2025 Volume 111 Issue 11 Pages 593-604
This study has analyzed the growth and removal mechanisms of Al2O3, MgO, MgAl2O4, ZrO2, SiO2, and Ti3O5 inclusions in molten steel formed through the addition of various deoxidizing elements by dividing them into single inclusions and cluster inclusions resulting from the agglomeration of these inclusions with a focus on the kinetics. Additionally, we have evaluated the maximum particle diameter of cluster inclusions from both thermodynamics and agglomeration force perspectives to examine the agglomeration properties and mechanisms of various inclusions. The growth mechanism of various single inclusions, measuring several micrometers in diameter and suspended in molten steel, is governed by Ostwald ripening with collision agglomeration due to Brownian motion and turbulent stirring. Contrarily, cluster inclusions with diameters of 10 µm or more float in molten steel agglomerate with suspended single inclusions. Depending on the inclusion type, they also agglomerate with other clusters along their floating path, growing larger and undergoing floating separation. Furthermore, the agglomeration strength of various inclusions in molten steel follows the order MgO < Ti3O5, SiO2 < MgAl2O4 < ZrO2 < Al2O3. The kinetic mechanism of agglomeration growth is explained in a unified manner by the interparticle interactions of agglomeration force driven by cavity bridge forces.
製鋼の最終工程で実施される溶鋼の脱酸は,鋼材の品質と材質を制御する上で非常に重要な役割を果たしている。従来から脱酸平衡の熱力学データ1,2,3,4,5,6,7,8)は工業的に利用する殆どの脱酸剤を網羅して測定されており,実操業での平衡論に基づいた脱酸制御に効果的に活用されてきた。一方,速度論による基礎研究では脱酸速度の律速段階が生成介在物の凝集・浮上分離の過程にあることが示され9,10,11,12,13),ラボ実験や実機試験を通じて電磁力やガス吹込みなどの各種溶鋼攪拌が介在物除去の促進に有効であることも検証された14,15,16)。さらに脱酸原理の理解を深めるために,溶鋼の表面張力や酸化物との接触角などの界面物性も,限られた条件ではあるが評価されている17,18,19,20,21,22,23)。しかし,溶鋼中での微細な介在物のふるまいに対する界面物性の影響には依然不明な点も多くあるため,溶鋼中介在物の成長と凝集の機構については,必ずしも統一的な理解が得られていないように思われる。
著者は,これまで溶鋼中でのAl2O3介在物の凝集機構24,25,26)とAl2O3介在物の生成・成長・除去の速度論27,28)について界面化学の観点から基礎的な検討を行い,脱酸の律速段階ではAl脱酸により溶鋼中に生成したAl2O3介在物が空隙架橋力を起源とする大きな凝集力に基づいて凝集合体し,Al2O3クラスター介在物として除去されることを明らかにした。これら一連の研究は,Al2O3介在物だけを対象にしてきたが,実際の製鋼プロセスでは多種・多様な介在物の粒径や量を適正に制御する必要があるため,Al2O3以外の酸化物系介在物の成長と凝集の機構を各々の界面物性の影響まで考慮して,基礎的に解明することが重要である。
本研究では,種々の脱酸元素添加による溶鋼での脱酸実験を実施し,溶鋼中におけるAl2O3,MgO,MgAl2O4,ZrO2,SiO2およびTi3O5介在物の成長と除去の機構を速度論の観点から比較検討した。さらに,得られた介在物種別の凝集性を,既報で測定した各種酸化物の凝集力29)に基づいて熱力学および界面化学的な相互作用の両面から検証し,溶鋼中介在物の凝集機構を統一的に明らかにした。
溶鋼の脱酸実験には,溶鋼流動を抑制し介在物の凝集・除去挙動を捉え易くする目的から,高周波誘導加熱(30 kW,20 kHz)されたグラファイト円筒を発熱体とする抵抗加熱炉を用いた27,28)。内径40 mm,高さ150 mmのアルミナ製緻密質るつぼ内に電解鉄(C濃度=0.001 mass%,S濃度=0.0001 mass%,O濃度=0.005 mass%,Mn濃度=0.0001 mass%)500 gを入れ,Arガス雰囲気中で溶解した。溶解後のO濃度は0.0175 mass%程度,溶鋼温度は1600°C一定である。脱酸後に生成する介在物の酸素濃度を0.0155–0.017 mass%とした上で脱酸後の溶存O濃度を0.001 mass%以下に極力合わせるように,脱酸平衡値1,3,8)を考慮して式(1)の化学量論比より過剰の脱酸元素Xを溶鋼中に添加した。XはX元素の溶存状態を,[X]は溶鋼中のX元素濃度(mass%)を表す。
| (1) |
