Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Review
Quantitative Evaluation Methods for Surface Processing Technology Using Microbial Biofilm: Microbial Biofilm on Iron and Steel Slag, and the Effects of Slag Attached Biofilm on pH Buffering Action
Toshiyuki Takahashi Hotaka KaiNobumitsu Hirai
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2023 Volume 109 Issue 10 Pages 779-791

Details
Abstract

Iron and steel slags are being used, on a trial basis, as environmental remediation agents for marine sediments in rocky coastal waters. In addition to chemical risk such as component leakage of slag into the environment, formation of biofilms is inevitable due to the adhesion of environmental microorganisms to slag surfaces. The transformation of free-living microorganisms into biofilm forms not only alters microbial behavior and various physicochemical tolerances, but also changes the properties of the material. However, the impact and effects of biofilms on materials remain unclear due to the challenges of performing detailed analyses of biofilms on materials such as chemically active slag. Therefore, in this study, slags coated with biofilms were prepared and their chemical effects were investigated to determine whether microbes improve slag function. Furthermore, prior to determining the effects of the slag coated with biofilm, quantitative evaluation techniques for assessing slag biofilms were developed. The review is specifically focused on accurate quantitative evaluation methods for assessing biofilms on slag. Additionally, changes in the chemical properties of slag-coated biofilms are summarized. This technique for modifying slags using microbial biofilm can be applied to the development of novel materials, not only for slag but also for other materials, as material processing and surface treatment technology.

1. Introduction

鉄鋼スラグは,鉄鋼精錬を通して恒常的に排出される副産物である。2018年において,日本では製鋼スラグが13,749千トン,高炉スラグが22,737千トンそれぞれ生産された1。路盤材,コンクリート骨材など陸上用途を中心とした活用1に加え(Fig.1(a)),ケイカルやミネカルなどのように鉄鋼スラグの一部は,肥料として農業分野に利用されている(Fig.1(b))。しかし,現在,従来の鉄鋼スラグの用途は,他原料との競合にさらされている。また,製鋼スラグの一部(約1.8%【w/w】: 255千トン相当)が再利用されずに埋立処分されている。これらの廃棄は,産業廃棄物最終処分場のひっ迫の原因となっている。

Fig. 1.

Physical and chemical properties of materials, as well as their interactive property with organisms. (a) Utilization of iron and steel slag for land-based applications such as roadbed material and concrete aggregate based on the physical and chemical properties of materials1). (b) Utilization of iron and steel slag for agricultural applications such as in fertilizer based on the chemical properties and interaction with organisms1). (c) Negative aspects induced by disregarding the interactive property of materials with organisms, such as environmental pollution inducing toxicity to organisms and degradation of materials owing to microbial corrosion. (Online version in color.)

そのため,鉄鋼スラグを水と接する環境で利用することや,スラグの機能改質を誘導することなど,鉄鋼スラグのさらなる用途の開発が重要である。硫黄や鉄などの様々な元素を含む製鋼スラグの中で,転炉スラグは,岩礁沿岸海域や海底堆積物における貧酸素水塊や嫌気状態の環境修復剤として試験的に使用されている。具体例を挙げると,JFEスチール株式会社の実証試験2では,製鋼スラグを原料とした底質改善剤「マリンストーン」を用いて,海域の底質を改善した。また,日本製鉄株式会社の実証実験3では,製鋼スラグと腐食性物質を原材料に用いて,藻場における海藻の生育を改善させた。

材料開発の初期段階では,大きさや硬度などの物理性,その含有組成などの化学性が重視される。さらに,環境中で使用するあらゆる材料は,生物との相互作用(材料との生物学的相互作用)を避けることができない(Fig.1(c))。材料と生物の生物学的相互作用への考慮が不十分だと,材料成分の漏出による環境汚染につながる可能性がある。そのため,スラグに含まれる環境規制金属の漏出を抑制するため,例えば,陸域では土壌環境基準で,海域では海洋汚染防止法による水底土砂基準等の諸規則により管理されている4,5,6。環境汚染の問題に加え,生物学的相互作用の負の側面として,材料の腐食がある(Fig.1(c))。これは,材料に微生物が吸着することでバイオフィルムが形成されることに起因する。

環境中におけるスラグの実地試験では,試験資材を設置した試験区の海域底質における嫌気状態を改善し,コンブ等の藻類の繁茂とその維持に成功している7,8。この際,これらのスラグ含有材料の周辺部には,微生物の存在が確認されている9,10。微生物の中には,金属腐食などの負の側面以外に,生物学的採鉱(バイオマイニング,または,バイオリーチング)11,12,13,生物学的鉱物形成(バイオミネラリゼーション)14,15,そして生物学的環境浄化(バイオレメディエーション)16,17などの有用な応用能力をもつ微生物もいる。したがって,環境中で材料上に形成されるバイオフィルムが,水質浄化に寄与したり,バイオフィルムが藻や苔の繁殖しやすい基盤を作る可能性がある18,19,20。さらに,材料上で藻や苔が繁茂した後,それらの光合成生物が他の従属栄養生物の餌になることで,生物多様性の維持にプラスの作用を与え得る21。しかし,スラグ自体が化学的に活性をもつため,スラグ上に形成されたバイオフィルムの機能は明確に検証されていない。

