Tetsu-to-Hagane
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Estimation of True Hardness and Quantitative Evaluation of Auto-Tempering in As-Quenched Martensitic Steels
Osamu Idohara Youhei HiyamaYoshitaka MisakaSetsuo TakakiToshihiro Tsuchiyama
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2024 Volume 110 Issue 4 Pages 376-384

Details
Abstract

The hardness of martensitic steels with high Ms temperatures is reduced by auto-tempering after transformation, therefore the true hardness of martensite with carbon in fully solid solution is not known. In this study, we investigated a method to quantitatively evaluate the true hardness of quenched martensite unaffected by auto-tempering and the effect of auto-tempering by quantitatively evaluating the degree of tempering of martensite using the diffusion area of carbon in bcc iron at temperatures below 400°C. As a result, it was clarified that the effect of auto-tempering is more pronounced in steels with an M50 temperature higher than 300°C and that the softening behavior of martensitic steels can be uniformly evaluated regardless of the carbon content if the activation energy of carbon diffusion is known. Furthermore, it was clarified that the degree of auto-tempering can be quantitatively evaluated by calculating the integral diffusion area S (=∑Dt) below the M50 temperature during quenching.

1. 緒言

マルテンサイト鋼の昇温に伴う焼戻過程については古くから多くの研究が行われており,室温近傍で炭素原子クラスターや変調構造の形成,100~200°Cでのη炭化物やχ炭化物など遷移炭化物の析出が生じ,300°C以上では遷移炭化物からセメンタイトθへの遷移が起こると報告されている1,2,3,4)。以上の反応については炭素原子の格子拡散律速により進行すると考えられている。400°C以上ではθのオストワルド成長が起こるようになり,合金鋼の場合は置換型合金元素の格子拡散が律速過程となる5)。ただし,工業的な焼入過程で生ずる自己焼戻しについては,400°C以上の温度で起こるθのオストワルド成長が関与することはないので,炭素原子の格子拡散が関与した炭化物反応に的を絞って議論できる。

これまで,焼戻マルテンサイト鋼の強度を評価する指標として,次式であらわされる焼戻パラメーターP6)が広く用いられてきた。

  
P=T(A+logt)(1)

ここで,Tは焼戻温度[K],tは焼戻時間[h],Aは炭素量(mass%C)に依存した定数であり,次式で与えられる6)

  
A=21.35.8(mass%C)(2)

ただしこのパラメーターは,あくまでも要求される強度を得るための焼戻温度と焼戻時間の互換性を示す工業的な指標に過ぎず,異なる熱活性化過程が組織変化の律速段階となる場合には同一のパラメーターで特性を整理することはできない。したがって,このパラメーターを用いて合金元素の種類や含有量が異なる鋼種について一貫して焼戻挙動を評価することはできない。こうした問題を解決するために,400°C以上の温度で焼戻した高温焼戻材について,合金元素の拡散挙動を表す新たな焼戻パラメーターが提案され,様々な鋼種に関して焼戻マルテンサイト鋼の強度を推定できることも分かっている7)

一方,前述のように400°C以下の焼戻温度域においては,焼戻反応は炭素原子の格子拡散に律速されるので,炭素原子の拡散に基づいた焼戻パラメーターを採用すべきであろう。温度を一定とした焼戻処理については,その温度に対応した炭素の拡散係数Dと焼戻時間tを掛け合わせた拡散面積(Dt)で焼戻反応の程度を評価できる。しかし,連続冷却中に起こる自己焼戻しについては,冷却速度に応じて温度が連続的に変化するために積分拡散面積で焼戻反応の程度を評価する必要がある8)。マルテンサイト変態を利用した大型部材では,マルテンサイト変態後の冷却速度が遅いために,自己焼戻しの影響が表れやすい。とくに,Ms点が高い低炭素マルテンサイト鋼については,水冷しても自己焼戻しを防止できない可能性があり8),実際に,溶体化処理後に水冷した0.12 mass%Cの低合金鋼において,マルテンサイト変態後に何らかの炭化物が析出していることも確認されている9)。自己焼戻しの程度は,鋼のMs点や冷却速度に依存して異なるため,連続冷却中に生成するマルテンサイトについては,部材の場所や冷却方法により自己焼戻しの程度が異なっていると考えられる。

