Tetsu-to-Hagane
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Influence of Silicon Contents on the Microstructure and Tensile Properties of Quenching and Partitioning (Q&P) Processed Low Carbon Steel
Chang Jae YuChang-Hyo SeoYoung-Roc ImDong-Woo Suh
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2024 Volume 110 Issue 16 Pages 1264-1274

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Abstract

The microstructure and corresponding tensile properties were examined in quenching and partitioning (Q&P) processed low carbon steels, depending on the silicon content ranging from 0.1–2.0 wt.%. The silicon content and process temperature generated a highly interactive influence on the evolution of final microstructure, including the fraction of constituent phases and their characteristics such as solute carbon content in each phase. The yield strength was nearly unchanged or slightly decreased even with the silicon addition for a given Q&P condition. The change of yield strength showed a reasonable correlation with the loss of solute carbon in martensite or bainite caused by the carbide precipitation and the carbon partitioning into austenite, which depended on the silicon content. High partitioning temperature enhanced the yield strength for a given silicon content and quenching condition, because of the tempering effect on the martensite matrix. Although the fraction and stability of retained austenite were still critical for improving ductility, the intrinsic properties of the martensite matrix, such as the occurrence of tempered martensite embrittlement, governed the ductility of Q&P steels in situations where the role of retained austenite was limited due to low fraction or poor mechanical stability.

1. 序論

強度と延性の優れた組み合わせを目指し,先進高強度鋼(AHSS)の微細組織が設計されている1,2,3,4,5,6,7)。特に,最終的な微細組織における準安定オーステナイトは,変態誘起塑性(TRIP)効果を通じた引張特性を最大化するための最も信頼できる戦略の一つであると見なされている8)。室温でのオーステナイトの残留について,例えば合金元素の濃縮や組織制御など,オーステナイトの安定性を確保するための様々なアプローチが提案されている。その中でも,TRIP鋼2,3),TRIP型ベイニティックフェライト(TBF)鋼4),炭化物フリーベイナイト(CFB)鋼5)などのAHSS製品の製造には,ベイニティックフェライトの形成におけるオーステナイトへの固溶炭素の濃縮が一般的に用いられている。近年,オーステナイトの残留に向けたMnなどの置換型元素の化学的不均質性の調査が進められており,マルテンサイトからなる鋼の優れた強度と延性が報告されている6,9)

焼入-分配処理(Quenching and Partitioning,Q&P)はAHSSの製造において最も期待できる処理であるが,これは最終的な微細組織においてオーステナイトを残留させることも意図している10,11)。オーステナイト化の後,鋼を急速に焼入温度(TQ)まで冷却して1次マルテンサイトを形成させ,その次に分配温度(TP)で行う等温処理中に炭素過飽和なマルテンサイトから分配した炭素により残留オーステナイトを安定化させる。残留オーステナイトはTRIP効果をもたらし,高い加工硬化とマルテンサイトの組み合わせにより延性と強度の向上に寄与する。

すぐれた引張特性のQ&P鋼を得るために,残留オーステナイトの特性に注目した数々の研究が行われている12,13,14,15,16)。Seoら13)は,Fe-0.2C-4.0Mn-1.6Si-1.0Cr鋼において残留オーステナイト分率を最大化するために焼入温度を制御することで,引張強度と延性の優れた組み合わせを達成できることを報告している。それに対し,Liuら14)は,Fe-0.3C-3.0Mn-1.5Si鋼において,組織的安定性と十分なオーステナイト分率を得るための焼入条件の選定が極めて重要であることを明らかにしている。

一方,Q&P鋼やその他のTRIP型AHSSの合金設計では,セメンタイトの析出を抑制するために,例えば1.5 wt.%といった高濃度のSiを添加することが一般的である17,18)。セメンタイト形成は残留オーステナイトの安定化を阻害することが報告されている。これはセメンタイト形成はオーステナイト中の固溶炭素を消費することでオーステナイトの炭素量を低下させ19),さらにセメンタイト形成と比較して熱力学的に不利であるオーステナイトへ炭素分配のkineticsを緩慢にしてしまうためである19,20)。 Siの役割にもかかわらず,自動車用鋼へ応用するにあたり,AHSSにおける高Si含有量に関する懸念が生じている。代表的なものとして,Si量増加に伴う液体金属脆化(LME)の傾向があるが,これは亜鉛メッキ冷延鋼板のスポット溶接中に母材に液体Znが浸透し亀裂が発生してしまうことと関係している21)

