Tetsu-to-Hagane
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Dynamic Deformation Properties of Medium-Mn Multi-phase Steels Containing Retained Austenite
Yoshitaka Okitsu Tomohiko HojoSatoshi MorookaGoro Miyamoto
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2024 Volume 110 Issue 3 Pages 260-267

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Abstract

We investigated the dynamic tensile properties of 4, 5, 6-mass%-Mn-containing low carbon steels with multi-phase microstructures containing retained austenite. The five materials used were classified into two groups. The first group of materials, with around 10% of retained austenite, showed normal strain rate dependence of yield strength (YS) and tensile strength (TS) as in conventional high strength steels. The second group of materials, containing 25-36% of retained austenite and exhibiting Lüders elongation, showed also normal strain rate dependence of YS and flow stress at Lüders deformation, but TS varied in a complex manner. Among the second group, in the 4 Mn steel, TS was nearly constant at strain rates below 1 s1 and increased slightly at higher strain rates. In the 5 and 6 Mn steels, TS once decreased up to the strain rate of 1 or 10 s1, and then began to increase at higher strain rates. These behaviors were discussed in terms of temperature rise during plastic deformation and thermal stability of retained austenite. In the 4 Mn steel with relatively unstable retained austenite, almost all the austenite transforms regardless of strain rate. In the 5 and 6 Mn steels, where the retained austenite is moderately stable, its martensitic transformation is suppressed due to temperature rise, resulting in the decrease in TS at relatively low strain rates. At higher strain rates, the increase in flow stress prevails and TS begins to increase.

1. 緒言

自動車車体の軽量化に貢献する第3世代高強度鋼板の候補として,3~10%程度のMnを含みTRIP(Transformation Induced Plasticity)効果による良好な強度延性バランスを有する中Mn鋼が注目され盛んに研究されている1)。中Mn鋼はプレス成形性に優れることに加え,衝突性能の向上に寄与できる可能性も示されており2,3),衝突法規対応のため重量増の傾向にある車体の軽量化が期待される。車体部材の衝突性能にはひずみ速度102 s-1のオーダーでの材料の変形特性が大きく関係するため,中Mn鋼においても高速変形特性を把握しておく必要がある。

鋼の変形抵抗はひずみ速度の上昇とともに顕著に増加することが知られている4)。近年では高強度鋼板が高速変形研究の対象となっており,TRIP効果を有する鋼を対象とした研究も見られる。Tsuchidaらは,残留オーステナイトのひずみ誘起変態が生じる種々の炭素鋼の高速変形特性を評価し5,6), 0.3%C-2%Mn鋼6)において,その引張強度(TS:Tensile Strength)がひずみ速度上昇につれて一旦低下してから上昇に転じるという,特徴的な特性を報告している。同様な引張強度のひずみ速度依存性は,SUS304についても報告されている7)

最近では中Mn鋼の高速変形特性に関する研究例もある。Sevsekら8)は0.06%C-11.7%Mn鋼において,TSがひずみ速度上昇とともに一旦低下し,ひずみ速度1 s-1で上昇に転じる挙動を報告している。これは前述の低合金TRIP鋼やSUS304と類似した結果である。Caiら9)は0.2%C-11.2%Mn鋼において,TSがひずみ速度の上昇とともに単調に低下する逆ひずみ速度依存性を示している。Huangら10)も0.2%C-9.3%Mn鋼の流動応力の逆ひずみ速度依存性を示している。またFutatsukaら11)は,1180 MPa級Mn系TRIP鋼においてTSはひずみ速度によらずほぼ一定であると述べている。

