Tetsu-to-Hagane
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Transformations and Microstructures
In-situ Measurement of Bainitic Transformation Process using Digital Holographic Microscope
Chengrong LinKenji SekidoHo-Heok KimJunya Inoue
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 108 Issue 6 Pages 360-369

Details
Abstract

A novel 3D in-situ measurement method was developed to clarify the bainitic transformation process of medium carbon steel. To achieve enhanced accuracy in 3D in-situ measurement by a digital holographic microscopy, the Gabor Wavelet transformation is introduced instead of the conventional reconstruction method based on the fast Fourier transformation. The effectiveness of the proposed method is first verified by comparison with the conventional reconstruction method as well as the other 3D measurement methods, such as atomic force microscopy and confocal laser microscopy. 3D in-situ observations were conducted to reveal the surface relief effect induced by the bainitic transformation behavior during continuous cooling. The results demonstrated that the measured shape deformation induced by the bainitic transformation corresponds well with the prediction by the phenomenological theory of martensite crystallography.

1. 緒言

マルテンサイトやベイナイトは鋼組織中でも特に高い強度を有する組織であるため,次世代の高強度鋼を形成する重要な組織として注目されている14)。マルテンサイトやベイナイトはせん断型変態組織であり,生成相は母相オーステナイトとKrudjumov - Sachs関係(K-S関係)と呼ばれる結晶方位関係を持って生成する。その結果,特定方位のマルテンサイトやベイナイト晶が集団で生成し,階層的な組織を形成する。この様な階層構造は,力学特性に大きな影響を及ぼすと考えられ,古くからその組織形態に関する研究がなされてきた。特に近年では電子線後方散乱回折(EBSD)を用いた詳細な解析により,24種類ある結晶方位(バリアント)の隣接傾向は組成や変態温度に影響を受け,最終的な組織形態に影響を及ぼすことが明らかにされている5,6)。この様な特定のバリアントが隣接するメカニズムを明らかにすることは,せん断型変態組織の最終的な組織形態を制御する上で極めて重要と考えられている。

せん断型変態においては,試料表面には変態に伴い表面起伏が形成される713)。この様な表面起伏の形成過程を定量的に評価することは,相変態挙動を理解する上では欠かせない。表面起伏を測定する方法としては,原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope, AFM)911),共焦点レーザー顕微鏡(Confocal Laser Scanning Microscope, CLSM)12,13)などが用いられてきた。しかし,AFMは表面起伏の形状をナノスケールで測定することは可能であるが,走査型の計測手法であるため,一枚の像を得るためには数秒から数時間の測定時間を要する。そのため,変態中に連続的に変化する表面起伏を動的に測定することはできず,変態終了後の表面起伏を精度良く測定する利用に限定されてきた9)。一方でCLSMは,微小な起伏の変化を像のコントラストとして捉える事が可能なため,表面起伏形成のその場観察には有効な手段である。しかし,動的にかつ定量的に起伏形状を計測することはできない12)。この様なことから,従来は変態過程のその場観察や変態後の表面起伏の定量評価を通して,間接的に相変態機構の推定が行われてきた。

これに対し,デジタルホログラフィの原理を応用したデジタルホログラフィック顕微鏡(Digital Holographic Microscopy,DHM)の導入が近年試みられている14)Fig.1に装置の構造や光路図を示す。DHMは,参照光と物体光の干渉により形成される干渉縞を撮像素子で撮影することで,表面起伏の変化に伴い変化する干渉縞を時々刻々取得し,干渉縞として記録された試料表面の位相情報を別途数値的に抽出することで,連続的に変化する試料表面の起伏を高精度で再構成することが可能な手法となっている。そのため,撮像素子として高速CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)カメラを用いれば,より詳細に表面起伏の変化を連続的に計測することが可能となる。

Fig. 1.

DHM optical system. (Online version in color.)

