Tetsu-to-Hagane
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Creep Deformation Behavior and Microstructure of Laves-strengthened Ferritic Heat-resistant Steels Containing Nitrogen or Carbon
Shigeto Yamasaki Masatoshi MitsuharaHideharu NakashimaKazuhiro Kimura
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2023 Volume 109 Issue 3 Pages 167-178

Details
Abstract

The creep deformation behavior and microstructure of a N-containing steel expected to exhibit high creep strength and excellent oxidation resistance were investigated. Even for steel with a high W content, it was possible to form a martensitic microstructure by adding a sufficient amount of N. Comparison of the microstructures of the N-containing steel and a C-containing steel confirmed that the two steels have the same crystal orientation relationship. The N-containing steel precipitated with the Laves phase as a strengthening phase displayed a higher creep strength than conventional steel under relatively high stress. However, the superiority of the creep strength of the N-containing steel relative to the conventional steel decreased under low stress. The stress exponent of the N-containing steel was different from those of the C-containing steel and the conventional steel. This deference considered to be ascribed to the difference of variation behavior of dislocation density during creep deformation.

1. 緒言

近年,700°C(973 K)級先進超々臨界圧火力プラントの開発が各国で進められている。十分な高温強度と耐酸化性が保証できれば,熱膨張係数が小さく熱伝導性に優れるフェライト系耐熱鋼が蒸気ボイラ用材料として好適であることから,フェライト系耐熱鋼の高温特性向上への取り組みが行われている。ラスマルテンサイト組織を母相とするフェライト系耐熱鋼としては,実用鋼の中ではGr. 92鋼が最も高温強度に優れており,最高使用温度は620°C(893 K)程度である1)。また,物質・材料研究機構のグループが開発した鋼種では,650°C(923 K)までの温度域での十分なクリープ強度を達成している2)。耐熱鋼の使用上限温度はクリープ強度だけでなく耐酸化性によっても制限される。既存のフェライト系耐熱鋼の耐酸化性は主にCr添加量に依存しているが,Crはフェライト安定化元素であるため,高濃度のCrを添加した鋼種で母相をマルテンサイト組織とするためにはCr増分に対応した量のオーステナイト安定化元素の添加が必要となる。フェライト系耐熱鋼の耐酸化性向上に寄与するCr以外の元素としては窒素の有効性が報告されている。MasuyamaらはGr.9二相当鋼に約0.15 mass%の窒素を添加した鋼の600°C(873 K)から650°C(923 K)における耐酸化特性を調査し,窒素添加を行っていない場合と比較して耐酸化性が大幅に向上することを明らかにしている3)。また,近年,Matsubaraらは本論文で取り扱う鋼と同一の化学組成と微細組織を有する窒素添加鋼の耐酸化性を調査し,窒素添加量が増加すると高温下での酸化重量増の速度が低下することを明らかにしている4)。さらに彼らは鋼の微細組織が耐酸化性に及ぼす影響についても検討し,耐酸化性の向上には添加元素だけでなく微細組織をマルテンサイトとすることが有効であると述べている5)。オーステナイト安定化元素である窒素によって耐酸化性が向上することは,フェライト系耐熱鋼の耐酸化性向上と組織制御の両立という観点において合金設計の可能性を広げるものだと期待される。

我々は,窒素添加による耐酸化性の向上とMN型窒化物の析出によるクリープ強化を意図して,約0.3 mass%の窒素を含有したフェライト系耐熱鋼を開発し,そのクリープ強度を評価した6)。その結果,窒化物の析出のみでは既存鋼のクリープ強度を上回ることは出来ないことが明らかになり,更なる高温強度向上のためには窒化物以外の強化相の利用が必要である。炭化物や窒化物以外の強化相としては,Fe2W Laves相がクリープ強度向上に極めて有効であることが報告されている7)。そこで本研究では,Laves相を強化相に採用することで高クリープ強度を実現しつつ,窒素添加によって母相組織をラスマルテンサイト組織としたフェライト系耐熱鋼を開発し,開発鋼のクリープ変形挙動と微細組織の評価を行った。また,窒素添加により形成したラスマルテンサイト組織を有する鋼のクリープ変形挙動の特徴を明確にするために,窒素以外の合金元素量を同様とし,窒素に代えて炭素を添加した耐熱鋼を作製し,両鋼の微細組織とクリープ変形挙動を比較した。

