2024 Volume 110 Issue 3 Pages 279-288
Microscopic deformation and fracture behavior of a ferrite-bainite dual phase steel was investigated by the micro-grid method and FE analysis to understand the inherent conditions of plastic instability and ductile fracture. The micro-grid method, which the microscopic strain is measured by the displacement of grids with 500 nm intervals drawn on the specimen surface, clearly revealed that the shear deformation along the lath structure in the bainite phase was seen before reaching the maximum loading point. Then, voids were observed in the ferrite phase adjacent to the ferrite/bainite boundary, where showing higher strain concentration. From the FE analysis with the model simulating actual ferrite-bainite microstructure, stress distribution was seen in the bainite phase, and high stressed regions could cause the shear deformation of the bainite phase. The local shear deformation in the bainite phase decreased strain hardenability and triggered the macroscopic plastic instability. It is considered that the macroscopic plastic instability accelerates the strain localization, and promotes the void nucleation and growth. Ductile fracture path was also visualized by the micro-grids in the ferrite phase along the shear deformation bands which is connecting the high strain regions. Development of shear deformation bands inside the ferrite phase was well simulated with the FE analysis, same as the development of high stressed region in the bainite phase in the early stage. It can be stated, therefore, that plastic instability and ductile fracture of dual phase steel is a structure dependent phenomenon which is strongly controlled by the morphologies of each constituent phases.
鉄鋼材料の引張試験で得られる一様伸びおよび降伏比といった力学特性は材料の加工硬化性の指標であり,強度とともに材料内部のミクロ組織の影響を強く受けるため,これらを向上させるための組織制御法が工夫されてきた。フェライトなどの軟質相とベイナイトやマルテンサイトといった硬質相が混合した複相鋼は,同じ強度レベルの単相鋼と比較して大きな一様伸びおよび低降伏比(降伏強度/引張強度)を示す。そこで,大きな変形能を必要とする複相鋼として,自動車用鋼板にはフェライト-マルテンサイト鋼 (Dual-Phase鋼)などが1,2),ラインパイプ用鋼にはフェライト-ベイナイト鋼などが3,4)現在利用されている。
Ishikawaらは複相鋼において大きな加工硬化特性の発現するメカニズムを明らかにすべく,フェライト-ベイナイト鋼を用いて,サブミクロンスケールのマーカーの変位より相当塑性ひずみを算出する手法5)とFEMによる微視的変形解析の両方で塑性変形挙動を検討した。この中で,複相鋼の異相界面近傍では軟質相側に著しい不均一変形の生じることが実験と解析の両方で示され,これに伴う硬質相への応力分配が大きな加工硬化能の発現に寄与することが明らかにされた6)。