以上の先行研究の多くは高速変形時の発熱によるオーステナイトのひずみ誘起変態抑制に言及しており,実際に試験片の温度上昇も確認されている11)。一方で,観測される強度のひずみ速度依存性は材料により異なっており,その要因としてそれぞれの鋼におけるオーステナイトの特性の違いが考えられる。とくに複合組織においては鋼の化学組成や相分率に依存してオーステナイト中のC,Mnなどの濃度が変化し,温度上昇時の安定性も変化するはずである。しかしこれまでに合金組成,ミクロ組織,残留オーステナイト量などの材料因子と,高速変形時の挙動とを関連付けた報告は見当たらない。

そこで本研究では,Mn量を4~6 mass% の範囲で変化させた低炭素鋼を用い,熱処理により残留オーステナイト量を変化させた素材を試作し,それらの高速変形挙動と材料因子の関係の評価を試みた。まず素材のミクロ組織と残留オーステナイト量を把握したうえで,ひずみ速度を系統的に変化させて引張試験を行い応力ひずみ関係を比較する。更には残留オーステナイトの加工安定性に着目し考察を行う。

2. 実験方法

2・1 素材試作および基本特性の評価

本研究で用いた鋼の化学組成をTable 1に示す。それぞれ25 kgの鋼を真空溶解にて溶製し,オーステナイト域で厚さ8 mmまで圧延し,室温まで空冷した。表面を機械研削して厚さ6 mmとした後,厚さ2 mmまで冷間圧延した。その後大気雰囲気にて610~680°Cで30 min 焼鈍した後室温まで空冷し,供試材とした。残留オーステナイト量とその安定性を変化させるため,焼鈍温度は,4Mn鋼では650°Cおよび680°C,5Mn鋼では650°C,6Mn鋼では610°Cおよび650°Cとした。

Table 1. Chemical composition of the steel used (mass%).

SteelCSiMnPSAl
4Mn0.0920.053.87<0.0020.0020.022
5Mn0.0920.044.91<0.0020.0020.024
6Mn0.0910.035.97<0.0020.0020.025

Fig.1に,供試材のSEM組織を示す。ミクロ組織は,試料の圧延方向と平行なTD(Transverse Direction)面を機械研磨と3%ナイタールでのエッチングの後にSEMにて観察したものである。4Mn鋼の650°C焼鈍材(Fig.1(a))では混粒組織であり,それ以外は微細な等軸組織となっている。4Mn鋼の680°C焼鈍材(Fig.1(b))ではエッチングによるコントラストから,フェライト(濃いグレーの部分)とオーステナイト(薄いグレーの部分)からなる複合組織であることが分かる。5Mn鋼の650°C焼鈍材(Fig.1(c))では組織のコントラスト差が小さくなるものの同様にフェライトとオーステナイトの複合組織であることがわかり,この結果は同じ試料のEBSD(Electron Backscatter Diffraction)による相マップ12,13)と一致している。それ以外の試料ではSEM像からの相の判別は困難であるが,後述のオーステナイト量の測定結果から等軸粒の一部はオーステナイトであり,同様にフェライトとオーステナイトからなる複合組織であると考えられる。

Fig. 1.

SEM microstructures of the specimens: (a) 4Mn steel annealed at 650°C, (b) 4Mn steel annealed at 680°C, (c) 5Mn steel annealed at 650°C, (d) 6Mn steel annealed at 610°C and (e) 6Mn steel annealed at 650°C.

供試材の未変形状態でのオーステナイト量の測定14)は,日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)の大強度陽子加速器施設(J-PARC)内,物質・生命科学施設(MLF)のビームラインNo.19工学材料回折装置“TAKUMI(匠)”15)を使用した。本装置は,白色パルス中性子を用いた飛行時間(TOF)型の中性子回折装置であり,0.05<格子面間隔(d)<0.27 nmの範囲の複数の回折線を同時に計測することができる。測定領域のゲージ体積は5 mm×5 mm×5 mmとした。測定時間は回折パターンの統計精度を考慮して,1測定の時間を1200 sとした。本測定の解析は,J-PARCで開発された「Z-Reitveld」ソフトウェア16)を使用したRietveld解析法を用いて,未変形状態でのオーステナイト量を算出した。中性子回折を用いた理由は,X線回折等の表面解析手法に対して,より正確に試料内部の情報を得られるため17)である。

