Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
Effects of States of Carbon and Solute Nitrogen on Toughness of Ferritic Steel
Nobuyuki Yoshimura Kohsaku UshiodaHiroyuki ShirahataManabu HoshinoGenichi ShigesatoMasaki Tanaka
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2022 Volume 108 Issue 2 Pages 141-155

Details
Abstract

To develop microstructure control concepts for ensuring the toughness of high-strength steel plates, basic research was conducted using ferrite single-phase steels with different amounts of C, and the effects of the states of C were investigated along with those of solute N. In this study, Fe-0.017C (mass%) alloy, wherein the state of C was changed to a solid solution, intragranular cementite, and intergranular cementite, were used for microstructural observation, Charpy testing, and fracture surface investigation. The results reveal that the toughness of the intragranular cementite steel was the best, followed by that of solute C steel and intergranular cementite steel. In intergranular cementite steel with significantly inferior toughness, the coarse intergranular cementite leads to dislocation pile-up, initial crack formation, and macroscopic brittle fracture. The brittle fracture of intragranular cementite steel was caused by the deformation twins. It is thought that the fine intragranular cementite only had a minor effect on the crack initiation and dislocation mobility. Twin was also confirmed at the initiation point of brittle fracture in the solute C steel. Hence, it was deduced that the deterioration of toughness caused by solute C resulted from the promotion of twinning, which replaced the dislocation movements. However, the deterioration of toughness caused by solute C was smaller compared with that caused by solute N, which partly caused intergranular fracture. This is attributed to the suppression of intergranular fracture by the presence of a small amount of solute C.

1. 緒言

船舶,建築,海洋構造物,ラインパイプなどの構造物を支える鋼板には,破壊に対する優れた安全性が求められる。特に,塑性拘束の強い厚鋼板では,低温になると構造物が瞬時にその機能を失う脆性破壊が生じる可能性があり,これを抑制する靭性は極めて重要な特性である。一方で,構造物の効率的な運用や施工コスト低減のため,高機能厚鋼板には高強度化が求められる。低温靭性と高強度化は,相反する特性であり,これらを高いレベルで両立することが鋼材開発の課題である。そのために金属組織の微細化を基本としたTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)やオキサイドメタラジー1)などのミクロ組織制御技術が進歩してきた。しかし,高機能厚鋼板の変態組織としてはフェライト組織を主体とするものがいまだ多く,さらなる高強度化や厚手化のニーズへ対応するためには,ベイナイトやマルテンサイト組織を含む金属組織をより巧みに制御することが必要である。そのためには,これらの組織について機械的特性が発現する機構と,その制御指針を深く理解することが求められる。

ベイナイトやマルテンサイト組織鋼の脆性破壊メカニズムについては,従来から数多くの研究がある。例えば,ほぼ結晶方位の同じベイニティックフェライトやマルテンサイトラスの集団で構成される有効結晶粒径により靭性が整理できること2,3),マトリックスよりも硬質なMA(Martensite-Austenite Constituent)や炭化物などが靭性を劣化させる46)ことが判明している。これらのベイナイトやマルテンサイト組織鋼の靭性メカニズムは,基本的にはフェライト/セメンタイト鋼の靭性メカニズムの知見712)と定性的に一致するものであり,またその延長線上のものであると考える。一方で,ベイナイトやマルテンサイト組織固有の複雑なミクロ組織因子が靭性に及ぼす影響に関しては,必ずしも明らかとなっていない。すなわち,ベイニティックフェライトのラス内およびラス界面上に形成する比較的微細な炭化物の形態やサイズ,マトリックス中に残存する固溶C,変態時に導入される転位や階層組織(ブロック,パケット)などの組織因子が靭性に及ぼす影響については解明の余地がある。靭性に及ぼすこれら因子の影響を一つ一つ解明するには,ベイナイトやマルテンサイト組織鋼を対象にすると困難になる可能性がある。なぜなら,ベイナイトやマルテンサイト組織では内在する複雑さ(階層組織や転位密度)に起因した要因も加わり,固溶Cやセメンタイトの影響について単純な比較ができないからである。そこで,ベイナイトやマルテンサイト組織より比較的単純なフェライト組織鋼を用いることで,靭性に及ぼすCの存在状態の影響を抽出することが可能となる。

フェライト組織鋼の靭性に及ぼすCの影響については,例えば粒界の粗大セメンタイトに生じるき裂が脆性破壊の起点となること10),そのセメンタイト厚みが増加するほど靭性が低下すること11,12),固溶Cは一定濃度までは粒界破壊の抑制効果があるがそれ以上は靭性を劣化させること13,14)が,知られている。しかしながら,靭性に及ぼす粒内セメンタイトの影響に関しては必ずしも明らかではない。また,一定量のCが,粒界や粒内にセメンタイトとして析出した状態,あるいは固溶した状態において,靭性に及ぼす影響を比較評価された例は少ない。本研究では,Cの存在状態を粒界粗大セメンタイトと粒内微細セメンタイト,固溶Cに変化させ,これらが靭性に及ぼす影響を評価し,靭性を支配するメカニズムの解明を試みる。これに加え,実質的に固溶C量がゼロのIF(Interstitial Free)鋼も用い,靭性に及ぼすC濃度依存性を検討した。さらに,Cと同様に侵入型固溶元素であるNの靱性への影響も重要であり,比較評価することでそれぞれの特徴や効果の大きさを明確化できると考えられる。固溶N量の増加は,靭性を低下させることが報告1518)されており,固溶C量を増加させた場合と定性的に一致する。しかし,転位易動度の低下は固溶Cよりも固溶Nの方が大きい19),固溶Nが粒界脆化を助長する15)といった報告もあり,これらの特徴により靭性低下量には差異が生じると考えられる。本研究では,フェライト組織鋼の靭性に及ぼす固溶Cと固溶Nの効果についても比較し,これらの影響を明らかにすることとした。

