2024 Volume 110 Issue 3 Pages 143-149
The strain distribution and microstructure at the crack nucleation sites in martensitic steel with fine- and coarse-prior austenite grains subjected to tensile deformation were characterized using the digital image correlation method on replica films. Although the tensile properties of the fine- and coarse-prior austenite grain specimens were approximately identical, the total strain was certainly improved in the coarse-prior austenite grain specimen. The crack size increased with the coarsening prior austenite grains, whereas the number of cracks decreased. An inhomogeneous strain was introduced in both the specimens by tensile deformation. The accumulated strain when crack nucleates was approximately the same in both specimens, independent of the prior austenite grain size. In low-strain regions, there were no cracks even though the accumulated strain was comparable to that when crack nucleates in high-strain regions. The strain at the crack nucleation sites was high even before crack nucleation occurred. Cracks primarily nucleated on packet and prior austenite grain boundaries, even in the coarse-prior austenite grain specimen, which confirmed that the prior austenite grain boundary should be a preferential crack nucleation site. It can be concluded that the high local strain and the presence of packet or prior austenite grain boundaries are responsible for crack nucleation in martensitic steel subjected to tensile deformation.
マルテンサイト鋼は,旧オーステナイト粒(PAG),パケット,ブロック,ラスから成る階層組織を有している1)。Ishimotoらは2),マルテンサイト鋼/SUS304積層材を用いて,マルテンサイト組織と変形挙動の関係を調査し,引張変形中にブロックを単位とした不均一な変形が生じることを明らかにした。低温下での脆性破壊や水素脆化,疲労破壊などのマルテンサイト鋼の破壊挙動については広く研究されている3,4,5,6,7,8)。しかしながら,引張変形中のマルテンサイト鋼の破壊挙動については,詳細な研究はなされておらず,マルテンサイト組織中の不均一なひずみ分布と破壊挙動の関係については定かでない。
近年,レプリカ法とデジタル画像相関法の組み合わせ(レプリカ-DIC)が,変形・破壊挙動の解析手法として提案されている9)。本手法では,変形中に断続的に試料表面からレプリカフィルムを取得する。そのため,最終破壊領域の初期組織を観察可能であり,DIC解析が可能となる。実際に,本手法を用いて疲労クラック部のひずみ分布の可視化に成功している10,11)。Kogaらは12),マルテンサイト鋼の引張変形において最終破壊(ネッキング)領域に形成するひずみ分布をレプリカ-DIC法を用いて可視化している。その結果から不均一なひずみ分布が引張変形により形成し,高ひずみ域がPAG境界に対応する傾向にあることを明らかにした。さらに,高ひずみ域からクラックが形成することも示し,不均一ひずみ分布がクラック形成に関与していることを示した。しかしながら,これらの関係についての定量的な解析は行われておらず,クラック発生とマルテンサイト組織の関係については調査がなされていない。
本研究では,レプリカ-DIC法を用いて引張変形を付与したマルテンサイト鋼のクラック形成領域のひずみ分布と組織の特徴を明らかにした。
低炭素鋼(Fe-0.2%C-1.0%Mn, in mass%)を本実験では用いた。本試料を1133 Kまたは1273 Kで0.6 ks溶体化後に氷食塩水中に焼入れた。焼入れ後の試料は,全面マルテンサイト組織を有していた。773 Kで4.3 ks保持することで不純物をPAG境界に偏析させた試料について飽和ピクリン酸と界面活性剤からなるAGSエッチング液によりPAG境界を現出した。OpenCVソフトウェアを用いて各PAGの面積を測定した。PAGサイズは,得られた面積から結晶粒を立方体形状と仮定して算出した。溶体化温度が1133 Kと1273 Kの試料は,それぞれPAGサイズが8±3と19±7 µmであった。以降では,これらの試料を微細PAG材,粗大PAG材と呼称する。
組織は,電解放出走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。結晶方位を電子線後方散乱回折(EBSD)法により解析した。EBSDソフトウェア(Aztec Crystal, OXFORD INSTRUMENTS)を用いてPAGを再構築した。観察用の試料は,SiC紙で研磨後にコロイダルシリカで仕上げ研磨を行った試料を用いた。
引張試験は,平行部長さ5 mm,幅1.5 mm,厚さ0.4 mmの板形状の試験片を用いて実施した。初期ひずみ速度は1.0×10-3 s-1である。
アクセルセルロースレプリカフィルム(Bioden R.F.A.)を3%ナイタールで腐食した試料表面から取得した。詳細なレプリカフィルムの取得方法については,前報にて示している11)。リラクセーションによってクロスヘッド停止後には応力が連続的に低下した。そこで,レプリカフィルムは,応力低下がみられなくなるクロスヘッド停止から1.8 ks後に取得した。金-パラジウムをレプリカフィルム上に蒸着し,レプリカフィルムへのダメージを抑えるために2 kVの加速電圧でSEMにより観察した。
DIC解析は,VIC-2Dソフトウェアを用いてサブセット61 pixels,ステップ3 pixelsの条件で,変形前後のSEM像を用いて実施した。DIC解析では,ひとつ前のひずみ条件のSEM像を参照画像とした。例えば,ひずみ0.05のSEM像は,ひずみ0.03のSEM像を参照画像として解析を行った。平面ひずみ状態を仮定して,DIC解析から得られた主ひずみ(ε1)と副主ひずみ(ε2)を用いてミーゼス相当ひずみ(εMises)を式(1)から算出した。
| (1) |
Fig.1は,単一引張と中断試験から得られた(a)微細PAG材と(b)粗大PAG材の公称応力-公称ひずみ曲線(SS)をそれぞれ示す。中断試験から複数のひずみ(赤丸)におけるレプリカフィルムの取得ができた。均一ひずみ,降伏応力,引張強度は微細PAG材と粗大PAG材でほぼ同程度であるが,粗大PAG材のほうが全ひずみは大きい。中断試験において,各中断時に応力低下が現れ(赤丸),その後試験を開始すると降伏応力が明確に増加した。レプリカフィルムを取得するために炭素が十分拡散可能な1.8 ks以上の中断時間があったため,これは,ひずみ時効によると考えられる。ひずみ時効が起こっているが,SS曲線は,単一引張と中断引張の間でほぼ同じである。さらに,後述するひずみ分布(Fig.3)は,前報のひずみ時効が生じていない場合のひずみ分布と同様であった12)。よって,ひずみ時効の変形・破壊挙動に与える影響は小さいといえる。中断試験は,破断直前で停止することができた(Fig.1)。クラック観察およびひずみ分布解析を,中断試験片とレプリカフィルムで実施した。

