Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Modeling of Loading-path Dependent Martensitic Transformation in a Low-alloy TRIP Steel
Takashi Yasutomi Hiroyuki KawataHiroshi KaidoEisaku SakuradaShigeru YonemuraShunji HiwatashiHiroto ShojiMitsuru Ohata
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2022 Volume 108 Issue 9 Pages 666-678

Details
Abstract

The aim of this paper is to predict the deformation-induced martensitic transformation of the retained austenite in steels under various deformations, including loading-path changes, by using mesoscopic finite element analyses (FEAs). First, a TRIP steel was subjected to monotonic uniaxial tension and compression, as well as a couple of two-stage loadings to investigate the effect of loading direction and loading-path on transformation behavior experimentally. In monotonic loading, tension induced transformation at higher rate than compression did. Whereas, in two-stage loadings, the transformation progress was suspended immediately after the start of secondary loading. As the secondary tension proceeded, the transformation resumed and gradually accelerated toward the transformation rate for monotonic tension. These experimental results were analyzed by FEAs with a two-dimensional image of microstructure. The transformation rates under monotonic loading are well predicted by the simulation. It is also suggested that the difference in the transformation rate between tension and compression is mainly due to the volumetric expansion associated with martensitic transformation, and that the transformation behavior of the untransformed austenite is dominated by the distribution of the hard transformed martensite. In addition, the prediction of the transformation rate in secondary tension after pre-compression required the consideration of back stress in the austenite. The reproducibility of the transformation behavior just after the onset of secondary deformation was improved by the hypothesis that the equivalent value of back stress tensor at the transformation needs to exceed its maximum value in the past.

1. 緒言

近年,自動車への軽量化と衝突安全性向上のニーズのため,高強度な鋼板の車体への適用が進められている。一般に,鋼板は強度が高まるとともに成形性が低下するが,プレス成形や衝突変形時の破断を避けるため,これまでに強度・延性バランスに優れた鋼板の開発が行われてきた。鋼板の複相組織化は,延性向上の有効な手段の一つであり,様々な複相鋼板が開発されているが,特に,残留オーステナイトを含む複相組織鋼は,高い伸びが得られることが知られている13)。この鋼の中に存在する残留オーステナイトは,変形によって硬いマルテンサイトに加工誘起変態(以下,変態)する。この変態量に依存して鋼の巨視的な加工硬化率が向上するため,高い均一伸びが得られる。この現象を変態誘起塑性(Transformation-induced plasticity)と呼び,このような鋼はTRIP鋼と称される。また,自動車用部品は,複雑形状であるため,変形経路の変化を含む多様な変形様式で成形される。このため,TRIP鋼の特性を最大限発揮させるためには,異なる変形経路下での変態挙動の予測と,その機構の解明が求められる。

変形経路が変化しない単調な比例変形下では,TRIP鋼の変態挙動は変形様式に依存することが報告されている。 Patal and Cohenは,圧縮応力よりも引張応力を付与した場合に変態が生じやすいことを示している4)。Hiwatashiらは,低合金TRIP鋼の4つの変形様式下での変態挙動を調べ,圧縮の静水圧応力が生じる縮みフランジ変形下の変態は他の変形様式(単軸引張変形,平面歪変形,等二軸変形)に比べて生じにくいことを報告している5)

また,変形様式に依存した変態挙動を数値解析的に予測する取り組みが行われている。Patal and Cohen4)やJacquesら6)は,鋼への巨視的な応力と同じ応力が鋼中の残留オーステナイトに生じると仮定し,結晶方位と変態に伴う膨張を考慮して変態の駆動力を計算することで,各変形様式の変態の生じやすさの順列を再現可能であることを示している。さらに,Laniらは,同様の考え方をマイクロメカニクスを用いた解析手法に適用し,さらに高精度な変態挙動の予測が試みている7)。しかし,これらの数値解析では,変形様式に依存した変態量の違いや,変形に伴う変態の進行を定量的に予測するには至っていない。この要因として,Laniらは,大きな変形が生じた後は,巨視的に負荷した理想的な応力状態と実際に残留オーステナイトに生じる応力状態が異なるためであると考察している7)。この仮説は,他の実験的な取り組みでも支持されている。Kogaらは,DIC(Digital Image Correlation)による微視組織内の変形分布と変態の関係を調査し,変形の大きな箇所で優先的に変態が生じており,微視組織内の不均一な変形が変態挙動に影響を与えていることを示した8)。変形様式に依存した微視組織内の不均一な変形は,硬質相の分布状態等の不均質な組織形態の影響を大きく受けるが9),そのような不均一変形が変態挙動に及ぼす影響を定量的に予測する数値解析手法は構築されていない。

一方,変形経路が変化する場合の変態挙動について,著者らは,圧縮や引張の予変形後に負荷応力を反転させる二次変形を与えた際の変態挙動を調査し,二次変形時の変形様式が同じであれば,変態率は予ひずみ量によらず巨視的な相当応力との相関が強いことを報告した10)。しかし,このような挙動を示すメカニズムは必ずしも明確にされておらず,異なる変形経路下での変態挙動への適用性は明らかにされていない。変形経路が変化する場合の変態挙動の定量評価には,ミクロ組織内の不均一な変形に起因して生じる内部応力にも着目したメカニズム解明が必要であると考えられる。

