Tetsu-to-Hagane
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Effect of Tensile Loading on the Residual Stress Relaxation Behavior of Induction Hardened SCM440 Steel with a Shallow Hardened Layer
Tomofumi AokiMotoaki HayamaShogo TakesueAtsushi EzuraMasahiro TsukaharaYoshitaka MisakaShoichi KikuchiJun Komotori
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2024 Volume 110 Issue 14 Pages 1142-1149

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Abstract

Fatigue tests under axial loading were conducted on steel with a shallow hardened layer induced by induction hardening, and in situ X-ray stress measurements were performed to investigate the relaxation of residual stresses during fatigue. The residual stresses were relaxed owing to tensile loading and not compressive loading. The two conditions that bring about this phenomenon are (i) a high peak of tensile residual stress just below the hardened layer, and (ii) the hardened layer coinciding with the compressive residual stress field that prevents the yielding of the compressive residual stress field under compressive loading. In this case, tensile yielding occurred just below the hardened layer under tensile loading, the residual stresses are redistributed, and the compressive residual stress on the material surface is relaxed. The experimental results also showed that the fatigue fracture morphology changed depending on the residual stress relaxation behavior.

1. 緒言

構造材料の表面処理は,新材料を開発するよりも簡便かつ低コストで素材の特性を向上させることができるため,疲労特性や耐摩耗性の向上などを目的として多くの産業分野で実用化されている。とくに構造材料の疲労特性の向上には,表面処理により圧縮残留応力を導入し,疲労亀裂の進展を抑制することが有効とされている。この圧縮残留応力の導入を目的とした表面処理には,大別して,ショットピーニングなど塑性変形に起因して導入されるものと,表面焼入れのように,組織の相変態に起因して導入されるものがある。

表面処理の手法により,被処理面の高硬さ化の度合い1,2,3,4)や硬化層の深さ5,6,7,8),また導入される残留応力の分布9,10,11,12)は異なる。圧縮残留応力は,疲労過程において解放することが課題として知られており,その解放挙動13,14,15,16)は表面処理に依存する可能性が指摘されている。このような状況の中で圧縮残留応力の利点を最大限に活かすためには,どのような応力の負荷により,どの程度の解放が生じるのかなど,残留応力の挙動を定量的に明らかにする手法を構築することが重要と考えられる。

そこで著者らは,応力が負荷された状態の残留応力をin situで測定する手法として,X線応力その場測定を提案しその有効性を示した17,18,19)。この手法は,試験片表面の応力を,試験片を試験機に取付けた状態でX線を用いて測定するものである。著者らは,提案した手法を利用することで,微粒子ピーニングを施した炭素鋼(S45C)の試験片表面の圧縮残留応力が解放する要因について実験的に明らかにしている17)。しかしながら,浅い表面焼入れ層を有する鋼に生起した比較的高い圧縮残留応力の解放について,その挙動をX線応力その場測定により検討した例はほとんどない。

そこで本研究では,高周波焼入れを施したSCM440鋼を準備し,軸荷重下において残留応力の大きさが変化する様子を,X線応力その場測定によりまず詳細に調べた。その結果に基づき,残留応力が解放する要因,および残留応力の変化が疲労破壊形態に及ぼす影響について検討・考察を加えた。

2. 供試材および実験方法

供試材には,調質処理(850°C, 30 min, Oil quenching, 600°C, 120 min, Oil cooling)を施したクロムモリブデン鋼(SCM440鋼)を用いた。Table 1にその化学組成を,Table 2に機械的特性を示す。同材をFig.1に示す砂時計型の疲労試験片形状に機械加工した後,エメリー紙(#100~#600)による研磨および電解研磨を施しR部表面を鏡面状に仕上げた(以下,P seriesと呼ぶ)。また表面焼入れは,高周波誘導加熱により900°Cまで0.2 sで加熱後に急冷することで行った。焼戻し条件は,160°Cで1.5 h保持とした(以下,Q series)。

Table 1. Chemical composition of SCM440 steel (mass%).

