Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Bridging between Heterogeneous Local Strain Distribution and Macroscopic Stress-strain Curves
Manabu Takahashi Kotaro UenoKenta SakaguchiKohtaro HayashiHiroyuki KawataShigeto Yamasaki
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2024 Volume 110 Issue 3 Pages 90-100

Details
Abstract

A modified continuum composite model was utilized to analyze the stress–strain behavior of as-quenched steels with a fully martensitic microstructure. The model was employed to express the stress–strain curves obtained by a simple tensile test and those obtained by forward and backward loading using a simple shear test machine. The study confirmed that the model can represent the stress–strain behavior under both forward and backward deformation. In addition, the evolution of local strain distributions during plastic deformation was investigated using a digital image correlation method. The strain distributions and their evolution during deformation were qualitatively represented using this model. The discrepancies between the model calculations and experiments are due to the limitations of the iso-work assumption and the impact of slip deformation on the macroscopic work-hardening behavior of martensitic steels. Highly strain-concentrated regions aligned along the longitudinal direction of the lath and block, known as in-lath-plane slips, may not play an important role in the work-hardening behavior of as-quenched martensitic steels. However, the other slips, namely the out-of-lath slip, may play a significant role in the work hardening of as-quenched martensitic steels.

1. 緒言

マルテンサイトは非常に強度が高く,摩耗,塑性変形,疲労破壊などを抑制する目的で広く機械構造用鋼に適用されていると同時に, dual-phase鋼等の,冷間プレス成形が用いられる自動車用高強度鋼板の主要なミクロ組織でもある。高い硬さがマルテンサイト鋼の最も魅力的な特徴であり,鋼のC濃度と共にその硬度は上昇する1)。また,焼入れままマルテンサイト鋼の応力-ひずみ曲線は低い弾性限と大きな加工硬化が特徴であり,C濃度と共に加工硬化能も大きくなるものの,延性は比較的小さいことが知られている。低い弾性限の発現に関してはいくつかのモデルが提唱されているが,一般化されたMasingの方法2,3)を基礎として,マルテンサイト組織を多くの要素から構成される複合材料と考えて,要素毎に順次降伏すると仮定している点は非常に類似している。この様なモデルはCCA(Continuum composite approach)4)と呼ばれ,代表的な取り組みの一つ4,5,6)では,要素毎に異なった降伏強度を仮定し,降伏強度の分布関数に従って,降伏強度が低い要素から順番に降伏させることで,マルテンサイト特有の応力-ひずみ曲線を再現している。 また他のモデル7,8)では,せん断型変態で生成するマルテンサイトラスの生成タイミングが場所毎に異なる事で生じるせん断内部応力がランダムに分布していると仮定し,その大きさと分布を調整することで要素毎の降伏のタイミングを変化させて応力-ひずみ曲線を再現している。どちらのモデルでも焼入れままマルテンサイト鋼のマクロな応力-ひずみ曲線を精度良く表現することが出来るが,実際に観察されるミクロ組織因子と加工硬化挙動の関係は明確にされていない。Fe-C系マルテンサイトのミクロ組織は階層構造を示し,その構成要素は小さい単位からマルテンサイトラス,ブロック,パケットと呼ばれ,各々の変態前オーステナイト粒内を分割する,非常に複雑な構造である。鋼中C濃度を上げるとこれらミクロ組織単位のサイズが小さくなり,強度は上昇する9)。前報10)では上述のモデルの一つである,Allainら4)により提唱されたCCAモデルの改良を提案した。等仕事量の仮定を導入する事によって要素間のひずみ分配を要素毎の強度に依存する形に変更し,更にAllainらが応力-ひずみ曲線に対して行った弾性-完全塑性の仮定を外して降伏した要素の加工硬化を導入した。この改良CCAモデルはマクロな応力-ひずみ曲線を再現できるだけでなく,マクロな応力-ひずみ曲線に影響を及ぼす転位の平均移動距離,即ちミクロ組織単位の大きさについても検討することを可能にした点が重要な意味を持つ。マクロな応力-ひずみ曲線に影響を与えるミクロ組織単位としては,変態前オーステナイト粒径12),ブロックサイズ13,14)およびラスサイズ5)等がその候補として報告されてはいるが,実験的な証拠が十分に示されているとは言えない。一方,上記改良CCAモデルで検討した結果10)では,塑性変形時の転位の平均移動距離に対応すると考えられるミクロなひずみ不均一性の平均的な周期がマルテンサイトラス幅と同じオーダーの大きさであり,鋼のC濃度の増加と共に減少すると予想されている10)。Sakaguchiら10)は実際にミクロなDIC(Digital image correlation)法を用いて単軸引張変形時のミクロなひずみ分布解析を行い,ひずみの集中が変態前オーステナイト粒界やパケット等の境界と共に,いくつかのラス境界でも観察されることから,定性的には上述の改良CCAモデルの解析結果をサポートすると考察している。しかしながら,局所的なひずみの不均一性を通じてミクロ組織とマクロな応力―ひずみ曲線の関係を議論するためには,ひずみ集中の場所のみではなくひずみ分布やその発展の評価も重要であると考えられる。

