Tetsu-to-Hagane
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Separation of Phosphorus from Phosphorus-concentrated Steelmaking Slag
Takayuki Iwama Ryo InoueKenji NakaseShigeru Ueda
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 109 Issue 1 Pages 1-12

Details
Abstract

Since 10 million tons of steelmaking slag, which contains a few percent of phosphorus, are annually produced, the phosphorus amount in the slag is equivalent to the annual import volume of phosphorus rock in Japan. Therefore, the steelmaking slag is attracting attention as a potential phosphorus resources. Phosphorus-concentrated slag obtained by the dephosphorization reaction between high phosphorus hot metal and oxidizing slag at high temperature contains phosphorous comparable to that of phosphorus rock. However, because of high FeO concentration, it is difficult to use for phosphorus resources directly. In this work, the effects of pH, acid type and leaching method on the dissolution behavior of phosphorus from P-concentrated slag were investigated. As a result, phosphorus dissolution progressed at lower pH, and was promoted by the addition of citric acid, which is known as a chelate former. When nylon mill pot stirring with citric acid and alumina mill pot stirring with nitric acid were compared to impeller stirring, respectively. By combining nylon mill pot stirring and citrate leachate, phosphorus dissolution was accelerated, because the slag was pulverized during stirring and a formation of insoluble metal-phosphate was inhibited by the formation of complex ion between leached metal cation and citrate. When the slag was leached with alumina mill pot while controlling pH by nitric acid, the phosphorus dissolution ratio lowered since phosphorus ion and aluminum ion, which is supplied by the dissolution of pot and crushing ball during leaching, constructed secondary products with low solubility along with other dissolved ions.

1. 緒言

リンは化学肥料として農業分野において,また,半導体や電池材料などの工業分野において広く利用されており,現代社会において必須な資源の一つである。その需要は世界的な人口増加に伴って伸びているが,リン鉱石の鉱床は世界で偏在しており,加えて高品位のリン鉱石の枯渇が危惧されている1)ため,今後も重要な国際戦略的資源となっていくと考えられる。

鋼材製造においてリンは鋼材特性に悪影響をおよぼす脆化元素であることから,高炉―転炉法における酸化製錬で,製鋼スラグによって溶鉄から除去される。この製鋼スラグは2019年度には日本だけで1000万トン以上が生産されている2)ことから,製鋼スラグ中のリン濃度を考慮すれば,年間に生産される製鋼スラグ中には日本のリン鉱石の年間輸入量に相当するリンが含まれている3)ことになり,製鋼スラグは潜在的なリン資源であると言える。さらに今後は,鉄鉱石の劣質化に伴って鉱石中リン濃度が上昇し,溶銑中のリン濃度も上昇することが見込まれている4)。つまり,製鋼スラグ中のリンが高濃度になるため,製鋼スラグがリン資源としてのポテンシャルをこれまで以上に有するであろうとみなされる。したがって,我が国におけるリン資源の安定した確保のためには,製鋼スラグ中にリンを濃化し,そのリン濃化スラグから効率的かつ経済的にリンを回収する方法を開発することが重要である。

製鋼スラグにリンを濃縮する報告はいくつか見られる。通常の製鋼スラグは主にCaO–SiO2–FetO–P2O5で構成されており,リンは主にダイカルシウムシリケートCa2SiO4(C2S)とトリカルシウムフォスフェートCa3(PO4)2(C3P)の固溶体相(C2S-C3P相)に濃縮されている5,6)。Onoら7)はスラグ融体の冷却時に初相として析出するC2S-C3P相が浮上することによってマトリックス相と分離できることを示した。Kuboら8)はC2S-C3P相とマトリックス相の磁気特性の差を利用したリンの分離方法を提案している。高温下での化学反応を利用した処理として,Liら9)とIshikawa10)は製鋼スラグを炭材とともに高温還元することにより高リン溶銑を製造し,次いでこの溶銑を酸化脱リンすることでリン酸を高濃度に濃縮したスラグ(リン濃縮スラグ)を生成させるスラグ再生プロセスを提案している。このプロセスによるスラグは約30 mass%ものP2O5を含有しており11),天然のリン鉱石に匹敵するリン酸濃度であるが,酸化鉄濃度も高いため,リン資源として利用しにくいという欠点を有する。よって,このリン濃縮スラグ中の鉄とリンを分離することができれば,リン酸肥料はもちろんのこと,種々のリン製品も製造可能と考えられる。さらに,リンを取り除いたスラグは製鋼過程のフラックス等としてリサイクルが可能になることから,製鋼スラグのトータル排出量を低減することができる9)