2. 実験方法

本研究では,約0.3 mass%の窒素を含む高窒素フェライト系耐熱鋼に対して,Fe2W Laves相による析出強化のために6 mass%のWを添加した鋼(HN9)を作製した。Wは強力なフェライト安定化元素であるため,多量の添加はマルテンサイト組織の形成を阻害する。そこで,HN9ではNに加えてCoを添加することで,δフェライトの生成量を低減させた。また,Laves相で析出強化した鋼に対するC添加とN添加の影響を検討するために,HN9と同様にδフェライトの抑制が可能な量のCを添加した鋼(FN9C)も作製した。さらに,N添加がマルテンサイト組織の形成に寄与することを確認するために,窒素以外の合金元素量をHN9と同様として窒素や炭素を含まない鋼(FN9)を作製した。Table 1に作製した鋼の化学組成を示す。窒素を添加したHN9は加圧エレクトロスラグ再溶解法6)により,FN9CとFN9は真空高周波溶解により製造した。各鋼のインゴットは1273 Kから1473 Kの温度範囲で熱間鍛造した。

Table 1. Chemical composition of the sample steels. (mass%)
CSiMnPSNiCrVNbMoWCoN
HN90.010.060.07<0.005<0.0010.019.10.60.021.06.04.00.32
FN9C0.250.070.05<0.005<0.0010.028.90.60.031.06.03.90.004
FN90.010.060.07<0.005<0.0010.029.00.60.021.05.83.90.002

析出相が固溶する熱処理条件を検討するために,Thermo-Calcを用いた熱平衡状態計算を行った。熱力学データベースにはTCFE8を使用し,平衡相としてLIQUID(液相),FCC_A1(オーステナイト相またはMX型炭窒化物),BCC_A2(フェライト相),HCP_A3(Cr2N窒化物),M23C6(M23C6炭化物), およびLAVES_C14(Laves相)を入力して計算を行った。平衡計算は873 Kから1873 Kの範囲で10 K毎に行った。熱平衡状態計算の結果に基づいて,焼ならしを1473 K-30 min,焼戻しを1053 K-60 minで行った。

焼戻した鋼からつば付き単軸クリープ試験片を作製した。試験片の形状は平行部長さが30 mm,平行部直径が6 mmである。クリープ試験は923 Kと973 Kで60 MPaから180 MPaの応力範囲で行った。973 K-80 MPaの条件ではクリープ中断材も作製した。

焼戻し材とクリープ中断材について,SEMおよびXRDにより組織評価を行った。SEM観察とXRD測定用の試料は研磨紙とダイアモンド粒子による研磨の後,コロイダルシリカ研磨により仕上げた。

焼戻し後およびクリープ変形させた各鋼について,走査電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製 SciosおよびCarlZeiss社製Ultra55)を使用し,反射電子像観察(BSE),EDS法による析出相の元素分析およびEBSD測定を行った。これらの観察と測定は加速電圧5 kVまたは15 kVで行った。EDS測定では,C-Kα線,N-Kα線,V-Kα線,Cr-Kα線,Fe-Kα線,Mo-Lα線,W-Mα線を使用して,第二相粒子を含む領域で面分析を行った。EBSD測定のステップ間隔は0.5 μmとし,各鋼について200 μm×200 μmの視野を4視野ずつ測定した。得られた結晶方位情報は正六角形格子状にマッピングした。

X線回折測定にはCu-Kα線を用い,40 kV,40 mAの条件でθ-2θ法により行った。43.5°から140°までの2θ範囲について,サンプリングステップを0.01°,スキャン速度は対象とするピーク強度に応じて0.5°/minから2.0°/minで測定した。なお,本研究の試料はいずれも1053 Kの高温で焼き戻されているため,鉄母相の結晶構造は体心立方晶を想定して解析を実施した。

