Tetsu-to-Hagane
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Effect of Alloying Elements on Grain Boundary Segregation of Boron and Carbon in α-Iron
Tatsuya Tokunaga Yuta MotomuraHidenori EraToshihiro TsuchiyamaKazuhisa ShobuMitsuhiro HasebeHiroshi Ohtani
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2023 Volume 109 Issue 3 Pages 158-166

Details
Abstract

To clarify the effect of alloying elements (M) on the grain boundary segregation behavior of boron (B) and carbon (C) in α-iron, the grain boundary segregation of B, C and alloying elements was evaluated thermodynamically for the Fe–B–1.0 at.%M and the Fe–C–1.0 at.%M ternary systems (M: Al, Ti, V, Cr, Mn, Nb, Mo) using the parallel tangent law proposed by Hillert. In this calculation, the Gibbs energies of the liquid phase in the Fe–B–M and Fe–C–M ternary systems were applied to those of the grain boundaries. According to the calculated results, in the Fe–B–M ternary systems, co-segregation of Ti, V, Mn or Nb with B was predicted, while no co-segregation behavior was confirmed in the case of Al, Cr or Mo addition; in the Fe–C–M ternary systems, co-segregation of Ti, V, Nb or Mo with C was predicted, while no co-segregation behavior was confirmed in the case of Al, Cr or Mn addition. These co-segregation tendencies correspond well with the formation tendencies of metal borides or metal carbides. Although the present calculated results were based on the assumption that substitutional elements can diffuse sufficiently in addition to interstitial elements B and C, we proposed an equation for the parallel tangent law under paraequilibrium condition in which no partitioning of substitutional elements occurs.

1. 緒言

鋼に数十ppm程度の極微量のホウ素(B)を添加することによって焼入れ性が向上することはよく知られており,そのメカニズムとしては,オーステナイト粒界に偏析したBが粒界エネルギーを低下させてオーステナイト/フェライト変態を抑制するためであるとされている1,2)。焼入れ性向上に有効な粒界における固溶Bがホウ炭化物として粒界に析出すると焼入れ性向上効果が低下するが3,4),Bに加えてMoやNbを複合添加するとBの焼入れ性向上効果が増大することが報告されている5,6)。また,Crを9~12%含有したフェライト系耐熱鋼においては,MoやWなどの固溶強化元素やVやNbなどの炭窒化物形成元素が添加されているために優れた耐クリープ特性が発現されるが,140 ppm程度のB添加によってクリープ破断強度をさらに向上させた9Cr–3W–3Co–0.2V–0.05Nb鋼が開発されている7,8)。クリープ破断強度の向上は,粒界に析出したM23C6(Cr23C6のCrサイトにFe,Mo,Wが固溶した炭化物)の粗大化抑制によるものであるが,従来のCrを9~12%含有したフェライト系耐熱鋼においては,粒界に偏析したBがM23C6に固溶していることが三次元アトムプローブトモグラフィー(3D-APT)によって明らかされており,これによってM23C6の粗大化が抑制されるのではないかとされている9)

鋼中におけるBの粒界偏析については,α線トラックエッチング法や二次イオン質量分析法などによって調べられてきたが,最近は3D-APTにより,高い空間分解能で偏析量を定量的に評価できるようになってきている10)。一方,粒界偏析に対して種々のモデル計算も行われている。Ohtaniは,Hillertによって提案された粒界相モデル(粒界相と母相との平衡を計算する方法)11)によってFe基二元系合金における粒界偏析挙動を評価しており,偏析挙動と合金の熱力学的性質との関係を考察している12)。この計算では,ランダム構造を有する粒界相をアモルファス相(凍結された液相)とみなし,粒界相のGibbsエネルギーには液相のGibbsエネルギーを適用している。最近,著者らは,Hillertの粒界相モデルとOhtaniの取り扱いに基づき,α鉄中における窒素(N)の粒界偏析に及ぼす合金元素の影響について調べ,Nと合金元素との共偏析傾向が金属窒化物の形成傾向と良い対応を示すことを報告している13)