また,マルテンサイト鋼は大きなバウシンガー効果を示すことが知られている。バウシンガー効果は,成形品の各部位が複雑な変形経路を通る冷間プレス成形の場合だけではなく,プレス成形された部品が異なる変形経路で大きな変形を受ける衝突時の変形解析においても重要である。Allainら4)によって議論されている様に,上記CCAモデル,もしくは改良CCAモデルでは高い加工硬化が軟質な要素の降伏と硬質な要素の弾性変形によって表現されていることから,このバウシンガー効果は自動的に表現する事が可能である。

本報告では,単純な比例負荷変形である単軸引張および単純せん断変形を用いた正方向および反転負荷経路で得られる応力―ひずみ曲線が改良CCAモデルで再現できることを確認し,塑性変形で発現する局所的なひずみの分布とその変化を議論する。同時に改良CCAモデルの更なる改良の可能性についても述べる。

2. 実験方法

本研究ではTable 1に示す3種類のFe-0.1C(重量%)鋼を実験室溶解し,試験に供した。以下,成分濃度は全て重量%で示す。これらの供試鋼には0.1%のCと共に3.0%Mn(3Mn鋼),5.0%Mn(5Mn鋼)および10.5%Ni(10Ni鋼)がそれぞれ添加されている。これらの鋼を熱間圧延・冷間圧延し,オーステナイト単相域の各種温度に加熱した後に水焼き入れしてマルテンサイト組織のサンプルを準備した。3Mnおよび5Mn鋼は1323 Kで10分,10Ni鋼は1273 Kで20分の加熱とした。熱処理が完了した試験片からFig.1に示す引張試験片を加工し,単軸引張試験を行って各々のサンプルの応力-ひずみ曲線を求めた。また,これらマルテンサイト鋼を引張変形した際のミクロなひずみ不均一性を評価する為に,コロイダル仕上げした試験片表面に水溶性のAgナノ粒子を用いてランダムパターンを導入し,DIC解析を行った。マルテンサイトブロックサイズよりも小さな領域での不均一なひずみ分布を調査する為に,DIC解析のサブセットサイズを101ピクセル,ステップサイズを21ピクセルとした。このステップサイズは78 nmに対応し,ブロック内を観察するためにも十分小さなサイズであると考えている。マクロな平均ひずみが0.026になった時点で単軸引張試験を中断し,変形前後の走査型電顕(SEM)の2次電子像を元に,DICの解析ソフトVic-2Dを用いてひずみ分布の解析を行った。同時にEBSDデータを取得し,DIC解析結果と比較して議論した。

Table 1. Alloy chemistries of materials used.

CSiMnNiPS
Ni alloy0.100.010.0110.50.0060.001
3Mn alloy0.10<0.013.03<0.0020.001
5Mn alloy0.09<0.015.00<0.0020.002
Fig. 1.

Specimen for uniaxial tensile test.

