2024 Volume 110 Issue 12 Pages 912-917
A spectral measurement system using a sub-THz source in the bandwidth up to 100 GHz, obtained by multiplying and amplifying a frequency-variable signal in the GHz band operated by a silicon semiconductor device, was constructed in conjunction with a frequency-tunable single-frequency THz source using GaP, which has been developed previously, in a transmission and reflection optical arrangement. The absorption spectra of ferrous corrosion products and the reflective imaging of metal fragments hidden behind concrete plate were measured. These results of the sub-THz and THz waves suggest that the interior of building structures can be inspected non-destructively based on the dielectric constant-based absorption and reflection of corrosion products and metals inside the concrete and metal surface under coating respectively, which have a high transmission property.
近年,コンクリート構造物の急速な老朽化に伴い,コンクリート建築物の適切な維持管理に注目が集まっている。そのため,コンクリート建造物を対象とした非破壊検査が提案されている。例えば,アクセス困難な場所への適用を可能にするために,非接触・遠隔の非破壊検査法が求められているが,これらの方法はまだ十分に開発されてなく,コンクリート建物内部における鉄筋の腐食状況は,目視検査や可視カメラなどの光学画像では情報を得ることが難しい。そこで本研究では,従来から開発しているGaPによる周波数可変単色テラヘルツ光源に合わせて,100 GHz以下における周波数可変サブテラヘルツ単色光源を開発し,これらの広帯域におけるサブテラヘルツからテラヘルツまでの電磁波を用いる鉄筋コンクリート造建築物の非接触非破壊検査法を開発するために基礎的な実験検討として,鉄系腐食生成物の吸収スペクトルならびにコンクリート背後に隠れている金属片の反射イメージングの測定を行った。
テラヘルツ電磁波とは周波数が0.1~10 THzの電磁波のことで,周波数が低いほうはサブテラヘルツと呼ばれる。テラヘルツ波は発生も検出も難しいため,「未踏の電磁波領域」と呼ばれてきた。しかし,高周波デバイスやレーザー装置の発達に伴い,現在ではテラヘルツ波の研究開発が著しい1,2,3)。テラヘルツ波のエネルギーは室温と同程度であるため,人体への安全性が高く,またコンクリートをはじめとする無極性物質への透過性も高い。
テラヘルツデバイスは近年,自動運転自動車(0.076 THz)をはじめとするサブテラヘルツ領域の機器や装置において実用化され始めている。電波と光波の境界に位置するため,電波の透明性と光波の直線性を併せ持つ電磁波である。テラヘルツ周波数は,従来の赤外分析法で検出される官能基に基づく有効質量の小さな局所振動モードではなく,分子鎖間の骨格振動のエネルギーに相当する。そのため,テラヘルツ周波数の誘電率を利用することで,コンクリート構造物の非破壊検査や,プラスチック素材ごとに観測される固有のスペクトルを利用した廃プラスチックの識別・選別が可能になると期待されている。
現在,我々の研究グループが研究開発を進めている高絶縁性GaPを用いた7.5 THzの広い周波数領域まで任意の周波数でテラヘルツ波の単色光を発生させる装置に加えて4,5),テラヘルツ時間領域分光法(Terahertz Time-Domain Spectroscopy)と呼ばれる市販の装置を用いてスペクトルを測定することができる6,7)。テラヘルツ周波数帯の誘電率は建材によって異なるため,選別する材料に応じて周波数を選択し,単一周波数のTHz光源を用いた測定システムを開発することで,特定の周波数における透過率や反射率特性から材料を特定するだけでなく,テラヘルツカメラを用いたイメージング測定を行うことが期待できる。金属以外の多くの物質を透過し,指向性を持つために,光学計測システムとしての構築が容易である。
2・2 光学計測システムと構成デバイスFig.1は従来から開発されているGaPをテラヘルツ波光源として透過特性を測定できる単一周波数測定システムの例である。測定部に対して,検出器を光源部と同じ側に配置にすることで反射測定ができる。サブテラヘルツにおける測定においては,光源にGUNNダイオードやIMPATT(IMPact Avalanche Transit Time)ダイオード,検出器にはSBD(Schottky Barrier Diode)を用いる。単一周波数の発生が可能なこれらの固体デバイスは小型で可搬性に優れ,携帯機器としての利用が期待できる8)。識別に有効なテラヘルツ周波数は,連続周波数で測定した透過率と反射率のテラヘルツスペクトルから求めることができる。検出器には,室温で動作するSBDのほかに,焦電型検出器(DTGS:重水素化トリグリシン硫酸塩)が使用できる。TUNNETT(Tunnel injection Transit Time)ダイオードは1958年に提案され,1968年に実現されたトンネル注入時間効果負性抵抗ダイオードである9)。このダイオードは30 GHzから3 THzの周波数範囲で発振可能であり,トンネル効果による電流注入により,高周波でも低ノイズで動作させることができる。また,大学や研究機関だけでなく,民間企業による共鳴トンネルダイオードの開発も進んでおり,基本波発振周波数が1 THzを超える光源も実現されている10)。
Single-frequency-tunable Terahertz measurement system. (Online version in color.)
