Tetsu-to-Hagane
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Phenomenological Understanding about Melting Temperature of Sulfides
Yoshiyuki Ueshima
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2023 Volume 109 Issue 5 Pages 450-455

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Abstract

A certain relation was found between melting temperature of sulfides and their bond strength index. It can be used as a convenient method to know the melting temperature of multi-component sulfides for which thermodynamic information is lacking. These results are similar to those of the previously reported multi-component oxides and fluorides.

1. 緒言

前報1,2)では,精錬鋳造工程で重要な多成分系酸化物およびフッ化物の溶融温度を,化学結合の観点からカチオン-アニオン間の静電引力で整理した結果を述べ,両者の関係は,多成分系状態図の情報が不足しているとき大凡の溶融温度を推測するための一つの簡便なツールとして使えることを示した。同様の方法で,鋼中析出物である硫化物の溶融温度について整理を試みたので,以下に結果を述べる。なお,ここでは平衡状態図上で液相が現れる最低温度を溶融温度と呼ぶこととする。溶融温度はここで取り扱った殆どの系で共晶温度であるが,全率固溶系では構成する硫化物の純粋状態における融点の最低値,一部の系では一致溶融温度である。

2. 検討方法

純粋硫化物並びに二成分系硫化物の状態図316)に示された溶融温度TL,並びに,純粋硫化物1g-atom当り(構成原子のアボガドロ数個当り)の融点における溶融エンタルピーΔHfと溶融エントロピーΔSf゜17,18)を,硫化物固体結晶のカチオン-硫黄アニオン間結合力で整理する。イオン間結合力F式(1)で表され19),右辺第1項が引力,第2項が斥力である。べき数nは通常6~12と大きく,常圧一定下における検討なので斥力は無視して第1項の静電引力のみに注目し,式(2)で示すIを結合力の指標とした。

  
F=(Z+Z)e24πε0a2nBan+1(1)
  
I=Z+Za2(2)
  
a=r++r(3)

ここで,Fはイオン間結合力(N),Z+Z-は各々カチオンとアニオンの価数(―),aはイオン間距離(Å),r+r-は各々カチオンとアニオンのイオン半径(Å),eは電子の電荷(C),ε0は真空の誘電率(F/m),Bは定数(N・mn),nは定数(―),Iは静電引力の指標(1/Å2)である。イオン半径は純粋固体結晶の報告値20)に従い,配位数CN21)に応じた値を用いた。

3. 結果と考察

3・1 純粋硫化物

純粋硫化物では,I=0.5付近で溶融温度TLの高い硫化物が多く,I値が0.5以下あるいは0.5以上ではTLの低い硫化物が多いことを認めた((Fig.1(a)Table 1)。硫化物種による差異は大きいが,特定のI値でTL が最大になる傾向は,酸化物およびフッ化物の場合1,2)と同じである。即ち,0.3<I<0.5の領域ではI値の増加とともに溶融エントロピーΔSfは単純イオンへの解離を示唆する高値で一定のままでΔHfが増すのでTL(=ΔHf/ΔSf)は上がる,I>0.5の領域では,I値の増加に伴って共有結合性が増し高分子の錯イオンが形成され解離度の減少によりΔHfΔSfは低下するが,複雑形状を有する複数種の錯イオン間相互作用で生じる回転・振動エントロピーの寄与22)によりΔSfΔHfよりも緩慢に低下するのでTLは下がる,そのため,I=0.5付近でTLが最大値を示すことになると理解した(Fig.1(b,c))。但し,I<0.3の領域において,K2S,Na2S,Cu2S,Ag2SのΔHfΔSfが特異的に低値である。これらはいずれも固体高温相がカチオンをキャリアとする超イオン伝導体で,前二者は融点に近づくとカチオンのフレンケル欠陥が著しく増え不規則構造化すること2325),後二者の高温相はS2-格子内に多数箇所存在するカチオンサイトにカチオンが分散分布するため液体状態に近いこと2629)が知られており,ΔHfΔSfの特異的な低値は固体結晶の無秩序性に起因するものである。特にアニオンによる拘束力が弱いI値の低い硫化物において,このようなカチオンの挙動が現れることは興味深い。

Fig. 1.

Melting temperature TL, enthalpy of fusion ΔHf, and entropy of fusion ΔSf correlated with bond strength index I for pure sulfides.

