Tetsu-to-Hagane
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Measurements of Carbon Content and Retained Austenite Volume Fraction in Steels by Neutron Bragg-edge Transmission Analysis at a Compact Neutron Source, AISTANS
Koichi Kino Yo TomotaNagayasu Oshima
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2024 Volume 110 Issue 11 Pages 850-859

Details
Abstract

Neutron Bragg-edge transmission analysis was performed at a newly constructed compact neutron source, AISTANS, for 30Mn-C austenitic steels and ferrite-bainite-retrained austenite (TR) steels, which had previously been measured at BL22, RADEN, in J-PARC MLF. Employing a newly developed 2D Li-glass neutron detector, Bragg-edge spectra were obtained at 1 kW electron-beam operation of AISTANS. The obtained profiles were analyzed using the RITS code. In 30Mn-C steels, the determined lattice parameters were found to show a linear dependence with carbon content, similarly to the results obtained at RADEN. In TR steels, Bragg-edge spectra obtained from three orthogonal directions were differently shaped each other stemmed from the texture. Reasonable fitting was obtained only in the cases in which the influence of texture was weak; the profile obtained along the rolling direction or averaged one of the three directional results.

1. 緒言

鉄鋼材料の高強度・高延(靭)性化を目指す最近の研究開発では,TRIP鋼1,2,3,4),Q&P鋼5,6),ナノベイナイト鋼7,8,9,10),中Mn鋼,D&P鋼11)やR&P鋼12)等々にみられるようにオーステナイト相の活用が鍵になっている。組織制御によりフェライト,ベイナイト,マルテンサイトやその複合組織中に分散するオーステナイト相の体積率を正確に測定することはきわめて重要である。種々な測定法の検討結果によると「中性子回折マルチリートベルト解析を用いて相体積率と集合組織を表す方位分布関数(ODF)を同時に同定するのが最も適当であること」が示されている13,14)。特性改善には相体積率のみでなく,オーステナイト粒の形状・サイズ・分布状態や含有炭素濃度の制御が重要である。炭素濃度に関しては,FE-EPMA解析15),X線回折16),3次元アトムプローブ(3D-APT)17)を用いた研究報告があるが,電子線やX線はごく表面層の情報しか得られず,3D-ATPは針状試料の測定となる。そのため,鋼板の平均情報とは異なる懸念がある。特に準安定オーステナイト相は表面近傍でマルテンサイト変態しやすいので,鋼板のバルク情報(平均炭素濃度および相体積率)を求めるには,各種量子ビームの中で透過能の高い中性子線を用いるのが好ましい。そこで,新構造材料技術研究組合(Innovative Structural Materials Association: ISMA)による新エネルギー・産業技術総合開発機構(New Energy and Industrial Technology Development Organization: NEDO)の革新的新構造材料等研究開発プロジェクト18)においては,2種類の共通試料を作製して,J-PARCのBL19匠において中性子回折測定を行った19)。ひとつは 熱処理履歴によりオーステナイト体積率の異なるMn-Si-C鋼(以後TR鋼と呼ぶ)の相体積率測定14,19)で,もうひとつは30Mn-C鋼の炭素含有量の同定19,20)であった。

一方,ISMAでは産業界からの迅速・簡便な中性子計測の要求を踏まえて小型中性子源の活用に注目した。すでに,北海道大学HUNS21)では中性子小角散乱測定の実績があり,ナノ析出物やクラスターの測定において大型中性子源施設の装置と同等な測定ができること22,23)を報告している。また,理化学研究所RANS24)においては,中性子イメージングによる鉄鋼の腐食(塗膜下の水検出)25,26),中性子回折による残留オーステナイト量の測定27)や集合組織測定28)等を行って優れた成果を報告している。これら既存の小型中性子源装置の活用を進めると同時に,ISMAでは産業技術総合研究所(産総研)にて小型中性子計測装置の設計・建設が進められた29,30,31,32)。新設された装置はAISTANS(Analytical facility for Industrial Science and Technology using Accelerator-based Neutron Source)と呼称され「マルチマテリアル製品の非破壊計測等の中性子ブラッグエッジ透過イメージング」に装置全体の最適化が図られた。前述した測定は,中性子回折測定と同様に中性子ブラッグエッジ透過イメージング測定でも可能と思われる。機械部品等におけるミクロ組織や炭素濃度の分布を測定するには,回折ではゲージ体積を小さくしてステップ的に走査測定を行うが,ブラッグエッジ測定では2次元(2D)検出器を用いて2Dマップが得られ,さらに試料を回転させることにより3次元トモグラフィ(3D-CT)を得ることも期待できる33,34)