この複相鋼における応力分配のメカニズムを明らかにすべく,引張変形時の硬質相と軟質相それぞれの弾性ひずみが中性子回折を用いて解析されている7)。ここでは,引張変形初期の軟質相が降伏した後に硬質相の受け持つ応力の増加することが示されている。すなわち,硬質相が応力を担うことで複相鋼全体の加工硬化が促進される。硬質相そのものの塑性変形能が限界に到達すると,加工硬化による応力増加率が断面減少による変形応力の低下率より小さくなり,応力-ひずみ曲線は最大応力を呈し塑性不安定を生じる。
一方,加工硬化率の低下を引き起こす材料組織的な因子には,フェライトにおけるボイド発生やせん断変形領域の拡大,これに起因した硬質相の破壊などが指摘されている8,9)。塑性不安定が開始すると,試験片には巨視的なくびれが発生するとともに,くびれ部ではボイドの発生や成長,連結が生じ,これらの素過程を経て最終的に破断に至る。このような複相鋼の延性破壊メカニズムについては,これまでフェライト-マルテンサイト鋼を用いた研究により幾つかのことが明らかにされた。例えば,フェライトとマルテンサイトの界面近傍や近接した2つのマルテンサイト間に存在するフェライトがボイド発生サイトとなること,さらには,マルテンサイト内部からもボイドの発生することが報告されている10,11,12)。また,デジタル画像相関 (DIC)法によるその場観察9)やミクロ組織を模擬したFEM解析13,14,15)などによって,フェライトからのボイド発生はその内部でのひずみの局在化によることが示されている。これらのボイドは試験片のくびれ発生に伴う三軸応力の上昇とともに成長し,新たなボイド発生を伴いながら連結し,最終的にディンプル破面を形成すると考えられている10,11)。
以上述べたように,複相鋼においては,塑性不安定に到達するまで加工硬化に貢献した軟質相における不均一変形が,巨視的なくびれの発生以降ではボイド形成をもたらすひずみの局在化の寄与へと豹変するかのような挙動を呈する。
ところで,複相鋼の延性破壊に関する研究の多くはフェライト-マルテンサイト鋼を対象としており,フェライト-ベイナイト鋼を用いた研究は少ない。また,上記の延性破壊過程について,くびれ発生後の局所ひずみ分布やボイドの発生条件の定量的な評価に基づいた破壊メカニズムの検討は未だ乏しい。そこで本研究では,フェライト-ベイナイト鋼を用いて,複相鋼におけるくびれ発生後に延性破壊へ至る過程でのボイド形成挙動を調べるとともに,局所領域の不均質変形の様相を,変形初期段階から延性き裂が伝播し破断に至るまで,同一領域において微細マーカー法を用いて追跡した。さらに,ボイド発生挙動に及ぼす各相の変形挙動の影響を明らかにするため,FEMを用いた応力-ひずみ解析を行った。
供試鋼の化学成分をTable 1に示す。いずれの鋼も150 kg真空溶解により溶製し,900°C以上の熱間圧延で板厚15 mmの板とし,720°Cから加速冷却させた。フェライト-ベイナイト鋼におけるベイナイトの体積割合は40%とした。以下この鋼をF-40%B鋼と呼称する。また,フェライトおよびベイナイト単相は,複相鋼を構成する各相と同等の固溶炭素量となるよう,炭素量をそれぞれ0.01および0.02 mass%とした。
Steel | C | Si | Mn | P | S | Others |
---|---|---|---|---|---|---|
F-40%B | 0.08 | 0.30 | 1.49 | <0.002 | 0.001 | Ti, Nb, V |
100%F | 0.01 | 0.30 | 1.52 | <0.002 | 0.001 | Ti, Nb, V |
100%B | 0.20 | 0.31 | 1.48 | <0.002 | 0.001 | Ti, Nb, V |
試料内部のボイド観察のための引張試験は,平行部の長さ方向を圧延方向と平行にした直径6 mm,標点間距離が24 mmの平滑丸棒試験片を用い,室温において初期ひずみ速度1.0×10-4 s-1で行った。引張試験は破断まで行い,引張方向と平行な断面に鏡面研磨を施して,試験片中央付近に発生したボイドをSEMにより観察した。画像解析ソフトImageJを用いて,SEM像よりボイドの面積率と相当直径を定量的に評価した。ボイド発生時のひずみを式(1)により,断面減少率で評価した。
(1) |
ここで,d0は初期試験片径(6 mm),dxは破面からx mm離れた位置での試験片径を示す。
微細マーカーによる局所ひずみ評価はFig.1に示す小型の平滑引張試験片を用いて行った。試験片は表面処理の後,SEMおよびEBSDによりフェライト/ベイナイト界面を同定した上で,電子線リソグラフィ法により,間隔500 nm,線幅が70 nmの正方格子を試料表面に作製した。微細マーカー付与方法の詳細はMinamiらの論文を参照されたい16)。この試験片を,室温において初期ひずみ速度1.0×10-4 s-1で所定の変形量まで引っ張った後,試験機から試験片を取り外し,SEMにより微細マーカーの変位を捉えた(Fig.2)。これをいくつかの変形量で行い,それぞれの変形段階におけるひずみ分布を得た。この際,式(2)(3)(4)に示すように,ひずみの見積もりには大変形に対応するGreen-Lagrangeひずみを用いた。さらに,体積一定条件ezz=-exx-eyy,および,測定面外のせん断ひずみはゼロとし,式(5)より相当塑性ひずみを算出した。
(2) |
(3) |
(4) |
(5) |
Shape of tested specimen for micro grid method.
