Tetsu-to-Hagane
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Effects of Boron Addition on Low Cycle Bending Fatigue Strength of Gas Carburized Low Alloy Steel
Ai Goto Masato YuyaKaori Kawano
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 110 Issue 1 Pages 25-34

Details
Abstract

The effect of boron addition on low cycle bending fatigue strength of carburized steel was investigated. The low-cycle bending fatigue strength of B-added steel was improved compared to SCM420. When the fatigue failure was divided into the crack initiation process and the crack propagation process, the addition of boron did not affect the crack initiation life, but improved the crack propagation life. The presence of boron in B-added steels was evaluated using TOF-SIMS and AES measurements. Grain boundary segregation of boron was not observed in the gas carburized surface layer, but precipitation of BN was observed. On the other hand, grain boundary segregation of boron was observed from the carburized surface layer toward the 400 μm core side. Therefore, it is considered that the grain boundary strengthening effect of boron was not obtained in the carburized surface layer, and the crack initiation life did not change.

In order to clarify the reason why the crack propagation life is improved by boron addition, the initial crack observation after crack initiation and the crack propagation test was carried out. From the observation of the pop-in crack, it was found that the pop-in crack length was shorter in the B-added steel than in the SCM420 steel. On the other hand, the crack propagation test showed no difference in crack propagation rate between SCM420 and B-added steel. Therefore, the decrease in pop-in cracks due to the addition of boron is considered to be the main factor for the improvement in crack propagation life.

1. 緒言

自動車の電動化に伴い,トランスミッション・差動歯車等の歯車ユニットの小型化を達成するために,歯車部品の高強度化が志向されている。歯車では高硬度と加工性の両立から浸炭や窒化,浸炭窒化等の表面硬化処理が施される。浸炭の場合,歯車表層は高炭素マルテンサイト組織となる1)。トランスミッション歯車の疲労破壊は歯面疲労や歯元の高サイクル曲げ疲労によるものが多く,その影響因子について多数の報告がなされている2,3,4,5)。一方,差動歯車のピニオンギヤ,サイドギヤは急発進時や路肩乗り上げの際に衝撃的かつ強大な曲げ負荷がかかり,数十回から数千回といった極めて低い負荷回数で曲げ疲労破損が生じることがあり,低サイクル曲げ疲労強度の向上が必要とされる6,7,8)

浸炭材の低サイクル曲げ疲労強度の研究についていくつか報告例があり,芯部硬さを高めること9),浸炭材の低サイクル曲げ疲労破壊の起点は粒界破面を呈すること 9,10,11,12,13,14,15),粒界偏析傾向の高い不純物元素である鋼材P量や鋼材S量を低減することで,高サイクル曲げ疲労強度10)や靭性値11,12),低サイクル曲げ疲労強度13)が向上することが述べられている。その他に,ガス浸炭表層で形成される粒界酸化層の深さ12)や炭素量13,14),硬さプロファイル9,15)との相関についても報告がなされている。

上記のように,焼入れ性の向上による芯部硬さの向上や,疲労起点が粒界であるため,粒界強度の向上による疲労強度の向上を狙い,浸炭材にはボロン(B)が添加されることがある16,17)。Bは数10 mass ppm程度の極微量の添加により鋼の焼入れ性を著しく向上させる効果が知られており18,19),Bを可視化できるα線トラックエッチング(ATE)法により,変態前のオーステナイト粒界にBが偏析した場合,焼入れ性が向上することが報告されている20)。またBが粒界に偏析することで粒界エネルギーが低下し,変態の活性化エネルギーが増加することでフェライトベイナイト変態を抑制するという考えが提唱されている21)。また,B添加による靭性向上も報告されている22)。SCr420鋼にP量とB量を変化させた鋼の浸炭焼入れ焼戻し後のシャルピー衝撃値を調査した研究では,P含有量の増加と共にB添加鋼の衝撃値は低下するが,B無添加鋼に比べて低下幅は小さいこと23),B添加鋼の粒界P偏析量はB非添加鋼に比べて約1/2程度まで減少することから24),B添加によりPの粒界偏析が抑制されて靭性が向上すると考えられている23,24)。一方で,B自身の粒界強化効果があることを述べている報告もある25)