自己焼戻しは,マルテンサイト鋼の強度に大きく影響を与え,部材の焼割れや変形とも深くかかわっているため,工業的な観点から,冷却速度に依存した自己焼戻しの影響を正確に評価することが求められている。また,シミュレーション技術が発達し,強度や変形予測の精度は向上しているが自己焼戻しの影響は考慮されておらず,より高い精度でのシミュレーションを行うためには自己焼戻しの影響を定量的に評価することが必要となる。このように,工業的に重要なマルテンサイトの自己焼戻し現象は電子顕微鏡10)やatom probe tomography(APT)11)などの解析機器を用いて明らかにされているが,定量的に評価された例は見当たらない。

そこで本研究は,自己焼戻しの影響を受けていない焼入マルテンサイトの真の硬さを求めたのち,bcc鉄中での炭素の拡散係数と保持時間を掛け合わせた拡散面積によって,マルテンサイト変態後に起こる自己焼戻しの影響を定量的に評価し,硬さ予測を可能にすることを目的とした。

2. 実験方法

2・1 試料ならびに熱処理

供試材には,Table 1に示す炭素量0.20~0.55%の炭素鋼(S25C, S35C, S45C, S55C)とクロムを約1~1.2 mass%,モリブデンを約0.17mass%含むクロムモリブデン鋼(SCM420, SCM435, SCM440)を用いた。クロムモリブデン鋼では成分の偏析の影響を小さくするため,1200°Cで3時間の均質化処理を行った。自己焼戻しの程度は冷却速度やMs点によって変わる。そのため,できるだけ早い冷却速度が得られるように試験片は直径16 mm厚さ3 mmとし,測温は鋼材表面から直径1.1 mmの穴をあけてシース熱電対を8 mm深さに固定して行った。Fig.1(a)に試験片形状を示す。試験片は890°Cで0.5時間の溶体化処理を行った後,撹拌した5% - NaCl冷水中にて急冷してマルテンサイト組織とした。なお,焼入まま材は焼入後に約1 h室温保持した後硬さの測定を行っており,その他の試験片は約−20°Cで保管した後,工業的な低温焼戻条件である150°Cから高温焼戻条件である600°Cまでの温度で1時間焼戻しを行った。試験片の硬さはビッカース硬さ試験(荷重:2.9 N)にて評価した。できるだけ自己焼戻しの影響を避けるために,硬さ測定は,試験片の切断面(3×16 mm)の表面から0.5 mm深さの位置で行った。測定は5回行い,その平均値を各試験片の硬さとした。変態点は高周波誘導加熱方式の変態点測定装置を用いて測定した。Fig.1(b)に熱膨張曲線の模式図を示す。Ms点とMf点は溶体化後の冷却時の熱収縮曲線の接線とマルテンサイト変態による膨張曲線の接線との交点の温度とした。一方でマルテンサイト鋼におけるMs点と合金成分の関係は,多くの研究がなされており次式が示されている12)

  
Ms(°C)=539423C7.5Si30.4Mn12.1Cr17.7Ni7.5Mo+10Co(3)
Table 1.

Chemical compositions (mass%), Ms temperature, M50 temperature and the amount of retained austenite γ in the steels used.

Fig. 1.

Dimension of the specimens used for heat treatment (a) and the dilatometric method on the measurement of Ms , Mf and M50 (b).