DHMでは,一般的にはリアルタイムで三次元形状の再現計算が可能な高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform, FFT)を用いた手法が用いられる。このFFTを用いた手法では,物体光に含まれる位相情報を抽出するために,周波数空間に特定のバンドパスフィルターが導入される。その結果,再生された物体光情報は高周波成分が失われ,微細な表面形状の情報が失われるという欠陥がある。これに対し近年,デジタルホログラフィの分野では,この問題を解決し微細構造の再現精度を向上させる方法として,ウェブレット変換を用いた再生手法が提案されている15,16)。ウェブレット変換では,基底関数を予め適切に選定する必要があるものの,幅広い周波数領域から位相情報の抽出が可能となるため,FFTを用いた手法では失われてしまう高周波情報を適切に用いた再現計算が可能となる。

以上の背景から,本研究ではせん断型変態中に形成される表面起伏を精度良く動的に計測する手法として,まずガボールウェブレット変換(Gabor Wavelet Transform, GWT)17)を用いた3次元形状再生計算手法の開発を行った。次いで,シリコン基板並びにベイナイト変態後の試料表面の起伏計測を通して,開発した再生計算手法の精度の検証を行った。最後に,DHMを用いたベイナイト変態のその場計測を実施することで,変態過程で生じる表面起伏の動的計測の可能性を検証した。

2. 3D再生計算手法

DHMでは,物体光と参照光が干渉した光の強度が撮像素子を通して取得される。つまり,取得される画素の強度は以下の式で与えられる:

  
I(x,y)=|Ur(x,y)+Uo(x,y)|2=Ar2+Ao2+ArAoexp[iΔφo(x,y)]+ArAoexp[iΔφo(x,y)](1)

ここで,x,yは受光素子上の座標,I(x,y),Ur(x,y),Uo(x,y)はそれぞれ干渉光,参照光,物体光の強度であり,Ar,Aoは参照光と物体光の振幅,∆φo(x,y)は相対位相値であり,以下の式で与えられる:

  
Δφo(x,y)=φo(x,y)φr(x,y)(2)

ここで,φo(x,y),φr(x,y)はそれぞれ物体光と参照光の絶対位相である。FFTを用いた従来手法では,周波数空間上で物体光のみが存在する領域を抽出することで,位相情報を抽出している。つまり,マスキング関数をM(fx,fy)とすると,位相情報を含んだホログラムH(fx,fy)は,

  
H(fx,fy)=FT1[FT[I(x,y)]M(fx,fy)](3)

となる。ここで,FT,FT-1はそれぞれフーリエ変換と逆フーリエ変換演算子である。

一方で,GWTを用いた手法では,次式で与えられるガボールウェブレット母関数を用いた変換を用いる:

  
ψ(x,y)=1π4Rexp[R2(x2+y2)2+2πi(x+y)](4)

ここで,R=2ln2である。母関数から平行移動,回転や伸縮の属性を加えると,ガボールウェブレット子関数集は以下の様になる:

  
ψs,θ(x,y,a,b)=1s2ψ(xas,ybs,θ)=1s2Rπ4exp{R2[(xa)2+(yb)2]2s2+2πi(xa)cosθ+(yb)sinθs}(5)

ここで,s(s>0)は伸縮係数,θは回転係数,(a,b)は干渉縞の測定位置(x,y)に対するシフト係数である。これらの係数を特定するとガボールウェブレット子関数(以下ウェブレット関数)が特定され,二次元上にウェブレット関数の形状が決まる。その結果,干渉縞と畳み込み計算を行うことで,ウェブレット係数W(s,θ,a,b)が得られる:

  
W(s,θ,a,b)=I(x,y)ψs,θ(x,y,a,b)dxdy(6)

干渉縞I(x,y)は0次項W1,物体光W2,共役像W3の三項に分けることが可能であり,それぞれ以下の式で与えられる:

  
W1=Q(Ar2+A02)exp(2π2R2)(7)
  
W2=QArAoexp[iΔφo(x,y)]exp{2π2R2[(sT1)2+2sT(1cos(αθ))]}(8)
  
W3=QArAoexp[iΔφo(x,y)]exp{2π2R2[(sT+1)22sT(1cos(αθ))]}(9)

ここで,Q=2π3/R34であり,Tは干渉縞の間隔,αは干渉縞と干渉平面のx軸と成す角度である。式(8)から分かるように,s=Tα=θを満たすとき,物体光成分W2が最大値となり,(a,b)=(x,y)において式(6)は以下のように変形できる:

  
WT,α(x,y)=Q(Ar2+A02)exp(2π2R2)+QArAoexp[iΔφo(x,y)]+QArAoexp[iΔφo(x,y)]exp(8π2R2).(10)

ここで,exp(-2π2/R2),exp(-8π2/R2)は0に近い値となるため,次の近似式が得られる:

  
WT,α(x,y)QArAoexp[iΔφo(x,y)].(11)

