2024 Volume 110 Issue 3 Pages 118-129
As-quenched α'-martensitic structure and its mechanical properties of Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al alloys containing various concentrations of Al were investigated. Microstructural observations of specimens heat-treated under various conditions confirmed that a austenite single-phase region can be obtained in the temperature range from 1373 K to 1473 K when Al is increased up to 3%. Dilatometry tests showed that the Ms temperature increases at a rate of 25 K/mass% with increasing Al content. The hardness of α' tended to decrease due to the decrease in the concentration of carbon in solid solution by auto-tempering and the formation of coarse blocks near the prior austenite grain boundaries. The coarse blocks had a butterfly shape, and there were no lath structures or transformation twins inside them, but rather high-density dislocations and carbides. Tensile tests on the 2%Al steel showed that the above coarse blocks can produce a large strain, which suppresses early rupture, resulting in a significant increase in ductility without any loss of strength.
アルミニウム(Al)は鋼中でニッケル(Ni)と反応して金属間化合物(Ni3AlやNiAlなど)を生成するため,二次硬化鋼や析出硬化型ステンレス鋼などの高合金特殊鋼における合金元素として利用されてきたが,汎用鋼への合金元素としてのAlの利用は限定的であった。しかし近年,Alがシリコン(Si)と同様に鋼中でセメンタイト(θ)の析出を抑制する効果を示し1,2),またSiをAlで置換することにより表面性状の劣化やめっき性の低下3)を回避できるという利点が注目され,とくに残留オーステナイトの安定化が必要とされるTRIP(Transformation-induced plasticity: 変態誘起塑性)型複合組織鋼(低合金TRIP鋼2,4,5),Q&P(Quenching and partitioning)鋼 6),中Mn鋼7,8,9)など)では,Al添加鋼の組織や機械的性質の調査がなされるようになった。さらに,Alはその原子量がFeの約半分であり軽量であるという特徴を有するため,中Mn鋼に5~10 mass%程度のAlを添加したlightweight steelやlow-density steel(Fe-Al-Mn-C合金)の研究が活発に行われるなど7,8,9,10),鉄鋼材料におけるAlの重要性が高まっている。
しかしながら,鉄鋼材料に対するAlの効果については,残留γの安定度4,5,6)や積層欠陥エネルギー8),κ炭化物(L12型構造のfcc炭化物: (Fe,Mn)3AlC)8,9)などに関する研究は見られるものの,鋼の相変態やその結果得られる組織の形態や結晶学的特徴に関する知見は非常に乏しい。とくに高強度組織として不可欠なマルテンサイト(α’)に関する研究がほとんどなされていない。α’におけるAlの影響については,Ms点がAl添加と共に上昇することが1946年にJaffeらによって報告されているが11),それ以来Al添加鋼に関する十分な基礎研究はなされていない。今後,構造物の軽量化を目的としてα’組織を主体とした高強度鋼のさらなる高強度化を目指していくにあたって,鋼材の軽量化を図れる点においてもα’鋼におけるAlの利用は有効と考えられ,基礎的知見としてα’の組織や機械的性質に及ぼすAl添加の影響を明らかにしておくことが重要である。
