2023 Volume 109 Issue 10 Pages 826-836
We systematically investigated changes in crystal orientation due to the cold rolling of a {110}<110> single crystal, which had not been researched to date, in a reduction range of 10–70%. The results allowed for a classification of the changes into the following three reduction cases. The first was a 10–20% reduction. For this reduction, there was almost no change in the matrix orientation, and a shear band slightly appeared near the surface layer. The second was a 30–50% reduction, at which many shear bands were introduced, and the crystal orientation inside the shear bands was rotated from the initial {110}<110> orientation to the {100}<001> orientation around the TD axis. There are cells in the shear band. And {100}<001> orientation cells are considered having lower strain than around cells to having lower GAM. Additionally, the {111}<211> orientation was also confirmed in a small area that was thought to be surrounded by shear bands. The third was a 60–70% reduction, at which the matrix rotated to {111}<110>, but there were some areas with a {111}<211> orientation. Furthermore, the shear bands increased with increasing reduction, and more inner orientations were observed for {111}<211> than for {100}<001>. {111}<211> bands and {100}<001> bands are considered different origins to change discontinuously.
近年ハイブリッド自動車や電気自動車の需要が伸びてきている。その中で,モータの鉄心として用いられる無方向性電磁鋼板1, 2,3, 4, 5, 6, 7)にも多くの厳しい特性が要求されている。その一つに高磁束密度化があり,これはモータを小型化するために必要な特性である。磁束密度を高めるためには,面内に磁化容易軸8)である<100>方向が存在することが重要である。圧延方向(RD: rolling direction)と幅方向(TD: transverse direction)に磁化容易化軸の<100>が向いている方位として,板面方向(ND: normal direction)が<100>で,RDが<001>の{100}<001> があり,この方位,もしくはこの類似の方位である{100}<0vw>方位を増やすために従来から多くの研究がなされている9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17)。Walter and Koch18)は,3 mass%Si鋼(以下,mass%を%と表示)の{100}<001>単結晶を冷間圧延すると{100}<011>に結晶回転するが,圧延方向に平行な筋状組織(遷移帯)が形成され,このような遷移帯においては初期方位が維持されるため,そこから優先的に{100}<001>方位を持つ再結晶粒が核生成することを報告している。同様の現象を, Liuら19,20)は,ストリップキャスト材の冷間圧延前のND//<100>方位粒に応用し,冷間圧延・焼鈍後の{100}<001>再結晶粒の形成を報告している。一方では,多結晶体を冷間圧延し,冷間圧延後の{110}<110>方位粒に注目し,{100}<001>粒の再結晶を論じた研究の中で,冷間圧延後の{110}<110>方位を持つ加工粒から{100}<001>方位の再結晶粒の形成について報告されている21, 22, 23)。 Nguyen-Minhら21)は,70%冷間圧延した1.2%Si鋼多結晶体において,冷間圧延後には極めて存在割合の少ない{110}<110>方位粒を見つけ出し,その方位粒にはせん断帯が観察され,せん断帯においては局所的に{100}<001>方位に結晶回転することをEBSD(Electron Back Scattering Diffraction)で明らかにした。