先に述べたように,鋼中におけるBの粒界偏析挙動については最新の分析装置を用いた実験的手法によって定量的に調べられるようになってきてはいるが,多くの労力が必要なことから調査対象とされている鋼種や合金元素が限られているのが現状であるため,モデル計算によって系統的に粒界偏析挙動を把握することは有用であると思われる。本研究では,前報に続き,Hillertの粒界相モデルを用いてα鉄のランダム結晶粒界におけるBおよび炭素(C)と合金元素の偏析挙動を熱力学的に評価し,合金元素の違いによる粒界偏析挙動を明らかにすることを目的とした。

2. 計算方法

各種合金元素M(M: Al,Ti,V,Cr,Mn,Nb,Mo)を含むFe–B–M三元系およびFe–C–M三元系におけるB,CおよびMの粒界偏析挙動を明らかにするために,それぞれFe–B二元系およびFe–C二元系を基本系(以下Base合金とする)として,Mを1.0 at.%添加したFe–B–1.0 at.%M三元系およびFe–C–1.0 at.%M三元系を計算対象とした。粒界偏析量の計算は,Hillertの粒界相モデル11)に基づいて行った。このモデルでは,Fe–X二元系におけるランダム結晶粒界を厚みが3原子層程度の粒界(gb)相と仮定してgb相とマトリックス(α)相との間の相平衡を考えるものであり,一定の厚みを有するgb相における原子数が一定であるとの制約のために,通常の共通接線則で表わされる異相平衡の条件式とは異なった以下の関係式が導かれる。

  
μFegbμFeα=μXgbμXα(1)

式(1)は,α相とgb相における各成分の化学ポテンシャルが等しいという通常の異相平衡の条件ではなく,α相とgb相における各成分の化学ポテンシャルの差が等しいという条件を示しており,α相とgb相との平衡は両相のGibbsエネルギーへの平行接線で表される。Fe–X–Y三元系の場合には,式(1)は次式のように拡張されて,α相とgb相における三つの成分の化学ポテンシャルの差が等しいという条件となる。

  
μFegbμFeα=μXgbμXα=μYgbμYα(2)

Fig.1に示すように,α相のGibbsエネルギー曲面に対して,α相の溶質元素濃度xαに接平面を設け,その接平面をgb相のGibbsエネルギー曲面に接するように平行移動し,その接点がgb相の溶質元素濃度,つまり粒界偏析濃度xgbとして得られることになる。粒界偏析量の計算においては,Ohtaniの取扱い12)に基づいて,粒界相のGibbsエネルギーには液相のGibbsエネルギーを用いた。計算温度については,前報13)では973 Kと373 Kに設定したが,液相のGibbsエネルギー関数を室温近傍の373 Kまで外挿することへの妥当性について検討の余地があると考えられたため13),本研究では973 Kのみで計算を実施した。なお,本計算では,合金ホウ化物や合金炭化物は析出しないものと仮定し,マトリックスのBCC相と粒界相(液相)のGibbsエネルギーに対する平行接線(平行接平面)に基づいて粒界における偏析量を評価した。また,最近では銅合金について結晶粒の平均半径(3原子層厚さの粒界相の体積分率)を変化させることでマトリックス相と粒界相との間の溶質元素の分配を考慮した粒界偏析計算も試みられているが14),本計算ではそれを陽には考慮しなかった。したがって,粒界偏析量によらずマトリックス相中の溶質元素濃度は一定であり,粒界偏析量の最大値を評価しない計算となっている。本研究では,熱力学データベースRICT-Cermet v0.915)を用い,熱力学解析ソフトウェアCaTCalc16)により計算を行った。

Fig. 1.

Schematic of the Hillert’s parallel tangent law for evaluation of the grain boundary segregation in the Fe–X–Y ternary system.

