2024 Volume 110 Issue 3 Pages 205-216
In-situ deformation experiments with cold-rolled and intercritically annealed Fe-5Mn-0.1C steel were carried out at ambient temperature to characterize the deformation heterogeneity during Lüders band propagation. Deformation band formation, which is a precursor phenomenon of Lüders band propagation, occurred even in the macroscopically elastic deformation stage. The deformation bands in the Lüders front grew from both the side edges to the center of the specimen. After macroscopic yielding, the thin deformation bands grew via band branching, thickening, multiple band initiation, and their coalescence, the behavior of which was heterogeneous. Thick deformation bands formed irregularly in front of the region where the thin deformation bands were densified. The thin deformation bands were not further densified when the spacing of the bands was below ~ 10 µm. Instead, the regions between the deformation bands showed a homogeneous plasticity evolution. The growth of the thin deformation bands was discontinuous, which may be due to the presence of ferrite groups in the propagation path of the deformation bands. Based on these observations, a model for discontinuous Lüders band propagation has been proposed.
マルチスケールな不均一塑性変形の発達を包括的に理解することが先進高強度鋼の力学的挙動や特性を制御する鍵である1)。例えば,軟質相と硬質相の界面における局所的な塑性変形は応力・ひずみ集中を引き起こし,その結果,ボイドやき裂の発生などの微小損傷発達をもたらす2)。メゾスコピックな不均一塑性発達として,鋼材ではリューダース帯3,4)やPortevin-Le Chatelier帯5,6)の伝播が知られ,その挙動は巨視的な塑性変形に影響する。しかし,局所的な塑性変形と力学的挙動ならびに力学特性との関係には,未だ多くの不確定要素が存在する。
力学的挙動および特性における塑性不均一性の本質的な役割を理解し難くしている原因は,局所変形の開始に影響を与える因子が様々に存在することにある。例えば,鋼のリューダース変形の挙動に影響を与える組織的な要因として,粒径7,8,9),初期転位密度10),転位をピニングする溶質原子の存在11)などが挙げられる。また,Portevin-Le Chatelier変形の場合,鋼種(フェライト鋼,オーステナイト鋼など)に応じて,転位運動速度,溶質原子の拡散性,溶質原子濃度,積層欠陥エネルギーなどが,関連する局所塑性と巨視的な力学挙動の影響因子として報告されている6)。このように影響因子が多岐にわたるため,特に近年開発された鋼材では,不均一な局所塑性現象はまだ十分に解明されていない。
第三世代の自動車用鋼として注目されている中Mn鋼も不均一な塑性変形を示す12)。特に,冷間圧延および二相域焼鈍を施した中Mn鋼では,リューダース帯とPortevin-Le Chatelier帯の伝播が起こる5,13,14)。さらに,リューダースフロントの伝播中におけるオーステナイト-フェライト間のひずみ分配10)やオーステナイトの変形誘起マルテンサイト変態15,16,17)も微細組織スケールでの変形不均一性の原因である。換言すれば,中Mn鋼のリューダース帯伝播時には,ひずみ分配,オーステナイトの変形誘起マルテンサイト変態,変形帯の形成,メゾスコピックなリューダースフロントといった階層的な変形不均一変形が存在する(本論文で用いている変形帯という言葉は本来の変形帯の定義と異なるが,中Mn鋼で観察される変形誘起帯状組織を一語で表現するため,これを便宜的に変形帯と呼称する)。具体的には,代表的な中Mn鋼,例えば冷間圧延と二相域焼鈍を施したFe-5Mn-0.1C鋼では,リューダース変形の際にオーステナイトで優先的に塑性変形が起こる18)。オーステナイトの塑性変形は,変形誘起マルテンサイト変態と転位すべり変形により起こる。さらに,変形帯発達の分布はメゾスコピックなスケールで不連続である18,19)。しかし,これら中Mn鋼におけるリューダース帯伝播時の階層的な変形不均一性に関しては,以下の点について明確になっておらず,本研究ではこれらの点に着目する。