3. 結果と考察

3・1 微細組織のキャラクタリゼーション

本節では,作製した各鋼の微細組織を評価した結果について述べる。まず,各鋼の析出相について検討した。Fig.1に熱平衡状態計算から得た,各温度での平衡相の体積分率を示す。HN9とFN9Cで母相がオーステナイト単相となる温度範囲は,それぞれ1163 Kから1393 K,1213 Kから1433 Kである。FN9では1173 Kから1413 Kで一部がオーステナイトとなるが,体積分率は最大でも15%程度である。約0.3 mass%のNもしくはCの添加によりオーステナイトが安定化されていることから,HN9とFN9Cでは焼ならし後の急冷により母相の大半がマルテンサイト組織になると予想される。HN9のLaves相とFN9CのM23C6の溶解温度が約1373 Kであるため,これらを完全に固溶させるために焼ならし温度を1473 Kに決定した。焼戻し温度である1053 Kにおいて,HN9の主な析出相は体積率が多い順にLaves相,Cr2Nである。FN9CではM23C6,Laves相,FN9ではLaves相のみである。1053 KでのLaves相の体積率はHN9とFN9では5%程度であるが,FN9Cでは約4%とやや少ない。これはLaves相の構成元素であるWがFN9Cの主要相であるM23C6にも含まれるためである。

Fig. 1.

Variation of the volume fraction of the equilibrium phase with temperature, as determined from the thermal equilibrium state calculations, for (a) HN9, (b) FN9C, and (c) FN9. (Online version in color.)

Fig.2は各鋼の焼戻し材のSEM-BSE像である。HN9とFN9Cはラスマルテサイト組織が形成しているが,FN9はフルフェライト組織であった。これは熱平衡状態計算の結果とよく一致している。HN9は少量のδフェライトを含んでいた。HN9で観察される暗い粗大な相は晶出したVNである6)。微細な明るい粒子がすべての鋼で観察され,HN9では微細な暗い粒子がFN9Cでは中間輝度の粒子も観察された。これらの粒子は主に粒界上に析出していた。粒子の分散密度はFN9Cが最も密である。HN9とFN9C中の析出粒子についてEDSマッピングを行った結果をFig.3に示す。HN9のSEM-BSE像で暗く観察された微細粒子はCrまたはVの窒化物であり,明るい粒子はMoとWを含有していた。熱平衡状態計算の結果に基づけば,これらの粒子はそれぞれCr2NもしくはVNと,Fe2(Mo,W)Laves相である。また,FN9C中の中間輝度の粒子はCrとWを多く含む炭化物であり,明るい粒子はMo, Wを多く含む相であった。熱平衡状態計算より,前者はM23C6,後者はLaves相である。これらの析出粒子は転位運動の障害として直接的な変形抵抗となることに加え,サブグレイン組織の安定化や粒界すべりの抑制などを通じて間接的にも材料強化に貢献すると考えられる。

Fig. 2.

SEM-BSE image of the tempered material. Low magnification image of (a) HN9, (b) FN9C and (c) FN9. High magnification image of (d) HN9 and (e) FN9C.

Fig. 3.

EDS mapping of the precipitated particles in (a) HN9 and (b) FN9C. (Online version in color.)