また,試料中の残留オーステナイトの合金濃度測定を,3DAP(Three-Dimensional Atom Probe,CAMECA製 LEAP4000HR)18)を用いて,試料温度80 K,パルスレート200 kHzの電圧パルスモードにて行った。集束イオンビーム(FIB FEI Quanta3D)を用いて各素材から2~3個の針状試験片を採取し,フェライト/オーステナイト界面を含む領域を分析してC,Mn濃度を算出し,素材ごとにデータを平均した。オーステナイト組成と相安定性の関係を評価するため,三次元アトムプローブで測定したC, Mn濃度を有するfccならびにbcc単相のギブズ自由エネルギーおよびエンタルピーをThermo-Calcを用いて計算し,相間のエネルギー差を得た。本計算は,TCFE12データベースを用いて298Kにて行った。

2・2 高速引張試および変形後のオーステナイト量の測定

試作した鋼板から,Fig.2に示す高速引張り試験片を,引張方向が圧延方向と一致するように切り出した。油圧サーボと検力ブロック式19)ロードセルを組合せた鷺宮製作所製高速材料試験機TS-2000を用いて引張試験を行った。試験片の片側はロードセルに,反対側は可動式治具にそれぞれ鋼製のピンで固定され,油圧サーボ機構にて加速されたハンマーが可動式治具を叩くことで試験片に引張りひずみが付与される。磁気抵抗式位置センサーで測定される可動式治具の変位から,試験片の伸びを算出した。装置の詳細は文献20)を参照されたい。ひずみ速度は10-2 s-1から103 s-1までの範囲で設定し,また試料の破断後の全伸びは突合せ法により測定した。

Fig. 2.

Schematic illustration of the tensile specimen used.

引張り試験片の平行部にて,変形後のオーステナイト量を測定した。試験片の平行部が小さく測定領域も小さくする必要があることからX線回折法を用い,入射X線の径を絞った上で狙った位置に正確に照射する方法を採用した。測定にはcos α法21)による残留応力測定装置であるパルステック製µ-X360 を用いた。引張試験後の試験片の平行部表層の約0.1 mmをフッ酸による化学研磨で除去した後,平行部に径0.8 mmに絞ったCr Kα X線を照射し,二次元検出器にてフェライト{211}とオーステナイト{220}の回折環の強度を計測し,次式22)により残留オーステナイト量を算出した。

  
Vγ=1I'RγIγRα'+1×100(1)

ここで,Vγはオーステナイトの体積分率(%),Iα’Iγはそれぞれマルテンサイト,オーステナイトの積分強度,Rα’Rγはそれぞれマルテンサイト,オーステナイトの単位体積当たりの理論回折強度である。

一つの試験片で平行部の長手方向中央,および±0.2 mmの位置合計3か所にて測定し,データを平均して試験片のオーステナイト量とした。なお本方法では特定の面の回折強度しか測定していないが,複数の回折面を用いた測定とオーステナイト量の値はほぼ一致することが確認されている22)。しかし,前述のように残留オーステナイト量の定量性は中性子回折法が最も優れていると考えられることから,X線によるオーステナイト量の絶対値ではなく,次式に示す変形前後の試験片のオーステナイト量を用いた,変態したオーステナイトの比率で評価した。

  
fγt=1Vγ1Vγ0(2)

ここで,fγτは変態したオーステナイトの比率,Vγ0Vγ1はそれぞれ未変形の試験片平行部,変形後の試験片平行部でX線にて測定したオーステナイト量である。

3. 実験結果

3・1 素材の基本特性

Table 2に,ひずみ速度10-2 s-1で行った引張試験で得られた特性を示す。降伏強度(YS: Yield Strength)は0.2% オフセット応力である。またTable 2には,中性子回折で測定した素材の残留オーステナイト量も示す。試料No. 1(4Mn鋼650°C焼鈍材),No. 4(6Mn鋼610°C焼鈍材)では10%程度の残留オーステナイトを含んでいる。その他の試料では残留オーステナイト量は25~36%である。本論文では残留オーステナイト量の少ない試料No. 1および4と,それ以外に分けて考察する。

Table 2. Annealing temperature, mechanical properties and retained austenite content of the steels used.

