2024 Volume 110 Issue 6 Pages 427-428
「スラグの中がみえないから,問題が起こるんだよね」,これは平成最後の年の春に行われた日本鉄鋼協会生産技術部門の製鋼部会に出席させて頂いた際に,とある鉄鋼メーカーの研究者から頂戴した言葉である。固体や気体などの第二相が分散したスラグ融体の物性を評価した結果を同日の部会で発表させて頂いた直後,交流会の席での出来事であったと記憶しているが,この何気ない一言が本研究会に対して明確な針路を指し示してもらったと深く感謝している。“みる”と聞けば,誰でも視覚によって,物の形・色・様子などを知覚することを意味する“見る”を思い浮かべると思う。しかし,この“みる”という動詞は日本語が表現豊かであることを再認識させる言葉でもある。例えば,異なる漢字を用いると“観る”,“診る”,“看る”,など様々な“みる”があることに気づく。芝居や映画,スポーツの試合などを鑑賞する“観る”,判断を下すために,物事の状態などを調べる“診る”,悪い事態にならないよう,気を配って世話をする“看る”,と用いる漢字が異なるとその意味合いが大きく変わってくるのがよくわかる。実際の精錬プロセスにおいて,スラグを“観る”ことはないと思われるが,“見”たり,また“診”たりすることによって巨大な反応装置である炉の挙動を“看”ていることになるとすると,“みる”はオペレーションの基本であると思える。大学の研究室レベルの実験でもこれらは同様で,“みる”は自然科学系の研究において最も重要な基礎的スキルであろう。それは何もOMやSEMでの“観”察に限らず,研究設備に実装された計器類が指し示す数字を“診”たり,ロガーが自動的に計測する数値の羅列から有意差のある新規性を“見”出す能力は必要不可欠であるように思われる。
言わずもがな,鉄鋼精錬プロセスにおいて副生されるスラグは基本的に均一な融体ではなく,未滓化のCaOやその反応生成物であるCaSや2CaO・SiO2-3CaO・P2O5および炭材などの固体,溶銑とスラグの反応により生成したCOガス等の気体,またフォーミングスラグによって巻き込まれた溶銑などの液体が,複雑に混在した高温流体を形成しており,これらが密接に関わる問題が散見される。例えば,溶銑予備処理プロセスにおいて生成するフォーミングスラグによって生じる無視できない量の粒鉄ロス,鋼材品質確保のため過剰に投入された精錬剤に起因する未滓化CaO,また排出されたスラグの高付加価値化を目指したフォーミングスラグの高密度化,などが挙げられる。一方,電気炉を用いる製鋼プロセスにおいて,スクラップやDRIなどの冷鉄源は炭素含有量が溶銑に比較して著しく少ないため,上記のような反応による発泡は生じにくい。そのため,炉内耐火物の保護などを目的として,炭材を吹き込むことによってフォーミングスラグを形成しているが,ここでも高温の酸化物融体中における界面反応をともなう発泡現象を制御することは容易ではないと思われる。これらの問題は,高温のスラグマトリックス中における第二相の挙動を“みる”ことが出来ないが故に生じていると考えられる。
これらの問題に対して,筆者は2018年度に本会高温プロセス部会精錬フォーラムの研究グループ「溶融スラグマトリックス中における異種異相界面可視化による精錬プロセス最適化」を,また続いて2019年度より本会I型研究会「多相融体の流動理解のためのスラグみえる化」を国内の大学および企業の研究者14名とともに立ち上げた。これによって,新しい手法による高温実験と機械学習を含む計算科学を両輪として,マルチフェーズ(多相)スラグの流動および物質移動現象を“みえる”化し,上記の改題解決に資する研究プラットフォームを形成する活動を開始した。具体的には,筆者を含む15名の研究者をグループA:マルチフェーズスラグのマクロな見かけ流動物性,グループB:スラグ中のミクロな第二相の移動現象,およびグループC:製鋼プロセスにおけるスラグみえる化の3グループに分けて研究を推進した。ここで頻出している「マルチフェーズ」という言葉の初出は,月橋文孝教授(東京大学)が主宰した本会研究会「マルチフェーズフラックスを利用した新精錬プロセス技術」(2005~2009年)であると思われる。ここでは,固相-液相共存フラックス,二液相共存フラックスをマルチフェーズフラックスと称しており,筆者もこの研究会の中で初めて固相-液相共存フラックスの高温粘性評価を行った。その後,「マルチフェーズ利用による溶銑脱燐プロセスシミュレーション」研究会(座長:伊藤公久教授(早稲田大学),2008~2010年)および「生石灰高速滓化によるスラグフォーメーション」研究会(座長:小林能直教授(東京工業大学),2013~2015年)とマルチフェーズを軸足とした研究会が次々と発足し,鉄鋼製錬プロセス研究に多大な功績を残している。同じくマルチフェーズスラグを対象とした本研究会においても,新たな視点からの研究が推進された。
2019年度に発足した本研究会も2020年度からはCovid- 19の影響によって,オンラインおよびハイブリッド形式を多用した研究会活動を余儀なくされたが,制限が緩和されている時期には主査によるサイトビジットを行い各研究者間のシナジー効果を喚起した。最終的には全9回の研究会そして日本鉄鋼協会講演大会において2回のシンポジウムを開催し,本特集号「多相融体の流動理解のためのスラグみえる化技術および研究の進展」では,レビューを含む8報の論文を公表することができたことはこの上ない喜びである。関連分野の読者の皆様におかれましては是非ともご一瞥賜り,ご意見・ご指導を頂戴したく存じます。末筆とはなりましたが,本特集号の執筆依頼をご快諾頂いた著者の皆様,および本特集号に関してご尽力賜りました日本鉄鋼協会編集グループと編集委員会の皆様に対して心より御礼申し上げたい。