また,初期{110}<110>方位粒を仮定し,せん断帯の形成とせん断帯内のひずみに伴う方位変化について結晶塑性理論に基づき検討した。すなわち,{110}<110>方位は平面ひずみ圧縮に対して最もTaylor因子(M値)が高く,ひずみ量の増加に伴いM値が低下する局所的な幾何学的軟化現象(dM/dε≦0; εはひずみ)が生じやすく,{100}<001>方位を有するせん断帯がTD//<100>軸周りの結晶回転で形成されることを予測した。また,冷間圧延後の{110}<110>粒は,冷間圧延前も{110}<110>であったことを想定している。この時,実験に用いた材料は多結晶体であり圧下率も1水準であるため,圧下率によりせん断帯の形成がどう変わるかは調べられていない。一方では,{110}<110>加工粒に形成されたこのようなせん断帯から,{100}<001>方位を持つ再結晶粒が核生成することもいくつか報告されている。Xuら22)は70%冷間圧延したストリップキャスト材(Fe-0.0036%C-3.1%Si-0.31%Mn-0.22%Al)にて,{110}<110>加工粒のせん断帯から{100}<001>粒が再結晶することを確認している。Mehdiら23)は2.8%Si鋼の熱延板表層に発達する{110}<112>せん断集合組織に着目し2.5 mm厚の熱延板から表層1 mmの板を研削で取り出し,さらにこの板を板面法線軸回りに55°回転した後に冷間圧延(圧下率50%)した。これは,実質的に初期方位を{110}<110>を主とする多結晶体の冷間圧延に相当し,その時に形成される加工組織とその後の再結晶について報告している。 Mehdiら23)も,Xuら22) と同様に{110}<110>加工粒のせん断帯から{100}<001>粒が再結晶することを確認している。しかし,いずれの報告も多結晶体で検討しているため,加工前の初期方位は不明である。また,圧下率に関しては制御した実験条件下では1水準のみしか検討しておらず,これらの現象の圧下率依存性に関しても不明である。また,熱延板表層の多結晶体を用いたMehdiらの場合においては,初期方位が{110}<110>からずれていることが予想され,それが結果に影響を与えることは否定できない。Taokaら24,25)は種々の方位をもつ単結晶を初期材料として用い,冷間圧延時の方位変化を体系的に研究した。Taokaら24,25)の研究によれば,{110}<110>方位は不安定方位であり圧延時の結晶回転系列には現れないため,Nguyen-Minhら24), Xuら22)およびMehdiら23)の研究において冷間圧延後に{110}<110>であった加工粒は,冷間圧延前の初期方位が{110}<110>でM値が高いため,この方位が維持された可能性が大きい。また,Taokaら24,25)は{110}<110>の単結晶を71%圧延し,再結晶させる研究も行ったが,冷間圧延後に{100}<001>方位を持つせん断帯の形成や,そこからの{100}<001>方位粒の再結晶については言及していない。彼らは,{110}<110>の単結晶を71%冷間圧延すると{211}<011>方位となり,再結晶後には{111}<211>方位が発達すると述べている。このように,{110}<110>方位粒を含む多結晶体を70%前後の冷間圧延を施すと再結晶時に{100}<001>方位の再結晶粒が発生するという報告21, 22, 23) がある一方,{110}<110>単結晶を同程度の圧下率で冷間圧延し焼鈍すると{111}<211>方位を持つ再結晶粒が形成されると言う報告もあり,多結晶と単結晶で様相が異なることが予想される。しかし,単結晶を種々の圧下率で冷間圧延し,加工組織の不均一性や集合組織の発達を詳細に研究した報告はない24, 25, 26) は,IF(interstitial free)鋼を用いて70%冷間圧延した加工組織の中に{110}<110>の加工粒を認めており,この方位を持つ加工粒は他の方位粒よりも変形が困難で初期の形状を維持し,粒内にせん断帯が多く入っていることを観察している。また,その理由として,{110}<110>方位は,Taylor因子が高い,すなわち硬い方位であるためと考察している。この結果から,多結晶体においては冷間圧延前の{110}<110>方位粒は硬く変形が困難であり,他の軟らかい方位粒が先に多く変形し,その結果せん断帯が硬い{110}<110>方位粒に形成されるためには圧下率が増加した可能性が示唆される。しかし,彼らはせん断帯の内部構造やその形成メカニズムの詳細については調べておらず,また再結晶挙動についても言及していない。したがって,圧下率を変化させた冷間圧延時に{110}<110>方位に形成されるせん断帯の詳細,およびせん断帯からの{100}<001>方位を持つ再結晶粒の形成機構については未解明と考える。
本論文の目的は,{110}<110>方位粒を冷間圧延した後の不均一加工組織や集合組織の発達に及ぼす圧下率の影響に関する詳細な解明である。せん断帯からの{100}<001>方位を持つ再結晶粒の形成については次報で述べる。Taokaら24,25) の研究では,{110}<110>方位粒を数%の圧下率と71%の圧下率の2条件の冷間圧延しか行われていない。また,従来研究においては,冷間圧延前の{110}<110>方位粒に着目して圧下率を変化させた際の不均一な加工組織の発達を体系的に研究した例は,著者らの知る限りにおいてないと考える。したがって,本論文では,{110}<110>方位を持つ初期粒を種々の圧下率(10%-70%)で冷間圧延した際に,せん断帯がどのように入るのか,せん断帯の内部構造はどうなっているのか,マトリックスはどのように変化するのか,などについて詳細に観察し,不均一圧延組織形成の機構について考察した。