実験で求めたMs点は式(3)を用いた計算値とほぼ同じであることを確認した。M50点は,溶体化後の冷却時の熱収縮曲線の接線とMf点以下の熱収縮曲線の接線の中間点と熱膨張曲線が重なる温度とした。

また,残留オーステナイト量は飽和磁化測定13)により定量を行い,S55C鋼では約2%の残留オーステナイトが認められたが,それ以外の鋼ではマルテンサイト単一組織であることが確認された。Table 1に,使用した鋼材のMs点とM50点および残留オーステナイト量をまとめて示す。

ジョミニー試験片は,JIS規格の丸棒試験片(φ25×100 mm)を用い,測温は,水冷端から所定の距離離れた複数の位置に鋼材表面から直径1.1 mmの穴をあけて熱電対を試験片の中心に固定して行った。ジョミニー試験における加熱条件は845°C- 0.5時間であり,JIS G 0561の一端噴水冷却により試験を行った。硬さはビッカース硬さ試験(荷重:2.9 N)にて評価し,ジョミニー試験片を軸方向に平行に切断したのち,その切断面(25×100 mm)の中央部長さ方向に沿って測定を行った。

3. 実験結果および考察

3・1 焼戻しによる硬さの変化

焼入後に種々の温度で1時間の焼戻しを施した炭素鋼とクロムモリブデン鋼の硬さを焼戻温度で整理した結果をFig.2に示す。200°C以上の温度域では,焼戻温度の上昇に伴い,硬さが単調に低下していることがわかる。とくに顕著な軟化は350°C以下の温度域において認められており,少なくともこの温度域での軟化には炭素の格子拡散が関与していると考えてよいだろう。注目すべき点は,Ms点が比較的高い低炭素鋼では,200°C以下の焼戻温度域で硬さの低下がなくほぼ一定値となることである。このことは,Ms点が高い低炭素鋼において焼入中に自己焼戻しが起こった可能性を示唆している。

Fig. 2.

Relations between tempering temperature T and Vickers hardness HV in specimens with 1 h tempering.

ここで,350°C以下の温度域での焼戻しが炭素の格子拡散律速であるということを前提として,拡散面積S(=∑Dt)でデータを整理しなおしてみた。通常,拡散係数Dは温度Tの関数として次式で表すことができる。

  
D=D0exp(Q/RT)(4)

D0, Q, Rはそれぞれ振動数項,格子拡散の活性化エネルギー,気体定数(8.3145 J/(mol・K))である。bcc-Fe中の炭素拡散に関して,Kunitakeは過去に報告された脱炭法や内部摩擦における原子の拡散の遅滞時間の測定により求められた拡散係数を整理しており14),研究者によりおよそ70 kJ/molから100 kJ/molの違いがみられる拡散係数について,室温から800°Cまでの温度域において最も信頼性が高いと思われるD値を提示している。著者らは,そのデータについて式(4)を用いてデータフィッティングを試み,D0およびQに関して最適値としてそれぞれ91 kJ/molならびに5.7×10−6 m2/sという値を導出した。式(4)に示すようにD値は焼戻温度Tの関数として与えられ,拡散面積Sは1時間の場合t=3.6 ksとおくことで計算できる。Fig.3式(4)の計算結果とそれぞれの試料のM50点を示す。拡散係数Dは300°C以下においては非常に小さいが,300°C以上の温度で急激に大きくなることから,自己焼戻しの影響はM50点が300°C以上の鋼材において顕著になるといえる。Fig.2のデータを350°C以下の温度域における拡散面積Sの関数として表した結果をFig.4に示す。なお,焼入れまま材については,室温ではほとんど焼戻反応は進行しないが,焼入後に硬さ測定までに室温に保持した時間が約1 hであったので,20°C- 1 hの焼戻しとして拡散面積Sを計算した。前掲Fig.3に示したように350°C以下での炭素の拡散係数は大変小さく,マルテンサイト変態温度が350°C以下であれば自己焼戻しの影響はほとんどない事がわかっている8)Table 1に示した通り,S45CとS55CならびにSCM440のMs点は350°C以下である。ただし,Ms点が低すぎるとオーステナイトが残留し硬さが低くなっている恐れがあることから,S45CとSCM440の軟化曲線を両鋼種の標準関数とし,両鋼の硬さをそれぞれ次式で表すこととした。

  
HV=fSC(S)(5)
  
HV=fSCM(S)(6)
Fig. 3.