そこで我々は,微生物の機能を用いて,鉄鋼スラグの好ましくない面の改質が可能かどうか21,22,スラグをバイオフィルムで被覆した微生物吸着スラグを作製し,その化学的効果を検証した22。また,これらのバイオフィルム被覆スラグの効果検証に先立ち,スラグ上に形成した微生物バイオフィルムの定量評価技術の開発を行った21,22。本稿では,スラグ上の微生物バイオフィルムの評価・分析手法に特に重点を置き,これまでに得られた研究成果を概説する。

2. スラグ上に形成されたバイオフィルムの定量評価法

2・1 材料表面上におけるバイオフィルムの形成

材料表面に形成されるバイオフィルムは,一般に,細菌や微生物が産生または分泌する細胞外重合物質(Extracellular polysubstance: EPS)によって覆われた細菌や微生物の膜状集合体と定義されている18,19,20。EPSは,多糖類,タンパク質,核酸や脂質などの多くの有機炭素化合物と種々のイオンを含む。バイオフィルムの内部には,多数の微生物がとどまっている。バイオフィルム内の微生物は,環境中に浮遊した自由生活状態の微生物に比べ,環境中に拡散する希薄な栄養成分を効率よく獲得できるという利点がある。それらのバイオフィルム中の微生物は,環境中の捕食者から逃れられるという利点もある21。さらに,バイオフィルム形成によって,微生物の生理挙動や種々の物理化学的耐性は,自由生活状態の微生物と比べて機能的に変化する23,24

バイオフィルムは数段階の過程を経て,材料上に形成される21,25,26。まず初めに,環境中に存在する有機物が材料表面に吸着し,コンディショニングフィルムが生成される。次に,環境中の浮遊微生物がコンディショニングフィルムに付着して,材料表面上で増殖する。増殖した微生物がEPSを産生または分泌すると,材料表面上に膜状集合体が生成される。そうすると,環境中に浮遊している微生物が不可逆的に吸着し始める。その結果,コンディショニングフィルム上で微生物がさらに増殖し,バイオフィルムが成熟(成長)していく(Fig.2(a))。例えば,ガラスのような平面基材にバイオフィルムが形成されると,微生物バイオフィルムはタワー状構造のような部分的な多層構造を形成する18,22Fig.2(b))。また,環境中で形成されるバイオフィルムは,水の流れの勢いや水流で流された物体との物理的接触などの物理的刺激にさらされる21。過剰成長したバイオフィルムが水流の物理的衝撃により破壊され,部分的に崩壊すると,バイオフィルム中の微生物が浮遊微生物として放出される。これらの放出された微生物は,材料表面の新しいコンディショニングフィルムのニッチに付着する。その後,その微生物は,そこで新たなバイオフィムル形成を開始する。

Fig. 2.

Biofilm formation on material surfaces and methods for qualitative or quantitative evaluation of biofilms. (a) Schematic diagrams of biofilm formation on slag.22 Starting from the initial stage of the adsorption reaction, in which microorganisms are reversibly adsorbed and desorbed onto the material surface, the adsorption of microorganisms onto the material surface increases after the formation of the conditioning film. A biofilm is subsequently formed on the material surface, and it grows into a tower-like structure partially. (b) Various microscopic analyses are performed as qualitative evaluation methods for the formation of biofilm on material surfaces. The panel shows an image of scanning ion conductance microscopy (SICM). (c) List of biomolecules, which can be often targeted for quantitative evaluations of biofilms in principle. The illustration in the upper part of the figure and the SICM image in the lower left part of the figure are modified from refs. 22) and 47), respectively. (Online version in color.)

2・2 バイオフィルム評価法のそれぞれの特徴

2・2・1 顕微鏡法をベースにしたバイオフィルムの定性評価法とその特徴

顕微鏡法をはじめとする光学分析は,様々な種類の生物試料の分析や研究において中核をなす技術である。生物試料の状態に応じて,分光光度計,濁度計やフローサイトメーターなどを用いる光学分析法,そして,重量測定や寒天培養プレートを使った微生物のプレートカウント法などが,生物試料の評価方法として一般的に用いられてきた19,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,41,42,43,44,45

材料表面に形成された微生物バイオフィルムの存在確認においても,顕微鏡ベースの計測が行われてきた18,46,47。最も簡易な光学顕微鏡や高倍率の観察が可能な電子顕微鏡の他に,蛍光顕微鏡や走査型プローブ顕微鏡(Fig.2(b))などの特殊な機能を有する顕微鏡が,様々な研究目的の用途に合わせて利用されてきた18,46,47。バイオフィルムが形成されたスライドガラスや平坦な材料表面の片側だけを分析し,かつ,微生物が付着した材料表面全体をスキャンできる場合,顕微鏡ベースの方法は,材料表面の微生物バイオフィルムの定量化という目的を果たすことができる。しかし,微生物は,環境中の平面的な材料や材料表面の特定の面にのみに付着するとは限らない。例えば,スラグは多面的な粒状形態である(Fig.1(b))。そのため,ガラス板を用いた実験と異なり,微生物はスラグの片面だけでなく,あらゆる面に付着する。したがって,顕微鏡法による一面のみの観測では,スラグへの微生物バイオフィルムの吸着を網羅的に把握することは困難である。それに加え,スラグ粒はそれぞれ異なる凹凸構造を持つ複雑な形状をしている。しかし,一般に,顕微鏡法は部分拡大した詳細分析に長けている。平面的な材料に形成したバイオフィルムでさえも,バイオフィルムのタワー状の立体構造は不均一であり,局所的に高低のある構造を示す18。そのため,特定の部分のみを顕微鏡で観察しても,バイオフィルムの全体像を把握し,理解することは困難である。すなわち,顕微鏡ベースの手法では,材料に吸着した微生物の量を定量的に評価することは困難である(Fig.2(b))。