2. 実験方法

供試鋼の組成をTable 1に示す。これらの鋼は,真空溶解にて電解鉄を溶融し,種々の合金を添加したのちに厚み90~130 mmの50 kg鋳片とした。C量は一定で,Cの存在状態を変化させることを目的としたLC鋼では,0.017%(mass%を%と略記)のCを添加し,Al以外の元素は添加していない。IF鋼とELC鋼はいずれもCを約20 ppm(mass ppmを ppmと略記)含み,IF鋼はさらに固溶CをTiCとして固定するためTiを添加した。LN鋼はNのみを約110 ppm添加し,その他の元素は添加していない。

Table 1. Chemical composition of used steel (mass%, *: massppm).
Comp.CSiMnPSNiTiAlN*O*
LC0.0170<0.003<0.003<0.002<0.0003<0.003<0.0020.052915
IF0.00190.009<0.003<0.002<0.0003<0.0030.0290.028815
ELC0.0017<0.003<0.003<0.002<0.0003<0.003<0.0020.030514
LN0.0011<0.003<0.003<0.002<0.0003<0.003<0.002<0.00211328

真空溶解したインゴットの圧延および熱処理条件をTable 2に示す。試料を1050~1150°Cの種々の温度で1h加熱後,900°C以上のオーステナイト域で15 mmまで熱間圧延した後,常温まで空冷した。この圧延・冷却工程により等軸フェライト組織が得られるが,結晶粒径は組成や加熱・圧延条件によって差異が生じる。LC鋼の熱延鋼板は,幅120 mm×長さ200 mmに切断し,フェライト域内での種々の熱処理によりCの存在状態を固溶,粒内微細セメンタイト,粒界粗大セメンタイトと変化させた。LCS1鋼は含有するC約170 ppmを全て固溶させ,LCS2鋼は600°CのC固溶限である約80 ppmを固溶させることを目的に作製した。Table 2に示すように,これらの鋼板は700°C,3600 s加熱の後,氷塩水焼入れによりCを過飽和に固溶させ,常温での時効を避けるために,試料の切断や研削以外は試料を-20°Cの冷凍庫に保管した。LCS2鋼はその後に,まず350°Cで粒内セメンタイトを析出させる処理を行った後に600°Cに再加熱しセメンタイトの再固溶を図った。LCM鋼は,粒内に微細なセメンタイトを析出させるため,700°Cから氷塩水焼入れした後に,225°C,3600 sの再加熱時効処理をした。LCB鋼は,粒界に粗大なセメンタイトを析出させるため,700°CでCを固溶させた後の空冷途中で420°Cの炉に300 s保持し,そのまま炉内で室温まで冷却した。なお,LCM鋼とLCB鋼は,固溶C量をほぼゼロとするために,上述の熱処理後に200°C,24 hの熱処理を加えた。IF鋼は,約20 ppm含有するCをTiCとして固定するために,700°C,3600 sの熱処理を施した後に空冷した。ELC鋼は,約20 ppm含有するCを固溶のまま残存させるために熱延後に空冷した。LN鋼は,LCS1鋼と同様に,700°C,3600 sでの固溶熱処理を施した後に,氷塩水焼入れを行い,保管時には冷凍庫を用いた。これらの鋼板の光学顕微鏡組織観察用試料として,圧延方向に平行な断面を観察面とする全厚試料を切り出し,湿式研磨後にナイタールとピクリン酸の混合液で腐食した。ミクロ組織や破面のSEM(scanning electron microscope)観察は,JEOL製JSM-6500F電解放出型SEMを用いた。SEMでのミクロ組織観察には,セメンタイトを明確に現出するために湿式研磨後にSPEED(Selective Potentiostatic Etching by Electrolytic Dissolution)法20)で腐食したサンプルを供した。破面断面やサブクラック部の結晶方位解析は,観察面を電解研磨かコロイダルシリカ研磨を施した試料に,TSL製のSEM-EBSD(scanning electron microscope-electron back scattering diffraction patterns)装置を用いて,ステップ間隔0.05~0.2 μmで解析した。また,TEM(transmission electron microscopy)観察試料の作製には,日立製のSEM-FIB(scanning electron microscope-focused ion beam)を用いて加工し,日本電子製の電解放出型透過電子顕微鏡により観察を行った。

Table 2. Heat treatments for changing states of C and N (I.B.W.Q.: iced brine water quenching; W.Q.: water quenching; A.C.: air cooling).
Steel
No.
Comp.RemarksRollingHeat treatment
Reheating temp.Finishing temp.
LCS1LC170 ppm solute C1050°C~900°C700°C, 3600 s →I.B.W.Q.
LCS280 ppm solute C
(+ intragranular cementite)
700°C, 3600 s →I.B.W.Q.350°C, 1200 s →A.C.600°C, 180 s →I.B.W.Q.
LCMIntragranular cementite700°C, 3600 s →I.B.W.Q.225°C, 3600 s →A.C.200°C, 24 h →A.C.
LCBIntergranular cementite700°C, 3600 s →420°C, 300 s →F.C.200°C, 24 h →A.C.
IFIFInterstitial free1100°C910°C700°C, 3600 s →A.C.
ELCELCExtremely low carbon1150°C936°C
LNLNSolute N1050°C865°C700°C, 3600 s →I.B.W.Q.

