2022 Volume 108 Issue 2 Pages 120-130
Zn–Ni alloys were electrodeposited on a Cu electrode at 10–5000 A·m−2 and 5 × 104 C·m−2 in an unagitated zincate solution at 293, 313, and 333 K. The effect of solution temperature on the electrodeposition behavior of Zn–Ni alloys from alkaline zincate solutions was investigated. The transition current density at which the deposition behavior shifted from a normal to anomalous codeposition was almost similar at 293 and 313 K but increased at 333 K. The transition current density increased at 333 K due to the enhanced hydrogen evolution and Ni deposition. The current efficiency for alloy deposition increased with solution temperature in both normal (10–50 A·m−2) and anomalous (500 A·m−2) codepositions region. In a normal codeposition region, Ni deposition and hydrogen evolution mainly occurred, and the current efficiency increased with solution temperature due to a larger promotion effect of increase in solution temperature on the Ni deposition. In an anomalous codeposition region at 500 A·m−2, Zn deposition and hydrogen evolution mainly occurred, and Zn seems to proceed under a mixed rate-determining process of the charge transfer and diffusion of Zn ions. The current efficiency increased with solution temperature since the diffusion of Zn ions was accelerated. The Ni content in the deposited films increased with solution temperature at all the current densities, since Ni deposition was more accelerated than Zn deposition with increasing solution temperature in the region where the charge transfer process was rate-limiting. The γ phase of the deposited films increased with increasing solution temperature.
Zn電析は古くから鋼板の腐食防止のために使用されてきたが,電析膜の耐食性を更に向上させるためにZn合金電析が行われている1–8)。合金電析の中でもZn‐Ni合金は,熱安定性と耐食性に優れており,自動車部品,建築資材など様々な産業分野で適用されている。Zn‐Ni合金電析は,通常,硫酸塩浴,塩化物浴から行われるが,小物部品等に対する均一電着性の観点からは,ジンケート浴からの方が望ましい。硫酸塩浴,塩化物浴からのZn‐Ni合金電析については,従来より多数の研究が行われており,実用的な電流密度の領域では,電気化学的に卑なZnが貴なNiより優先析出する変則型共析挙動を示すことが知られている9–15)。ジンケート浴からのZn‐Ni合金の電析については,電析膜中のNi含有率に及ぼす電流密度16–19),全金属塩濃度20),撹拌19),Ni錯化剤濃度19),浴組成の影響17,19–21),合金電析の電流効率に及ぼす電流密度18,20)の影響が報告されているが硫酸塩浴,塩化物浴からの場合に比べて電析機構22)に関する研究例が少ない。