母材には3%Si方向性電磁鋼板35P110の市販品(主方位{110}<001>)を用いた27)。板厚は0.35 mmである。鋼板表面の被膜を,水酸化ナトリウム水溶液で除去した後,表面の結晶粒を可視化するため,希硫酸を用いて表面をマクロエッチングした。ラウエ測定により{110}<001>から2°以内のずれの方位粒を探し,マークした7枚の鋼板を用意した。それらの鋼板を,初期材料の幅方向(<110>方向)に圧下率10, 20, 30, 40, 50, 60, 70%で冷間圧延した(すなわち,{110}<110>方位粒を各圧下率で冷間圧延した)。以降は,上記圧延時の方向をRDと定義する。圧延は,多パスで行ったが,常に上下を同じにして,同じ方向に圧延した。冷間圧延した材料のマークした結晶粒の中心部から観察用の試料を切り出した。冷間圧延前の材料の平均結晶粒径は約20 mmであるので,その中心部はほぼ単結晶とみなすことができると考えた。
2・2 組織観察手法板厚断面(TD面)の組織観察には断面を機械研磨し,一方,圧延面(ND面)の組織観察には圧延面を片側から機械研磨で1/2厚まで減厚し,その後各々の試料を電解研磨仕上げして,観察に供した。組織観察はSEM(Scanning Electron Microscopy)-EBSD(JEOL JSM-7800F Prime,EDAX OIM DATE COLLECTION)を用いた。観察倍率は100-20000倍の範囲であり,step間隔も0.01-1 µmの範囲で,目的に応じて変更した。
冷間圧延の圧下率を10-70%の範囲で変化させた材料を組織観察した結果,大きく以下の3つの加工組織,圧下率10-20%の加工組織,圧下率30-50%の加工組織,60-70%の加工組織に分類できた。ここでは,それぞれの加工組織について,以下に示す。
3・1 圧下率10-20%の加工組織Fig.1に20%圧下後のSEM-EBSD観察結果を示す。(a) は鋼板全厚におけるTD面のIQ(Image Quality)マップであり,(b) は同一視野のND方向の結晶方位を色付けしたIPF (Inverse Pole Figure) (//ND) マップ,および(c) はRD方向の結晶方位を色付けしたIPF (//RD) マップである。圧下率20%までは組織の変化はほとんど認められなかったが,Fig.1(a)の矢印に示すように,せん断帯が表層付近に形成され始めている様子が観察された。また,マトリックスの方位はほとんど変化しなかったが,Fig.1(b)の矢印に示すようにND方向の結晶方位においては局所的にわずかな方位変化は認められる。しかし,Fig.1(c)のRD方向の結晶方位は一様である。図では代表的な1視野を示しているが,観察したRD方向に1 mmの範囲では,どの場所も同様の様相を呈した。
(a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF (//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 20% reduction. (Online version in color.)
Fig.2に30%圧下後のEBSD観察結果を示す。Fig.2(a)のIQマップから明らかなようにせん断帯が多く導入されていることがわかる。この時のせん断帯は板面に対して13-26°程度傾いて存在する。また,せん断帯は板厚中心に対して対称であり,herring bone状の形態をしている。また,Fig.2(b)から明らかなように,せん断帯の他に,板面に平行なマトリックスとは異なるほぼ同一の結晶方位を有するブロック状の領域が見える。このようなブロック状領域で囲まれた単位で,マトリックスの方位が,変形に伴い変化したと考えられる(以下,このブロック状の変形領域をdeformation zoneと呼称する)。たとえば,Fig.2(b)において圧延前方位を維持しているdeformation zone Aと,板面が{111}方位に近づくdeformation zone Bが確認された。Fig.2では便宜上四角で囲っているが,実際は四角よりも大きく,複雑な形状をしている。しかし。RD方位はほとんど変化しないことから(Fig.2(c)),RD軸回りの結晶回転がブロック単位で生じていることが示唆される。また,3・1節で述べたように,せん断帯は板厚の上下の最表層から,herring bone状に入っている様子がFig.2(a)においても確認される。これは圧延ロールと材料との摩擦によるせん断変形がせん断帯の形成の引き金になっていることを示唆すると考える。また,Vanderschuerenら26)もIF鋼を冷間圧延した{110}<110>粒内にherring bone状のせん断帯を観察している。
(a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF (//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 30% reduction. (Online version in color.)