これらの3つの側面を解明するためには,微視組織スケールから巨視的なスケールまでの塑性変形に関するマルチスケールな解析が不可欠である。本研究では,冷間圧延および二相域焼鈍をしたFe-5Mn-0.1C鋼を対象に,リューダース帯の発生と伝播に伴う塑性変形挙動を観察した。中Mn鋼で形成する変形帯は反射電子線(BSE)像において明瞭に観察できる18,19)。このため,階層的かつ不均一な塑性変形を解析するにあたり,その場走査型電子顕微鏡(SEM)によりBSE画像を複数のスケールで撮像した。
Fe-4.91Mn-0.092C鋼(mass%)を溶製した。化学組成の詳細をTable 1に示す。このインゴットを1200°Cの熱間圧延(仕上げ温度は850°C以上)で8 mmまで薄くし,その後空冷した。この熱延材を8 mmから2 mmまで冷間圧延した。この圧延板を650°Cで30分間焼鈍した。焼鈍後の試料の金属組織をFig.1に示す。オーステナイト分率は21%であった(Fig.1(a))。また,粒平均Image quality(IQ)が60000以下のデータのみを表示したところ,オーステナイトが多く残存しており,体心立方(BCC)相がほとんど消失していた(Fig.1(b))。BCCマルテンサイトは格子不変変形によって多数の転位が導入されるため,IQがオーステナイトよりも低い。つまり,低IQを有するBCC相がほとんど存在しないという結果は熱誘起BCCマルテンサイトがマイナー組織であることを示している。この焼鈍材を放電加工で切断し,研削することで,Fig.2に示す引張試験片を作製した。
Mn | C | Al | P | S | Si | O | N | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
4.91 | 0.092 | 0.024 | <0.002 | 0.002 | 0.04 | 0.005 | 0.0010 | Bal. |
(a) Phase map of the as-annealed steel plates. The regions where confidence index is below 0.1 are shown in black. The phase map shown as (b) was partitioned with a threshold grain average image quality of < 60000. (Online version in color.)
Tensile specimens used for (a) the DIC analysis and (b) the in-situ experiments.
25°C,初期ひずみ速度2×10-4 s-1で,その場デジタル画像相関(DIC)法と連動した引張試験を行った。サンプル表面には白黒のランダムスペックルパターンを塗布した。DIC解析用の画像は,引張試験中1秒ごとに撮影した。引張試験中の試料画像の撮影には,松電舎製USBカメラを使用した。DIC解析は,カメラ画像を用いてソフトウェア “VIC-2D “により解析した。その際,サブセットサイズは29ピクセル,ステップは7ピクセルとした。
SEM(Zeiss Merlin)チャンバー内でのその場引張試験は,常温で3回実施した。SEM観察は,加速電圧30 kVで実施した。クロスヘッド変位751 µmまでその場変形後,電子後方散乱回折(EBSD)測定を加速電圧20 kV,ビームステップサイズ50 nmで行った。このEBSD測定は,試験片を除荷後にその場観察試験機から取り出し,粒径60 nmのコロイダルシリカを用いて試料表面をわずかに機械的に研磨した後に行った。
Fig.3に降伏現象とリューダース変形を示している公称応力-ひずみ曲線を示す。リューダース変形は試料平行部における局所変形帯の発達とその後の伝播を伴っている(Fig.4(a))。さらにFig.4(b)に示すように,リューダースフロントにおける特徴的なひずみ変化の挙動がひずみ速度コンターマップで可視化されている。リューダースフロント周辺の局所ひずみは0%から10%の範囲にあり(Fig.5(a)),これはFig.3に示すリューダースひずみに対応する。興味深いことに,リューダースフロント周辺の局所的なひずみ速度の分布は,Fig.5(b)に示すように不均一である。具体的には,最大ひずみ速度を持つ第一の高ひずみ速度領域が左から右に連続的に移動し,最大ひずみ速度領域の前方に第二のひずみ速度ピークが出現する。また,第二の高ひずみ速度領域はゲージ部の側縁から現れ,反対側へ伝播する。また,Supporting information(Movie S1)に示すように,それぞれの変形段階において,ひずみ速度プロファイルの形状はランダムである。これらの結果は,巨視的に観察されたリューダースフロントの前に微視的な変形帯が不均一かつ急速に形成されることでリューダース帯が伝播することを示唆している。次節では,様々な変形段階におけるリューダース帯の形成と伝播の様子を微視的に観察した結果を報告する。
Engineering stress-time (strain) curve corresponding to the DIC strain analyses shown in Fig. 4 and 5. The engineering strains have been obtained by dividing crosshead displacements by the initial gauge length.