これらの困難を避けるために,少量のSi添加による炭化物形成またはオーステナイトへの炭素分配のkineticsに注目して,Si量の低減と望ましい機械的性質を両立させうる組成設計がQ&P鋼において試みられている22,23)。しかし,微細組織形成や引張特性に多大な影響を及ぼすTQやTPなどの処理パラメータとのSi量の影響といった観点から見て,Q&P鋼への少量のSi添加に関する理解は十分深まっていない。

本研究では,0.1~2.0 wt.%のSiを添加したQ&P鋼の微細組織と引張特性に対する処理温度(TQ, TP)の影響を系統的に調査した。特に,Si量や処理パラメータに応じた強度と延性の変化を包括的に理解するために,構成相の特徴を定量分析した。どの水準のSi添加量が求められても,Q&P鋼の処理パラメータを最適化して望ましい機械的性質を得るうえで役立つ知見が得られることが期待される。

2. 実験方法

対象とした合金は,Si量が0.1–2.0 wt.%の範囲の低炭素鋼である(Table 1)。これらは厚さ1.4 mmの冷延鋼板として受け入れた。焼入-分配処理(Q&P)工程の熱処理パターンをFig.1に示す。試料を860°Cで180 sオーステナイト化した後,150°Cまたは250°C(TQ)まで焼き入れし,その後250°Cまたは350°C(TP)で分配処理を行い,最後に室温まで冷却した。以下,熱処理条件でのTQおよびTPを特定するために,TQ=250°CとTP=250°CのものをQ250P250と表記する。また,TPにかかわらずすべてのTQ=250°Cでの熱処理をQ250,その逆をP250と呼ぶ。微細組織観察や引張試験に用いた試料は,連続焼鈍シミュレータを用いて熱処理した。

Table 1. Chemical composition of investigated alloys (in wt.%).

CMnSiAl + MoNbTiBFe
0.1Si 0.2 ~ 0.3 2.0 ~ 3.0 0.1 < 0.3 0.01 ~ 0.05 0.01 ~ 0.05 0.001 ~ 0.005 Bal.
0.5Si 0.5
1.0Si 1.0
2.0Si1.9
Fig. 1.

Schematic diagram on the quenching and partitioning process.

最終的な微細組織における構成相分率を推定するために,熱膨張率測定とX線回析法の組み合わせによる分析を行った。最初に,室温までの焼き入れと再加熱による各合金の熱膨張挙動を得た(Fig.2)。次に,特定のTQにおける1次マルテンサイト分率(Vα’)を,以下の数式(1)により,てこの原理を用いて評価した。

  
Vα=BC¯AC¯(1Vγ,RTVf)(1)
Fig. 2.

Dilatometric analysis to obtain primary martensite fraction. (Online version in color.)

ここで,Vγ,RTはX線回析法(XRD)を用いて定量化した室温まで冷却後の残留オーステナイト分率,Vfは焼鈍温度860°Cでの未変態フェライト分率である。

Q&P処理後の析出炭化物を,電解抽出法を用いて調査した。炭化物の粒子は,Pt電極と5%CH3OH+95%HCl溶液を用いて鋼を溶解させてから,多層フィルターを用いて分離した。炭化物の化学成分の評価は誘導結合プラズマ発光分析(ICP-AES)により行った。析出した炭化物をセメンタイトであると仮定し,炭化物の形成に関与する炭素の量を定量化した。オーステナイト分率はCu Kα線によりXRDピークの積分強度から評価した。試料準備には,10%希フッ酸(HF)と90%過酸化水素(H2O2)を使用した。微細組織評価は,二次電子(SE)像と電子後方散乱回析(EBSD)を備えた電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて行った。試料は5%過塩素酸(HClO4),95%酢酸(CH3COOH)溶液を用いた電解研磨により準備した。引張試験はユニバーサル引張試験機を用いて実施し,歪み速度を10−3 s−1とした。引張試験片はASTMのE8Mサブサイズ仕様に準拠して作製した。

