2022 Volume 108 Issue 2 Pages 131-140
This study examined cold rolling (20%) effects on the creep rupture strength of 12Cr-5.4W ferritic steel with martensite and δ-ferrite at 700 °C. Creep rupture strength of the as-received steel was equal to or greater than that of Gr.92 steel under 100-50 MPa, but cold rolling decreased the creep rupture strength by as much as 10%. Microstructure observations of crept steels revealed coarsening of the Laves phase by cold rolling in δ-ferrite but not in martensite. This finding suggests that the Laves phase coarsening in δ-ferrite is related to short-circuit diffusion because fine sub-grain structures were observed inside δ-ferrite grains in the cold-rolled steel after creep. Also, the martensite lath structure in the cold-rolled steel recovered quickly. Collectively, these cold-rolling-related phenomena of microstructural degradations are inferred as factors decreasing the creep rupture strength. In the as-received steel, some creep voids were observed in martensite: most were observed adjacent to coarse vanadium nitrides. By contrast, creep voids in the cold-rolled steel were most numerous near the martensite – δ-ferrite interface. It was suggested that nucleation of creep voids near the interface in the cold-rolled steel was attributed to mechanisms such as the Laves phase size and distribution at the interface and stress concentration effects of dislocations that were piled up toward the interface.
9-12%のCrを含有する高Crフェライト系耐熱鋼はクリープ強度に優れるため火力発電ボイラなどの高温機器に実用化されており,その多くは焼戻しマルテンサイト組織を有している。焼戻しマルテンサイト組織は大角粒界である旧γ粒界,パケット,ブロック,および微細なサブグレイン組織であるラスによって構成されており,ラス内部には転位が高密度に存在している。高Crフェライト系耐熱鋼はラス組織が長時間微細に維持されるほど優れたクリープ強度を発揮し1–3),低応力・長時間条件では旧γ粒径もクリープ強度を支配する組織因子となることが報告されている4)。高Crフェライト系耐熱鋼において,マルテンサイト組織を構成するこれらの粒界上にはM23C6炭化物が,ラス中にはMX炭窒化物がそれぞれ析出しており1),M23C6とMXはラス組織の回復を抑制するとともに析出強化相としてクリープ強度に寄与する5–8)。また,本鋼種のクリープ強度向上には固溶強化や析出強化が有効であることから,炭化物や窒化物による析出強化に加えて,耐火金属元素であるWやMoの固溶強化も活用されている9–11)。耐火金属元素は添加量を調整することでクリープ中にFe2M Laves相(M:耐火金属元素)を形成し析出強化にも寄与する11,12)。