以上より得られる位相情報(以下を相対位相値と呼ぶ)は,物体光の位相情報(以下を絶対位相値と呼ぶ)だけではなく,実際には光学システム由来の位相誤差も含まれている。そのため,従来は参照光成分φr(x,y)を適当に設定することで,位相シフト法18)などにより相対位相値から物体光を再生することが一般となっている。しかし,再現計算の精度を上げるためには,実際の参照光に含まれる位相誤差を考慮し,絶対位相値を算出する方法が不可欠である。ここでは,参照光の位相成分の除去手法と,それに基づくGWTの実装を述べる。式(11)式(2)を代入すると:

  
φo(x,y)=φN(x,y)+φr(x,y)iarctan[WT,α(x,y)](12)

φN(x,y)は光学システム由来の位相誤差である。式(12)に示す通り,物体光の絶対位相値は参照光の位相値φr(x,y)とウェブレット変換結果WT,α(x,y)だけが関係する。ここで,試料表面が原子レベルで平坦なリファレンス試料を考えた場合,物体光の絶対位相値はφo(x,y)=kとなり,次式を得る:

  
k=φN(x,y)+φr(x,y)iarctan[V(x,y)](13)

ここでV(x,y)はリファレンス試料の干渉縞におけるGWTの計算結果である。つまり,式(12)式(13)から,観察したい試料の物体光の絶対位相値φo(x,y)は以下の式で与えられることが分かる:

  
φo(x,y)=iarctan[V(x,y)]arctan[W(x,y)]k(14)

リファレンス試料の位相値は定数であるため,実際の計算では無視している(k=0)。以上より,絶対位相値の取得は,単に同一条件で撮影したリファレンス試料のGWT計算結果を差し引くだけで良いことが分かる。

3. 実験方法

光学システム由来の位相誤差除去のためのリファレンス試料としては,表面が原子レベルで平坦な単結晶シリコン基板を使用した。また,ベイナイト変態のその場観察のための鋼試料はSCM435を用いた19)。化学組成をTable 1に示す。

Table 1. Composition of steel samples (mass%).
CSiMnCrMo
SCM4350.370.230.831.060.17

3・1 既存計測手法との精度比較

まず,DHM,AFM,CSLMを用いて表面起伏の計測精度の検証を行った。DHMは光学顕微鏡(Olympus BX53M)に半導体レーザー(COHERENT OBIS 640 nm LX 100 mW)からのレーザーをファイバーで導入し,撮像素子としてCMOSカメラ(Thorlabs Kiralux 5.0 MP)を適用した装置20),AFMとCSLMは同軸で2種類の異なる測定が可能な装置(Olympus OLS4500)を用いた。検証には単結晶シリコン基板を使用し,DHMによる計測では干渉縞を試料の2箇所からそれぞれ1枚ずつ取得し,片方を検証用,片方を位相誤差除去用に用いた。測定条件を揃えるため,DHMとCLSMでは対物レンズの倍率を20倍に固定し,AFMは計測領域を装置の最大可動範囲である30×30 μmとした。また,ベイナイト変態によって生じる表面起伏の計測精度の検証を目的に,測定面を鏡面研磨したSCM435をAr-5%H2雰囲気中で15°C/sの冷却速度を維持しながら連続冷却することで,ベイナイトを形成させた。ベイナイト変態後の試料表面からDHMを用いて干渉縞を取得し,FFTによる従来手法とGWTを用いた開発手法で解析し,形状再現計算の精度検証・比較を行った。

3・2 ベイナイト変態のその場計測

Fig.2にその場計測で用いた温度履歴を示す。まず,鋼試料表面を鏡面研磨し,窒化ケイ素坩堝中に設置した鋼試料を真空中で100°C 15分保持することで,試料並びに坩堝表面に付着した水分等の残留物を除去した。引き続き,Ar-5%H2雰囲気中で1100~1200°Cに加熱することでオーステナイト粒径を100 μm程度に粒成長させ,さらに15°C/sの冷却速度を維持しながら連続冷却することでベイナイト変態させた。連続冷却中のベイナイト変態に伴い変化する表面起伏の情報を,DHMを用いて干渉縞として取得した。組織形成後のベイナイト晶の結晶方位はEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法を用いて計測した。

Fig. 2.

Schematic illustration of heat treatments applied to a medium-carbon steel sample.