※The ice brine water quenched specimen was maintained at −20°C in a refrigerator to prevent carbon aging at room temperature

LCS1,LCS2,LCM,LCB,LN鋼の引張試験は,切削加工による加熱を極力抑えるために板状引張試験とした。具体的には,鋼板をわずかに表面研削したのち,載荷方向をC方向(圧延および板厚方向と垂直な方向)とし,12 mm(圧延方向)×14 mm(板厚方向)×25 mm(幅方向)の角棒状の並行部を有する試験片を作製し,GL24 mmの伸び計を付けて実施した。IF,ELC鋼はJIS Z3111 A2号引張試験片相当のサンプルを載荷方向がC方向になるように採取し,試験に供した。シャルピー試験には,JIS Z2242に基づくVノッチ試験片を長手方向がC方向となるように採取したサンプルを用いた。

3. 実験結果

3・1 ミクロ組織観察

供試材のナイタール腐食組織をFig.1に示す。いずれの鋼種も等軸なフェライト組織であり,パーライトなどの組織は現出されないことを確認した。フェライト粒径は組成と圧延条件毎に異なり,LCS1,LCM,LCB鋼はいずれも粒径約80 μmであるが,これらと比較し,IF鋼は微細で,ELC鋼およびLN鋼は粗大な傾向が認められる。切断法により粒径測定を行った結果,LCS1鋼は84 μm,IF鋼は58 μm,ELC鋼は147 μm,LN鋼は175 μmである。

Fig. 1.

Optical micrographs showing microstructure of specimens at 1/4 thickness: (a) LCS1 steel; (b) LCM steel; (c) LCB steel; (d) IF steel; (e) ELC steel; (f) LN steel.

つぎに,LCS1鋼,LCS2鋼,LCM鋼,LCB鋼のセメンタイトの析出状態を把握するため,SPEEDエッチング後にSEM二次電子像(secondary electron image)観察を行った。Fig.2(a),(b)に示すように,LCS1鋼中には,セメンタイトと思われる白いコントラスト像は明確には見られずCはほとんど固溶状態にあると推測される。しかし,粒界に小さな点列状のコントラスト像が見られる箇所もあり,冷却中にごく一部のCが粒界に拡散しセメンタイトが析出した可能性はある。LCS2鋼(Fig.2(c),(d))は,600°Cでの再固溶熱処理前に350°C時効で析出させた微細なセメンタイトが粒内および粒界に残存している。粒内セメンタイト析出を狙ったLCM鋼(Fig.2(e),(f))では,粒内に棒状セメンタイトが析出し,棒状セメンタイトの厚さは最大で約0.1 μm,長さは0.3~0.6 μm,分布間隔は0.5~1 μmである。また,粒界にも点列状にセメンタイトの析出が確認される。なお,粒界付近ではPFZ(precipitation free zone)の存在も認められる。粒界セメンタイト析出を狙ったLCB鋼(Fig.2(g),(h))鋼では,粒界に沿って粗大なセメンタイトが析出し,粒内ではセメンタイトはほとんど確認されない。

Fig. 2.

SEM micrographs showing states of C: (a), (e) LCS1 steel; b, (f) LCS2 steel; (c), (g) LCM steel; (d), (h) LCB steel.

粒界セメンタイトが確認されたLCM,LCB鋼に対して,粒界セメンタイトのサイズ比較を行った結果をFig.3に示す。なお,測定方法は,へき開破壊へのセメンタイトの影響に関するPetchモデル12)を想定し,セメンタイト厚み(短径)を測定することとした。具体的には,SEMで長径1 μm以上のセメンタイトを任意の倍率で30個以上撮影し,それらの長手方向の中央近傍にて短径を測定した。このとき局所的に厚くなっている部分は避け,概ねセメンタイトの平均厚みとなるように測定位置を決定した。粒内でのセメンタイト析出を狙ったLCM鋼の粒界セメンタイト厚みは最大約0.1 μm,粒界セメンタイト析出を狙ったLCB鋼は最大約0.8 μmである。測定値の上位30%で平均値を算出し比較すると,LCM鋼とLCB鋼はそれぞれ0.063 μm,0.70 μmである。

Fig. 3.

Intergranular cementite thickness in LCM and LCB steel.

3・2 引張試験結果

供試材の引張試験で得られた降伏前後の応力ひずみ曲線と,上降伏応力(以降U-YS),下降伏点応力(以降L-YS),0.2%耐力,引張強度(以降TS)をそれぞれFig.4(a),(b)に示す。Fig.4(a)に示すように,LCS1鋼,LCS2鋼,LCM鋼,LCB鋼はいずれのサンプルも降伏点降下が認められたが,Cを固溶させたLCS1鋼,LCS2鋼では,U-YSとL-YSの値が近く,降伏伸びも小さい。L-YSを比較すると,LCS1鋼が最も高く,その後LCM鋼,LCS2鋼,LCB鋼の順に高い。一方,Fig.4(b)に示すようにTSは高い方からLCS1鋼,LCS2鋼,LCM鋼,LCB鋼の順である。IF鋼とELC鋼は,いずれもほぼ連続降伏であり(ELC鋼は若干不連続),塑性ひずみが生じる応力は100~125 MPaと低い。これらの鋼種のTSは,IF鋼が約242 MPa,ELC鋼が250 MPaであり,マトリックスがほぼ純鉄であるLCB鋼と同等の値である。LN鋼は降伏点降下が認められ,L-YSは約150 MPa,TSは約300 MPaであり,いずれもLCS2鋼と同程度である。

Fig. 4.