SEM image of (a) undeformed and (b) deformed micro-grid patterned regions.
Fig.3に供試鋼3種のエッチング後の光学顕微鏡像を示す。Fig.3(a)はF-40%B鋼の組織を示しており,フェライト中にベイナイトが比較的均一に分布している様子がわかる。また,Fig.3(b),(c)はそれぞれ,フェライト単相およびベイナイト単相鋼の組織である。F-40%B鋼とフェライト単相鋼におけるフェライトの平均結晶粒径はいずれも10~20 µm程度であった。また,ベイナイト単相鋼は数ミクロン以下の微細なラス状組織を呈している。丸棒引張試験片の引張特性をTable 2にまとめて示す。降伏強度(YS)および引張強度(TS)はいずれもベイナイト単相鋼,F-40%B鋼,フェライト単相鋼の順に大きい。一方,一様伸び(uEl),全伸び(El)の大きさは強度の逆順となった。ベイナイト単相鋼の伸びは大きくないものの,引張強度と降伏強度の差が大きく加工硬化の著しいことがわかる。
Microstructure of (a) F+40%B, (b) 100%F, and (c) 100%B steels.
Steel | YS(MPa) | TS(MPa) | uEL(%) | EL(%) |
---|---|---|---|---|
F-40%B | 383 | 620 | 13.4 | 32.8 |
100%F | 363 | 427 | 20.3 | 50.4 |
100%B | 683 | 951 | 4.9 | 20.0 |
Fig.4(a)-(c)はそれぞれ,F-40%B鋼,フェライト単相鋼およびベイナイト単相鋼における引張破断後の破面近傍で得たSEM像である。この際,ボイド発生位置を可視化するため,観察面にナイタールエッチングを施した。図中のボイドの位置を黄色矢印で示す。Fig.4(a)のベイナイト中には微細な組織が視認でき,フェライトは比較的平滑な面の様相を部分的に呈している。図より,F-40%B鋼ではフェライト/ベイナイト界面近傍のフェライト粒内でボイドの発生していることがわかる。一方,Fig.4(b)では,エッチングにより単相のフェライト粒内にラス組織がやや見られるが,粒内や粒界に関わらず多くのボイドが発生している。Fig.4(b)の白枠に囲まれた内挿図は図中央のボイドを含む領域(白枠)の拡大図である。ラス界面に沿って上下に伸びたボイドの形成されている様子がわかる。また,図中に赤矢印で示した介在物近傍にもボイドの発生が見られる。さらに,Fig.4(c)より,ベイナイト単相では破断時に比較的大きなボイドの形成されていることがわかる。
SEM image of cross-section surface close to fracture surface of (a) F+40%B, (b) 100%F and (c) 100%B steels.