以上の過去の知見から,TRIP鋼の変態挙動に及ぼす変形経路の依存性を評価するためには,種々の変形経路下での残留オーステナイトの変態駆動力を明確にし,残留オーステナイトの不均一分布や変態に伴う強度不均一性の発展をも考慮できる数値解析手法を構築する必要があると考えられる。

そこで本研究では,TRIP鋼を対象として,加工誘起変態挙動の変形経路依存性を統一的に予測することを目指し,不均質な組織形態と変形経路を考慮した変態モデルに基づいた数値解析手法を提案する。そのために,まず,TRIP鋼の単調圧縮変形および単調引張変形による変態率の変化挙動とその違い,また,変形経路を変化させた際の変態率の変化挙動を実験的に明らかにする。これらの挙動を再現する変態モデルを提案するにあたり,材料内での不均一な変形分布を反映した数値解析モデルの必要性に着眼し,まず,圧縮変形と引張変形で異なる変態挙動を再現するために,不均質な組織形態を再現した有限要素モデルと,変態に伴う膨張を考慮した変態モデルを用いた検討を行う。さらに,変形経路を変化させた際の変態挙動の再現性について,内部応力を考慮した変態モデルを考案して有効性の検証を行う。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材として,Sugimotoら11)の報告を参考にし,残留オーステナイトを有するTRIP鋼板(以下,Steel A)を作製した。化学組成をTable 1に示す。溶解した素材は,熱間圧延で30 mmとした後,再び,1423 Kで1時間保持し6 mmの厚さまで熱間圧延した。その後,冷間圧延で板厚4 mmとし,1093 Kの二相焼きなまし温度に保持した塩浴中で1000 s保持した後,ベイナイト変態温度673 Kに保持した塩浴に移して1000 s保持し水冷した。得られた鋼板の組織を以下の条件で観察した。観察断面は圧延方向および圧延直交方向を含む平面とし,板厚方向の1/4位置において0.1 μm間隔でEBSD測定を行った。Fig.1に供試材のPhaseマップをImage Quality(IQ)マップに重ねて示す。まず,Phase マップよりFCC(残留オーステナイト)相とBCC相を分離した。次に,BCC相のIQマップから,マルテンサイトを分離した。ここで,IQが1.2×104以下の相をマルテンサイトとみなした。その結果,残留オーステナイトは14%,マルテンサイトは2%を占めていた。残部は,熱処理履歴からベイナイトと考えられた。得られた供試材の表裏を均等に研削して板厚3.2 mmとした後,圧延直交方向に平行にJIS 5号引張試験片を作製し,インストロン型試験機にて引張特性を調査した。クロスヘッド速度は10 mm/min,ゲージ長さは50 mmとした。得られた引張試験の結果をTable 2に示す。最大引張強度は877 MPa,均一伸びは23.0%だった。

Table 1. Chemical composition of steel A.
C [mass%]Si [mass%]Mn [mass%]
Steel A0.211.501.97
Fig. 1.

Microstructure of steel A.

Table 2. Mechanical properties of steel A.
σY [MPa]σT [MPa]YReu [%]et [%]
Steel A5428770.6223.035.2

σY: 0.2% proof strength, σT: Ultimate tensile strength, YR: Yield to tensile ratio σY/σT, eu: Uniform elongation, et: Total elongation.

2・2 圧縮および引張試験

変態に及ぼす変形様式と変形経路変化の影響を検討するため,供試材に面内の単軸引張と単軸圧縮による変形を加えた際の歪量と残留オーステナイト分率の関係,ならびに単軸圧縮後に逆方向(圧縮方向に対して180°反転方向)および直交方向に引張変形を与えた際の残留オーステナイト分率の変化挙動について検討する。

試験片形状はShirakamiらの検討12)を参考にFig.2に示す形状とした。Fig.2(a)は圧縮の予変形を付与するための試験片であり,Fig.2(b)およびFig.2(c)は単軸引張および単軸圧縮の変形を与えるための小型試験片である。まず,変形様式の影響を検討するため,Fig.2(b),(c)の小型試験片を圧延直交方向に切り出し,真歪で±0.02,0.05,0.10および0.15の単軸引張変形および単軸圧縮変形を与えた。次に,変形経路変化の影響を検討するため,Fig.2(a)の試験片に予変形として圧延直交方向に真歪で-0.05の単軸圧縮の歪εpreを付与した(以下,予変形試験と記す)後,逆方向および直交方向に小型試験片Fig.2(b)を切り出し,二次変形として単軸引張試験を行った(以下,二次変形試験と記す)。二次変形の変形量は真歪で0.02,0.05および0.10とした。以下,単軸引張変形をT,単軸圧縮変形をC,圧縮の予変形後に逆方向に与えた単軸引張変形をCT,圧縮の予変形後に直交方向に与えた単軸引張変形をCT90と記す。圧縮試験には,Kuwabaraらが提案した面内圧縮および引張変形を与えられる試験装置と方法13)を用いた。本試験では,櫛歯金型によって板材の両面を抑えることでしわを発生させずに,圧縮変形を与えることができる。ここで,櫛歯金型に負荷するしわ抑え力は材料の降伏応力の約1%とし,座屈を抑えつつ塑性変形挙動への影響を最小限とした。また,摺動抵抗の低減を狙って試験片と金型の間にワセリンを塗布したテフロンシートを挟んだ。

Fig. 2.