本研究では,0~5 mass%の範囲でAl量を変化させたFe-0.5%C-1.5%Mn-Al合金(mass%)を用いた。焼入α’の研究をするためには高温でγ単相組織とする必要があるが,Alは強力なフェライト(α)安定化元素であるため,γ単相領域が狭くなる。より多くのAlを添加するために,γ安定化元素である炭素を0.5%Cと高めに設定した。これらの試料を用いてα’単一組織が得られる最大のAl添加量を求めた後に,α’変態挙動ならびに焼入α’の組織や機械的性質に及ぼすAl添加の影響を調査した。
本研究では,炭素量を一定としたFe-0.5%C-1.5%Mn-(0~5)Al合金(mass%)を供試材として用いた。詳細な化学組成をTable 1に示す。また,0Al鋼と2Al鋼については引張試験用に溶解し直したため,その化学組成についても併せて示している。各試料に対し,1473 Kで圧下率70%の熱間圧延を施し,空冷した。その後,973 K~1473 K-1.8 ksの恒温保持を行い,水冷した試料に対して光学顕微鏡による観察を行うことで,α’単一組織が得られる熱処理条件を特定した。また,Alによる固溶強化を見積もるためにFe-(0~3)Al合金を溶解した(Table 1)。それら試料に対して80%の冷間圧延を施した後,973 Kで1.8 ksの再結晶処理を行うことでα単相組織を得た。
Al (mass%) | Al (at%) |
C | Mn | N | O | Fe | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
0Al | 0.030 | 0.061 | 0.46 | 1.52 | 0.0033 | 0.0019 | bal. |
1Al | 0.96 | 1.93 | 0.48 | 1.48 | 0.0043 | 0.0020 | bal. |
2Al | 1.93 | 3.85 | 0.46 | 1.42 | 0.0044 | 0.0033 | bal. |
3Al | 2.89 | 5.71 | 0.45 | 1.44 | 0.0026 | 0.0033 | bal. |
4Al | 3.88 | 7.59 | 0.46 | 1.44 | 0.0035 | 0.0027 | bal. |
5Al | 5.28 | 10.19 | 0.43 | 1.33 | 0.0030 | 0.0041 | bal. |
0Al-tensile | 0.018 | 0.037 | 0.40 | 1.51 | 0.0021 | 0.0023 | bal. |
2Al-tensile | 1.97 | 3.93 | 0.44 | 1.39 | 0.0040 | 0.0006 | bal. |
Fe-0Al | 0.013 | 0.027 | <0.001 | <0.003 | — | — | bal. |
Fe-1Al | 0.96 | 1.97 | 0.001 | <0.01 | — | — | bal. |
Fe-2Al | 1.99 | 4.03 | 0.001 | <0.01 | — | — | bal. |
Fe-3Al | 2.91 | 5.84 | 0.001 | <0.01 | — | — | bal. |
供試材における相変態挙動の調査を,トランスマスターII(アドバンス理工株式会社製)を用いた熱膨張測定により行った。試験片には,あらかじめ1273 K-1.8 ksで焼入処理を行い,α’単一組織とした試料をワイヤー放電加工機によりφ3×10 mmに切り出した丸棒を用いた。測定はN2ガス雰囲気中にて行い,室温から1273 Kまで1 K/sの速度で昇温し,1.8 ksの保持後,室温まで冷却速度-200 K/sで冷却した。各試料の1273 K-1.8 ks焼入材に対して透過型電子顕微鏡(TEM, JEM-2100HC, JEOL製, 加速電圧200 kV)および電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM, SIGMA500, Carl Zeiss Microscopy GmbH製, 加速電圧5 kV)による組織観察を行った。また,FE-SEMに搭載された方位像顕微鏡(OIM)を用いた電子線後方散乱回折(EBSD)法により結晶方位解析を行った。方位測定時には加速電圧を20 kVとし,解析に用いるステップ間隔を0.3 µmに設定した。得られたデータについてTSL社製のOIMシステム(OIManalysis)により解析を行い,結晶方位マップを作成した。
転位密度の解析をX線ラインプロファイル解析により行った。湿式研磨後,リン酸クロム酸溶液を用いた電解研磨を施すことで測定用試料を準備した。本研究では,湿式研磨による加工層の影響を除去するため,最低でも50 µmの電解研磨を行った12)。X線回折測定では,線源としてCu-Kα1(波長:0.15418 nm)を使用し,0.8 deg/minの速度で検出器を回転させて40 kV-25 mAの条件で行った。得られたX線ラインプロファイルは装置由来の影響を含んでいるため,その影響はVoigt関数を利用した補正法13)により除去した。なお,その補正には973 Kで10.8 ksの焼鈍をした後炉冷した純鉄を転位密度が十分低い標準材として用いた。