3. 結果

3・1 微細組織

Fig.3に,0.1Si合金を例として,Q&P熱処理による相変態挙動を示す熱膨張曲線を表す。オーステナイト化するための初期加熱では,0.1Si,0.5Si,1.0Si,および2.0Si合金のAc3温度はそれぞれ809°C,824°C,850°C,および887°Cであった。これまでの研究と同様の傾向を示しており,Si添加量が1 wt.%増えるごとにAc3温度が約45°C上昇していた24)。冷延鋼板の微細組織は860°Cで180 s後には完全にオーステナイト相へと変態していたが,2.0Si合金では例外的に未変態フェライト分率が3.1%であった。オーステナイト化の処理後のAc3温度とフェライト分率をTable 2にまとめている。

Fig. 3.

Dilatometric curves of 0.1Si alloy upon the quenching and partitioning process. (a) TQ = 150°C, TP = 250°C and (b) TQ = 250°C, TP = 250°C.

Table 2. Ac3 temperature and ferrite fraction subjected to austenitization.

0.1Si0.5Si1.0Si2.0Si
Ac3 (°C)809824850887
Ferrite fraction (%)0003.1

熱膨張曲線により評価した合金のMs点はSi量の増加に応じて328°Cから316°Cへと僅かに低下しており(Table 3),Ms点が1 wt.%Siあたり約−4°Cわずかに減少するというこれまでの報告と一致している25)。焼き入れ工程中に形成された1次マルテンサイトは0.1Si,0.5Si,および1.0Siの各合金で同様の分率であった(TQ=150°Cで~95%,TQ=250°Cで~80%)。しかし,2.0Si合金では,他の合金と比較して1次マルテンサイト分率が低くなっていた(Table 3)。

Table 3. Ms temperature and the fraction of primary martensite depending on the quenching temperature.

0.1Si0.5Si1.0Si2.0Si
Ms (°C)328325321316
Primary martensite fraction (%)TQ = 150°C95.294.892.887.7
TQ = 250°C82.481.680.668.9

分配処理中に生じた長さの変化はベイナイトの変態によるものであり11,26),Q150P250条件(Fig.3(a))と比較してQ250P250条件(Fig.3(b))においてより顕著であった。すべての合金や処理条件において,分配処理後の最終冷却段階でマルテンサイト変態した兆候は確認されず,オーステナイトが十分に安定化されていることが示されていた。そのため,Q&P処理後の最終的な微細組織は1次マルテンサイト,ベイニティックフェライト,残留オーステナイトにより構成され,分配段階中に微量の炭化物が析出する可能性があることになる。

分配処理における炭化物析出は合金の化学組成と処理条件による影響を受けていると思われる。例えば,Si量が低下し分配温度が高まるにつれて,炭化物の形成はより活発になるであろう。炭化物のうち代表的な形態であるε炭化物(Fe2.4C)とセメンタイト(Fe3C)の2種類の析出が本研究において予想される18)。しかし,電解抽出した粒子におけるそれらの比率を区別することが難しいため,炭化物がセメンタイトの化学量論性に従っていると仮定して最終的な微細組織に含まれる炭化物分率を近似した。Fig.4に,Si量とQ&P条件を伴う炭化物分率を示す。予想通り,炭化物分率はP250と比較してP350の方が高かったが,Si量が増えるにつれて炭化物析出が抑制されることによりその差は小さくなっていた。さらに,炭化物分率に及ぼす焼き入れ温度(TQ)の影響は比較的小さく,マルテンサイトまたはベイナイトにおける同程度の析出kineticsが示唆される27)

Fig. 4.

Carbide fractions in the microstructure subjected to the quenching and partitioning process. (Online version in color.)