先に行ったJ-PARC RADENにおける中性子ブラッグエッジ透過測定では,30Mn-C鋼の炭素含有量に関して中性子回折の結果とほぼ一致する結果が得られた20)。TR鋼に関しては,一方向からのみの測定14)だったのでブラッグエッジスペクトルに集合組織の影響が強く現れオーステナイト相体積率同定が難しかった。

そこで,本研究では,同じ試料(30Mn-C鋼とTR鋼)を用いて,AISTANSにおいて中性子ブラッグエッジ透過イメージング測定を行い,(1)小型装置活用の可能性を探ることおよび(2)相体積率に関して3方向から測定して相体積率同定に及ぼす集合組織の影響を考察することを試みた。

2. 測定試料および実験方法

2・1 小型中性子源AISTANSによる中性子ブラッグエッジ透過イメージング測定

ISMAでは2017年度より産総研内既存の建屋内にAISTANSの構築を開始して,2020年にパルス熱中性子ビームの発生に成功し,2023年現在,熱−冷パルス中性子ビームが利用可能である。装置の概要をFig.1に示す。装置は主に,パルス電子ビームを生成するための電子線加速器,電子ビームから中性子を発生させてそれをビームとして取り出す中性子源,中性子ビームを下流に導き計測に用いるビームラインで構成される29,30,31,32)

Fig. 1.

Outline of a compact neutron source, AISTANS (a) and setting of samples (b). (Online version in color.)

AISTANSは先に述べたように,ブラッグエッジ透過イメージングに最適化するコンセプトで開発された。製品を実用的な計測時間およびブラッグエッジスペクトル分解能にてイメージングできるよう,様々な工夫が装置全体に施されている。小型パルス中性子装置としては,中性子を発生させるための一次ビームとして,電子線や低エネルギー陽子線などが考えられるが,ブラッグエッジ透過イメージングに必要な短パルス中性子が高強度で得やすい電子線が選択された。この電子線を発生させる電子加速器は,3 MeVの電子ビームを生成する電子銃,さらに35~40 MeVにまで加速するための長さ2.8 mの3本の加速空洞,4極電磁石,ステアリング電磁石などで構成される。使用するマイクロ波の動作周波数は2856 MHzであり,最大電子ビームピーク電流250 mA,最大電子ビームパルス幅10 µs,最大電子ビーム繰り返し周波数100 Hzである。このときの最大パワーは約10 kWとなる。

電子ビームから中性子を発生させるのに,光核反応を用いている。中性子を効率よく得るには重い原子核が良く,また高温への耐性を考慮し,電子ビームを照射するターゲットとしてタンタルを選択した。放出される中性子のエネルギーは1 MeV程度であり,このままではド・ブロイ波長が短くブラッグエッジイメージングには使用できないため,中性子を減速(低エネルギー化)させねばならない。ブラッグエッジイメージングには,エネルギー数十~数 meV,波長にして数 Å程度の中性子が必要である。この減速材として,約20 Kの固体メタンが選択された。固体メタンは低エネルギーの回転モーメントを持つため,中性子との相互作用により,中性子を効率的に冷中性子領域にまで減速できる特性がある。また,減速された中性子は電子ビームと同期してパルス状になる。AISTANSで用いる中性子飛行時間法を用いたブラッグエッジイメージングでは,パルス中性子の時間幅が狭いほうが,ブラッグエッジスペクトルの波長分解能を高くすることができる。このため,現在2つあるビームラインのうち本研究で用いた第1ビームラインでは,時間幅が狭く成るよう,固体メタン減速材の周囲をカドミウムで覆った,非結合型と呼ばれるタイプを採用した。

