2024 Volume 110 Issue 12 Pages 900-911
This article describes results of the residual stress measurements in different iron alloys using a few non-destructive techniques based on X-ray diffraction. It was shown that the results provide useful information for understanding the microstructural phenomenon in each alloy, although these techniques are not universally applicable to various cases. In this paper, the residual stresses formed during stress-induced martensitic transformation and its reverse transformation in shape memory alloys, the residual stresses balancing between two phases in duplex stainless steels and the residual stresses formed by inhomogeneous plastic strains in polycrystalline twin-induced plasticity steels are shown. It is important to select an adequate method according to the phenomena and properties of interest in iron alloys. The residual stresses formed in a high-entropy alloy containing iron are also presented, taking into account into the inhomogeneity in bulk. The residual stresses and related microstructural data in materials in structures and device components are considered to be effective parameters for evaluating their mechanical properties. While modern diffraction measurement methods are relatively easy to be operated, it is noted that the results include issues related to the microstructure of the materials. These issues should also be discussed in the residual stress measurements at different scales, and reliable fundamental data related to residual stress considering the microstructure would be necessary for discussion.
多結晶鉄合金中の残留応力は,結晶粒内の応力,複数結晶粒の平均的応力,巨視的な平均的応力などのように階層的に分類されることがあるが,それらの分類は必ずしも明瞭でないことが多い。多結晶中の残留応力は,もともと外力を加えないときの材料内部の転位などによるひずみと釣り合う内部応力と考えられている1)。例えば,材料の塑性変形で導入される転位の配列や密度等は,結晶の弾性異方性や加工集合組織などによって影響され,それにより材料特性や残留応力に異方性が出現することがある2)。その残留応力の異方性にはプロセスに応じて材料に発生する内部応力の変化が反映されているため,残留応力を評価することが望まれる。例えば,鉄合金また一般的な鉄鋼材料等では特性と残留応力との間に相関があることが多く,特性発現を予測する上でそれらの残留応力の評価が重要となる3,4)。
バルク材料や部品内に存在する残留応力を測定する方法として,中性子回折法や放射光X線回折法は非破壊で測定できる利点があるため,それらの部品や構造物の健全性を確認したり,プロセスや強度の信頼性を向上させたりする上で貴重な情報が得られる5,6,7)。これらの回折法は一般に大規模な施設で残留応力が測定されるが,原理的には一般の実験室レベルのX線回折を用いた測定法と類似している点が多く,広い分野で残留応力測定が行われている3,4)。
一方で最近では,通常より小型のX線回折装置を用いた残留応力測定の手法(cos α法)も開発されてきた8,9,10,11)。この方法では二次元検出器を用いて,ショットピーニングされたばね鋼の残留応力を正しく評価するための基礎的検討なども行われた11,12,13,14)。それによると,残留応力は平面応力または3軸応力を前提として求めたところ,ショットピーニングの方向により面外のせん断応力が発生する可能性があり,さらにX線の入射角度が小さいほど測定誤差が大きくなることなどが示された。また,X線回折法を用いた残留応力測定法には様々な手法が開発されているが,実際の部品にどの手法を適用するかによって得られる結果に少し違いが見られる。このため,測定に使用した手法で得られた結果における違いは,解析で用いたパラメータ,測定の条件,解析で前提とする応力場,各材料の微細組織(ここで単に組織と呼ぶ)などに依存する可能性があることも指摘された14,15,16)。
以上のような背景から,ここでは著者等が行ってきた幾つかの鉄合金における残留応力を二次元検出器利用によるX線回折法により見積もった解析結果について示し,材料の視点から組織に関連した残留応力の解析に関わる今後の課題やそれにかかわる取り組みについてまとめてみたい。測定した手法や材料は個々の研究で異なるが,各測定結果の絶対値の比較よりも,2D法やcos α法などの測定方法でどのような結果が得られるかに注目して整理していく。
Fe-Mn-Si系合金は鉄系形状記憶合金の一つであり,γ相→ε相の応力誘起マルテンサイト変態とその逆変態を利用した形状記憶効果を利用している17,18)。Fig.1は,引張変形による変態後の面心立方構造(fcc)のγ相(黒丸)と最密六方構造(hcp)のε相(白丸)の結晶方位関係を2つの異なる方向から観察したモデルである19)。Fig.2は,この応力誘起マルテンサイト変態に対するSchmidt因子の等高線を実線で示しており,ほぼ<414>方向の引張りで応力誘起マルテンサイトが起こりやすいことが示唆されている。なお,この図における破線の等高線はすべり変形に対するSchmidt因子の等高線であり,様々な方位をもつ多結晶合金では応力誘起マルテンサイト変態やすべり変形がいっしょに起こる。このような変形機構の複雑さはあるが,応力誘起マルテンサイト変態に及ぼす因子を明らかにすることにより,Fe-28Mn-6Si-5Cr合金などが開発されてきた19,20)。
Model showing crystallographic orientation relationship between fcc (solid mark) hcp (open mark) phases after the transformation induced by tensile deformation as observed from two different views (a) and (b).