せん断帯の詳細を観察するため,同じ圧下率30%材で認められたせん断帯を拡大したものをFig.3に示す。Fig.3(b)から明らかなように,せん断帯はマトリックスのdeformation zone A(緑色部)と新たな変形領域であるdeformation zone B(青色部)にわたって形成されていることがわかる。ここで,Fig.3(d)はこの視野での{100}正極点図(PF: pole figure)である。Fig.3(a)のIQ マップに示したせん断帯の方位は,Fig.3(b),(c)に示したIPFマップから明らかなように,{100}<001>近傍の方位に変化していることがわかる。また,Fig.3(d)に示した{100}正極点図から,冷間圧延前の{110}<110>から,Nguyen-Minhら21)が述べているようにTD//<100>軸周りに結晶回転していることがわかる。Fig.3(b),(c)から明らかなように,せん断帯内の結晶方位は局所的に不均一になっている特徴がある。ここで観察したせん断帯は板面に対して16-20°傾いて入っており,その幅は0.3-1.5 µm程度であった。
(a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF (//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 30% reduction and (d) {100} PF. (Online version in color.)
Fig.4に40%圧下後のEBSD観察結果を示す。(a) は板面を観察したもの,(b) はTD面を観察したものである。Fig.3に示した30%圧下後のせん断帯と比較し,圧下率を40%まで増加させると,せん断帯の幅が約1 µmから約5 µmに増加し,また,せん断帯内部の方位はより一様に{100}<001>方位に変化した。板面から観察すると,せん断帯はTD方向におおよそ平行であるが,詳細に観察すると,TD軸方向に±50-60°の大きな範囲で角度を持ち,せん断帯が,単一方向のすべりのみでない様に見えるものもある。Fig.4(c)に,ND軸およびTD軸から見た{110}<110>の結晶方位の模式図を示す。太線が結晶格子を示し,細線で囲まれた菱面が結晶の{110}すべり面,細線がすべり方向を示す。せん断帯の角度は,板面観察ではすべり方向の角度,TD面観察では結晶格子の角度に近く,すべり方向および結晶格子の角度は,観察面とすべり面が織りなす角度でもある。よって,せん断帯はすべりと関係していると考えられる。
(a1, b1) IQ maps, (a2, b2) IPF (//ND) maps, (a3, b3) IPF (//RD) maps of a sample cold-rolled by a 40% reduction, and (c) schematic showing {110}<110> orientation from ND and TD. (a1), (a2), and (a3) were observed from ND. (b1), (b2), and (b3) were observed from TD. In (c) bold lines indicate lattice, and fine lines indicate slip directions on {110} slip plane. (Online version in color.)