高周波数領域まで発生可能なテラヘルツ光源として分子振動や格子振動を利用する原理が提案され11,12),現在開発しているテラヘルツ光源として実現している。その原理は,いわゆる差周波発生(DFG:Difference Frequency Generation)法と呼ばれるもので13,14,15,16),半導体であるガリウムリン(GaP)結晶に2本の赤外レーザー励起光を導入し,差周波に一致する定在波を励起することでテラヘルツ波を発生させるものである。軸外角度位相整合配置により,2つの励起波長とその角度を調整してテラヘルツ周波数を制御することで,広帯域の掃引チューニングが可能になると同時に,励起ビームが分離されているため,発生するテラヘルツ波の取り扱いが容易になる。出力強度が高い理由の一つは,GaP結晶のTO(Transverse Optical)フォノンが11.01 THzと高いため,テラヘルツ透過率が高いことによる4,5)。ただし,7.5 THz以上の周波数帯において,GaP結晶内で発生するTHz波はTOフォノン自体に吸収されるために,結晶の外まで伝搬する出力は大きく低減する。
GaP結晶として低欠陥結晶であることが高レーザー耐損傷性には重要である。GaPによるテラヘルツ光源は,単一波長,高輝度,高周波精度,周波数可変という特徴を持ち,有機・無機材料の新たな評価・同定技術として開発が進められている17,18,19)。光源の開発当初は励起光としてナノ秒パルス励起光を用いていたが,より高い周波数分解能を得るため,またフーリエ限界の制約を逃れるために連続波を適応する。半導体レーザーをシード光とし,ファイバーアンプで増幅することで,0.6~6.0 THzの広帯域でMHzオーダーの周波数精度を持つ掃引波長可変光源を実現し,テラヘルツレーザーのスペクトル測定に利用できる20)。
一方,連続発振の単波長ファイバーレーザーは近年,マイクロエレクトロニクス部品の溶接加工用として実用化され,高出力,高耐久性,低コスト化が進んでいる。例えば,イッテルビウム(Yb)添加ファイバーレーザーは,ファイバーの両端に波長選択部材としてファイバーブラッググレーティング(Fiber Bragg Grating)を用いることで,1050~1080 nmの帯域で数十ワットの任意波長レーザーを発生させることができる21)。
水蒸気を含む環境下でGaPから発生するテラヘルツ波のパワースペクトルをFig.2に示すが,周波数を適切に選択することで,水蒸気の影響を受けずに測定することができる。ここでは,20 GHz(0.6 cm−1)の線幅を持つ周波数純度のテラヘルツ波によるデータであり,測定周波数を水蒸気の吸収ピーク22)と重ならないように設定することで測定できることが分かる。
Terahertz absorption lines of water vapour. (Online version in color.)
上記の近赤外レーザに基づく光混合により発生するテラヘルツ波を補完するものとして,本研究では電子デバイスによるサブテラヘルツ波の周波数可変光源を開発した。サブテラヘルツ帯の周波数可変光源としてはシリコンCMOSデバイスを用いた信号発生器を使用する。信号発生器には逓倍器が接続され,逓倍器は信号発生器で設定された周波数の4倍に相当するサブテラヘルツ波を増幅して発生させる。逓倍器を適用することで,~25 GHz,33~50 GHz,85~95 GHzの周波数範囲で単一の測定周波数を選択できる。信号発生器の周波数は10 MHzステップで掃引でき,ガス分子の回転運動に起因する吸収ピークを検出できる高分解能スペクトル測定が可能である。このサブテラヘルツ波光源を用いて,Fig.3に示すような透過・反射測定用の光学系を構築することができる。透過測定用光学系に対して試料ステージを傾斜させることで,サブテラヘルツ波の干渉を回避している。また,干渉を防ぐために光路も非対称になっている。いずれの装置もデスクトップパソコン程度の大きさで,発生するサブテラヘルツ波の周波数を自動掃引する測定・制御プログラムをPythonで構築した。
GHz measurement system (left: transmission configu-ration, right: reflection configuration). (Online version in color.)