3. 結果および考察

Fe–B二元系と各Fe–B–1.0 at.%M三元系のα鉄における973 KでのBおよび各合金元素の粒界偏析量をα鉄マトリックス中のB濃度に対して計算した結果をそれぞれFig.2およびFig.3に示す。B単独添加のBase合金におけるB偏析量は,B添加量0 ~ 0.01 at.%の範囲で著しく増加し,その後も緩やかに増加し続け,B添加量0.1 at.%では28 at.%程度であった。Ti添加の場合には,B添加量の増加に伴うB偏析量の増加はFe–B二元系の場合より顕著であり,B添加量0.1 at.%において約34 at.%の偏析量を示した。すなわちTiの添加によってBの偏析量が増加することが分かる。その他の合金元素(M=Al,V,Cr,Mn,Nb,Mo)添加の場合には,B添加量が0.01 at.%以下の領域においてNb,MnおよびV添加ではBase合金に比べてB偏析量がわずかに増加することが確認できるが,B添加量が0.01 at.%以上の領域においてはTi添加の場合に見られたようなB偏析量の顕著な増加は見られず,Base合金の場合と同程度のB偏析量を示した。Fe–B二元系においてBが強い偏析傾向を示すことは計算によって既に予測されているが12),その傾向は本計算結果のすべての三元系の場合においても同様であることが分かった。各合金元素の粒界偏析量については,Tiの偏析量が最も大きく,B無添加において13 at.%程度の偏析量が,極微量のB添加によって約24 at.%まで増加することが分かる。Nb添加およびMn添加の場合には,B添加量ゼロから0.10 at.%に増加させると,それぞれ約8 at.%から約20 at.%,および約4 at.%から約13 at.%に増加した。Mo添加,Cr添加およびV添加の場合にはB添加量約0.01 at%以上では合金元素偏析量は約5 at.%で同程度であるが,Fig.3(b)から分かるように,極微量のB添加領域における偏析挙動が異なっていた。すなわち,Mo添加およびCr添加の場合にはB添加による合金元素偏析量の増加はほとんど見られないが,V添加の場合にはB添加に伴う偏析量は約1 at.%から5 at.%への増加が見られた。また,Al添加の場合には,B添加量に関わらずAlの偏析はほとんど見られなかった。

Fig. 2.

(a) Calculated B concentration in a grain boundary of α-Fe in the Fe–B–1.0 at.%M systems at T = 973 K, and (b) the enlarged portion of low B content. (Online version in color.)

Fig. 3.

(a) Calculated alloying elements (M) concentration in a grain boundary of α-Fe in the Fe–B–1.0 at.%M systems at T = 973 K, and (b) the enlarged portion of low B content. (Online version in color.)

Fe–C二元系と各Fe–C–1.0 at.%M三元系のα鉄における973 KでのCおよび各合金元素の粒界偏析量をα鉄マトリックス中のC濃度に対して計算した結果をそれぞれFig.4およびFig.5に示す。C単独添加のBase合金では,Cの粒界偏析量はC添加量の増加に伴って緩やかに増加し,C添加量0.1 at.%では約17 at.%であった。Fe–C–1.0 at.%M三元系では,Nb添加の場合にC偏析量が最も高く,C添加量の増加に伴って著しく増加し,C添加量0.1 at.%で約28 at.%を示した。Ti添加の場合もNb添加の場合と同様に微量C添加によってC偏析量が著しく増加したが,C添加量0.1 at.%ではV添加,Mo添加およびCr添加の場合と同程度であり,20 at.%程度のC偏析量を示した。一方,Mn添加およびAl添加の場合には,Base合金と同程度で約17 at.%のC偏析量であった。合金元素の偏析挙動を見ると,Nb添加,Ti添加,V添加およびMo添加の場合には,微量C添加領域で偏析量の著しい増加が見られ,C添加量0.1 at.%における各合金元素の偏析量は,Nb添加の場合が最も大きく32 at.%程度であり,次いで,Ti添加の場合で約22 at.%,V添加とMo添加の場合はほぼ同程度で約17 at.%であった。一方,Cr添加およびMn添加の場合には,C添加に伴う合金元素偏析量の増加はあまり見られず,Cr添加およびMn添加の場合ではC添加量0.1 at.%における偏析量はそれぞれ約10 at.%および約5 at.%であり,また,Al添加の場合には粒界にほとんど偏析しないことが分かる。

Fig. 4.

(a) Calculated C concentration in a grain boundary of α-Fe in the Fe–C–1.0 at.%M systems at T = 973 K, and (b) the enlarged portion of low C content. (Online version in color.)