次に窒素鋼と炭素鋼のマルテンサイト組織を比較するために,HN9とFN9CのEBSD測定で得られた結晶方位マップと,旧オーステナイト粒界,パケット境界,ブロック境界を色で区別した粒界マップをFig.4に示す。ここで,マルテンサイト組織中のブロック境界やパケット境界は特定の共通回転軸と方位差で表現することができる8,9)。例えば,<111>を共通回転軸として60°の方位差を有する粒界はKurdjumov-Sachs(K-S)の関係におけるブロック境界に相当する。本研究では共通回転軸と方位差を指定してEBSDマップ上に粒界を描く機能(OIM Analysis 7のAxis Angle機能)を利用して,K-S関係に基づいてブロック境界とパケット境界を描画した。加えて,方位差が15°以上の大角粒界のうち,ブロック境界,パケット境界のいずれにも分類されない粒界を旧オーステナイト粒界として描画した。HN9,FN9Cともにラスマルテンサイト組織を呈しているが,上述したように,HN9の粒界マップ中には旧オーステナイト粒内にパケット境界やブロック境界を含まないδフェライト粒も観察される。EBSDマップから求めたHN9中のδフェライト面積率は約7%であった。旧オーステナイト粒径はHN9が約30 μmであるのに対し,FN9Cは200 μm以上の粗大粒である。HN9の旧オーステナイト粒径が微細となった要因は,晶出VNなどの窒化物粒子によって溶体化時の粒界移動が抑制されたことに加え,溶体化温度においてオーステナイト-δフェライトの二相状態であったためだと考えられる。FN9Cは旧オーステナイト粒とパケット粒はHN9よりも粗大であるが,ブロック粒はむしろ微細である。HN9とFN9Cのマルテンサイト組織の特徴をより詳細に抽出するために,隣接するEBSD測定点間の方位回転の共通回転軸を<011>,<012>,<013>,<111>,<122>,<133>,およびそれ以外に分類し,共通回転軸毎の方位差をヒストグラムとして評価した結果をFig.5に示す。なお,各共通回転軸に分類する際の許容角度は±10°とした。K-Sの関係におけるブロック境界のひとつに対応する<111> 60°のピークが最も特徴的である。このピークの高さはFN9CのほうがHN9よりも大きいが,これはFN9Cのブロック粒がより微細であることを意味しており,結晶方位マップでの観察結果と一致する。同様に,K-Sの関係におけるブロック境界に対応する<011> 60°のピークも両鋼で認められるが,そのピーク頻度もFN9CにおいてHN9よりも大きな値となっている。なお,K-Sの関係から予想されるピークではない<223> 60°も両鋼で明瞭に認められるが,これは<223>と<111>の角度差が約11.4であるのに対し,共通回転軸の許容角度を±10としているために<111> 60°の一部が二重にカウントされているためだと考えられる。HN9ではパケット境界に対応する<122> 52°付近のピークが明瞭に認められる。これはFN9CよりもHN9の方がパケット粒が微細であるという結晶方位マップでの観察結果と整合する。これらの境界の結晶学的特徴はK-Sの関係と完全には一致しないものの,両鋼でピークが認められる共通回転軸と方位差は同一である。したがって,窒素添加または炭素添加によって形成したマルテンサイト組織のパケットとブロックは結晶学的に同様の特徴を有していることが明らかとなった。

Fig. 4.

Crystal orientation maps for (a) HN9 and (b) FN9C, and grain boundary maps for (c) HN9 and (d) FN9C. (Online version in color.)

Fig. 5.

Histograms of the rotation angles for all of the grain boundaries classified by common rotation axis for (a) HN9 and (b) FN9C. (Online version in color.)

次に,ラスマルテンサイト組織について検討する。Fig.6にHN9とFN9Cの結晶方位マップより得られた方位差1°から15°の小角粒界の数を0.5°毎のヒストグラムとして示す。図中には測定精度を確認するために同様の方法で測定した等軸フェライト組織のFN9の結果も示している。ラスマルテンサイト組織を有するHN9とFN9Cには方位差が約7°以下の小角粒界が非常に多く存在している。これらの小角粒界はマルテンサイト変態により導入されたラス境界および焼戻し時やクリープ中に形成した亜粒界に対応している。以後本研究では,両者を区別せずに亜粒界として取り扱う。1°から3°の小角粒界の数はFN9CよりもHN9の方が多い。このことはHN9のサブグレイン組織がより微細であることを意味している。Mitsuharaらは,EBSDデータにおける小角粒界の数からラスマルテンサイト鋼中の平均亜粒界幅lを求めるための次のような式を提案している10,11)

  
l¯=3Nts4Nθ(1)
Fig. 6.

Histograms of the low-angle grain boundaries from 0° to 15° obtained from the crystal orientation maps of HN9, FN9C and FN9. (Online version in color.)