一方で,スラグからのリンの抽出については湿式処理法が検討されている。Teratokoら12)は,C2S-C3P相とマトリックス相の水相への溶解度の差を利用してリンを分離できることを見出しており,一定のpHにおいて硝酸溶液中で製鋼スラグを浸出すると,C2S-C3P相が選択的に浸出されることを報告している。さらに,Duら13)は製鋼スラグにNa2Oを添加して改質した上で高温に保持してスラグ改質を行い,クエン酸水溶液で浸出することにより,高い選択性でリンを分離できることを示している。他にも通常の製鋼スラグからのリン抽出について,合成スラグ1418),K2OやNa2Oで改質したスラグ1922),実機スラグ23)をそれぞれ用いた浸出条件やスラグ組成,冷却速度の影響に関する系統的な研究がなされている。しかし,リン濃縮スラグは従来の製鋼スラグに比べてリン酸濃度が非常に高く,さらに塩基度も高いため,鉱物相の構成やその構成比率,さらにはそれらの化学組成が異なっており,構成元素の溶出挙動が大きく変化することが考えられる。

本研究では,リン濃縮スラグからのリンの浸出を促進するための新たな浸出方法を検討することを目的に,リン濃縮スラグの溶出挙動におよぼすpH,浸出酸の種類,浸出操作の影響を調べた。

2. 実験方法

2・1 リン濃縮スラグ

リン濃縮スラグ試料は次の方法で作製した。1673Kにおいて初期リン濃度1.04 mass%の溶銑70 kgを底吹き撹拌しながら,上吹きノズルから1.05 kgの石灰を酸素2.0 Nm3で吹き付けた。20 min後にスラグを取り出し,CO2ガスを吹き付けて急冷した。このスラグを粉砕し,篩を用いて25~53 µmに分級してから,浸出実験に供した。

スラグ試料は粉砕後にNa2CO3特級試薬と四ホウ酸ナトリウム特級試薬を用いてアルカリ融解を行い,希塩酸で温浸後に誘導結合プラズマ-発光分光光度法(ICP-AES)を用いて定量した。さらに,XRDによりスラグを構成する鉱物相を同定し,電界放出型電子線マイクロアナライザ(FE-EPMA)によりスラグ研磨面の元素マッピングと各鉱物相の定量分析を行うことにより,各鉱物相における元素の存在形態を調べた。

2・2 浸出実験

(1)浸出液のpHの影響

実験装置の概略図をFig.1に示す。ポリエチレン容器に入れた800 mLの蒸留水にリン濃縮スラグを2.00 g(スラグ/浸出液比=2.50 g/L)添加し,大気雰囲気下,293~298 Kでテフロン製撹拌羽を約200 r.p.m.で回転することで撹拌した(以下,インペラ撹拌と称す)。一般に化合物の溶解度は低pHほど高くなるため,浸出液量に対してスラグ量が少ない(低いスラグ/浸出液比)とスラグが浸出液に完全に溶解してしまい,スラグに含まれる元素量で溶出濃度が決まる。よって,スラグ鉱物相の溶解量,生成水和物の種類・量のpH依存性を明瞭にするために,スラグ/浸出液比を高く設定した。

Fig. 1.

Schematic diagram of experimental apparatus for leaching test with impeller stirring. (Online version in color.)

浸出液のpHは自動pH調節装置に接続したpHガラス電極によって常時測定した。リン濃縮スラグ添加後は先ずpH調整無しでの浸出実験を所定時間行い,その後に目的のpH値(8, 6, 4, 3および2)になるように1 mol/L HNO3を自動で添加しながら,所定時間保持した。浸出中,適当な時間間隔で浸出液を2~5 mLずつメンブレンフィルターカートリッジ(開孔径0.2 μm)を付けたプラスチック製シリンジで採取し,ICP-AESによる分析に供した。

(2)浸出酸の影響

インペラ撹拌では撹拌羽の回転によりスラグと浸出液が混合されるが,Fig.2に示したポットミルを用いた浸出では容器自体が回転することで内部の粉砕球が衝突し合い,スラグ粉を粉砕しながら浸出液を撹拌することが特徴である。本実験では,ポットおよび粉砕球からの溶出を無視するためにナイロンポット+ナイロン被覆鋼球を用い,硝酸,塩酸またはNaOH(クエン酸浸出時)を滴下して浸出液のpH調整を連続的に行うことによって,リン濃縮スラグからの元素溶出におよぼす浸出酸の影響を調べた(以下,ナイロンポットミル撹拌と称す)。クエン酸はスラグからの成分溶出を促進する作用を有する10)他に,スラグから溶出したFeイオンと安定な錯イオンを生成し,鉄リン酸塩沈殿が起こらなくなることから,浸出液中のリン濃度から総リン溶出量を評価できることになる。

Fig. 2.

Schematic diagram of experimental apparatus for leaching test with mill pot and ball. (Online version in color.)

