2023 Volume 109 Issue 8 Pages 715-720
The relationship between melting temperature of multi-component chlorides and their ionic bond strength was studied. It can be used as a convenient method to know the melting temperature when thermodynamic information is lacking for the multi-component chlorides.
前報1–3)では,精錬鋳造工程で重要な多成分系酸化物,フッ化物,硫化物の溶融温度を,固体結晶の化学結合の観点からカチオン-アニオン間の静電引力で整理した結果を述べ,両者の関係は,多成分系状態図の情報が不足しているとき大凡の溶融温度を推測するための一つの簡便なツールとして使えることを示した。本方法の適用可能範囲を知るために,鋼材の熱処理塩浴として使われ実測データが豊富な多成分系塩化物と,アニオンの電気陰性度がより小さい窒化物と炭化物の純成分系の溶融温度について検討した結果を以下に述べる。なお,ここでは平衡状態図上で液相が現れる最低温度を溶融温度と呼ぶこととする。多成分系の溶融温度はここで取り扱った殆どの系で共晶温度であるが,全率固溶系では構成する塩化物の純粋状態における融点の最低値,一部の系では一致溶融温度である。
常圧下で安定に存在する純粋化合物と多成分系化合物の状態図4–6)に示された溶融温度TL,並びに,純粋化合物1g-atom当り(構成原子のアボガドロ数個当り)の融点における溶融エンタルピー∆Hf°と溶融エントロピー∆Sf°7)を,化合物固体結晶のカチオン-アニオン間結合力で整理する。イオン間結合力Fは式(1)で表され8),右辺第1項が引力,第2項が斥力である。べき数nは通常6~12と大きく,常圧一定下における検討なので斥力は無視して第1項の静電引力のみに注目し,式(2)で示すIを結合力の指標とした。
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ここで,Fはイオン間結合力(N),Z+とZ-は各々カチオンとアニオンの価数(-),aはイオン間距離(Å),r+とr-は各々カチオンとアニオンのイオン半径(Å),eは電子の電荷(C),ε0は真空の誘電率(F/m),Bは定数(N・mn),nは定数(-),Iは静電引力の指標(1/Å2)である。イオン間距離aとして純粋固体結晶の報告値9)を用いた。また,多成分系化合物のI値として,溶媒成分は構成する各化合物の純粋状態のI値を相加平均した値を,添加する溶質成分は純粋化合物の値を採用した。
純粋塩化物では,I=0.3付近で溶融温度TLの高い塩化物が多く,I値が0.3以下あるいは0.3以上ではTLの低い塩化物が多い(Fig.1(a),Table S1(Supporting Information))。塩化物種による差異は大きいが,特定のI値でTLが最大になる傾向は,酸化物やフッ化物,硫化物の場合1–3)と同じである。即ち,I<0.3の領域ではI値の増加とともに溶融エントロピー∆Sf°は単純イオンへの解離を示唆する高値で一定のままで∆Hf°が増すのでTL(=∆Hf°/∆Sf°)は上がる,I>0.3の領域では,I値の増加に伴って共有結合性が増し高分子の錯イオンが形成され解離度の減少により∆Hf°と∆Sf°は低下するが,複雑形状を有する複数種の錯イオン間相互作用で生じる回転・振動エントロピーの寄与10)により∆Sf°は∆Hf°よりも緩慢に低下するのでTLは下がる,そのため,I=0.3付近でTLが最大値を示すことになると定性的に理解した(Fig.1(b,c))。但し,I<0.3において,AgCl,CuCl,BaCl2,SrCl2,SnCl2の∆Hf°と∆Sf°が顕著に低値である。これらはカチオン格子欠陥濃度が高い超イオン導電体であり11–15),∆Hf°と∆Sf°の低値は固体結晶の無秩序性に起因するものである。塩化物は,酸化物やフッ化物と比較してカチオン-アニオン間の電気陰性度差が小さいが,その中で特にアニオンによる拘束力が弱いI値の低い塩化物において,このようなカチオンの挙動が現れることは興味深い。
Melting temperatures TL, enthalpies of fusion ΔHf°, and entropies of fusion ΔSf° correlated with ionic bond indices I for pure chlorides.