CSiMnPSCuNiCrMoOFe
0.420.200.750.0160.0130.120.051.030.160.0006Bal.
Table 2. Mechanical properties of as-received sample.

0.2% proof stressTensile strengthReduction of areaVickers hardness
1044 MPa1133 MPa54.8%335HV1.0
Fig. 1.

Configuration of specimen.

このようにして準備した試験片の最小径部に対して,残留応力および硬さの深さ方向の分布を調べた。硬さの測定は,試験片の断面上でマイクロビッカース硬さ試験計を用いて行った。その際,試験力は1.96 N,荷重保持時間は15 sとした。残留応力の測定には,パルステック工業製のポータブル型X線残留応力測定装置µ-X360sを用いた。Table 3にX線による残留応力の測定条件を示す。応力の値の算出はcosα法により行った。

Table 3. Stress measurement conditions.

Measurement methodcosα method
Tube voltage30 kV
Tube current1.5 mA
Collimator diameter0.3 mm
X-ray irradiation angle35°
Characteristic X-rayCr-Kα
Diffraction planeFerrite 211
X-ray elastic constant175 GPa

疲労試験は,島津製作所製の油圧サーボ式引張圧縮型疲労試験機を用いて室温大気中で行った。その際,試験周波数は20 Hz,応力比は−1とし,試験は引張の負荷から開始した。疲労試験は,応力繰返し数が107回に達するか,試験片が破断した時点で終了した。試験後,得られた破面に対して,実体顕微鏡とSEM(Scanning Electron Microscope)による観察を行った。

3. 実験結果

3・1 試験片最小径部の残留応力分布と硬さ分布の特徴

Q seriesの試験片に対して,疲労試験前の最小径部における残留応力および硬さの分布を調べた。Fig.2にその結果を示す。残留応力の測定は,試験片最小径部の表面を電解研磨により局所的に逐次除去しながら行ったが,同図に示した値は,表面除去による影響の補正は行っていない。したがって,本論文中に示す試験片内部の残留応力の測定値は,実際の値と比較して圧縮側へシフトしているものと考えられる20)。図中のグレーの領域は,JIS G 0559: 201921)に基づき決定した有効硬化層を示している。

Fig. 2.

Residual stress and Vickers hardness distributions of Q series. (Online version in color.)

同図より,圧縮残留応力の存在する領域と,有効硬化層の深さ(0.69 mm)はほぼ一致していることがわかる。さらに,硬化層直下の非硬化域には,比較的高い引張残留応力の値のピークが認められる。このような硬さと残留応力の分布は,浅い表面焼入れ層を有する鋼に特徴的22)なものである。実際,本研究と同一ロットのSCM440鋼(調質材)に対してショットピーニングを施し,同様の測定を行った結果では,高硬さ化した範囲と比較してより深くまで圧縮残留応力が導入されることが明らかになっている23)

3・2 疲労過程における圧縮残留応力の解放

Fig.3に軸荷重下の疲労試験結果を示す。同図より,〇印で示したP seriesと比較して,印で示したQ seriesの107回の疲労強度は上昇していることがわかる。これは,高周波焼入れの実施により試験片表面が高硬さ化し,すべり変形が抑制されたためと考えられる。しかしながらその疲労強度の値は,試験片表面に存在する圧縮残留応力を局所的な平均応力として修正Goodman線から推定した値(580 MPa)と比較すると低い。

Fig. 3.

S-N diagram of P series and Q series. (Online version in color.)

この原因を検討するために,Q seriesに対して,疲労試験中における最小径部表面の圧縮残留応力の変化を調べた。Fig.4にその結果を示す。なおこの測定は,応力振幅800 MPaの繰返し応力を所定の繰返し数与えた後,試験片を疲労試験機に取り付けたまま無負荷の状態で行っている。

Fig. 4.

Change in residual stress during the fatigue process (σa = 800 MPa). (Online version in color.)