Contour map of Schmidt factors of slip deformation and fcc-hcp martenstic transformation by tensile direction. (Online version in color.)
実際の多結晶の形状記憶合金においては,応力誘起変態を伴う塑性変形によるひずみは加熱による逆変態を伴う回復ひずみよりも小さく,形状回復率は理想的な値より小さい21,22)。これは,変形による合金内部に転位が発生し不均一に残留することが主因であり,それに関連した残留応力や転位密度が発生することが2D法やラインプロファイル解析などにより調べられてきた23,24)。その例として,Fig.3に,鉄系形状記憶合金に形成したx軸(試料引張方向)とy軸(試料面内の引張方向と直角の方向)を含む面上にある主応力の大きさと方向の例を示す。残留応力の測定の領域はmmオーダーで,情報深さは数µm程度である。この図では試料を0,10,20%のひずみでx軸の方向に引張変形し,除荷した後に400°Cでの焼鈍によりある程度形状回復させた。20%以上の引張変形を加えた試料では,形状回復の焼鈍を行っても,大きな100 MPa以上の圧縮の残留応力が引張方向にあることが示唆される。こうした残留応力は,外部からの塑性ひずみで導入された転位が,除荷また逆方向に変形しても可逆的に戻らないために発生すると考えられる。このように,残留応力は形状回復の程度を理解上で残留応力は重要な指標となっている。
Magnitude and direction of the two principal stresses formed in the iron base shape memory alloy, as observed from the x-y plane. The results of the samples tensile-deformed by (a) 0%, (b) 10% and (c) 20% strains and the samples annealed after deformation by (d) 10% and (e) 20% strains are shown schematically. (Online version in color.)
二相ステンレス鋼では異なる結晶構造の相(通常,γ相とα相)で構成され,変形を加えたときに各相で発生する残留応力を2D法により調べた結果を示す。Fig.4は,二相ステンレス鋼の変形前のフェライト(α相)の電子後方散乱回折法(EBSD)による逆極点図(IPF)マップを示している。このIPFマップは試料の板面法線からの観察結果であり,圧延方向(横方向)に対する結晶方位がステレオ三角形の擬似カラーで示されている25,26)。各結晶粒の立方体は,相対的な粒の大きさおよび結晶の方位を示している。フェライトの組織は厚さ10~30 µmのバンド状となっており,フェライトの粒径はバンドの厚さと同程度であった。組織中のフェライト部は,主に細粒のオーステナイト粒に囲まれている。一般に,フェライト粒径はオーステナイト粒径より大きい。これはフェライト中の置換元素の拡散係数がオーステナイト中の値より大きく,再結晶や粒成長も起こりやすいためと考えられる 。
このような二相ステンレス鋼の横方向(x軸方向)に,0%(無変形),5%,10%の引張変形を加えた後に,除荷したときのフェライトの残留応力を,x軸とy軸からなる面上にある主応力を用いて,Fig.5に示した。このときの残留応力測定の領域は mmオーダーであり,情報深さは数µm程度である。この図では,二相ステンレス鋼におけるフェライト中のx軸とy軸を含む面上の主応力の大きさ(楕円の軸長),方向(内向きの矢印は圧縮応力,外向きの矢印は引張応力)を応力楕円で表現した。ここでは,面法線方向の主応力は非常に小さいので,応力楕円体は楕円として近似した。これらの結果から,引張変形し除荷したときには,変形後には概ね引張方向を向いた圧縮の残留応力が発生しており,それと直角方向に引張残留応力が生じていることが示唆される。
Stress ellipsoid showing the magnitude (axial length of ellipsoid), direction (direction of arrow), and type (inward and outward arrows indicate compressive and tensile stresses, respectively) of the three principal stresses σ1, σ2, and σ3 in ferrite of duplex stainless steel by tensile deformation. As the principal stress σ3 was almost negligible, the stress ellipsoid was approximated as an ellipse25). (Online version in color.)