2・2・2 特定生体分子を標的にしたバイオフィルムの定量評価法の特徴

バイオフィルムの評価には,各種顕微鏡法の他に,生化学分析が行われてきた18,19,20,21,22。生化学分析では,生物内の有機物や細胞構造物を検出する特異的検出試薬が,一般に定量評価に用いられる。前述のように,バイオフィルムには微生物細胞だけでなく,EPS(Fig.2(c))を構成する様々な種類の有機化合物が存在する。そのため,これらの化合物を標的として,分子プローブを用いた定量分析が可能である。さらに,特異的検出試薬の中には,可視光や蛍光で観察できるものもある。観察可能な分子プローブを用いたバイオフィルムの定量評価では,原理的に,顕微鏡法と組み合わせて,バイオフィルムの定性的な評価も同時並行して実施可能である。

本総説では,バイオフィルムの定量的な生化学分析法を紹介する。この中で,微生物の検出によく使われるクリスタルバイオレット(CV)色素48を使った方法の特徴を概説する。この試薬は,細胞表面の多糖類などの負に帯電した生体分子と反応し,標的細胞を紫色に染める(Figs.3(a)and 3(b)22。また,他の方法として,微生物細胞内のDNAに特異的に反応する蛍光色素(PicoGreen)49を使った方法もある(Figs.3(c)and 3(d)22。さらに,全有機炭素(TOC)法は,微生物の細胞やEPSに含まれる全ての有機化合物を測定する(Fig.4(a)21。最後に,A3法は,微生物細胞のエネルギー代謝に関わるアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate: ATP),アデノシン二リン酸(Adenosine Diphosphate: ADP),アデノシン一リン酸(Adenosine Monophosphate: AMP)などのATP類を測定する(Fig.4(b)21,50。なお,CV法や蛍光法と異なり,TOC法とA3法は,特定の生体分子を直接標識する訳ではなく,バイオフィルム中の分析対象物を二酸化炭素(CO2)や発光性物質にそれぞれ変換する。その後,バイオフィルムから変換された生成物をCO2量や発光量に基づき評価する。

Fig. 3.

Direct evaluation methods for biofilm and their detection reagents. (a) Schematic diagrams of microbial cell wall and the cell membrane, which contain various biomolecules with negative potential. (b) Molecular structure of CV dye.22) (c) Schematic diagrams of a microbial cell and the DNA.22) (d) Molecular structure of fluorescent PicoGreen dye, which is used to detect DNA.22) Their panels are quoted from ref. 22). (Online version in color.)

Fig. 4.

Indirect evaluation methods for biofilm. (a) Principle of the total organic carbon (TOC) method. (b) Principle of the A3 method. ATPase and PPi in the panel (b) denote adenosine triphosphatase and pyrophosphate, respectively. (c) Model result of the relationship between the number of viable bacteria and the amount of chemiluminescence when using the A3 method. (Online version in color.)

TOC法では,全有機化合物を回収して,燃焼させる。その後,燃焼により発生する揮発性有機炭素(すなわちCO2量)と不揮発性有機炭素(Non-Purgeable Organic Carbon: NPOC)のCO2量が,バイオフィルムに含まれるTOC量として測定され評価される21Fig.4(a))。A3法では,ルシフェリンとルシフェラーゼとの酵素反応が,溶存酸素の共存下においてATPにより促進的に進行することを利用し,励起状態の発光性物質を生成させる。この際,ATPはAMPになり,励起状態の発光性物質から光(生物発光)が放出される。その後,ATPの量を反映する生物発光による発光量が測定される21,50。A3法は,ATPだけでなく, ADPとAMPの両方を検出する点で,高発光量であり,高感度を示す。これは,ADPとAMPがそれぞれの酵素反応によってATPに変換されるためである21,50Fig.4(b))。したがって,A3法では全てのATP関連分子を検出できる。また,微生物の発光量は代謝活性を反映するため,発光量は微生物の生菌数に依存する(Fig.4(c))。したがって,測定原理の相違から,TOC法とA3法はバイオフィルムとその微生物の間接評価法であり,CV法と蛍光法は直接標識法とみなすことができる。

2・3 スラグ表面のバイオフィルム定量評価に関する実験例

2・3・1 CV法を用いたスラグ上のバイオフィルム評価における課題

CV法は,光学顕微鏡などの簡易な設備で微生物を評価できる。そのため,CV色素は,ガラスやプラスチック基板上に形成したバイオフィルムの定性評価に使われてきた18,19,20,22,46。また,顕微鏡によるCV色素の定性分析に加え,微生物に吸着されたCV色素をエタノールで抽出した後,そのCV抽出液を分光分析することもできる。これにより,微生物量に相当するCV濃度を定量できる19。分光光度計は,バイオ系や化学系実験室において汎用的に使われている。このため,分光光度計を用いるCV色素を含む抽出液の分析は,低コストで行える29