破断時に試料内部に発生したボイドを定量的に評価した。Fig.5(a)は,各引張試験片の破断後の縦断面における,ボイド面積率とひずみ(断面減少率で評価)との関係を示す。図中の矢印は,各鋼でボイドが観察された最小ひずみを示す。これをボイド発生限界ひずみと呼称する。その値は,ベイナイト単相鋼,F-40%B鋼,フェライト単相鋼でそれぞれ,0.05,0.15,0.9であった。図より,フェライト単相鋼とベイナイト単相鋼では,ボイド発生以後は僅かなひずみ量でボイドが急増するが,F-40%B鋼では,ボイドが発生してからひずみに対するボイド増加率が増加するまでに0.2程度の付加的なひずみ増分が必要であったことがわかる。また,F-40%B鋼のボイド発生位置は界面近傍のフェライト内部であったが,フェライト単相鋼ではボイド発生限界ひずみが0.9と大きいことから,F-40%B鋼中のフェライト領域ではフェライト単相鋼に比べてボイドの発生が極端に容易であることが示されている。一方,Fig.5(b)は,各鋼における破断後の破面からの距離と引張試験片直径の関係であり,破断時の試験片のくびれの程度を示している。フェライト単相鋼,F-40%B鋼,ベイナイト単相鋼の順に絞りが大きくなっており,破面からの距離が等しくても,この順で式(1)により示されるひずみ値が大きい。Fig.5(b)中の矢印は,F-40%B鋼においてボイドの発生領域と未発生領域の境界位置を示す。この位置より破面に近い箇所でボイドが発生しており,これは試験片のくびれによる応力三軸度の変化がボイド形成過程へ影響していることを示唆する。また,試験片がくびれる以前の最大荷重点では試験片断面でのボイド発生は認められなかった。
(a) Changes of void volume fraction with strain, (b) Changes of specimen diameter with distance from fracture surface.
F-40%B鋼の引張変形の過程で局所的なひずみがどのように蓄積されるのか明らかにするため,表面にマーカーを付与した平板状試験片における局所ひずみ分布を捉えた。Fig.6にこの試験片より得た応力ひずみ曲線を示す。図中のIからIVで示した4つの変形段階は,このひずみにおいて試験片上の同一領域で局所ひずみを測定したことを表す。図上の表に各変形段階での引張試験片の公称塑性ひずみ(Applied strain)とマーカーによるひずみ測定領域の局所ひずみの平均値(Ave. strain)を記す。応力ひずみ曲線において,変形段階IとIIは一様伸び領域,変形段階IIIとIVは局所伸び領域にそれぞれ対応する。また,変形段階IIIとIVでは試験片外形より求めたひずみに対して,マーカーにより求めたひずみ平均値が数倍大きく,局所伸び領域での変形の不均一が極めて著しいことを示している。Fig.7(a)~(d)はそれぞれ,引張変形段階IからIVの,同一領域より得た局所ひずみ分布図である。図中の色はそれぞれの図右のひずみ値のカラーコードに対応している。引張方向は図の水平方向であり,図中の白線はフェライトとベイナイトの界面を示す。図中の黒線については後に言及する。
Stress-strain curve obtained from a plate specimen with micro-grid.
Contour maps of plastic equivalent strain of ferrite-bainite steel of stages (a) I, (b) II, (c) III and (d) IV.
Fig.7(a)より,中央のベイナイトの右側界面に接するフェライトにおけるひずみが0.1程度と,ひずみの平均値0.026の約4倍の値まで局所的に増加していることがわかる。このフェライト領域における局所ひずみは,Fig.7(b)-(d)で示されるように,引張の進行とともに優先的に増加していき,ひずみの集中域は引張方向に対して45から60度に傾いた方向に,ベイナイトの間を縫うように伸びている。また,Fig.7(b)では図の左側のフェライトにおいてもひずみが集中し始め,この位置を中心とするひずみ集中域が右側の領域と同様に斜めに広がっていることがわかる。なお,このひずみ分布図では,変形前のどの箇所のひずみが局所的に変化するか示すために,引張変形の進行に伴う形状変化を反映させていない。一方,Fig.7(b)より,この変形段階ではベイナイト内部にもひずみ集中域が帯状に現れている。また,Fig.7(c),(d)に示されるように,ベイナイト内部でもフェライトと同様に,変形の一旦集中した領域が引張変形とともにさらにひずみの増大する傾向のあることがわかる。このベイナイトにおけるひずみ集中域は,フェライトの変形部のように幅方向に広がらず,狭い帯状領域に限定される傾向がみられる。
Fig.8(a),(b)はそれぞれ,変形段階IIとIIIにおける同一視野のSEM像である。この視野はFig.7(b),(c)中の矢印Xで示したベイナイトとフェライトの界面を含む領域に対応する。Fig.8(a)中の左側には,マーカーが変形せず矩形を保っている箇所が見られ,この領域がベイナイトに対応する。図中のこのベイナイトの右側の界面近傍でフェライトが大きく変形している。引張が進むとFig.8(b)に示すように,フェライトの変形が極めて大きくなり,白矢印で示すようにマーカーの見られない材料内部が現れていることから,ボイドが発生したものと考えられる。Fig.8(b)は引張試験片の局所伸び領域に対応する変形段階で得た像であり,引張変形の塑性不安定段階で,ボイドがベイナイトとフェライトの界面において発生していることがわかる。これは,Fig.5に示した丸棒試験片で得た結果と対応する。
Backscattered electron image of stages (a) II and (b) III in the region pointed by the arrow X in Fig. 7.