Nominal stress – nominal strain curves in the monotonic and interrupted tensile tests in (a) fine- and (b) coarse-prior austenite grain (PAG) specimens. (Online version in color.)
Fig.2は,(a),(c)微細PAG材と(b),(d)粗大PAG材の(a),(b)全体および(b),(d)代表的なクラックのSEM像をそれぞれ示している。いずれの試料も明確なネッキング変形を示し,Fig.2(a),(c)に示すようにその幅は両試料でほぼ同程度であった。よって,ネッキング領域の真ひずみは両試料でほぼ同程度であるといえる。Fig.2(c),(d)に示すようにネッキング内でクラックが観察された。Fig.2(e)は,Fig.2(a),(b)中に白破線で示すネッキング領域内で観察されたクラックのサイズのヒストグラムを示す。クラック数は,粗大PAG材が微細PAG材よりもわずかに少なかった。その結果,クラックの数密度は,粗大PAG材(18.6 mm-2)が微細PAG材(23.2 mm-2)よりも小さくなった。クラックサイズは,両試料で有意に異なっており,粗大PAG材の平均クラックサイズは,微細PAG材と比較して3倍程度大きかった。また,クラックサイズは,いずれの試料においてもPAGサイズよりも微細であった。ネッキング領域内の真ひずみが同程度であることを考慮すると,PAGサイズはクラックのサイズと数密度に影響を与えると結論付けられる。レプリカフィルム観察からクラックは,ネッキング変形中にブロック,パケット,PAG境界で停留する傾向にあり,それらのサイズは最終的に試料表面で観察されたクラックサイズと対応していた(Fig.2(e))。上記が,PAGサイズがクラックサイズに影響を与えた理由と考えられる。