同図より,圧縮残留応力の解放は102回程度まで緩やかに継続していることがわかる。圧縮残留応力は,材料表面の圧縮降伏が原因で疲労試験の最初の1サイクルで顕著に解放する17,24,25,26)ことが一般に知られており,本研究の結果とはその特徴が異なる。

Fig.2に示した通り,浅い表面焼入れ層を有する鋼は,高硬さ化している範囲と圧縮残留応力の存在する領域が良く一致している。硬さと降伏強度には相関があることを考慮すると,圧縮残留応力の存在する領域の降伏強度は,母材(非硬化域)と比較して高いものと考えられる。このことは,本研究で準備した浅い表面焼入れ層を有する鋼は,硬化層の圧縮降伏が生じにくいことを意味している。しかしながらFig.4に示した結果からは,疲労試験の1サイクル目でわずかではあるが圧縮残留応力の解放が生じる傾向が認められた。

そこで最初の1サイクル目に着目し,残留応力の解放挙動をより詳細に調べた。Fig.5にその結果を示す。なおこの測定は,応力振幅800 MPaで実施した疲労試験の最初の1サイクル目に行った。Fig.5の縦軸は,X線により測定した試験片最小径部表面の応力(以下,試験片表面の応力と呼ぶ)の値,横軸は疲労試験機により試験片最小径部へ負荷した公称応力(以下,負荷応力)の値である。また印は引張応力の負荷過程(図中①の)の測定結果を,◯印は除荷過程(図中②の)の測定結果を示している。引張応力の負荷前と除荷後の試験片表面の応力の値を比較すると,100 MPa程度変化していることがわかる。このことは,引張応力の負荷により圧縮残留応力が解放する可能性を示唆するものである。なお,圧縮応力の負荷・除荷の過程では残留応力の解放は認められなかった。

Fig. 5.

Relationship between the applied stress and the stress on the surface during the first cycle of the fatigue process (σa = 800 MPa). (Online version in color.)

3・3 引張応力の負荷過程における圧縮残留応力の解放

前節で示した引張応力の負荷による圧縮残留応力の解放については,Sakaiら27)やLiuら28)が報告しているものの一般に知られている傾向と異なる。この点を検証するため,より高い引張応力を負荷しながら,軸荷重下の試験片表面の応力の変化を調べた。その際同時に,試験片最小径部のひずみ(以下,ひずみと呼ぶ)の変化も測定した。なお測定には,ゲージ長2 mmのひずみゲージを使用した。

Fig.6にその結果を示す。同図(a)は引張応力の,(b)は圧縮応力の負荷・除荷過程における測定結果である。なお引張応力は1000 MPa,圧縮応力は−1200 MPaの時点で負荷方向を反転させている。図中の印および◯印は負荷応力とひずみの関係を,印および□印はX線により測定した試験片表面の応力とひずみの関係をそれぞれ示している。

Fig. 6.

Relationship between the applied stress (σap) and the strain, and the stress on the surface measured by X-ray (σs) and the strain during static (a) tensile loading and un-loading processes and (b) compressive loading and un-loading processes. (Online version in color.)

Fig.6(a)印に注目すると,縦軸に示した負荷応力の値が700~800 MPaを超えたあたりからひずみとの線形関係が崩れ始め,負荷方向を反転し完全に除荷した後には,0.15%程度の永久ひずみが残存していることがわかる。なお線形関係が崩れ始めた応力の値は,本研究と同一ロットの供試材の応力ひずみ線図19)から読み取った弾性限度の値(1030 MPa)よりも大幅に低い。これは,硬化層直下の非硬化域に存在する引張残留応力が何らかの影響を及ぼしているものと考えられる。これに対してX線で測定した試験片表面の応力は,負荷・除荷過程で線形関係が維持されている。これらの結果は,試験片全体では塑性変形が生じているものの,硬化層は降伏していないことを示すものである。実際,硬さの測定値から推定した硬化層の降伏強度の値は2000 MPa程度であり,試験片表面で測定された最大の引張応力はその値に達していない。それにも関わらず,除荷後の試験片表面の応力の値は-308 MPaであった。このことは,引張応力の負荷により圧縮残留応力が200 MPa程度解放したことを示すものである。