バウシンガー効果を確認する目的で,単純せん断試験装置15)を用いた正方向および反転負荷方向2方向の単純せん断試験も行った。この方法は2方向のせん断変形時にマクロなひずみの不均一性が無く,試験片の座屈も回避する事ができるのが特徴である。Fig.215)に概念図を示すような幅23 mm,長さ38 mmの試験片を一方向にせん断変形し,その後逆方向にせん断変形して各々の変形時の応力-ひずみ関係を取得した。

Fig. 2.

Specimen for planar simple shear test.

3. 改良CCAモデル

Sakaguchiら10)はAllainら4)が最初に提案した降伏応力の累積分布関数の形を用いて改良CCAモデルを提案した。降伏応力の分布関数f{σ}とその累積関数F{σ}は以下の式で示される。

  
F{σ}=σf{x}dx(1)
  
F{σ}=1exp[(σσminσ0)n](2)

ここで,σminは全ての要素が弾性変形をする限界応力であり,これ以下ではf{σ}=0,F{σ}=0である。σ0nは定数であり,実験で得られた応力―ひずみ曲線へのフィッティングから求められる。改良CCAモデルで採用されている等仕事量の仮定の説明の前に,混乱を避けるために以下の様にひずみの種類を定義する。対象としているマルテンサイトを多数の要素の集まりと考え,そのi番目の要素がm番目の加工ステップで担うひずみの大きさをiεXmと定義し,このひずみが全ひずみの場合にはX=t,弾性ひずみの場合にはX=e,塑性ひずみの場合にはX=pと定義する。等仕事量の仮定では,iおよびj番目の要素がm番目の加工ステップで担うひずみ増分,即ち,∆iεtmと∆jεtmおよび,これら2つの要素のm-1番目の加工ステップ後の応力であるiσm-1jσm-1を用いて次式のように表現でき,全ての要素の組み合わせについてこの式が成立すると考える。

  
Δεitmσim1=Δεjtmσjm1(3)

m番目の加工ステップ後のマクロな応力σtmとマクロなひずみεtmは次式で与えられる。

  
σtm=(i)f{σiL}σim(4)
  
εtm=εtm1+Δεtm(5)

ここでiσLi番目の要素の降伏強度を示す。また,m番目の加工ステップでのマクロなひずみの増分∆εtmは,以下の様に表現できる。

  
Δεtm=(i)f{σiL}Δεitm=(i)f{σiL}Δεjtmσjm1σim1(6)

従って,j番目の要素がm番目の加工ステップで担うひずみの増分∆jεtmm番目の加工ステップでのマクロなひずみの増分∆εtmの関数として次式のようにあらわすことが可能となる。

  
Δεjtm=Δεtm(i)f{σiL}σjm1σim1(7)

各加工ステップでのマクロな全ひずみの増分∆εtmを与えれば,直前のm-1ステップ後のすべての要素の応力と降伏強度の分布関数および,m-1ステップでj番目の要素が担っているひずみjεtm-1を用いて,j番目の要素がm番目の加工ステップ後に担っているひずみjεtm を計算する事が出来る。

  
εjtm=εjtm1+Δεjtm(8)

Sakaguchiら10)は降伏後の要素iがステップmで獲得する応力上昇,即ち加工硬化量をフェライトの転位林硬化モデルを用いて,以下の様に表現した16,17,18)

  
ΔσimΔεipm=12βMKexp(βMεipshm)1exp(βMεipshm)(9)

ここで,K=αMμbβΛであり,式中のMはテイラー因子,bはバーガースベクトルの大きさ,µはフェライトのせん断弾性率,αは定数で0.5,Λは転位の平均移動距離,βは転位の合体消滅の頻度を表すパラメータである。Fig.3に加工硬化挙動の概念図を示した。降伏強度がiσLであるi番目の要素の加工硬化曲線は,Fig.3に示すように加工硬化曲線が弾性変形の直線とiσLで交わるまで左方向にずらしたものになるため,式(9)で計算する加工硬化量に用いる塑性ひずみの大きさiεmp-shは下式で求められる。

  
εipshm=εitm+εiLσiLY=εitm1βMln{1(σiLK)2}σiLY (10)
Fig. 3.