Fig.5に50%圧下後のEBSD観察結果を示す。Fig.5(a)に示したIQマップから明らかなように,せん断帯がより複雑に入り,角度は12-28°程度,幅は1-10 µm程度を持っており,30%冷間圧延の時よりも,角度のふれ幅も大きく,またせん断帯の幅が広かった。また,Fig.5(b),(c)のIPFマップが示すように,本EBSD測定条件ではせん断帯から明瞭なEBSDパターンは獲得できていない。これは,せん断帯が転位密度の高い微細な複雑な構造を有することを示唆する。Murakamiら28)が{111}<211>単結晶に導入されるせん断帯の冷間圧下率依存性を調査した研究において指摘しているように,おそらく変形の初期に導入されたせん断帯は徐々に圧延面に平行になろうとしたと推測される。一方では,その後の圧延で新たに形成されたせん断帯は圧延面に対して比較的大きな角度を持ち,またせん断帯へのせん断ひずみ量が増すために,せん断帯は高転位密度で複雑になるものと思われる。また,Fig.5(b),(c)に示すように,マトリックスの一部が初期方位の{110}<110>から{111}<110>へ変化すること,すなわち,RD//<110>軸回りの結晶回転によりブロック状の{111}<110>変形領域(deformation zone)が形成される様子も認められる。マトリックスにおけるこのような変形領域の形成については,Fig.2やFig.3に示した圧下率30%の場合においても認められた。また,Fig.5(b)に赤線枠で囲んだせん断帯の一部を拡大したものをFig.6に示す。Fig.6(a)-(c)に示すように,せん断帯内は,周囲のマトリックスと比較して極めて特徴的かつ微細な転位セル(約0.2 µm×約0.5 µmの扁平型)からなる構造を有することがわかる。一方,マトリックスも転位セルが整然と配列しているが,せん断帯を構成する転位セルよりかなり粗大な1辺の長さが約1 µmの四角形状の明瞭な転位セルを有する特徴がある。せん断帯の内部構造がマトリックスよりも著しく微細な伸長転位セルからなっている点は,Humphreysら29)が述べているように典型的なせん断帯の特徴と一致する。せん断帯を含む領域における結晶回転は,Fig.6(d)に示す{100}正極点図から明らかなようにマトリックスの{110}<110>方位からせん断帯内部の{100}<001>方位に向かったものとなっている(赤矢印)。ここで,{110}<110>加工マトリックス中に{100}<001>方位のせん断帯が埋め込まれた組織は,Nguyen-Minhら21),Xuら22)およびMehdiら23)が観察した圧下率が50%から70%の結果と一致する。なお,圧下率50%の冷間圧延で形成されたせん断帯の内部においては,Fig.3や4に示した圧下率30%および40%の場合と異なり,Fig.6(b)に示すように{111}<211>を含む領域Aが観察されたことは特筆される。また,領域Bはマトリックスと同じ{110}<110>方位であり,領域Aの方位へと連続的に変化している。この形成機構については,4・2で考察する。
(a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF (//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 50% reduction. (Online version in color.)
Magnified (a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF(//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 50% reduction and (d) {100} PF. Blue circles in (d) indicate the initial orientation of {110}<110> and red arrows indicate the direction of the crystal rotation within the shear bands. (Online version in color.)
Fig.7に70%圧下後のEBSD観察結果を示す。マトリックス全体が{111}<110>方位(IPF(//ND)が青色,IPF(//RD)が緑色)に回転をしていることが明らかである。これはTaokaら24,25)の研究結果と一致しており,彼らはXRDを用いて結晶方位を評価しているため,このマトリックスのみの情報を主に獲得していると考えられる。また,Fig.7に示した視野の下部においては{111}<211>方位(IPF(//ND)が青色,IPF(//RD)が青紫色)の変形ブロック領域が確認されたことは特筆される。この変形ブロックは,Taokaら24,25)の研究では言及されていない。この変形ブロック領域は局所的に存在するため,XRDでは,たまたま評価できなかった可能性も考えられる。また,圧下率を70%に増加させると,せん断帯もより多くなったことが明らかである。次にせん断帯を含む領域を拡大して観察した結果をFig.8に示す。Fig.8から明らかなように,この視野は,主に3つの方位,すなわち,{111}<110>,{111}<211>と{100}<001>方位からなる領域で構成されていた。そこで,これら3つの方位をTolerance±15°で色別してプロットしたものも併せてFig.8(d)に示す。まず,Fig.8の白色の点線で挟まれた領域Cに着目する。この領域Cの上下は{111}<110>方位,すなわち,この組織のマトリックス方位である。そのため,この領域Cはせん断帯と推察される。領域Cの特徴として,その内部に{100}<001>方位の領域と{111}<211>方位の領域が共存している点が挙げられる。また,このようなせん断帯内部における方位変化は,既に述べたようにFig.6に示した圧下率50%のせん断帯内部においても,その兆候が認められた。これについては,次章で考察する。また,{111}<211>方位は,Taokaら24,25)によって,再結晶後の主方位となることが知られており,{111}<211>方位を持つ再結晶粒の起源の一つとして,このせん断帯における{111}<211>方位領域を含む方位変化にあると推察される。これについては,次報で詳しく述べる。
(a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, and (c) IPF (//RD) map of the same area of a sample cold-rolled by a 70% reduction. (Online version in color.)