Fig.6(b)は,圧縮応力の負荷・除荷過程において同様の測定を行った結果である。同図より,−1200 MPaの圧縮応力を負荷しているにもかかわらず,負荷応力も試験片表面の応力もひずみとの線形関係が維持されていることがわかる。このことは,圧縮の負荷過程では,圧縮残留応力の解放が生じないことを示すものである。

4. 考察

4・1 引張応力の負荷により圧縮残留応力が解放する要因

3・3節で,本研究で準備した試験片の圧縮残留応力は,軸荷重下において,引張応力の負荷により解放することを明らかにした。この解放は,硬化層直下の非硬化域に存在する引張残留応力と,その部位に負荷される引張応力が重畳し,その値が局所的に降伏強度を越えたため生じたものと考えられる。

この点を確認するため,引張および圧縮応力の負荷後における残留応力の深さ方向の分布を調べた。Fig.7にその結果を示す。同図より,−1200 MPaの圧縮応力を負荷した後の分布(印)は負荷前の分布(◯印)と大きな差は認められないのに対し,1000 MPaの引張応力を負荷した場合(印)にはその分布が大きく異なっていることがわかる。すなわち,硬化層直下に存在した引張残留応力のピークが消失し,それと応力の釣合いを保つ形で硬化層の圧縮残留応力が低下している。これは,引張応力の負荷により硬化層直下で降伏が発生したとする前述の考えを裏付けるものである。

Fig. 7.

Distributions of residual stress before loading, after static tensile loading of 1000 MPa and after compressive loading of −1200 MPa. (Online version in color.)

硬化層直下の降伏についてさらなる検討を加えるために,引張および圧縮応力の負荷時における試験片内部の残留応力の分布と降伏強度の関係を調べた。その結果をFig.8に示す。なお,降伏強度σYは硬さの測定値から式(1)を用いて算出した値(印)である。

  
σY=3.05HV102(1)
Fig. 8.

Distributions of (a) the sum of the residual stress (RS) and tensile loading of 1000 MPa, (b) the sum of the residual stress and compressive loading of −1200 MPa and calculated yielding strength (YS). (Online version in color.)

ここで,HVはビッカース硬さを表している。この式(1)は,Hasegawaら29)が721種類の鋼材を対象に提案した硬さと引張強度の関係式,および引張強度と降伏強度の関係式から求めたものである。なおこの関係式は,本研究で用いた加工硬化の程度が小さいSCM440鋼の場合には成立するものと考えている。Fig.8(a)には1000 MPaの引張負荷時に試験片内部に作用する応力の値(残留応力の測定値と負荷応力の値の和)を,(b)には−1200 MPaの圧縮負荷時に試験片内部に作用する応力の値を印で示している。

Fig.8(a)の引張負荷時に注目すると,硬化層直下において,作用する引張応力の値が引張の降伏強度の計算値を大きく上回っていることがわかる。したがって前述した通り,この部位において降伏が発生し,応力の再分配により硬化層の圧縮残留応力が解放したものと考えられる。Ohnukiら30)は,材料内の局所的な塑性変形により応力の再分配が生じる場合があることを実験的に明らかとしており,本研究の結果ともその内容は一致している。

Fig.8(b)の圧縮負荷時に注目すると,−1200 MPaの圧縮応力を負荷した場合には,試験片内部に作用する圧縮応力の値と圧縮の降伏強度の計算値との間に顕著な差は認められない。このことが,圧縮負荷の下で圧縮残留応力の解放が認められなかった要因と考えられる。

4・2 残留応力の変化が疲労破壊形態に及ぼす影響

残留応力の大きさや疲労過程におけるその解放挙動は,疲労破壊形態に影響を及ぼすものと考えられる6,31,32,33,34)。この点を検討するためにまず,疲労試験後の破面観察を行った。その結果,破断したQ seriesの試験片10本のうち8本は,P seriesと異なり破壊起点が試験片内部の非硬化域に位置することが明らかとなった(以下,内部型破壊と呼ぶ)。なお内部型破壊を示した試験片の疲労試験結果は,Fig.3中のプロットにiを付している。

内部型破壊には,硬化層直下に破壊起点が位置している場合と,それとは異なり非硬化域の深い領域に位置している場合の2通りが認められた。Fig.9および10にそれぞれの破面の代表的な観察例を示す。両図中の(a),(b)はマクロ観察の結果とその模式図,(c)は破壊起点部,(d)は領域BをSEMにより観察した結果である。

Fig. 9.