(a) Strain and (b) strain rate contour maps during the Lüders deformation corresponding to the test times shown in Fig. 3. The white arrows in (b) indicate the secondary high strain rate regions ahead of the primary high-strain-rate band. (Online version in color.)
Changes in (a) strain (εxx) and (b) strain rate profiles with test time near the Lüders front. The upper images in (a) and (b) are examples of the analyzed regions that correspond to the contour maps at 369 s shown in Fig. 4(a) and (b). All the analyses were carried out at the identical location with different test times. A video datum is available as the supporting information (The first part of Movie S1). (Online version in color.)
Fig.6は,第一のその場観察結果である。注目すべきは,上降伏応力よりも有意に低い巨視的応力(~170 MPa低い)で変形帯が形成したことである(Fig.6(c))。しかし,Fig.6(d)に見られるように,弾性領域(巨視的応力690 MPaまで)では変形帯の著しい成長は見られないことから,残留応力,軟質微視組織の存在(局所的に低い臨界分解せん断応力),および試験片側部の微小な切欠き(表面粗さ)の存在によって変形帯の核が形成したと考える。
(a) Engineering stress-displacement curve. BSE images recorded at (b) 0, (c) 523, and (d) 690 MPa.
リューダース帯内の変形は均一ではなく,リューダースフロントは複数の局所的な変形帯からなることが既に報告されている19)。従って,Fig.6(c)に示すような変形帯の形成は,リューダース帯の発生と考えることができる。従来知見として,降伏の開始に必要な巨視的応力は,真の上降伏応力(リューダース帯の発生に要求される局所応力)よりもはるかに低いことが報告されている20,21)。この現象は,残留応力や切欠きの存在に起因する20)。このことは今回の観察結果とよく一致しており,変形帯は巨視的な上降伏応力よりも低い応力で引張試験片の平行部の端から形成し,この後に降伏が起こり,その後リューダース帯が伝播すると考えられる。
3・3 変形帯の発生と成長に基づくリューダースフロントの伝播機構Fig.7に第二のその場観察実験で得られた応力-変位曲線を示す。降伏後にリューダース変形が起こった。このその場観察実験では,巨視的降伏後のリューダース帯の成長が観察された。Fig.8(a)では,画像上部領域にリューダースフロントがみられる。先行研究18,19)で報告されているように,リューダースフロントは複数の微細な変形帯で構成されていた。リューダースフロントの伝播により進展するリューダース帯の成長過程では,以下のような挙動が観察された。
Engineering stress-displacement curve obtained by the in-situ experiment shown in Fig. 8.
BSE images recorded in the Lüders deformation stage at the crosshead displacements of (a) 1229, (b) 1244, (c) 1264, (d) 1282, (e) 1323, and (f) 1333 µm. A video datum is available as the supplementary information (The second part of Movie S1).