Ungárら14,15)はmWH法として以下の式を提唱している。
(1) |
ここでK=2sinθ/λ,ΔK=2βcosθ/λ,λはX線の波長,θは回折角[rad.],βは回折ピークの半価幅[rad.],Dは結晶子サイズ,Aは転位の有効半径に関する定数,Oは高次項の係数であり,Cは転位の平均コンストラクトファクターを表している。mWH法で得られたCをmWA法でも用いることで転位密度を算出する。mWA法では以下の式が用いられる14,15)。
(2) |
(3) |
ここでLはフーリエ長さ,A(L)は回折ピークをフーリエ変換したときのフーリエ係数の実部,AS(L)はその結晶子サイズ成分,Reは転位の有効応力場半径,Qは(K4C2)の高次項である。
引張試験をインストロン型試験機(ミネベア製 TCM-50 kNB)を用いて,室温で行った。試験片は並行部長さ6 mm,幅3 mm,厚さ1 mmの板状試験片であり,クロスヘッドスピード0.4 mm/min(初期ひずみ速度1.1×10-3 s-1)の条件で実施した。デジタル画像相関(DIC)法では転位密度測定と同様の研磨後,コロイダル懸濁液を用いた化学研磨を行った試験片を用いた。試験片は平行部長さ10 mm,幅1 mm,厚さ0.45 mmの板状試験片であり,SEM内で引張試験を行いながら,変形前後のSEM像(1024×768 px)を取得した。得られた組織についてcorrelated SOLUTIONS製のソフトウェアVic-2D2009を用いてひずみ解析を行った。サブセットサイズとステップはそれぞれ50 pxと5 pxとした。本研究では引張方向へ平行な成分εxxが主要な成分であったため,これに注目してひずみ量を評価した。
Alはα生成元素であるため,Al添加によりγ単相域が狭まることが予想される。Fig.1はThermo-Calc.により計算したFe-0.5%C-1.5Mn%-Al合金の状態図を示しており,SSOL7(a)およびTCFE12(b)のデータベースでそれぞれ計算した結果である。両者ともAl添加に伴いα生成領域が拡大することを示しているが,相境界線の位置は両者間で大きく異なり,TCFE12の方がγ単相域が高Al側まで拡大する計算結果となっている。また,TCFE12の高Al側ではκ炭化物の領域が現れている。κ炭化物は高Mn鋼のlightweight steelで析出すると高強度化することが知られている8,9)。
Equilibrium phase diagrams of Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al alloys (mass%) calculated with SSOL7 (a) and TCFE12 (b) databases.
γ単相域を実験的に調査するために,各試料を973~1473 Kで1.8 ks保持後,水冷し,組織観察を行った。Fig.2は0Al,1Al,2Al鋼の光学顕微鏡組織およびビッカース硬さを示す。高温保持材ではいずれの鋼種においても典型的なラスα’組織が得られており,保持温度が低くなるにつれて組織が微細化し,不明瞭になっている。α’単一組織が得られていると考えられる高温保持材では,いずれの試料でも700 HVを超える高い硬さを示しているが,2Al鋼では硬さがやや低下する傾向が見られる。0Al,1Al鋼の973 K保持材,2Al鋼の973 K,1073 K保持材では著しく硬さが低下していることから,これらの条件では完全にγ化できておらず,熱処理前のα/パーライト組織の一部または全てがαおよびθとして残存していたと考えられる。とくに973 K保持材ではAl添加量によらず230~240 HVと硬さが低いため,γが存在しないα+θ二相域で焼鈍された組織であると推察され,2Al鋼の1073 K保持材では461 HVと硬さがやや上昇していることから,γ+α二相域もしくはγ+α+θ三相域で焼鈍され,その後冷却時に一部α’変態を生じて硬化したと予想される。Fig.3は3Al,4Al,5Al鋼の光学顕微鏡組織と硬さを示す。3Al鋼において,1373 Kおよび1473 K保持材ではα’単一組織が得られているが,1273 K以下の試料では粒状または塊状のα組織がα’組織中に分散しており,その体積率が保持温度の低下に伴い増大するためそれに伴い硬さも連続的に低下している。4Al鋼ではさらにα組織の量が増大し,1473 Kでも微量のαが確認できる。5Al鋼になるとすべての試料でα組織が多量に残存し,硬さも300 HVを下回るようになる。973 Kまで保持温度が低下するとα組織の体積率がα’組織を上回るようになり,硬さは240 HV以下にまで低下する。
Optical micrographs of as-quenched 0Al, 1Al, and 2Al steels heated at various temperatures for 1.8 ks. (Online version in color.)