Fig.2に示した実験装置において,はじめに,φ1/4インチのナイロン被覆鋼球を324 g(約300個)入れたナイロンポット(内径130 mm,深さ170 mm)に蒸留水800 mLを注いだ。クエン酸による浸出試験の場合は,蒸留水の代わりに,0.01 mol/Lクエン酸水溶液800 mLを入れた。これにリン濃縮スラグ1.00 g(スラグ/浸出液比=1.25 g/L)を添加して,ポットを90 r.p.m.で回転した。スラグから溶出する元素の中で特にカルシウム溶出量が多いと,pH調整用に滴下する酸量が多くなり,その一部が添加直後にスラグを溶解する恐れがあることから,酸の添加量を抑えるために,スラグ量/浸出液比を1.25 g/Lと低く設定した。

浸出液のpHは自動pH調節装置に接続したpHガラス電極によって常時測定した。リン濃縮スラグ添加後は先ずpH調整無しで所定時間の浸出を行い,その後はpH=4一定に保持するように1 mol/L HNO3,1 mol/L HClまたは1 mol/L NaOH(クエン酸浸出時)を自動で滴下した。浸出時のポット内雰囲気は,硝酸あるいはクエン酸浸出の場合は大気とし,塩酸浸出の場合は溶出したFe2+イオンの酸化を防ぐためにN2を200 mL/ minで浸出液表面に吹き付けた。また,浸出温度は室温(293~298 K)とした。浸出中,適当な時間間隔で浸出液を2~5 mLずつメンブレンフィルターカートリッジ(開孔径0.2 μm)を付けたプラスチック製シリンジで採取し,ICP-AESによる分析に供した。

(3)浸出操作および浸出容器の影響

上記(2)におけるナイロンポットミル撹拌における溶出挙動をテフロンインペラ撹拌のそれと比較するために,0.01 mol/Lクエン酸水溶液800 mLにリン濃縮スラグ1.00 g(スラグ/浸出液比=1.25 g/L)を添加してテフロン撹拌羽で撹拌した。

さらに,粉体分野では一般的な粉砕器具である硬質アルミナポットミルを浸出容器に用いて,上記(1)のインペラ撹拌による浸出との比較を行った。この硬質アルミナ製のポットミルと球はナイロン製と比べてはるかに硬いため,スラグ粉の著しい粉砕効果が期待される。ϕ3mmの硬質アルミナボール(Al2O3-5 mass% SiO2)を1 kg(約18700個)入れた硬質アルミナポット(Al2O3-5 mass% SiO2,内径140 mm,深さ158 mm)に蒸留水800 mLを入れ,リン濃縮スラグ2.00 g(スラグ/浸出液比=2.50 g/L)を添加して,ポットを90 r.p.m.で回転させた。浸出液のpHは滴定装置に付属したpHメーターによって常時測定した(以下,アルミナポットミル撹拌と称す)。はじめはpH調整無しでの浸出を所定時間行い,その後は目的のpH値(8, 6および4)になるように1 mol/L HNO3を自動で滴下しながら,所定時間保持した。

(4)浸出液中懸濁物の同定

各浸出試験終了後に,浸出液をメンブレンフィルター(開孔径0.45 μm)で減圧濾過し,浸出液中に懸濁していた固相を回収した。この固相をフィルターごと298 Kの恒温槽中に48時間以上放置して過剰な水分を除去した後にXRDにより鉱物相を同定し,二次電子顕微鏡(SEM)による形態観察とX線マイクロアナライザー(EPMA)による定量分析を行った。

3. 結果および考察

3・1 スラグの鉱物相

本実験で用いたリン濃縮スラグの組成分析値をTable 1に示す。Fig.3のXRD同定結果から,このスラグの結晶相はC3P,C2S-C3P,FeOであり,ベースライン形状から非晶質も存在することがわかる。さらに,スラグ断面をEPMAにより元素マッピングした結果をFig.4に示すが,高濃度のカルシウムとリンが低濃度のシリコンと共に含まれるC3P-C2S相(図中a),粒鉄相(図中b),鉄,カルシウム,マグネシウムおよびシリコンが含まれる相(図中c)が確認される。Fig.3および4より,このスラグ中に存在する鉱物相は少量のC2Sを含むC3P相,FeO相,液相(非晶質のMatrix相)の3つであることになり,2~4 mass%P2O5を含む通常の製鋼スラグではリンが易溶性9)のC2S-C3Pに含まれたのに対し,急冷したリン濃縮スラグでは少量のC2Sを含むC3P相として存在することが分かった。

Table 1. Analyzed chemical composition of P-concentrated slag (mass%).
CaOSiO2P2O5FeOAl2O3MgOMnO
39.76.128.017.10.72.21.4
Fig. 3.