上記のように,B添加により靭性値や静的曲げ強度が向上することが報告されているものの,低サイクル曲げ疲労強度とBの関係は検討されていない。そこで,本研究では低サイクル曲げ疲労破壊をき裂発生過程とき裂進展過程に切り分けて評価すること,および,炭素濃度分布を持つ浸炭材のBの存在状態を調査することによって,浸炭材の低サイクル曲げ疲労強度に及ぼすB添加の影響を明確化することとした。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

Table 1に供試材の化学成分を示す。浸炭歯車に汎用的に使用されるSCM420鋼,SCM420にBを添加したB-added鋼,また,それらの浸炭層の中層部を模擬し0.35%Cに炭素量を調整したSCM420(M)鋼とB-added(M)鋼を用いた。B-added鋼,B-added(M)鋼ではBN析出を抑制するためにTiを0.04%添加してほぼ全量のNをTiNとして析出させている。上記成分を50 kg真空溶解にて溶製後,Fig.1に示す工程で熱間鍛伸,焼準熱処理を実施した。Fig.2に示す試験片形状に加工後,SCM420鋼とB-added鋼は表層0.8%Cを狙い1223 Kの浸炭雰囲気中で熱処理後,1143 Kに降温し30 min保持して焼入れた。置き割れを防止するために当日中に453 Kで120 minの焼戻し熱処理を行い空冷した(Fig.3(a))。

Table 1. Chemical compositions of test steels. (mass%)

Mark C Si Mn Cr P S Mo Al N B Ti
SCM420 0.21 0.24 0.83 1.12 0.013 0.015 0.16 0.042 0.015
B-added 0.20 0.20 0.80 1.11 0.014 0.014 0.20 0.022 0.006 0.002 0.04
SCM420 (M) 0.35 0.21 0.79 1.08 0.016 0.015 0.20 0.022 0.016
B-added (M) 0.35 0.20 0.80 1.10 0.015 0.015 0.20 0.023 0.005 0.002 0.04
Fig. 1.

Procedure of specimen preparation.

Fig. 2.

Specimen geometries used for (a) the low cycle bending fatigue test and (b) the fatigue crack propagation test (unit:mm).

Fig. 3.

Conditions of heat treatment.

C量が0.35%CであるSCM420(M)鋼とB-added(M)鋼は1223 Kで160 min加熱後,1143 Kに降温し30 min保持した後,1143 Kから焼入れ,当日中に453 Kで120 minの焼戻し熱処理を行い空冷した(Fig.3(b))。

2・2 低サイクル曲げ疲労強度の評価

2・2・1 低サイクル曲げ疲労試験と組織観察

差動歯車のピニオンギヤの歯元応力分布を模擬するため,半径2 mmのフィレットを付与したFig.2(a)に示す曲げ疲労試験片(試験片長手方向が鍛伸材長手方向と一致)を用いて,50 kN電気油圧サーボ疲労試験機を用いて片持ち梁の低サイクル曲げ疲労試験を実施した。Fig.2(a)に示す曲げ疲労試験片のフィレット端部から100 mmの点に応力比R=0.1で荷重を付加して実施し,負荷の際,フィレット部のひずみ速度が約0.1/sとなるように実施した。また,疲労き裂の発生寿命と進展寿命については,以下の手法による評価を試みた。本試験では,通常の疲労試験と異なり,深さ500 µm程度の深さを持つ疲労き裂(ポップインき裂と今後呼称する)が瞬間的に発生し,その後の繰返し負荷によりさらに進展し,破断に至る。このポップインき裂の発生は,き裂発生位置であるノッチ底に貼付したひずみゲージ(ゲージ長1 mm)を用いて検出した。具体的には,ポップインき裂が発生した際,ひずみゲージが断線することを利用し,断線した時の繰返し数をき裂発生寿命Ncと定義した。さらに,最終的な破断までの繰返し数を破断寿命Nfとしたとき,Nf-Ncを進展寿命Npと定義した。