Optical micrographs of as-quenched 3Al, 4Al, and 5Al steels heated at various temperatures for 1.8 ks. (Online version in color.)
以上の組織観察の結果とFig.1の状態図を照らし合わせると,SSOL7よりもTCFE12の方が実験結果と合致している。Fig.4はTCFE12で計算した状態図上に光学顕微鏡組織および硬さから判断したその温度での組織を比較した結果を示す。●はγ単相域,▲はγ+α(+θ),■はα(+θ)を示す。なお,θの有無はFig.2,Fig.3からは判断できなかったため,ここでは分類していない。状態図と実験結果は概ね一致しているが,γ単相域は計算結果よりもわずかに低Al側に縮小しているようである。したがって,Fe-0.5%C-1.5Mn%-Al合金においては,3%までAlを増大させてもα’単一組織が得られるということが明らかになった。
Comparison of equilibrium phase diagrams of Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al alloys (mass%) calculated with TCFE12 database and experiment results.
前項の調査結果によりα’単一組織が得られることが判明した0Al,1Al,および2Al鋼のα’変態挙動について調査を行った。Fig.5は0Al,1Al,2Al鋼の熱膨張曲線を示す。昇温過程では,Al量の増加に伴いα→γ変態に伴う収縮が不明瞭になっており,状態図通りの広い二相域を経由して変態していることがわかる。冷却過程においては,600 K付近でα’変態するまで直線的に収縮しており,途中でα変態やパーライト変態などの拡散変態は生じていない。冷却中に膨張し始める点をMs点として各試料のα’変態温度を測定した。Fig.6はMs点に及ぼすAl添加量の影響を示す。Al添加量の増加に伴いMs点が上昇しており,その増加率は25 K/mass%であった。これは従来報告されている30 K/mass%と近い値である11)。
Dilatation curves of 0Al, 1Al, and 2Al steels (heating rate: 1 K/s, cooling rate: −200 K/s).
Change in Ms as a function of Al content in Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al alloys.
Al添加によるMS点上昇の要因の一つとして,Alによるα安定化によってα’変態の駆動力が増大し,変態が促進された可能性が考えられる。そこでγとαの自由エネルギーが等しくなる温度であるT0点をThermo-Calc.(データベース:TCFE12)により計算した。得られたT0点をAl濃度で整理した結果をFig.7に示す。また比較のため,同じくα生成元素であるCrとSiの影響も併示している。CrやSiと比べ,AlはT0点を大きく上昇させる傾向にあることがわかる。T0点が高くなると,同一の温度で得られるγ→α’変態の駆動力が大きくなると考えられるため,それがAl添加によりMS点を上昇させた要因の一つであると推測される。ただし,逆にT0点を上昇させるSiがMS点を低下させることも事実であり,本考察だけではAl添加によるMS点上昇を完全に説明できたとは言えない。詳細な機構の解明にはさらなる調査を要するが,注目すべき報告として,Zhuら16)はFe-2%Mn-1.5%Al-0.25%C合金において,γ化温度が低いほど旧γ粒径が小さいにもかかわらずMs点が上昇することを示し,その理由を低温ほど旧γ粒界へのAlの偏析が促進されることで説明している。Alの粒界偏析が変態点に影響するのであれば,粒径や熱処理条件だけでなく,その他の合金元素との相互作用17)によってもMs点が大きく変動する可能性がある。粒界偏析の定量評価を含めた今後の検討が必要であろう。
Changes in T0 temperature as a function of Al, Si, or Cr content in Fe-1.5%Mn-0.5%C-(Al, Si, or Cr) alloys.