CV法は,直接標識によるバイオフィルム評価である。この方法は,CV色素が微生物細胞壁中の多糖類と静電的に結合することを測定原理としている。しかし,CV色素は,多糖類以外の標的分子として,タンパク質やDNAとも化学吸着する51,52。また,CV色素は,負電荷をもつ有機分子だけでなく,負電荷をもつ無機物にも化学吸着する。すなわち,微生物が付着していないスラグともCV色素は化学吸着する22Figs.5(a), 5(b)and 5(c))。特に高炉スラグとCV色素の化学吸着は,外観的にも明瞭である(Fig.5(a))。さらに,エタノールにより,スラグに吸着したCV色素を脱着させたCV色素抽出液の性状観察とそのスペクトル分析の結果,CV色素で処理した各種スラグの抽出液は,純粋なCV色素溶液と同波長に吸収極大を有していた(Figs.5(c)and 5(d))。すなわち,スラグの種類に関わらず,CV色素はスラグに化学吸着する。CV色素は,ガラス基板などの材料上のバイオフィルムを定量的に評価するために用いられてきた21。これは,これらのガラス基板にCV色素が化学吸着しないことに起因している。微生物に由来するCV色素の化学吸着は,微生物で被膜したスラグで観察することができる22。しかし,CV法ではスラグに吸着した微生物の量を正確に評価することは困難である。これは,CV色素がスラグに化学吸着し,吸着の程度がスラグの表面形状に依存するためである。

Fig. 5.

Analysis of slag coated with the biofilm using the direct evaluation methods. (a–d) Reaction of bacteria-free slag with crystal violet (CV) dye.22) (a and b) Photos of granulated blast furnace slag not stained (a) and that stained with CV (b). (c) Ethanol extracts from slags not stained and those stained with CV are shown, and a CV solution (10 mg/L) without slag is used as a reference. (d) Absorption spectra of an ethanol extract from each slag not stained and that stained with CV, and that of the CV solution (10 mg/L). (e–f) Analysis of the slag coated with biofilm using the fluorescent labeling method. (e) Flow diagram of experimental procedures for microbial DNA measurement extracted from the biofilm attaching to slag. (f) Absorption isotherm of microbes onto the converter slag. Panels (a)–(f) are cited from ref. 22). (Online version in color.)

2・3・2 微生物由来DNAの選択的蛍光検出によるスラグ上のバイオフィルムの定量評価とその特徴

一般に蛍光法は,標準的な比色法に比べて,目的物の検出における選択性と感度の点で優れている29。さらに,検出された蛍光波長から,検出物が対象物であるかどうか明確に識別することが可能である22,29。PicoGreen49は,生体分子であるDNAと選択的に反応する蛍光色素である。この蛍光色素は,細胞から抽出したDNAの定量によく用いられている(Figs.3(c)and 3(d))。PicoGreenの化学構造は,DNA結合蛍光色素としてよく知られるSYBR Green Iと類似している53。また,PicoGreenは,DNA結合蛍光色素であるHoechst 33258よりもDNAに対して高い感受性がある53。さらに,PicoGreenは,細菌細胞内の核様体と反応するため,細胞膜透過性がある54。したがって,PicoGreenもCV色素と同様に,バイオフィルムの直接標識型の評価法として利用できる可能性がある。

前述の通り,スラグを用いた実験では,個々のスラグ粒の形状差異やスラグ粒の全表面のスキャニングの困難さを考慮する必要がある。そこで,スラグに吸着した微生物量を評価するために,スラグに吸着した微生物由来のDNA抽出物を調製し,PicoGreen色素を用いた蛍光法で吸着微生物量を評価した22Figs.5(e)and 5(f))。特に,微生物DNAは,アルカリ熱抽出法を使って22>,55,スラグに吸着した微生物バイオフィルムから簡便に抽出できる(Fig.5(e))。抽出されたDNAは,PicoGreen蛍光色素を含むQubit dsDNA BRアッセイキット56試薬と反応させることにより定量された。DNA定量アッセイで決定されたバイオフィルム量と研究に使用したスラグ重量の両方が,一定量のスラグに吸着する微生物量(MB: Microbaial binding amounts [DNA·µg]/slag·g)に定量的に反映するものと仮定した22

本総説では,以下の研究の結果を紹介する:ケイ酸カルシウム肥料や転炉系石灰肥料のような工業物質由来であり,市販購入可能な微細粒スラグに対して,環境中に普遍的なBacillus属の細菌(B. subtilisB. circulans)を吸着させた22。この研究では,ケイ酸カルシウム肥料は高炉スラグに相当する。一方,転炉系石灰肥料は転炉スラグに相当する。これらスラグを用いた微生物バイオフィルムの形成は,先行研究において重点を置いている部分である22。スラグ成分の漏出に伴うpHの上昇4,5,24とそれによる微生物の剥離の可能性を考慮し,緩衝作用が強く,急激なpH上昇の抑制が期待できる微生物培養液中で,スラグと微生物との吸着挙動を評価した22。高炉または転炉スラグに添加する微生物の量(OD600値)を変化させ,スラグに微生物を吸着させて24時間後,適切なスラグの洗浄操作を行い,未吸着および浮遊している微生物を除去した。その後,スラグに吸着した微生物の量を蛍光法で評価した22Fig.5(f)は転炉スラグを用いた結果を示している。各丸印はスラグ重量あたりの各微生物の吸着量について実験データを示し,実線はこれらの実験結果の平均値を用いた近似曲線を示す。ここで,OD600値0は,本定量法の精度確認のために,微生物非含有のリン酸緩衝溶液(PBS)にスラグを浸漬させた結果である。スラグへの微生物吸着量の変化には,スラグへの微生物の直接吸着だけでなく,バイオフィルムの多層化などの複合的な現象が含まれている(Fig.2)。これらの結果の解釈は複雑だが,OD600値0の結果から,CV法と異なり,本蛍光検出法で用いたPicoGreenはスラグには化学吸着しないことが分かる(Fig.5(f))。したがって,本方法は,スラグに吸着した微生物だけを評価することができ,個々のスラグの形状差異に影響されない22