Relations between temperature T and diffusion coefficient D. The M50 temperature of each steel is shown by the arrows.

Fig. 4.

Relations between diffusion area S and Vickers hardness HV in specimens with 1 h tempering. Open marks show the estimated hardness of as-quenched martensite without the effect of auto-tempering and retained austenite.

次に,両鋼種の炭素量の異なる鋼の硬さについては比例係数Aを導入し,次式で表すことにした。

  
HV=A×fSC(S)(7)
  
HV=A×fSCM(S)(8)

そして,上式が実験データと合致するように比例係数Aを最適値に調整した。得られた適合曲線をFig.4に線で示している。図中の白抜き記号は,適合曲線から推定される焼入材の硬さであり,自己焼戻しの影響を受けていない焼入材の“真の硬さ”に対応すると考えられる。以下,自己焼戻しの影響を受けていないマルテンサイトの硬さを真の硬さといい,HV*と表すことにする。Ms点が高い鋼については,適合曲線から見積もられたHV*はいずれも実験値より高くなっている。なお,図中に示した適合曲線に対応したA値ならびにHV*をTable 2にまとめて示す。

Table 2. Fitting coefficient and Vickers hardness HV* of as quenched martensite without the effect of auto-tempering and retained austenite, which were obtained from the results in Fig. 4.

SteelCoefficient AHV*(GPa)
S55C1.067.72
S45C17.28
S35C0.926.70
S25C0.846.12
SCM44017.03
SCM4350.946.61
SCM4200.805.62

これまで,HV*におよぼす固溶炭素の影響を明らかにするためには,まず,炭素を含まないマルテンサイトの硬さを知っておく必要がある。工業的に用いられるマルテンサイト鋼には少量のMnやCrなどの合金元素が含まれているが,本稿では,炭素を含まないマルテンサイトを便宜的に“純鉄マルテンサイト”ということにする。焼入れた低炭素マルテンサイトの硬さについてはUenoら15)ならびにSpeich and Warlimont16)によって詳細な調査がなされており,炭素量の平方根とビッカース硬さの関係で整理しなおした結果をFig.5に示す。両者の間には良好な直線関係が成り立ち,適合直線の外挿値から純鉄マルテンサイトの硬さは1.75 GPa-HV程度と見積もることができる。純鉄マルテンサイトの硬さならびにHV*を炭素量との関係で整理した結果をFig.6に示す。その結果,すべてのデータを最適につなぐ近似曲線として次式が得られた。

  
HV*[GPa]=1.75+8.2mass%C(9)
Fig. 5.

Relations between carbon content (%C) and Vickers hardness HV in as-quenched low carbon martensitic steels.

Fig. 6.

Relations between carbon content (%C) and Vickers hardness HV* that corresponds to the hardness of as-quenched martensite without the effect of auto-tempering and retained austenite.

一般的に,固溶強化量は合金元素量の平方根に比例することが知られており17),近年,焼入れた状態のマルテンサイト鋼の硬さについては,固溶炭素量の2分の1乗で整理することができること,そして転位強化や結晶粒微細化強化などの組織に依存した強化因子の影響が比較的小さいことがUranakaらによって報告されており18),著者らもγ粒径を5~50 µmの範囲で変化させたSCM440の硬さについて,γ粒径の影響がほとんどないことを確認している。ただし,マルテンサイト鋼の転位密度は,炭素量が多いほど大きくなる傾向にあり19),上式は,基地の摩擦力だけでなく転位強化におよぼす影響も含めて,マルテンサイト鋼の硬さが炭素量の平方根に比例して大きくなることを示している。