Table 1. Values of I, TL, ΔHf and ΔSf for pure sulfides.
sulfidestructureZ+ (−)Z (−)CN+ (−)CN (−)r+ (Å)r (Å)I (1/Å2)TL (°C)ΔHf (kJ/g-atoam)ΔSf (J/g-atom/K)
K2Scubic12481.371.840.1949485.404.42
Ag2Scubic12481.001.840.2488422.632.38
Na2Scubic12480.991.840.25011726.434.45
Cu2Scubic12480.601.840.33611293.212.29
Li2Scubic12480.591.840.339137016.4710.02
BaScubic22881.421.840.376223031.5112.60
PbScubic22661.191.840.436111424.7117.82
SrScubic22661.181.840.439222731.5012.60
EuScubic22661.171.840.4412250
CaScubic22661.001.840.496252535.0112.50
HgScubic22440.961.840.51082519.0016.68
TiShexagonal22660.861.840.549192716.007.27
MnScubic22660.831.840.561163613.057.24
CrShexagonal22660.731.840.6061567
MgScubic22660.721.840.610222731.5112.60
FeStetragonal22440.631.840.656118816.2410.76
ZnStrigonal22440.601.840.672170015.007.14
La2S3orthorhombic3274, 51.101.840.6942110
NiShexagonal22660.551.840.70097615.0712.07
Pr2S3orthorhombic3274, 51.0581.840.714176712.806.27
Nd2S3orthorhombic3274, 51.0461.840.720180113.046.29
Bi2S3orthorhombic32641.031.840.72875515.8815.33
Y2S3monoclinic32640.901.840.7991925
Sb2S3orthorhombic3253, 40.801.840.8615469.5911.65
Mo2S3monoclinic32640.691.840.9371807
ThS2orthorhombic42841.051.840.9581905
Cr2S3trigonal32640.6151.840.9961350
Al2S3hexagonal3253, 40.481.841.115110013.219.62
Ga2S3monoclinic3242, 30.471.841.1241100
ZrS2trigonal42630.721.841.221148015.008.23
SnS2trigonal42630.691.841.250870
B2S3tetragonal3242, 30.271.841.3485639.6311.52
SiS2orthorhombic42420.261.841.81410902.802.05
P2S5triclinic5241, 20.171.842.4752852.945.25

Note: CN+ and CN mean coordination numbers for cations and anions, respectively, and these values were cited from Ref.21.

次に,I値が高値の2.5から0.3に低下したときのΔSfの漸近値を簡単に考察する。このI値→0.3において固体結晶は完全なイオン結合性で,溶融後は単純イオンに全て解離し無秩序配列状態になると仮定する。ここで,固体化合物結晶A1-yByを考え,溶融過程を仮想的に2段階に分けて,(i)一旦,化合物が規則構造を保ったまま溶融した際の振動のエントロピー増加分ΔSf(i),および,(ii)溶融状態の化合物のカチオンとアニオンが無秩序配列した際の配列のエントロピー増加分ΔSf(ii)を求め,その和をΔSfとする(式(4)~式(6))30)

  
ΔSf°=ΔSf°(i)+ΔSf°(ii)(4)
  
ΔSf°(i)=8.4(5)
  
ΔSf°(ii)=R((1y)ln(1y)+yln(y))(6)

(i)の段階は,純金属と同様,Richardsの法則31)が成り立つとして式(5)の通りΔSf(i)=8.4(J/g-atom/K)(以下,単位は同じ),(ii)の段階では,0.3<I<0.5の硫化物の代表値y=0.33~0.5において,式(6)よりΔSf(ii)=5.3~5.8であり,両者を合計するとΔSf≒14となる。実際は,I値→0.3のとき,ΔSf→12で計算値と概ね一致し,理解が深められた(Fig.1)。