Tensile test results of used steel: (a) nominal stress–strain curves in range of 0 to 1% strain; (b) upper and lower yield strength (U-YS and L-YS, respectively), 0.2%YS (0.2%proof stress), and ultimate tensile strength (TS).

3・3 シャルピー試験結果

供試鋼のシャルピー試験結果をFig.5に,各試験温度の吸収エネルギー平均値から算出した100J遷移温度(以降T100J)をFig.6に示す。なお,Fig.5中の折れ線は各試験温度での平均吸収エネルギー値を示しており,T100Jはこれらの折れ線をもとに算出した。Fig.5に示すように,LCB鋼以外の鋼種では,高温側では吸収エネルギーが約300 Jの延性破壊が生じ,遷移温度域以下では急激に吸収エネルギーが低下する傾向がある。各試験温度の平均値から算出したT100Jで靭性を比較すると,LCM鋼が最も良好で,その後ELC鋼,LCS2鋼,LCS1鋼,LN鋼,IF鋼,LCB鋼の順となる。なかでもLCB鋼はT100Jが70°C以上であり,靭性が著しく劣位である。

Fig. 5.

Change in absorbed energy values obtained by Charpy tests on used steel with test temperatures: (a) LCS1 steel; (b) LCS2 steel; (c) LCM steel; (d) LCB steel; (e) IF steel; (f) ELC steel; (g) LN steel.

Fig. 6.

T100J value before and after grain size correction.

上記のT100Jは結晶粒径の差異も含むので,CやNの存在状態のみの比較となっていない。結晶粒径の影響を補正するために,下記Pickeringの経験式21)におけるd-1/2の係数を用いて,実験値を84 μmに粒径補正した値も併せてFig.6に示す。

  
vTrs[°C]=19+44(%Si)+700(%Nf)1/2+2.2(%Pearlite)(%Pearlite)11.5d1/2(1)

ここで,%Nf:固溶N量,%Pearlite:パーライト分率,d:フェライト(α)粒径[mm],である。比較的結晶粒径の大きいELC鋼とLN鋼のT100Jを粒径補正すると,それぞれLCM鋼,LCS1鋼と同程度となった。

4. 考察

4・1 鋼の靭性に及ぼす粒界セメンタイトの影響

粒界に粗大なセメンタイトが存在するLCB鋼で,靭性が著しく低下した原因を調査するためにFig.5(d)矢印Aに示す試験片(吸収エネルギー13 J)の破面SEM観察を実施した。起点と推定される部分とその周辺の破面をFig.7(a)に,Fig.7(a)の破面単位とリバーパターンをトレースし,それらの観察結果から各破面単位の破壊順序を推定した図をFig.7(b)に,Fig.7(a)の起点部およびその周辺のリバーパターンを拡大した写真をFig.7(c)Fig.7(d)に示す。Fig.7(e),(f)は,Fig.7(c)の起点部近傍をさらに拡大しEDS分析した結果である。なお,Fig.7(a)中で,ND(normal direction)は板面法線方向,RD(rolling Direction)は圧延長手方向,TD(transverse direction)は圧延幅方向を示す。Fig.7(a)~(c)の観察結果より,脆性破壊起点はFig.7(c)観察視野中央の破面単位境界辺りに存在すると推測できる(図の矢印方向に破壊が伝播)。さらに詳細にリバーパターンを追跡すると,破面単位境界の近傍で左側から右側にき裂が伝播した形跡がある(Fig.7(d))ことから,破壊起点はFig.7(e)のA点と推測できる。き裂発生原因を確認するため,起点近傍のEDS(energy dispersive spectroscopy)解析を実施した。起点部(Fig.7(f)中のA点)と起点近傍のマトリックス部(Fig.7(f)中のB点)でC濃度を比較すると,起点側はマトリックスよりも明らかにCが高いことが判明した。このC濃化部は厚さ約0.5 μmであり,LCB鋼の粒界セメンタイト厚み(Fig.3)と概ね一致する。起点部とマトリックス部のEDS分析結果を,Fe とCで簡易定量すると,起点部が41.5 at%C,マトリックス部が10.7 at%Cであり,起点部の組成は厳密にはセメンタイト組成(25 at%C)よりC濃度が高い。また,本試料ではCは冷却中に結晶粒界セメンタイトとして析出するため原理的にはマトリックスにはCは存在しないと考えられるため,上記結果はCのコンタミネーションが生じていることを示唆する。通常のコンタミネーションに加え,破面においては凹凸に起因したさらなるコンタミネーションが生じることを考慮すると,起点部のC組成はセメンタイトの組成に近い可能性はあるが,この値からセメンタイトと判定することはできない。しかしながら,粒界セメンタイトが脆性破壊起点となること1012)は広く知られており,総合的にC濃化部は粒界セメンタイトと予想される。なお,Fig.7(f)では,粒界セメンタイト以外でもC濃度が若干高い部分が存在するが,表面起伏が大きい部分での異常値と考える。脆性き裂発生機構を実験的に明らかにするため,シャルピー破面近傍のサブクラックの観察を試みた。試験温度20°C,吸収エネルギー31.2 Jのサンプル(Fig.5(d)矢印B)に対して,破壊起点近傍の断面をSPEED法20)で腐食した試料のSEM観察結果をFig.8(a),(b)に示す。観察面は,脆性破面の起点位置からノッチ側へ約400 μmの断面である。Fig.8(b)は試料を45°傾け,破面と切断面の双方を撮影した写真である。この断面で観察される複数の粒界セメンタイトで,サブクラックが生じていることを確認した。代表的なサブクラックとその周辺組織の二次電子像およびEBSD-IPF(inverse pole figure)mapをFig.8(b)~(d)に示す。サブクラックは,粒界セメンタイトを横切る方向に,数μm間隔で複数観察された(Fig.8(d))。この部分のEBSD解析結果として,Phase mapをFig.8(e)に,KAM(Karnel Average Misorientation)mapをFig.8(f)に示す。Fig.8(e)のPhase mapでは,EBSDによる結晶構造解析からθ-Fe3C,α-Feと判定された領域をそれぞれ赤とグレーで示しており,黒い部分は結晶構造の信頼性が低い部分である。粒界セメンタイトにおいては複数のサブクラックが発生していることがこの図からも確認できる。同視野におけるFig.8(f)のKAM mapでは,粒界セメンタイトの周辺1 μm程度の範囲で結晶方位回転が生じた領域が存在することが確認され,サブクラックの発生前後に生じた塑性変形に起因する可能性がある。