非結合型固体メタン減速材から放出されるパルス中性子ビームを如何に効率良く測定試料に照射するかが,計測時間や測定データ精度の点から重要である。この課題解決のため,AISTANSでは小型中性子装置としては初めて最適化されたスーパーミラーガイド管を設置した。スーパーミラーガイド管は,ガラスなどの基板にニッケルとチタンの多層膜を積層したもので,そこでの中性子ブラッグ反射により輸送効率が増加する。全長約4.7 m,断面は約130 mm×130 mmである。中性子減速材から約8 mの場所(試料位置)でビーム軸付近(10 mm ×10 mm)に飛来する中性子ビーム強度を実測した結果,スーパーミラーガイド管が無い場合に比べ,波長0.4 nm付近では約6倍の中性子強度増加が認められた32)。なお,スーパーミラーガイド管を用いた場合は,試料位置(中性子減速材から約8 m)にて,100 mm(幅)×100 mm(高さ)の中性子ビームが利用できる。

ブラッグエッジイメージングに最適化したFig.1の第1ビームラインでは,設定した波長分解能約1%を満足する測定が可能であることが確認されているので35),本実験ではこのビームラインを使用した。また,2022年度には外力印加あるいは加熱状態で中性子によるラジオグラフィや3D-CTが高効率で測定できるように結合型モデレーターからの高強度中性子ビームライン(第2ビームライン)を追加した。両ビームラインではX線によるラジオグラフィーや3D-CTも可能であり,マルチプローブ化されている36)

加速器調整中に実施した本実験では,電子ビーム強度は約1 kW,40Hzの運転条件であった。試料はアルミニウム製のホルダーにFig.2のようにセットした。中性子源から試料および検出器までの距離は約8 mである。測定には,中性子検出効率の高いリチウムガラスシンチレータを用いて新たに開発した2次元検出器を用い,測定時間は6時間であった。この検出器は,シンチレータ光をマルチアノード型の光電子増倍管(浜松ホトニクス製H9500)で計測し重心計算することによって中性子検出位置分解能を向上せた先行型37)を,4倍の有効検出面積に発展させたものである。試料なしの状態で3時間の測定を行って両者から透過率を算出した。検出器の有効検出面積は100 mm×100 mmで,0.8 mm×0.8 mmのピクセルサイズでデータ解析を行った。

Fig. 2.

Specimens set in a holder made of aluminum. (Online version in color.)

2・2 炭素含有量の異なるオーステナイト鋼の測定

実験に用いた30Mn-C鋼試料は文献20)で説明した炭素含有量の異なる試料のうちA0(0.0007 mass%C),A3(0.0108),A4(0.75),A5(0.85),A6(0.95),A7(1.05),A8(1.20)の7つである。文献20の表から本実験で測定した試料の化学組成をTable 1に再掲する。試料の形状と寸法は円盤状で直径30 mm,厚さ6 mmであった。先にJ-PARCで測定した試料の再測定なので,熱処理条件や試料形状・寸法等の詳細は文献20)に示してあり割愛する。最終的な目標は脱炭層や二相組織内のオーステナイト粒の炭素濃度の測定であるが,そのためには,計測速度やデータ統計精度を改善するなどの必要があり,装置や検出器の高度化が必要である。今回は中性子ブラッグエッジ測定活用の可能性を探る基礎実験として実施した。測定用ホルダーにセットした試料の様子をFig.2に示す。

Table 1. Chemical compositions of 30Mn-C steels measured.

SteelConcentration (mass %)
CMnN
A00.000731.20.012
A30.010831.10.017
A40.7530.720.019
A50.8530.720.019
A60.9530.490.019
A71.0530.350.019
A81.2030.200.018