このように,自己焼戻しの影響のない真のマルテンサイトの硬さを推定することが可能となったことから,本研究では,焼戻しの影響を受けた試料の硬さHVHV*で除した値を“焼入硬化率”と呼び,Hsで表すことにした。

  
Hs=HV/HV*(10)

本研究で使用した鋼に関して,Hsを炭素の拡散面積Sの関数として整理した結果をFig.7に示す。Fig.7(a)では炭素鋼とクロムモリブデン鋼のどちらも炭素拡散の活性化エネルギーの値を91 kJ/molとして計算している。その結果,ほぼ同様な傾向を示すものの,鋼種によってバラつきが見られることが分かった。これは,合金元素の添加により,bcc-Fe中の炭素拡散の活性化エネルギーが変化するためと考えられる14)。そこで,クロムモリブデン鋼中の炭素拡散の活性化エネルギーの値を98 kJ/molとして計算しなおした結果をFig.7(b)に示す。炭素鋼とクロムモリブデン鋼のどちらもほぼ同じ曲線上にプロットされており,その曲線は次式で表すことができる。

  
Hs=10.0052{18+(logS)}2(11)
Fig. 7.

Relations between diffusion area S and the standardized hardness Hs in specimens with 1 h tempering. Activation energy of carbon diffusion is 91 kJ/mol for every steel in the figure (a) but, in the figure (b), it is 91 kJ/mol for SC series and 98 kJ/mol for SCM series.

この関係式の妥当性を検証するため,Table 3に示す化学成分のニッケルクロム鋼とニッケルクロムモリブデン鋼に関して報告されているデータ20)を用いて同様に計算した結果をFig.8に示す。ここで,炭素拡散の活性化エネルギーを,ニッケルクロム鋼については98 kJ/mol,ニッケルクロムモリブデン鋼については103 kJ/molとすることで,ほぼ同じ曲線上にプロットすることができる。400°C以下の合金元素による炭素拡散の活性化エネルギーへの影響に関する報告は見当たらないため,その値の妥当性は検証できないが,これらの値を用いることで鋼種によらず焼入硬化率を一義的に決定できる。引用したデータは溶体化後に油冷した試料に関するものだが,冷却曲線のデータがないため,冷却時のS値を求めることはできないが,自己焼戻しの影響が顕著に表れており,Hs=0.8相当であることからS値は1.59×10−12 m2と推察される。S値が10−9 m2から10−12 m2の範囲では式(9)で表わされる曲線上にデータが乗っている。このように,鋼種毎に炭素拡散の活性化エネルギーを求めておけば,どのような鋼種であっても焼入硬化率Hs式(11)で与えられることになる。すなわち,S値さえ分かれば式(11)によりHsが求められ,式(9)および式(10)により焼戻しされたマルテンサイトの硬さを計算により見積もることができる。

Table 3. Chemical compositions (mass%).

CSiMnPSCrMoNi
SNC6310.26~0.350.15~0.350.35~0.65<0.030<0.0300.60~1.002.50~3.00
SNC8360.32~0.400.15~0.350.35~0.65<0.030<0.0300.60~1.003.00~3.50
SNCM6250.20~0.300.15~0.350.35~0.60<0.030<0.0300.60~1.000.15~0.303.00~3.50
SNCM4310.27~0.350.15~0.350.60~0.90<0.030<0.0300.60~1.000.15~0.301.60~2.00
SNCM4390.36~0.430.15~0.350.60~0.90<0.030<0.0300.60~1.000.15~0.301.60~2.00
SNCM4470.44~0.500.15~0.350.60~0.90<0.030<0.0300.60~1.000.15~0.301.60~2.00
Fig. 8.

Relations between diffusion area S and the standardized hardness Hs in specimens with 1 h tempering. Activation energy of carbon diffusion is 98 kJ/mol in the SNC series and 103 kJ/mol in the SNCM series.