SEM images of (a), (b) the whole necking and (c), (d) representative cracks within the necking region in the (a), (c) fine-and (b), (d) coarse-prior austenite grain (PAG) specimens, and histograms of the crack sizes observed within the white dotted line in (a) and (b).
Fig.3は,(a),(c)微細PAG材と(b),(d)粗大PAG材の(a),(b)低倍率および(c),(d)高倍率の破断直前のSEM像より解析したεMisesひずみ分布を示している。無色の領域は,DIC解析のエラー点である。いくつかのエラー領域は存在するが,大部分は解析ができていた。いずれの試料においてもひずみは不均一に分布しており,前報の結果と一致する12)。高倍率SEM像のεMisesひずみ分布(Fig.3(c),(d))から高ひずみ域と低ひずみ域はそれぞれ平均ひずみの2倍以上,半分以下のひずみを有していることがわかる。ここで,Figs.3(c),(d)中に矢印で示す高ひずみ域と低ひずみ域の累積εMisesを各公称ひずみ(Fig.1)におけるεMisesひずみ分布から算出した。ネッキング領域内の平均εMisesは,低倍率SEM像のεMisesひずみ分布(Figs.(a),(b))から算出した。Figs.3(e),(f)は,微細PAG材と粗大PAG材のネッキング内の平均累積εMisesと高ひずみ域および低ひずみ域の累積εMisesの関係をそれぞれ示している。ネッキング内の平均累積εMises の増加に対して,いずれの領域においても累積εMisesは,線形的に増加している。しかし,その増加率は,ひずみ領域によって異なり,高ひずみ域の傾きは低ひずみ域の傾きに比べて5倍以上大きかった。その結果,いずれの試料においても高ひずみ域では,破断直前で1以上のεMisesを示した。εMisesは,平面ひずみ状態を仮定して算出した。しかし,ネッキング内では,厚さは有意に減少していた。よって,DIC解析により測定されたεMisesは,試験片内部と比較して過小評価していると考えられる。クラックが生成した際の高ひずみ域の累積εMisesは,Figs.3(e),(f)に矢印で示すようにいずれの試料においても0.2程度であった。低ひずみ域の累積εMisesは,破断直前では約0.2に達しているが,これらの領域ではクラックは観察されなかった。これは,クラックの生成はひずみ蓄積だけでなく他の因子に影響を受けることを示唆する。

εMises strain distribution analyzed from the (a), (b) low-magnification and (c), (d) high-magnification SEM images in the identical regions in the specimens just before fracture, and (e), (f) the cumulative average εMises within the high- or low-strain region as indicated by arrows in (c) as a function of average εMises within the necking region measured from (a) and (b) in (a), (c), (e) fine- and (b), (d), (f) coarse-prior austenite grain (PAG) specimens. (Online version in color.)
Fig.4は,各公称ひずみにおけるεMisesひずみ分布から求めたクラック形成領域の局所εMisesと平均εMisesの比(Rloc/avg)のヒストグラムを示している。局所εMisesと平均εMisesは,それぞれFig.3と同じ方法で算出した。局所εMisesは,クラック形成前のひずみであり,クラック周辺のひずみ集中によるひずみ増加が除外されている。80%以上のクラックは,局所ひずみが平均ひずみを超える(Rloc/avg>1)高ひずみ域から形成していた。よって,高ひずみがクラック形成の一因であると結論付けられる。

Histogram of ratio (Rloc/avg) of local εMises to the average εMises at the uniform strain in the crack nucleation regions in fine- and coarse-prior austenite grain (PAG) specimens.
クラック形成領域の組織的な特徴をMoritoらの提案する手法に従い13),クラックに隣接するブロック間のバリアント解析から調査した。Fig.5は,代表的なバリアント解析の結果を示しており,(a),(b)は,バリアント解析行った領域の結晶方位マップを示している。Fig.5(c)において,一つのブロックをバリアント1に一致するように回転した際の他方のブロックの(001)極点図を24通り13)のバリアントの(001)極点図上に示している。Fig.5(a)に矢印で示す隣接する二つのブロックは,バリアント8の関係を満たしており(Fig.5(c)),ネッキング領域のεMisesは,0.6以上と非常に大きいにも関わらず依然としてバリアント関係が維持されていた。よって,Fig.5(a)中のクラックは,パケット境界に形成している。Fig.5(b)のブロックは,バリアント関係を満たしておらず,PAG境界にクラックが形成していることを意味する。Fig.6は,上記の方法により測定したブロック内,ブロック境界,パケット境界およびPAG境界に存在するクラックの頻度を示している。ブロック内およびブロック境界に存在するクラックの頻度は,0.3と少なく,微細PAG材でのみ観察された。これらのクラックについては試験片内部から進展してきた可能性もあり,今後三次元観察などを用いてより詳細に調査する必要がある。いずれにしても,本結果は,クラックがブロック内やブロック境界では形成し難いことを示唆する。疲労クラックはブロック境界から形成することが知られているため8),本傾向は引張試験に特有である。微細PAG材と粗大PAG材で主たるクラック形成サイトは,それぞれPAG境界,パケット境界であった。粗大PAG材と微細PAG材でPAG境界の面積の比は0.08である。しかし,粗大PAG材と微細PAG材でPAG境界に形成したクラックの頻度の比は,0.7であった。つまり,粗大PAG材では,PAG境界の面積の減少量から予想される以上の多くのクラックがPAG境界で観察された。これは,PAG境界でクラックが形成し易いことを示唆しており,微細PAG材でクラックの数密度が高い(Fig.2(e))理由となる。

(a), (b) orientation maps in the regions conducting the variant analysis, and (c) (001) pole figure in a block rotated so that another block is identical with variant 1 is plotted on the (001) pole figure of 24 variant 13). (Online version in color.)