Fig. 7.

SEM micrographs and results of EDS analysis of fracture surface in LCB steel focusing on fracture initiation points: (a), (c), (d) SEIs showing fracture river pattern; (b) brittle fracture propagation route map; (e) EDS analysis SEI map; (f) EDS analysis C concentration map.

Fig. 8.

SEM micrographs and results of EBSD analysis of fractured specimen in LCB steel: (a) SEI showing fracture initiation point; (b) SEI showing sub-crack in cross-sectioned specimen; (c) EBSD IPF-map around sub-crack area of (c) in (b); (d) SEI showing sub-crack in (c); (e), (f) EBSD phase-map and KAM-map of (d).

上記結晶方位差の原因について調査するために,Fig.8(d)に示す部分からFIB加工によりTEM薄膜試料を採取し,転位の観察を試みた。粒界を挟んで右側の結晶粒を電子線入射方向αFe[111]とした条件と,左側の結晶粒を電子線入射方向αFe[111]とした条件でのBF-STEM(bright field – scanning transmission electron microscopy)像をそれぞれFig.9(a),(b)に示す。なお,Fig.9(a)中のAR’点,CR’点,BR’点,Fig.9(b)中のAL’点,CL’点,BL’点は,マトリックスの結晶方位を比較した点である。観察視野内の粒界において,上側(表面側)と下側(内部側)において2つのセメンタイトが観察された。なお,上側のセメンタイトの周辺には,FIB加工時に試料の一部が欠落したと思われる,白いコントラストとして観察される穴が確認された。また,上下のいずれのセメンタイトも,その左右の結晶粒において,セメンタイト周辺に転位が存在していることを確認した。特に,下側のセメンタイト周辺において転位の存在は明瞭であり,部分的にサブグレインの形成も確認できる。このセメンタイトは,視野左側の結晶粒α-Fe[311]とθ-Fe3C[100]が概ね平行であり,Pitsch22)によって報告されたパーライト中のフェライト/セメンタイト間で確認される方位関係を有するが,界面の整合性については解析を行っておらず不明である。ただし,一般的に析出物のサイズが大きくなると整合性は失われることから,非整合であると推測される。このような非整合界面にも転位が堆積することが予想され,例えばOhmuraら23)は,Fe-0.4C焼戻しマルテンサイト鋼のブロック境界上に存在するフィルム状セメンタイトが転位運動の障害となると報告しており,同様の現象が生じている可能性がある。一方,セメンタイトの存在しない粒界近傍(上下のセメンタイトの間)においては転位密度が低下しており,転位が粒界にsinkした可能性がある。上下のセメンタイトおよびセメンタイトの存在しない粒界周辺での転位の存在による結晶方位回転を比較するため,Fig.9(a)中のAR点,BR点,CR点,Fig.9(b)中のAL点,BL点,CL点において,0.3~1.0 μm粒内側の測定点からの結晶方位差を調査した。その結果,粒界セメンタイト周辺では1.7~5.1°の結晶方位差が生じるが,セメンタイトのない粒界ではほとんど結晶方位差が生じないことが判明した(Table 3)。また,上下のセメンタイトで比較すると上側のセメンタイトの結晶方位差が大きく,左右の結晶粒で比較すると左側の結晶方位差が大きい傾向が認められた。上側のセメンタイト近傍で,結晶方位差が大きいにも関わらず,BF-STEM像では転位組織が不明瞭である原因は,FIB加工時に部分的に試料が薄くなり転位が観察できなかった可能性が考えられる。以上の結果から,粒界セメンタイトの近傍において,結晶方位差が認められること,その領域では転位の堆積やサブグレインの形成することが確認された。これらの結果は,粒界セメンタイト近傍で転位がパイプアップし,応力集中が生じるとする従来知見612)を支持することを示唆する。また,上下のセメンタイトを高倍で観察した結果(Fig.9(c),(d)),いずれのセメンタイトにも面欠陥(白矢印部)が複数存在すること,面欠陥がほぼθ-Fe3C(010)と平行であることを確認した(ここで,θ-Fe3C格子定数はa=5.092,b=6.745,c=4.528)。セメンタイトで結晶方位解析を数か所行った結果,上下のセメンタイトは各々ほぼ一定の結晶方位を有しており単結晶とみなせることから,これらの面欠陥はセメンタイト粒内の欠陥であると推測される。これらの面欠陥が衝撃力によって生じた欠陥か,セメンタイトの成長に伴う小角の亜粒界かは定かではないが,セメンタイトのサブクラックが主にθ-Fe3C(010)で生じるというShibanumaら24)の報告と一致する結果である。

Fig. 9.