X-ray diffraction peaks obtained by XRD analysis of P-concentrated slag before leaching test.

Fig. 4.

Elemental mapping diagrams on the cross section of P-concentrated slag obtained by EPMA. (Online version in color.)

3・2 pHの影響

2・2(1)項に述べた方法により,リン濃縮スラグ中の各元素の溶出におよぼすpHの影響を調べた。浸出液のpHと元素濃度の時間変化をFig.5に示す。インペラ撹拌した際にpHを制御しない場合あるいは酸を添加してpHを8および6に制御した場合は,120 min以上浸出した後もリンの濃度は30 mg/L以下であるが,さらに1 mol/L HNO3を添加しpHを4以下に制御した場合は,浸出開始後120 min以降に100 mg/Lを超えた値でほぼ一定となっている。

Fig. 5.

Comparison of pH and dissolution behavior of slag elements between impeller stirring and alumina mill pot rotating under controlling pH with HNO3.

本研究では元素Mの溶出率RMを次式12)で計算した。

  
RM=CM×VW×xM/100(1)

ここで,CMは浸出液中の成分Mの濃度(mg/L),Vは浸出液量(L),Wはスラグ量(mg),xMはスラグ中の成分Mの質量濃度(mass%)である。すなわち,成分Mのスラグ中の全量に対する溶液中に溶出した量の割合を示している。Fig.6に各pHにおける浸出実験終了時の各元素のRとpHの関係を示す。いずれの元素の溶出率もpHが下がるほど高くなっており,pH=2におけるリンの溶出率は0.59に達している。比較のために,Duら15)による模擬製鋼スラグの浸出実験結果を同図中にプロットする。本実験とは浸出条件が異なるが,彼らの実験でもpHが低いほどリンの溶出率が高くなっている。

Fig. 6.

Dissolution ratios of the elements contained in P-concentrated slag plotted against pH value: open marks: this study, closed marks: water quenched slag reported by Du et al15).

前項で述べたように,本実験で用いたリン濃縮スラグ中のリン鉱物相はC3Pである。その溶解平衡反応式は溶液中でのリン酸の存在形態24)に応じて式(2)~(5)で表わされる。

  
Ca3(PO4)2=3Ca2++2PO43(2)
  
Ca3(PO4)2+2H+=3Ca2++2HPO42(3)
  
Ca3(PO4)2+4H+=3Ca2++2H2PO4(4)
  
Ca3(PO4)2+6H+=3Ca2++2H3PO40(5)

水溶液中でのリン酸化学種の存在率のpH依存性24)によれば,式(3)~(5)が本実験系において支配的となる。水溶液の平衡計算ソフトPHREEQC25)にデータベースMinteq.v426)を組み合わせることで,本実験系におけるC3P懸濁溶液中のリンおよびカルシウム濃度を計算し,本実験の濃度と比較した。その結果,pH=4以下ではリン濃縮スラグ中のカルシウムとリンが全て溶解したとしてもC3P飽和にはならないことがわかった。しかし,いずれのpHにおいても,実験値から算出されたリンの溶出率は100%に達していない。この理由としては,①他のイオンや生成物によってリン溶出が制限されること,②C3Pの溶解速度が遅いことの二つが考えられる。これらについて以下に検討する。

pH=2での溶出試験後の残渣のSEM像をFig.7に,図中の各点をEPMAにより定量分析した結果をTable 2に示す。ここで各酸化物濃度は,得られた各元素の分析値をそのまま用いて求めたものであるが,試料表面の凹凸が大きいことから,各酸化物濃度の合計は100 mass%から偏倚している。表に与えた酸化物濃度より,鉱物相1~3は浸出試験前からスラグ中に存在していた鉱物相,鉱物相4~7は浸出中に新たに生成した鉱物相(二次生成水和物)とみなすことができる。Table 2から,No. 1~3はそれぞれ C2S-C3P相,FeO相,Matrix相であるのに対し,No. 4~7は溶出試験前のスラグでは観察されなかった成分構成のリン含有相であり,P2O5濃度幅が6~30 mass%と広い上に酸化鉄を多く含んでいる。Fig.3で同定されたC2S-C3P相については水和反応が速やかである9,14)ことから,溶出したFe2+イオンと結合してCaO-SiO2-P2O5-FeO-H2O沈殿物であるNo. 4から7に変化したとも考えられる。これらの二次生成水和物は多成分系で,構成成分濃度比が多岐にわたっており,さらにXRD分析において結晶の回折ピークが認められなかったことから,非晶質と考えられた。つまり,これらの二次生成水和物はその溶解・沈殿反応式および反応の平衡定数も不明である。しかし,二次生成水和物のリン酸塩Mn(HmPO4)l(OH)jの溶解反応が式(6)で表されると考えると,見かけの溶解度積Ksp’(=c(M[l(3-m)+j]/n+)nc(HkPO4(3-k)-)l)は式(7)で表される。

  
Mn(HmPO4)l(OH)j+[l(km)+j]H+=nM[l(3m)+j]/n++lHkPO4(3k)+jH2O(6)
  
log Ksp=nlogc(M[l(3m)+j]/n+)+llogc(HkPO4(3k))=logKsp[l(km)+j]pH(7)
Fig. 7.