上記の二相ステンレス鋼中のフェライトの結果に対して,Fig.6は,0%(無変形),5%,10%引張変形したときのオーステナイトの残留応力の主応力を示す応力楕円を示している。オーステナイト相の残留応力で大きな主応力は引張方向を向く傾向があり,それは概ねフェライトの引張方向に対応している。フェライト中の主応力とオーステナイト中の主応力の方向はやや異なるが,フェライトとオーステナイトとの間で残留応力のバランスをとっていると考えられる。このような過程をとり,二つの相の中の結晶粒においてはミクロスケールの塑性変形が進み,残留応力には微細組織変化の情報が反映されていると推測される。
Stress ellipsoid showing the magnitude (axial length of ellipsoid), direction (direction of arrow), and type (inward and outward Stress ellipsoid showing residual stresses of austenite in the duplex stainless steel strained by tensile deformation25). (Online version in color.)
結晶粒が数十個以上の比較的大きな組織の中における残留応力について見てきたが,ここではさらに微視的な領域での残留応力を測定した結果の例について示す。試料は特徴的な変形機構を示すfcc構造をもつ双晶誘起塑性(TWIP)鋼であり,fcc構造における理想的な変形双晶の模式的な形成過程を,Fig.7に示した27,28)。変形双晶形成に必要な応力は,外部からの応力方向に対する結晶方位に依存することが予想される。一般に,[144]付近の方向に対してSchmidt因子が大きい結晶で引張応力が効率的に働き,変形双晶が比較的容易に形成しやすいと考えられる。変形双晶の形成と転位によるすべり変形が起こり易いせん断方向は異なり,その結晶方位の関係はFig.1に示したfcc-hcpの応力誘起マルテンサイト変態の場合と同様である。実際の多結晶合金においては外部応力に対し双晶変形やすべり変形の起こりやすい方位をもつ結晶粒が混在しており,複雑な変形機構が起こることが予想される。
Schematic illustration of mechanical twin formation in an fcc structure induced by shear deformation27). (Online version in color.)
実際の多結晶のTWIP鋼を引張による変形前後の組織の例を,Fig.8に示す。この図では,(a)0%(変形前),(b)横方向に10%の引張による塑性変形を加えた試料のIPFマップを示しており,結晶方位を示すステレオ三角形も図中に示した。Fig.8(c)は,10%の引張変形した試料の局所的な方位差マップ(KAMマップ)であり,黄色と青色との間の方位差は1°程度である。このような方位差マップは,変形により微視的には複雑な塑性ひずみが生じ,それが粒界近傍,特に粒界三重点近傍で塑性ひずみが大きいことを示している。また,結晶粒B, C, E, Fに見られるように,粒界を横断して塑性変形が伝播していることが見て取れる。これらのことは,定量的なひずみの評価は容易でないが,多結晶試料の組織中における粒界などでの応力集中が残留応力の発生に重要な役割を果たしていることを示唆している。
IPF maps toward the tensile direction of samples subjected to (a) 0% and (b) 10% tensile deformation. A stereo triangle showing the crystal orientation is given in the figure. (c) Local misorientation map of the sample subjected to 10% tensile deformation27). (Online version in color.)
このような組織の中で変形双晶が発生しやすいところ見つけるために,比較的大きな方位差を持つ局所的な領域を高倍率で観察した。Fig.9はその高倍率の観察結果(Fig.8の点T付近)で層状の変形双晶の発生が観察され,その周辺での局所的な方位差変化も観られた。この結晶粒の方位解析から,双晶発生のSchmidt因子が大きい結晶粒Eの粒界三重点に近いところで生成したことが示された。一方で,Fig.8の結晶粒 GのようなSchmidt因子が比較的小さい結晶粒等では,変形双晶は観察されなかった。このような結晶粒では転位すべりによる塑性変形が支配的であり,結晶粒F付近において周辺の結晶粒といっしょに塑性変形していることが示唆された。
(a) The IPF map along the tensile direction of the sample subjected to 10% tensile deformation. (b) The local misorientation map of the sample subjected to 10% tensile deformation27). (Online version in color.)