Fig. 5.

(a) Calculated alloying elements (M) concentration in a grain boundary of α-Fe in the Fe–C–1.0 at.%M systems at T = 973 K, and (b) the enlarged portion of low C content. (Online version in color.)

McLeanによるとFe–X二元系におけるマトリックス相中の溶質元素濃度xXαと粒界中の溶質元素濃度xXgbとの関係を表す粒界偏析式は次式で与えられる17,18)

  
xXgb=xXαexp(ΔEXgb/RT)1+xXαexp(ΔEXgb/RT)(3)

ここで,∆EXgbは溶質元素Xの1モルあたりの偏析エネルギー,Rは気体定数,Tは絶対温度である。また,式(3)中のexp(∆EXgb⁄RT)は偏析係数kXであり,この値が大きいほど粒界偏析傾向が大きいことを示す。

Fe–B二元系および各Fe–B–1.0 at.%M三元系のB添加量0.05 at.%におけるBの偏析係数kBと合金元素の偏析係数kMTable 1に示す。表より,Bの粒界偏析係数は,Ti添加の場合には約950,その他のすべての系で700程度の値を示すことが分かる。また,Ti,MnおよびNbの偏析係数が他の合金元素よりも比較的大きな値を示すことが分かる。Fig.2およびFig.3で示した偏析挙動においては,Ti添加の場合については,B添加量の増加に伴ってTi偏析量が増加し,またTi添加によってBase合金に比べてB偏析量の増加が示されたことから,BとTiは互いに粒界偏析を助長しあう,つまり共偏析することが示唆される。Takahashiら19)は,923 KにおけるTi添加極低炭素鋼板の再結晶核界面においてBとTiが共偏析することを3D-APTによって明らかにしており,本計算結果は実験結果と定性的に符合するものとなっている。Nb添加とMn添加の場合には,Bの偏析挙動はBase合金の場合とほぼ同じであるが,B添加量の増加に伴ってNbおよびMnの偏析量は増加している。これは,粒界に偏析したBによって,NbやMnが引き寄せられるためと考えられ,NbとMnについてもBとの共偏析傾向を有していることが分かる。V添加,Cr添加およびMo添加の場合についてはB偏析量と合金元素偏析量やB添加量0.05 at.%における合金元素の偏析係数は同程度であるが,合金元素偏析の挙動が異なっていた。すなわち,V添加の場合には,B無添加におけるV偏析量は1 at.%程度であるが,Bの微量添加によってV偏析量は5 at.%程度まで増加する。つまり,Vの偏析量の絶対値はそれほど大きくないものの,BとVとは共偏析する傾向が示唆される。一方で,Cr添加およびMo添加の場合には,B添加によるCr偏析量およびMo偏析量の増加はほとんど見られず,共偏析傾向は示さないことが分かる。3D-APTによりオーステナイト(γ)粒界においてMoとBとは共偏析傾向を示さないことが報告されているが20),本計算結果からはフェライト粒界においてもBとMoとの共偏析傾向がないことが予測された。Al添加の場合には,B無添加においてAlの偏析はほとんど見られず,B添加量の増加に伴うAl偏析の増加も見られなかった。すなわち,フェライト粒界において,Bの存在に関わらずAlは偏析しないことが予測された。

Table 1. Calculated segregation coefficient of B (kB) and alloying elements (kM) in a grain boundary of α-Fe in the Fe–0.05B–1.0M (at.%) systems at T = 973 K.
kBkM
Base697
Al-added7035 × 10−3
Ti-added95132
V-added6885
Cr-added6864
Mn-added71015
Nb-added68323
Mo-added6645