Magnified (a) IQ map, (b) IPF (//ND) map, (c) IPF (//RD) map, and (d) orientation map based on three orientation components of the same area of a sample cold-rolled by a 70% reduction. (Online version in color.)
まず,{110}<110>単結晶を冷間圧延した時のマトリックスの組織と方位の圧下率による変化について議論する。
圧下率10-20%では,ほとんど方位変化が認められなかった。おそらく,{110}<110>方位は圧延に対して,Taylor因子の高い,つまり,変形が困難な方位であり,初期方位が維持されたものと推察される。しかし,試料表層からの局所的なせん断帯の導入やその領域での結晶方位のわずかな変化が認められた。このような低い圧下率での変形の局在化は,Taylor因子が高いことと関係すると考える。
圧下率30-50%では,ほとんど結晶方位が変化しない領域とRD軸//<110>回りに結晶回転する領域がブロック状に分かれた。これは,本来変形しにくい{110}<110>方位が,{111}<110>方位へ一部変形したことにより,全体の変形をブロック状の変形領域で担保したためと考えられる。
圧下率60-70%ではそのほとんどが{111}<011>方位へと変化し,局所的に{111}<211>方位へ変形した領域が形成された。これは,MehdiらのTaylorモデルによる{110}<110>方位粒の圧下率に伴う結晶回転の計算予測23)と一致するものであり,Mehdiらの計算によれば,圧下率の増加に伴い主方位は{111}<110>となり,副方位として{111}<211>が現れるとしている。
4・2 せん断帯の組織と方位の圧下率による変化について次にせん断帯について考察する。せん断帯は,圧下率20%から観察されており,圧下率を上げていくとせん断帯の数が増加した。圧下率20%においては,せん断帯は板厚の表層のみに入っており,これは圧延ロールと材料との摩擦がせん断帯の発生のトリガーになったものと考えられる。一般的に,20%の低い圧下率でせん断帯が観察されることは珍しいと考えられ,これは{110}<110>方位粒は,圧延変形に対して最大のTaylor因子を取る21),すなわちすべり変形がもっとも困難な方位のためと考えられる。
さらに,圧下率の増加に伴い,せん断帯内部においては{100}<001>方位へ結晶回転が生じた。ここでは,この理由について考察する。Fig.4に示したせん断帯の3次元的形状の特徴を考慮すると,せん断帯内部ではせん断面法線とせん断方向が<100>方位に垂直なせん断変形に伴いTD軸//<100>回りに45°の結晶回転が発生したと推察される。これは,Nguyen-Minhら21)の塑性不安定条件を考慮した結晶塑性論に基づいた{110}<110>粒におけるせん断帯の予測結果により支持される。同様な事象として,Murakamiら28)が報告しているような{111}<211>方位粒の加工組織中に,TD軸//<011>回りに結晶回転した{110}<001>方位を持つせん断帯が発生することがあげられる。
次に,圧下率がさらに増加した圧下率50%の冷間圧延後に形成されたせん断帯の内部構造について,詳細に議論する。Fig.9には,Fig.6に示したせん断帯の内部のみを抽出し,そのGAM(grain average misorientation)値を,色表示したものである。ここで,GAM値とは,ある測定点と隣り合った部位との方位差の平均値であるKAM(kernel average misorientation)値を結晶粒ごとに平均した値である。本来GAM値は結晶粒に対して用いられるが,今回の解析ではセルを結晶粒と認識させて実施した。Umezakiら30)はKAM値が高いと幾何学的に必要な転位(GND: geometrically necessary dislocation)密度が高くなることを,EBSDとTEM観察の結果から示している。このことから,一つのセルのKAM値の平均値であるGAM値が高い粒は,セル内で幾何学的に必要な転位密度が高いと考えられる。ステップサイズを細かくし0.01 µmで測定したEBSD結果を,GAM値を用いて解析すると,Fig.9(a)に示すようにせん断帯内部のセル内の組織はGAM値が1°より上か下かでほぼ二分できた。その中で,幾何学的に必要な転位密度が比較的低いと思われるGAM値<1°の領域を抽出したものをFig.9(b)に示す。Fig.9(b1)がIPFマップ(//ND)であり,Fig.9(b2)がNDの逆極点図である。せん断帯内部のセル組織の中で,GAM値<1°の領域は{100}<001>方位が主方位であることがわかった。