次に,I値が0に漸近したときの∆Sf°の値を簡単に考察する。I値→0では固体結晶は完全なイオン結合性で,溶融後は単純イオンに全て解離し無秩序配列状態になると仮定する。ここで,固体化合物結晶A1-yByを考え,溶融過程を仮想的に2段階に分けて,(i)一旦,化合物が規則構造を保ったまま溶融した際の振動のエントロピー増加分∆Sf°(i),および,(ii)溶融状態の化合物のカチオンとアニオンが無秩序配列した際の配列のエントロピー増加分∆Sf°(ii)を求め,その和を∆Sf°とする(式(4)~式(6))16)。
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ここで,Rは気体定数(J/g-atom/K)である。(i)の段階は,純金属と同様,Richardsの法則17)が成り立つとして式(5)の通り∆Sf°(i)=8.4(J/g-atom/K)(以下,単位は同じ),(ii)の段階では,I<0.3の塩化物の代表値y=0.5~0.67において,式(6)より∆Sf°(ii)=4.7~5.8であり,(i)と(ii)を合計すると∆Sf°=13~14となる。実際はI値→0のとき∆Sf°→12であり,両者は概ね一致している(Fig.1(c))。一般に,構造が比較的単純なハロゲン化物の∆Sf°は,金属や希ガスと併せて一律に,溶融時の体積変化と関係づけた式(7)で整理できることが知られているので18–20),ラフではあるが,I値→0の仮想的条件に限り塩化物を一種の合金と見なし,式(4)~式(6)を使って理解を試みたものである。
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ここで,Vは温度TLにおける固相体積(m3/g-atom),∆Vは溶融時の体積変化(m3/g-atom)で,aとbは定数(-)である。詳細は引用文献18~20を参照されたい。なお,有限のI値を持つ実際の塩化物の∆Sf°を正確に理解するためには,第一原理に基づいた計算機シミュレーションがもちろん有効である21,22)。
3・2 多成分系塩化物I値が0.1~0.6の範囲で,3種類の塩化物NaCl,BaCl2,AlCl3を溶媒とし,他成分の塩化物を溶質として加えた二,三,四成分系塩化物について,溶融温度TLをI値で整理した(Fig.2,Fig.3,Fig.4)。図に示したとおり,いずれの多成分系塩化物においても,溶融温度は溶媒塩化物単味のときが最も高く,加える溶質塩化物のI値が溶媒塩化物に対して絶対値の差が大きいほど溶融温度が低下する傾向があった。これまで報告した多成分系酸化物およびフッ化物,硫化物のTLとI値の関係1–3)と同様,以下の考え方でこの傾向は定性的に理解できる。即ち,(i)溶媒とほぼ同じI値の溶質成分を加えた場合は,成分数の増加により∆Sfは増加するが∆Hfは殆ど変わらずTL(=∆Hf/∆Sf)は少し下がる程度,一方,(ii)溶媒よりI値が低い成分を加えた場合は,成分数の増加による∆Sfの増加と結合力減少による∆Hfの低下両方でTLはかなり下がる,(iii)溶媒よりI値が高い成分を加えた場合は成分数の増加による∆Sfの増加と共有結合性増加による∆Hfの低下の両方で,この場合もTLはかなり下がる,(iv)溶融状態で各成分のモル濃度が概ね等しいとき,溶媒が多成分系であるほど新たに加えた溶質成分のモル濃度は当然小さくなるので,TLの低下量も小さくなる。
Melting temperatures TL correlated with ionic bond indices I for NaCl-based multi-component chlorides.