4. 結果および考察

4・1 既存計測手法との精度比較

各手法で取得した単結晶シリコン基板の三次元形状をFig.3に示す。FFT法とGWT法は,全体としての傾斜がなく,共に平面形状を良く再生できている。画像に見られる凹凸は,光学系のひずみや光路中のチリに起因するノイズである。FFT法を用いて再生した表面形状には約50 nmのノイズが画像全体で見られるのに対し,GWT法では5 nm以下に低減していることが分かる。CLSMでは光学系のひずみに由来する50 nm程度の表面形状のひずみが観察される。AFMは最も平坦性が高くノイズも低いが,観測可能領域が極端に狭い。せん断型変態の挙動解析には,バリアント毎に表面起伏の勾配を求めることが重要になる。一般に,せん断型変態により試料表面に形成される表面起伏は,変態前後の外形変形に起因した勾配を持つと考えられるため,そのオーダーは130~250 nm/μm程度となる14)。そこで,ここでは微小領域における表面起伏の勾配値測定の許容誤差を5 nm/μmとした。用いた単結晶シリコン基板は原子レベルで平坦であり,5 nm/μmを超える局所的な勾配を持つことはないことから,x, y方向のどちらかの勾配値が5 nm/μmを超えたデータ点をノイズ点とした。評価結果をFig.4に示す。なおここでは,通常点を黒,ノイズ点を白で表示している。FFT法(Fig.4(a))ではほぼ全ての評価点がノイズ点と認定された。一方,GWT法(Fig.4(b))ではノイズは大きく抑制されている。また,CLSM(Fig.4(c))では光学系に由来するひずみの影響(Fig.3(c))が大きいことが分かる。AFM(Fig.4(d))ではやはりノイズの発生頻度は少ないが,スパイク状の大きなノイズに加え,走査方向と垂直方向(y方向)に連続的に大きなノイズ(段差)が発生しやすいことがわかる。

Fig. 3.

Reconstructed surface shape of reference sample obtained by (a) DHM(FFT), (b) DHM(GWT), (c) CLSM, and (d) AFM.

Fig. 4.

Local noise in reconstructed images by (a) DHM(FFT), (b) DHM(GWT), (c) CLSM, and (d) AFM.

以上,三次元計測における標準誤差値と,局所的な勾配計測におけるノイズ点が計測領域全体に占める割合(局所勾配ノイズ比)を纏め,Table 2に示す。GWTのノイズ比はAFMの結果を除き最も低く,いずれの評価基準においても従来の形状再生手法を上回る精度を示すことが分かる。

Table 2. Evaluation of noise in reconstructed 3D shapes.
FFTGWTCLSMAFM
Standard Deviation (nm)14.423.5212.140.80
Ratio of Local Noise (%)99.723.647.010.4

本研究において,後述のB-1,B-2におけるベイナイト変態後の鋼試料表面の光学顕微鏡画像をFig.5に示す。Fig.6にDHMで取得した干渉縞を用いて,FFT法とGWT法により再生した鋼試料表面の組織形状と断面形状を示す。Fig.6(a)に計測した断面位置を実線で表している。ここで,DHMの両手法を比較するため,計測精度が一番高いAFMで同一断面を計測した結果を参照する。AFMのノイズの影響を回避するため,計測対象の断面を中心に,2 μmずつの間隔で平行する4つ断面形状も計測し,対象断面を含む計5個の断面形状の平均を参考値とした。具体的な手法をFig.6(b)に示す。Fig.6(c),6(e)にSection 1, 2の断面をFFT法とGWT法で再生した形状と,AFMによる計測結果の比較を示す。FFT法,GWT法ともに全体の平均的な勾配はAFM近い。しかし,FFT法による断面形状では,斜面形状に低周波の波型が現れており,再生計算において高周波成分が除去された影響が顕著に現れている。Section 1, 2の左側の斜面における各計測点の勾配をFig.6(d),6(f)に示す。局所的な勾配の計測においても,GWT法はFFT法に比べてAFMにより近い精度で計測できていることが分かる。

Fig. 5.

Typical surface example of final microstructure of medium-carbon steel taken by optical microscopy differential interferometry. (Online version in color.)

Fig. 6.

(a)observed surface relief in SCM435, (b) Method for calculating the section average of AFM, (c) cross-sectional diagram and (d) gradient diagram of Section 1, and (e) cross-sectional diagram and (f) gradient diagram of Section 2. (Online version in color.)