すなわち,せん断帯内で{100}<001>方位を持つ微細なセルから成る領域は,せん断帯内の周囲と比較し相対的に蓄積ひずみが少なく,冷間圧延時に局所的に動的回復が進行したことを示唆している。このような,せん断帯内での局所的な動的回復は,Murakamiら28)がGoss方位を持つせん断帯内部において,すでに確認している。また,せん断帯には前述の{100}<001>方位の他に,Fig.6に示したように, {110}<110>方位(Fig.6の領域B)から,{111}<211>方位(Fig.6の領域A)へ徐々に方位変化している領域が確認された。領域Aから領域Bにかけては,明瞭なセル構造を取っていないことから,一つのせん断帯の内部構造ではなく,隣接するせん断帯に囲まれたマトリックスの可能性が示唆される。Mehdiらによる圧延時の結晶回転の計算によると,{110}<110>方位の結晶粒は圧延すると,{111}<110>方位に回転をするが,圧下率のさらなる増加に伴い,マイナー方位として,{111}<211>方位が発現する。これを考慮すると,領域Aから領域Bの方位変化は高い圧下率の方位変化と同じため,推定される一因として,粒界には転位を蓄積しやすい性格があることから,局所的に高い塑性変形を受けた可能性が示唆される。
(a) GAM map, (b1) IPF (//ND) map and (b2) IPF(//RD) map of the shear band in Fig. 6 of a sample cold-rolled by a 50% reduction. (b3) IPF of ND. (b1), (b2) and (b3) represent areas with GAM < 1° in the shear band. (Online version in color.)
最後に冷間圧延圧下率70%時に,せん断帯内部において{100}<001>方位と{111}<211>方位が共存する理由について考察する。Fig.8に示したせん断帯(白の破線)内の結晶方位変化を明確に把握するために,Fig.8と同一視野のFig.10における白実線に沿った,点Aから点B,および,点Cから点Dまでの距離を横軸に,距離0の方位を基準とした場合の結晶方位差を縦軸にプロットした結果をそれぞれFig.10(b)とFig.10(c)に示す。直線ABはせん断帯を横断する方向に,直線CDはせん断帯と平行に引いた。Fig.10(a)にてグループ分けをした{111}<110>方位,{111}<211>方位,{100}<001>方位に対応する箇所をFig.10(b), Fig.10(c)に点線で囲んで示した。せん断帯内部の{100}<001>方位と{111}<211>方位は,直線AB,CDいずれも離散的に分布しており,その中間方位はほとんどないことがわかる。圧下率30-50%にてせん断帯内部で観察された{100}<001>方位が,もし圧下率の増加により{111}<211>方位に変化する場合は,両方の方位の境界でその中間方位が見られることが予想される。しかし,Fig.10(b),(c)に示すように,そのような中間方位は観察されなかったため,せん断帯内の{100}<001>方位と{111}<211>方位はそれぞれ別のメカニズムで形成されたと考えられる。すなわち,Fig.6に示した圧下率50%のせん断帯の観察結果において,{100}<001>方位は,せん断帯内部の{110}<110>方位からの結晶回転で形成されたと考えた。一方,{111}<211>方位はせん断帯に囲まれたマトリックス方位の結晶回転({110}<110>→{111}<110>→{111}<211>)で形成されたためと推察した。圧下率が50%から70%に増加すると,せん断帯の密度が増す結果,上述したような{111}<211>方位のせん断帯内への取り込みの頻度も増し,Fig.8に示したようにせん断帯内部には{100}<001>方位と{111}<211>方位が混在すると推察した。また,Fig.7に示すように,マクロには上に述べたような結晶回転がマトリックスの一部の領域で進行し,{111}<211>方位からなるブロック状変形領域が形成され,その割合が圧下率の増加と共に増加することが,もう一つの機構として考えられる。
(a) Orientation map of shear band (same as in Fig. 8(d)) of a sample cold-rolled by a 70% reduction, (b) and (c) are misorientation profiles as a function of distance along A to B, and C to D, respectively. (Online version in color.)