1)リューダースフロントの前方にある微細な変形帯が試験片の両側縁から試験片の中央部に向かって幅方向に成長した(Fig.8(b, c))。これはDIC-ひずみ速度コンター図(Fig.4(b))に見られる第二の高ひずみ速度領域の出現に対応する。
2)微細な変形帯が成長中に分岐した(Fig.8(b))。
3)既存の変形帯が十分に成長する前に,複数の微細な変形帯が不均一に発生した(Fig.8(c))。
4)巨視的変形の進行に伴い,変形帯が太くなった(Fig.8(d))。
5)試験片の異なる側縁から発生した2つの変形帯が合体した(Fig.8(e, f))。
これらのことから,微細な変形帯の発生挙動は試験片の側縁の組織不均一性(軟質な粒および粒集団の存在)と表面形状(粗さ)に依存していることがわかり,前節の議論と対応する。先行研究18)によれば,リューダース変形時にはオーステナイト粒が軟質粒として作用する。ここで,硬化に寄与する固溶炭素がオーステナイトに濃化していることに着目したい。これはオーステナイトで優先的に塑性変形が起こることと相反するが,本実験条件においては,以下の理由によりオーステナイトは軟質粒として機能することができる。(i)本鋼のオーステナイトは,変形誘起マルテンサイト変態を起こしやすい。そのため,BCC相と面心立方(FCC)相の自由エネルギー差がマルテンサイト変態による塑性変形を助長する。(ii)Fig.5(b)に見られるように,リューダース変形中の最大局所ひずみ速度は10-2 s-1で,公称ひずみ速度の50倍である。一般に,BCCの転位易動度はらせん転位周辺の原子構造に起因して,FCCよりもひずみ速度に敏感である。そのため,リューダース変形時の高いひずみ速度では,FCCはBCCよりも低い降伏強度を示す可能性がある。変形帯発生後,リューダースフロントの伝播は,微細な変形帯の広がり(分岐と帯幅の増加)と合体を経て進行する。このリューダースフロントの伝播を理解するため,微細な変形帯の成長と高密度化の挙動を高倍率で解析した。
Fig.9は,3回目のその場実験の応力-変位曲線である。前述したリューダース帯の伝播と同様の挙動が,Fig.10でも見られている。リューダース帯が大きく伝播した後,Fig.11に示すように,リューダースフロントの高倍率画像を撮影した。
Engineering stress-displacement curve obtained by the in-situ experiment shown in Fig. 10.
BSE images recorded (a) before loading and in the Lüders deformation stage at the crosshead displacements of (b) 633, (c) 660, (d) 709, (e) 724, and (f) 741 µm. The white and black arrows indicate the identical locations.
Magnified images (a) of the region marked in Fig. 10(c), and for further deformation-induced microstructure evolution at the crosshead displacements of (b) 671, (c) 673, and (d) 680 µm.
高倍率画像から,厚い変形帯の前方に多数の微細な変形帯が形成されていることがわかる(Fig.11(a))。微細な変形帯の数密度はリューダースフロントの伝播に伴って増加し(Fig.11(b)),その後にFig.11(c, d)では,リューダースフロントの前方に突然厚い変形帯が形成される様子が観察された(微細な変形帯が高密度化した領域の前方)。
Fig.12は,変形帯が高密度化したリューダースフロント領域のさらに高倍率の画像である。興味深いことに,今回の観察では変形帯の間隔が約10 µm以下になると,変形帯のさらなる高密度化は起こらなかった(Fig.12(a-c))。その代わり,変形帯の間の領域は均一なコントラスト変化を示し(Fig.12(b, c)),最終的にBSE画像では領域全体が明るくなった(Fig.12(d))。
Further deformation-induced microstructure changes in the region highlighted in Fig. 11 (d) obtained at the crosshead displacements of (a) 685, (b) 691, (c) 696, and (d) 709 µm.