Sample No.SteelAnnealing temperature [°C]Yield strength [MPa]Tensile strength [MPa]Total elongation [%]Austenite content
[%]
14Mn6505216464410.8
24Mn6805409792924.5
35Mn6507419433727.6
46Mn6109899892812.8
56Mn65083010953536.2

3・2 高速引張試験

Fig.3に,各素材のひずみ速度10-2 s-1から102 s-1のオーダーまでの代表的な公称応力ひずみ線図を示す。なお線図の弾性域は,実測データでYSを算出後に原点からYSまでを鋼のヤング率206 GPaを用いて直線で描画しなおしたものである。まず初期の残留オーステナイトが少ないグループであるが,4Mn鋼650°C焼鈍材(Fig.2(a))では約2%と小さいリューダース変形の後緩やかに加工硬化し,6Mn鋼610°C焼鈍材(Fig.2(d))ではYSが高くその後の加工硬化が見られなかった。いずれの試料でも,YS,流動応力ともにひずみ速度上昇とともに単調に増加しているようである。一方残留オーステナイトの多いグループ(Fig.2(b),(c),(e))では,降伏点降下とそれに続くリューダース変形,その後の加工硬化からなる典型的な中Mn複合組織鋼の特性1)が見られた。YSおよびリューダース変形時の応力はひずみ速度の上昇とともに単調に増加しているようであるが,TSにおいては明確な傾向は見られなかった。

Fig. 3.

Nominal stress-strain curves at various strain rates of the specimens: (a) 4Mn steel annealed at 650°C, (b) 4Mn steel annealed at 680°C, (c) 5Mn steel annealed at 650°C, (d) 6Mn steel annealed at 610°C and (e) 6Mn steel annealed at 650°C. (Online version in color.)

その特徴をより明確にするため,Fig.4に,各ひずみ速度におけるYS,TS,およびリューダース変形時の応力(σL)のひずみ速度10-2 s-1に対する変化量を,ひずみ速度に対して示す。ここでσLは,試料No. 2(4Mn鋼680°C焼鈍材)では公称ひずみ1~2%の平均応力,No. 3(5Mn鋼)およびNo. 5(6Mn鋼650°C焼鈍材)では公称ひずみ3~5%の平均応力とした。また凡例中の括弧内の数字は試料No. に対応している。

Fig. 4.

Difference in (a)(b) YS, (c) stress at Lüders deformation and (d) TS compared to those at a strain rate of 102 s1. (Online version in color.)

YSは,すべての試料においてひずみ速度の上昇とともに単調に増加した。σLについては残留オーステナイトの多い試料のみで算出したが,同様にひずみ速度の上昇に対して単調増加であった。ひずみ速度103 s-1におけるΔYSとΔσLはそれぞれ200~300 MPa,約100 MPaであり,この値は一般の高強度鋼板たとえば590 MPa級複合組織鋼板でのひずみ速度依存性23)に近い。また試料No. 3(5Mn鋼650°C焼鈍材)については本研究と同一形状の試験片で行った引張試験12)により,ひずみ速度10-5 s-1から10-2 s-1の範囲でYSのひずみ速度依存性が小さいことが確認されているが,これもフェライト鋼における一般的な傾向4,5,6)と一致している。すなわちΔYSとΔσLについては,今回用いた中Mn鋼においては特異な現象は見られなかった。