微生物のスラグへの吸着挙動を簡単に説明すると,実験に用いた微生物量の範囲で,少量の微生物(OD600値<0.3)をスラグに添加すると,スラグに吸着する微生物量が増加した。多量の微生物(OD600値>0.3)をスラグに添加すると,スラグに吸着する微生物量が減少した(Fig.5(f))。程度の差はみられるが,転炉スラグを用いた結果で観察されたこの傾向は,高炉スラグを用いた結果で観察された傾向と概ね同様である22

2・3・3 TOC法によるスラグ上のバイオフィルム定量評価の特徴

バイオフィルムを構成する微生物細胞の生体分子,および,微生物が分泌したEPSなどの細胞外有機化合物がTOC法により分析された。TOC法は,特定の生体分子の直接標識法ではないため,材料表面に吸着したバイオフィルムから全ての分析対象物を抽出する必要がある。今回の測定では(Fig.6(a)),純水が入った遠沈管内に微生物付着材料を入れた。その後,遠沈管をボルテックスミキサーで2分間振動させ,材料表面のバイオフィルムを媒質中に剥離および懸濁させた。バイオフィルムと微生物細胞を破壊するために,バイオフィルム懸濁液を超音波ホモジナイザーにより5分間超音波破砕した後,遠心分離を行った。その後,遠心上澄みを燃焼酸化方式に基づいたTOC法で測定した21Figs.4(a)and 6(a))。

Fig. 6.

Analysis of slags coated with biofilm using the indirect evaluation methods. (a) Flow diagram of experimental procedures for the evaluation of slag coated with biofilm using the TOC and the A3 methods. The evaluation of the biofilm using the TOC method was conducted using a total organic carbon meter based on the high temperature oxidation combustion method. For measurements using the A3 method, experimental samples were reacted with special reagents containing luciferin and luciferase. Thereafter, the emission from the reactant was evaluated as luminescence level (RLU) using a portable luminometer. (b) Measurement example of the slag coated with biofilm using the TOC method. (c) Measurement example of the slag coated with biofilm using the A3 method. Panels (b) and (c) are slightly modified from ref. 21). (Online version in color.)

Fig.6(b)は,スラグ上のバイオフィルムをTOC法で評価した結果である21。本研究では,転炉スラグ(Fig.6(b)の「Slag F」ラベル)と溶銑予備処理スラグ(Fig.6(b)の「Slag 5-2」ラベル)が使われた。参考までに,溶銑予備処理スラグの由来を簡単に説明する。スクラップから鉄を製錬すると,溶銑が発生する。その後,脱硫,脱珪,脱燐等の処理を行った溶銑から溶銑予備処理スラグが作られ,転炉工程の原料になる。これらのスラグ表面に対して,実験室バイオフィルム加速生成器(Laboratory Biofilm Reactor: LBR)21,47,57を用いてバイオフィルムを形成させた(Fig.6(a))。ここでは,塩分濃度約3%(w/v)の人工海水を30°Cで2週間循環させた。LBR装置に大気中の常在菌を取り込ませることで,スラグ表面に常在菌バイオフィルムを形成させた。TOC分析の結果,バイオフィルム無しの条件の試料(Fig.6(b)のpure water, slag 5-2 without biofilmおよびslag F without biofilm)と比較して,スラグ上にバイオフィルムが形成された状態の試料(Fig.6(b)のslag 5-2 with biofilmおよびslag F with biofilm)では有機炭素量(TOC値)が大きく増加することが分かった。このように,TOC分析では,スラグからの干渉が少なく,スラグ上のバイオフィルムを定量的に評価することができる。なお,溶銑予備処理スラグのスラグ5-2上に形成されたバイオフィルムは,転炉スラグであるスラグF上に形成されたバイオフィルムより多かった。これは,本試験におけるスラグの組成に起因するものである21

2・3・4 A3法によるスラグ上のバイオフィルム定量評価の特徴

一般に,生物のエネルギー代謝では,ATP,ADPおよびAMPが重要である(Fig.4(b)の細胞代謝)。バイオフィルムを構成する微生物でも,こられのATP類には同様の必要性がある。バイオフィルムには,EPS等の微生物の細胞外物質が存在する他,バイオフィルム量が多いほど,バイオフィルム内に存在する微生物数も多くなる。したがって,ATP量は,バイオフィルム中の生菌数に大きく依存すると考えられる。その意味で,A3法でATP類を測定することで,材料表面のバイオフィルムを定量化できる。生物発光を測定するA3法は,TOC法と同様に,特定の生体分子の直接標識法ではない。そのため,A3法では,材料表面に吸着しているバイオフィルムから全ての分析対象物を抽出する必要がある。本稿で紹介する実験では(Fig.6(a)),TOC法と同様に,純水が入った遠沈管内に微生物付着材料を入れた。その後,遠沈管をボルテックスミキサーで2分間振動し,材料表面のバイオフィルムを媒質中に剥離および懸濁させた。そのバイオフィルム懸濁液をルシフェラーゼとルシフェリン含有の専用試薬と混合させた。次いで,ポータブル式ルミノメーター(ルミテスターsmart:キッコーマンバイオケミファ製)を用いて,発光量を相対発光単位(RLU)として測定した21Fig.6(a))。