一方,Fig.9(a)は,引張変形前のベイナイト組織(図中破線内部)を捉えた方位像である。周囲のフェライト粒内部が単一の方位を示しているのに対し,ベイナイト内部は左上から右下へ伸びたラス組織を含むことがわかる。また,ラス毎に結晶方位が異なっており,ラス同士の界面は比較的方位差の大きな境界を成す。Fig.9(b)に,引張変形段階IIIにおける,Fig.9(a)図中の黒四角内部のSEMによる反射電子像を示す。この像は,Fig.7(c)中の矢印Yで示した箇所に対応する。明るいコントラストを呈する矩形模様は表面に付与されたマーカーであり,その下にラス状のベイナイト組織が観察される。マーカーの一部がラス境界に沿ってせん断されており(赤矢印),ベイナイト内部の変形は極めて局所的であることがわかる。これは,Fig.7でみられたベイナイトにおけるひずみ集中が帯状領域に限られていたことと対応するものと思われる。
(a) EBSD IPF map before deformation and (b) backscattered electron image with applied nominal strain of 13% pointed by the arrow Y in Fig. 7.
Fig.10(a)は,平板状引張試験片を破断させた後の破面のSEM像である。破面全域に等軸なディンプルが形成されており,ボイド形成による延性的な破断の起こったことが示される。また,Fig.10(b)に,破断後に2つに分かれた試験片のそれぞれの表面のSEM像を示す。図より,破断に際してネッキングが生じ,くびれの最も大きな箇所付近に破面の形成されたことが示されている。幸運なことに,Fig.7に示した引張変形の各変形段階でマーカーによる局所ひずみ分布を捉えた視野の,ちょうど内部を破断面が貫通した。Fig.7の各図中の黒線は,実は,破面のトレースに対応している。これにより,破面となる箇所は引張変形の初期からどのように塑性変形したのか把握できることとなった。Fig.10(b)図中の白四角は,Fig.7の観察領域に対応している。Fig.7を振り返ると,引張の進行に伴い,一部のフェライト-ベイナイト界面近傍のフェライトに塑性変形が集中し,この変形領域が帯状に伸びて,他の界面へ連結したトレースに沿って,破面が形成されたことがわかる。すなわち,破断経路となる領域では,引張変形の比較的初期からひずみの局在化の生じていたことが示される。Fig.10(c)は,Fig.10(b)の右側の白四角内左端の拡大図である。破面と試験片表面の交差線を青線で示す。この破面近傍ではマーカーが著しく変形しており,ひずみ値は局所的に4程度に達していた。一方で,破面から数ミクロン離れた領域には矩形のマーカーの形状が視認できる領域が残存しており,破断面近傍の変形は極めて不均一であったことがわかる。
SEM images of (a) fracture surface, (b) appearance of fracture specimen and (c) surface close to fracture surface.