一方,TSは試料により異なる変化を示した(Fig.4(d))。試料No. 1(4Mn鋼650°C焼鈍材)ではTSはひずみ速度の上昇とともに単調に増加した。ひずみ速度103 s-1におけるΔTSは約100 MPaであり,この値は上述の590 MPa級複合組織鋼板での値とほぼ等しい。試料No. 2(4Mn鋼680°C焼鈍材)ではTSは低ひずみ速度ではほぼ一定で,ひずみ速度が102 s-1を超えてから増加した。5Mn鋼では,ひずみ速度1 s-1程度まではTSが若干低下し,それより高いひずみ速度ではTSは増加に転じた。6Mn鋼は5Mn鋼と同様な傾向であったが,ひずみ速度10 s-1程度までのTS低下がより顕著であり,それより高いひずみ速度でTSは上昇に転じたものの,ひずみ速度10-2 s-1のTSまで回復しなかった。このTSの変化には各試料の加工硬化挙動の違い,さらには残留オーステナイトの変態挙動の差異が影響していると考えられるため,次章で詳細に考察する。

4. 考察

4・1 残留オーステナイトのひずみ誘起変態とひずみ速度の関係

Fig.5に,残留オーステナイトのうち変形によりマルテンサイトに変態したものの比率を,ひずみ速度に対して示す。まず初期の残留オーステナイトが少ないグループ(Fig.5(a))について考察する。4Mn鋼650°C焼鈍材(試料No. 1)ではひずみ速度によらず約60%のオーステナイトがひずみ誘起変態しているが,このことは,Fig.3(a)に示した応力ひずみ線図とFig.4(d)のTSのひずみ速度依存性に表れている。すなわち,残留オーステナイトはひずみ速度によらず一定量変態し加工硬化に寄与するため,TSのひずみ速度依存性には特異な挙動は現れない。6Mn鋼610°C焼鈍材(試料No. 4)では変態率が他の試料に比べて低かった。この理由として,一様伸びが小さいため試験片平行部のひずみが小さかったことに加え,残留オーステナイトのひずみに対する安定度が高かったことも考えられる。安定性については4・3節で考察する。

Fig. 5.

Relationship between transformed austenite ratio and strain rate in tensile tests. (Online version in color.)

次に初期の残留オーステナイトが多いグループ(Fig.5(b))について考察する。4Mn鋼680°C焼鈍材(試料No. 2)ではひずみ速度によらず残留オーステナイトの約80%が変態しており,残留オーステナイトの安定度が低いことが示唆される。5Mnおよび6Mn鋼(いずれも650°C焼鈍材,試料No. 3および5)では,ひずみ速度上昇とともにオーステナイトのひずみ誘起変態がやや抑制される傾向が見られた。

前述のFutatsukaらのMn系TRIP鋼に関する研究11)でも,高ひずみ速度での残留オーステナイトのひずみ誘起変態量の低下が示され,加工発熱による試験片温度上昇が変態量低減の原因であると説明されている。本研究の試料No. 3および5(5Mn鋼および6Mn鋼)のTSの変化は,先行研究の中ではTsuchidaらの0.3%C-TRIP鋼6),Sevsekらの0.06%C-11.7%Mn鋼8)の結果に近い。Tsuchidaら6)は,低ひずみ速度ではひずみ速度増加とともに発熱による残留オーステナイトの変態抑制によりTSが低下し,高ひずみ速度では流動応力のひずみ速度依存性が顕著に表れるため,TSが極小値を示すと説明している。本研究の結果も同じ傾向であることから,本研究で用いた中Mn鋼においても,残留オーステナイトの変態抑制と流動応力のひずみ速度依存性とが重なり複雑なTSの変化が現れたと考えられる。