ここで,Nθは方位差θの点のカウント数,Ntは全測定点のカウント数,sはEBSD測定のステップサイズである。本研究では,Mitsuharaらと同様に1°から5°の小角粒界を亜粒界として定義し,式(1)を適用することで亜粒界幅を見積もった。なお,HN9は少量のδフェライトを含むため,亜粒界幅の評価はEBSDマップ上のδフェライトを除外して実施した。HN9とFN9Cの亜粒界幅はそれぞれ345 nmと486 nmと見積もられた。HN9の方がFN9Cよりやや微細なサブグレイン組織を有している。これらの亜粒界幅はMitsuharaらがGr.91鋼の焼戻し材で得た約400 nmと近い値10)である。また,これまでに従来の焼戻しラスマルテンサイト組織を有するフェライト系耐熱鋼のTEM観察から報告されている値1214)とも同程度である。

次にXRD測定から求めた両鋼の転位密度について比較する。Fig.7にHN9とFN9Cの焼戻し材のXRD測定における各回折ピークの半値幅より得られたWilliamson-Hallプロットを示す。ここで,ΔKKはそれぞれ次式で表される。

  
ΔK=βcosθλ(2),
  
K=2sinθλ(3)
Fig. 7.

Williamson–Hall plot of the tempered steels. (Online version in color.)

βはXRDラインプロファイルの半値幅,θは回折角,λはX線の波長(0.154 nm)である。ΔKKの間には次式で表される関係が知られており15,16),プロットの傾きから不均一格子ひずみεが求められる。

  
ΔK=0.9D+εK(4)

ここで,Dは結晶子サイズである。両鋼のεの値を次式16,17)に代入することで転位密度ρを求めた。

  
ρ=14.4(εb)2(5)

ここで,bはバーガースベクトルの大きさ(0.248 nm)である。HN9とFN9Cの転位密度はそれぞれ3.9×1014 m-2,1.6×1014 m-2と見積もられた。HN9の転位密度はFN9Cよりも2倍以上大きい。

Moritoらは,窒素または炭素の元素濃度を変化させた1.5Mn鋼の焼入れ後のマルテンサイト組織を調査した18)。彼らは窒素添加鋼と炭素添加鋼のマルテンサイト形態は同様であるが,ブロック境界頻度は窒素添加鋼のほうが同じ添加量レベルの炭素添加鋼よりも小さいと報告した。ブロック境界の特徴については,本研究結果も彼らの結果と定性的に一致する。また,彼らによれば,窒素添加鋼の亜粒界幅と転位密度は,同じ格子間原子濃度を有する炭素添加鋼よりも低い。亜粒界幅については本研究結果も彼らの報告と同様の傾向であるが,転位密度については正反対の傾向となった。本研究の試料は焼戻し材であるため,窒素添加鋼は炭素添加鋼よりも焼戻しによる転位の回復が抑制されている可能性がある。しかし,本研究では焼入れままの試料の微細組織評価は行っていないため,この転位密度の相違についてこれ以上の議論は行えない。

3・2 クリープ変形挙動

Fig.8に923 Kと973 Kでのクリープ試験における応力-破断時間線図を示す。図中には既報6)にて報告した窒素添加鋼とASME Gr.92鋼19)の強度も併記した。HN9は923 K,973 Kともに他の鋼よりも高い強度を示した。HN9の973 Kにおけるクリープ破断強度は既報の窒素添加鋼の923 Kの強度と同等であり,Laves相の析出により大幅に強化されていることがわかる。また,FN9Cのクリープ破断強度は従来鋼であるGr.92鋼よりもわずかに高く,窒素添加の有無にかかわらず,従来のM23C6などの炭化物を主体とする強化と比較してLaves相による強化がより効果的であることがわかる。ただし,比較的高応力かつ短時間のクリープ試験では,HN9はFN9CやGr.92鋼よりも高強度であるが,HN9とFN9CやGr.92鋼とでは破断時間の応力依存性が異なっている。このことによって,973 K-130 MPaではFN9Cに比べてHN9のクリープ強度が明らかに高いが,973 K-80 MPaではHN9とFN9Cの破断時間はほぼ同等となっており,より低応力では両鋼の強度関係が逆転する可能性もある。

Fig. 8.