Specimens for two-stage strain path tests. (a) Compressive specimen for pre-deformation. (b) Small tensile specimen. (c) Small compressive specimen.

圧縮歪は非接触デジタルビデオ伸び計を用いてゲージ長さ10 mmで試験片中央部にて測定した。引張試験にはインストロン型試験機を用いた。引張歪は接触式の伸び計を用いて,ゲージ長さ10 mmで試験片中央部にて測定した。また,計測された荷重を初期断面積で除することで公称応力を算出し,体積不変を仮定して真応力に変換した。

2・3 残留オーステナイト分率の測定

2・2節の変形を試験片に与えた後,X線回折(XRD)により残留オーステナイト分率を測定した。測定位置は,引張試験片の長手中央部かつ供試材の板厚方向1/4位置とし,特性X線にCo-Kαを用いて,残留オーステナイト分率を求めた。

3. 実験結果

3・1 応力-ひずみ曲線

2・2節で示す変形を与えた際の相当応力σおよび相当塑性ひずみ増分dεp式(1)および式(2)で求め,σ–相当塑性歪εp関係をFig.3に示した。なお,CTおよびCT90のεpは予変形(εpre=-0.05)と二次変形のdεpを積分して求めた。また,CTおよびCT90の予変形時の加工硬化挙動はCと同等であったため,Fig.3には二次変形時の結果のみを示した。

  
σ¯=32σ:σ(1)
  
dε¯p=23dεp:dεp(2)
Fig. 3.

True stress - true strain curve of steel A under T, C, CT, and CT90. T: Tension, C: Compression, CT: Tension after pre-compression in parallel direction, and CT90: Tension after pre-compression in transverse direction.

ここで,σ´は応力σの偏差成分,pは塑性ひずみ増分である。Cの流動応力はTの流動応力よりも高く,Strength Differential(SD)効果が確認された。CTおよびCT90では,二次変形開始直後に応力が低下するバウシンガー効果が確認された。また,応力の低下はCTのほうがCT90よりも大きかった。

3・2 変形中の残留オーステナイトの加工誘起変態挙動の測定

2・2節に示す試験で変形を与えた後,2・3節に示す方法で測定した残留オーステナイト分率Vγと初期の残留オーステナイト分率Vγ0から,変態率Ftrans式(3)で算出した。

  
Ftrans=1Vγ/Vγ0(3)

Fig.4(a)Ftransεpの関係として整理した結果を,Fig.4(b)には最終負荷経路における除荷直前のσ(以下,負荷相当応力σapplied)の関係として整理した結果を示した。Fig.4(a)に示す通り,いずれの変形様式においても,εpが増加するとともにFtransが増加するが,その程度は変形様式の影響を受け,TではCよりも変態が進行しやすいことがわかった。また,変形経路を変化させたCTおよびCT90では,いずれも変形の進行に伴ってTのFtransに漸近する傾向を示すものの,CTの方がCT90よりも変態が大きく遅延している傾向が見られる。一方,Fig.4(b)に示す通り,σappliedで整理したFtransの挙動を見ると,εpで整理したときと同様にCよりもTの方が同じσappliedでも変態が進行しやすい傾向は変わらない。しかし,CTおよびCT90では,両者の挙動に大きな差は見られず,いずれもσappliedがTの変態開始応力を越えた後に変態が再開した後,わずかに変態が停滞するもののTのFtransにすぐさま漸近する傾向が見られた。すなわち,圧縮予変形を受けた後に引張変形を与えた際には,変形経路によらず概ねσappliedFtransが整理できることがわかった。

Fig. 4.

Progress of transformation of retained austenite in Steel A under T, C, CT, and CT90. (a) Relationship between accumulative equivalent plastic strain and transformation fraction. (b) Relationship between equivalent stress and transformation fraction. T: Tension, C: Compression, CT: Tension after compression in parallel direction and CT90: Tension after compression in transverse direction.

4. 加工誘起変態を考慮したメゾスケール有限要素解析手法の提案

本研究で用いたTRIP鋼では,その変態挙動が圧縮/引張の変形様式や変形経路に依存して異なっていた。本章では,TRIP鋼の微視的因子を考慮した変態シミュレーション手法を提案し,シミュレーションに必要な各種特性の同定を行う。

4・1 数値解析モデリングの思想

TRIP鋼の変形挙動は,様々な微視的因子の影響を受ける。一方,すべての因子を考慮した場合,計算負荷が大きくなるとともに,各因子の間の複雑な相互作用によって個別の因子の影響を解釈することが困難となるという課題がある。このため,本研究では異なる変形様式や変形経路下での変態を予測するために最も影響度が高いと考えられる因子のみを考慮したモデル化を行うこととする。