近年では更なる高強度化を目指してLaves相を析出強化相として活用する合金設計がなされており,特にWが積極的に添加された合金が開発されている12–14)。Yamasakiらの研究グループによって開発された高W添加12Cr鋼15,16)では,W系Laves相の析出強化により優れたクリープ破断強度を示すことが報告されている。Gr.91鋼やGr.92鋼に代表される従来の高Crフェライト系耐熱鋼ではクリープ中にLaves相が析出するが1,5,9,17),開発鋼15,16)では初期組織の段階からLaves相を析出させ強化を図っている。この開発鋼には多量のWが添加されているために,焼戻しマルテンサイトとδフェライトの二種の組織から構成され,とりわけδフェライト中にはLaves相が微細かつ高密度に析出している。δフェライトの体積率が増加するほど開発鋼のクリープ破断強度が向上すること16)は,δフェライト中のLaves相による析出強化がクリープ破断強度と密接に関係することを示唆している。また,開発鋼15,16)の特徴はCではなくNを添加しマルテンサイト組織を形成していることにもある。そのためラス上などに窒化物が析出するが,あくまでNは耐酸化性向上を意図して添加された元素であり,析出強化は主にLaves相が担っていると考えられている16)。
ところで,構造部材は製造過程で冷間加工を受けそのまま使用されることがあるため,種々の材料でクリープ強度に及ぼす冷間加工の影響が調査されている。例えば,一部のオーステナイト系耐熱鋼18)やNi基合金19,20)では,冷間加工を施すとクリープ破断強度が向上することが報告されている。この理由の一つは冷間加工によって粒内に導入された転位が析出強化相(例えばM23C6)の核生成サイトとしてはたらき18–20),その結果析出強化相が粒内に均一微細に分布するためと考えられている。同様に,Laves相が転位上に微細析出しクリープ破断強度に寄与することは,14Cr-20Ni-2.5Al-Nbの組成を有するオーステナイト系耐熱鋼において報告されている21)。一方,焼戻しマルテンサイト組織を有する高Crフェライト系耐熱鋼に対して冷間加工を施すと,ラス組織が短時間で回復しクリープ破断強度は低下することが報告されている22,23)。すなわち,冷間加工がクリープ破断強度に及ぼす効果は母相組織に応じて異なると考えられる。しかし,高Crフェライト系耐熱鋼に関する知見の多くは焼戻しマルテンサイト鋼を対象としたものであり,δフェライトを有する鋼種,特にLaves相を析出強化相とした鋼種のクリープ破断強度に及ぼす冷間加工の影響を報告した例はほとんどない。そこで本研究では,δフェライトを有する高Crフェライト系耐熱鋼のクリープ破断強度に及ぼす冷間加工の影響を明らかにすることを目的として,冷間圧延した高W添加12Cr鋼15,16)のクリープ破断強度を調査した。先述したように,本鋼の析出強化は主にLaves相が担っていると考えられることから,本研究ではLaves相に着目してクリープ破断前後の組織を観察した。
供試鋼は高W添加12Cr鋼(公称組成:12Cr-5.4W鋼)である。Nを気化脱離させることなく添加するため,供試鋼の溶製には加圧高周波溶解法を用い,溶製時の圧力は20気圧とした。溶製後は1200°Cにて熱間鍛造した後,1200°Cにて0.5 hの溶体化熱処理(空冷)と780°Cにて1.0 hの焼戻し熱処理(空冷)に供した。以降,このようにして作製された鋼をPN11と称す。PN11の化学成分分析値(wt.%)をTable 1に示す。クリープ破断強度に及ぼす冷間加工の影響を調査するため,PN11の一部に対して焼戻し熱処理後に冷間圧延(20%)を施した。以降,冷間圧延されたPN11をCR鋼と称する。
C | Si | Mn | P | S | Cu | Ni | Cr |
0.011 | 0.20 | 0.10 | 0.005 | <0.001 | 0.05 | 0.05 | 11.90 |
Mo | V | Nb | W | O | Co | N | ‒ |
0.94 | 0.58 | 0.02 | 5.44 | 0.0055 | 3.96 | 0.32 | ‒ |
PN11およびCR鋼より,標点部直径6 mm,標点間距離30 mmの鍔付き試験片を採取し引張試験とクリープ試験に供した。試験片長手方向は,PN11については鍛伸方向,CR鋼については冷間圧延方向とそれぞれ平行とした。引張試験は室温から800°Cまでの温度域にて5.0×10-5 sec-1のひずみ速度で実施した。クリープ破断試験は700°Cにて,負荷応力100-50 MPaの定荷重条件で実施した。また,クリープひずみ速度試験は負荷応力80 MPaにて実施した。