Fig.8は1273 K–1.8 ksのγ化処理後に水焼入れした0Al(a)(c)(e)および2Al鋼(b)(d)(f)の結晶方位マップ(a)(b),IQ(Image Quality)マップ(c)(d),KAMマップ(e)(f)を示す。いずれの鋼種も微細なブロック組織を有するラスα’組織が主体となっているが,2Al鋼では粒界近傍に粗大な粒が存在していることがわかる(図中矢印)。IQマップやKAMマップを見ると,その粗大粒は高いIQ値と低いKAM値を示し,周囲のラスα’とは性質が異なっている。EBSD解析の結果からそのような粗大ブロックの割合を算出したところ,0Al鋼で約1%,2Al鋼で約6%となった。Hayashiら18)は,Fe-0.61%C-3.00%Si-2.06%Mn合金の焼入組織中に同様なα’が存在し,それらがバタフライα’であると報告している。IQ値が高く,KAM値が低い理由として,内部にラス境界のような小角粒界が少ないことが挙げられている。また,Alはα変態やベイナイト変態を促進することも知られており19),α’以外の組織であることも否定できない。粗大組織をSEMおよびTEMで詳細に観察した結果をFig.9に示す。Fig.9(a)(b)は粗大組織のSEM像である。写真中央に旧γ粒界に沿って生成した,周囲のラスα’とは様相の異なる粗大組織があり,その内部には微細な炭化物が析出している。同様の形態を有する組織をBF-TEMにより観察したところ(Fig.9(c)(d)),その内部にはラスや変態双晶は観察されず,転位と炭化物が存在していた。また,Fig.9(e)のように二本の羽を持つバタフライα’に特有の組織が一部で観察されている(図中矢印)。Hayashiらは,旧γ粒界で優先的に核生成するバタフライα’においては旧γ粒界に影響を受けて典型的なバタフライ形状にならず,一本のブロックとして形成されることが多いこと,晶癖面が一般的なバタフライα’の{225}γではなく{111}γに近くなることを報告しているが,形成過程の詳細は明らかにされていない18)。
Crystallographic orientation maps (a)(b), image quality maps (c)(d), and KAM maps (e)(f) of as-quenched 0Al (a)(c)(e) and 2Al (b)(d)(f) steels. (Online version in color.)
SEM images (a)(b)(e)(f) and BF-TEM images (c)(d) in as-quenched 2Al steel.
以上の結果から,2Al鋼で頻繁に観察される粗大組織はバタフライα’である可能性が高いと思われるが,変態双晶が確認されていないことや,結晶学的な検討が不十分であることから,現時点で断定することはできていない。Al添加による形成促進の原因や,生成している粒界の性質,粒界偏析に伴う活性化エネルギーや駆動力の変化などの調査を進めていく必要がある。一方で,Fig.9(f)に示すようなベイナイト組織もわずかながら観察された。Alは冷却中のα変態やベイナイト変態を大きく促進するため19),α’鋼に対してAlを利用する場合は冷却速度の制御も重要であると思われる。
3・2・3 マルテンサイトの転位密度および固溶炭素に及ぼすAlの影響Fig.10はX線回折により取得した0Alおよび2Al鋼の200α’ピークを示す。高炭素α’では結晶構造がbccよりもbctが安定になり,c軸方向に結晶格子が伸長することで正方晶性が発現すると知られている20,21,22)。そのとき,200α’ピークの低角側にc軸起因の002α’ピークが現れる。0Al鋼ではピークが低角側に膨らむように非対称となっており,bct構造を含むα’組織であることがわかる。一方で2Al鋼では,ピークが比較的対称に近づいている。完全にbcc構造になったかどうかを示すにはより詳細な解析が必要であるが,少なくとも0Al鋼よりは固溶炭素量が減少することで平均の正方晶性が小さくなり,bcc構造に近づいていると言えるであろう。これは2Al鋼のMS点が0Al鋼よりも50 K高いため,自己焼戻しが促進されたことに一因があると考えられる。
X-ray line profiles of 200α’ peaks in as-quenched 0Al (a) and 2Al (b) steels.