一方,浴温は,電析過電圧,均一電着性,金属塩の溶解度,浴導電率等に影響を及ぼす23)。浴温を高くすると,浴の導電率が増加する。また,イオンの拡散係数および金属塩の溶解度が増大するため金属析出の拡散限界電流密度を高くすることが出来る。浴温を低下させると,電析過電圧が増加することにより電析物の結晶粒が微細化し,また均一電着性が改善される。このように,浴温は電析において極めて重要な因子であるが,ジンケート浴からのZn‐Ni合金の電析挙動に及ぼす浴温の影響についてはほとんど報告されていない19)。そこで,本研究では, ジンケート浴からのZn‐Ni合金電析挙動に及ぼす浴温の影響をZn,Ni析出および水素発生の部分分極曲線に基づき考察した。
Table 1にジンケート浴の電解浴組成および電解条件を示す。電解浴は市販の特級試薬を用い,常温にてZnO 0.15 mol·dm-3,NiSO4・6H2O 0.016 mol·dm-3,N(CH2CH2OH)3 0.34 mol·dm-3,NaOH 2.5 mol·dm-3を純水に溶解させて作製した。一部,Ni単独浴,Zn単独浴からの電析挙動を調査したが,その際の浴組成は,上記の浴からZnO 0.15 mol·dm-3またはNiSO4・6H2O 0.016 mol·dm-3を抜いたものである。電析は,定電流電解法により電流密度10~500 A·m-2,通電量5×104 C·m-2,浴温293,313,333 Kにおいて無撹拌下で行なった。通電量5×104 C·m-2は,電流効率100%で純Znの電析を仮定すると膜厚2.37 μmに相当する。陰極にはCu板(1 cm×2 cm),陽極にはPt板(1 cm×2 cm)を用いた。ただし,SEM観察,XRD解析用のサンプルを作製する際は,陰極にはFe板(1 cm×2 cm)を用いた。得られた電析物は硝酸で溶解し,ICP発光分光分析法によりZn,Niを定量し,電析合金組成,Zn,Ni電析の電流効率を求めた。水素発生の電流効率は,100からZn,Niの電流効率(%)を差し引いて求めた。Zn,Ni析出および水素発生の部分電流密度は,全電流密度にそれぞれの電流効率(%)/100を乗じて算出した。なお,Ni単独浴,Zn単独浴からのNi,Zn電析の電流効率も上記の合金電析の場合と同様に求めた。分極曲線を測定する際,参照電極としてAg/AgCl電極(飽和KCl,0.199 V vs. NHE,298 K)を使用したが,電位は標準水素電極基準に換算して表示した。電析膜の表面形態観察は走査型電子顕微鏡(SEM)を,また相同定はX線回折装置(Cu-Kα,管電圧40 kV,管電流15 mA)を用いて行った。
ZnO | (mol∙dm−3)0.15 | Current density (A∙m−2) | 10–500 |
NiSO4∙6H2O | (mol∙dm−3)0.016 | Temperature (K) | 293, 313, 333 |
N(CH2CH2OH)3 | (mol∙dm−3)0.34 | Amount of charge (C∙m−2) | 5 × 104 |
NaOH | (mol∙dm−3)2.5 | Cathode | Cu (1 × 2 cm2) |
Quiescent bath | Anode | Pt (1 × 2 cm2) |
Fig.1にZn‐Ni合金電析における全分極曲線,Zn,Ni析出および水素発生の部分分極曲線を示す。純Znが析出すると仮定した場合のZn電析(ZnO22-+2H2O+2e-→Zn+4OH-)の平衡電位EZneqは-1.27 Vである24)。全分極曲線(Fig.1(a))は,浴温に関わらずZnの平衡電位(-1.27 V)より貴な電位域で立ち上がり,電流密度が50~100 A・m-2を超えると大きく卑な電位域に移行し,Znの平衡電位に到達すると再度立ち上がった。Znの平衡電位より貴な電位域および卑な電位域のいずれの電位域においても,一定の全電流密度で比較すると,浴温が高くなるほど電位は貴な方に移行した。Znの平衡電位より貴な電位域からZnの平衡電位まで陰極電位が大きく移行する電流密度は,浴温293,313 Kでは50~100 A・m-2であるのに対して,333 Kでは,100~200 A・m-2と高くなった。
Polarization curves for Zn–Ni alloy deposition at 293, 313 and 333 K. [(a) Total polarization curves, partial polarization curves of (b) Zn, (c) Ni and (d) H2]