Representative fracture surface where the crack initiation site is just below the hardened layer. (Region A: fatigue crack propagation region, Region B: hardened layer excluding Region A) (a) σa = 600 MPa, Nf = 8.7×105, and (c)(d) σa = 650 MPa, Nf = 1.5×105.

Fig. 10.

Representative fracture surface where the crack initiation site is within the core region. (Region A: fatigue crack propagation region, Region B: hardened layer excluding Region A) (a) σa = 700 MPa, Nf = 9.3×104, (c) σa = 800 MPa, Nf = 1.9×104, and (d) σa = 750 MPa, Nf = 3.8×104.

これらの破面に認められるフィッシュアイ状の領域(図(b)の領域A)は,疲労亀裂の進展した痕跡と考えられる。その起点部には,EDX(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)で調べた結果,アルミナ系の非金属介在物が認められた(図(c))。また領域Bには,微細なディンプルが複数認められた。

内部型破壊の起点位置に注目すると,応力振幅が比較的低い場合には硬化層直下に位置していたが,応力振幅が高い場合には,非硬化域内の比較的深い箇所に位置する傾向が認められた。この点を確認するために,疲労破壊の起点位置の試験片表面からの深さと応力振幅の関係を調べた。Fig.11にその結果を示す。同図より,疲労破壊の起点位置は,応力振幅が650 MPa以下の場合には,硬化層直下に集中していることがわかる。この部位は,Fig.2に示した通り引張残留応力のピークが存在する箇所である。これに対して,応力振幅700 MPa以上の場合には,破壊起点は非硬化域内でばらついて存在している。

Fig. 11.

Relationship between the stress amplitude and the depth of the crack initiation site from the surface. (Online version in color.)

このような応力振幅の値に依存した破壊起点位置の遷移は,軸荷重下の疲労過程における残留応力の解放が関与しているものと考えられる。すなわち,応力振幅が低い場合は,硬化層直下に存在する引張残留応力のピークが疲労過程の後期まで残存し,その結果その部位が疲労破壊の起点になったと考えられる。それに対して応力振幅が高い場合には,疲労過程で硬化層直下に生起している引張残留応力が解放し,引張残留応力が同部位の疲労強度に及ぼす影響が低下することで,破壊起点位置が非硬化域内に分散したと考えられる。なお応力振幅800 MPaの場合には,起点が最表面に位置する試験片も認められたが,この場合の起点部には,非金属介在物が剥離した痕跡が認められた。

5. 結言

鋼の疲労特性の向上には,圧縮残留応力の付与が有効とされている。しかしこの圧縮残留応力は,繰返し応力の作用により解放することが知られており,工業的には解決すべき課題とされている。本研究では,浅い表面焼入れ層を有する鋼を対象として軸荷重下の疲労試験を行い,繰返し応力の負荷に伴う圧縮残留応力の変化を調べ,その要因について検討・考察を加えた。さらに圧縮残留応力の変化が疲労破壊形態に及ぼす影響についても検討した。

その結果,一般には圧縮の負荷応力との重畳により解放するとされている圧縮残留応力が,軸荷重下においては,引張応力の負荷により解放する場合があることが明らかとなった。このような現象は,(i)硬化層直下に明瞭な引張残留応力のピークが存在すること,(ii)高硬さ化している範囲と圧縮残留応力の存在する領域が一致していること,すなわち,圧縮負荷の下で降伏が生じにくいこと,の2つの条件を満たした場合に特徴的な現象である。この場合には,引張負荷の下で硬化層直下の引張残留応力のピーク位置で降伏が生じ,それに伴い残留応力が再分配し,硬化層内の圧縮残留応力が解放することになる。

謝辞

本研究で使用した材料は,日本材料学会疲労部門委員会『疲労に関する表面改質分科会』から提供いただいたものである。記してここに謝意を表する。

文献
 
© 2024 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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