Fig.6(c)は,A3法で得られた結果を示している。ここでは,2・3・3節に記載された手順に従い,LBR装置を用いてFig.6(c)のバイオフィルムを形成した後,上記の手順によりスラグ表面のバイオフィルムを剥離し,純水中に懸濁させた。そして,ルミノメーターで微生物のATP類に由来する発光量を評価した。A3法の結果から,バイオフィルム無しの条件の試料(Fig.6(c)のpure water, slag 5-2 without biofilmおよびslag F without biofilm)と比べ,スラグ上に形成されたバイオフィルムの試料(Fig.6(c)のslag 5-2 with biofilmとslag F with biofilm)では生物発光量(RLU値)が大きく上昇することが分かった。このように,A3法では,スラグからの干渉が少なく,スラグ上のバイオフィルムを定量的に評価できる。ここでは2・3・3節に記載のスラグと同材料を用いているため,スラグ5-2とスラグF間のバイオフィルム量は,Fig.6(b)の結果と同様の傾向を示した。

2・3・5 CV法,DNAを標的とした蛍光法,TOC法およびA3法で得られるバイオフィルム量のデータ解釈の相違

前述した通り, CV法や蛍光法は,微生物の特定の生体分子構造を直接標識する方法であるため,バイオフィルム中に存在する微生物の数と直接相関がある。ただし,バイオフィルムを形成させる基材がスラグの場合,CV色素がスラグ表面に化学吸着するため,CV法は使用できない(Figs.5(a)-5(d))。今回の蛍光法は,微生物中のDNAを標的にしている(Fig.3)。Fig.5のモデル微生物を用いた実験で確認したように,スラグに吸着させた微生物が既知生物の場合,その微生物のゲノムサイズも既知である可能性が高い。したがって,測定されたDNA量から微生物の数を算出できる。また,スラグ表面にバイオフィルムを形成する微生物が環境微生物のように未知であったとしても,抽出したDNAの塩基配列を決定することにより,微生物種を同定できるだろう。DNAの塩基配列から同定された微生物のゲノムサイズが,利用可能なデータベースで決定されていれば,バイオフィルムを構成する微生物の数を評価することができる。

バイオフィルムには,微生物細胞の他に,EPS等の細胞外分泌成分が含まれており,これらは材料表面におけるバイオフィルムの三次元構造を維持するために重要である。さらに,個々の微生物のライフサイクルは多細胞生物に比べて著しく速いため,バイオフィルムは,相当数の死細胞やその細胞残骸を含む。TOC法は,これらのバイオフィルムを構成する全ての炭素分を測定しているため,材料上のバイオフィルムの評価に最も優れていると考えられる。

媒質中に浮遊している自由生活性の微生物と比べると,材料表面にバイオフィルムを形成している微生物の生理挙動や種々の物理化学的耐性は変化する18,22,24。このバイオフィルムの特徴を利用して,バイオフィルムで被膜されているスラグは,環境中においてスラグからの成分溶出挙動を変化させる可能性がある22。しかし,スラグに吸着した微生物が生きていない,または,生理活性が低い場合,そのスラグから溶出する溶出挙動はスラグの物理化学特性に影響されている可能性がある。したがって,この溶出挙動の変化に及ぼすバイオフィルムの効果を検証するには,CV法や蛍光法で生細胞と死細胞を含む微生物の絶対量を評価し,TOC法で微生物由来の有機化合物の量を定量するだけでは不十分である。この検証には,バイオフィルム中で生存している生菌数だけを評価する必要がある。つまり,バイオフィルム中の微生物の生死を問わず評価するCV法,DNAを標的にした蛍光法やTOC法などのバイオフィルム評価に加え,生菌数だけを評価する手法も必要となる。このようなバイオフィルムの評価には,生細胞の代謝によって生産される物質のみを評価するA3法が適している。

それでもなお,上記の特徴は,ある方法が他の方法よりも優れている,ということを意味するものではない。バイオフィルムの評価に関しては,それぞれの評価目的に応じて,各方法を使い分ける必要がある。複数の方法を組み合わせることで,バイオフィルムを多角的に評価することができる。

3. スラグ上に形成されたバイオフィルムの意義

3・1 スラグ上に形成されたバイオフィルムによるスラグ誘導性pH上昇の緩衝効果

本総説では,2・3・2節に記載された条件で実施した研究を紹介する22。この研究では,B. subtilisB. circulansなどBacillus属の細菌を用いて,スラグ上に形成されたバイオフィルムの化学的な効果を検討した。この研究の著者は,高炉スラグとしてケイ酸カルシウム肥料を,転炉スラグとして転炉系石灰肥料を使用した。Fig.7(a)は,この研究の実験操作の流れを示している。実験操作は以下の通りである:初めに,2・3・2節に記載した実験手順で,微生物バイオフィルムで被膜されたスラグを作製した。なおここで,2 gのスラグに吸着させた微生物の量は,OD600値0.3に相当する量であった。次に,バイオフィルムで被膜したスラグを20 mlの蒸留水(DW)中に7日間浸漬した。そして,pHメーターを用いて,媒質のpHを測定した(Figs.7(b)and 7(c))。

Fig. 7.