前節で実験的に明らかとなった複相鋼における軟相(フェライト)と硬相(ベイナイト)界面近傍におけるひずみ局在化について,その機構を明らかにするため,実際の組織を模したモデルによるFEM解析を行った。FEM解析にはABAQUS ver.6.12を用い,フェライトとベイナイトの分布は実測された配置(Fig.7)と同等とした。要素サイズは500 nm四方の8節点要素,要素数を150×135個とした。右端節点をx方向に拘束し,左端節点に最大750 nmの強制変位を与えた平面ひずみ条件で解析を行った。材料特性は,密度7830 kg/m3,ヤング率206 GPa,ポアソン比0.3とし,フェライトとベイナイトの真応力真ひずみ関係は,各単相材の丸棒試験片の引張試験により得た。また,最大荷重点以降の真応力真ひずみ関係は,式(6)に示すSwiftの式より推定した。
(6) |
ここで,εpは真塑性ひずみ,C,ε0およびNは材料パラメータである。解析に用いたそれぞれの鋼の応力ひずみ曲線およびSwift式のパラメータをFig.11に示す。白記号は引張試験より得た実験値であり,黒記号は推定値を示す。
Stress-strain curves for FEA obtained by tensile test with round bar specimen of ferrite and bainitic steels.
Fig.12(a),(b)はそれぞれ,FEMでひずみを1.4および5.4%相当に付与したときの相当塑性ひずみ分布図である。Fig.12(a)中の白四角で示した箇所はFig.13にて使用する。Fig.12(a)のフェライト中に変形の集中した箇所が見られる。Fig.12(b)ではこの領域のひずみが増大しており,ひずみ増加に伴い変形の局在化の助長されたことがわかる。変形の集中した領域はいずれもフェライトとベイナイトの間隔が比較的狭い(界面間隔が小さい)箇所であり,変形の局所化とともに,変形領域は引張方向に対して斜めに帯状に伸びるとともに,帯の幅も大きくなっている。これらのひずみ局在化の様子はFig.7に示した観察結果と対応している。
Contour maps of plastic equivalent strain with applied nominal strain of (a) 1.4% and (b) 5.4% and Mises stress with applied nominal strain of (c) 1.4% and (d) 5.4%.
Change in local equivalent plastic strain in ferrite and bainite pointed by Fig.12.
一方,Fig.12(c),(d)はそれぞれ,FEMでひずみを1.4および5.4%相当に付与したときのMises応力分布図を示す。いずれもベイナイト内部の応力がフェライト内部に比べて大きく,ベイナイトが強化相として寄与していることが示唆される。Fig.12(d)では,ベイナイト内部の応力集中部が引張方向に対して斜めに伸びる傾向が見られ,一方,Fig.12(b)では,同じひずみにおいて,ベイナイトの応力集中した箇所にわずかに塑性ひずみが現れている。すなわち,ベイナイトにおけるこのような応力集中が,Fig.9に示したベイナイト内部における局所変形の発現に寄与した可能性がある。Fig.9より,ベイナイトでは引張方向に45度程度に傾いたラス境界に沿ってせん断変形が生じており,ベイナイト内部に発生した応力がラス境界のせん断により緩和されたものと考えられる。また,ベイナイトにおける塑性変形領域は,フェライトの変形集中域の伸びた方向に現れていることから,ベイナイトが塑性変形することにより,フェライトにおける変形の局在化に起因する応力集中の緩和に寄与していることが示唆される。これらのことより,複相組織鋼における変形の局在化は,内部組織の分布状態に大きく影響されることが示された。