SEM image of the residue after leaching at pH = 2.

Table 2. Chemical compositions at points 1 to 7 in Fig. 7 (mass%).
CaOP2O5SiO2FeOMineral phase
176.627.80.94.0C2S-C3P
21.82.30.766.9FeO
38.51.230.629.9Matrix
422.512.90.748.7Secondary product
56.16.641.417.7Secondary product
65.630.45.338.7Secondary product
73.718.610.534.7Secondary product

ここで,c(i)はiのモル濃度,Mは金属陽イオン,nlおよびjは任意の正の数,kおよびmは0~3の整数である。式(7)Kspは溶解反応式(6)の平衡定数であり,圧力と温度が一定の条件下で定数である。式(7)より,Ksp’はpHが低いほど大きい値となる。したがって,各pHにおいて,リン含有の二次生成物Mn(HmPO4)l(OH)jの種類や金属陽イオン濃度がHkPO4(3-k)-の濃度を制限することになる。

もう一つの要因として,C3Pの溶解速度の影響が考えられる。酸性条件下では表面吸着したプロトンが表面近傍の酸化物の結合を弱め,バルク溶液中に金属イオンが移行する27)ことで溶解反応が進行していく。よって,総括の溶解速度は表面吸着したプロトン濃度に依存することになり,そのプロトン濃度はpHに依存する27)。つまり,溶解速度にpH依存性が存在することになる。本実験での浸出液中リン濃度はpHが低いほど高くなっており,pHがC3Pの溶解速度に影響をおよぼしている可能性がある。

3・3 浸出酸の影響

ポットや粉砕球からの金属イオンの溶出がないナイロンポットとナイロン被覆鋼球を用い,硝酸,塩酸またはNaOH(クエン酸浸出液の場合)によって浸出液をpH=4に制御しながら溶出試験を行ったところ,試験開始から120 min以降は浸出液中の各元素濃度がほぼ一定になった。前述の式(1)によりpH=4における各元素の溶出率を計算し,それぞれの浸出酸が溶出率におよぼす影響を求めた結果をFig.8に示す。リンの溶出濃度はクエン酸浸出液を用いてNaOHでpH制御した場合が最も高く,溶出率は0.61である。これは,硝酸を用いてpH=2で行った浸出試験結果(Fig.6)と同等の値である。これに対して硝酸と塩酸を用いた浸出では,リン溶出率はそれぞれ0.30,0.35とクエン酸浸出液を用いた場合より低い。リン濃縮スラグからのリンの浸出率におよぼす浸出酸の影響は,クエン酸>硝酸=塩酸となり,Duら21)による通常の製鋼スラグからのリンの溶出特性におよぼす酸の影響と同様の結果であった。

Fig. 8.

Effect of acid type on the dissolution ratios of elements contained in P-concentrated slag after leaching test using nylon mill pot and nylon coated balls.

その他の元素についてもクエン酸浸出液を用いた場合に最も溶出率が高い。リンと共にカルシウムおよび鉄も溶出率が高い理由を以下に考察する。

クエン酸とカルシウムイオンまたは鉄イオンとの錯体形成反応は次式で表される26)

  
Ca2++C6H5O73=Ca(C6H5O7)logK8=4.87(8)
  
Ca2++C6H5O73+H+=CaH(C6H5O7)0logK9=9.26(9)
  
Ca2++C6H5O73+2H+=CaH2(C6H5O7)+logK10=12.257(10)
  
Fe2++C6H5O73=Fe(C6H5O7)logK11=6.1(11)
  
Fe2++C6H5O73+H+=FeH(C6H5O7)0logK12=10.2(12)
  
Fe3++C6H5O73=Fe(C6H5O7)0logK13=13.1(13)
  
Fe3++C6H5O73+H+=FeH(C6H5O7)+logK14=14.4(14)