  • Nf:破断寿命
  • Nc:き裂発生寿命
  • Np=Nf -Nc:き裂進展寿命

また,一部試験体ではき裂の起点を明らかにするために,大気下で加熱してテンパーカラーを付けて疲労き裂の可視化を行った。具体的には,今回の観察では試験片を573 Kに昇温した後に1 h保持し,き裂にテンパーカラーを付けた後,液体窒素で試験片を冷却して曲げることで疲労き裂面を露出した。

また,試験片の表層部(浸炭部)と芯部(非浸炭部)のミクロ組織観察のため,疲労試験前の試験体のノッチ底を切断し,表層部の研磨によるダレ防止のためNiメッキで保護した後,研磨し3%ナイタール(3%硝酸アルコール溶液)で腐食させた試験片を用いた。ミクロ観察後,再研磨を行い,研磨面に対し,ピクリン酸とエタノールの混合溶液(アルコール100 mlに対しピクリン酸4 g)でエッチングを行い,旧オーステナイト粒界を現出させた。研磨面の芯部を光学顕微鏡で観察し,200倍率で撮影し,切断法により旧γ粒径を算出した。また,ビッカース硬度計を用いて300 gfの荷重で表層と芯部各5点の硬さ測定を行った。電子線マイクロアナライザーを用いて炭素濃度,窒素濃度測定を実施した。ノッチ底を切断し,研磨後,Arスパッタしたサンプルを日本電子JXA-8500F,加速電圧15 kV,照射時間500 msec,測定ピッチ3 µmで表層から芯部にかけて2 mmまで測定した。残留応力測定は,疲労試験前の試験片のノッチ底を長軸方向に対してsinφ2法で測定した。コリメーター径はΦ0.5 mm,測定範囲は146.4–166.4°の条件で実施した。

2・2・2 き裂進展試験

浸炭材のポップインき裂発生後の進展特性を評価するため,進展領域である浸炭中層部を模擬したSCM420(M)鋼およびB-added(M)鋼から疲労き裂進展方向が鍛伸材の幅方向となるよう採取したCT試験片(幅50 mm,板厚25 mm)を作成し,疲労き裂進展試験を実施した。試験片形状をFig.2(b)に示す。試験には,2・2・1節と同様の疲労試験機を用い,試験条件は,室温,荷重一定,応力比R=0.1,試験速度10 Hzとし,疲労き裂進展速度をda/dNと応力拡大係数範囲ΔKの関係を評価した。き裂長さの計測方法は,CT試験片背面に貼付したひずみゲージ(ゲージ長2 mm)による除荷弾性コンプライアンス法26)とした。なお,コンプライアンス算出区間は,応力範囲の30–90%とした。試験荷重は,疲労き裂が1 mm進展したときの応力拡大係数範囲ΔKが12MPa・m1/2となる荷重とした。

2・3 Bの存在状態の評価

低サイクル曲げ疲労試験前の試験片のノッチ部を切断し,Bの存在状態の評価用の試料とし,飛行時間型二次イオン質量分析法(ToF-SIMS:Time of Flight-Secondary Ion Mass Spectrometry)を用いて観察した。表層から断面200 µm×200 µmの領域について,800 µm深さまで4視野を測定した。ToF-SIMS測定はION-TOF社製のToFSIMS5を用い,一次イオンとしてBi+を使用し,Bを含む二次イオンとしてBO2-(質量電荷比m/z=43)を検出した。また,より詳細にBの存在状態を評価するため,疲労試験前の低サイクル曲げ疲労試験片から全長が3.7×3.7×18 mmであり,長手方向の中心部に2.2 mmの45°ノッチが3面あり,ノッチのついていない残り1面が浸炭表面である試験片を作成し,オージェ電子分光測定に供した。測定サンプルはオージェ電子分光法装置内の真空下で液体窒素温度に冷却し,ハンマーにより粒界破面を露出させた。そして得られた粒界破面に対し,オージェ電子分光法を用いて分析を実施した。