Relationship between the amount of microbes attaching to slag and their buffering action. (a) Flow diagram of experimental procedures for investigating pH buffering induced by the slag coated with biofilm. (b and c) The effect of slag coated with biofilm on buffer action. DW in Figs. 7(b) and 7(c) represents distilled water. Bar graphs show the changes in pH induced (b) by the blast furnace slag not coated or that coated with biofilm in DW, and (c) by the converter slag not coated or that coated with biofilm in DW. (d) Comparison of the amount of microbes attaching to the slag just after the adsorption treatment and immersion of the corresponding slag in DW for 7 days. All error bars indicate standard deviation in panels b, c, and d. An asterisk denotes statistical significance using the t-test (P < 0.05). Panels (b)–(d) are cited from ref. 22). (Online version in color.)

水環境下にスラグを浸漬させると,スラグからのアルカリ成分の溶出により,周辺水域のpHが上昇する。スラグによるpHの上昇は,スラグの環境中での利用を制限してきた4,5,6Fig.7(b)は高炉スラグ,Fig.7(c)は転炉スラグを用いて得られた結果を示している。図中の+または-の記号は各要素の有無を示し,Fig.7中のDWは蒸留水を表している。

これまでの複数の報告と同様に,高炉スラグ,転炉スラグを問わず,バイオフィルムを付着していないスラグのみを用いた実験では,媒質のpHが上昇した(Fig.7(b)と7(c)のそれぞれの黒バー)。微生物を吸着させた高炉スラグ(Fig.7(b)の黒バー以外)は,バイオフィルムを付着させていないスラグ(Fig.7(b)の黒バー)と比べると,pH上昇を有意に抑制した。また,微生物を吸着させた転炉スラグ(Fig.7(c)の黒バー以外)を用いた条件のpH値は,転炉スラグのみを用いた条件(Fig.7(c)の黒バー)と比較して,若干低くなった。しかし,バイオフィムルで被膜した転炉スラグのpHの緩衝作用は,統計的に有意ではなかった22。この実験では,高炉スラグと転炉スラグ,さらに2種類のBacillus属の微生物を使用した。その結果,微生物を吸着させたスラグによる緩衝作用の有効強度は,使用するスラグの種類により違いがあった22。この結果の考えられる原因については,3・2節でふれる。

3・2 スラグ上のバイオフィルム量とそのpH緩衝効果における緩衝強度の関係性

前述の通り,バイオフィルム内には,多数の微生物がとどまっていた。しかし,一部の微生物が過酷な極限環境下で生育するという例外はあるものの,一般に多くの微生物は中性域のpH環境で増殖する。スラグにより誘導されるpH上昇は(Fig.7(b)),バイオフィルムの形成と維持に対する影響を持つ可能性から,各スラグへの微生物の吸着に影響を及ぼす可能性がある。Fig.7(b)と7(c)で示すように,微生物吸着させた転炉スラグの効果は,微生物吸着させた高炉スラグの効果よりも弱かった。ここで,転炉スラグは,高炉スラグよりもpHの上昇作用が大きかった(Fig.7(b)と7(c)のそれぞれの黒バー)。そのため,それぞれのスラグに形成されたバイオフィルム量は異なっている。したがって,スラグへのバイオフィルム形成とそのpH緩衝効果の因果関係を明らかにするには,DWへの浸漬により,スラグ上に形成されたバイオフィルム量が変化するかどうかを定量的に評価することが必要である。

バイオフィルム量とpH緩衝効果の関係を明らかにするため,Takahashi22は,2・3・2節に記載の条件で,Bacillus属の細菌(B. subtilisまたはB. circulans)を吸着させた高炉スラグまたは転炉スラグ粒を作製した(前述の通り,スラグ重量2 gに対して,OD600値 0.3相当量の微生物を吸着)。その後,3・1節に記載の通り,そのスラグを20 mlのDWに7日間浸漬した(Fig.7(a))。浸漬7日後,プラスチックピペットを用いて上澄みを除去し,プラスチックピペットで新しいDW(20 ml)を加える操作を数回繰り返し,スラグから剥離した微生物を除去した。スラグに付着したバイオフィルムから,アルカリ熱抽出法により微生物由来のDNA を抽出し,抽出したDNAをPicoGreenによる蛍光法で定量した。DWに浸漬させる前のスラグ重量あたりの微生物吸着量を0日目の微生物吸着量としており,これはFig.5(f)の結果に対応している。ここでは,0日目の微生物吸着量とDWに7日間浸漬後の微生物吸着量を比較した(Fig.7(d))。なお,DNA定量で得られたDNA濃度とスラグ重量から,微生物付着量(Microbial adhesion volumes [DNA·µg]/slag·g)を算出した。この値は,一定量のスラグに吸着した微生物量の相対値として評価している。