Illustrative diagram for a yield strength spectrum and strain hardening model for yielded elements.

ここで,Yはヤング率,iεLFig.3に示すように,降伏強度iσLに対応するひずみである。式(2)中のパラメータはモデル計算結果を実験で得られた応力―ひずみ曲線にフィッティングすることで求められた。この時,C以外の添加元素の影響を除外する為に,式(11)19)で求められる摩擦応力を差し引くことで,実験で得られる応力―ひずみ曲線を補正し,モデル計算結果と比較した。

  
σfriction=60+33Mn%+81Si%+48Cr%+48Mo%+0Ni%(11)

以上により,様々な焼入れままマルテンサイト鋼に対して,付加的なフィッティングを行うことなしに全ての要素の応力とひずみの大きさを計算することが出来,式(4)(5)(7)(8)(9)(10)を用いることでマクロな応力-ひずみ曲線を計算する事が可能となる。Sakaguchiら10)が示すように,本モデルを用いることによって単純引張の応力-ひずみ曲線を精度よく表現する事が出来ると同時に,要素毎に異なる降伏強度と降伏後の加工硬化を考慮することで,この改良CCAモデルでは要素間のひずみおよび応力の分配を計算する事も可能である。

ある量の塑性変形後は,全要素を2種類に分けることが出来る。一方は依然として弾性変形範囲内にある要素で,他方は既に降伏し,加工硬化している要素である。従って,それぞれの要素は異なる大きさの内部残留応力を持つと考えられる事から,Asaro20)やAllainら4)が示すように,反転負荷変形時の応力―ひずみ曲線も計算する事が可能である。

4. 実験結果

4・1 ミクロ組織と機械的性質

Fig.4に示すように,今回観察した試料では典型的なマルテンサイト組織が観察される。XRD測定によって,これらの試料中の残留オーステナイト量は無視できる程度であることを確認している。変態前の旧オーステナイト粒径は円相当径で10Ni鋼が35 µm,3Mn鋼が85 µm,5Mn鋼が70 µmであった。

Fig. 4.

IPF-maps of a) 10Ni alloy quenched at 1273 K, b) 3Mn and c) 5Mn alloys quenched at 1323 K.

単軸引張試験で得られたこれら3鋼種の真応力-真ひずみ曲線をFig.5に示す。固溶強化量はそれぞれ異なるはずであるが,3つの応力-ひずみ曲線の差異は小さい事がわかる。特に5Mn鋼は3Mn鋼に対してMnの固溶強化量が大きいはずであるが,3Mn鋼に対して鋼中炭素量が若干低い事も影響している為,応力―ひずみ曲線に大きな差が出ていないものと考えられる。

Fig. 5.

Experimentally obtained true stress–true strain curves.

10Ni鋼に対して行った単純せん断試験結果をFig.6に示す。図はせん断応力-せん断ひずみ関係(σS-εS関係)を示し,最初のせん断変形時の最大せん断ひずみεSを0.02,0.04,0.07,および0.10とした。

Fig. 6.

Experimentally observed shear-stress–shear-strain curves with the maximum shear strain of 0.02, 0.04, 0.07 and 0.10 in forward deformation.