さらに,上記のTWIP鋼における残留応力の不均一性を明らかにするために,10%まで引張変形して除荷した試料に対して,微視的な残留応力が調べられた27)。そこでは,約25 µm角のビームサイズで結晶粒内の領域における残留応力を,放射光白色X線による回折(二次元検出器によるLaue斑点検出および回折プロファイルのエネルギー分析)に基づく方法により測定した29)。この場合,高エネルギーの放射光を用いているために,厚さが約600 µmの試料を透過して得られる平均的な応力に関する情報である。Fig.10はその引張変形後に除荷した試料で測定した結果を示している27)。この図では解析により得られた試料面内の二つの主応力(試料座標としてはFig.3,Fig.4,Fig.5の場合と同様)が示されており,外向き(赤色)と内向き(青色)の矢印はそれぞれ引張と圧縮を示している。試料における結晶粒界のコントラストは,粒界が必ずしも試料表面に垂直ではないため,粒界のコントラストが少しや不鮮明になっている。応力解析の結果から,主応力の大きさや方向が結晶粒ごとに変化しており,局所的変形により微視的応力が複雑に残留したことが示唆される。その他の有限要素法によるシミュレーションも行い,それにより見積もった応力分布の結果は,実験結果と大よそ対応していた27)。
The principal stresses measured at various points in the microstructure of the sample unloaded after 10% tensile deformation27). (Online version in color.)
次に,Fig.11は10%引張変形と除荷の後に,引き続き全体で13%まで引張変形したままの状態で試料における微視的応力分布を解析した結果を示す27)。この図では,Fig.8に大よそ対応させた視野での主応力が示されているが,試料には外部から付加的な塑性ひずみが加えられているため,像の範囲が荷重負荷した試料の像のものと少し異なっている。この微小部の応力解析の結果から,荷重下で測定した幾つかの結晶粒の主応力の方向が,大よそ引張方向を向いていることが分かる。このことから,その場引張りで測定される応力が,外部からの負荷応力に応答して分布していることが示唆された。
The measured principal stress along the tensile direction in the sample under loading after total 13% tensile deformation27). (Online version in color.)
多成分系鉄合金の中には応力誘起マルテンサイト変態や双晶誘起変形などを示す合金があり,大型の放射光利用施設27,29)や実験室レベルの中型装置24,30)による測定結果をもとに,合金の力学特性は組織や変形機構が影響し残留応力にも関係することを述べた。それらの測定方法等については,関連する各文献を参照していただきたい。そこでは,弾性異方性はないという前提条件で解析されているものの,定性的には大よそ妥当な結果が得られていると考えられる。これらの測定や解析に時間を要する解析手法があるのに対し,最近では結晶性鉄合金などにおける残留応力を,非破壊でオンサイト分析的な手法により迅速に測定できる小型装置も望まれている。そのサイズは,通常の実験机やテーブル,または台車に載せて運べる程度で,いわば可搬的である。これを用いると,実際的なインフラや製造現場においてmmオーダーの領域の残留応力を評価しやすいため,様々な分野での残留応力測定の普及することが期待されている。その代表的な残留測定法としてcos α法と呼ばれる方法があり,この方法では一般に二次元検出器としてイメージングプレートが用い,回折X線強度に応じて測定時間等が設定される。
Fig.12に,二次元検出器に記録される回折X線のデバイシェラーリング(簡単にはデバイリング)の模式図を用いて,cos α法の測定原理を示す。ここで,方位角αにおけるひずみをεαとし,(εα−επ+α)と(ε−α−επ−α)との平均値を,εα1とする。その他のηやψ0の値,Young率のE,Poison比のνを用いることにより,x方向の残留応力σxは次式のように表される5)。
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Geometrical schematic for recording Debye-Scherrer ring of diffracted X-rays on a two-dimensional detector.