Zn析出の部分分極曲線(Fig.1(b))は,全分極曲線と同様に,浴温に関わらずZnの平衡電位より貴な電位域で立ち上がり,その後,卑な電位域に移行し,Znの平衡電位-1.27 Vより卑になると急激に立ち上がった。いずれの電位域においても,浴温が高くなるほどZn析出の部分分極曲線は,貴側に移行した。なお,Zn‐Ni合金電析では,Zn電析の電流密度はその平衡電位より貴な-0.9 V前後においても若干検出された。-0.9 Vの定電位で比較すると,Zn電析の電流密度は,浴温が高くなる程大きくなった。
Ni2+イオンにはトリエタノールアミン(TEA)が2配位しており,その錯安定化定数25)K=104.74を基に純Niが析出すると仮定した場合に算出されるNi電析(Ni(TEA)22++2e-→Ni+2TEA)の平衡電位ENieqは-0.41Vである。Ni析出の部分分極曲(Fig.1(c))も,全分極曲線と同様に,浴温に関わらずZnの平衡電位より貴な電位域で立ち上がり,その後,卑な電位域に移行し,Znの平衡電位-1.27 Vより卑になると再度増加した。いずれの電位域においても,浴温が高くなるほどNi析出の部分分極曲線は,貴側に移行した。
Zn‐Ni合金電析浴からの水素発生(Fig.1(d))は,Znの平衡電位より貴な領域で立ち上がり,電位が卑な方向に移行するにも関わらず一旦減少し,Znの平衡電位より卑な領域になると再度増加した。水素発生の部分分極曲線は,浴温293,313 Kでは大きな差はなかったが,333 Kでは,明らかに復極(一定の電流密度で電極電位を比較すると,電極電位は貴な値へシフト)しており,電位が急激に卑な方向に移行する電流密度は333 Kでは高くなった。
Fig.2にZn‐Ni合金電析におけるZn‐Ni,Zn,Ni析出および水素発生の電流効率と電流密度の相関関係を温度毎に示す。以下に示すZn‐Ni合金電析の電流効率は,Zn析出とNi析出の電流効率を足したものである。Fig.2(a)に示すようにZn‐Ni合金電析の電流効率は,浴温293 Kでは,10~50 A·m-2の低電流密度域では14~26%程度と低かったが,電流密度が50 A·m-2を超えると急激に増加し,100 A·m-2で最大となり,更に電流密度が増加すると電流効率は低下した。浴温313 Kの場合も293 Kの場合と同様の傾向を示したが,10~50 A·m-2の低電流密度域および500 A·m-2の高電流密度では,浴温313 Kの方が電流効率はやや大きくなった。それに対して,浴温333 Kの場合,電流効率は10~100 A·m-2の低電流密度域では18~52%程度と低かったが,電流密度が100 A·m-2を超えると急激に増加し,250 A·m-2で最大となり,更に電流密度を500 A·m-2まで増加させても電流効率はほとんど低下しなかった。合金電析の際のZn析出の電流効率(Fig.2(b))は,浴温293,313 Kの10~50 A·m-2,浴温333 Kの10~100 A·m-2での低電流密度域では,非常に低かったが,それぞれ電流密度が50,100 A·m-2を超えると急増した。合金電析の際のNi析出の電流効率(Fig.2(c))は,浴温に関わらず電流密度が高くなるほど低下した。また,浴温が高いほどNi析出の電流効率は高くなった。浴温293,313 Kの10~50 A·m-2,浴温333 Kの10~100 A·m-2での低電流密度域では水素発生の電流効率が最も高く(Fig.2(d)),その次にNi析出の電流効率が高かった。しかし,電流密度が50~100 A·m-2を超える高電流密度域では,Zn析出の電流効率が最も高くなった。このように,Zn‐Ni合金電析の電流効率は,低電流密度域ではNi析出の,高電流密度域ではZn析出の電流効率を反映したものである事が分かった。
Current efficiencies for Zn–Ni alloy deposition at 293, 313 and 333 K. [(a) Zn-Ni, (b) Zn, (c) Ni and (d) H2]
Zn析出の電流効率(Fig.2(b))をFig.1(a)の全分極曲線と対比すると,浴温293,313 Kでは10~50 A·m-2は,Znの平衡電位より貴な電位となっており,このためZn析出の電流効率は低いと考えられる。電流密度が50 A·m-2を超えると電位がZnの平衡電位より卑な電位域に移行しており(Fig.1(a)),このためZn析出の電流効率が急激に増加したと考えられる。一方,浴温333 Kでは,10~100 A·m-2は,Znの平衡電位より貴な電位であるが,電流密度が100 A·m-2を超えると電位がZnの平衡電位より卑な電位域に移行しており(Fig.1(a)),Zn析出の電流効率が急激に増加したと考えられる。このように,浴温293,313,333 KにおいてZn析出の電流効率が急激に変化する電流密度は,全分極曲線において,陰極電位がZnの平衡電位より貴な電位域からZnの平衡電位まで大きく変化する電流密度と一致した。なお,浴温293,313 Kにおいて500 A·m-2で合金電析の電流効率が低下するのは,Zn析出がZnイオンの拡散律速に近づくためと考えられる。