4・2 局所的なひずみ分布測定

Sakaguchiら10)は,DICによって0.026の単純引張変形時に観察される不均一なひずみ分布を報告している(Fig.7(b))。図中にはVic-2Dを用いたDICのひずみ解析で得られた引張方向の全ひずみεXXの分布を示している。この結果から,Sakaguchiら10)は旧オーステナイト粒界,マルテンサイトブロック境界,およびいくつかのラス境界付近にひずみの集中が認められると報告している。また,このひずみ集中は必ずしも上記全ての境界に沿って発達しているわけでは無い事も報告している。ここで,DIC解析によって得られたひずみのデータを詳細に解析するためにFig.8にはFig.7(b)に示した3点に着目し,試験片の平均全ひずみの増加と共に各点のひずみがどの様に変化するかを示している。各点のひずみは平均ひずみの増加と共に直線的に増加しているが,その傾きは異なり,加工に伴ってひずみの不均一性が増大している様子が分かる。平均ひずみが0.026に達した段階で,A点のひずみはC点のひずみの約10倍にも達している。Sakaguchiら10)が報告している2視野のDIC解析結果を元に,平均ひずみが0.0079,0.0100,0.0137,0.0186および0.0255におけるひずみ分布を求めた結果を,Fig.9に示す。平均ひずみが増加するとともにひずみ分布幅が大きくなっており,変形に伴うひずみ不均一性の増大を明確に示している。今回の解析は限られた視野におけるひずみ分布解析結果であり,定量的な議論をするためにはより多くの視野を解析する必要が有るが,これらのデータから少なくとも定性的な傾向は把握できるものと考える。

Fig. 7.

(a) EBSD boundary maps before straining and (b) strain distribution obtained by the DIC analysis at 0.026 of macroscopic engineering strain10).

Fig. 8.

Strains at the points A, B, and C from Fig.7(b) as a function of average strain.

Fig. 9.

Strain distributions at average strains of 0.0079, 0.0100, 0.0137, 0.0186, and 0.0255.

5. 考察

5・1 対象サンプルに対する改良CCAモデルの適用可能性の確認

Pickering21)の結果を元に作成された式(11)の表現ではNi添加は摩擦応力に影響しないとされている。しかしながらTakeuchi22)はNi添加が降伏強度に影響を及ぼすことを報告しており,摩擦応力へのNi添加の影響を再検討する事は重要であると判断する。摩擦応力σfrictionは下式のHall-Petchの関係で表現され,結晶粒径dを変化させた試験片の降伏強度σLd-1/2に対してプロットし,外挿したy切片の値として得られる。

  
σL=σfriction+kd12,(12)

Ni添加鋼に対するこの様な解析結果はAkamaら23)およびMorrison and Leslie24)によって報告されている。彼らが行った実験結果から得られる摩擦応力をNi添加量に対してプロットしたのがFig.10である。この関係を直線回帰することで,次式が得られた。

  
σfriction{Ni%}=52.32+14.59Ni%  (MPa)(13)
Fig. 10.

Effect of Ni concentration on the friction stress of steel.

ここで引用した実験データのNi添加量の最大値は3.08%である。この式が今回用いた10.5%Ni添加鋼に適用できるとする根拠は無いが,今回は式(13)が10.5%Niまで外挿可能であると仮定して解析を行った。式(11)式(13)を用いて実験で得られた応力―ひずみ曲線を補正し,改良CCAモデルによる計算結果と比較した(Fig.11)。摩擦応力が差し引かれているので,Fig.11の応力―ひずみ曲線はC濃度のみに依存することから,改良CCAモデルでの計算は0.1%および0.09%Cのマルテンサイト鋼に対して行い,実験結果と比較している。この0.01%のC量の差異は実験で得られた応力―ひずみ曲線でも確認することが出来ると同時に,改良CCAモデルで再現できることが確認された。

Fig. 11.

Comparison between experimental and calculated stress–strain curves of the three alloys studied. Calculated stress–strain curves of 3Mn and 10Ni alloys are identical.

次に正方向および反転負荷方向の変形で得られる応力―ひずみ曲線をAllainら4)の報告に従って計算し,改良CCAモデルの適用可能性を確認する。この為には,単純せん断試験で得られるせん断応力とせん断ひずみを単軸引張変形で得られる引張相当応力と引張相当ひずみに変換する必要が有る。ここではShirakamiら15)による解析方法を適用して変換した。Shirakamiら15)は単純せん断試験で得られるせん断応力σSと単軸引張における最大主応力σ,および単純せん断ひずみ増分dεp-sと単軸引張の最大主応力方向の塑性ひずみ増分dεpの間に以下の様な関係式を仮定し,比例係数としてκσκεを導入した。