Fig.5Fig.6ではそれぞれP250条件とP350条件での0.1Si合金と2.0Si合金の微細組織を比較しており,これらがラスマルテンサイトとベイナイトから構成されていることを示している。Fig.4に示した炭化物分率の変化と合致し,Siの添加は炭化物析出を著しく抑制することが分かる。また,0.1Si合金の炭化物はP250条件においてラス内で析出する傾向にあるのに対し,P350条件ではラス境界に沿っても析出していた点は興味深い(Fig.6(a)Fig.6(c)の赤矢印)。

Fig. 5.

Microstructure of 0.1Si and 2.0Si alloys subjected to partitioning at 250°C with different quenching temperatures.

Fig. 6.

Microstructure of 0.1Si and 2.0Si alloys subjected to partitioning at 350°C with different quenching temperatures. (Online version in color.)

Fig.7に示すXRD解析による残留オーステナイト分率は,炭化物析出に及ぼすとSiの影響とは逆の傾向を示している。P350条件における0.1Si合金と0.5Si合金では,分配処理中にでオーステナイトがベイニティックフェライトや炭化物へと分解するため,オーステナイト分率はほぼゼロであった。1.0Si合金ではオーステナイト分率が増え始め,Si量2 wt.%の場合では急増していた。一方で,P250条件では0.5Si合金における分率が5%へと急上昇し,その後Si量の増加とともに5–10%へと徐々に増加した。

Fig. 7.

Retained austenite fraction in the investigated alloys according to the quenching and partitioning condition. (Online version in color.)

2.0Si合金(Fig.8)のEBSD測定で得られたPhaseマップに示すように,残留オーステナイトは微細組織全体にわたり一様に分布していた。このデータはオーステナイトの安定性に関して,定性的な情報を示すものである。例えば,XRD解析はQ150P350条件下でのオーステナイト分率が約6.8%であったことを示しており,これはQ150P250(6.5%)と同等でQ250P250(9.6%)よりも低い。しかし,EBSD-PhaseマップはQ150P350条件におけるオーステナイト分率の面積(3.12%)がQ150P250(0.32%)やQ250P250(0.20%)よりも高いことを示していた。これはQ150P250条件やQ250P250条件の場合でのオーステナイトの機械的安定性の欠如に起因して,EBSD試料準備中におけるマルテンサイト変態を引き起こしているためである。最終的な微細組織における構成相分率をFig.9にまとめている。ここで,1次マルテンサイト,残留オーステナイト,および炭化物の分率はそれぞれ熱膨張率測定,XRD解析,電解抽出法により評価し,その他の残りをベイニティックフェライト分率であると見なした。

Fig. 8.

EBSD phase maps of 2.0Si alloy subjected to the quenching and partitioning process (Yellow area is BCC and red area is FCC phase, respectively. The percentage presents the area fraction of FCC phase). (Online version in color.)

Fig. 9.

Constituent phase fraction of the investigated alloys depending on the quenching and partitioning process. (Online version in color.)

3・2 残留オーステナイトの炭素量

残留オーステナイトの安定性はその化学組成に敏感である。Q&P処理を置換型元素の拡散がほとんど起こらない温度範囲で行ったため,炭素濃縮がオーステナイトの安定性に最も重大な影響を及ぼす。XRDプロファイルにおけるFCCピークの{200}から残留オーステナイトの格子定数を用い,置換型元素の分配が無視できる程度である20)という仮定の下,以下の式28)を用いて,オーステナイトの炭素濃度を評価した。

  
aγ=3.556+0.0453xc+0.00095xMn+0.0056xAl(2)

ここで,xCxMnxAlはそれぞれ炭素,Mn,Alの重量パーセントである。

Fig.10に残留オーステナイトの炭素量を表す。オーステナイト分率が低すぎたため,一部の条件では高い信頼性をもって残留オーステナイト中の炭素量を評価することが難しかった点は注意が必要である。1.0Si合金と2.0Si合金の残留オーステナイトの炭素濃度はP250条件と比較してP350条件の方で著しく高く,P350条件下ではオーステナイトの安定性がより高いことが示唆されており,これはFig.8のEBSD相図の結果と整合している。

Fig. 10.

Average carbon content in the retained austenite depending on the silicon content and heat treatment condition. (Online version in color.)