3・2 ジョミニー試験による自己焼戻しの定量評価

高温域からの冷却では,時間に応じて温度が連続的に変化するため,冷却速度に応じて自己焼戻しの程度が異なる。そのため,自己焼戻しの程度は,冷却曲線に応じた炭素の積分拡散面積で評価する必要がある。焼入時の冷却曲線ならびに炭素の積分拡散面積Sの求め方をFig.9に示す。鋼のマルテンサイト変態については,Ms点とMf点の間に大きな開きがあり,1個のオーステナイト粒内においてもMs点直下で生成したマルテンサイトとMf点直上で生成したマルテンサイトが存在する21)。つまり,自己焼戻しの程度はマルテンサイトが生成した温度によって異なるので,本研究では,自己焼戻しの程度を平均化するために,マルテンサイト変態体積率が50%となるM50点を便宜的な変態開始温度としてそれ以下の温度域における炭素の積分拡散面積Sを求めることにした。Fig.10に,変態曲線から求めたMs点とM50点の温度差を示す。炭素量が0.3 mass%以下では,温度差はおよそ37°Cであるが,0.3 mass%より大きくなると温度差は小さくなる傾向にある。自己焼戻しはMs点が高い低炭素鋼において顕著に起こるため,本研究では,炭素量が0.3 mass%以下の炭素量の鋼のデータに着目し,式(3)を低温側に37°C移行させた式(12)で与えられる温度をM50M50=Ms-37)点として評価を行った。

  
M50(°C)=502423C7.5Si30.4Mn12.1Cr17.7Ni7.5Mo+10Co(12)
Fig. 9.

Illustration showing the integrated diffusion area S in a continuous cooling below the M50 temperature.

Fig. 10.

Temperature difference between Ms and Mf in martensitic steels.

本研究で用いた鋼においては,実験で求めたM50点と上式で求めた値がほぼ等しいことを確認した。

自己焼戻しの影響を定量的に評価するためには,冷却速度を正確に求める必要があるが,実用部材では大きさや場所の問題から正確に求めることは困難である。しかし,ジョミニー試験であれば,水冷端からの距離に対応した冷却速度が分かっているため,場所ごとに自己焼戻しの程度を見積もることができる。Fig.11にジョミニー試験片の水冷端からの距離と冷却曲線の関係を示す。当然の結果ではあるが,水冷端からの距離が長いほど冷却速度は小さくなっており,自己焼戻しの影響をより大きく受けると推察される。Table 4は,SCM440(M50点:282°C)とSCM420(M50点:364°C)において,Fig.11に示した冷却曲線をもとにして求めたM50点から100°Cまでの炭素の積分拡散面積Sから式(10)式(11)より求めた標準硬さHsおよび硬さHVと,実験により得られた硬さHVと硬さから求めたHsの結果を示す。なお,計算で求めた水冷端の硬さはHV*とした。水冷端からの距離が同じであれば冷却速度は同じであるが,M50点はSCM440よりSCM420の方が約100°C高いため,SCM420の炭素の拡散面積Sはおよそ1桁大きくなる。例えば,SCM420の場合,水冷端から1 mmでの炭素の拡散面積Sは約1.0×10−13 m2であり,これは約200°C×1 hの焼戻しを行った時のS値に相当する。このようにして計算で求めた硬さならびに実際の計測値をFig.12に示す。SCM440では計算値と実験値はほぼ一致している。ここで注目すべき点は,水冷端の硬さは式(9)で求めた硬さに一致しており,水冷端からわずか1 mmしか離れていない場所ですでに顕著な自己焼戻しが起きていることである。一方,SCM420では水冷端において真の硬さHV*に相当する硬さは得られていない。この結果は,Ms点が高い鋼種については,急冷しても自己焼戻しを抑制できないことを示唆している。つまり,SCM420の場合,薄い試験片を5%-NaCl冷水中に焼入れても自己焼戻しは起こってしまうわけである。さらに,本研究で提唱した自己焼戻しの定量評価方法の妥当性を検証するため,Tsuyaが報告している硬さの計測値22)と示された計算値の比較を行った。ジョミニー試験においては,冷却端からの距離が同じであれば冷却曲線は一義的に決まるので,本試験と同様の計算により硬さ変化を求めた。その結果をFig.13に示す。計算値と実験値はよく一致しており,本研究により提案した評価方法が,異なる鋼種にも適用できることを確認できた。

Fig. 11.