クエン酸とカルシウムイオンとの錯体形成反応(式(8)~(10))や鉄イオンとの錯体形成反応(式(11)~(14))は,その平衡定数Kが大きいほど右に進み,陽イオンが錯体を生成して溶液に溶存する。結果的に,リン溶出阻害要因となる難溶性塩を生じるフリーの陽イオン種が減少することから,錯体生成剤はリン溶出促進に効果的である15,18,20)ことになる。さらに,酸化物表面に吸着したクエン酸イオンは酸化物の結晶構造を破壊し,鉱物相の溶解を促進する28)。これらの理由により,Fig.8に示すように,クエン酸使用時には硝酸や塩酸と比較してリンの溶出が促進されたと考えられる。

一方,Fig.8において,pH制御に硝酸を使用した場合と塩酸を使用した場合では,リンの溶出率に大きな差は生じていない。硝酸と塩酸はいずれも1価の無機酸であるが,硝酸は酸化性を持ち,式(15)に従って溶液中のFe2+をFe3+に酸化させる。

  
Fe2+=Fe3++e(15)

難溶性の塩であるFe(PO4)·2H2Oの生成反応式(16)においてFe3+とリン酸イオンの溶解度積が非常に小さい26)ため,Fe(PO4)·2H2Oが容易に生成することになる。

  
Fe3++PO43+2H2O=Fe(PO4)2H2OlogK16=26.4(16)

しかし,酸性溶液中でのFe2+からFe3+への酸化速度は非常に遅く29),さらに本実験における浸出液中硝酸濃度(≈0.01 mol/L)では酸化速度におよぼす影響は小さい30)ことが報告されている。よって,希硝酸による酸化反応(式(15))は無視できるほどであるため,溶出したFe2+の酸化に伴うFe(PO4)·2H2Oの生成はほぼ起こらないと考えられる。以上より,スラグ浸出の際の浸出酸は硝酸であっても塩酸であっても,リンの溶出におよぼす作用に大きな差は生じないことが説明される。

3・4 浸出操作および浸出容器の影響

ポットミル内での物理的な粉砕や摩擦が浸出におよぼす影響を調べるために,ナイロンポットとナイロン被覆鋼球を用いて浸出実験を行い,インペラ撹拌浸出の結果と比較した。浸出液には,前項でリン溶出率が高かったクエン酸+NaOHを用いた。

Fig.9にナイロンポットミル撹拌とインペラ撹拌を用いた浸出試験におけるpHと浸出液中元素濃度の経時変化を示す。前項の実験とは異なり浸出初期にはpH制御を行わなかったためpHは3.7~3.8になっているが,1440 min後から1 mol/L NaOH溶液を滴下してpH=4一定に制御した。各元素の溶出はいずれも浸出開始直後に速く,その後は徐々に進行している。pH=4におけるリンの最終濃度は,ナイロンポットミル撹拌の場合に93 mg/L,インペラ撹拌浸出では81 mg/Lである。式(1)を用いて算出した元素溶出率について,ナイロンポットミル撹拌とインペラ撹拌浸出を比較した結果をFig.10に示すが,リンの溶出率はナイロンポットミル撹拌によってわずかに改善されている。ナイロンポットミル撹拌とインペラ撹拌浸出の処理後残渣のSEM像をFig.11に示す。インペラ撹拌による浸出残渣(b)の場合は20~100 µmのスラグ粒子が多く見られる一方で,ナイロンポットミル撹拌における浸出残渣(a)では10~50 µmの粒子の他に10 µm未満の粒子も存在することから,ポットミルによる粉砕の効果が明らかである。製鋼スラグの浸出試験においてはスラグ粒子の表面積が増大することで元素の溶出速度が大きくなる20)が,本実験でもナイロンポットミルによってスラグ粒子の粉砕が起こり,スラグ粒子表面に露出したC3P相の溶出が促進されて,Fig.10に示したようにリンとカルシウムの溶出率が向上したと考えられる。なお,スラグ粒径の低下に伴って表面積は大きく増加するが,それに比してリンやカルシウムの溶出率の上昇幅は小さい。この理由としては,溶液内で水和生成物(二次生成物)が生成することによってリンやカルシウムの濃度の上昇が抑制されたこと,および,リン濃縮スラグ中の含リン鉱物相の溶出速度が非常に遅いことが考えられる。

Fig. 9.

Comparison of pH and dissolution behavior of slag elements between nylon mill pot rotating and impeller stirring under controlling pH with citric acid and NaOH.

Fig. 10.

Comparison of the dissolution ratios of slag elements between nylon mill pot rotating and impeller stirring under controlling pH with citric acid and NaOH.

Fig. 11.

SEM image of P-concentrated slag after leaching test using (a) nylon mill pot rotating and (b) impeller stirring under controlling pH=4 with citric acid and NaOH.