3・3 引張特性

Fig.11は,Q&P条件に応じた各試料の引張特性を示している。TQを下げる,またはTPを上げることで,降伏強度が100–200 MPa程度高まる。低いTQでは,硬質組織であるマルテンサイト分率が高まることで降伏強度が高まり,高いTPは,マルテンサイトの焼もどしにおいて降伏強度を高めることが知られている固溶炭素のコットレル雰囲気による転位ピン止めを促進している可能性がある29,30)。また,降伏強度はSi量に対してほぼ一定であり続けるが,Q250P350条件下では例外的にSi量に応じて降伏強度が徐々に低下する点は指摘しておきたい。この傾向は,Siが有効な固溶強化元素の一つであるという一般的な知見と矛盾しているようである31)

Fig. 11.

Tensile properties of the investigated alloys. (Online version in color.)

一方で,引張強度はすべてのQ&P条件下でSi添加により徐々に向上する。あるSi量に対し,高いTPでは引張強度が下がるが32,33,34),これは高いTQ条件の場合により明確であった。

Si添加は均一伸びと全伸びの両方を改善する22,23)。均一伸びも全伸びもSi量に対して同様の傾向を示すことから,Si量が主に均一伸びに影響し,それが全伸びの変化にも繋がっていると推測できる。Siの効果はTP条件に応じて異なっているように見えた。P250条件ではTQにほぼ関係なくSi量とともに均一伸びが単調に増加していたが,P350条件下での均一伸びはSi量に対して急速な改善が見られ,Q250P350条件では明白であった。一方,Q250P350条件であっても,Si量が1 wt.%未満である場合には,P250に比べて延性は低かった。

4. 考察

4・1 Si量とQ&P条件に応じた残留オーステナイトの分率と安定性

オーステナイトへの炭素分配と炭化物の析出は,オーステナイトの安定性という点で相反する効果を持つ。Si添加は,オーステナイトの安定性に有害な炭化物析出を抑制するのに有効であることから,オーステナイト分率が増加し始めるSi量は,炭素分配が炭化物析出よりも有利になるのに必要なSiの臨界量と考えられる。分配温度が上昇すると炭化物析出kineticsがより速くなることが予想されるため,分配温度が250°Cから350°Cに上昇すると,オーステナイト分率が増加し始めるSi濃度が高まるのは妥当である(Fig.7)。一方で,炭化物析出がSi量増加に伴って顕著に抑制されると,オーステナイトの残留は主にオーステナイトへの炭素分配速度に支配されるようになるため,P250条件と比較して,P350条件ではSi量の増加に伴いオーステナイト分率が急激に増加するようになる。

また,Fig.7では高いTQがオーステナイトの残留に有利であり,Si量が増えるにつれてその影響がより明確になっていくことを示している。これは,Q150と比較して,Q250条件では1次マルテンサイト分率が低く,分配処理でのベイニティックフェライトの形成中にオーステナイトへ炭素濃縮することでより多くのオーステナイトが残留できるためである。しかし,そのシナリオは,炭化物析出よりも炭素分配が生じる臨界Si量よりも高い場合のみに可能である。その臨界Si量は,Q250P250条件では0.5 wt.%Si,Q250P350条件では1 wt.%Siに対応する。

分率だけでなく,残留オーステナイトの機械的安定性も引張特性に多大な影響を及ぼす。引張変形の過程でマルテンサイト変態するオーステナイト量を考慮して,機械的安定性を定量化する数学的な記述が提案されている35,36)。例えば,Sugimotoら36)は真ひずみの関数としてオーステナイトの変態挙動を表している(εtr)。

  
Vα(SIM)=Vγo[1exp(kεtr)](3)

ここで,Vα’ (SIM)Vγoはそれぞれひずみ誘起マルテンサイトと初期オーステナイトの分率,εtrは引張変形における真ひずみである。パラメータkは機械的安定性に関連するものであり,kが高くなるほど機械的安定性が下がる。Fig.12(a)に,2.0Si合金の引張変形過程における残留オーステナイト分率の変化を示す。P250処理条件での残留オーステナイトのほとんどが約4%の真ひずみにおいてマルテンサイト変態したのに対し,P350処理条件ではより緩やかに低下し,2.5%のオーステナイトが均一伸びまで残存している。式(3)を用いて取得したk値はP250条件と比較してP350条件において約4倍低く(Fig.12(b)),P350条件における残留オーステナイトの機械的安定性の方が高いことを示している。実際,Fig.10に示すように,これは350°Cで分配処理した試料における多量の炭素濃縮から想定される結果である。

Fig. 12.