Cooling curves in the Jominy test piece.

Table 4. Examples of calculation on the integrated diffusion area S at the point z from quench end in the Jominy test piece. Standardized hardness Hs and Vickers hardness were calculated from the S-value.

z (mm)Calcuratated ValueExperimental Value
S (m2)Log SHsHV (GPa)HV (GPa)Hs
SCM440 (M50: 282°C)017.09 [HV*]7.020.990
17.845×10−15−14.110.9216.546.340.894
32.410×10−14−13.620.9006.396.230.900
54.258×10−14−13.370.8896.316.130.889
z (mm)Calcuratated ValueExperimental Value
S (m2)Log SHsHV (GPa)HV (GPa)Hs
SCM420 (M50: 282°C)015.69 [HV*]4.890.859
11.026×10−13−12.990.8694.904.690.824
32.410×10−14−12.540.8454.764.440.780
54.258×10−14−12.330.8334.694.310.757
Fig. 12.

Jominy curve in SCM440 (a) and SCM420 (b).

Fig. 13.

Jominy curve in a low alloy steel with excellent hardenability.

緒言において,広く用いられている焼戻パラメーター;P6)の問題点を指摘した。最後に,その問題点を再確認するために,本研究で得られたHsの値を焼戻パラメーターで整理してみた。その結果をFig.14に示す。Fig.6(b)においてS値で整理したデータに比べ,P値で整理したデータはばらつきが大きいことがわかる。これは,P値に関して,炭素拡散におよぼす合金元素の影響を補正する因子が含まれていないことが原因と考えられる。本研究で提案した拡散面積をパラメーターとした方法では,拡散係数Dにおよぼす合金元素の影響を活性化エネルギーQで補正するため,炭素の拡散面積のみですべての鋼の焼戻軟化挙動を評価できるところに最大の特徴がある。

Fig. 14.

Relation between the conventional tempering parameter P (=T (A+log t)) and standardized hardness Hs.

4. 結論

(1)自己焼戻しの影響を受けていない焼入マルテンサイトの真の硬さHV*は,炭素量(mass%C)の関数として次式で与えられる。

  
HV*[GPa]=1.75+8.2mass%C

(2)焼戻処理を施したマルテンサイト鋼の硬さHVHV*で除した焼入硬化率Hsを採用することにより,鋼の炭素量に関わらず統一的にマルテンサイト鋼の焼戻軟化挙動を評価できる。

(3)400°C以下の温度域での焼戻しを対象とした場合,bcc鉄中での炭素の格子拡散に関する拡散係数Dと保持時間tを掛け合わせた拡散面積S(=Dt)とHsの間には次式が成立する。

  
Hs=10.0052{18+(logS)}2

ただし,炭素の格子拡散に関する振動数項を5.7×10−6 m2/sとした場合,拡散の活性化エネルギーは,普通炭素鋼で91 kJ/mol,SCM系の鋼で98 kJ/mol,SNCM系鋼で103 kJ/molである。焼入材については,実験で得られたHs値が小さいほど,焼入中に生ずる自己焼戻しの程度が大きいと判断できる。

(4)連続冷却では,M50点以下における積分拡散面積S(=∫D(T)dt)を上式に代入することにより自己焼戻しの程度を正確に定量評価できる。また,ジョミニー試験で取得した実験データと上式に基づいて計算で得た硬さがよく一致することも確認した。

文献
 
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