クリープ破断後の試験片は応力負荷方向と平行になるよう縦割りに切断し,熱間硬化樹脂に埋込んだ。エメリー紙にて#2000まで湿式研磨した後,ダイヤモンド砥粒(0.3 µm)およびコロイダルシリカを用いたバフ研磨により鏡面に仕上げた試料を断面組織観察に供した。組織観察には光学顕微鏡法(OM),走査型電子顕微鏡法(SEM)および電子線後方散乱回折法(EBSD)を用いた。また,析出物の定性分析にはエネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いた。OM観察用の試料調整にはビレラ試薬(ピクリン酸,塩酸,アルコールの混合溶液)を用い,20 s程度腐食した。EBSD測定時のステップサイズは0.2 µmとし,EBSDデータの解析にはTSL社製OIM Analysis(ver. 7.3.0)を用いた。
δフェライトの体積率は面分析法24)により求めた。観察倍率500倍で取得した反射電子像(BSE像)を二値化し,δフェライトに相当する領域の面積率を求めた。観察視野は5視野とし,得られた面積率の平均値を体積率とした。同様に,Laves相粒子径の算出には二値化したBSE像を用いた。観察倍率は,δフェライト中では10000倍,マルテンサイト中では5000倍とした。ただし,50 MPa破断後には粒子が著しく粗大化し,視野中に十分な数の粒子が含まれなかったため,低倍率の観察結果を使用した(δフェライト:5000倍,マルテンサイト:3000倍)。観察視野は各2視野とし,300個以上の粒子を解析して得られた円相当径の平均値をLaves相の粒子径とした。
供試鋼の硬さはビッカース硬さ試験を用いて評価した。負荷荷重は98 Nとし,5点の平均値で評価した。また,マルテンサイトとδフェライトそれぞれの硬さを簡易的に評価するため,マイクロビッカース硬さ試験を実施した。負荷荷重は0.098 Nとし,最大値と最小値を除く10点の平均値で評価した。
Fig.1(a)にPN11のBSE像を示す。母相はδフェライトと焼戻しマルテンサイトから構成されていた。面分析法24)により算出されたδフェライトの体積率は29.5%であった。Fig.1(b)に焼戻しマルテンサイトを高倍率で観察した結果を示す。焼戻しマルテンサイト中にはラス組織が形成されていた。マルテンサイト,δフェライトいずれにおいても暗いコントラストを有する粗大な相が観察された。先行文献16)より,溶製時にVNが晶出することが報告されているため,Fig.1(a)で観察された粗大な相はVNであると考えられる。高倍率でBSE像を取得し,マルテンサイトおよびδフェライト中の析出物を観察した結果をFig.1(b),(c)にそれぞれ示す。いずれにおいても明るいコントラストを有する1 µm以下の粒子が析出しており,特にδフェライト中で高密度に析出していた。PN11の組成ではVNに加えてW系Laves相が析出することが報告されている16)ため,EDSを用いた定性分析により,粒子中にWが濃化しているかを確認した。マルテンサイト中で観察された粒子より得られたEDSスペクトルの一例をFig.1(d)に示す。分析に際しては,比較的粗大な粒子を分析することで母相の組成情報を可能な限り排除した。比較のため,マルテンサイトおよびδフェライト母相より取得されたEDSスペクトルをFig.1(d)中に示す。Fig.1(d)より,粒子中にはWが多く含まれていることがわかる。δフェライト中の粒子は微細であるためEDS分析が困難であったが,マルテンサイト中の粒子とBSE像のコントラストが同様であることから,Wを多く含んでいるものと推察される。また,先行文献16)より,Laves相の多くは1 µm以下である様子が観察され,Laves相は特にδフェライト中で高密度に分布することが報告されている。このようなサイズや分布の特徴は,PN11中の粒子においても同様であった(Fig.1(b),(c))。したがって,マルテンサイトおよびδフェライト中に析出した粒子をW系Laves相と推定した。Fig.1(a)より,Laves相はマルテンサイトとδフェライトの界面上においても緻密に析出している様子が観察された。
(a) BSE image of PN11. Precipitates observed in (b) martensite and (c) δ-ferrite. (d) EDS spectrum obtained from martensite, δ-ferrite and Laves phase precipitated in martensite.