スラグにより誘導されるpHの上昇に対して,バイオフィルム残存量の緩衝作用を検討した。2種類のどちらの微生物を用いた場合であっても,DWに7日間浸漬した高炉スラグでは,0日目の微生物量とほぼ同程度のバイオフィルムが維持された。高炉スラグの場合と比較すると,転炉スラグに付着させたB. subtilisB. circulansのバイオフィルムは,DW浸漬後に除去された。具体的には,B. subtilisでは約40%(0 日目との比),B. circulansでは70%(0日目との比)以上のバイオフィルムが除去された(Fig.7(d))。スラグにより誘導されたpHの上昇は,スラグからの成分溶出によるものである。しかし,微生物の剥離が大きい転炉スラグを用いた場合であっても,DWに7日間浸漬後もほぼ初めのスラグ粒の形状を保っていた22。したがって,スラグ粒の崩壊が,バイオフィルムのスラグからの剥離の主な原因ではないと考えられる。また,両スラグともにDWのpHを上昇させたが,転炉スラグの方が高炉スラグよりもpH上昇の効果が大きかった(Figs.7(b)and 7(c))。このように,転炉スラグではpHが急激に上昇するため,スラグ上に形成されたバイオフィルムが大きく剥離した。その後,微生物の剥離により,スラグ表面の所々が媒質にさらされるようになった(Fig.7(d))。スラグを用いた研究以外にも,いくつかの研究で,高アルカリ環境は酸性環境と比較してバイオフィルムの高い剥離を促進することが示されている58,59。バイオフィルムがスラグに誘導されたpH上昇に対する緩衝作用を持っていたとしても,急激なpH上昇の下では,バイオフィルムによるpH緩衝作用が有効に機能しなかった(Fig.7(c))。

Fig.7に示すように,pHの変化の観点から,スラグ上に形成させたバイオフィルムの効果を検証したが,これはスラグからの種々の成分溶出の結果を反映している4,5,37。しかし,バイオフィルムやバイオフィルムを構成する個々の微生物が,pH変動をもたらす各種のスラグ成分の溶出をどのように変化させているのかは不明である。さらに,Fig.7に加え,Fig.6(b)と6(c)においても,転炉スラグ上におけるバイオフィルム維持の困難さが確認されている。したがって,微生物バイオフィルムをスラグ改質技術として有効に利用するには,転炉スラグに起因する急激なpH上昇の環境下においても,スラグ上の微生物バイオフィルムを維持する仕組みを開発することが重要である。

3・3 表面処理技術としてバイオフィルムの可能性

前述の通り,水環境における鉄鋼スラグの利用は,沿岸海域における海域底質の環境修復剤などとして試験されている2,3,7,8,9,10,58 。また,これらの環境中でのスラグの使用において,スラグ表面にバイオフィルムが形成されることは避けられない。実際に,水環境中に設置したスラグ含有材料の周辺部に,微生物が確認されている9,10。自由生活性の微生物がバイオフィルム形状へ変化することで,微生物の挙動や種々の物理化学的耐性が変化するだけでなく18,24,材料の特性も変化する。実際に,微生物が引き起こす材料の機能変化は,本研究で紹介したバイオフィルムのpH緩衝能からも推察できる22Fig.7)。材料表面におけるバイオフィルムの精細な分析が実験的に困難なため,特に化学的に活性のあるスラグでは,バイオフィルムの効果や機能特性は十分に理解されていない。しかし,こういった特徴から,バイオフィルムの影響をよく考慮しないまま,環境中での試験利用が行われてきた。

バイオフィルムは,微生物によって引き起こされる金属腐食の原因として,工業的にはネガティブな側面から研究が進んできた。pHの緩衝能(Fig.7)などのバイオフィルムの特性を上手く活用できれば,バイオフィムル技術は,使用目的に応じてスラグからの成分溶出を変化させ,新規スラグ製品の開発に貢献できる。このように,微生物バイオフィルムを用いた技術は,スラグだけに限らず,他の材料に対しても,新規材料開発のための材料加工や表面処理技術として展開できる可能性がある。

4. Conclusion

本稿は,スラグ上に形成させたバイオフィルムの定量評価のための様々な手法の概要とそのデータ解釈の違いを概説した。また,バイオフィルムで被膜したスラグの意義について,スラグにより誘導されるpHの変化に対する観点から概説した。本稿の要点は,以下の通りである。

(1)バイオフィルムの直接評価法のうち,CV法は,スラグのように材料基材が化学活性をもつ場合は,バイオフィルムの定量には適さない。それに対して,微生物のDNAを標識する蛍光法で用いられる試薬は,スラグに化学吸着しないのでバイオフィルムの評価が可能である。

(2)TOC法とA3法は,スラグからの影響を受けることなく,バイオフィルムを評価可能である。

(3)スラグの種類によっては,その表面に形成された微生物バイオフィルムがスラグから剥離し,結果として,スラグ上のバイオフィルム量が減少した。

(4)スラグ表面に形成された微生物バイオフィルムは,スラグに誘導されたpHの上昇を緩衝することができる。しかし,スラグ誘導性の溶媒pHの上昇を緩衝するためには,バイオフィルムをスラグ上に維持する必要がある。

謝辞

本研究は,主に一般社団法人日本鉄鋼協会の鉄鋼研究振興助成,日本鉄鋼協会 評価・分析・解析部会 研究会I(シーズ主導型)「バイオフィルム被覆によるスラグ新機能創出」および日本鉄鋼協会 評価・分析・解析部会「化学的または生物学的処理によるスラグの機能変化とその評価・分析」フォーラムの支援を受けて実施された。

文献
 
© 2023 The Iron and Steel Institute of Japan

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