  
σ¯=κσσS(14)
  
dε¯p=κεdεps(15)

ここでσSとdεp−sは単純せん断試験によって得られる実験データである。Shirakamiらはこれら2つの変形モードでなされる仕事量が同一であるとの仮定をして式(16)を得た。

  
σ¯dε¯p=σSdεps(16)

式(14)式(16)に代入すると,

  
dε¯p=σSσ¯dεps=1κσdεps

の関係が得られることから,式(15)と比較することで次式が得られる。

  
κε=1κσ (17)

結果として単純せん断試験と単軸引張試験で得られる応力とひずみの関係は,1つのパラメータを用いて変換できることが分かる。実際に10Ni鋼で得られる単純せん断および単軸引張の応力とひずみの関係を変換する係数としてκσ=1.82が得られた。

この係数を用いて単純せん断試験で得られたせん断応力―せん断ひずみ線図を単軸引張相当の応力-ひずみ曲線に変換し,最大ひずみが0.0568,0.0401および0.0116の場合に対して改良CCAモデルで計算した応力―ひずみ関係と比較した結果をFig.12に示す。Allainら4)が示したように,改良CCAモデルはフィッティングすること無しに実験結果を良く再現している事が確認できた。しかしながら,最大ひずみが増加するに従って,実験結果と改良CCAモデルによる計算結果との乖離が大きくなっている様である。これは,最初のステップの塑性変形量が大きくなるにつれて転位組織が変化し,転位の平均移動距離が変化した影響ではないかと考えている。モデルをどのように改良すべきか現時点では明確では無いが,今後塑性加工の進展に伴う転位下部組織の変化と転位の平均移動距離への影響を調査する事が重要であると考えられる。

Fig. 12.

Comparison between experimental and calculated forward and backward stress–strain curves of 10Ni alloy.

5・2 局所的なひずみ分布に及ぼす塑性変形の影響

Fig.9に示した局所的なひずみ分布に及ぼす塑性変形の影響を改良CCAモデルを用いての評価する。マクロな全ひずみがεtmである引張変形のm番目のステップ完了後には依然として弾性変形状態である要素と既に降伏した領域が混在する。弾性領域にあるすべての要素は,これら弾性領域の要素が担う応力をσemとすると,同一の弾性ひずみεem=σem/Yを担う。この弾性領域の要素の割合Vem式(2)を用いて次式で表される。

  
Vem{σem}=exp[(σemσminσ0)n](18)

一方,それ以外の要素は全て塑性変形領域にあり,各要素の降伏強度に依存して異なるひずみおよび応力を分担している。今,降伏強度がiσLであるi番目の要素に着目する。この要素が応力iσmと全ひずみjεtm分担しているとすると,式(2)を用いてこの要素の分率Vimは次式で求める事が出来る。

  
Vim{σim}=nσ0(σimσminσ0)n1exp[(σimσminσ0)n](19)

前記の様に各要素が分担するひずみおよび応力はマクロな全ひずみ増分を用いて計算する事が出来,式(18)(19)を用いることで全ての要素がそれぞれ分担する全ひずみおよび応力を各変形のステップ毎に計算する事が可能である。従ってマクロな平均全ひずみεtmでのひずみ分布を計算する事が出来る。

ここで,ひずみ分布がどの様に発生し,変化するかを概観する。Fig.13には各降伏強度を有する要素が平均全ひずみと共にどのようなひずみ量を分担するかを概念的に示した。図には降伏強度分布の概念図も同時に示している。平均全ひずみがεAσmin/Yよりも小さい場合,全ての要素は弾性領域にある事から,要素毎の降伏強度によらず全ての要素のひずみは一定である。従ってこの場合には均一な弾性ひずみ分布が得られる。平均全ひずみがσmin/Yよりも大きなひずみεBとなった場合には,Fig.13に示すようにひずみ分布が発生する。この平均全ひずみでも弾性領域にある要素は全て同一の弾性ひずみを持つが,降伏した要素は,その降伏強度とその後の加工硬化量に応じたひずみ量となる。この時,弾性領域の要素は降伏して加工硬化した要素に比べて硬質なため,その弾性ひずみは平均全ひずみεBよりも小さい。一方降伏した要素のひずみは,最も軟質な要素,即ち降伏強度がσminである要素が分担するひずみと上記弾性領域の要素が示す弾性ひずみの間に分布する事になる。更に平均全ひずみが増加した場合には,Fig.13に見られるように弾性領域の要素が減少し,ひずみはより広い範囲に分布する様になる。

Fig. 13.