IF鋼のような結晶組織間の強度差が小さい鋼では,応力/ひずみの局在化挙動には微視的因子のうち,弾性異方性,すべり系の選択,および集合組織の発達を考慮した結晶塑性解析の有効性が示されている14)。一方,DP鋼などの結晶組織間の強度差が大きい鋼では,結晶塑性解析を用いずとも硬質相の形状や分布形態を考慮した弾塑性解析により,ミクロ組織内の不均一な応力/ひずみの局在化挙動を概ね再現できることが示されている15)。TRIP鋼では,変態したオーステナイトは硬質なマルテンサイトとなる。そのため,極変形初期を除いてDP鋼のような組織間の強度差が大きい鋼とみなすことができるため,不均一な変形挙動を再現するためには,硬質相の分布状態に代表される不均質な組織形態を再現することが最も重要であると考えられた。一方,TRIP鋼では変形に伴う変態の進行により硬質相の分布状態が変化するが,過去の研究4,6,7)から,異なる変形様式下の変態挙動を再現するためには,結晶方位や変態に伴う膨張をもたらす格子ひずみのような結晶学的因子に基づいた変態駆動力を用いて変態を定義する必要があると考えられた。

そこで,本シミュレーションでは,不均質組織形態を表現した有限要素モデルを用いた弾塑性解析を基礎にし,変態の駆動力にのみ結晶塑性理論に基づくモデルを導入し,各変形経路下の変態に伴う不均質な組織の発達を考慮することとした。

4・2 加工誘起変態シミュレーション手法

4・2・1 不均質組織形態のモデル化

ミクロ組織内の不均一な変形挙動を再現するため,供試鋼の不均質組織形態を再現したモデルを用いてシミュレーションを行った。複相組織鋼の応力/ひずみの局所化挙動を再現するには,ミクロ組織内の各構成相の形状,分率および配置を反映したモデルを用いる必要がある。しかし,ミクロ組織が表現できる要素サイズにて試験片全体の解析を行うと要素数が膨大となり,計算コストが大きい。そこで,本シミュレーションには,ひずみの測定に用いたゲージ長さ10 mmの範囲を表現したモデル(以下,マクロモデル)の変形履歴を,Fig.5に示す組織情報を再現した小さな範囲のモデル(以下,メゾモデル)の境界条件とするサブモデリング手法を採用した。

Fig. 5.

Meso-scale FE-model reproducing microstructure of steel A.

マクロモデルは,10 mm×10 mm×1.6 mmのひずみ測定範囲の1/8部分をモデル化し,0.5 mmの8節点6面体ソリッド要素を用いて分割した。このモデルの周囲の4辺に対して実験を模擬した変位を与えた。マクロモデルを用いた解析では,材料は巨視的に均質であると仮定し,鋼板の加工硬化特性は,引張試験結果を式(4)のSwift則で近似して与えた。

  
σ¯=K(ε0+ε¯p)n(4)

ここで,Kε0,およびnは加工硬化挙動を表現するパラメータである。2・1節に示す引張試験の結果よりSwiftパラメータを同定した結果,K=1495,ε0=0.00582,およびn=0.207であった。ソルバーには,動的陽解法FEMであるAbaqus Explicitを用いた。Fig.5に示す通り,メゾモデルには,Fig.1に示した微視組織の観察結果に基づいて,残留オーステナイトとマルテンサイトおよびベイナイトの三相に分離したモデルを用いた。また,TRIP鋼の局所的な変形分布の平均値が巨視的な変形と一致するためには,100個程度の粒を含む必要があるとするJacquesらの報告6)に基づき,結晶粒が約200個入る範囲をモデル化した。モデルサイズは42 μm×42 μm×0.21 μmとし,0.21 μmの8節点6面体ソリッド要素で均一に分割した。メゾモデルの位置は,マクロモデルの板面内の中央かつ表面とした。メゾモデルの境界条件は周囲の4辺に位置する節点のx方向およびy方向の変位をマクロモデルの解析結果より決定した。また,試験片サイズに対して板厚が小さく,ほぼ平面応力状態の変形が生じると想定されることから,試験片表面に位置する節点のz方向変位は拘束せず,その背面の節点のz方向変位のみを拘束した。

4・2・2 構成相の弾塑性モデル

メゾモデルの各要素の硬化則には,Fig.3に示す通り応力反転時のバウシンガー効果が観測されたため,等方硬化と移動硬化を考慮した複合硬化則を用いた。移動硬化則を考慮する場合,von Misesの降伏関数は以下の式であらわされる。

  
F=32(σα):(σα)Y=0(5)

ここで,α´は背応力αの偏差成分である。Yは,降伏曲面の大きさであり,式(6)に従うものとした。

  
Y=σ0(X)+Q(X)(1eb(X)ε¯p)(6)

ここで,σ0(X),Q(X),およびb(X)は相Xの等方硬化挙動を表現するパラメータ(以下,等方硬化パラメータ)である。複合組織鋼では,予ひずみに伴う背応力の増加傾向が,予ひずみ量の増加に伴って低下するという報告17)に基づき,降伏曲面の移動(移動硬化則)は,式(7)のZieglerの発展則に緩和項を取り入れた発展則を適用した。

  
dα=(C(X)/σ0(X))(σα)dε¯pD(X)αdε¯p(7)