TEM micrographs showing dislocation substructure around cracked cementite as indicated in Fig. 8(d): (a) dislocation substructure at right side of cementite (electron beam//α<111>); (b) dislocation substructure at left side of cementite (electron beam//α<111>); (c) defects of cementite at top side in a (electron beam//θ<100>); (d) defects of cementite at bottom side in (a) (electron beam//θ<100>).

Table 3. Misorientation angles at various positions in TEM micrographs shown in Fig. 9 (a) and (b).
Measurement positionAR-AR’AL-AL’BR-BR’BL-BL’CR-CR’CL-CL’
Tilt angle difference4.6°5.1°1.7°2.1°<0.5°<0.5°

4・2 鋼の靭性に及ぼす粒内セメンタイトの影響

供試鋼のうち最も靭性が良好であったLCM鋼の脆性き裂発生メカニズムを調査するために,破面起点のSEM観察を実施した。試験温度-70°Cで吸収エネルギー34 Jの試験片破面(Fig.5(c)矢印C)について,破壊起点位置を追跡した結果をFig.10(a),(b)に示す。破壊起点は,Fig.10(a)視野中央の多数のディンプルが観察される幅約15 μm,長さ約60 μmの領域であると推測した。この延性破面領域の破壊機構について調査するため,断面研磨および観察を試みた。観察面の位置は,Fig.10(b)に破線で示すように,延性破面領域を横断する断面とした。また,対面側の破面についても極力同じ位置になるように断面出しと研磨を実施した。Fig.10(c),(d)は断面研磨した試料を45°傾け,破面と観察面の双方を撮影した写真である。Fig.10(c),(d)の観察面について,それぞれEBSD観察を行い,得られたEBSD-IPF mapをFig.10(e)に示す。延性変形領域に沿うように,マトリックスと異なる結晶方位を示す線状の欠陥が観察された(Fig.10(e)矢印部)。Fig.10(e)中B部の結晶方位は,Fig.10(e)中A部の結晶方位に対して,(112)を対称面とする鏡面関係であることを確認した。すなわち,A部の結晶とB部の結晶は,Fig.10(f)に示す(112)面を共有しており,この面に対して両者は鏡面関係にある。この結果から,延性破面領域に沿った面欠陥は,マトリックス(112)に平行な変形双晶と考えられる。また,延性破面領域はフェライト粒界と交差するように観察されており,この試料の延性破面領域の形成には変形双晶にくわえて,粒界が関与している可能性もある。

Fig. 10.

SEM micrographs and results of EBSD analysis in fractured specimen of LCM steel: (a) SEI showing fracture surface around crack initiation point; (b) magnified micrograph of (a); (c), (d) set of SEIs of separated fractured specimen showing polished cross-section for EBSD analysis; (e) EBSD IPF-map in cross-section of crack initiation point; (f) schematic diagram showing crystallographic twin plane.

上記の結果から,変形双晶が粒界と交差した部分で延性的な破壊が先に生じ,その後マクロな脆性破壊が生じたことが示唆される。しかしながら,マクロなへき開破壊が先行し,その後に延性破面領域や双晶が形成した可能性もある。上述の破壊メカニズムを確認するため,シャルピー破断材のサブクラック観察を試みた(Fig.11)。観察した試験片は,試験温度-80°C,吸収エネルギー18 J(Fig.5(c)矢印D)のものであり,脆性破面の起点位置(Fig.11(a)矢印部)からノッチ側に約200 μmの断面を観察した。この断面において確認されたサブクラックの観察例をFig.11(b)に示す。サブクラックの内部には,ディンプルを多数含む延性破面領域とリバーパターンが観察される平滑なへき開破面領域が同時に確認できる(Fig.11(b))。へき開破面のリバーパターンは,延性破面領域の端部から放射状に広がっていることから,延性破面領域の形成が先行し,その端部からへき開破壊が生じたと推測される。ここで観察された延性破面領域の形成メカニズムを調査するため,周辺のEBSD解析を実施した。Fig.11(c)に示すように,サブクラックの発生部は,変形双晶が交差する部分と一致する。また,延性破面領域は,Fig.11(d)に示す双晶Bの界面に沿って形成した可能性がある。これら2つの双晶面解析を行った結果,Fig.11(e),(f)に示すように,交線<120>型の双晶交差であることが判明した。変形双晶による脆性破壊メカニズムには,2つの双晶が<011>型の交差で衝突した場合の応力集中からクラックが発生するという説2528),双晶が粒界等の障害物に衝突した場合にクラックが発生するという説27,29),双晶自体の破壊が先に生じてへき開が発生するという説25,30,31)などがある。Fig.11(c)に示すサブクラック部の双晶交差は<011>型ではないが,変形双晶同士が衝突した部分で応力集中が生じ,局所的に延性破面が形成した可能性がある。一方で,Fig.10(e)の起点断面EBSDは,変形双晶がフェライト粒界に衝突した部分で,局所的に延性破面が形成したと推測される。また,今回観察した範囲内では認められてないが,<011>型の双晶交差により破壊が発生した試験片の存在する可能性も否定はできない。さらに,変形双晶に着目して,Fig.11(b)の観察面をより広範囲に観察した結果,変形双晶はマトリックス中に高頻度で発生していることを確認した。観察された変形双晶でFig.11(b)に示すような延性破面やへき開破面を伴うものは少ないが,マトリックス/双晶界面に細かいジグザグ状の空隙を有するものは数多く認められた。このように双晶/マトリックス界面にジグザグ状の空隙が生じることはHahnら31)やHull25)に報告されており,このような空隙を起点にディンプルが形成し,延性破面が局所的に形成される可能性も考えられる。

Fig. 11.