さらに粉砕能力の高いことが知られている硬質アルミナポットミル+硬質アルミナ球と,一般的な1価無機酸である硝酸を用いて浸出実験を行った。pHと浸出液中元素濃度の経時変化を,3・2項で述べたインペラ撹拌の結果と比較してFig.5に示す。アルミナポットミルを用いた浸出試験では,先ずpH調節無しでリン濃縮スラグから溶出させた後に,1 mol/L HNO3を滴下してpHを6一定に制御し,360 min後にpH=4一定に変化させている。インペラ撹拌によるスラグ浸出ではリンの溶出はpH=6でわずかに起こるが,pHを4に低下させると大きく進行し,pH=4到達から180 min浸出した後のリン濃度は105 mg/Lになっている。これに対して,アルミナポットミルによるスラグ浸出では,pHを6あるいは4に制御してから10~30 minでリンの溶出濃度は最大値を示し,その後は徐々に低下している。特にpH=4に制御した際には30 minで71 mg/Lの最大値を示しているが,1140 min後には36 mg/Lまで低下している。一方で,カルシウムとケイ素の濃度はいずれもpH=6および4において,鉄濃度はpH=4において,時間と共に徐々に増加している。アルミナポットミル撹拌の場合はポットおよび球からアルミナが溶出すると考えられたため,溶出液中のアルミニウム濃度も測定した。その結果,Fig.5に示すように,アルミニウム濃度はpHを制御しない場合に8 mg/Lに達しているが,pHを6および4に低下すると 0.3 mg/L以下となっている。このアルミニウム濃度の減少は,アルミニウムイオンが他のイオンと結合して水酸化物やリン酸塩として沈殿したことによると考えられる。この点については後述する。

硝酸を用いてpH=4に制御しながら行ったアルミナポットミル撹拌とインペラ撹拌(Fig.5)における最終濃度から算出した溶出率の比較をFig.12に示す。インペラ撹拌でのリンの溶出率は0.25であるが,アルミナポットミル撹拌では0.12と低い。鉄の溶出率もアルミナポットミル撹拌で僅かに低下している。一方で,カルシウムやケイ素の溶出率はアルミナポットミル撹拌の方が高くなっている。このことから,アルミナポットミル撹拌においてはスラグの微細化が進んでスラグからの元素溶出が促進されるものの,リンはアルミニウムイオンや鉄イオンと結合して水酸化物やリン酸塩として沈殿したと考えられる。Fig.13にアルミナポットミル撹拌による浸出後のスラグのXRD分析結果を示すが,Fig.3に示した未処理スラグ中の鉱物相(C3P,C2S-C3P,FeO)からC2S-C3P相が消え,新たにAl2O3相が存在している。さらにFig.13のベースラインも非晶質相の特徴を持っている。アルミナポットミル撹拌試験後のスラグ試料のSEM像をFig.14に示す。10 µm以下の細かい粒子だけでなく200 µmを超える凝集物も観察される。図中の点1~6についてのEPMA分析結果をTable 3に与えるが,CaO,SiO2,P2O5,FeOに加えAl2O3が高濃度に含まれる混合物が存在しており,ナイロン製ポットミルを用いた場合(Fig.11(a))と大きく異なっている。

Fig. 12.

Comparison of the dissolution ratios of slag elements between impeller stirring and alumina mill pot rotating under controlling pH with HNO3.

Fig. 13.

X-ray diffraction peaks obtained by XRD analysis of P-concentrated slag after leaching test using alumina mill pot controlling pH=4 with HNO3.

Fig. 14.

SEM image of P-concentrated slag after leaching test using alumina mill pot controlling pH=4 with HNO3 at (a) 250 and (b) 800 magnification.

Table 3. Chemical compositions at points 1 to 6 in Fig. 14 (mass%).
CaOP2O5SiO2FeOAl2O3
110.317.02.411.843.4
215.320.51.810.637.5
37.418.11.911.548.8
48.912.61.412.136.3
511.212.61.69.432.7
610.114.41.513.738.4

水溶液の平衡計算ソフトPHREEQC25)にデータベースMinteq.v426)を組み合わせて,本実験系におけるリンの最終到達濃度を計算した。その際,以下の2つの仮定を用いた。

①スラグは,Table 1の組成になるようにCaO,SiO2,P2O5,FeO,MnO,MgO,Al2O3の各酸化物を単に混合した物(2.5 g)である。

②各酸化物の全量が水溶液相(1 L)に溶解する。

また,3・2項におけるスラグ/浸出液比に対応させるため,2.5 gのスラグと1 Lの溶液相(スラグ/浸出液比=2.50 g/L)で計算を行った。

ここで,MnOの水への溶解反応式(17)の平衡定数K17は次の値31)を用いた。

  
MnO+2H+=Mn2++H2OlogK17=17.924(17)

二次生成物はMinteq.v4データベースに格納されているリン酸塩,M(OH)nで表される水酸化物であるとし,さらに次の反応式によるAlPO4の生成31)も考慮した。