ここで,C(X)およびD(X)は,それぞれ相Xの初期移動硬化率と塑性ひずみの増加に伴う移動硬化量の緩和傾向を定める材料定数(以下,移動硬化パラメータ)である。

4・2・3 加工誘起変態モデル

残留オーステナイトは,変形中にある一定の力学的駆動力を受けることでマルテンサイトへ変態する。本項では,本研究におけるこの力学的駆動力の定義と変態の判定方法について述べる。

まず,変形様式に依存する変態挙動の違いを表現するためには,変態に伴う膨張をあらわす格子ひずみを考慮して力学的駆動力を計算する必要があるとする過去の報告4,6,7)に基づき,以下に示す変態駆動力を導入することとした。まず,Bainの変形を仮定することで変態に伴う膨張をあらわす格子ひずみを定義した。オーステナイト(FCC)からマルテンサイト(BCC)への変態を考えた場合,式(8)の3通りの等価なバリアントが定義でき,変態による格子ひずみは,Fig.6のFCC格子の座標系でそれぞれ次のBainひずみεiBainで表現される19)

  
ε1Bain=[εa000εa000εc],ε2Bain=[εa000εc000εa],ε3Bain=[εc000εa000εa](8)
Fig. 6.

Three variants of FCC to BCC transformation. Thin line: FCC lattice, and Thick line: BCC lattice.

ここで,εa=2a/a01εc=c/a01であり,a0はオーステナイトの格子定数,acはマルテンサイトの格子定数である。また,acはマルテンサイトに含まれる炭素濃度に依存して変化することが知られている。X線による測定の結果から,本研究におけるオーステナイト中の炭素量は約1 mass%であった。このため,Chengらの報告20)に基づき,aは0.286 nm,cは0.298 nm,a0は0.358 nmとした。以上の仮定により,εa=0.129,εc=-0.167と見積もられた。また,このような変態を生じさせるための力学的駆動力Wicrystは,下記の式で求められる21)

  
Wicryst=εiBain:σ(9)

式(9)で計算される3種類のWicrystのうち,式(10)に示す最も大きい駆動力Wmaxcrystを変態に寄与する駆動力として,AbaqusのUser Subroutine VUSDFLDにより計算した。

  
Wmaxcryst=Max(Wicryst)(10)

また,変態が生じるための条件として,Wmaxcrystが,式(11)に示す通り,変態に必要な駆動力Wcritをこえる必要があると定義した。

  
Wmaxcryst>Wcrit(11)

一方,Fig.4に示す通り,変形経路が変化した場合,二次変形開始直後は,変態が停留する挙動が見られたことから,すべり変形等の変態以外の変形機構によって塑性変形が生じたと考えられた。また,CTおよびCT90の比較から,この際の変態挙動はバウシンガー効果による応力低下の影響を受けていた。バウシンガー効果は,予変形時に生じる内部応力が,二次変形時に転位運動に必要な負荷応力を低下させることで現れる22)が,転位運動によるすべり変形と競合して生じる変態もこの内部応力の影響を受けると考えられた。そこで,内部応力を表す指標として相当背応力を採用し,二次変形時に相当背応力が予変形時と同程度まで回復するまではすべり変形が優先的に発生して変態が停留すると仮定した。すなわち,変態が生じるには式(11)に加えて式(12)を満たす必要があると定義した。

  
α¯>xα¯max(12)

ここで,α式(13)で示される相当背応力であり,αmaxは先行する変形で生じたαの最大値である。

  
α¯=32α:α(13)

なお,式(7)の定式化では背応力は飽和する挙動を示すため,本研究では便宜上x=0.95とした。このように提案した式(12)で表現される変態に関する考え方を,有効変態概念と呼ぶこととする。

4・3 変態シミュレーションに必要な特性の同定

本節では,4・2節で提案した加工誘起変態シミュレーションに用いるTRIP鋼を構成する各相の応力–ひずみ特性と変態に必要な駆動力の同定を行う。

4・3・1 残留オーステナイトの応力–ひずみ特性

Steel Aに含まれる残留オーステナイトの等方硬化特性を同定するため,オーステナイト単相鋼を作製した。Steel Aは昇温後にベイナイトが生成される温度域で保持したため,ベイナイト変態に伴って残留オーステナイトに炭素(C)が濃縮していると考えられた。濃縮したC量は,XRDの測定結果から,約1 mass%であった。このことから,Steel Aに含まれる残留オーステナイトは1 mass%のC量と,素材同等の1.50 mass%のSi量および1.97 mass%のMn量を含有していると考えられた。しかし,上記の成分で作製した材料では,変形前に変態が生じオーステナイト単相鋼を得ることはできなかった。そこで,MnとNiを追加添加し,残留オーステナイトをさらに安定化させた。Mn量は,双晶変形の発生を抑制するため3 mass%程度とし,Niを多量に添加した。Si,Mn,およびNiは固溶強化元素として残留オーステナイトの流動応力に影響を与えるが,C量に比べてその影響は小さい25)ため,ここでは加工硬化挙動はC量のみに依存すると仮定した。なお,Siは,他の元素との複雑な相互作用の影響を避けるため添加しなかった。Tiは固溶NをTiNとして固定する目的で少量添加した。また,C量を約1 mass%とした場合は,変形中にセレーションが発生し,双晶変形や変態の寄与が疑われた。このため,C量の異なる鋼を作製し,C量の影響を外挿することで加工硬化挙動を見積もることとした。作製した鋼の化学組成を,Table 3に示す。