本計算では,合金元素の種類によってBと合金元素との共偏析傾向が異なることが予測されたが,これは粒界におけるBと合金元素との相互作用の大小に関係していると考えられる。Hagaら21)はα鉄中の結晶粒界におけるB原子とTi原子の間の相互作用を第一原理計算によって評価し,粒界においてTi原子とB原子の間に引力相互作用が働くことを示し,この引力相互作用によってBとTiの共偏析が生じるとしている。さらに,Sawadaら22)は,粒界での引力相互作用はバルク中での第一近接位置での相互作用からもたらされていると考え,α鉄バルク中でのB原子と遷移金属元素の間の第一近接位置での相互作用エネルギーを第一原理計算によって計算し,Ti,Mn,NbはBと比較的大きな引力相互作用(-0.13~-0.1 eV程度)を有し,Moとは小さな引力相互作用(-0.02 eV程度)であり,VやCrとは反発相互作用(0.03~0.2 eV程度)を有するとしている。これらの結果から,粒界においてBはTi,Mn,Nb,Moとは共偏析し,VおよびCrとは共偏析しないことが予測されるが,これは本計算において予測された共偏析傾向と概ね符合しているように思われる。

Fig.6に,RICT-Cermet ver. 0.9データベース15)に格納されている熱力学パラメータを用いて計算した973 Kにおける金属ホウ化物のB原子1 mol当たりの生成Gibbsエネルギーを示す。この図ではエネルギーが負に大きな値をとるホウ化物ほど安定であり,Bとの引力相互作用が大きいことを示している。各二元系において生成Gibbsエネルギーの値に大小の幅が見られるが,概ね,Ti,V,Nb,Mn,Mo,Cr,Alの順にホウ化物の形成傾向が強いことが分かる。本計算結果においてはTi,V,Nb,Mnには共偏析傾向が見られ,Mo,Cr,Alには共偏析傾向はほとんど見られなかった。この計算結果と金属ホウ化物の生成Gibbsエネルギーの大小関係を比較すると,金属ホウ化物形成傾向と共偏析傾向は対応しており,この対応はα鉄中におけるNと合金元素の共偏析傾向が金属窒化物形成傾向と対応するという従来の結果13)と同様であった。

Fig. 6.

Calculated Gibbs energy of formation per mole of B for various metal borides at T = 973 K.

Fe–C二元系および各Fe–C–1.0 at.%M三元系のC添加量0.05 at.%におけるCの偏析係数kCと合金元素の偏析係数kMTable 2に示す。この結果から,Cの粒界偏析係数は合金系で差はあるものの約350~700の範囲の値を示すことが分かる。また,Ti,V,NbおよびMoの偏析係数が他の合金元素よりも比較的大きな値を示すことが分かる。Fig.4およびFig.5で示した偏析挙動においては,C偏析量を増加させる合金元素(Ti,Nb,VおよびMo)の場合には,合金元素の偏析量もC添加に伴って大幅に増加することから,Cと共偏析することが示唆される。一方,C偏析量の増加がほとんど見られない合金元素(Cr,MnおよびAl)添加の場合には,C添加に伴う合金元素の偏析量の増加もほとんど見られず,共偏析する傾向を示さないことが分かる。

Table 2. Calculated segregation coefficient of C (kC) and alloying elements (kM) in a grain boundary of α-Fe in the Fe–0.05C–1.0M (at.%) systems at T = 973 K.
kCkM
Base349
Al-added3576 × 10−2
Ti-added48727
V-added51819
Cr-added3869
Mn-added3505
Nb-added69244
Mo-added44019

本計算では合金元素の種類によってCとの共偏析挙動が異なることが予測されたが,Fe–B–1.0 at.%M三元系の場合と同様に,これは粒界におけるCと合金元素の相互作用の大小に関係していると考えられる。Numakura23)は,超希薄合金試料に浸炭処理を施してα鉄中の炭素の固溶度に及ぼす合金元素の影響を調べ,973 Kでのα鉄中におけるCとAl,V,CrあるいはMnとの相互作用係数εC(S)(S:置換型合金元素)を評価している。その結果によれば,Cと置換型合金元素との相互作用はNと置換型合金元素との相互作用に比べて小さく,Al,V,CrおよびMnに対する値はそれぞれεC(Al)≈0,εC(V)≈-14,εC(Cr)≈0およびεC(Mn)≈-7であり,周期表で鉄より左側にある元素でも強い引力相互作用は示さないことが報告されている。しかしながら,CとTi,NbあるいはMoとの相互作用係数については報告データが存在しないために本計算で見られたCと合金元素の共偏析傾向との相関について判断することは困難である。また,Sawadaら24)によって,Cと3d遷移金属元素との相互作用が第一原理計算を用いて評価されているが,Cと3d遷移金属元素との相互作用は全ての元素において反発する結果が得られており,金属炭化物の形成傾向とは対応しないとされている。