4・2 温度上昇の見積り

試料の変形中の温度上昇を正確に見積もるためには,変形時に発生した熱の試料中への伝達や雰囲気への放散を考慮する必要があるが24),正確な計算は困難である。そこで,先行研究における高速変形中の温度変化の測定結果をもとに検討する。Futatsukaら11)のMn系TRIP鋼の研究では,ひずみ速度102 s-1での試験片平行部の最高温度は243°Cと報告されている。Gilatら25)はSUS316Lの高速引張りにおいて,ひずみ速度3×103 s-1での最大温度は360°C以上と報告している。Benzingら26)のFe-25%Mn鋼の研究では,試験片平行部の平均温度を連続的に測定し,試験片温度は試料の破壊までに連続的に上昇するが到達温度はひずみ速度に依存し,ひずみ速度2×102 s-1での試験片平行部の平均温度は試験片の破断までに約100°Cに到達すると報告している。

本研究で用いた引張試験機の構造上の制約から試験片の温度測定ができないが,引張り変形の進行とともに発熱の影響により試料温度が上昇し,ひずみ速度102 s-1のオーダーでは上記先行研究の結果と同程度の温度上昇が生じていたと推察される。

温度上昇時のオーステナイトの変態挙動の変化に伴う引張り特性の変化は,高温引張り試験でも示されている。Ranaら27)は,7%Mn鋼において,Kawasaki and Funakawa28)は5%Mn鋼において,準静的引張試験を種々の温度で行い,ともに試験温度が60°Cを超えると加工硬化およびTSが顕著に低下することを報告している。本研究のような高速引張りでは,Benzingら26)が示したように試料の変形に伴い連続的に温度上昇するため,変形初期から高温である高温引張りの場合ほど特性の変化(TS低下)が顕著でなかったと考えられる。

4・3 残留オーステナイトの安定性とひずみ誘起変態の抑制

次に,各試料中の残留オーステナイトの安定性について考察する。各試料において3DAPを用いて測定したところ,CとMnが濃化した領域と欠乏した二つの領域が観察された。このうち前者が二相領域温度におけるオーステナイトに対応すると考えられる。そこで,各試料において2~3測定を実施して得られたオーステナイトの平均組成ならびにばらつきをTable 3に示す。バルクMn濃度上昇と焼鈍温度低下に伴いオーステナイト中Mn濃度は増加する一方で,オーステナイト中C濃度はばらつきはあるものの低下する傾向があることが分かる。Table 3には,3DAPにて測定した試料中の残留オーステナイトのCおよびMnの濃度を用いて,Thermo-Calcにより算出した熱力学パラメータΔH(=Hbcc-Hfcc),ΔG(=Gbcc-Gfcc)も示す。ここでC,Mn以外の濃度は簡単のためバルク成分のままとした。ΔHは残留オーステナイトと,同じ成分のフェライトの室温におけるエンタルピー差であり,いずれも負の値となる。つまり,変態により低下したエンタルピーが熱として放出されるためオーステナイトのひずみ誘起マルテンサイト変態は発熱反応であり,引張り変形中に塑性仕事による発熱に加えて変態も試験片の温度上昇に寄与することがわかる。

Table 3. C and Mn contents measured by using 3DAP and various thermodynamics parameters of the retained austenite in the steel samples used.

Sample No.SteelAnnealing temperature [°C]C content [at%]Mn content [at%]ΔH
[Jmol−1]
ΔG
[Jmol−1]
Ms
[°C]
24Mn6801.64±0.057.35±0.6−5149−2962170
35Mn6501.71±0.39.13±0.5−4702−2585111
46Mn6101.29±0.0614.5±0.07−3702−1824−12

ΔGは残留オーステナイトと,同じ成分のフェライトの室温におけるギブズ自由エネルギー差であり,試料No. 2(4Mn鋼680°C焼鈍材)において最も低い,すなわち試料No. 2中のオーステナイトは,よりマルテンサイト変態しやすい傾向にある。実際にはひずみ誘起マルテンサイト変態のしやすさは,オーステナイトの形状,大きさ,周囲の組織により異なるが,本研究で用いた試料の組織は基本的に等軸フェライトをマトリックスとしており,残留オーステナイトのサイズも1 µm程度で同等であるため,相対的な比較は可能である。更にAndrews による経験式29)により計算したMs(マルテンサイト変態開始温度)もTable 3に示しているが,試料間の差異が明確に表れている。試料No. 2の残留オーステナイトのMsが最も高く,オーステナイトの安定度が低いことがわかる。