Fig.2(a)にCR鋼のBSE像を示す。Fig.2(a)より,冷間圧延によりクラック等の欠陥が生じていないことがわかる。CR鋼の逆極点図(IPFマップ)をFig.2(b)に示す。Fig.2(b)より判断されるマルテンサイト中の旧γ粒およびδフェライト粒は圧延方向に伸長している様子が観察された。また,PN11の硬さは281 HVであったのに対して,CR鋼の硬さは344 HVに増加していた。マイクロビッカース硬さ試験(荷重:0.098 N)を用いて,マルテンサイトとδフェライトそれぞれの硬さを簡易的に評価した結果をTable 2に示す。Table 2より,CR鋼中のマルテンサイトおよびδフェライトの硬さはPN11のそれらと比べて増加しており,冷間圧延によりいずれの領域にも転位が導入されたことが示唆される。
(a) BSE image and (b) IPF map of the cold rolled steel. The white allow in (a) shows rolling direction. (Online version in color.)
martensite | δ-ferrite | |
---|---|---|
PN11 | 309 | 309 |
The cold-rolled steel | 342 | 337 |
室温から800°CにおけるPN11の0.2%耐力と,室温および700°CにおけるCR鋼の0.2%耐力をFig.3(a)に示す。Fig.3(a)より,PN11の0.2%耐力は,室温では639 MPa,700°Cでは201 MPaであった。一方,室温におけるCR鋼の0.2%耐力(985 MPa)はPN11と比較して高い値であったが,700°Cにおける0.2%耐力(170 MPa)はPN11と概ね同程度であった。Fig.3(b)に破断伸び,破断絞りの温度依存性を示す。室温と700°Cいずれにおいても,CR鋼の破断伸びおよび絞りはPN11と比較してわずかに低下した。
(a) Temperature dependence of 0.2% proof stress, (b) elongation and reduction area obtained by tensile tests.
700°Cにおけるクリープ試験結果をFig.4(a)に示す。Fig.4(a)には,比較材としてP92鋼25)のクリープ破断強度も合わせて示す。本研究で実施した試験条件ではPN11はP92鋼よりも長時間で破断しており,その破断強度の差は高応力条件では大きいが,低応力条件になるほど小さくなる傾向にあった。一方,CR鋼のクリープ破断強度はPN11の最大1/10まで低下した。PN11およびCR鋼のクリープ破断強度と破断絞りの関係をFig.4(b)に示す。CR鋼の破断絞りはPN11に比べて大きく低下した。冷間圧延がクリープひずみ速度に及ぼす影響を明らかにするため,80 MPaでクリープひずみ速度試験を実施した。PN11とCR鋼のクリープひずみ速度と時間の関係をFig.5に示す。CR鋼はPN11に比べて短時間で最小クリープ速度に到達し破断に至っており,その最小クリープ速度はPN11のおよそ7倍に増加した。
(a) Creep rupture strength and (b) reduction area at 700°C.
Relationship between creep strain rate and time at 700°C under 80 MPa.
700°C,80 MPaおよび50 MPaで破断したPN11とCR鋼のOM像をFig.6に示す。冷間圧延の有無や試験応力によらず,クリープ試験前後でδフェライトの体積率はほとんど変化していなかった。Fig.7(a)-(c)に100-50 MPaで破断したPN11のBSE像を示す。BSE像ではVNとボイドはともに暗いコントラストで観察されるため,二次電子像より判別されたボイドを図中矢印で示している。3・1節より,明るいコントラストを有する粒子はLaves相と推定されたため,以降ではこの粒子がLaves相であるとの前提のもと議論する。PN11では,低応力・長時間条件になるにつれ,マルテンサイトおよびδフェライト中のLaves相が粗大化し,その数密度が減少した。また,マルテンサイトとδフェライトの界面上に存在するLaves相も粗大化した。Fig.7より,破断時間が長時間になるとδフェライト中にLaves相無析出帯(PFZ)が発達した。100-50 MPaで破断したCR鋼のBSE像をFig.7(d)-(f)に示す。CR鋼ではδフェライト中のLaves相が短時間で粗大化した様子が観察されたが,δフェライト中にPFZは認められなかった。マルテンサイトとδフェライトの各領域におけるLaves相の粒子径と破断時間の関係をFig.8に示す。Fig.8(a)より,マルテンサイト中のLaves相粒子径は冷間圧延の有無によらず破断時間に相関し増加した。一方Fig.8(b)より,冷間圧延を施すことでδフェライト中のLaves相は短時間で粗大化し,その粒子径はおよそ1000 hでマルテンサイト中のLaves相と同程度となった。
(a, b) Optical microscope images of PN11 and (c, d) the cold rolled steel after creep at 700°C under (a, c) 80 MPa and (b, d) 50 MPa.