Fig.3にZn‐Ni合金電析膜のNi含有率に及ぼす電流密度の影響を示す。図中の破線は,Niについてその浴組成と合金組成が等しい場合を示す組成参照線(Composition reference line,以下CRLと略す)である。電析合金のNi含有率がこの線の上部に位置していれば,電気化学的に貴なNiが優先析出する正常型共析であり,下部に位置していれば卑なZnが優先析出する変則型共析となることを示す。Fig.3に示すように,浴温293,313 Kでは,Ni含有率は50~100 A·m-2の領域で大きく変化した。50 A·m-2以下ではNi含有率は90 mass%前後と組成参照線より上部にあり,正常型共析となるのに対して,100 A·m-2以上では組成参照線を下回り変則型共析となった。一方,浴温333 Kでは,Ni含有率は100~250 A·m-2の領域で大きく変化した。100 A·m-2以下ではNi含有率は組成参照線より上部にあり,正常型共析となるのに対して,250 A·m-2以上では組成参照線を下回り変則型共析となった。電析挙動が正常型から変則型へ移行する電流密度は転移電流密度と称される26–28)。この転移電流密度は,いずれの浴温においてもFig.1(a)に示す全分極曲線の電位が急激に卑な領域に移行する電流密度およびZn析出の電流効率が大きく変化した電流密度(Fig.2(b))と対応している。以上のように転移電流密度は,浴温293,313 Kではほぼ同等であったが,浴温333 Kでは高くなった。次に電析膜のNi含有率に着目すると正常型共析となる低電流密度域では,浴温が高くなるほどNi含有率は増加した。変則型共析となる250 A·m-2以上の電流密度域においても若干ではあるが浴温が高くなるほどNi含有率は増加した。(Fig.3(b))
Ni contents in the Zn–Ni alloys deposited at various current densities from different temperatures. (b) Magnified view of the area of 0–10 mass% of the Ni content.
Fig.4に温度を変化させた浴から各電流密度において得られた電析膜のX線回折図形を示す。10 A·m-2で得られた電析膜(Fig.4(a),(b),(c))には3つのメインピークが見られた。基板のFeとα-Ni相の回折角は,44.7°で重複するためα相の同定が困難であった。そこで,基板FeのみのX線回折図形を調査したところ,回折角44.7°におけるピーク強度は,65.0°における強度より小さいことが確認された。しかし,本研究の10 A·m-2で得られた電析膜の回折角44.7°におけるピーク強度は,浴温に関らず65.0°における強度より大きいため,いずれの電析膜にもα相が存在すると判断した。なお,333 Kにて得られた電析膜には,44.7°以外の回折角においてもα相の存在を示す弱いピークが検出された。10 A·m-2では,浴温に関わらず正常型共析となっており,電析膜のNi含有率が90 mass%以上であるため,α相のみが検出されたと考えられる。見掛け上,平衡電位より貴な電位域で析出しているZnに関するピークは検出されなかった。100 A·m-2で得られた電析膜は,浴温293,313 K(Fig.4(d),(e))では,η-Zn相とγ相(Ni2Zn11の金属間化合物)が検出されたが,浴温333 K(Fig.4(f))ではα相とFeのピークのみが検出された。100 A·m-2では,前節で示したように電析挙動が浴温により大きく異なっており,293,313 Kでは変則型共析となりZn含有率が93 mass%前後の電析膜が得られ,333 Kでは正常型共析となりNi含有率が87.4 mass%の電析膜が得られた(Fig.3)。100 A·m-2で得られた電析膜のX線回折図形は,このような電析挙動を反映したものとなっている。一方,500 A·m-2で得られた電析膜(Fig.4(g),(h),(i))ではη相とγ相が検出されたが,浴温が高くなるとγ相の形成が優勢となった。浴温が高くなると電析膜のNi含有率が高くなるため(Fig.3(b)),γ相が形成され易くなったと考えられる。また,100 A·m-2において,変則型共析となる浴温293と313 Kの場合を比較すると,浴温の高い方がγ相のメインピークが高くなっており,γ相が増加することが分かった。以上の結果より,変則型共析となりZn含有率が高い電析膜において,γ相は,浴温が高くなるほど増加することが分かった。