Table 3. Chemical composition of austenitic single-phase steels.
C [mass%]Si [mass%]Mn [mass%]Ni [mass%]Ti [mass%]
Steel G10.200.033.0227.40.015
Steel G20.580.033.0227.30.014
Steel G30.950.033.0027.30.013

真空溶解した素材を,熱間圧延で30 mmとした。その後,1423 Kで1時間保持した後,4 mmの厚さまで熱間圧延を行った後,空冷した。熱延板よりJIS 5号引張試験片を作製し引張試験を行った。降伏応力σYは,オーステナイト中のC量(Cγ)に依存し,式(14)で表された。

  
σY[MPa]=207×Cγ[mass%]+156(14)

Steel G2およびSteel G3では,セレーションが発生したため,流動応力がひずみ域によらず,Cγに依存してSteel G1から一律に増加すると仮定して,Cγが約1 mass%の場合の加工硬化曲線を見積もった。すなわち,式(14)から0.2 mass%のCγを含むSteel G1のσYは249 MPa,1 mass%のCγを含むオーステナイトのσYは363 MPaであるため,Steel G1の流動応力をこの差に相当する114 MPa一律に増加させた加工硬化曲線をSteel Aの残留オーステナイトの加工硬化曲線とした。

一方,残留オーステナイトの移動硬化特性と同等の特性を得る単相材を作製することは困難であった。そのため,本研究ではSteel Aの単純せん断試験23)でバウシンガー特性を取得し,これがすべての相で同一であると仮定して残留オーステナイトの移動硬化特性を決定することとした。

Fig.7に,せん断試験によるバウシンガー特性同定法を示す。まず,Fig.7(a)に示す通り,せん断方向が圧延方向に対して45°方向になるようにせん断試験片を切り出し,せん断ひずみで3.46%,8.7%および17.3%まで第1負荷(予変形)を与えて除荷した後,反転方向にせん断ひずみで40%の第2負荷(二次変形)を与えた。得られたせん断応力τとせん断ひずみγの値を,式(15)および式(16)によりσと相当ひずみεに換算した。

  
σ¯=τ×3(15)
  
ε¯=γ/3(16)
Fig. 7.

Identification method of kinematic hardening component. (a) Shear deformation direction of specimen. (b) Determination method of equivalent back stress. R.D.: Rolling direction.

次に,Fig.7(b)に示すように,第1負荷範囲を原点に対して対称移動し,その除荷点へ第2負荷開始範囲を平行移動し応力反転開始点から横軸に対して垂線を下すことにより,交わった点までの距離を2αとしてαを求めた。各予変形量に対応するεpαの関係を式(17)により回帰させることで,式(7)のオーステナイトの移動硬化パラメータC(Austenite)およびD(Austenite)を求めた。

  
α¯=C(X)/D(X){1exp(D(X)ε¯p)}(17)

次に,先に求めたSteel Aの残留オーステナイトの加工硬化特性と移動硬化パラメータC(Austenite)およびD(Austenite)に基づき,式(5)(6)および(7)より等方硬化パラメータσ0(Austenite),Q(Austenite),およびb(Austenite)を算出した。以上に示す検討によって導出したオーステナイトの等方硬化パラメータおよび移動硬化パラメータをTable 4に示した。

Table 4. Isotropic and kinematic hardening parameters used for analysis.
Phase (X)Isotropic hardening parameterKinematic hardening parameter
σ0(X) [MPa]Q(X)b(X)C(X) [MPa]D(X)
Bainite54455475.60.01071864583.65
Martensite2778297.713.581864583.65
Austenite30273757.10.01181864583.65

4・3・2 各相の応力–ひずみ特性と変態駆動力の決定

Steel Aに含まれる残留オーステナイト以外の構成相の応力–ひずみ特性(等方硬化特性)は,Steel Aの単調引張試験Tの結果とそれを模擬した弾塑性FEM解析結果を比較して逆解析的に決定することとした。

まず,Steel Aに含まれるマルテンサイトは,変形前から存在するものと,変形中に残留オーステナイトが変態することで生じるものがあるが,ここでは両者が同一の特性であると仮定した。Kraussの検討26)によると,1 mass%のC量を含むマルテンサイトのビッカース硬さは約900 Hv以上と想定される。ここで,マルテンサイトの最大引張強度は,ビッカース硬さから約3000 MPaと見積もった27)。そして,マルテンサイトとベイナイトの等方硬化特性とWcritを仮想し,Steel AのTで得られたσ-εp曲線および残留オーステナイトのFtransの乖離が小さくなるように決定した。ここで,FEM解析では各要素のσおよびεpを求め,全要素の値を平均して巨視的なσおよびεpとした。以上の検討により,Wcritを78 MPaとし,等方硬化パラメータはTable 4に示す値とすることで,Fig.8に示す通り解析結果と実験結果が比較的良い一致を示し,全ての材料特性を決定することができた。なお,すべての相の弾性特性は,簡単化のため等方性を仮定しヤング率Eを206 GPa,ポアソン比νを0.3とした。

Fig. 8.