(a-c) BSE images of PN11and the (d-f) cold rolled steel after creep at 700°C under (a, d) 100 MPa, (b, e) 80 MPa and (c, f) 50 MPa.
Change of Laves phase diameters in (a) martensite and (b) δ-ferrite.
80 MPaで破断したPN11およびCR鋼のマルテンサイトにおける代表視野をFig.9に示す。PN11とCR鋼いずれにおいても,クリープ前に観察されたラス組織(Fig.1(b))は回復し,等軸粒が観察された。また,Fig.9のチャネリングコントラストの濃淡から判断されるサブグレインサイズは,短時間で破断したCR鋼の方がPN11に比べてわずかに微細であった。
(a) BSE images of martensite structure in PN11 and (b) the cold-rolled steel crept under 80 MPa.
Fig.6より,PN11とCR鋼いずれにもクリープ後にボイドが観察された。CR鋼中ではPN11と比較して多数のボイドが観察されたことから,CR鋼の破断延性が低下した要因はボイドの数密度が増加したためと推察される。
次に,ボイドの発生位置に着目する。Fig.6(a)-(b)より,PN11ではVN近傍においてボイドが発生した様子が観察された。マルテンサイト中にもボイドがわずかに発生していたが,δフェライト粒内やマルテンサイトとδフェライトの界面(以下,マルテンサイト/δフェライト界面と称す)近傍ではボイドはほとんど発生していなかった。Fig.7(a)-(c)に示すように,PN11では低応力・長時間条件ほどδフェライト中にPFZが発達したが,本研究の試験条件においてはPFZ中にボイドが発生した様子は認められなかった。一方Fig.6(c)-(d)およびFig.7(d)-(f)より,CR鋼中ではVN近傍で発生したボイドも観察されたが,マルテンサイト/δフェライト界面近傍において多数のボイドが発生した様子が観察された。ボイドはマルテンサイト/δフェライト界面近傍のマルテンサイト側,δフェライト側のいずれにも観察された。
冷間圧延を施すことでクリープ中に助長された組織変化は,δフェライト中のLaves相が短時間で粗大化したことである(Fig.7, 8)。この要因を考察するため,EBSDを用いてCR鋼の組織を観察した。50 MPaで破断したCR鋼のIPFマップとKAMマップをFig.10に示す。Fig.10の観察視野はFig.7(f)中のδフェライト粒を中心とした視野である。Fig.10(b)に示すKAMマップより,δフェライト粒内には微細なサブバウンダリが形成されていた。δフェライト粒内のLaves相を高倍率で観察した結果(BSE像)をFig.11に示す。Fig.11より,多くのLaves相はサブバウンダリ上に存在していた。これらのことから,CR鋼のδフェライト中では,クリープ中に次のような組織変化が生じたと推察される。まず,冷間圧延によってδフェライト粒内に導入された転位がクリープ中に再配列しサブバウンダリが形成された。サブバウンダリは短回路拡散パスとなるため,Laves相構成元素の拡散速度が増加し,その結果Laves相が短時間で粗大化したと考えられる。
(a) IPF and (b) KAM map of the cold rolled steel crept under 50 MPa. (Online version in color.)
BSE image of Laves phases located on sub-boundary inside a δ-ferrite grain in the cold-rolled steel crept under 50 MPa.