SEM micrographs and results of EBSD analysis cross-section of fractured specimen in LCM steel: (a) SEI showing sub-crack nearby fracture surface; (b) magnified SEI micrograph in (a); (c) EBSD-IPF map of area (c) in (a); (d) orientations of matrix and deformation twins in area (d) in (c); (e) {211} PF of matrix and two types of twins in (d); (f) schematic diagram showing crystallographic twin planes in (d).

以上の知見をもとに本鋼における脆性破壊の発生メカニズムは以下のように推察した。まず,衝撃力が加わった際に転位による塑性変形に加えて変形双晶が多数生じる。つづいて,変形双晶/マトリックス界面に生じた空隙あるいは変形双晶と障害物(粒界や別の変形双晶)が衝突した応力集中部において,延性破面が局所的に生じる。その後,延性破面領域の端部に応力集中が生じ,そこからへき開クラックが発生し,マクロな脆性破壊に至る。また,この脆性破壊プロセスにおいては,LCM鋼の組織中に含まれる多数の微細セメンタイトの関与は確認できなかった。さらに,LCM鋼の靭性はセメンタイトをほとんど含まないLCS1鋼やELC鋼よりも優れることからも,粒内微細セメンタイトは直接脆性破壊の発生起点となりにくいだけでなく,転位易動度の低下などによって靭性を劣化させる可能性も低いと考えられる。なお,LCM鋼には粒界にもセメンタイトが存在するが,厚さが約0.1 μmと小さく,また長さも短いため,LCB鋼のような転位のパイルアップやセメンタイトのき裂発生,マトリクスへの破壊伝播が生じにくかったと予想される。LCB鋼で認められたようなセメンタイトを起点とする脆性破壊について,セメンタイト寸法と析出場所(粒内あるいは粒界)の効果を分けて評価するには,さらに実験的な検証を行う必要がある。

4・3 鋼の靭性に及ぼす固溶C,Nの影響

種々の組成の鋼を用いてCとNが固溶状態になるように熱処理条件を制御して作製した固溶C量および固溶N量の異なる供試鋼を用いて靭性を評価した。Fig.6に示した粒径補正したT100Jを,供試鋼毎の推定固溶C量(IF鋼:0 ppm, ELC鋼:17 ppm, LCS1鋼:170 ppm, LCS2鋼:80 ppm)および推定N量(ELC鋼:5 ppm,LN鋼:113 ppm)で整理した結果をFig.12に示す。なお,T100Jの粒径補正と同様に,YS(下降伏点 or 0.2%耐力)を下記Pickeringの式21)を用いて粒径補正した値もFig.12中に併せて示す。

  
YS[MPa]=[3.5+2.1(%Mn)+5.4(%Si)+23(%Nf)1/2+1.13d1/2]×1.57×9.81(2)
Fig. 12.

Influences of amounts of (a) solute C and (b) solute N on yield stress and T100J (L-YP: lower yield point, 0.2PS: 0.2% proof stress; IGF: inter-granular fracture; TGF: trans-granular fracture): (a) solute C; (b) solute N.

ここで,%Mn:Mn量,%Si:Si量,%Nf:固溶N量,d:フェライト(α)粒径[mm]である。まず,固溶C量が0 ppmのIF鋼では靭性が著しく劣位であり,固溶C濃度が微量の約20 ppmと比べてT100Jが約50°C低下する。この原因を調査するためにIF 鋼の-80°C破断材の破面観察を行った結果,Fig.13に示すように粒界破壊が主体であることが確認された。これは,IF鋼には粒界偏析Cが存在しないために粒界破壊が生じやすくなったためと考えられる。微量の固溶Cが存在すると粒界破壊が抑制され,粒界破壊からへき開破壊に遷移することはSuzukiら13)やKimura14)の研究でも報告されている。これは粒界の凝集エネルギーが偏析Cの存在により増加するためと考えられる32)。一方で,固溶量がC20 ppmから170 ppmまで増加すると遷移温度の緩やかな上昇,すなわち靭性の低下を確認した。この間の破壊形態を調査するために,LCS1鋼の破面観察(Fig.5矢印F,試験温度-30°C,吸収エネルギー60 J)を実施した。その結果,リバーパターンから推測される起点領域には,延性破面領域が存在すること(Fig.14(a),(b),延性破面領域の断面には変形双晶が存在すること(Fig.14(c)~(f))を確認した。また,固溶C量が約20 ppmのELC鋼でも,同様の破面を確認しており,固溶C量が20 ppmから170 ppmまでの範囲においては,変形双晶起因の粒内破壊が主因であると考えられる。この範囲における固溶C量の増加に伴う靭性低下は,Fig.12に示す降伏応力の増加に起因している可能性がある。すなわち,固溶Cが転位易動度を低下させることで,転位による塑性変形の代わりに変形双晶が生じ易くなり,上述の変形双晶に起因する脆性破壊プロセスが生じたと考えられる。このことをさらに詳細に確認するには,変形双晶の発生頻度に及ぼす固溶Cの影響について別途検証が必要である。

Fig. 13.