2・3 残留オーステナイト体積率の測定

実験に用いたTR鋼の化学組成は0.20C-1.50Mn-1.52Si-0.009P-0.001S mass%で,施した熱処理の概略をTable 2に示す。ミクロ組織等の詳細は文献14に記載されているので,ここでは割愛する。合計525方向から得られた中性子回折プロファイル群をマルチリートベルト解析により集合組織を表す方位分布関数(ODF)と合わせて同定した残留オーステナイト体積率は,試料TR1,TR2,TR3で,Table 2に示すように,それぞれ14.8%,13.9%,0%であった。先にJ-PARCのRADENを用いて圧延(R)方向から得た中性子ブラッグエッジスペクトルを佐藤らが開発したRITSコード38,39)で解析したところ,残留オーステナイトを含まないTR3でも集合組織の影響が強く,良好なフィッティングができなかった。そこで,本実験では,板面法線(N)方向と板幅(T)方向も加えて直交3方向から入射ビームを照射しブラッグエッジスペクトルを測定した。試料は厚さ1.2 mmの鋼板からFig.2に示す形状に切り出し8枚重ねて測定ホルダーにセットした。測定の様子をFig.1(b)に示す。

Table 2. Heat treatments for TR steels.

SpecimenHeat treatmentAustenite volume fraction
(vol.%)
TR1 RT → heating (10°C/s) → isothermal holding at 780°C for 300 s → cooling (50°C/s) →
isothermal holding at 400°C for 30 s → cooling (50°C/s) → RT
14.8
TR2 RT → heating (10°C/s) → isothermal holding at 780°C for 300 s → cooling (50°C/s) →
isothermal holding at 400°C for 300 s → cooling (50°C/s) → RT
13.9
TR3 RT → heating (10°C/s) → isothermal holding at 780°C for 300 s → cooling (50°C/s) →
RT → heating (65°C/s) → isothermal holding at 650°C for 300 s → cooling (50°C/s) → RT
0

3. 実験結果および考察

3・1 試料群全体の中性子ブラッグエッジスペクトルと透過率マップ(ラジオグラフィ)

中性子飛行時間5~25 ms域での平均透過率をピクセル毎に算出した2次元マップがFig.3(a)である。Fig.2の試料に対応する濃淡が見られ,枠で囲んだ領域のピクセルから個々の試料の中性子ブラッグエッジスペクトルを求めて以後の解析に用いた。試料を置かずに測定した場合(Direct)と試料ありの場合(Sample)に得られた中性子カウント数の波長依存性をFig.3(b)に示す。Directのスペクトルにもブラッグエッジが見られるが,これはビーム透過経路中の固体メタンモデレータ容器等のアルミニウムによるものである。アルミニウム起因のブラッグエッジ位置を反射指数hklとともに矢印で示した。Sampleには試料由来の多数のブラッグエッジが現れている。両測定の入射ビーム総中性子パルス数を考慮して透過率を計算すると,Fig.3(c)のように試料群のブラッグエッジを観察できる。

Fig. 3.

(a) Neutron transmission image obtained in a TOF region from 5 to 25 ms. Analyzed areas for the samples are shown as black squares. (b) Neutron intensity spectra with sample and without sample in the region A0 in Fig. 3 (a). Bragg-edge positions of aluminum materials seen in the spectrum without sample are shown by arrows. (c) Transmission spectrum for A0 is shown here as an example. This spectrum was obtained by dividing the spectrum with sample by the spectrum without sample shown in Fig. 3 (b). (Online version in color.)

3・2 オーステナイト鋼における炭素含有量の測定

炭素含有量の異なる7種類の鋼の中性子ブラッグエッジスペクトルをFig.4に示す。今回は試料内の炭素濃度分布は一定と見做して,統計精度を高くするために16×16ピクセルのデータを集めて解析した。先に測定したRADENの結果20)と同じようにFCCであるオーステナイト相のブラッグエッジが明瞭に検出された。炭素含有量の低い鋼で110ほかのFCC禁制回折面に関するエッジが一部で見られるのは,先に報告20)したようにネール温度が高く室温で反強磁性となり,磁気回折が生ずるためである。各エッジはRADENの結果に比べるとシャープでなく波長分解能の差が,Fig.5 の挿入図に現れている(飛行距離Lが24 mであったRADENでは波長分解能は約0.2%なのに対して,約8 mのAISTANSでは約1%以下35))。格子定数はブラッグカットオフでのフィット精度で決まるので,カットオフがシャープなスペクトルの方が,格子定数の値を決定しやすい。ブラッグエッジスペクトルのRITSコードによるフィッティング例をFig.5に示す。フィッティングによって得られた格子定数と結晶子サイズを炭素含有量に対してプロットした結果がFig.6である。

Fig. 4.