3. 実験結果

3・1 浸炭材のミクロ組織観察

Fig.4にSCM420鋼とB-added鋼の浸炭表層と芯部(非浸炭層)のミクロ組織写真を示す。浸炭表層では粒界上に棒状析出物や球状析出物が観察される。これはSiやMn,Cr等の合金酸化物であり,ガス浸炭表層でよくみられる酸化物である。B添加有無にかかわらず,粒界酸化層の表層からの深さは約10 µmで同程度であった。また,B-added鋼では極表層でパーライト組織が観察された。合金酸化物生成による母相の焼入れ性低下により,パーライト組織を呈したと考えられる。合金酸化物や極表層のパーライト組織を除いて,浸炭層はマルテンサイト組織を呈していた。また,非浸炭層である芯部では両鋼種ともマルテンサイト組織を呈していた。Table 2に浸炭材の表層硬さ,芯部硬さ,表層の炭素濃度,表層の残留応力,旧γ粒径の測定結果を示す。浸炭表層は合金酸化物生成によって一部パーライト組織が観察されたものの,両鋼種とも700 HV以上の硬度を有していた。また,芯部硬さは若干B-added鋼のほうが高いものの,どちらも400HV以上の非常に高硬度を有しており,浸炭部材としては大差ない範囲と考えられる。炭素濃度も狙い通り0.80%C程度であり,表層の残留応力も,SCM420鋼とB-added鋼の残留応力値はほぼ同等であることを確認した。ショットピーニング等の表面硬化処理を行っていないにも関わらず,僅かに圧縮残留応力があるのは,浸炭による表層と芯部の炭素濃度の違いによって,芯部が先にマルテンサイト変態した後,表層でマルテンサイト変態したためと考えられる。旧γ粒径はSCM420鋼のほうがB-added鋼よりも細かい。また,有効硬化層深さ(550 HV位置)は両鋼種とも0.9 mmであった。

Fig. 4.

Optical microscope image of test piece before low cycle bending fatigue test.

Table 2. Hardness and carbon concentration of specimen before low cycle bending fatigue test.

Mark Surface
Hardness
[HV]
Core
Hardness
[HV]
Surface Carbon Concentration [mass%] Surface residual sterss
[MPa]
Prior austenite
grain size
[μm]
Effective case depth (550HV)
[mm]
SCM420 712 413 0.80 −190 13 0.9
B-added 730 440 0.83 −241 26 0.9

3・2 低サイクル曲げ疲労

Fig.5に低サイクル曲げ疲労試験の結果を示す。Fig.5(a)よりき裂発生寿命はSCM420鋼とB-added鋼は変わらず,同寿命であった。一方,Fig.5(b)よりき裂進展寿命はB-added鋼が大幅に長い。したがって,B添加はき裂発生寿命には影響しないが,き裂進展寿命を向上させることで疲労強度の向上に寄与していることが分かった。

Fig. 5.

(a) S-N diagram of crack initiation and (b)S-N diagram of crack growth obtained by low-cycle bending fatigue test of gas carburizing and quenching SCM420 steel and B-added steel. (Online version in color.)

3・3 Bの存在状態

B-added鋼を用いて,Bの存在状態をTOF-SIMSを用いて観察した。Fig.6にB-added鋼の表層から芯部のBO2-マップを示す。非浸炭層である表層から800 µm位置では旧γ粒界にBが認められた。一部輝度が非常に高い箇所では粒界偏析ではなくB析出物が存在している可能性があるが,大部分は一定の輝度であり粒界にB偏析していると推測される。一方,浸炭最表層では旧γ粒界に沿った一定輝度の輝点は観察されず,粗大で輝度が高い輝点が多量に観察されたことから,粗大なB析出物が存在している。表層から400 µm位置では,表層と同様に粗大な輝点と,輝度は低いが旧γ粒界にBが認められた。800 µm位置と比較して400 µm位置のγ粒界に沿ったBの輝度は低い。

Fig. 6.