本装置による測定データとして,ペレット状(35 mmΦ)に圧縮した鉄系腐食生成物の吸収スペクトルをFig.4に示す。吸収係数のデータは,鉄系腐食生成物(α-FeOOH,γ-FeOOH,α-Fe2O3,γ-Fe2O3,FeO4)を測定試料とし,CaCO3の含有率(10%,30%,50%)を変えて混合した結果から算出した。特にCaCO3と同様の白色試料については,ペレット内の面内分布を測定し,均一であることを確認している。γ-Fe2O3は85~95 GHzにおいて特徴ある吸収を示すことがわかる。γ-Fe2O3の吸光度は他の腐食生成物の吸光度よりも小さい。特に,90~92 GHz付近で吸収が大きく,これはγ-Fe2O3特有の物性といえる。これらの結果と腐食生成物のテラヘルツスペクトルデータ23,24)も用いて,開発する実用光学系では,コンクリート建物内の鉄筋腐食の程度を把握する上で,γ-Fe2O3を検出することが可能となる。
Absorption spectra of Fe-based corrosion products in the GHz region. (Online version in color.)
Fig.5は厚さ5 mmのコンクリート試験片を透過したサブテラヘルツ波とテラヘルツ波の透過特性を示している。1 THz以上の周波数領域では,透過率は5%以下であり,テラヘルツ波が高周波領域で被覆が非常に浅い表面近傍の測定が可能であることが分かる。このことはテラヘルツ波の高周波領域での測定が,被覆深さが非常に浅い表面近傍の測定に有効であることを示している。かぶり深さ10 mmにおける鉄筋の影響を検出するための反射率測定では,膜厚20 mmのコンクリートを透過する必要がある。
Transmission spectrum of 5 mm thickness concrete spe-cimens.
Fig.6はサブテラヘルツ波により,かぶり10 mmのコンクリート試験片の下に隠された金属片のサブテラヘルツイメージング結果である。なお,このイメージングシステムには必要に応じて画像情報を補完する処理アルゴリズムを適用でき,このイメージングデータは8~24 GHzの結果を平均化してものである。
GHz reflection imaging for metal piece. (Online version in color.)
サブテラヘルツ領域に限らず,テラヘルツ分光イメージングも合わせることで,Fig.7に示すように,特定の腐食生成物による吸収ピークに着目することで,内部欠陥の情報を得ることができる。テラヘルツ周波数のエネルギーは室温程度であるため,水素結合や分子間力に起因する化学状態の変化に対する非破壊・非接触の検査が期待できる。また,Drudeモデルで理解されるように,極性分子によるTHz帯の吸収は大きい。そのため,極性液体である水の存在や分布が検出できるだけでなく,コンクリートだけでなく無極性の樹脂塗膜もテラヘルツ波の吸収が小さいため,被測定面が樹脂塗膜で目視できない場合でも内部欠陥を検出することができる。その例として,表面が不透明なエポキシ皮膜で覆われ,目に見えない溶融亜鉛メッキ鋼板の腐食状態の画像測定をFig.8に示す23)。腐食によって生じるAl(OH)3とZnCl2に割り当てられた吸収ピークのテラヘルツ周波数における反射率の減少から,エポキシ皮膜下におけるそれらの分布に関する情報が得られる。この分布はマイクロXRF(µ-XRF)のマッピング測定に相当することを確認している。鋼板表面で腐食生物として生成する金属水酸化物,水和物,塩化物のスペクトルデータベースが構築されつつあり,実用化に向けた研究が進んでいる25,26,27,28)。
Internal inspection by specific absorption or reflection due to damage. (Online version in color.)
Terahertz spectral images for coated corroded steel plate. (a) visible image (b) 2.8 THz image (c) 1.9 THz image. (Online version in color.)
テラヘルツ波は,電波の性質であるコンクリートや樹脂コーティングフィルムなどの無極性材料に対する高い透過性を持つだけでなく,光の性質である指向性を持ち,金属表面での反射強度も高い。本研究はシリコン半導体で動作するギガヘルツ帯における周波数可変信号を逓倍・増幅することで得られる100 GHzまでの帯域におけるサブテラヘルツ光源による分光測定システムを透過ならびに反射の光学配置で構築するとともに,鉄系腐食生成物の吸収スペクトルやコンクリート背後に隠れている金属片の反射イメージングを測定した。これらの結果はサブテラヘルツ波やテラヘルツ波のコンクリートに対する高い透過能に基づくものであり,コンクリート内部に存在する金属ならびに腐食生成物の誘電率を追跡することにより,コンクリート構造物の内部を非破壊で検査できることを示唆するものである。