Frequency of cracks inside the block, on block, packet, and prior austenite grain (PAG) boundaries.
上述の結果から引張変形時のクラック形成に影響を与える因子として,高ひずみ(Rloc/avg>1)とPAG境界またはパケット境界の存在が挙げられる。高ひずみは,結果として高い応力集中に繋がり,クラックの形成を促進すると理解することができる。しかし,PAGやパケット境界のクラック形成に対する役割については不明である。近年,ベイン対応に依存する異方的な残留応力がマルテンサイト組織中に認められている14)。それらは,PAGの[001]と[010]または[100]にそれぞれ引張と圧縮の残留応力を有している。さらに,これらの残留応力が脆性破壊時のクラック進展に影響を与えていることも示されている15)。よって,残留応力が引張変形におけるクラック発生を誘発している可能性がある。残念ながら,破断材から測定されたEBSDデータ(Fig.5(a),(b))からはPAGを再構築することができなかった。そこで,切欠き試験片を用いてクラック形成領域の変形前のEBSDデータを取得した。Fig.7 は,(a)変形前のマルテンサイトの結晶方位マップおよび(b)破断後の同領域のSEM 像を示す。白矢印で示すようにクラックが形成しており,その形成サイトはブロック間の境界である。バリアント解析の結果,この境界はパケット境界であった。以降では,Fig.7(a)に示すように各ブロックをP1,P2と呼称する。クラック形成領域のPAGを再構築することが出来た。P1,P2のマルテンサイトと再構築されたオーステナイトの<001>極点図をFig.7(c)に示す。Fig.7(c)中に黒破線で示すようにマルテンサイトとオーステナイトの共通の[001]が観察できる。Fig.7(d)は,P1,P2の結晶構造と残留応力方向の模式図を示す。赤矢印と青矢印は,それぞれ引張と圧縮の残留応力を意味する。P1の[010]AusteniteとP2の[100]Austeniteは,平行であり,いずれも圧縮の残留応力を有している。このような残留応力状態は,その境界でのクラック形成を誘発するはずである。24通りのバリアント関係では,隣接するブロック間の残留応力の組み合わせは少なく,ベイングループに対応する3通りしかない。しかしながら,PAG境界では,隣接ブロックはバリアント関係を満たしておらず,クラックを形成するのに最適な残留応力の組み合わせが存在することができる。これが,PAG境界でクラックが形成し易かった理由(Fig.6)と考えることが出来る。しかし,残留応力とクラック形成の関係の定量的解析は,切欠き試験片で観察されたクラックが少なかったために実施できなかった。今後,さらなる調査が必要である。

(a) orientation map of martensite before deformation and (b) SEM image in the identical region with (a) after fracture. (c) The <001> pole figure in martensite and reconstructed austenite in the P1 and P2 blocks in (a). The schematic illustrations in crystallographic structure and residual stresses in P1 and P2 blocks. (Online version in color.)
レプリカ-デジタル画像相関法を用いて,引張変形した微細旧オーステナイト粒と粗大旧オーステナイト粒を有するマルテンサイト鋼のクラック形成領域のひずみ分布状態と組織について明らかにした。得られた結果は以下の通りである。
(1)降伏応力と引張応力は,旧オーステナイト粒径によらずほぼ同程度であった。しかしながら,全ひずみは,粗大旧オーステナイト粒材で改善した。
(2)クラックサイズは,旧オーステナイト粒径の粗大化により増加し,クラックの数密度は低下した。
(3)いずれの試料においてもひずみは,不均一に分布した。高ひずみ域と低ひずみ域の累積εMisesひずみは,ネッキング領域内の累積平均εMisesひずみに対して線形的に増加した。クラック形成時の蓄積εMisesひずみは,旧オーステナイト粒径によらず同程度であった。低ひずみ領域では,高ひずみ域におけるクラック発生時と同程度の蓄積εMisesひずみを有していたにも関わらずクラックは形成しなかった。
(4) クラック形成前でも,クラック形成領域のひずみは高かった。さらに,ほとんどのクラックが平均ひずみを超える高ひずみ域で形成していることが確認された。
(5) クラックは,主としてパケット境界と旧オーステナイト粒境界に形成し,ブロック内およびブロック境界に形成したクラックは僅かであった。粗大旧オーステナイト材においても旧オーステナイト粒境界で比較的多くのクラックが形成していたことから,旧オーステナイト粒境界にクラックが形成し易いと考えられる。
よって,引張変形を付与されたマルテンサイト鋼のクラック形成を担う因子として,高ひずみとパケット境界および旧オーステナイト粒境界の存在が挙げられる。
本研究は,第31回鉄鋼研究振興助成,JFE21世紀財団,科研費若手No. 20K14605,一般社団法人日本鉄鋼協会 組織と特性部会「不均一変形と力学特性」研究会の支援を受け実施した。