3・4 ボイド形成に及ぼすひずみの局在化の影響前節において,F-40%B鋼では著しいひずみの局在化の発生することが明らかとなった。本節では,ひずみの局所的な増大が延性破壊をもたらすボイドの形成に及ぼす影響を検討する。Fig.13は,Fig.12中に白四角で示したベイナイト内部(A),および,接近したベイナイトに挟まれたフェライト領域(B)の2箇所について,FEM解析より得た付加ひずみに対する局所的な相当塑性ひずみの関係を示す。図中,白丸はフェライト,黒三角はベイナイトにおける計算結果を表しており,(i)は選択したフェライト領域における塑性変形の開始ひずみ,(ii)はベイナイト内部の選択領域における塑性変形の開始ひずみをそれぞれ示す。付加ひずみの増大とともに,各選択領域の局所ひずみは塑性変形の開始後に増加しており,局所ひずみの増加率はフェライトの選択領域においてベイナイトの約5倍を呈している。すなわち,Fig.12にも示したように,フェライトにおける局所ひずみの増大は,ベイナイトの分布状態に大きく依存することがわかる。ここで,Fig.5(a)に示したように,フェライト単相におけるボイド発生限界ひずみは0.9であったことから,F-40%B鋼中のフェライトにおいてFEMにより求めた局所ひずみ0.9をFig.13中に横線で表すと,これに対応する付加ひずみは図中の(iii)のように0.14である。このひずみ値は,Fig.5(a)に示したF-40%B鋼におけるボイド発生限界ひずみ0.15に近い値となった。また,Fig.4(a)に示したように,F-40%B鋼で発生したボイドは主としてフェライト/ベイナイト界面において多く観察された。すなわち,F-40%Bにおけるボイド形成は,界面近傍におけるフェライトのひずみがボイド発生限界ひずみを超えたことによるものと考えられる。
一方,Fig.14は,Fig.13と同様のフェライトとベイナイトの分布モデルを用いたFEM解析で,付加ひずみ5.4%に対応する強制変位を与えたときの応力三軸度分布を示す。この付加ひずみを加えたときにモデル材は応力ひずみ線図において最大荷重を示した。引張試験片における巨視的な応力三軸度が延性破壊挙動に及ぼす影響はこれまで多く検討されており17,18,19,20),この値が大きいと延性破壊に至るひずみが小さくなり破面のディンプル寸法が増大する傾向が見いだされている。すなわち,応力三軸度はボイドの成長速度の指標であると言える。Fig.14に示した局所的な応力三軸度は解析した各メッシュにおける静水圧応力をMises相当応力で除することで求めた。応力三軸度の値は図の右側のカラースケールによって表されており,左右にベイナイトが配置されたフェライト領域において1.5から2と,極めて大きな値を示している。また,Fig.7より,このフェライト領域のうち最も大きな応力三軸度を呈した箇所は,F-40%B鋼で実験的に観察された破断経路に含まれることがわかる。これらのことより,F-40%B鋼における延性的な破断は,ベイナイトの配置によってフェライトにおいて極めて局在化したひずみが発生し,これが大きな応力三軸度をもたらすことでボイドが形成され,これらのボイドが連結・伝播することで進行した可能性が大きい。以上のことより,F-40%B鋼における延性破壊挙動は,材料全体が加工硬化している変形段階での,フェライト中のベイナイトの分布状態に起因したひずみの局在化の影響を大きく受けることが明らかとなった。
Contour maps of stress triaxiality with applied nominal strain at around maximum load.
フェライト-ベイナイト鋼および構成相単相の延性破断時のボイド形成挙動を調べるとともに,フェライト-ベイナイト鋼の局所変形挙動を微細マーカー法とFEM解析により検討し,以下の結論を得た。
(1) フェライト-ベイナイト鋼の一軸引張による延性破断の際,くびれ部断面のボイドは二相の界面近傍のフェライト領域に多く観察された。
(2) 微細マーカー法を用いた局所変形解析により,引張変形における加工硬化段階でフェライト-ベイナイト界面近傍のフェライトにおいてひずみが著しく局在化し,その後の巨視的な塑性不安定段階でも同じ領域において局所変形の助長されることがわかった。実際の相分布を用いたFEM解析によっても,同様に界面近傍での変形の局在化がみられた。
(3) フェライト-ベイナイト鋼の引張変形中にベイナイトではラス界面に沿ったせん断変形が起こった。
(4) FEM解析により,フェライト-ベイナイト鋼内部のボイドは,界面近傍のフェライトにおける局所ひずみがフェライト単相のボイド発生に必要なひずみ値に到達したことにより形成されたことが示唆された。
(5) ひずみの局在化は引張変形の一様のび段階では加工硬化に寄与する一方,局部のび段階では,同様の局所ひずみの増大がボイドを形成せしめ,延性破壊をもたらす可能性が示された。