X-ray diffraction patterns of the Zn–Ni alloy films deposited at various current densities from different temperatures. (▲ Ni[α] PDF # 87-0712, ○ Fe PDF # 65-4899, ● Zn[η] PDF # 87-0713, and ★ Ni2Zn11[γ] PDF # 65-5310)
Fig.5に温度を変化させた浴から各電流密度において得られた電析膜のSEM観察像を示す。10 A·m-2で得られた電析膜は,浴温293 Kの場合(Fig.8(a)),平滑であったが,浴温が高くなると若干粗い結晶となった(Fig.5(b),(c))。10 A·m-2で得られた電析膜は,何れの浴温においてもNi含有率が90 mass%以上のα相から成り,浴温が増加すると電析の過電圧が小さくなるため結晶粒のサイズが大きくなったと考えられる。100 A·m-2で得られた電析膜は,浴温293,313 Kの場合(Fig.5(d),(e)),微細な結晶が集合した塊状となったが,浴温333 Kの場合(Fig.5(f)),10 A·m-2で得られた電析膜と類似の形態となった。先に述べた通り,100 A·m-2での電析では,浴温293,313 Kでは変則型共析となりNi含有率7 mass%前後の電析膜はη相とγ相から成るのに対して,浴温333 Kでは正常型共析となりNi含有率87.4 mass%の電析膜はα相から構成される。100 A·m-2で得られた電析膜の表面形態は,このような相構造の違いに起因すると考えられる。一方,何れの浴温においても変則型共析となる500 A·m-2で得られた電析膜は,浴温293 Kの場合(Fig.5(g)),板状結晶を呈していたが,浴温が高くなると板状結晶が消失し(Fig.5(i)),平滑な面を有する電析膜となった。500 A·m-2で得られた電析膜はη相とγ相から構成されたが,浴温が高くなるとγ相が優勢となり,表面の形態が変化したと考えられる。
SEM images of the surface of the Zn–Ni alloys deposited at various current densities from different temperatures.
Partial polarization curves for Zn deposition from Zn only alkaline solutions at 293, 313 and 333 K.
アルカリジンケート浴からのZn‐Ni合金電析挙動に及ぼす浴温の影響を調べた結果,電析挙動が正常型から変則型に移行する転移電流密度,合金電析の電流効率および電析膜の組成が浴温により変化することが分かった。以下,その要因について考察する。
ここで先ず,合金電析におけるNi析出の部分分極曲線(Fig.1(c))について説明する。Ni析出の部分分極曲線は,浴温に関わらずZnの平衡電位より貴な-0.9 V付近で立ち上がり,その後,急激に卑な電位域に移行している(Fig.1(c))。この卑な電位域に移行する際の部分電流密度は,Ni析出の拡散限界電流密度23)に類似している。しかし,この電流密度をNiの拡散限界電流密度と仮定すると,電析膜のNi含有率は全電流密度域においてCRLより上部に位置することとなり29–31)本研究結果と矛盾する。実際,正常型共析においては,貴な方の金属の析出が拡散限界電流密度となり,電析膜中の貴な方の金属の含有率は全電流密度域においてCRLより上部に位置することが報告されている29–31)。本研究では,高電流密度域では,変則型共析となることから,Fig.1(c)に示す急激に卑な電位域に移行する際のNi析出の部分電流密度は,拡散限界電流密度ではないと言える。
次に,硫酸塩浴からのZn‐Ni合金電析における転移電流密度は,下記式(1)を成立させるための水素発生に対する過電圧ηHInhを生じさせる水素発生電流密度に相当することが報告