この関係から,様々なαにおけるεα1をcos αに対しプロットすると,その傾きから残留応力が求められる。なお,このプロットには金属や合金の組織の情報が反映され,組織の状態がプロットの直線性からのずれに反映されることがある。また,プロットの直線性からのずれ(残留応力の標準偏差)が大きい場合には,それを小さくするためにロボットによる傾斜で揺動をかけることがある。その場合に,この関係からずれてくることがあることを考慮する必要がある。
cos α法による残留応力測定の例として,フェライト系鉄合金における測定結果を示す。耐熱性フェライト系ステンレス鋼ではAlを含有する鉄合金31,32)が注目されており,合金表面に生成するAl2O3等が耐酸化性に重要な役割を担っている。また,酸化膜と合金下地との密着性に関連し,残留応力なども重要となることがある。ここでは,フェライト(bcc構造)からなる耐熱ステンレス鋼(15.0 mass%Cr,4.7 mass%Al)の冷間圧延した供試材,およびそれを不活性ガス雰囲気において800°Cで1 h焼鈍した合金板から得られた回折X線強度から,cos αに対してεα1のプロットした結果をFig.13に示す。ここでは,この合金と同じ結晶構造をもつ参照物質である焼鈍した純鉄粉末の測定結果も示した。純鉄のcos αに対するεα1のプロットでは直線性に優れ傾きが非常に小さく,塑性ひずみがほぼ解放されたため,残留応力が小さくなっていることが分かる。ステンレス鋼板のプロットの傾きから,圧延したままの供試材表面には約185 MPaの圧縮残留応力があり,焼鈍した試料ではある程度の標準偏差をもつ僅かな引張りの残留応力が見られる。このように,供試材のように組織が小さいときには,直線性が良く傾きだけが変われば残留応力のばらつきは少ないが,焼鈍で組織が大きくなると直線性からずれることが多い。ステンレス鋼板供試材における圧縮の残留応力は,冷間圧延により鋼板に加えられた塑性ひずみによって生じていることを示している。また,プロットでの直線関係から少しのずれは,圧延前の再結晶組織が表層付近に残っていることを示唆している。高温の800°Cで焼鈍したステンレス鋼板では,残留応力が低下しているものの,直線関係からのずれが大きい箇所がある。これはデバイリングの付近に焼鈍による組織変化で再結晶粒による回折斑点が現れ,その影響でリングの回折強度に不均一になっているためと考えられる。これらの残留応力の変化は少なからず合金中の組織変化と対応しており,言い換えれば回折リングも含めた残留応力に関連する結果は内部の組織変化を反映していると考えられる。
The cos α diagram for σx determination of as-received and annealed Fe-Cr-Al alloys.
耐熱ステンレス鋼板の回折リングの焼鈍による変化を見やすくするために,圧延したままおよび幾つかの温度で焼鈍した試料からのデバイリングを,Fig.14に示す。これらを比較すると,焼鈍温度が低い試料では回折リングは比較的均一であり,高温で焼鈍した試料ではリング上の回折強度が不連続な傾向がみられる。また,900°C以上で焼鈍した試料でのcos αに対するεα1のプロットでは直線性からのずれが大きくなり,残留応力の標準偏差が±50 MPa以上になり残留応力の見積りが困難になる。これは,合金の組織での結晶粒粗大化が残留応力の見積りに影響していることなどに対応している。
Debye-Scherrer rings of Fe-Cr-Al alloy sheets which were as-received and subsequently annealed at different temperatures. (Online version in color.)
上では2D法による複合組織をもつ合金における残留応力,放射光による特徴的な組織をもつ材料における応力を非破壊で解析した例について示し,それらの解析においては塑性変形した試料の組織の残留応力への影響を調べる上でEBSDを併用するのが有効であることを述べた。さらに,cos α法に基づく小型X線回折装置を用いた測定方法では,試料を供試材のままの状態でフェライト鉄合金における残留応力解析の例について示した。このcos α法の特徴としては,回折リング全体を見ることができるため,熱処理による再結晶による組織変化や残留応力に影響する転位の再配列を示唆する情報が得られることがある。しかし,いずれの手法でも残留応力がない参照用の物質や材料に関する基本的パラメータが明瞭でないときには,測定した応力の不確かさが出てくるので,多面的に組織を観察することが必要なことがある。
例えば,最近の話題となっている多成分合金33,34)における残留応力を大まかに測定した結果について示す。これらの合金の残留応力測定は,多成分鉄合金の力学的特性に及ぼす合金元素の役割を理解する上でも意味がある。ここで示す結果は,ハイエントロピー合金は,Cr,Mn,Fe,Co,Niの化学組成が大よそ等しい合金である33,34)。波長分散型の電子プローブマイクロアナリシス(EPMA)により求めた合金組成の定量した分析結果は,21.7 at%Cr,21.7 at%Mn,21.7 at%Fe,21.7 at%Co,21.7 at%Niであり,ほぼオーステナイト相(fcc構造)からなる合金であった。この合金板ではcos α法で残留応力を測定することは可能であった。Fig.15には,1100°C 10 hの均質化焼鈍後に900°Cでの熱間圧延で厚さを12 mmから4 mmにした合金板(as-receivedまたはcold-rolled材)について,cos αに対してεα1のプロットで示した結果が示してある。この合金には約335 MPaという大きな圧縮応力が残留しており,プロットの直線性からのずれもみられる。この圧縮応力には,高温で形成した大きな組織が少なからず影響していることが示唆される。
The cos α diagram for σx determination of as-received and annealed Cr-Mn-Fe-Co-Ni alloys.