(a) Change of austenite fraction during the tensile deformation and (b) k value of equation (3). (Online version in color.)

4・2 各Si量とQ&P処理条件における微細組織と引張特性の関係

4・2・1 降伏強度

Q&P鋼の降伏強度は,各構成相の寄与に基づいて検討できる37,38)。一般的に,各相の強度とその分率を反映した総和として表される。最終組織におけるマルテンサイトとベイナイトの相分率とその降伏強度が低炭素鋼の残留オーステナイトの降伏強度の8倍から12倍と報告されていることから37),本研究で用いた合金の降伏強度をマルテンサイトとベイナイトが支配することは妥当である。

マルテンサイトとベイナイトの降伏強度は固溶,粒径,析出物,転位といった因子により制御されていることが知られている37,39,40,41)。これらの因子のうち,固溶炭素量が低炭素鋼のマルテンサイトまたはベイナイトの強化において大きな役割を果たしていることが知られている36)。実際,マルテンサイトとベイナイトの固溶炭素量は炭化物の析出と,オーステナイトへの炭素分配により影響され,これらの反応の両方でマルテンサイトまたはベイナイトの固溶炭素は消費される。したがって,マルテンサイトまたはベイナイトにおける固溶炭素の低下は,オーステナイトへの炭素分配と,炭化物析出に寄与する炭素量を考慮することで推定できる。Fig.13に,オーステナイトへの分配と炭化物析出によりマルテンサイトまたはベイナイトの固溶強化に寄与できなかった炭素量を示す。Q250P350を除き,固溶炭素の低下は,各Q&P処理条件におけるSi量の変化とほぼ同等である。これは,調査した合金の降伏強度がSi量に対してほとんど変化しないことと一致する。さらに,Q250P350条件におけるSi量増加に伴うマルテンサイトまたはベイナイトに含まれる固溶炭素量の低下(Fig.13(d))はQ250P350条件での降伏強度の緩やかな低下と良い相関を示しており(Fig.11(a)),各合金の降伏強度を理解する上でのマルテンサイトまたはベイナイトの固溶炭素量の重要性を裏付けている。もちろん,残留オーステナイトの存在が,特にオーステナイト分率が高い条件下で降伏強度に影響する可能性もある。しかしながら,本研究におけるオーステナイト分率はほとんどの条件で10%未満であり,その効果は大きくないと考えられる。

Fig. 13.

Amount of carbon which is partitioned into austenite and participated in the carbide formation, consequently not contributing to the strengthening of martensite or bainite. (Online version in color.)

ただし,Siは有効な固溶硬化元素の一つとして知られていることから,Siが降伏強度に影響しないことは引き続き未解決の課題である。実際に各構成相におけるSiによる硬化を考慮すると,0.1Si合金と比較して2.0Si合金での固溶強化量は,約150 MPaであると推定される(Table 431,42)。これに関する一つの説明は,Siによる固溶強化が,Si量の増加に伴う析出硬化の減少により相殺されていたことが考えられる。実際の析出硬化量は,炭化物分率と,一部の伸長した粒子を除いて板状セメンタイトを球状に変換することで計算した平均直径(約60 nm)を用いてAshby-Orowanの式40)により算出できる。

  
σppt=0.538Gbfdpptln(dppt2b)(4)
Table 4. Solid solution hardening effect by silicon.