BO2- ion map of gas carburized B-added steel from carburized surface to inner layer obtained by SIMS measurement. (Online version in color.)

Fig.7に装置内で冷却破断したB-added鋼の表層近傍をオージェ電子分光分析法で観察した浸炭層の粒界破面と,析出物の組成分析の結果を示す。SIMS測定と同様に,オージェ分析でも浸炭最表層では粗大な析出物が観察され,組成分析の結果,BとNの強度が確認された。上記より,SIMSのBO2-マップで観察された浸炭最表層の粗大な輝点はBNであると考えられる。また,芯部では粒界B偏析していると考えられる。

Fig. 7.

SEM image of the fracture surface of the carburized layer and the AES spectrum obtained from the area specified by the square in the SEM image. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 き裂発生寿命

B添加の有無でき裂発生寿命が変わらなかった理由を考察する。Fig.8に疲労試験後の破面の起点部観察を示す。SCM420鋼,B-added鋼ともに低サイクル曲げ疲労の破壊起点は最表層の粒界である。Fig.6に示したようにB-added鋼の最表層ではBが粒界偏析しておらず,BN析出していたことから,B-added鋼ではBによる粒界強化の効果が得られなかったと考えられる。

Fig. 8.

SEM images of fatigue fracture surface (a)(c) SCM420 steel, (b)(d) B-added steel. (c) and (d) are enlarged images of the area surrounded by the frame in (a) and (b).

次に,B-addeed鋼の表層でBが粒界に偏析しなかった理由を考察する。B-added鋼ではBN析出を抑制するためにTiを添加しているにもかかわらず,浸炭表層部から400 µm位置にかけてBN析出が生じた。この現象を調査するために,B-added鋼の浸炭層のN濃度を調査した。Fig.9にB-added鋼のC,N濃度分布を示す。Cと共に表層のN濃度が増加しており,このNは浸炭雰囲気から混入したと判断される。Fig.10にThermocalcの平衡計算で算出した,B-added鋼の浸炭表層(1223 K,0.8%C)におけるB析出相とオーステナイト中の固溶B量を示す。N濃度の上昇に伴いB析出相はM23(C,B)6からBNに変化すること,その場合のオーステナイト中の固溶B量は2 ppm程度まで減少することが試算された。したがって,浸炭表層ではガス浸炭雰囲気から混入したNによって,BNが析出したため粒界B偏析が観察されなかったと考えられる。

Fig. 9.

Concentration distribution of (a) carbon and (b) nitrogen from carburized surface layer obtained by EPMA measurement for gas carburized B-added steel. (Online version in color.)

Fig. 10.

(a) Amount of boron precipitates and (b) amount of solute boron in the austenite phase with respect to nitrogen concentration obtained by Thermo-calc calculation at 1223 K for B-added steel (carbon content 0.8%C simulating carburized layer). (Online version in color.)

また,表層炭素濃度が0.8%Cまで増加していることも浸炭材の特徴である。そこで,McLeanの式27)をIshida28)が多成分系の偏析に拡張し,かつ,結晶粒径を考慮したIshidaの式を用いて,CとBおよびBNの影響を式(1)(2)より数値解析により算出した。

  
CBgb1CBgbCCgb=CBi3t2R¯CBgb1CBiCCiexp(ΔEBsegRT)(1)
  
CCgb1CBgbCCgb=CCi3t2R¯CCgb1CBiCCiexp(ΔECsegRT)(2)

CBgb: 結晶粒界中のB濃度,CCgb: 結晶粒界中のC濃度,CBi:結晶粒内のB濃度,CCi: 結晶粒内のC濃度,ΔEBseg: Bの粒界偏析の自由エネルギー(60 kJ/mol29)), ΔECseg: Cの粒界偏析の自由エネルギー(-76 kJ/mol28)),R:母相のγ粒径(26 µm),t:粒界厚さ(1.0 nm)

