0(1)

ここで,τσは晶壁面に作用するせん断応力および垂直応力,γ0ε0は変態によって生じるひずみのせん断成分および垂直膨張成分である。式中ε0は,オーステナイトからマルテンサイトへの変態する際の垂直ひずみを示しており常に正の値となる。また,垂直応力σは引張応力の時に正,圧縮応力の時は負になることから,マルテンサイト変態に寄与する力学的駆動力Uは,引張応力が作用した場合の方が,圧縮応力が作用した時よりも常に大きくなる。このことは,圧縮負荷に比べて引張負荷の方が残留γの変態が生じやすいことを意味している。この考えは,Fig.12で示した本研究の実験結果とも矛盾しない。

マルテンサイト変態の発生のし易さには応力の方向に加えてその大きさも関与すると考えられる。そこで,閾値を超えない大きさの応力振幅で引張-引張の繰返し応力(σmax=300 MPa,R=0)を負荷し,それに伴う残留γ量の変化を調べた結果(Fig.13),残留γ量の変化は認められず加工誘起マルテンサイト変態が生じなかった。このことは残留γが変態を開始する閾値の応力を超えない負荷の場合は,力学的駆動力が残留γのマルテンサイト変態に必要な仕事量に達しないため,繰返し数に関わらず,残留γに変態は生じないことを示すものである。

Fig. 13.

Transformation behavior of surface retained austenite during tension–tension loading of σmax = 300 MPa and σmin = 0 MPa.

3・3節において,疲労負荷による残留γの変態によって圧縮残留応力が増加することを述べた。そこで,この点についてより詳細に検討するため,引張応力負荷過程での残留応力の変化について調べた。なお引張負荷のもとでの残留応力変化は,著者らが提案したX線応力その場測定により行った22)Fig.14に負荷応力と試験片表面の応力の関係を示す。同図の横軸は試験片に負荷した応力,縦軸はX線により測定した試験片表面の応力で,残留応力に変化が生じない場合には両者は線形関係となる。Fig.12(a)において,負荷応力が400 MPa程度を超えると残留γ量は次第に減少することを述べた。このときの負荷応力と試験片表面の応力の関係に着目をすると,負荷応力が600 MPaを超えると,負荷応力の増加に伴い試験片表面の応力との線形関係が崩れ,プロットが下方に推移,すなわち試験片表面の引張応力が緩和していることがわかる。また引張応力を除荷した後では,負荷前と比較して圧縮残留応力が増加していることが分かる。この結果は,引張応力負荷により残留γがマルテンサイトに変態すると,変態に伴う塑性変形により応力緩和が生じ,結果として圧縮残留応力が増加することを示すものである。

Fig. 14.

Relationship between applied stress and surface stress of carburized specimen under tensile loading. (Online version in color.)

3・5 負荷応力の形態と大きさが残留γの変態挙動に及ぼす影響

3・4節において,引張と圧縮の負荷では加工誘起マルテンサイト変態に寄与する力学的駆動力が異なるため,変態量に差が生じることを述べた。したがって,疲労過程におけるマルテンサイト変態の挙動を検討する際には,引張と圧縮応力の影響を別々に考える必要がある。そこで本節では,C材に対して引張-引張と圧縮-圧縮の繰返し試験を実施し,残留γの変態挙動についてまず検討を加えた。

Fig.15に(a)引張-引張繰返し応力(σmax=1000 MPa,R=0)と(b)圧縮-圧縮繰返し応力(σmin=-1000 MPa,R=∞)の負荷に伴う残留γ量の変化を測定した結果を示す。なお図の縦軸は,初期の測定値で無次元化した値であり,1より小さい場合には応力負荷によって残留γ量が減少していることを意味している。同図(a)と(b)を比較すると,負荷の形態に依存して残留γ量の変化挙動が大きく異なることがわかる。引張-引張の負荷のもとでの残留γ量の変化に注目すると(同図(a)),1サイクル目で顕著に残留γ量は減少しており,2サイクル目以降では大きな変化は認められない。これに対してσmin=-1000 MPaの圧縮-圧縮の繰返し応力負荷の場合には,1サイクル目における残留γの減少量はわずかであり,2サイクル目以降も残留γ量が安定せず減少し続けている。このように,負荷の形態に依存してその挙動が異なるという事実は,残留γの加工誘起マルテンサイト変態をもたらす力学的駆動力が,引張と圧縮では異なるという結果を裏付けるものである。なお,圧縮-圧縮繰返し負荷において,負荷繰返し数の増加とともに変態が進行するメカニズムなどについてはまだ不明瞭な点が残されており,今後の検討課題としたい。

Fig. 15.

Transformation behavior of surface-retained austenite during loading: (a) Tension–tension loading of σmax = 1000 MPa and σmin = 0 MPa (R = 0); (b) compression–compression loading of σmax = 0 MPa and σmin = −1000 MPa (R = ∞)

4. 結言

本研究では,浸炭焼入れを施したSCM420H鋼に存在する残留γの疲労過程における挙動を詳細に調べ,それが残留応力の大きさや疲労特性に及ぼす影響について検討・考察を加えた。以下に得られた結論をまとめる。

(1)浸炭焼入れを施した鋼表面の残留γは,応力比R=-1の両振り負荷においては,1サイクル目の負荷で大幅に変態し,その後残留γ量はほとんど変化しない。

(2)浸炭焼入れ材における残留γの変態は,圧縮負荷と比較して引張負荷の際に顕著に生じる。これは引張負荷と圧縮負荷では,残留γのマルテンサイト変態に寄与する力学的駆動力が異なるためである。

(3)引張負荷による残留γの変態には,変態を開始する応力に閾値が存在し,この閾値を超える応力が作用すると,残留γの変態は進行する。したがって,浸炭焼入れ材に負荷する応力が前述の残留γが変態を開始する閾値を超えない場合には,負荷の繰返し数に関わらず残留γの変態は生じない。

(4)応力負荷によって残留γがマルテンサイトへ変態すると,変態の進行に伴って浸炭焼入れ材表面の圧縮残留応力が増加する。そのため,FPP処理の有無によって残留γ変態量が異なる場合には,疲労過程における残留応力変化挙動も異なる。本研究では,応力を負荷した状態で残留γおよび残留応力を詳細に測定することにより,この事実を明確に示した。

謝辞

本研究で使用した材料は,日本材料学会疲労部門委員会『疲労に関する表面改質分科会』から提供されたものである。また,浸炭焼入れはヤマハ発動機株式会社にて実施して頂いた。記してここに謝意を表する。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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