Illustrative diagram for a yield strength spectrum and strains of each element at different average total strains.

この様にして,平均全ひずみが0.0079,0.0138,0.0255の場合について改良CCAモデルで計算されたひずみ分布を実験で得られたひずみ分布(Fig.9)と比較してFig.14に示す。平均全ひずみの増大とともに観察されるひずみ分布の発展がこのモデル計算によって良く再現されている事が分かる。また,要素毎のひずみ量の変化を確認する為に,降伏強度が300,668,1608 MPaである要素を取り出して,各要素が分担する全ひずみを計算し,Fig.15に平均全ひずみに対してプロットした。実験結果(Fig.8)でも観察されたように,要素毎の局所ひずみは平均全ひずみに対してほぼ直線的に増加している事が分かる。ここでFig.14を観察すると,モデル計算によってひずみ分布の変化の傾向は良く再現されているものの,2つの明確な差異が確認できる。この差を議論するために,Fig.16には平均全ひずみが0.0255の場合の実験と計算によるひずみ分布を比較している。モデル計算から得られる最小ひずみは弾性領域にある要素が分担するひずみである。しかしながら,この弾性要素が分担する全ひずみ(弾性ひずみ)は実験で得られた最小全ひずみより明らかに大きい(Fig.16中の矢印A)。この差異は以下の様に解釈される。変形を担うすべり変形は,可能な全てのすべり面で均一に起こるのではないことから,すべり面が活性化された限られた領域以外ではすべり変形自体が十分に起こらないと予想される。等仕事の仮定では全ての要素がそれぞれの強度に従って等分に変形を担うと仮定していることから,このような変形の局在化に十分対応できていないものと考えられる。また,もう一つの差異はひずみ分布の高ひずみ領域で観察される。モデル計算では最初に降伏する要素,即ち最も低い降伏強度を持つ要素が最大ひずみを分担する。しかしながら,DIC解析によって得られる最大ひずみはFig.16の矢印Bで示すように,モデル計算結果よりも明らかに大きい。これら高いひずみを分担している要素はマルテンサイトブロックのin-lathすべり変形に対応している。Harjoら25,26)の報告にある様に,in-lathのすべりはsoft-oriented-packet componentsと呼ばれ,加工硬化への寄与が小さな変形である。彼らの解析結果ではマルテンサイトの大きな加工硬化は主にout-of-lathすべりに対応するhard-oriented-packet componentsに依存していると考えられる。今回用いた改良CCAモデルは焼入れままマルテンサイトの加工硬化挙動を表現するモデルである為に,計算によって得られたひずみ分布は加工硬化に直接影響を及ぼす要素のひずみに対応していると考えられ,in-lathではなく主にout-of-lathすべりによって生成するひずみ分布に対応しているものと考えられる。焼入れままマルテンサイトの塑性変形挙動を完全に理解するためには,その局所的なすべり変形挙動をより詳細に解析する必要が有る。

Fig. 14.

Comparison between experimental and calculated strain distributions at average strains of 0.0079, 0.0138, and 0.0255.

Fig. 15.

Calculated strain development of elements with 300, 668, and 1608 MPa of yield strength.

Fig. 16.

Comparison between experimental and calculated strain distributions at an average strain of 0.0255.