結晶粒内のB濃度(CBi)は式(3)(4)のように求めた。まず,結晶粒内のN濃度(CNi)をFig.9のN濃度からTiNとして消費されるN量を差し引くことで算出した。そして,全B量(20 ppm)からCNiとBNを形成するB量を差し引くことで,CBiを算出した。また,結晶粒内のC濃度(CCi)はFig.9を参照した。

  
CNi=CNtotalNasTiN(Ti:0.04mass%)(3)
  
CBi=CBtotalBasBN(N:CNi)(4)

Fig.11(a)にB-added鋼の1223 KにおけるBとCの粒界濃度の計算結果を示す。表層から0.4 mm位置まではBの粒界濃度は0と試算され,非浸炭層である芯部では粒界にB濃化すると推測される。これはFig.6に示すSIMS観察結果と良い一致を示す。粒界C濃度は粒界B濃度と比べて非常に高いこと,表層では浸炭による結晶粒内の炭素量の増加により粒界濃度も高くなることが試算された。

Fig. 11.

Grain boundary concentration distribution of boron and carbon in B-added steel calculated from the formula of Ishida. (a) with BN precipitation (b) without BN precipitation (Online version in color.)

Fig.11(b)にBN析出の影響を除いた場合のBとCの粒界濃度の計算結果を示す。具体的には,結晶粒内のB濃度(CBi)は20 ppm一定とし,結晶粒内のC濃度(CCi)はFig.9を参照した。非浸炭層である芯部に比べて表層の粒界B濃度は低下するものの,粒界へのB濃化は認められる。

上記より,BN析出を抑制すること,もしくはガス浸炭時の浸炭雰囲気からN混入を抑制することで,浸炭層であっても粒界にB偏析する可能性が示唆された。

以上より,Ti添加により固溶Nを減らしても,ガス浸炭時の浸炭雰囲気から混入したNによってBN析出が起こり,浸炭表層では粒界にBが偏析できず,SCM420鋼とB-added鋼のき裂発生強度に差異がなかったと推定される。

4・2 き裂進展寿命

B添加によりき裂進展寿命が向上した理由としては,①ポップインき裂長さが異なる,②き裂進展速度が異なる,③不安定破壊が生じる疲労破壊靭性が異なる,の3つが考えられる。①②③についてそれぞれ検証した。

4・2・1 ポップインき裂長さ

亀裂発生寿命が100回となる疲労強度がギア部品特性の1つとなることがあるため,繰返し数100回でポップインき裂が発生するPmax=5000 Nを対象に鋼種の影響を評価した。Fig.12にひずみゲージ断線後途中止めし,大気下で加熱してテンパーカラーを付けて疲労き裂の可視化を行った観察結果を示す。ポップインき裂は焼戻しによるテンパーカラーが付いている。SCM420鋼に比べてB-added鋼はポップインき裂長さが短い。Fig.6より,B-added鋼では表層から約0.4 mm位置から粒界B偏析が僅かに観察され,0.6 mm位置では明瞭な粒界B偏析が観察されたことから,ポップインき裂長さと粒界B偏析位置はよい一致を示した。したがって,粒界B偏析による粒界強化の効果により,SCM420鋼に対してB-added鋼でポップインき裂長さが短いと推定された。

Fig. 12.

Pop-in cracks in SCM420 steel and B-added steel in which the low-cycle bending fatigue test was interrupted after crack initiation. (Online version in color.)

4・2・2 き裂進展速度

ポップインき裂が認められた0.5–0.8 mm位置の炭素濃度に相当する0.35%C材(SCM420(M)鋼,B-added(M)鋼)を用いて,B添加がき裂進展速度に及ぼす影響を調査した。き裂進展試験の結果をFig.13に示す。B非添加鋼と比べてB添加鋼のき裂進展速度は大きい。すなわち,B添加によるき裂進展寿命向上にき裂進展速度は寄与していないと判断できる。

Fig. 13.

Relationship fatigue crack growth rate (da/dN) and stress intensity factor range (ΔK) in SCM420(M) steel and B-added(M) steel. (Online version in color.)