Relationship between the stress and rupture time in the creep tests performed at 923 K and 973 K. (Online version in color.)

Fig.9は973 Kにおける最小ひずみ速度と応力の関係である。図中にはGr.92鋼20)の値も示している。80 MPa以上の高応力域に着目すると,FN9Cの最小ひずみ速度はGr.92鋼よりもわずかに小さい。HN9の最小ひずみ速度はFN9Cよりも更に小さい。応力が低下するほどHN9とFN9Cの最小ひずみ速度は近づく傾向があり,応力と破断時間の関係と同様に,より低応力域では両者の最小ひずみ速度の大小関係は逆転する可能性がある。実際にHN9とGr.92鋼の比較では60 MPaにおいて強度関係が逆転した。この傾向は応力指数に明瞭に現れている。FN9Cの応力指数は9.8であり,Gr.92鋼の高応力域の値とほぼ同様である。一方,HN9の応力指数はFN9Cよりも小さく,3.7であった。Gr.92鋼を含む既存のフェライト系耐熱鋼では,高応力域と低応力域では応力指数が変化することが知られており2022),図中で引用した文献では,その値は高応力域で10,低応力域で4.0と報告されている。興味深いことに,本研究で得られたFN9Cの応力指数はGr.92鋼の高応力域の値に,HN9のそれはGr.92鋼の低応力域の値に非常に近い値である。また,著者らの研究により,Laves相を含まず,主要な析出物がVNまたはCr2Nである他の窒素鋼においてもHN9と同様に応力指数が約3程度になることがわかっている23)。加えて,FN9Cの焼戻し温度を780°Cから700°Cへ低下させることで初期転位密度を増加させた場合には,これら窒素鋼と同様に応力指数が約3になることも確認されている23)。したがって,HN9をはじめとする窒素鋼の小さな応力指数は析出相の種類とは関係なく,高い転位密度と関連するものであることが示唆される。窒素または炭素の添加に関わらず,高転位密度鋼においては小さな応力指数が観測される領域がより高応力・高ひずみ速度域側まで拡大することは,いわゆるクリープ破断強度の腰折れ現象の発現要因とも関連していることが予想されるため,今後の重要な研究課題といえる。

Fig. 9.

Relationship between the minimum strain rate and stress at 973 K. (Online version in color.)

HN9とFN9Cのクリープ変形挙動の違いをより詳細に検討するために,クリープ中のひずみ速度の変化に着目する。Fig.10に973 KにおけるHN9とFN9Cのひずみ速度-時間曲線とひずみ速度-ひずみ曲線を示す。ひずみ速度-時間曲線の形状は両鋼で同様である。一方,ひずみ速度-ひずみ曲線の形状は大きく異なっている。FN9Cは遷移クリープ域で緩やかにひずみ速度が低下し,ひずみ3~5%で最小ひずみ速度となった後,加速クリープに転じて破断に至る。それに対し,HN9ではFN9Cよりも遷移クリープでのひずみ速度低下が急速に生じており,ひずみ1%以下で最小ひずみ速度となった後,加速クリープに移行した。

Fig. 10.

Relationships between (a)-(c) strain rate and time and (d)-(f) strain rate and strain for HN9 and FN9C at 973 K.