次に,クリープ中のマルテンサイトの組織変化に及ぼす冷間圧延の影響について検討する。Fig.9より,80 MPa破断後に観察されたサブグレインサイズは,PN11とCR鋼において大きな差異がなかった。しかし,CR鋼の破断時間はPN11の約1/4であったことから,CR鋼ではマルテンサイト組織が短時間で回復したことがわかる。Abe22)は冷間圧延した9Cr鋼のクリープ破断後の組織を観察し,冷間圧延時に導入された可動転位がクリープ中に再配列し形成した高易動度の転位セルによってラス組織の回復が助長されることを報告しており,CR鋼においても同様の組織変化が生じたと推察される。
以上より,冷間圧延を施したCR鋼においては,δフェライト中でLaves相の粗大化が,マルテンサイト中ではラス組織の回復がPN11より短時間で生じ,これらの組織変化がCR鋼のクリープ破断強度を低下させる要因になったと考えられる。
4・2 冷間圧延によるボイド発生位置の変化Fig.6(c)-(d)およびFig.7(d)-(f)より,CR鋼ではマルテンサイト/δフェライト界面近傍のマルテンサイト側およびδフェライト側のいずれにも多数のボイドが発生した。本節では,冷間圧延を施すことでマルテンサイト/δフェライト界面近傍で発生するボイドが増加した理由を考察する。以降ではボイドの発生に影響を及ぼす因子として,領域間の強度差26),界面上の析出物(界面被覆率27)やサイズ)および転位28)に着目して検討する。
まず,析出物分布等に起因して領域間に強度差が生じている場合,領域の界面近傍では軟質領域にひずみが集中するためボイドが軟質領域中に偏在する26)。Shinozukaら29)はマルテンサイトとδフェライトからなる酸化物分散強化型(ODS)8Cr鋼のクリープ試験結果を報告している。これによると,強化相である酸化物はδフェライト中に比してマルテンサイト中で疎に分布するため,マルテンサイト側にボイドが偏在する。一方,CR鋼中ではマルテンサイト/δフェライト界面を介してどちらの領域にもボイドが発生しており,ボイドが偏在する様子は観察されなかった(Fig.6(c)-(d),Fig.7(d)-(f))。したがって,界面近傍のボイド発生要因を,CR鋼中のマルテンサイトとδフェライトの強度差の影響によるものとして説明することは出来ないと考えられる。
次に,Laves相によるマルテンサイト/δフェライト界面の被覆率がボイドの発生に及ぼす影響を考察する。オーステナイト系耐熱鋼などでは金属間化合物による粒界被覆率が高いほどボイドの発生が遅延され,クリープ破断強度が上昇することが報告されている27)。Fig.7(a),(d)より100 MPaで破断したPN11とCR鋼の組織を比較すると,マルテンサイト/δフェライト界面の被覆率はいずれも高く,冷間圧延の有無による被覆率の差異はほとんど認められなかった。同様にFig.7より80 MPaまたは50 MPaで破断したPN11とCR鋼の組織を比較すると,PN11とCR鋼いずれもマルテンサイト/δフェライト界面の大半がLaves相により被覆されていたが,定性的にはPN11の被覆率が低い様子が観察された。このように,本報では先行文献27)の結果とは異なり,界面の被覆率が高いCR鋼においてボイドが多数発生し,かつクリープ破断強度は低下した。すなわち, Laves相によるマルテンサイト/δフェライト界面の被覆率が,CR鋼中の界面近傍のボイド発生に影響を及ぼした可能性も極めて低いと考えられる。