  
Al3++HPO42=AlPO4+H+logK18=7.2087(18)

計算では塩酸溶液中での浸出としたが,3・3項で述べたように,硝酸溶液中での浸出としても結果に差違はない。

インペラ撹拌浸出の場合について,各pHにおけるリンの到達濃度の計算値と推定された含リン二次生成物相をFig.15(a)に示す。酸性領域ではMnHPO4やAlPO4の生成によってリンの溶出液中濃度が低下するが,Table 1に示すようにスラグ中に含まれるMnOやAl2O3が微量であるためMnHPO4やAlPO4の生成量が少なく,Ca10(PO4)6(OH)2の沈殿が生成し始めるpH=4.75までは,リン濃度が大きく制限されることはない。他方,アルミナポットミル撹拌についての計算結果および含リン二次生成物相をFig.15(b)に示す。この場合は,アルミナポットおよびアルミナ球からアルミニウムイオンが供給されることを考慮して,スラグ2.5 gに加えて0.005 mol/L相当量の固体Al2O3を過剰に添加するという計算を行い,浸出状況を模擬した。Fig.15(b)においても,Fig.15(a)と同様に,酸性領域ではMnHPO4やAlPO4がリンの溶出濃度を制御するが,特に高濃度のアルミニウムイオンによってpH≧2.8でAlPO4が大量に生成し,これがリンの溶出液中濃度を大きく低下させる。Fig.5に示したように,アルミナポットミル撹拌実験ではリン濃度とアルミニウム濃度が時間と共に低下することからも,式(18)に従ってAlPO4の沈殿が生成し,浸出液中のリン濃度が低下したと考えられる。Fig.15(a)および(b)にプロットした実測点(〇印)は計算結果とは合致していない。この理由は次のように考えられる。PHREEQCの計算結果は最終的な到達濃度(平衡濃度)を表しており,構成鉱物相の溶出速度を考慮していない。すなわち,実測点は溶出や沈殿生成の途中段階の濃度であり,平衡濃度にはまだ到達していないとみなされる。

Fig. 15.

Phosphorus concentration in solution (line) and P-controlling solid phases simulated by PHREEQC, and experimental results (open marks) during (a) impeller stirring and (b) alumina mill pot rotating.

以上のスラグ溶出挙動,浸出残渣分析およびPHREEQC計算結果から,アルミナポットミルでのリン濃縮スラグの浸出において,固相と溶液との間に次のような変化が起こると考えられる。

(1)アルミナポットで浸出操作を行うと,スラグからリン,カルシウム,ケイ素,鉄が溶出するのと並行して,容器からアルミニウムイオンが溶け出す。

(2)それらのイオンが反応して溶解度が低いリン酸アルミニウムやリン酸鉄,リンを吸着した水酸化物が二次的に生成する。

(3)さらに,スラグや二次生成物はアルミナポットミルやアルミナ球との摩擦や衝撃により細かく粉砕され,容器から供給されるアルミナ粉も加わって,Fig.14に示されたような一様に混合した凝着物になる。

4. 結言

P2O5を28 mass%含むCaO-SiO2-FeO系リン濃縮スラグについてpH,浸出酸,浸出操作を変化させて浸出実験を行い,これら因子がスラグからのリンの溶出におよぼす影響を調べた。その結果,以下のことが明らかになった。

(1)硝酸でpHを調整しながらインペラ撹拌で浸出した場合,pHを下げるほどリンの溶出率が上昇し,pH=2におけるリンの溶出率は0.59であった。その他の元素についてもpHが低いほど溶出率が上昇した。

(2)硝酸,塩酸またはクエン酸を用いてpH=4一定に制御しながらナイロンポットミル+ナイロン被覆鋼球で浸出を行った実験において,クエン酸を用いた場合にリンの溶出率が最も高く0.61であったことから,クエン酸の錯イオン生成作用による含リン沈殿物量の低減効果が明らかであった。

(3)浸出試験前後の粒径変化から,ナイロンポットミル+ナイロン被覆鋼球によるスラグの粉砕効果が確認された。

(4)硝酸でpHを調整しながら硬質アルミナポットミル+硬質アルミナボールで浸出した実験における溶出液中のリン濃度とアルミニウム濃度の変化から,スラグから溶出したリンが容器から溶出したアルミニウムイオンと反応して沈殿することがわかった。

以上より,リンを溶存イオンとする場合はクエン酸浸出液を用いたナイロンポットミルによる浸出,リンを二次生成物(沈殿物)として回収する場合は硝酸(または塩酸)を用いたアルミナポットミルによる浸出が望ましい。

謝辞

この研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(P12004)により行われた。

文献
 
© 2023 The Iron and Steel Institute of Japan

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