Fig.7に,RICT-Cermet ver. 0.9データベース15)に格納されている熱力学パラメータを用いて計算した973 Kにおける金属炭化物のC原子1 mol当たりの生成Gibbsエネルギーを示す。この図ではエネルギーが負に大きな値をとる炭化物ほど安定であり,炭素との引力相互作用が大きいことを示している。本計算結果において予測された共偏析傾向は概ね炭化物の生成ギブスエネルギーの大小関係(Ti,Nb,Vは生成Gibbsエネルギーの値が負に大きく,Cr,Mo,Mn,Alの値は負に小さい)とよい対応している。つまり,Cと合金元素との共偏析傾向についても,NやBと合金元素の場合と同様に,α鉄マトリックス中での合金元素とCの原子ペアの相互作用の観点よりも,金属炭化物の形成傾向から推測できると思われる。

Fig. 7.

Calculated Gibbs energy of formation per mole of C for various metal carbides at T = 973 K.

ここで述べたFe–B二元系およびFe–C二元系や従来研究のFe–N二元系13)における侵入型元素の偏析挙動を比較すると,B,C,Nの順に偏析傾向が大きいことが示されたが,この傾向はFeとのホウ化物,炭化物および窒化物の形成傾向の大小と対応しているのではないかと考えられる。Takahashiら25)は,50 ppm以下のCあるいはNを含むフェライト鋼における粒界偏析の定量評価を3D-APTを用いて行い,Nに比べてCの粒界偏析傾向がかなり大きいことを報告しており,本計算結果は実験結果を再現できていると考えられる。BとCの偏析傾向については,直接比較し得る実験結果は存在しないが,α鉄に対する溶質元素の固溶限が小さいほど偏析係数が大きい傾向を有すること,Nの偏析係数よりもBやCの偏析係数は大きく,Bに比べてCの偏析係数の方がわずかに大きいことが示されている26)。本計算結果で得られたα鉄中におけるBとCの偏析傾向とは異なるが,α鉄に対するBの固溶度はCに比べて小さく,粒界偏析Bの定量評価の実測値の蓄積が今後必要であると思われる。

ところで,鋼中に添加された侵入型元素の拡散係数は置換型元素の拡散係数よりかなり大きく,例えば本研究で偏析計算を行った973 Kにおいてはα鉄中の侵入型元素の拡散係数は置換型元素よりも5桁以上も大きな値であり27),その差は低温になるほど大きくなる。その場合のα相とγ相との相平衡は,置換型元素は分配されずに侵入型元素のみが分配される平衡状態となり,これはパラ平衡と呼ばれている28)。パラ平衡ではFeと置換型元素Mの分配は生じないので,組成三角形でxM/xFeが一定となる縦断面におけるα相とγ相の各Gibbsエネルギー曲面の交線に対して引かれる共通接線の接点が両相の平衡組成を表すことになり,例えばFe–C–M三元系におけるパラ平衡の条件は次式で表わされる。

  
μCα=μCγおよびYFeμFeα+YMμMα=YFeμFeγ+YMμMγ(4)

ここで,μCαおよびμCγはそれぞれα相およびγ相におけるCの化学ポテンシャル,YFeおよびYMはそれぞれ置換型副格子内におけるFeおよびMのサイト分率であり,C,FeおよびMのモル分率をそれぞれxCxFeおよびxMとすると,以下のように表わされる。

  
YFe=xFe1xCおよびYM=xM1xC(5)

粒界相モデルに基づく平行接線則で表わされる粒界偏析についても,侵入型元素は十分に拡散できるが,置換型元素の拡散が困難となる温度では,置換型元素の粒界偏析はほとんど起こらずに侵入型元素のみが粒界偏析を生じることになると思われる。この場合,式(2)に示されたHillertの平行接線則は,上記のパラ平衡を表す条件式に基づいて,下記のように表わすことができる。