α’の転位密度に及ぼすAlの影響を示すため,上記の焼入れ材についてX線回折を実施した。X線ラインプロファイルを用いて正方晶性を有する炭素鋼α’の転位密度を測定する場合,正方晶性に起因するピークのブロードニングにより転位密度が過大評価されることに注意すべきであるが,著者らは,回復が生じない573 Kでの低温焼戻しで正方晶性の影響のみを除去し,焼入α’の真の転位密度を測定できることを明らかにしている23)。本研究でも同様の手法を適用し,焼入材を573 Kで焼戻した試料の転位密度を測定した。その結果,Fig.11に示すように,Al量が2%まではα’の転位密度は一定であることが示された。本鋼種のMS点はいずれも650 K以下と低く,このような低温では回復が生じ難いため23),50 K程度のMS点の差では,転位の消失の程度はほとんど変化しなかったと考えられる。また,Hayashiらの報告においても,ラスα’とバタフライα’で転位密度の差は小さいとされていることから,Al添加鋼で部分的に生成していた粗大α’も平均の転位密度にはほとんど影響しなかったと判断される。
Change in dislocation density as a function of Al content in 573 K tempered Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al alloys.
Fig.2に示したように,0Alおよび2Al鋼の1273 K焼入材の硬さはそれぞれ754,718 HVとなった。そのうちのAlによる固溶強化分を見積もるために,α組織としたFe-Al合金の硬さを測定した結果(Fig.12),1 mass%のAl添加により約20 HVの硬さ上昇がみられた。つまり,2Al鋼の焼入材では約40 HVのAlの固溶強化が働いていると考えられるが,0Al鋼と比べて逆に約35 HVの硬さ低下が確認された。その原因を調査するために,ナノインデンテーション試験を実施した。0Al鋼と2Al鋼においてナノインデンテーション試験を行った視野での結晶方位マップと,その領域での硬さの分布をFig.13に示している。各鋼に対してそれぞれ100点の測定を行うことで算出したナノ硬さの平均値は,0Alと2Al鋼でそれぞれ11557,10697 MPaと見積もられ,ビッカース硬さと同様に2Al鋼の方が軟質となった。ただし最高硬さ側の値については14000 MPa程度でほぼ同等である。これは,自己焼戻しがほとんど生じないと思われる変態後期で生成したα’が両鋼で同等の高い硬さを示したためと解釈できる。それに対して低硬さ側に着目すると,13000 MPa級の測定点が2Al鋼で大きく減少し,12000 MPa級以下の点が増加している。これは,Ms点が高い2Al鋼でラスα’の自己焼戻しが促進されたことで全体的に固溶炭素量が減少したためであると予想される。とくに,2Al鋼で見られた粗大でIQ値が高いブロック(図中矢印)は8000 MPa級と最低の硬さを示している。この粗大ブロックは旧γ粒界近傍に存在していることから変態初期に生成し18),他のブロックに比べて自己焼戻しの影響が大きいと考えられる。つまり,2Al鋼ではMs点上昇に伴う固溶炭素量の減少および一部ブロックの粗大化により0Al鋼よりも軟質なブロックが増え,平均硬さの低下および硬さのばらつきの増大がもたらされたと結論される。
Change in Vickers hardness as a function of Al content in Fe-Al alloys with ferritic microstructure.
Crystallographic orientation maps of the area where nanoindentation test was performed, and nano hardness distribution in as-quenched 0Al (a) and 2Al (b) steels. (Online version in color.)