Bragg edge spectra of 30Mn steels with various carbon concentrations. (Online version in color.)

Fig. 5.

Result of profile fitting with the RITS code for steel A0. The inserted figure shows a comparison between the spectra obtained at AISTANS and RADEN20). (Online version in color.)

Fig. 6.

Lattice parameter (a) and crystallite size (b) determined by the RITS code plotted as a function of carbon content. The solid line in (a) is a fit curve. The dashed red lines in (b) are drawn to guide the eye. (Online version in color.)

Fig.6(a)に見られるように格子定数と炭素含有量はほぼ比例関係にあり,最小二乗法でフィッティングすると,

  
a[nm]=0.36483+(0.0021291±0.0000438)×(mass%C)(1)

の関係が得られた。RADENで得られた

  
a[nm]=0.36082+(0.0026737±0.0000677)×(mass%C)(2)

と比べて,炭素含有量に対する比例係数は,誤差の範囲を超える差はあるものの,概ね一致した。将来展望として,トモグラフィ測定による鋼製品の脱炭領域(炭素濃度)の3次元分布の同定や検出器が改善され空間分解能がµmオーダーになれば二相組織内の炭素濃度分布測定等への展開が期待される。一方,Fig.6(b)は結晶子サイズの結果である。先に報告20)したように炭素含有量が0.75 mass%(A4)以上の鋼では炭化物を分解させるために高温再加熱の熱処理を施したので,オーステナイト結晶粒が粗大になっている。これを反映して,結晶子サイズは低炭素鋼と高炭素鋼で大きく異なる結果となった。これはRADENにおける分析結果20)と同じである。一方でAISTANSにて得られた結晶子サイズの絶対値は,RADENの値よりも小さい傾向にある。この差の原因として解析ソフトRITSが改訂されたこと39)によるものが考えられる。RITSの新しいバージョンでは多くの回折プロファイル解析ソフトウエア40,41,42)で用いられる定義に合わせた結果,以前のバージョンに対して結晶子サイズがFCC合金では1/2になっている。なお,結晶子サイズは一切の狂いもなく規則正しく原子が並んだ結晶領域の大きさ(モザイクサイズ)に対応し,これは転位等の格子欠陥に影響されるので,ミクロ組織観察で測定されるASTM結晶粒径に比べて小さくなる事例も報告されている43)

3・3 残留オーステナイト体積率の同定

3方向(N,R,T)から測定したTR1,TR2およびTR3のフラッグエッジスペクトルをそれぞれFig.7(a),(b),(c)に示す。方向によって形状が異なり,集合組織の影響が大きいことがわかる。T方向であるFig.7(c)は,先にJ-PARCのRADENを用いてT方向で得られた中性子ブラッグエッジスペクトル14)と良く一致している。

Fig. 7.

Neutron Bragg-edge spectra obtained from three orthogonal directions: ND (a), RD (b) and TD (c) for steels TR1, TR2 and TR3. Transmission of TR2 and TR3 spectra are shown by shifting upwards from the original values by 0.05 and 0.10, respectively. (Online version in color.)

RITSコードでは回折プロファイルに対するリートベルト解析ソフト(GSAS40)やZ-リートベルト41))のように集合組織補正にはMarch-DollaseパラメーターRhkl42,43,44,45,46)が用いられている。ビーム透過方向に<hkl>粒が優先配向しているとRhkl<1.0,垂直に配向しているとRhkl>1.0で表される。最新のGUI-RITSコードVer.1.4.2では<hkl>を3つまで選択してフィッティングを行うことができる。金属板の集合組織を最も簡単に表現するには,結晶粒群の代表的な板面ミラー指数{uvw}と圧延方向<hkl>が使われる。圧延・焼鈍鋼板の集合組織の代表的主成分として{111}<11−2>が報告されている47)のを参考に,まず残留オーステナイトを含まないTR3のR方向のスペクトルにおいて,R112を変数としてbcc結晶相にてフィッティングを試行した。しかし,特に110反射ブラッグエッジの形状は十分に再現できず,集合組織フリーの条件での試行結果と大差はなかった。110反射ブラッグエッジはブラッグカットオフ付近でやや先鋭的であるので,現象論的ではあるが110配向を仮定してフィットしたところ,ブラッグエッジ形状の再現が良くなった。これらの結果をFig.8(a)に示す。110配向の時のMarch-DollaseパラメーターR110は0.685であった。R方向とは違い,J-PARCでも測定したT方向のブラッグエッジスペクトルは特に集合組織の影響が強い。このため,残留オーステナイトを含まないTR3であっても,1方向の考慮から始めてフィッティングの改善が困難であった。TR3のN方向でも同様にフィッティングの向上が得られず,複雑な集合組織をさらに複数のRhklで補正するのは困難であると思われた。