ここで,Rooyenモデル22)を用いて,変形帯の発生と成長によるリューダースフロントの伝搬挙動を説明する。Rooyenモデル22)に基づくリューダースフロント全体のひずみとそれに対応する応力分布をFig.13(a)に示す。DIC解析の結果でも見られたように,リューダースフロントには弾性領域から変形帯領域にかけてのひずみ勾配が存在する(Fig.13(a))。Rooyenモデルで示される応力/ひずみ分布は,ミクロなスケールではなく,メゾスコピックなスケールに対応するものであることに注意されたい。3・2節で説明したように,リューダース帯20,21)が発生するために必要な局所応力に相当する真の上降伏応力は,巨視的に測定された降伏に必要な応力よりもかなり大きい。したがって,弾性領域とリューダースフロントの境界では,局所応力は真の上降伏応力と等しい。これはFig.13(a)の模式図で示される点Lに分布する応力に対応する。Fig.13(a)の応力分布のLE領域に見られるように,局所応力は弾性領域全体で徐々に減少し,巨視的な下降伏応力(リューダース変形時の流動応力)に等しくなる。局所的な塑性変形が始まると,LOT領域(Fig.13(a))ではひずみ軟化により局所応力が低下する。このことは,以下に述べるような微視的な変形挙動とも一致する。
(a) Illustration of the strain and corresponding stress distribution across the Lüders front based on Rooyen’s model22). (b) Schematic showing the propagation of the Lüders front from position 1 to 2 in a tensile specimen, and (c) corresponding stress strain distributions across the propagated Lüders front. The blue and green circles in (b) indicate the positions of the Lüders front. (Online version in color.)
・まず,転位の核生成,転位のアンロッキング,転位の急速増殖に必要な変形量は,リューダースひずみよりもはるかに小さい21,22)。そのため,弾性領域に隣接するリューダースフロント内のひずみが直ぐにリューダースひずみに達することはない。むしろFig.13(a)に示すように,弾性領域とリューダース帯領域との間の遷移領域として,リューダースフロント中に有限のひずみ勾配が存在する。
・第二に,粒界/相境界における転位核生成に必要な応力は,微細粒中マンガン鋼の場合,転位すべりに必要な応力よりも大きい23,24)。従って,弾性領域とリューダースフロントの境界である点Lの局所応力(転位核生成などに必要な応力)は,LOT領域の応力(転位すべりに必要な応力)より大きい。
リューダースフロントでさらにひずみが増加すると,加工硬化によりTP領域の局所応力が増加し,最終的に巨視的な降伏応力に達する(Fig.13(a))。さらに平衡条件を考慮すると,ELO領域の応力積分はOTP領域と等しくなることと考える。
上述のRooyenモデルと実験結果から,以下の機構が考えられる。
・3・2節では,上降伏応力より低い巨視的応力で変形帯が形成されることが示された(Fig.6)。先に示したその場実験(Fig.8(b-c))では,リューダースフロントの前方で,両側縁から不均一な変形帯の発生が観察された。Rooyenモデル(Fig.13(a))に基づくと,弾性領域LEの局所応力は巨視的な下降応力よりも大きいため,リューダースフロントの前方に応力集中が生じると,確率的に変形帯が発生する。
・リューダースフロントと弾性領域の境界であるLで局所応力が最大になるとすると,変形帯形成の確率はLで最大になる。従って,変形帯を引き起こす要因としては,Lからの距離,試験片の表面粗さ,局所的な硬度(特にオーステナイト)などが想定される。さらに,形成した変形帯の幅も,成長の駆動力が最大となるLで大きくなる(Fig.8(d))。
・このような塑性変形(変形帯の形成)により,この領域は弾性状態を保てなくなり,その結果,リューダースフロントが伝播する。リューダースフロントの伝播に伴い,Fig.8(e, f)に示すように,試験片の側縁から発生した変形帯が中央部に到達し,場合によっては互いに合体する。