Melting temperatures TL correlated with ionic bond indices I for BaCl2-based multi-component chlorides.
Melting temperatures TL correlated with ionic bond indices I for AlCl3-based multi-component chlorides.
純粋窒化物と純粋炭化物のTL,∆Hf°,∆Sf°4,7,23–26)についてI値による整理を試み,限られたプロット数であるが,以下のように理解した。即ち,(i)窒化物では,I値が増すとTLも高くなり,I=2.0付近のHfN,TaNにおいてTLと∆Hf°は最大になり∆Sf°も11と高く,溶融時の単純イオンへの解離を示唆している(Fig.5,Table S2(Supporting Information))。I値が上がり,I=2.5のAlNになるとTL,∆Hf°,∆Sf°は低下する。これは,溶融時に錯イオンが形成され解離度が減少するためと思われ,固体AlN結晶のAl-N間には部分的に共有結合性があること28)と符合する。また,(ii)炭化物では,I=3.2付近のHfC,TaCにおいてTLと∆Hf°が最大になり∆Sf°も11と高く,溶融時の単純イオンへの解離を示唆する。さらにI値が上がりI=4.5のSiCになると共有結合性が増すのでTL,∆Hf°,∆Sf°は低下する。一方,I値が下がりI=0.3付近のCaC2,YC2,LaC2では,TLが2100°C~2400°Cと高く,∆Hf°はゼロに漸近せず,∆Sf°は4と低く,特徴的である。これらの炭化物では,カチオン-アニオン間のイオン結合力は弱いがC原子間の共有結合力が強いので9,27),これに因るものと理解した(Fig.6,Table S3(Supporting Information))。なお,Fig.6において括弧付きのプロットで示した炭化物は,固体結晶中のイオンの価数が不明なので9),一旦,電気的中性条件を無視し,周期律表から推定した代表的価数を使って暫定的にI値を決めた。
Melting temperatures TL, enthalpies of fusion ΔHf°, and entropies of fusion ΔSf° correlated with ionic bond indices I for pure nitrides.
Melting temperatures TL, enthalpies of fusion ΔHf°, and entropies of fusion ΔSf° correlated with ionic bond indices I for pure carbides. Note that ionic valences of carbides marked with parentheses on the plots were tentatively determined as B3+, Cr2+, Mn2+ and C4−, respectively, due to lack of information on their actual ionic valences.
以上の結果から,窒化物は酸化物やフッ化物,硫化物,塩化物と同様,指標Iを用いて多成分系のTLは推定可能であるが,アニオンの電気陰性度が低い炭化物は,共有結合性が増すためTLとI値の相関がやや弱くなり,イオンの価数が不明の場合もあることから,指標Iを用いた多成分系のTLの推定可能範囲は限定的と思われる。なお,参考まで,I値を介さずに塩化物,窒化物,炭化物におけるTLと∆Hf°,∆Sf°の関係を直接比較した結果も併せて示した(Fig.S1(Supporting Information))。
純成分並びに多成分系塩化物の溶融温度TLを,カチオン-アニオン間静電引力の指標Iで整理した。両者の関係は,酸化物やフッ化物,硫化物の場合と同様の傾向を示した。また,純成分の窒化物においても,溶融温度TLと指標Iの間には一定の相関が確認できた。従って,これらの化合物において,実測状態図あるいは計算状態図の情報が不足している場合に,大凡の溶融温度を推測する一つの簡便な手段として指標Iによる本整理方法は使える。本方法が,新たな視点で精錬鋳造におけるフラックス設計,非金属介在物および鋼中析出物の制御,鋼材熱処理の塩浴設計などを行う際の一助となれば幸いである。
Tables S1-S3 show TL, ∆Hf° and ∆Sf° correlated with ionic bond index I of each compound. Figure S1 shows the relation between TL, ∆Hf° and ∆Sf° directly without using the index I. These materials are available on the Website at https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.TETSU-2023-010.