次に,ポップインき裂長さが疲労き裂進展に及ぼす影響を考察する。SCM420鋼に対してB-added鋼のポップインき裂長さは短いことから,応力拡大係数に影響があると考えられる。Fig.12に示したPmax=5000 Nで試験した際のポップインき裂長さSCM420:0.81 mm,B-added:0.52 mmを用いて,応力拡大係数を見積もり,Fig.13の応力拡大係数とき裂進展速度のパリス則30)を最小二乗法より算出した式(5)(6)よりポップインき裂の進展寿命を予測した。

  
SCM420(M):dadN=8.5816×1012ΔK2.8232(5)
  
Badded(M):dadN=1.9897×1011ΔK2.6404(6)

Fig.14に解析結果を示す。SCM420鋼とB-added鋼のき裂成長曲線は異なり,同じき裂長さに成長するのに要する寿命は初期き裂寸法の小さいB-added鋼の方が大幅に長くなり,Fig.5(b)の実験結果と良い一致を示す。したがって,ポップインき裂長さが疲労き裂進展寿命に及ぼす影響は大きいと示唆された。

Fig. 14.

Estimation of crack growth life by Paris's Law using fatigue crack growth rate of SCM420(M) steel and B-added (M) steel. Based on the actual initial crack observation, the initial crack is 0.81 mm for SCM420 and 0.52 mm for B-added steel. (Online version in color.)

4・2・3 疲労破壊靱性

Fig.15Pmax=5000 Nで低サイクル曲げ疲労試験をした破断材の外観写真を示す。破断時の最終き裂長さは両鋼種ともに約1.8 mmであり,B添加,非添加で最終き裂長さに 差はみられない。よって,疲労破壊靱性値に及ぼすB添加の影響は少ないと判断できる。

Fig. 15.

Fracture images of SCM420 steel and B-added steel subjected to fatigue testing at Pmax=5000 N. (Online version in color.)

上記の検討より,B添加によりき裂進展寿命が向上した理由は,き裂進展速度や疲労破断時の最終き裂長さに差異はみられないが,B添加鋼のポップインき裂長さが短いため応力拡大係数が小さく,ポップインき裂の進展速度が小さいためと結論付けた。また,B-added鋼のポップインき裂が停止した領域と粒界B偏析が観察された領域の浸炭表層からの深さが一致することから,粒界B偏析による粒界強化によってB-added鋼のポップインき裂長さは低減したと推測される。

5. 結論

本研究では,SCM420鋼およびSCM420にBを添加したB-added鋼をガス浸炭した試験片を用いて,低サイクル曲げ疲労破壊をき裂発生過程とき裂進展過程に切り分け,Bの存在状態と対応付けることで,浸炭材の低サイクル曲げ疲労強度に及ぼすB添加の影響を調査した。主な結果は以下の通りである。

(1)B添加により低サイクル曲げ疲労強度は向上する。また,B添加はき裂発生寿命には影響せず,き裂進展寿命を向上させる。

(2)ガス浸炭表層は浸炭雰囲気から侵入したNにより,BNが析出する。その結果,浸炭表層では粒界B偏析が起こらず,B非添加鋼と同等のき裂発生寿命となる。Ishidaの式を用いた粒界B偏析と粒界C偏析およびBN析出の見積もりにより,浸炭雰囲気からのN侵入を抑制するか,もしくはほかの手法でBN析出を抑制することで,浸炭層であっても粒界B偏析すると考えられる。

(3)SCM420鋼に対してB-added鋼のポップインき裂長さは低減する。B-added鋼のポップインき裂が停止した領域と粒界B偏析が観察された領域の浸炭表層からの深さが一致することから,粒界B偏析による粒界強化によってB-added鋼のポップインき裂長さは低減したと推測される。一方,き裂伝播試験ではSCM420鋼とB-added鋼でき裂進展速度や疲労破断時の最終き裂長さにも差異はみられないが,B添加鋼のポップインき裂長さが短いため応力拡大係数が小さく,ポップインき裂の進展速度が小さいことが示唆された。したがって,B添加によりポップインき裂長さが低減したことでき裂進展寿命が向上したと考えられる。

文献
 
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