Comparison of stress-strain curves and transformation behavior obtained by experiment and simulation under tensile deformation.

5. 加工誘起変態挙動の予測シミュレーションと変態メカニズムの考察

提案したTRIP鋼の微視的因子を考慮した変態シミュレーション手法を適用し,変態挙動に及ぼす変形様式および変形経路変化の影響を予測した。また,実験結果と比較することで提案モデルの妥当性を検証するとともに,TRIP鋼の変態挙動に及ぼす微視的因子の影響について考察した。

5・1 変態挙動に及ぼす変形様式の影響の予測とメカニズムの考察

変態に及ぼす変形様式の影響の再現性を検証するため,シミュレーションで得られたTとCのFtransを実験結果とともにFig.9に示す。εpが大きくなるとFtransをやや過少に見積もる傾向にあるが,TとCのFtransの差は定量的に予測することができた。すなわち,TはCに対して変態が生じやすく,εp=2%から5%にかけてTとCのFtransの差が拡大し,その後は,約20%のFtransの差を維持しつつ変態が進行する実験の挙動がシミュレーションで再現された。

Fig. 9.

Comparison of transformation behavior obtained by experiment and simulation in Steel A under T and C based on driving force . T: Tension, C: Compression.

シミュレーションでTとCの変態挙動の差が再現された要因について検討するため,まず,比較として,変態に伴う膨張を考慮した駆動力Wmaxcrystの代わりに,これを考慮しないσに基づく駆動力Weqを用いてFtransをシミュレーションした。

  
Weq=σ¯(18)

なお,Weqを用いた場合のWcritは550 MPaとした。駆動力をWeqとした場合のFtransの解析結果をFig.10に示す。駆動力をWeqとした場合はTとCのFtransは同程度であり実験の変態挙動が再現されなかった。このことから,TとCのFtransの差を再現するためには,のような変態に伴う膨張を考慮した駆動力を定義する必要性が示された。

Fig. 10.

Comparison of transformation behavior obtained by experiment and simulation in Steel A under T and C based on driving force Weq. T: Tension, C: Compression.

次に,不均質組織形態の影響を検討するため,εp=9.8%の変形を与えた際のTとCのオーステナイトの変態分布の解析結果をFig.11に示す。変態は,最大主ひずみ方向に硬質なマルテンサイトが連なるように進行した。すなわち,Fig.11(a)に示す通り,Tでは引張方向に平行に,Fig.11(b)に示す通り,Cでは圧縮方向に垂直に変態が進行した。この変態挙動から,硬質なマルテンサイトの最大主ひずみ方向に隣接するオーステナイトに変形が集中することで連鎖的に変態が進むと考えられ,変態が生じやすいTではεp=2%から5%にかけてFtransが加速度的に増加しCのFtransとの差が拡大する挙動が再現されたものと考えられた。一方,オーステナイト群の大部分が変態した後,一部のオーステナイトが未変態のまま残留した。未変態のまま残留したオーステナイト(要素X)のεpの変化をFig.12に示す。要素Xは変形初期にはマクロな変形の増加とともに塑性変形するが,変形後期の塑性量は小さい。このことから,変態がある程度進行した後は,オーステナイト群の一部は,硬質なマルテンサイトに取り囲まれることで,変形が生じづらく変態しなくなることが示唆された。これによりTのFtransの増加傾向が小さくなり,εp=5%以上ではTとCのFtransの差は拡大しない挙動が再現されたと考えられた。また,シミュレーションで示されたこれらの変態挙動は,実験的にも確認されており,Kogaらの観察結果から粒の一部が変態すると同じ粒のオーステナイトの変態は他の粒よりも早期に進む挙動やオーステナイト粒の一部が未変態のまま残留する挙動が確認できる8)

Fig. 11.

Martensitic transformation behavior dependent on loading path and microstructural morphology. (a) Under tensile deformation (b) Under compressive deformation.

Fig. 12.

Equivalent plastic strain of element X where no transformation occurs under tensile deformation.

以上の検討から,変形様式に依存したFtransの増加挙動の定量的な予測に対して,本研究のモデル化において考慮した変態に伴う膨張,および変態に伴う不均質組織形態の発達等の微視的な因子を考慮することの必要性と妥当性が示された。

5・2 変態挙動に及ぼす変形経路の影響の予測とメカニズムの考察

変態に及ぼす変形経路変化の影響の再現性を検証するため,シミュレーションで得られたCTとCT90のFtransをTとCの結果とともにFig.13に示す。Fig.4の実験結果と比較すると,変形が大きくなった際のTとCの変態挙動の再現性の低下に起因し,CTとCT90のFtransも実験との間にわずかな差が生じている。しかし,CTおよびCT90ともに,二次変形開始直後は変態が停留するが,変形とともに変態が再開しTのσapplied-Ftransの直線に漸近するように進行する変態挙動が再現された。また,Fig.13(a)に示すεpFtransの関係では,CT90はCTよりもより早期にFtransが増加するが,Fig.13(b)に示すσappliedFtransの関係では,CT90とCTのFtransの増加挙動は同等となる変態挙動が再現された。

Fig. 13.