他方,粗大なLaves相はボイドの発生サイトとなりうることが報告されているため17),以降ではLaves相のサイズに着目する。クリープ破断試験結果(Fig.4(a))と破断後の組織観察結果(Fig.7)より,マルテンサイト/δフェライト界面上のLaves相はCR鋼において短時間で粗大化したと考えられる。そのためCR鋼では,界面上で粗大化したLaves相を起点としたボイドが17),他のボイド(例えばマルテンサイト中の大角粒界上に発生するボイド)よりも早期に発生した可能性がある。また,Laves相はクリープ前にはマルテンサイト/δフェライト界面を覆うように連続的に析出していたが(Fig.2(a)),クリープ後には塊状化し不連続に存在していた(Fig.7)。こうしたLaves相の形状変化はLaves相と母相間に発生するボイドの界面エネルギーを変化させると考えられる。すなわちCR鋼では,界面上のLaves相の形状変化が短時間で生じたことで,ボイド発生時のエネルギー障壁が減少し,その結果ボイドの発生が促進された可能性が考えられる。ただし,PN11においても長時間破断後にはマルテンサイト/δフェライト界面上のLaves相は粗大化・塊状化していたが(Fig.7(b),(c)),界面近傍にボイドは発生していなかった。したがって,Laves相の形状変化のみがボイドの発生に影響を及ぼしたわけではないと考えられる。たとえば,CR鋼では冷間圧延により可動転位が導入されたと推察され,この可動転位もボイド発生に影響を及ぼした可能性が考えられる。
転位とボイドの関連については統一した見解が得られていないようであるが,粒界に転位が堆積し局所的に応力集中が生じると,その領域に空孔が凝集しボイドが発生すると考えられている28,30–32)。Smith and Barny32)は,すべり面上に存在する障害物(粒界)に対し転位が堆積すると外部応力と堆積転位の量に依存した応力が集中し,ボイドが発生するモデルを提案した。CR鋼では,冷間圧延時に多量の可動転位が導入されていたと推察される。そのため,クリープ前にマルテンサイト/δフェライト界面近傍で転位が堆積していた可能性が考えられる。冷間圧延の有無により,クリープ後の界面被覆率には定性的に若干の差異が見られたものの,PN11とCR鋼いずれにおいてもマルテンサイト/δフェライト界面の大半はLaves相によって被覆されていた(Fig.7)。すなわち,冷間圧延の有無によらず,マルテンサイト/δフェライト界面の易動度はクリープ中も低かったと推察され,高温下でも堆積転位が維持された可能性がある。したがって,CR鋼中のマルテンサイト/δフェライト界面近傍では,Smith and Barnyによって提案された堆積転位による応力集中32)がクリープ中も維持された結果ボイドが発生した可能性も考えられる。
このように冷間圧延を施すことでマルテンサイト/δフェライト界面近傍で発生するボイドが増加した理由は,界面上のLaves相や界面近傍の可動転位に関連すると示唆されたが,より詳細にボイドの発生過程を議論するためには今後更なる調査が必要である。
マルテンサイトとδフェライトの二種の組織からなる高W含有12Cr鋼(PN11)のクリープ破断強度と破断後の組織を調査し,次の結論が得られた。
(1)PN11に対して冷間圧延(20%)を施した後も,クラック等の欠陥が生じていないことを組織観察により確認した。
(2)冷間圧延を施すことで,700°CにおけるPN11のクリープ破断強度は最大1/10に低下し,破断絞りも低下した。
(3)冷間圧延の有無によらず,マルテンサイト中のLaves相粒子径は破断時間が長時間になるほど増加した。一方,冷間圧延を施すことで,δフェライト中のLaves相は短時間で粗大化した。
(4)冷間圧延によってクリープ破断強度が低下した要因は,δフェライト中でLaves相の粗大化が,マルテンサイト中でラス組織の回復がそれぞれ短時間で生じたことに起因すると推察された。
(5)クリープ後には,PN11ではVN近傍においてボイドが発生した様子が観察されたが,冷間圧延を施すとマルテンサイト/δフェライト界面近傍において多数のボイドが発生した様子が観察された。
本研究で得られた成果は,国立研究開発法人科学技術振興機構が実施する先進低炭素化技術開発(ALCA)プロジェクト(JPMJAL1101)の助成を受けたものである。供試鋼は九州大学大学院総合理工学研究院 中島英治研究室にご提供いただいた。研究の遂行にあたり同研究室 光原昌寿准教授,山﨑重人助教(現:九州大学大学院工学研究院 准教授)にご助言をいただいた。また,論文執筆にあたり名古屋大学 村田純教名誉教授にご助言をいただいた。ここに謝意を表する。