Fig. 8.

Transmission spectra and fit results by the RITS code for the TR3 sample: RD (a) and average of ND, RD, and TD (b). Fit results based on the free texture (isotropic), 11−2, and 110 crystalline orientations are shown in Fig. 8 (a). The free texture (isotropic) was assumed for the fitting in Fig. 8 (b). (Online version in color.)

先に中性子回折において525方向から測定し集合組織解析ソフトMAUD42)を用いて結晶方位分布関数(ODF)と同時に残留オーステナイト体積率を測定するのが最も適当であるという結論が得られているので13,14),少しでも集合組織の影響を少なくするためにN,R,Tの3方向から得られたブラッグエッジスペクトルの加算平均を求め,集合組織フリーの条件でRITS解析した結果がFig.8(b)である。しかしながら,平均を取ってもT方向に特有な110エッジの結晶配向がスペクトルに残っており(0.35–0.40 nm),集合組織フリーの条件での解析には十分とは言えないようである。

次に同様な試みを二相組織のTR1とTR2について行った。ここで中性子透過ビーム強度Tr(λ)は波長λの関数として次式で表される。

  
Tr(λ)=exp{σtof,p(λ)ρptp}(3)

ここで,pは結晶(相)の種類,σtof,pは波長依存の全散乱断面積,ρは原子数密度,tは厚さ(透過距離)を表す,ここでは,透過原子数密度(projected atomic number density)と呼ばれRITSコードによるフィッティングによって同定される変数ρtをフェライトbcc相(F)とオーステナイトfcc相(A)のビーム透過距離の和からなると考えると,オーステナイト体積率(fA)は次式で求められる43,46)

  
fA=(ρt)A×aA34(ρt)F×aF32+(ρt)A×aA34(4)

ここでaAaFはそれぞれオーステナイトとフェライトの格子定数である。また,オーステナイトおよびフェライトの単位胞体積を表すaA3およびaF3は,オーステナイトおよびフェライトの単位胞あたりの鉄原子の個数である4と2でそれぞれ規格化してある。TR1とTR2の間ではブラッグエッジスペクトルの形状にほとんど差異がなかったので,ここではTR1についてRITSによる二相フィッティング結果の例をFig.9に示す。オーステナイトのブラッグエッジがフェライトのそれに比べて弱いこともありR方向のスペクトル(Fig.9(a))でも3方向平均スペクトル(Fig.9(b))でもフィッティングはあまり良くない。R方向のフィッティングではフェライトの結晶配向R110値を0.685に固定,フェライトは等方配向とした。3方向平均では,オーステナイト,フェライトともに等方配向とした。fAの同定値はR方向の場合は23%であり,先に回折で得られている値13.0%14)より大きくなった。Fig.9(b)の3方向平均の結果では約29%で先に回折で求めた値との乖離は大きくなった。オーステナイトの200反射ブラッグエッジカットオフ付近の実験とフィット両スペクトルを比べると,200反射が先にTR1で述べたT方向に特有な110エッジの結晶配向と混同されてしまっていると解釈された。このように結晶配向によるブラッグエッジの特異形状に比べオーステナイトのブラッグエッジが弱いため,フィッティングも容易ではない。一方でSatoらはフェライト鋼(SS400:BCC)板とオーステナイト鋼(SUS304:FCC)板を人工的に組み合わせた試料を作製して,北大HUNSとJ-PARC RADENで中性子ブラッグエッジ透過イメージング測定を行い相体積率の同定法を検討している(fAは25%以上で検討)。その結果,サンプルからの散乱中性子が抑制され,かつ測定装置の波長分解能が約1%以下であれば2方向のRhklを用いることでおよそ2~3%で相体積率が同定できると結論された46)。AISTANSの波長分解能は1%以下なので,統計を上げればfAの小さい本試料でも同定精度が改善できるかもしれない。Suらはフェライト−オーステナイト二相ステンレス鋼の曲げ変形に伴う集合組織変化や弾性ひずみ(応力)の分布を中性子ブラッグエッジイメージングで求めている。この場合のフェライト相体積率は計測領域平均で60%である43)。さらに,Woracekらは準安定オーステナイト鋼を用いて引張やねじり変形により誘起されたマルテンサイト相の空間分布(相トモグラフィ)について波長選択イメージングを利用して報告している48)。彼らは集合組織の影響は考慮していないので正確な体積率分布を求めるには不十分であるが,大略の傾向を知るには有用であろう。10%程度の残留オーステナイトを含む高強度鋼の相体積率を中性子ブラッグエッジ測定で求めた例はなく,集合組織のある実用複合組織鋼を測定するには,データの質と解析法の工夫が必要である。