SEI micrograph showing intergranular fracture surface of IF steel fractured at –80°C.

Fig. 14.

SEM micrographs and results of EBSD analysis in fractured specimen of LCS1 steel: (a) SEI showing fracture surface around crack initiation point; (b) magnified micrograph of (b) in (a); (c) set of SEIs of separated fractured specimen showing cross-section along white line in (b) for EBSD analysis; (e) EBSD-IPF-map nearby crack initiation point; (f) schematic diagram showing crystallographic twin plane.

鋼の靭性に及ぼす固溶Nの影響については,本研究においても従来知見1518)と同様に,固溶Nによって靭性劣化する傾向を確認した(Fig.12(b))。固溶Cと固溶Nの靭性劣化を比較すると,固溶量当たりの遷移温度増加量は固溶Nの方が固溶Cよりも大きい傾向である。一方で,固溶量当たりの降伏応力増加量は,固溶Cの方が固溶Nよりも大きい傾向を示した。Fig.12(b)の実験点数が2点のみであり,より確度の高い検証が必要ではあるが,この結果に基づくと転位易動度の低下量は固溶Nよりも固溶Cの方が大きいと言える。なお,Cと転位の相互作用がNよりも強いことは,Lüthiらの第一原理計算の結果33)と一致する結果である。仮に低温域でも同様の傾向を示すとすると,固溶Nの靭性劣化は転位易動度では説明できない。LN鋼の靭性劣化原因を調査するために破面観察を試みた。その結果をFig.15に示す。全体的にはへき開破壊であるが,Fig.15(a)の黒破線で囲んだ領域では,リバーパターンのない破面が確認され,破面上で局所的に粒界破壊が生じた可能性がある。リバーパターンの追跡調査により,へき開破壊の起点はFig.15(d)に示す延性破面領域と考えられ,基本的にはLCM鋼やLCS1鋼と同様に,双晶変形が主因の破壊メカニズムと推測される。しかしながら,延性破面領域の近傍(Fig.15(b)〇印)でも粒界破壊が生じていることから,延性破面領域の形成と粒界破壊がほぼ同時に生じることでき裂が急速に拡大し,マクロなき裂伝播が助長された可能性がある。すなわち,固溶Nを含む鋼種では,延性破面領域の形成直後に粒界脆化が生じた結果,固溶C鋼よりも靭性が劣化しやすくなった可能性がある。Kimura14)の報告によると,純鉄の粒界破壊において,固溶Nは固溶Cのように粒界結合力を増加させる効果がほとんどないことが推論されている。靭性に及ぼす固溶Cと固溶Nの影響についてさらに詳細を解明するには,転位易動度や変形双晶の発生頻度に及ぼすこれら固溶元素の影響を定量的に調査することが課題である。

Fig. 15.

SEM micrographs showing fracture surface and fracture initiation points of LN steel: (a) SEI showing both fracture river pattern and grain-boundary fracture; (b) magnified micrograph of (b) in (a); (c) brittle fracture initiation point accompanied by ductile sheared area; (d) magnified micrograph of (d) in (c).

5. 結言

鋼の靭性に及ぼすCおよびNの量と存在状態の影響について,基礎的な研究を行った。CとNをそれぞれ最大で約170,110 ppm含み粒径58-175 μmのフェライト組織鋼を用いて,評価を行った。得られた結果は,以下のとおりである。

(1)Cが幅1 μm程度の粗大セメンタイトとして粒界に存在する場合には,同量のC が固溶している場合や粒内で厚さ約0.1 μmの微細セメンタイトとして存在する場合に比べて,靭性が著しく劣化する。靭性劣化の原因を調査するため破面観察を行った結果,へき開破壊の起点は粒界セメンタイトであることを確認した。さらに,サブクラック周辺の観察を行った結果,サブクラックが生じた粒界セメンタイト近傍のマトリックスでは,セメンタイトのない粒界近傍に比べて転位が多く存在すること,明らかに結晶方位回転が生じていることを確認した。これらは,従来報告のあるパイルアップモデルを実験的に裏付けるものと考える。

(2)Cが長さ約0.2 μmの粒内セメンタイト(および幅約0.1 μmの粒界セメンタイト)として存在する場合には,Cが固溶や粗大な粒界セメンタイトとして存在する場合と比較して,最も靭性が優位である。粒内セメンタイト鋼のへき開破壊起点は,変形双晶に起因する延性破面領域であり,微細な粒内セメンタイトや粒界セメンタイトは脆性破壊の起点になりにくいと考えられる。

(3)微量の固溶Cの存在は粒界破壊を抑制するが,それ以上の固溶Cは,Cが粒内セメンタイトを形成する場合よりも靭性をやや劣化させる。これは固溶Cの存在により転位易動度が低下し双晶の発生が助長された結果,変形双晶起因のへき開破壊が生じやすくなった可能性を示唆する。ただし,固溶Cによる靭性低下は,固溶Nのものよりも小さい傾向がある。これは固溶Cを含む鋼の粒界凝集エネルギーが,固溶Nを含む鋼のものよりも大きいことが一因と考えられる。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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