これまでの様々な倍率の観察結果に基づき,マトリックスとせん断帯内部における圧下率の増加に伴う結晶方位の変化を,Fig.11に模式的に示す。Fig.11(a)に示したマトリックスの方位は,低い圧下率ではほとんど方位が変化しないが,圧下率の増加に伴い{111}<110>方位へ結晶回転するブロック状の領域が形成される。更に圧下率が増加すると,{111}<110>方位が主となるが,一部のわずかな領域では{111}<211>方位が形成される。一方,せん断帯内では,Fig.11(b)に示したように,圧下率20%を超えると表層からせん断帯が入り始め,せん断帯内では{100}<001>方位が圧下率の増加と共に増える。また,圧下率がさらに増加しせん断帯が高密度で導入されると,隣接するせん断帯で囲まれた狭い領域のマトリックスは{111}<110>から{111}<211>方位に結晶回転し,せん断帯の一部に取り込まれることが推察される。更に圧下率を上げると,せん断帯がより高密度で複雑に導入され,せん断帯中の{111}<211>方位が増加したと考えられる。
Schematic showing the changes in fraction of textures with cold-rolling reduction. (a) in matrix, and (b) in shear band.
Vanderschuerenら26),は,79%冷間圧延した多結晶のIF鋼の加工組織に,せん断帯を含む{110}<110>粒を観察した。また, Nguyen-Minhら,Xuらは多結晶のSi鋼を70%冷間圧延した材料において,{110}<110>加工粒に{100}<001>方位を有するせん断帯が形成されていることを報告している。このように多結晶を用いた冷間圧延の方が,今回の疑似的な単結晶を使った冷間圧延よりも高かい圧下率で,{100}<001>方位を有するせん断帯の形成が確認されている。これは, 疑似的な単結晶を用いた本研究とは異なり多結晶体では,圧延に対してTaylor因子の硬い方位粒である{110}<110>方位粒より周りの軟らかい結晶粒が先に変形したため,多結晶体では圧下率が高い側にシフトしたことが原因と考えられる。
従来の研究においては,初期方位を{110}<110>に制御した単結晶あるいは多結晶,および初期方位が未定の多結晶の鋼板を用いて1水準の圧下率で冷間圧延しているため,圧下率の変化に伴うせん断帯の形成および集合組織の変化については,体系的な研究がなかった。本研究では,3%Si鋼の疑似的に単結晶の{110}<110>方位粒を出発材にして冷間圧延し,圧下率に伴う加工組織と集合組織の変化についてEBSDを用いて詳細に調査した。得られた結果を,以下にまとめる。
(1) 圧下率10-20%材では,表層からのせん断帯の導入とわずかなブロック状の変形が認められた。マトリックスの方位変化は,きわめて少ない。
(2) 圧下率30-50%材では,せん断帯が多く導入され,せん断帯内部の方位は初期の{110}<110>方位から{100}<001>方位にかけてTD軸//<100>周りの結晶回転をしていた。また,50%圧延材では,せん断帯の一部に{111}<211>方位の領域も観察された。これは,せん断帯に囲まれた微小なマトリックス領域が変形し,せん断帯に取り込まれたものと考えられる。
(3) 圧下率60-70%材では,マトリックスは主として,{111}<110>方位に回転した。また,せん断帯の内部は,圧下率の増加とともに{111}<211>方位の割合が増えた。
(4) このような{110}<110>粒における圧下率に伴う加工組織と集合組織の変化は,多結晶体と比較し単結晶では,低い圧下率で生じると考える。