一方,真空中において,さらに900°Cで2 h焼鈍した合金に対するcos α法のプロットでは,直線性からのずれが大きくなり残留応力の標準偏差が±100 MPa以上であったため,信頼性のある結果が得られたとは言いがたい。この焼鈍した合金での直線性からのずれの要因としては,成長した粗大結晶粒による回折斑点のリングへの影響が大きくなったことなどが挙げられる。このため,大まかな見かけの残留応力を見積るために,Ψ0に対して±10°の揺動をかけながら残留応力測定を行った例を示す。Fig.15の下側のプロットはその結果を示しており,見かけの残留応力として約125 MPaの圧縮応力が観測された。これらの揺動を加えながら残留応力を測定するときは,Fig.12におけるy方向でも回折強度を測定しており,式(1)に示したσxの関係から離れた配置での測定値も含まれていることが考えられる。このようにして,粗大粒や不均一組織に対しては,揺動の有無による測定結果を単純に比較するのが簡単でないことが示唆される。
ハイエントロピー合金において測定される見かけの大きな残留応力には,プロセスの条件などが関係している可能性がある。一般に,ハイエントロピー合金(複数の成分をほぼ等しい原子比で含む多成分合金など)における研究では,通常と同様に溶解・鋳造,加工によって作製され,各種の手法により組織や特性などを調べられ,合金モデルも取り入れて考察されてきた35,36,37,38,39,40)。そこでは,多成分の合金元素からなるfcc構造の固溶体などが取り上げられ,実験結果やモデルなどをもとに,弾性異方性や弾性定数に及ぼす格子ひずみや組成の影響35,36,37)などに関して検討されてきた。しかし,実験的には凝固時には大なり小なりデンドライト状の粗大な組織などが形成され,それらの組織が高温焼鈍による拡散で固溶体の中で組成等が均一になっていることが期待される38,39,40,41,42,43,44)が,十分な高温での加工を行っていないため,均一な組織が得られていない可能性もある。これに対し,残留応力の手法自体は,一般的な溶接部材での溶融し凝固した部分の評価でしばしば用いられ,ハイエントロピー合金の部材でも同様に残留応力の測定が行われてきた45)。そこでは,溶接後の熱処理の影響が調べられてきたが,熱処理による合金特有の各元素の拡散,偏析や分配による濃度勾配により格子定数の変化が起こり,残留応力に変化が生じた可能性がある。
一方で,工業的な材料について言えば,Al合金の製品などでは大きな加工集合組織を示し46,47),それら調べる上での残留応力測定の有効性が示され,測定に揺動の適用が効果的であることも提示された48)。それらの研究において,Al合金の表面から深さ方向への系統的な残留応力の変化,粗大粒発生などを調べるときに,揺動が有用であることが示された。さらに,鉄合金などにおける残留応力の測定を行うときにも揺動が効果的である場合が多いが,回折リングへの結晶粒の粗大化や集合組織の影響も考慮することが望まれる。これまでの固相界面付近における残留応力の解析においては,これらの測定条件などを精査することにより,金属・セラミックス界面の密着性に関連した界面周辺の残留応力などに関する貴重な情報が得られてきた49,50)。
金属や合金の基本的性質に立ち返ると,多くの合金などには弾性異方性があることが多く,集合組織のある多結晶合金からなる構造体において,全体的な弾性定数が単結晶のものと異なることが多い51)。また,金属単結晶を塑性変形すると,変形が不均一に起こり,単結晶内での転位分布が不均一になり,転位セル構造が形成される。このため,これらの不均一性が回折ピークの広がりや非対称性などのプロファイルなども複雑に反映され52),弾性的に等方的な試料や非等方的な試料について回折弾性率を用いた集合組織の影響も考慮された53)。これらのモデルと実験結果との対応は今後の課題であるが,材料の実際の残留応力の測定においては,格子ひずみのない試料の作製やそれを参照試料とする測定の重要性についても指摘されてきた54)。また,低強度の多結晶高純度鉄の塑性変形においては,一つの結晶粒が隣接する粒の変形に影響されること,さらに結晶粒内でも不均一に変形することなどが明瞭に示されてきた55,56)。一方で,高強度の発現に大きな役割な演じるパーライト組織をもつ鉄鋼材料においては,残留応力に冷間加工が大きな影響を及ぼすことなども調べられてきた57,58)。一方で,高温変形においては長距離の内部応力という考え方が出てくるが,試験で求められる内部応力をX線回折による残留応力と関係づける試みも行われてきた59)。