4・2 ベイナイト変態のその場計測

ここでは,ベイナイトの変態開始温度(Bs点)以下かつマルテンサイト変態開始温度(Ms点)以上の温度域で生じた板状組織は全てベイナイトとみなし,その場計測を行った。Ms点と Bs点は以下の推定式を用いた21,22):

  
Ms()=539423xc30xMn12xCr17xNi8xMo(15)
  
Bs()=830270xc90xMn70xCr37xNi83xMo.(16)

ここで,xiは化学種iの質量濃度を表す。本実験で用いた鋼試料のベイナイト生成の温度域は350~550°Cと推定される。また,ベイナイト変態も含め14),せん断型変態に伴う形状変化や表面起伏の解釈には,一般にマルテンサイト変態の現象論的解析(Phenomenological Theory of Martensite Crystallography, PTMC)23,24)が用いられる。ここでは,より広い範囲のせん断型変態に対して実験結果とよく対応するDouble Shear Model(DSモデル)23)を表面起伏の推定に用いた。PTMC計算においては,組成と温度より決まった格子定数aγaα,cαと変態せん断を表すすべり系を特定する必要がある。ここでは,Kelly25)とRoss and Crocker23)が提唱するすべり系を考慮し,二種の推定値を用いた。上記の温度域内の500°Cを対象としてPTMC計算を行なった結果をTable 3に示す。ここでμは外形変形の大きさ,dは外形変形の方向ベクトル,νは晶癖面の法線ベクトルである。これらを用いて見かけ勾配(以下を勾配と略す)が求められる14)

Table 3. PTMC results of Bainite in SCM435.
Ross and CrockerKelly
g10.485−0.269
g2−0.110−0.030
μ0.2240.231
v(−0.354,0.543,0.761)γ(−0.534,0.720,0.443)γ
d[0.805,0.548,0.230]γ[0.276,-0.653,0.706]γ

以下では,その場計測において観察された,単一バリアントで形成するベイナイトプレートと,二つのバリアントから形成されるベイナイトブロックに関して,DHMによる計測結果とPTMCによる計算結果を比較する。

Fig.7はベイナイトプレートの成長が確認された時刻を0 sとして,表面起伏の変化を経過時間の順に鳥瞰図で示した例である。観察領域中央でベイナイトプレートB-1が形成している。同一領域の結晶解析結果をFig.8(a)に示す。変態終了後に計測したIPFマップから分かるように,B-1は単一のバリアントV1からなるベイナイト晶であり,同一バリアントのベイナイト晶もB-1に平行に複数形成している。Fig.8(b)にB-1を含む領域の断面形状の変化を示す。B-1に対応する領域(V1)では,ベイナイト晶の通過とともに0.6 sで勾配が最大値に到達する様子が見られ,最終的な勾配は同一バリアントの全てのベイナイト晶でほぼ同一となる。Fig.8(c)に勾配の最大値とPTMCによる勾配の推定値を比較した。計測された勾配はPTMCによる推定値(Kelly)と良く一致し,せん断型変態の特徴を良く示している。

Fig. 7.

Evolution of 3D shape around B-1 at (a) 0.0 s, (b) 0.4 s, and (c) 0.8 s.

Fig. 8.

(a) IPF map, (b) sequential cross-sectional diagrams of Section 3, and (c) observed gradient of V1. (Online version in color.)

今回の計測では,V1とV4が隣接するバリアント対26)で形成された同一Bainグループのブロックが広い範囲で観察された。Fig.9にその典型的な形成過程を示す。旧オーステナイト粒界から平行に3つのベイナイト晶が形成した後,ブロックに成長していく過程が観察された。Fig.10(a)に変態終了後に計測した同一領域のIPFマップを示す。B-2は二つのバリアントからなるベイナイトであることが確認でき,結晶方位解析よりバリアントV1とV4の対であることが分かった。B-2を含む領域の断面形状の変化をFig.10(b)に示す。Fig.10(b)では最初にV1側の領域で勾配が急激に増大している様子が捉えられている。その後,連続してV4側の領域でも勾配が変化し,最終的な勾配に到達している。それぞれの領域における最終的な勾配をPTMCの勾配推定値と比較した結果をFig.10(c)に示す。単一バリアントの例と同様に,実験値はKellyのモデルによる推定値と良く対応することが確認できた。この段階的なブロック形成をより明確にするため,V1が生成する段階を第一段階,その後V4が生成する段階を第二段階として分離したものをFig.11に示す。第一段階ではV1の左右の表面は緩やかに湾曲しており,隣接するオーステナイトにおいて塑性変形が生じている可能性を示唆している。その後,第二段階ではV1の生成に伴い生じたブロック全体のマクロな勾配がV4の生成に伴い緩和されることが確認された。また,V4の生成に伴い表面の湾曲も減少し,同一バリアントの領域ではほぼ同一の勾配となることが分かる。

Fig. 9.