これらの結果は,Fig.5に示した残留オーステナイトの変態挙動と一致している。試料No. 2(4Mn鋼680°C焼鈍材)では残留オーステナイトの安定度が比較的低いため,変態比率が高く,また高速変形で試料温度が上昇しても顕著な変態の抑制には至らず,変態量はひずみ速度に依存しない。試料No. 4(6Mn鋼610°C焼鈍材)では,残留オーステナイトの安定度が高くひずみ誘起変態が生じにくいため加工硬化が見られず,そのため試料の一様伸びが小さく早期に破断に至り,結果として変態比率が低くなったと考えられる。試料No. 3(5Mn鋼650°C焼鈍材)および試料No. 5(6Mn鋼650°C焼鈍材)では残留オーステナイトの安定度がそれらの中間であり,高速変形での発熱によりひずみ誘起変態が抑制されたと考えられる。ただし中間的なオーステナイトの安定度によりひずみ誘起変態が試料の変形後期まで継続しやすい傾向になるため,試料No. 2と比較すると強度延性バランスは良好である。

以上の実験および考察より,中Mn複合組織鋼において高速変形も含めた強度延性バランスの向上のために,ひずみ誘起変態による加工硬化の向上を確保した上で,高ひずみ速度において試料温度が上昇した場合でも変態が進行するような,適正なオーステナイトの安定度が重要であることが示唆された。

5. 結言

本研究では,4, 5, 6%Mn 鋼の高速変形挙動とバルク組成,ミクロ組織,残留オーステナイト量などの材料因子を関連付けることを目的として,ひずみ速度を系統的に変化させて高速引張り試験を行った。得られた結果を以下に示す。

(1)残留オーステナイト量が約10%と少ないグループの鋼には,降伏後の加工硬化が小さい(4Mn鋼),もしくは降伏後に加工硬化をほとんど示さない(6Mn鋼)という特徴があった。いずれの鋼においても,YS,TSともに,ひずみ速度上昇に対して単調に増加するという,一般的な高強度鋼板と同様な挙動を示した。

(2)残留オーステナイトを25~36%含有するグループの鋼は,降伏点降下,降伏伸び,加工硬化からなる中Mn複合組織鋼に特有の応力ひずみ線図を示した。YSおよび降伏伸び時の変形応力は,ひずみ速度上昇に対して単調に増加したが,TSはひずみ速度上昇に対して,4Mn鋼では単調に増加,5Mnおよび6Mn鋼では一旦低下した後にわずかに上昇した。

(3)5Mnおよび6Mn鋼でのひずみ速度10 s-1までのTSの低下は,塑性仕事と残留オーステナイトのマルテンサイト変態に起因した発熱と試験片の温度上昇による残留オーステナイトの変態抑制が原因であり,ひずみ速度10 s-1以上でのTS上昇は,鋼の変形応力のひずみ速度依存性が変態抑制効果よりも勝ったため現れたと考えられた。

謝辞

本研究で用いた鋼は日本鉄鋼協会「鉄鋼材料の不均一変形組織と力学特性」研究会の共通試料であり,残留オーステナイト量の異なる各種試料の加工熱処理による作製は,日鉄ステンレスの溝口太一朗氏,日本製鉄株式会社の吉武睦海氏により行われた。ここに両氏に謝意を表する。中性子回折実験は日本原子力研究開発機構のJ-PARC内のMLFに設置されたBl-19「匠」(課題番号: 2022I0019)として実施された一部である。

文献
 
© 2024 The Iron and Steel Institute of Japan

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