Simulation results of transformation behavior in Steel A under T, C, CT, and CT90. (a) Relationship between accumulative equivalent plastic strain and transformation fraction. (b) Relationship between equivalent stress and transformation fraction. T: Tension, C: Compression, CT: Tension after compression in parallel direction, and CT90: Tension after compression in transverse direction.

このように,本研究の提案手法により二次変形下の変態挙動が再現された。また,モデル化の手法から,これは式(5)に示す移動硬化と式(12)に示す有効変態概念を考慮したためと推察された。そこで,二次変形開始直後の変態挙動が再現された要因を解明するため,CTを例とし,Table 5に示すように,各因子を段階的にシミュレーションに組み込んだ3つのモデルを用いて解析を行った。まず,移動硬化の影響を検討するため,有効変態概念を用いず,硬化則に等方硬化を仮定したモデル(Type1)と,硬化則に複合硬化(等方硬化と移動硬化)を仮定したモデル(Type2)の変態挙動の違いを検証した。さらにこれらを,硬化則に複合硬化を仮定した上で,有効変態概念を用いたモデル(Type3)の変態挙動と比較することで,有効変態概念の導入の効果について検証した。なお,Type3は,4章に示したモデルと同等であるため,Fig.13と同じ結果となる。

Table 5. Model types used for analysis of transformation behavior under secondary deformation.
Model typeWork hardening ruleEffective transformation theory
Type1Isotropic hardeningNot considered
Type2Combined hardening
(Kinematic and Isotropic hardening)
Not considered
Type3Combined hardening
(Kinematic and Isotropic hardening)
Considered

各モデルを用いて計算したFtransの解析結果をFig.14に示す。まず,硬化則の影響に着目する。等方硬化を仮定したモデル(Type1)では,二次変形開始直後から変態が大きく進み実験結果を再現しない。これに対し,複合硬化(等方硬化と移動硬化)を仮定したモデル(Type2)では,より実験に近い変態挙動を示したが,二次変形開始直後に変態が再開する応力が低く,まだ実験結果を再現するには至っていない。以上の硬化則が異なる2つのモデル(Type1とType2)の比較から,硬化則には,等方硬化よりも移動硬化を仮定したほうがFtransの再現性は向上するが,硬化則の変更だけでは変形経路が変化する際の変態挙動を完全に再現することは困難であると考えられた。次に,有効変態概念の影響に着目する。有効変態概念を考慮したモデル(Type3)では,それを考慮しないモデル(Type2)に対し,二次変形開始直後の変態挙動の再現性が向上し,最も実験に近い結果が得られた。以上の検討から,変形経路が変化する際の実験の変態挙動を再現するためには,二次変形開始直後に変態が抑制される何らかの定式化が必要であると考えられる。式(12)に示す有効変態概念を適用することで二次変形開始直後の変態挙動の再現性が向上したことから,先行する変形におけるαが更新されるまでは変態が生じないとする本研究のモデリングの必要性と妥当性が示された。

Fig. 14.

Simulation results of transformation of retained austenite under CT with three different transformation models. (a) Relationship between accumulative equivalent plastic strain and transformation fraction. (b) Relationship between equivalent stress and transformation fraction. CT: Tension after compression in parallel direction.

6. 結言

本報では,TRIP鋼に種々の変形を与えた際の変態挙動を実験的に調査し,その変形経路下の変態挙動を予測する加工誘起変態シミュレーションを行った。その結果として,以下の知見を得た。

(1)実験の結果,単軸引張変形下では単軸圧縮変形下よりも加工誘起変態が生じやすかった。また,圧縮後の引張二次変形下では,二次変形開始直後は変態の進行が停留した後,変形とともに変態が再開し,単軸引張変形下の変態率に漸近する挙動を示した。また,バウシンガー効果による応力の低下が小さい変形経路では,より早期に変態が進行した。

(2)TRIP鋼の加工誘起変態挙動の変形経路依存性を統一的に予測するため,不均質な組織形態を表現した有限要素モデルと,変態に伴う膨張と内部応力の影響を考慮した変態モデルを用いた変態シミュレーション手法を提案した。

(3)提案手法に基づいた変態シミュレーションの結果,引張変形と圧縮変形下の変態率の差が再現できた。また,このような変態率の変形様式依存性は,主にマルテンサイト変態に伴う膨張に起因すること,変態によって生じる硬質なマルテンサイトの分布に未変態のオーステナイトの変態挙動が依存することが示され,異なる変形様式下の変態率の予測に対し,これらの微視的因子を考慮することの必要性と妥当性が示された。

(4)提案手法に基づいた変態シミュレーションの結果,圧縮後の引張二次変形下の変態挙動が再現できた。また,このような変態率の変形経路依存性は,鋼板の移動硬化挙動の影響が大きいことが示唆された。さらに,二次変形開始直後の変態挙動の予測に対しては,加工誘起変態に背応力に基づくクライテリアを設けることの必要性と妥当性が示された。

文献
 
© 2022 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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