Fig. 9.

Transmission spectra and fit results assuming the bcc and fcc crystalline phases by the RITS code for the TR1 sample: RD (a) and average of ND, RD, and TD (b). In Fig. 9 (a), the 110 and the free texture (isotropic) were assumed for the bcc and fcc crystalline phases, respectively. The free texture (isotropic) was assumed for both phases in Fig. 9 (b). (Online version in color.)

4. 結言

小型中性子解析装置AISTANSの性能を検証する実験のひとつとして,先に大型中性子計測装置J-PARC, RADENで測定した2種類の試料(ISMA共通試料の30Mn-C鋼とTR鋼)を用いて透過中性子ブラッグエッジ分析を行った。得られた主な結果は以下の通りである。

(1)電子ビーム出力1 kW運転時の測定であったが,新しく開発・導入したリチウムガラス2次元中性子検出器を用いた約6時間の測定により,先のRADENによる測定に近い透過スペクトルが得られた。スペクトルをリートベルト型ブラッグエッジ解析コードRITSで解析することができ,格子定数(30Mn-C鋼)とオーステナイト体積率(TR鋼)が同定された。今回の研究目的に対しては,波長分解能(~1%)やビーム平行度(L/D~80)での解析で有用な結果が得られることがわかった。

(2)30Mn-C鋼では多くのブラッグエッジが明瞭に現れ,RITS解析により格子定数と炭素含有量の間に良好な直線関係が求められた。実験誤差はRADENによる結果より大きいが格子定数から炭素含有量を推定することができる。

(3)TR鋼は板面法線(N),幅(T),圧延(R)の3方向から測定したところ,集合組織により異なるブラッグエッジスペクトルが得られた。T方向のスペクトル形状は先にRADENで測定されたデータと良い一致を示した。T方向スペクトルのRITS解析は集合組織の影響が強く困難であったが,R方向(および3方向の結果の加算平均)スペクトルは比較的良好なフィッティングができオーステナイト体積率が求められた。ただし,中性子回折で求められたオーステナイト体積率との差異があったことから,ブラッグエッジを用いるオーステナイト体積率の解析法自体は,今後さらなる高度化が求められる。

利益相反に関する宣言

本研究の遂行に関する利益相反は無い。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP14014)の結果得られたものです。測定試料は日本製鉄・谷山明博士および神戸製鋼所・村上俊夫博士より提供していただいた(ISMA共通試料)。測定ではISMAの室賀岳海博士,リチウムガラス2次元検出器の導入においては高エネルギー加速器研究機構の佐藤節夫氏に,中性子ブラッグエッジスペクトルのRITS解析においては,(株)金属技研の塩田佳徳博士,北大の佐藤博隆准教授,J-PARCの蘇玉華博士および及川健一博士に多大なご支援いただいた。関係各位に謝意を表する。

文献
 
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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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