以上のように,X線回折法による残留応力の測定や解析の手法は多岐にわたっており,目的や使い易さに応じて多方面で利用されている。今後の展開としては,構造体を構成する合金のメンテナンスだけでなく,塑性変形や弾性変形における特定の現象や機構の解明等においても,各目的に応じて残留応力測定の手法を効率的に使い分けることも大切であると考えられる。例えば,X線回折法は機能性の強磁性合金単結晶に磁場印加に伴う弾性ひずみの変化の解析にも用いられ,それらの結果は大きな磁気ひずみを示す合金の磁気弾性異方性を理解するのに役立っている60)。一方で,非鉄金属材料分野においては,小型の機能性板材における応力緩和などの特性に関連して,残留応力の情報の重要性が認識されている61)。このように,各種材料の様々な物理的特性の発現の理解に向けて,多様な視点から各材料中の残留応力の評価は重要になっており,それらの情報の材料の設計や制御への活用も望まれている。
本特集号テーマの「非破壊・オンサイト分析法」に適したcos α法に向けた残留応力測定技術の展開などについて,以上では述べてきた。cos α法では一定方向から単色の入射X線を照射し,それにより得られる回折リングを小型二次元検出器により測定し,その結果から残留ひずみを算出する。平均的なリングからのずれの要因としては回折斑点等の発生が挙げられ,それらを除いて残留ひずみを求め,残留応力を算出することもできるが,その操作は解析結果に影響する。このように,実験結果を見るときには生データにおける回折斑点等の出現やその解析結果への影響にも配慮した方が良いと考えられる。
これらのcos α法の比較的小型の測定装置に対して,2D法に基づく測定装置では試料ステージ,ゴニオメータ,二次元検出器等が大きくしているため,「オンサイト分析法」に適していないように見えるが,高精度の残留応力測定が可能となる。この方法では,基本的に無ひずみの試料とひずみが残留した試料との結果を比較するが,幾つかの方向(例えば,試料法線方向から傾斜した幾つかの角度Ψ)から入射X線を試料に照射して得られる回折リングを,法線方向の軸の周りに回転した角度(ϕ)で,大きめの二次元検出器を用いて測定する。これらのリングの一部の測定結果から,幾つかの入射角での残留ひずみテンソルを求め,弾性率のパラメータ等を用いて残留応力テンソルを算出する62)。2D法では,X線回折の測定条件を変化させて測定することにより残留応力の精度を高めことができるが,全体的に測定時間を必要とすることが多い。
これらの実験室レベルや小型のX線回折装置による残留応力測定では,入射X線に一般的にCr K線を用いるため,試料の構成元素の種類や量等によるが,X線の入射深さは数µmである。また,照射径はコリメータにサイズや照射角によって異なるが,今回の場合は直径約1 mmで照射箇所での直径は約2 mmのオーダーである。一方,放射光白色X線による測定では,ビームを細く(0.1 mm角以下に)することができ,試料(厚さ<1.0 mm)を透過して測定しているため,測定箇所による応力の違いなどの情報が得られる。このため,この手法は粒内の微視的変形機構等を検討するのに有用であるが,大きな変形では転位セル組織の形成等が不均一に起こるため,全体的な応力の情報を評価するのには向いていないと言える。
材料側の視点から残留応力について考えると,結晶性材料に外部からある程度の荷重を加えると,転位によるすべり変形や応力誘起マルテンサイト変態などのために,塑性変形が起こる。その荷重を除荷したときは,材料中に残留応力が発生するため,塑性変形の機構を具体的に調べるときは,外的荷重の程度や方向を考慮して残留応力を測定する必要がある。しかし,残留応力は,実際には結晶性材料を構成する相(構造)や組織にも影響されることに注意する必要がある。例えば,二相ステンレス鋼板の組織は概ね層状のフェライト相とオーステナイト相からなっており,それらの相の降伏挙動や塑性変形過程,結晶粒度依存性等は異なっており,一般に異相界面付近における微視的変形は複雑になる。