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されている32–34)。ここでEHeq,EZneqはそれぞれ水素発生とZn析出の平衡電位であり,ηH0は水素発生の最小過電圧,ηHInhは,水素発生抑制剤が表面に存在する時の水素発生の過電圧を示す。酸性浴からのZn電析では,陰極界面での水素発生反応(2H++2e-→H2)によるpH上昇によりZn2+イオンが加水分解(Zn2++2H2O→Zn(OH)2+2H+)して反応中間体Zn(OH)2が形成される。このZn(OH)2が水素発生に対する過電圧ηHInhを形成するとされている32–34)。硫酸塩浴からのZn‐Ni合金電析では,正常型共析の領域では,Niの析出がZn(OH)2により抑制され,ほぼゼロであり水素発生のみが生じている26)。このため,転移電流密度は,式(1)を成立させるための水素発生に対する過電圧ηHInhを生じさせる水素発生電流密度であると定義されている32–34)。しかし,ジンケート浴からのZn‐Ni合金電析では,Znの平衡電位より貴な電位で生じる正常型共析の領域においても,Zn,Niが析出しており(Fig.1(b),(c)),転移電流密度においてNi析出の電位は,Znの平衡電位まで大きく移行している。そこで,ジンケート浴における転移電流密度は,上記式(1)に加え下記式(2)が成立している時の水素発生とZn,Ni析出の電流密度の総和であると推察される。
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ここで,ENieqはNi析出の平衡電位であり,ηNi0はNi析出の最小過電圧,ηNiInhはNi析出抑制剤が存在する時のNi析出過電圧を示す。
酸性浴からのZn‐Ni合金電析における水素発生,Ni析出に対する抑制剤は,Zn2+イオンが加水分解して形成されるZn(OH)2であると報告されているが34),ジンケート浴においてはZn2+イオンの加水分解反応は生じない。ジンケート浴からのZn電析は,下記式(3),(4),(5)の多段階反応により進行することが報告されている35–37)。
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ジンケート浴からのZn‐Ni合金電析では,多段階反応の途中で形成されるZn(OH)2が水素発生,Ni析出に対する抑制剤として作用すると考えられる。Zn‐Ni合金電析において水素発生が,Znの平衡電位より貴な領域において,電位が卑な方向に移行するにも関わらず一旦減少したのは(Fig.1(d)),多段階反応において形成されるZn(OH)2により抑制されるためと考えられる。転移電流密度は,浴温293,313 Kではほぼ同等であるが,333 Kになると明らかに増加した(Fig.1(a))。転移電流密度の領域におけるZn,Ni析出および水素発生の部分電流密度に及ぼす浴温の影響を見ると,水素発生,Ni析出の部分電流密度は,浴温293 Kと313 Kではほとんど差がないが,333 Kになると明らかに増加した(Fig.1(b)-(d))。すなわち,333 Kになると水素発生,Ni析出が促進されるため,式(1),(2)が成立するための電流密度,すなわち転移電流密度が増加したと考えられる。
Zn‐Ni合金電析は,Zn,Ni析出および水素発生の競合反応となるので,それぞれの反応に及ぼす浴温の効果を比較するため,Ni,Zn単体浴からの電析を行った。Fig.6にNi単体浴からのNi析出および水素発生の部分分極曲線に及ぼす浴温の影響を示す。Ni析出および水素発生ともに浴温が高くなると復極した。Ni析出の部分電流密度3 A·m-2において,浴温を293 Kから333 Kに上げると電位が約0.2 V貴に移行するのに対して,水素発生の部分電流密度100 A·m-2では,浴温の上昇による電位の移行は約0.06 Vであり,復極の程度はNi析出の方が大きかった。ここで,金属析出の過電圧ηMは下記式(6)で定義される。
(6) |
Partial polarization curves for Ni deposition and H2 evolution from the Ni only alkaline solutions at 293, 313 and 333 K.
EMeqは,金属M析出の平衡電位であり,EMは,金属M析出時の電極電位である。Ni析出および水素発生の過電圧を比較すると,Ni析出の方が過電圧は大きかった。Fig.7にNi単体浴からのNi析出の電流効率に及ぼす浴温の影響を示す。全電流密度域において,Ni析出の電流効率は,浴温が高くなるほど増加した。特に10~20 A·m-2の低電流密度域では,Ni析出の電流効率は,浴温が高くなるほど明らかに増加した。Fig.6,7の結果より,Ni析出,水素発生ともに浴温が高くなると促進されるが,浴温上昇による促進効果はNi析出に対する方がより大きいことが分かる。
Current efficiencies for Ni deposition from Ni only alkaline solutions at 293, 313 and 333 K.