TLが最大値となるI値について,硫化物ならびに前報1,2)で述べた酸化物とフッ化物を併せて比較検討した。その結果,いずれの化合物においてもTLが最大となるI値(以下,I(max. TL)と表す)は,固体結晶が等方的なcubic構造から異方性のある他構造に遷移する領域のI値(以下,I(cubicnon-cubic)と表す)と概ね一致することが分った(Table 2)。ブラベー格子に示される7つの結晶系のうち,等方的な結晶構造はcubicのみで,他6つは3方向の格子定数(a,b,c),3方向間の角度(α,β,γ)のいずれか一つ以上が異なり何らかの異方性がある。イオン結合体はカチオン-アニオン間のクーロン力で結合しているので固体は3次元等方的なcubic構造を取り,溶融時に単純イオンまで完全解離するのでI値が高いほどΔHfが増加しΔSfは高値一定であるためTL(=ΔHf/ΔSf)は上がる。一方,共有結合体はカチオン-アニオン間で電子が共有され結合には強い異方性(方向性)があるので,固体はcubic以外の異方性のある結晶構造を取り,溶融時には完全解離せず高分子の錯イオンとして結合が残るのでI値が高いほどΔHfが減少しこれが主因でTLが下がることになる。実際の無機化合物はイオン結合性と共有結合性の混合体であるが32),より優勢な結合様式が固体結晶構造に現れたと考えると,I(max. TL)値がI(cubicnon-cubic)値と概ね一致することは納得できる。なお,参考まで,I値を介さずに硫化物,酸化物,フッ化物におけるTLΔHfΔSfの関係を直接比較した結果も併せて示した(Fig.2)。

Table 2. I(max. TL) values of the species with the highest TL(max. TL) for each compound type compared to I(cubic→non-cubic) values in the transition region from cubic to other crystal structures.
compound typespecies with the highest TL
(max. TL)
max. TL
(°C)
structureI (max. TL)
(1/Å2)
I (cubicnon-cubic)
(1/Å2)
reference
fluorideUF31495hexagonal0.5550.40Ref. 2
sulfideCaS2525cubic0.4960.56present study
oxideThO23390cubic1.3551.55Ref. 2
Fig. 2.

Relation between ΔHf and TL for pure sulfides, oxides2) and fluorides2). Slopes of the dashed lines are ΔSf.

3・2 二成分系硫化物

I値が0.2~1.1である6種類の硫化物Ag2S,Na2S,CaS,MnS,FeS,Al2S3を溶媒とし,他成分の硫化物を溶質として加えた二成分系硫化物について,溶融温度TLI値で整理した(Fig.3)。ここで,溶媒成分と溶質成分のI値はどちらも純成分の値である。Fig.3に示すとおり,いずれの二成分系硫化物においても,溶融温度は溶媒硫化物単味のときが最も高く,加える溶質硫化物のI値が溶媒硫化物に対して絶対値の差が大きいほど溶融温度が低下する傾向があった。これまで報告した多成分系酸化物およびフッ化物のTLI値の関係1,2)と同様,以下の考え方でこの傾向は定性的に理解できる。即ち,(i)溶媒とほぼ同じI値の溶質成分を加えた場合は,成分数の増加によりΔSfは増加するがΔHfは殆ど変わらずTL(=ΔHf /ΔSf)は少し下がる程度,一方,(ii)溶媒よりI値が低い成分を加えた場合は,成分数の増加によるΔSfの増加と結合力減少によるΔHfの低下両方でTLはかなり下がる,(iii)溶媒よりI値が高い成分を加えた場合は成分数の増加によるΔSfの増加と共有結合性増加によるΔHfの低下の両方で,この場合もTLはかなり下がることになる。ここでは三成分系以上の硫化物は調査していないが,酸化物とフッ化物の結果1,2)から,(iv)溶融状態で各成分のモル濃度が概ね等しいとき,溶媒が多成分系であるほど新たに加えた溶質成分のモル濃度は当然小さくなるので,TLの低下量も小さくなると推測される。

Fig. 3.

Melting temperature TL correlated with bond strength index I for binary sulfides.

4. 結言

純成分並びに二成分系硫化物の溶融温度TLを,カチオン-硫黄アニオン間静電引力の指標Iで整理した。両者の関係は,酸化物やフッ化物の場合と同様の傾向を示すことを確認した。従って,多成分系硫化物の実測状態図あるいは計算状態図の情報が不足している場合に,大凡の溶融温度を推測する一つの簡便な手段として指標Iによる本整理方法は使える。本方法が,新たな視点で鋼中硫化物の形態制御を検討する際の一助となれば幸いである。

文献
 
© 2023 The Iron and Steel Institute of Japan

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