・リューダースフロントの伝播は,Fig.13(b, c)に示すように,局所的な応力の変化を引き起こす。まず,リューダースフロントの伝播に伴い,Fig.13(a)に示すような領域LOTに対応する局所応力の低下が生じる。そのため,特に局所応力が巨視的な下降伏応力よりも低いOT領域では,Fig.12(a,b)で示されたように,新たな変形帯の発生や,既存変形帯の幅の増加は起こらない。
・リューダースフロントがさらに伝播すると,ひずみが増加して加工硬化が起こるため,Fig.13(a)に示すように,TPに相当する領域で局所応力が増大する。Fig.12(b-d)で示された変形帯の間における変形の進行は,この局所応力の増加に起因すると考える。
3・4 変形帯の形成およびその発達過程におけるひずみ分配の影響前報および3・3節で議論したように,本鋼における変形帯の優先成長パスはオーステナイトであり,フェライトは主たる変形パスではない18)。換言すれば,高密度化した変形帯の集団はある近接したオーステナイト粒の並びに対応する。リューダース帯が完全に伝播した後でも,フェライトの塑性変形はオーステナイトに比べて小さいことが中性子回折実験で確認されている18)。従って,試験片の側縁から変形帯が成長する際にオーステナイトに最大の局所ひずみが与えられ,その後,フェライトに比較的小さい塑性ひずみが与えられることで,巨視的なリューダース帯の伝播に必要な微視組織スケールのひずみ適合性を満足したと考える。ひずみ分配に関するもう一つの考察として,変形帯の間で見られた加工硬化による均一な変形(Fig.12(c, d))も,オーステナイトに加えて部分的にフェライトが変形パスになることで全体の変形を調和させた結果であると考えられる。
変形帯の成長に及ぼすひずみ分配の影響をさらに理解するため,試験片の側縁からの変形帯の成長について調査した。この実験で観察された興味深い挙動は,変形帯が不連続に成長したことである。Fig.14(a, b)に見られるように,巨視的変位を10 µm以上まで大きくしても,変形帯の成長は止まっていた。その後,さらに3 µm変位を増加させると,変形帯が急激に伝播した(Fig.14(c))。変形帯が伝播した領域を高倍率で観察した結果をFig.15(a, b)に示す。Fig.15(c)は,Fig.15(b)に対応する領域の相マップである。黒い部分は,多数の格子欠陥と有意な内部応力の存在により,インデックスされたなかった変形誘起マルテンサイトである。EBSD解析によると,変形帯の成長を阻害した領域はFig.15(c)の破線で示すように,BCC結晶粒の集団であることがわかる。組織形態を考慮すると,BCC結晶粒群の大部分はマルテンサイトではなくフェライトであると判断できる。注目すべきは,変形帯の成長が3次元的な現象であることである。今回の2次元観察では決定的な証拠を得ることはできないが,これらの観察から次のことが考えられる。三次元で考えると一つの結晶粒は平均して14個の結晶粒に囲まれている25)。初期オーステナイト分率が21%であるので,1つのオーステナイト粒は平均して3つの他のオーステナイト粒に取り囲まれていると考える。実際,オーステナイト粒が隣接して存在すると,変形したオーステナイト粒の連なりが変形帯として観察される。しかし,局所的に低いオーステナイト相分率を想定すると,オーステナイト粒の優先変形とともに発達している変形帯の先端前方にフェライトの集団が存在しうる。このようなフェライトの集団が局所的に広い領域を占めている場合は,変形に有利なオーステナイト粒が隣接していないことと相まって,変形帯の伝播が一時的に停止する。
Discontinuous deformation band growth during further deformation in the region highlighted in Fig. 10(f) observed at the crosshead displacements of (a) 744, (b) 748, and (c) 751 µm.
BSE images (a) before and (b) after the deformation band propagation, corresponding to the regions highlighted in Fig. 14(a) and 14(c), respectively. (c) EBSD-phase map corresponding to (b). The white solid lines highlight the identical group of grains in the respective images. (Online version in color).