Fig.8にZn単体浴からのZn析出の部分分極曲線に及ぼす浴温の影響を示す。Zn析出の部分分極曲線は,浴温が高くなると復極した。特に浴温313,333 Kでは,Znはその平衡電位近傍より析出を開始しており,析出の過電圧が小さいことが伺える。また,浴温293 Kでは電位-1.6 V付近でZn電析はZnイオンの拡散限界に近づいていることが分かる。Fig.9にZn単体浴からのZn析出の電流効率に及ぼす浴温の影響を示す。10~20 A·m-2の低電流密度域では,Zn析出の電流効率は,浴温が高くなるほど低下しており,浴温上昇による促進効果は水素発生に対する方がより大きいことが分かる。Fig.6~9の結果より,Zn,Ni析出および水素発生に及ぼす浴温の影響を比較すると,電荷移動過程が律速となる低電流密度域では,浴温を高くすると,Niの析出が最も促進され,その次に水素発生が促進され,Zn析出に対する促進効果が最も小さいと予想される。水溶液からのZn電析は析出過電圧が比較的小さいが,Ni電析,水素発生は,それぞれ吸着中間体NiOHad,Hadを経由した多段階反応で進行し,遅い素過程が存在するため,過電圧が大きいことが知られている38–41)。Fig.6,8から分かるようにジンケート浴からの電析においてもZn析出の過電圧は小さいのに対して,Ni析出の過電圧は大きい。Ni電析,水素発生は,元来,その過電圧が大きいため浴温上昇による促進効果がZn電析より大きくなったと考えられる。なお,Ni単独浴からの電析において,浴温上昇による促進効果は水素発生よりNi析出の方が大きかったのは,Ni析出の過電圧がNi上での水素発生の過電圧より大きいためと考えられる。一方,500 A·m-2の高電流密度域では,Zn析出の電流効率は,浴温が高くなるほど増加した(Fig.9)。高電流密度域ではZnイオンの拡散が電析反応の律速になっているため,浴温を高くした方がZnイオンの拡散が促進され電流効率は増加したと考えられる。
Current efficiencies for Zn deposition from Zn only alkaline solutions at 293, 313 and 333 K.
以上のNi単体浴,Zn単体浴からの結果より,合金電析の電流効率および電析膜の組成に及ぼす浴温の影響を考察する。合金電析の電流効率は,10~50 A·m-2の正常型共析の領域,500 A·m-2の変則型共析の領域,共に浴温が高くなるほど増加した(Fig.2(a))。正常型共析の領域では,電析膜のNi含有率は90 mass%前後であり,この領域では主にNi析出と水素発生の競合反応が生じている。Ni単体浴の結果より,Ni析出,水素発生ともに浴温が高くなると促進されるが,促進効果はNi析出に対する方がより大きいため(Fig.6,7),合金電析においても浴温が高くなるほど電流効率は増加した。また,10~50 A·m-2の正常型共析の領域では,いずれの浴温においても,電流効率は電流密度が高くなるほど低下した。Zn電析の多段階反応において形成されるZn(OH)2の形成速度は,電流密度が高くなるほど増加し,Ni電析をより抑制していることが考えられる。一方,500 A·m-2の変則型共析の領域では,電析膜のNi含有率は5 mass%前後であり,この領域では主にZn析出と水素発生の競合反応が生じている。この領域では,Zn析出は電荷移動過程とZnイオン拡散過程の混合律速になっていることが予想される(Fig.1(b))。浴温が高くなるとZnイオンの拡散が促進されるため,電流効率は増加したと考えられる。また,合金浴,Ni単体浴からのNi析出の電流効率を比較すると,Ni析出の電流効率は,合金浴からの方が明らかに高くなった(Fig.2(c),Fig.7)。合金浴からの電析ではZn(OH)2が形成され,水素発生,Ni析出が共に抑制されるが,水素発生の方がより強く抑制されることを示唆している。