Solid solution strengthening (in MPa)
BCC83 × wt.% Si 31)
FCC20 × wt.% Si 42)

ここで,Gは剛性率,bはバーガースベクトル,(dppt)は平均直径,3は炭化物分率である。

しかしながら,本Q&P条件下でSi量が0.1 wt.%から2.0 wt.%増えることに伴う析出硬化の低下は約32–55 MPaと推定され,Si量の増加により予想される固溶強化を相殺するには十分でない。したがって,この問題についてはさらなる調査が必要であると思われる。

4・2・2 延性

既に報告しているとおり,残留オーステナイト分率と安定性は,Q&P処理した合金の引張試験中のくびれの抑制と,それによる均一伸びの改善を理解する上で重要なパラメータである。P350処理条件では,Si量の変化に伴う均一伸びの改善(Fig.11)は残留オーステナイト分率の増加とよく相関している(Fig.7)。その際,Si量増加により残留オーステナイト分率が増加し,高いTQ(250°C)と高いTP(350°C)の組み合わせが機械的安定性の向上に有利な影響を及ぼしていた(Fig.10)。一方で,P250条件では,Si量が0.5 wt.%の時点でオーステナイト分率が急速に高くなり,その後さらなるSiの添加に合わせて緩やかに上昇していった。ただし,Siの添加に伴う延性の改善は緩慢であった。これはSi量が増加しても分配温度が低いことによりオーステナイトへの炭素分配が遅延され,機械的安定性が低下することで(Fig.10),延性向上に必要な加工硬化が持続しなかったことに起因する。

一方で,残留オーステナイトの役割,つまりTRIP効果がほとんど見込めない0.1Si合金と0.5Si合金では,P250条件と比較してP350条件での延性が劣っていたことは注目すべきである。そのような状況では,残留オーステナイトの性質よりも,マルテンサイトまたはベイナイトの特徴が延性を支配している可能性が高い。その意味では,焼もどしマルテンサイトの脆化(TME)の発生が延性に影響を及ぼしていたことも考えられる。マルテンサイトを250–450°Cの温度で焼もどすと,破壊靭性と延性33,43)が低下する可能性が高く,これをTMEと呼ぶ。TMEの起源は(1)粒界とラス境界におけるセメンタイトの存在に起因する粒界へき開,または(2)ラス境界に沿って存在するオーステナイトから発生するラス間へき開であると考えられている。実際,Si量が少ないと,境界に沿った炭化物析出がP350条件においてのみ容易に観察できた(Fig.6)。さらに,擬へき開面が低Si合金のP350条件の破面で観察されている一方(Fig.14(b)),P250条件(Fig.14(a))または炭化物析出を抑えるのに十分な高いSi量(Fig.14(c))では観察できなかった。このことは,Si量が十分でなく残留オーステナイト分率と機械的安定性が確保できなかった場合には,TMEの発生がQ&P処理した合金の延性に影響した可能性を示唆している。

Fig. 14.

Fracture surfaces of (a, b) 0.1Si and (c) 2.0Si alloy after tensile test. The quasi-cleavage facets are visible only in the Q150 P350 condition of 0.1Si alloy.

5. 結論

焼入-分配(Q&P)処理した低炭素鋼を対象に,Si量が微細組織と引張特性に及ぼす影響を調査した結果,以下の結果を導出できた。

(1)Si量とQ&P処理条件は,分率のみならず構成相の特性にも多大な影響を及ぼした。特に,高TP条件下(350°C)では,マルテンサイトの性質ならびにオーステナイトの機械的安定性に構成相間での炭素分配が影響するため,Siの効果がより明確に表れる。

(2)Q&P処理条件が同じ場合,Siの添加は降伏強度に対しほとんど効果がないか,僅かに低下させる。炭化物析出やオーステナイトへの炭素分配によるマルテンサイトまたはベイナイトにおける固溶炭素の減少は,Si量に伴う降伏強度の変化と良い相関関係を示した。さらに,TQが同じ場合,マルテンサイトに対する焼もどし効果によりTP(350°C)上昇とともに降伏強度が上がっていた。

(3)最終的な微細組織の残留オーステナイト分率と機械的安定性は延性の確保に一役を担っていたものの,その分率と機械的安定性が低く残留オーステナイトの役割が限られている場合では,例えばマルテンサイトの焼もどし脆化の発生など,分配条件に応じたマルテンサイト自身の特性がQ&P処理した合金の延性を支配していた。

文献
 
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