  
μCgbμCα=(YFeμFegb+YMμMgb)(YFeμFeα+YMμMα)(6)

Fig.8にFe–C–M三元系において式(6)による平行接線則を模式的に示す。パラ平衡条件下での平行接線則では,マトリックス相の組成xαにおけるα相のGibbsエネルギー曲面の接平面と組成三角形でxM/xFeが一定となる縦断面との交線(Fig.8においてμCαと(YFe μFeα+YM μMα)を結ぶ点線)に平行な接線を,gb相のGibbsエネルギー曲面とxM/xFeが一定となる縦断面との交線(Fig.8において破線で示されたGgb)に対して引き(Fig.8においてμCgbと(YFe μFegb+YM μMgb)を結ぶ点線),その接点の組成xgbが粒界の偏析量として表わされることになる。例えば,Fe–0.05C–1.0Mn(at.%)三元系のα鉄における973 KでのCおよびMnの粒界偏析については,式(2)による通常のHillertの平行接線則に基づく計算ではFig.4およびFig.5に示されたようにC濃度およびMn濃度はそれぞれ14.9 at.%および4.9 at.%程度であり,CおよびMnともに偏析することが分かる。一方,式(6)のパラ平衡条件下における平行接線則に基づく計算ではC濃度およびMn濃度はそれぞれ14.6 at.%および0.9 at.%程度であり,粒界におけるxMn/xFeはα鉄における値と同じままで,Cのみが偏析するという結果が得られる。

Fig. 8.

Schematic of the Hillert’s parallel tangent law for evaluation of the grain boundary segregation under paraequilibrium condition in the Fe–C–M ternary system.

本研究で評価した各侵入型元素および各合金元素の粒界偏析量は,BやCの侵入型元素に加えて置換型元素が十分に拡散できると仮定した場合の値に対応するが,本計算における973 Kでは,鋼中の置換型元素は侵入型元素の拡散係数に比べて5桁以上も小さいことから,マトリックス相と粒界相との平衡状態,つまり粒界偏析挙動については,通常の平行接線則ではなく,式(6)で示したパラ平衡条件下における平行接線則を用いる必要性が示唆される。パラ平衡を考慮しなければならない温度での粒界偏析量の実測値の拡充や実測値と計算値との比較などについては今後の検討課題としたい。

4. 結言

本研究では,Fe–B–1.0 at.%M三元系およびFe–C–1.0 at.%M三元系(M: Al,Ti,V,Cr,Mn,Nb,Mo)のα鉄におけるB,Cおよび合金元素の粒界偏析挙動について,Hillertの粒界相モデルを用いて熱力学的に評価した結果,以下の結論が得られた。

(1)Fe–B,Fe–CおよびFe–N二元系における溶質元素の偏析挙動については,B,C,Nの順に偏析傾向が大きいことが示された。

(2)Fe–B–1.0 at.%M三元系においては,Ti,V,MnあるいはNbとBとの共偏析が予測されたが,一方,Al,CrあるいはMo添加の場合はBとの共偏析傾向は示されなかった。これらの共偏析傾向は,金属ホウ化物形成傾向に対応していることが示唆された。

(3)Fe–C–1.0 at.%M三元系においては,Ti,V,NbあるいはMoとCとの共偏析が予測されたが,一方,Al,CrあるいはMn添加の場合はCとの共偏析傾向は示されなかった。これらの共偏析傾向は,金属炭化物形成傾向に対応していることが示唆された。

(4)マトリックス相と粒界相との間において,侵入型元素の分配は生じるが,置換型合金元素の分配は起こらないパラ平衡条件下における粒界偏析挙動を記述する平行接線則を提案した。

謝辞

本研究はJSPS科研費18K04752の助成を受けたものであり,ここに謝意を表します。また日本鉄鋼協会「鉄鋼中の軽元素と材料組織および特性」研究会(2016年3月~2019年2月)および「高温材料の高強度化」研究会(2018年3月~2021年2月)における有益な議論に感謝します。

文献
 
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