Uranakaら24)は,炭素鋼α’における炭素による固溶硬化量∆HVsol.Cが下記の式で表されることを報告している。
(4) |
ここでCsolは固溶炭素量[mass%]である。0Al鋼の焼入材でも自己焼戻しは生じていると考えられ,Uranakaらの報告によれば,0Al鋼と似た組成とMs点(551 K)を有するFe-2%Mn-0.5%Si-0.49%C合金では約80%の炭素がα’母相中に固溶したままであり,残りは転位や粒界に偏析もしくは析出している24)。0Al鋼でも全体(0.46%C)の80%の炭素が固溶しているとするとCsol0Alは約0.37%となり,式(4)より∆HVsol.C0Alは473 HVと計算される。2Al鋼における硬さ低下が固溶炭素の減少によるものだとすると,焼入材の硬さ低下量(36 HV)と2%Alによる固溶強化量(40 HV)を差し引いて,∆HVsol.C2Alは397 HVとなる。このときのCsol2Alは約0.26%であり,2Al鋼では約50 KのMs点上昇に伴う自己焼戻し促進により固溶炭素量が0Al鋼と比べて約0.11%減少したと見積もられる。
Fig.14は0Alおよび2Al鋼の1273 K焼入材の公称応力―ひずみ曲線を示す。なお,実験方法で示した通り,引張試験用に再溶解を行ったため,わずかに化学組成が変化している。両鋼種とも焼入れα’鋼に特有の連続降伏挙動を示しており,両者間で0.2%耐力や弾性限に大きな相違は認められなかった。しかし,0Al鋼では降伏直後に破断してしまい低延性であるのに対し,2Al鋼では早期破断が抑制され,5%程度の伸びが得られている。Fig.13で示したように2Al鋼では軟質なブロックが増加しているため,その組織の高延性が試料全体の伸び増大と関係していると予想される。そこで,0Alおよび2Al鋼の1273 K焼入材に対してDIC解析を行うことで得られたひずみ(εxx)マップをFig.15に示す。観察領域の平均ひずみ(εxx)量は0Al鋼で2.3%,2Al鋼で2.4%と同程度としている。0Al鋼では比較的均一なひずみ分布を示しているのに対して,2Al鋼では粗大ブロック領域(図中矢印)へひずみが集中する傾向にあり,より不均一なひずみ分布を呈している。ひずみ集中部でのひずみの値は3.8%に達しており,それが流動応力増大の緩和や伸びの増大に寄与していると考えられる。以上の結果より,2Al鋼のように比較的軟質なブロックを生成させることで,強度を大きく損なわず,延性を顕著に向上させることができると結論づけられる。Pinsonら25)はFe-0.4%C-Al合金の焼入性の悪さを逆に利用し,旧γ粒界にフィルム状のαを生成させることで曲げ試験中の焼入れα’の粒界破壊を抑制することができることを報告している。近年ではホットスタンプ材において高強度な焼入α’がそのまま利用されることが一般的となり,TS 1500 MPa級以上の超高張力鋼板も実用化されている26)。そのような材料においてAl添加により自己焼戻しを促進させ,軟質組織の形成を有効利用できれば,高張力鋼板のより安全な利用に繋がる可能性が生じると期待される。
Nominal stress-strain curves of as-quenched 0Al and 2Al steels. (Online version in color.)
εxx strain maps in as-quenched 0Al (a) and 2Al (b) steels. (Online version in color.)
Fe-1.5%Mn-0.5%C-Al合金の焼入マルテンサイト組織および機械的性質に及ぼすAlの影響を調査した結果,以下の知見が得られた。
(1)種々の条件で熱処理した試料の組織観察を行った結果,1373 Kから1473 Kの温度範囲であれば3 mass%までAlを増大させてもオーステナイト単相域が得られることが確認された。TCFE12のデータベースを用いた計算状態図は本実験結果に近い結果を示した。
(2)Al添加量の増大に伴い25 K/mass%の割合でMs点が上昇する。それに伴い,自己焼き戻しによる固溶炭素量の減少,ならびに旧オーステナイト粒界近傍で粗大ブロックの形成が生じ,マルテンサイトの硬さは低下傾向となる。
(3)粗大ブロックはバタフライ形状を呈しており,その内部にはラスや変態双晶は存在せず,高密度の転位と炭化物が存在している。周囲のラスマルテンサイトよりも硬さは低く,マルテンサイトの硬さ低下の原因となる。
(4)0Al鋼を引張試験すると降伏直後に早期破断が生じるが,2Al鋼では上記の粗大ブロックが大きなひずみを担うため,早期破断が抑制され,強度を損なうことなく延性が顕著に改善される。
本研究の一部は,JSPS科研費22K04740の支援を受けて行われたものです。また,本研究におけるTEM観察に際しまして施設・装置を利用させて頂き,科学的・技術的ご支援を賜りました九州大学超顕微解析研究センターに心から謝意を表します。