Sequential plane-view images around B-2 at (a) 0.0 s (480°C), (b) 0.5 s, and (c) 1.0 s.

Fig. 10.

(a) IPF map, (b) sequential cross-sectional diagrams of Section 4, and (c) observed gradient of V1/V4. (Online version in color.)

Fig. 11.

Sequential cross-sectional diagrams of Section 4 in (a) phase 1 and (b) phase 2. (Online version in color.)

Fig.12に,ベイナイト変態後期で観察されるベイナイト生成(B-3)による表面起伏の変化を示す。B-3はすでに多数のベイナイト組織が生成した後の,狭小な未変態オーステナイト内で形成している。Fig.13(a)に示す変態終了後に計測したIPFマップからも分かるように,B-3は二つのバリアントからなるベイナイトであり,結晶方位解析より双晶関係を持つV1/V2のバリアントペアであることが確認された。Fig.13(b)はB-3周辺の断面形状の変化を表しており,他のベイナイト晶と同様に短時間で表面起伏の勾配が最大値に至る。なお,測定セグメントの起点から14 μm付近にあるV1/V2の境界線が2~3 μm程度移動しているが,これは試料台が熱応力で変形したことに由来する試料全体の移動である。バリアントV1/V2に対応する勾配値をPTMCの推定値と比較した結果をFig.13(c)に示す。B-1,B-2で示した結果では勾配値はKellyのモデルで良く説明できることが示されたが,V2においては Rossのモデルの推定値が実験値と良い対応を示している。また,B-3と同様にベイナイト変態後期で観察されるV1/V2のバリアントペアでは,二つのバリアントがほぼ同時に観察されるが,厳密にはB-3の例で示されているようにV1側の勾配が最大値に到達した後,V2側が最大値に到達するまでには0.3~0.5 s程度の遅延が生じている。せん断型変態によって引き起こされる表面起伏は,せん断型変態で生じる外形変形の他,変態ひずみの緩和機構も影響を及ぼすと考えられる。例えば,マルテンサイト変態では,V1/V2のバリアントペアは相互に変態ひずみを緩和する自己緩和機構が働くと考えられているが26),この様な個々のメカニズムの違いを明らかにするためには,今後更なる事例の収集が不可欠である。

Fig. 12.

Sequential plane-view images around B-3 at (a) 0.0 s (475°C), (b) 1.0 s, and (c) 2.0 s.

Fig. 13.

(a) IPF map, (b) sequential cross-sectional diagrams of Section 5, and (c) observed gradient of V1/V2. (Online version in color.)

5. 結言

本研究では,DHMを用いて得られる位相情報から試料の表面起伏を精度良く再現する三次元形状再生計算手法を開発し,従来の表面起伏計測手法と精度を比較・検討した。更に中炭素鋼を用いてベイナイト変態のその場計測実験を行い,ベイナイト変態によって生じる表面起伏とPTMCによる推定結果を比較した。その結果,以下の知見を得た:

(1)原子レベルで平坦な単結晶シリコン基板を用いた検討から,GWT法の適用によりFFT法による従来手法に比較しノイズ・精度の両面で大幅に計測性能が改善することが確認された。また,CLSM,AFMとの比較から,GWT法を用いた再現計算は,平面性が高く,せん断変態を議論する上で重要となる局所的な勾配計測の観点からも十分な精度で計測が可能であることが示された。更に,ベイナイト変態後の鋼試料の静的計測から,GWT法を用いた再現計算により,AFMによる計測と良く対応する形状が再現されることが示された。

(2)ベイナイト変態のその場計測で観測された3つの典型的なバリアント生成過程(単一バリアント,V1/V4バリアントペア,V1/V2バリアントペア)に対し,表面起伏の変化を抽出し,PTMCによる予測と比較した結果,いずれの場合も計測結果は予測結果とよく一致することが示された。

謝辞

本研究は日本鉄鋼協会第28回鉄鋼研究振興助成受給ならびに科研費(19H02475)の助成を受けたものです。本研究に際しご支援を頂いた一般社団法人日本鉄鋼協会および日本学術振興会に感謝の意を表します。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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