6. 結論

Sakaguchiらによって提案された改良CCAモデルを3種の焼入れままマルテンサイト鋼に適用し,このモデルが単純引張試験によって得られる応力―ひずみ曲線のみならず,変形方向を反転させることが出来る単純せん断試験で得られる応力―ひずみ曲線も精度良く再現できることを確認した。また,このモデルによって焼入れままマルテンサイトの局所不均一変形挙動に対応する全ひずみの分布と塑性加工によるその発展も定性的に再現できる事が分かった。

しかしながら,焼入れままマルテンサイトの局所的な不均一変形挙動をより正確に表現するCCAモデルへ改良するためには,塑性加工によって影響されると考えられる転位の平均移動距離の変化やすべり変形のより詳細な解析が必要である。

謝辞

本研究は日本製鉄株式会社との共同研究である革新的高機能構造鉄鋼材料に関するプロジェクトとして実行されたものである。また,研究を進めるにあたり,DIC解析の為にSEM内でのin-situ引張試験装置を利用させて頂いた,西田稔名誉教授,板倉賢准教授および赤嶺大志博士に感謝します。

NOMENCLATURE

  • f{σ}:降伏応力の分布関数(-)
  • F{σ}:降伏応力分布関数の累積関数(-)
  • σmin:全ての要素が弾性変形をする限界応力(MPa
  • σ0式(2)F{σ}の定数(MPa
  • n式(2)F{σ}の定数(-)
  • iεXm:i番目の要素がm番目の加工ステップで担うひずみの大きさで,全ひずみの場合にはX=t,弾性ひずみの場合にはX=e,塑性ひずみの場合にはX=p(-)
  • iεXm:i番目の要素がm番目の加工ステップで担う全ひずみ(X=t),弾性ひずみ(X=e)および塑性ひずみ(X=p)の増分(-)
  • iσmi番目の要素がm番目の加工ステップ後に分担している応力(MPa
  • σtmm番目の加工ステップ後のマクロ応力(MPa
  • εtmm番目の加工ステップ後のマクロひずみ(-)
  • εtmm番目の加工ステップでのマクロひずみ増分(-)
  • iσLi番目の要素の降伏強度(MPa
  • iσm:既に降伏したi番目の要素のm番目の加工ステップでの加工硬化量(MPa
  • M:テイラー因子(-)
  • b:バーガースベクトルの大きさ(m
  • α:定数=0.5
  • µ:フェライトのせん断弾性率(MPa
  • Λ:転位の平均移動距離(m
  • β:転位の合体消滅の頻度を表すパラメータ(-)
  • σ:塑性ひずみεでの加工硬化量(MPa
  • Y:フェライトのヤング率(MPa
  • iεL:加工硬化曲線で応力がiσLになるひずみ(-)
  • iεmp-sh:既に降伏したi番目の要素のm番目の加工ステップでの加工硬化量を計算するための塑性ひずみ量(-)
  • σfriction:摩擦応力(MPa
  • εXX:Vic-2Dを用いたDICのひずみ解析で得られた引張方向の全ひずみ(-)
  • σL:マクロな降伏強度(MPa
  • d:フェライト粒直径(m
  • k:Hall-Petch 係数(MPa/m-1/2
  • σ:単軸引張における最大主応力(MPa
  • σS:単純せん断試験で得られるせん断応力(MPa
  • εS:単純せん断試験で得られるせん断ひずみ(-)
  • dεp:単軸引張の最大主応力方向の塑性ひずみ増分(-)
  • dεp-s:単純せん断ひずみ増分(-)
  • κσ:単純せん断試験で得られるせん断応力と単軸引張における最大主応力の比例係数(-)
  • κε:単純せん断ひずみ増分と単軸引張の最大主応力方向の塑性ひずみ増分の比例係数(-)
  • σem:弾性変形領域の要素がm番目の加工ステップ後に分担する応力(MPa
  • Vem{σem}:m番目の加工ステップで弾性変形領域にあり応力σemを分担している要素の割合(-)
  • Vim{iσm}:m番目の加工ステップで応力iσmを分担している要素の割合(-)
  • εAεB, εC:任意の大きさを持つマクロひずみ(-)

文献
 
© 2024 The Iron and Steel Institute of Japan

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