局所応力が巨視的な降伏応力よりも高い場合,変形帯はリューダースフロントの近傍(弾性領域)で発生しうることを先に述べた。リューダースフロントが伝播する間,試験片の表面凹凸等における応力集中や局所的に軟質な微視組織の存在により,弾性領域とリューダースフロントの界面の前方で変形帯の発生とその成長が助長される。変形帯はフェライトによって一時的に停止しうるので,変形帯の成長は不連続となる。以上の考察から,もう一つのひずみ分配現象として,フェライトの集団領域を乗り越えるために変形帯の分岐が起こると考えられる。
最後に,リューダース変形挙動はフェライトとオーステナイトの相対的な強度に依存することに留意する。具体的には,結晶粒径,化学組成,BCC相とFCC相の自由エネルギー差,初期転位密度などが,フェライトとオーステナイトの塑性変形開始の臨界応力に影響し,リューダース変形挙動を大きく変化させる。しかし,中Mn鋼においては,塑性変形開始がオーステナイトで起こる限り,リューダース変形の基礎的な機構は本研究で観察,考察したものと同様であると考える。
本研究では,リューダース帯伝播時の階層的な変形不均一性を理解するために,変形中その場観察を行った。観察結果に基づき,以下の結論が導かれた。
(1)リューダース帯形成の前駆現象である変形帯の形成は,上降伏応力より有意に低い巨視的応力で起こった。変形帯は引張試験片の側端部で発生し,中央部に向かって幅方向に成長した。これは,微視組織の不均一性,残留応力,および微視的な切欠き(表面粗さ)の存在が複合的に寄与した結果と考える。しかし,降伏が起こるまでは変形帯の顕著な成長は見られなかった。
(2)Rooyenモデルに基づいて,リューダースフロント伝播の機構における変形帯の役割を説明した。その機構をFig.16にまとめる。
Schematic summarizing the mechanism of propagation of Lüders front based on the initiation and growth of deformation bands. (a) The stress concentration and the deformation bands at Lüders front (position 1). (b) The change in local stress concentration and corresponding changes in the deformation bands upon propagation of Lüders front from position 1 to 2. (Online version in color).
i.弾塑性境界近傍の弾性領域は,巨視的な下降伏応力よりも大きな局所応力を持ち,その結果として変形帯が発生する。
ii.リューダースフロントと弾性領域の境界で局所応力が最大となる。したがって,変形帯が形成される確率も最大になる。さらに,この高い局所応力に由来して,形成した変形帯の幅も大きくなる。
iii.Fig.16は,リューダースフロントの伝搬を示す模式図である。変形帯は試験片の端から発生後,中央部に到達し,場合によっては合体する。さらに,リューダースフロントの伝播により局所的な応力が変化する。
iv.リューダースフロント内では,塑性変形の開始により加工軟化が起こり,局所的な流動応力が低下する(巨視的な下降伏応力より低い)。従って,この領域では新たな変形帯の形成や既存の変形帯の幅の変化は観察されない。
v.リューダースフロント内のひずみがさらに増加すると,加工硬化が起こることで局所応力が増加する。このため,リューダース帯がさらに伝播すると,変形帯の間の領域が変形する。
(3)オーステナイトにひずみが多く分配され,この分配されたひずみが変形の主な部分を担う。変形帯は,近接するオーステナイト粒が連鎖的に変形することで形成される。このとき,成長する変形帯の前方にフェライト粒の集団が広い範囲で存在する場合は障害となり,変形帯の成長が不連続となる。換言すると,不連続なリューダース帯の伝播は,オーステナイトへのひずみ分配とオーステナイト粒の加工軟化の複合効果に起因する。
The movie corresponding to Fig.5 and 8.
This material is available on the Website at https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.TETSU-2023-052.
本研究は日本学術振興会科研費基盤B(JP20H02457)および若手研究(JP21K14418)の助成を受けて遂行したものである。また,本研究における熱処理および一部討論にご協力いただきました日本製鉄の吉武睦海氏に深謝いたします。