次に,電析膜のNi含有率は,10~50 A·m-2の正常型共析の領域,250~500 A·m-2の変則型共析の領域,共に浴温が高くなるほど増加した(Fig.3)。合金電析におけるZn,Niの析出は,正常型共析の領域では電荷移動過程が律速になっており,変則型共析の領域では電荷移動過程とイオン拡散過程の混合律速律速になっていると考えられる。電荷移動過程が律速となる領域では,浴温を高くすると,Ni析出の方がZn析出よりも促進されるため,電析膜のNi含有率は,正常型共析の領域,変則型共析の領域,共に浴温が高くなるほど増加したと考えられる。
Fig.1(b)において述べたようにZn‐Ni合金電析では,Znは見掛け上,その平衡電位より貴な電位域で析出した。Zn単体浴からの電析では,このような現象は見られなかった(Fig.8)。Zn‐Ni合金電析におけるZnの平衡電位より貴な電位域での析出は,電析により安定な金属間化合物Ni5Zn21が形成され,電析膜のZnの活量係数がかなり小さくなるため生じることが報告されている42–44)。すなわち,Znが見掛け上,その平衡電位より貴な電位域で析出するためにはNiの共析が必須となり,本研究においては,浴温が高くなるとNiの析出が促進されるため,Znの貴な電位域での析出が増加したと考えられる。
最後に本研究のジンケート浴からのZn-Ni合金電析挙動と従来から報告されている硫酸塩浴からの電析挙動の相違について考察する。ジンケート浴と硫酸塩浴からの電析において最も異なるのはNi析出,水素発生の抑制剤となるZn(OH)2形成の要因である。Zn(OH)2は,硫酸塩浴では,陰極におけるH+の還元反応により浴のpHが上昇しZn2+が加水分解されることにより形成されるのに対して,ジンケート浴では,Zn電析の多段階反応の途中段階で形成されると考えられる。硫酸塩浴からの合金電析では,変則型共析となる領域では,電析膜中のNi含有率が約10 mass%となり,組成参照線(浴中のNi2+の含有率50 mass%)を大幅に下回ることが報告されている29)。本研究のジンケート浴からの場合においても,変則型共析となる領域では,電析膜中のNi含有率は,5~8 mass%程度となり,組成参照線(8.7 mass%)を下回っているが(Fig.3),硫酸塩浴からの方が変則性がより大きい。これは,硫酸塩浴からの方がジンケート浴からに比べ,Zn(OH)2によるNi析出の抑制がより強いことを意味している。硫酸塩浴とジンケート浴において,Ni析出の抑制の程度が異なるのは,Zn(OH)2形成の要因の相違に起因していると推察される。硫酸塩浴においても浴温が303 Kから333 Kに上昇すると電析膜中のNi含有率は約10 mass%から約25 mass%へ増加する事例が報告されているが39),ジンケート浴からの場合(Fig.3)に比べNi含有率の増加の程度が大きい。硫酸塩浴からの方がジンケート浴からに比べ,Ni析出に対するZn(OH)2の抑制作用が強いため,浴温上昇によるNi析出の促進効果がより大きくなったと考えられる。
アルカリジンケート浴からのZn‐Ni合金電析挙動に及ぼす浴温の影響を調べた結果,以下のことが分かった。電析挙動が正常型共析から変則型共析に移行する転移電流密度は,浴温293,313 Kではほぼ同等であったが,333 Kになると明らかに高くなった。333 Kになると水素発生,Ni析出が促進されるため,転移電流密度が増加したと考えられる。合金電析の電流効率は,10~50 A·m-2の正常型共析の領域,500 A·m-2の変則型共析の領域,共に浴温が高くなるほど増加した。正常型共析の領域では,主にNi析出と水素発生が生じており,浴温上昇による促進効果はNi析出の方が大きいため浴温が高くなるほど電流効率は増加した。500 A·m-2の変則型共析の領域では,主にZn析出と水素発生が生じており,Zn析出は電荷移動過程とZnイオン拡散過程の混合律速になっていることが予想される。浴温が高くなるとZnイオンの拡散が促進されるため,電流効率は増加したと考えられる。電析膜のNi含有率は,いずれの電流密度においても,浴温が高くなるほど増加した。電荷移動過程が律速となる領域では,浴温を高くすると,Ni析出の方がZn析出よりも促進されるため,電析膜のNi含有率は,浴温が高くなるほど増加したと考えられる。また,電析膜のγ相は,浴温が高くなるほど増加することが分かった。