3・3 クリープ中の微細組織変化とクリープ変形挙動の関係

HN9とFN9Cのクリープ変形挙動の違いは,クリープ中の微細組織変化の差異が反映されたものだと考えられる。そこで,973 K – 80 MPaでクリープ中断材と破断材を作製し,クリープ変形時に生じた微細組織変化を調査した。なお,このクリープ試験条件でのHN9とFN9Cの破断時間はそれぞれ846.2 hと619.8 hである。Fig.11にHN9とFN9Cのクリープ試験前の試料とクリープ中断材のSEM-BSE像を示す。HN9はクリープ開始から212 h(ε=1.2%)と635 h(ε=4.9%),FN9Cは212 h(ε=4.5%)で中断した。すべての中断材は最小クリープから加速クリープ域で中断した。Fig.11(b)と(e)は中断時間が同一,(c)と(e)は中断時のクリープひずみが同等である。HN9では212 h中断材で白色で観察されるLaves相がわずかに粗大化した。635 hの中断材ではLaves相がさらに粗大化するとともにサブグレイン組織の等軸化も認められる。FN9Cでは212 hクリープ中断材中の析出粒子の分散状態は初期材と大きく異なっていない。FN9Cの620 h破断材でもHN9と同様に析出物の粗大化とサブグレイン組織の等軸化が認められた。したがって,HN9,FN9Cともにクリープ変形後期において亜粒界上の析出物が粗大化することでピニング力を失い,サブグレイン組織の等軸化ならびに粗大化が生じることでひずみ速度の加速が促進されたことが推測される。初期から212 hまでの析出粒子の分散状態を見ると,HN9よりもFN9Cの方が常に密に分散している。それにもかかわらず,Fig.10(c)に示したひずみ速度-時間曲線より,973 K - 80 MPaでの212 h時点までのひずみ速度はHN9の方がFN9Cより常に小さい。したがって,析出物よりも転位下部組織の方が両鋼のクリープ強度に大きな影響を及ぼしていると考えられる。

Fig. 11.

SEM-BSE images of the initial materials and the interrupted creep test specimens for (a)-(c) HN9 and (d),(e) FN9C.

そこで次に亜粒界幅と転位密度の変化について検討する。両鋼の中断材のEBSD測定結果から求めた亜粒界幅の変化をFig.12に示す。Fig.12(a)Fig.12(b)は,それぞれ時間とひずみに対する変化である。Fig.12(a)には高温でのアニーリングの影響だけを表している試験片グリップ部の値も記載している。前述したように,初期材の亜粒界幅はHN9の方がFN9Cよりやや微細である。Fig.12(a)より,両鋼のゲージ部,グリップ部ともに時間が経過するにつれて亜粒界幅が増大した。高温保持の影響だけを受けたグリップ部での亜粒界幅を比較すると,600 h程度経過した時点においてもHN9の方が微細である。ただし,その変化量については,初期の亜粒界幅が大きいFN9CのほうがHN9よりも穏やかである。このことは,1053 Kでの焼戻しによりFN9Cのサブグレイン組織がより安定化されたことを意味している。一方,ゲージ部においては両鋼ともにグリップ部よりも亜粒界幅が顕著に増大した。つまり,既存鋼と同様に亜粒界幅の増加にはクリープ変形によるひずみが大きく影響している。Fig.12(b)に示す亜粒界幅とひずみの関係より,HN9の亜粒界幅はひずみの増加にともなって増大した。FN9Cのデータ点が二点であるためその間の変化挙動については議論できないが,HN9のプロットの近似曲線を平行移動することでFN9Cの二点間を首尾よく接続できた。そのため,クリープ変形中のFN9Cの亜粒界幅とひずみの関係はHN9と同様の傾向を示すものと推察される。

Fig. 12.

Variation of the subgrain width with respect to (a) time and (b) strain during creep deformation at 973 K-80 MPa. (Online version in color.)

以上のことを踏まえ,ひずみ速度-ひずみ曲線に関して,HN9ではFN9Cよりも遷移クリープ域において急激なひずみ速度低下が生じた要因について微細組織変化の観点から考察する。Fig.12(b)に示した亜粒界幅のひずみに対する変化からわかるように,HN9のクリープ変形にともなうサブグレイン組織変化はFN9Cとほぼ同様である。したがって,HN9とFN9Cのひずみ速度-ひずみ曲線の差異をサブグレイン組織の変化によって説明することはできない。そこで以下では転位密度変化に着目する。各中断材のXRD測定結果から求めたクリープ変形に伴う両鋼の転位密度の変化の比較をFig.13に示す。前述したとおり,初期材の転位密度はHN9の方がFN9Cよりも2倍以上高い。Fig.13に示すように,クリープ変形が生じるとHN9の転位密度は急速に低下した。一方,FN9Cでは,わずかに減少傾向にはあるものの,初期とクリープ後の転位密度は大きく異なっていない。ひずみ約1%以上までクリープ変形した後の転位密度は両鋼でほぼ同程度となった。クリープ変形のひずみ速度ε˙は次式で表現することができる。

  
ε˙=ρbv(6)
Fig. 13.