それらの材料の塑性変形においては,これらの微視的な組織の分布や集合組織が残留応力に大きく影響する要因となっている。これと同様なことが,単相の多結晶鉄合金においても起こり,結晶粒サイズ分布,組織むら等は残留応力に影響し,それらは熱処理によって敏感に変化する。その例が,Fig.13やFig.14に示したcos αプロットであり,そこにおける標準偏差には,組織変化の情報が反映されていると考えられる。このように,測定領域が微視的になるほど,金属組織観察の場合と同様に,組織の不均一性が問題となる。
X線回折により測定されるひずみテンソルは,X線弾性率,試料や測定系の幾何学的パラメータ等を用いて,応力テンソルに換算される2,62)。なお,そこで測定しているひずみや応力は,基本的に弾性変形内における応力-ひずみは基本的に線形的であるが,非線形的な成分が出てくることがある。典型的なその成分として,転位等による弾性応力場に関係したマイクロストレインがあり,擬弾性等の現象において重要になる63)。また,転位の導入によって生じるX線ラインプロファイルの変化の解析等においても,転位等の応力場に関わるマイクロストレインの課題が含まれており2,62),応力-ひずみの微視的分野においては多くの課題が残されている。
本稿では,これまで開発されてきた幾つかのX線回折による非破壊的な残留応力の測定による結果,およびそれに関連する組織の結果などについて紹介した。これらの測定方法は鉄合金などの広範な分野において様々に応用され,それぞれに成果が得られてきている。ここで取り上げた残留応力の測定手法は,合金の微視的領域から中程度の領域に渡っており,応力誘起マルテンサイト変態とその逆変態,二相合金における残留応力の釣り合い,多結晶における変形双晶の発生,bcc構造やfcc構造の合金における残留応力の変化などについて取り上げた。特定の残留応力測定法は広範な領域に対して万能ではないが,各合金での注目した現象を理解する上で有用な情報が得られ,その特性に合わせて各測定方法を使い分けることが大切であると考えられる。bcc構造の鉄合金は一般に室温で強磁性であり,外部磁場に応答して応力が変化するため,磁性材料の分野での残留応力測定法の応用が期待されている。また,鉄を含むハイエントロピー合金における残留応力の結果を紹介した。この新しい分野においても,鉄合金の力学特性や構造体の部材の残留応力については,信頼できるデータをベースに議論されることも望まれる。
また,残留応力測定技術としては,大型の放射光施設を利用した手法,実験室の中型の装置による方法の他に,比較的オンサイト分析に適したcos α法に基づく小型の装置による方法などがある。cos α法による方法は他に比べ,予備的な観察等の手間が少なく使いやすいが,それらの結果には分析対象の材料の組織に関する課題が含まれることが示唆されている。これらの課題は,他の手法による局部的な残留応力測定法でも同様であり,各種の手法による測定結果を総合的に参考にしながら解析した方が良いと考えられる。最近の分析装置等ではブラックボックス化が進む傾向があるが,残留応力測定の装置でも装置で得られたデータを十分に吟味し理解を深めながら,新規材料の評価や開発,構造体を構成部材の維持などが効率的に行われることが期待される。
本研究の一部は,科学研究費補助金(17H03422, 22K04733),日本鉄鋼協会鉄鋼振興助成(第31回)などの支援により行われたものである。また,誠実な研究推進をしている東北大学産学連携機構の皆様などにも支援をいただいた。力学特性や残留応力の考え方について議論していただいたMax-Planck-Institute for Intelligent SystemsのE.J. Mittemeijer教授,東京都市大学の今福宗行教授や熊谷正芳教授,東北大学の篠田弘造准教授,東京電機大学の小貫祐介准教授,Korea Institute of Science and TechnologyのE.P. Kwon博士,実験等で協力していただいた高輝度光科学研究センターの梶原堅太郎博士,佐藤真直博士,東北大学 丹野健徳技術専門職員や千葉雅樹技術職員などの皆様にも篤くお礼申し上げます。