Variation of dislocation density with creep deformation at 973 K-80 MPa. (Online version in color.)

ここで,ρは可動転位密度,bはバーガースベクトルの大きさ,vは転位の移動速度である。式(6)によれば,可動転位密度が減少するとひずみ速度が低下する。実際に,焼戻しラスマルテンサイト鋼では初期組織中に多量に存在する可動転位が減少することで遷移クリープにおけるひずみ速度低下が生じると考えられている24,25)。したがって,HN9における遷移クリープ域での急速なひずみ速度の低下は,その時に生じた大規模な転位密度の減少と対応していると理解できる。ただし,Fig.10(c)より,973 K - 80 MPaにおいてHN9では遷移クリープ域においてひずみ速度の低下が二桁以上に及ぶのに対して転位密度の低下は1/3程度である。また,転位密度が大きく変化しなかったFN9Cにおいても,ひずみに対する変化は緩やではあるが最終的にはHN9と同程度にまでひずみ速度は低下した。そのため,HN9の遷移クリープにおける急激なひずみ速度低下には転位密度の減少が関連している可能性が高いものの,遷移クリープでのひずみ速度低下には本研究で評価しきれていない微細組織の変化も影響していると考えられる。例えば,XRDで評価している転位密度は可動・不動を区別しない全転位密度であるが,上述したように遷移クリープに大きく影響するのは可動転位密度の変化である。したがって,可動転位密度を独立して評価することができれば,HN9とFN9Cの遷移クリープ挙動の差異をより明確に説明できる可能性があるが本研究結果からはこれ以上の議論は行えない。また,ひずみ速度-ひずみ曲線において,FN9CよりもHN9がより早期から加速クリープに転じた要因についても析出物,サブグレイン組織,転位密度のいずれによっても明確に説明することはできず,今後の検討課題である。

4. 結言

Laves相による強化を意図して多量のWを添加して作製した窒素鋼HN9と炭素鋼FN9Cについて,クリープ変形挙動と微細組織を評価した。また,これらの鋼のクリープ変形挙動をクリープ変形時の微細組織変化を関連させて議論した結果,以下の結論が得られた。

(1)窒素は高温でのオーステナイト安定化に有効であり,多量のWを添加した鋼をラスマルテンサイト組織とすることができる。

(2)窒素鋼HN9では添加したWのほとんどがLaves相の形成に寄与するが,炭素鋼FN9CではM23C6にもWが消費される。

(3)ブロック,パケットの結晶学的特徴と亜粒界幅は窒素鋼HN9と炭素鋼FN9Cで概ね同様であるが,転位密度はHN9のほうがFN9Cよりも有意に高い。

(4)923 Kと973 Kにおけるクリープ強度はFN9CよりもHN9のほうが高かった。ただし,低応力・長時間域ではHN9のクリープ破断強度はFN9CやGr.92鋼の強度レベルに近づく傾向を示した。最小ひずみ速度と応力の関係もこれと同様の傾向を示しており,これはHN9の応力指数がFN9CやGr.92鋼とは異なるためだと考えられる。

(5)HN9とFN9Cでは,特に遷移クリープでのひずみ増加に対するひずみ速度の減少傾向が異なる。これにはHN9とFN9Cの初期転位密度の違いとクリープ中の転位密度変化が影響している可能性がある。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構が実施する先進低炭素化技術開発(ALCA)プロジェクトの一環として行われた研究成果である。ここに明記して謝意を表す。また,加圧ESR法による材料作製には物質・材料研究機構の共同設備を利用した。操業にあたり,岩崎智氏,檜原高明氏,黒田秀治氏にご助力頂いた。ここに謝意を表す。

文献
 
© 2023 The Iron and Steel Institute of Japan

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