Mg脱酸では[Mg]=0.005 mass%,Al–Mg脱酸では[Mg]=0.007 mass%と[Al]=0.05 mass%,Zr脱酸では[Zr]=0.03 mass%,Si脱酸では[Si]=2.5 mass%,Ti脱酸では[Ti]=0.25 mass%を狙いに脱酸元素を添加し,溶鋼中に各々MgO,MgAl2O4,ZrO2,SiO2,Ti3O5の介在物を生成させた。Al脱酸27,28)では[Al]=0.02–0.04 mass%であった。蒸気圧の高いMg添加には,突沸を抑制するためNi–Mgを分割して使用した。Zr脱酸では生成介在物量を変化させるため,溶解後にFe2O3を添加して脱酸前のO濃度を高める実験を実施した。また,脱酸力の弱いSiとTiに関しては,狙いの生成介在物量に応じた高濃度添加の水準に加えて,低濃度添加の水準([Si]=0.9 mass%,[Ti]=0.06 mass%狙い)でも脱酸実験を行った。なお,[Ti]=0.013–0.25 mass%の溶鋼中における平衡酸化物はTi3O5であるため1),本研究ではTi脱酸溶鋼中の介在物は全てTi3O5と考えてよい。全ての脱酸実験では,脱酸元素添加から60 s後に内径6 mmの透明石英管を用いて溶鋼を採取し,この時点を脱酸実験の開始とした。実験時間は600 s間とし,その間に適当な時間間隔で溶鋼試料を採取し,全酸素濃度,脱酸元素濃度の分析に供した。脱酸直後の生成介在物量を正確に把握するため,脱酸元素添加直前の溶鋼試料も採取し,全酸素濃度を分析した。
2・2 溶鋼中介在物の形態別観察採取した棒状溶鋼試料の中央付近から10 mm長さの介在物観察用試料を切り出し,6 mm直径の円形断面を鏡面研磨した。光学顕微鏡による100倍観察では最外周を除く直径5 mmの断面全体に存在する直径10 µm以上,1000倍観察では面積1~4 mm2の面に存在する直径0.5 µm以上の各介在物の形態と粒径分布を調べた。溶鋼中には単体状とそれらが凝集したクラスター状の2形態の介在物が混在していた。クラスター介在物は直径10 µm以上であり,1000倍観察でクラスター介在物を除く視野を選択すれば直径0.5 µm以上の単体介在物をクラスター介在物と分離して評価できる。得られた各種の単体介在物とクラスター介在物の粒径分布を基に,DeHoffの式30)により溶鋼試料中における形態別の平均粒子直径と体積個数密度を計算した。また,光学顕微鏡写真から画像解析装置を用いて,クラスター介在物中の介在物充填率を各種5個程度評価した。さらに,実験水準毎の代表的な溶鋼試料については,EPMA(電子線マイクロアナライザ)により介在物の組成も分析した。
2・3 溶鋼中の形態別介在物酸素濃度の評価溶鋼中の単体介在物とクラスター介在物を合わせた総介在物量が全介在物酸素濃度[I.O]Tである。実験時の脱酸元素濃度から各々の脱酸平衡値を用いて溶鋼中の溶存O濃度[O]を求め,各時間の全酸素濃度の分析値から差し引くことにより[I.O]Tを算出した。本研究では,AlとMgの脱酸平衡にはItohら3,8)による再評価値を,その他の脱酸平衡には学振の推奨平衡値1)を用いた。一方,溶鋼中のクラスター介在物の酸素濃度[I.O]Cと単体介在物の酸素濃度[I.O]Sは,鋼中介在物の顕微鏡観察で得られたクラスター介在物と単体介在物の平均粒子直径dCI,dSI(m)と体積個数密度NV,C,NV,S(m−3)を用いて,各々式(2)と式(3)から計算した。
| (2) |
| (3) |
MOはOの原子量(kg・mol−1),MOxはXiOj酸化物の分子量(kg・mol−1),ρOxはXiOj酸化物の密度34,35)でAl2O3では3970 kg・m−3,MgOとMgAl2O4では3580 kg・m−3,ZrO2では5285 kg・m−3,SiO2では2200 kg・m−3,Ti3O5では4240 kg・m−3,ρFeは鋼の密度で常温では7880 kg・m−3,εはクラスター介在物中の介在物充填率である。
Fig.1に各種脱酸実験における10 µm以上の介在物の光学顕微鏡写真を示す。光学顕微鏡の100倍と1000倍の観察によれば,Si脱酸を除く溶鋼中の介在物はAl脱酸と同様に直径数µmの単体介在物とそれらが凝集した直径10 µm以上のクラスター介在物に大別される。しかし,Si脱酸では直径10 µm以上の介在物は殆ど観察されず,僅かに検出された介在物は直径11–43 µmの球形であった。これは,Si脱酸溶鋼中の介在物がクラスター形状ではなく球形状で成長し,その密度は小さく浮上速度も速いためだと考えられる。また,EPMA分析からMg,Al–Mg,Zr,SiおよびTi脱酸した溶鋼中には,るつぼ由来のAl2O3成分を僅かに含む介在物も存在するが,各々MgO,MgAl2O4,ZrO2,SiO2とTi3O5の介在物が主に生成していた。各種クラスター介在物について測定した介在物充填率をTable 1に示す。球形SiO2介在物の充填率は1.0である。クラスター介在物の充填率は0.2–0.24の範囲にあり,SiO2介在物に比べると介在物種による差は比較的小さい。

Optical micrographs of typical inclusions with diameter of 10 µm or more in the various deoxidation experiments. (A) Al2O3, Al deoxidation, (B) MgO, Mg deoxidation, (C) MgAl2O4, Al–Mg deoxidation, (D) ZrO2, Zr deoxidation, (E) SiO2, Si deoxidation, (F) Ti3O5, Ti deoxidation. (Online version in color.)
| Oxide inclusion | Inclusion filling rate of cluster inclusions ε (−) | Proportion of [I.O]C to [I.O]T α (−) |
|---|---|---|
| Al2O3 | 0.24 | 0.53 |
| MgO | 0.20 | 0.69 |
| MgAl2O4 | 0.21 | 0.58 |
| ZrO2 | 0.22 | 0.69 |
| SiO2 | 1 | 0.67 |
| Ti3O5 | 0.23 | 0.49 |
溶鋼中クラスター介在物と単体介在物の平均粒子直径の経時変化をFig.2に示す。これらのデータは,溶存O濃度を0.0026 mass%以下まで脱酸した状態で,脱酸直後の全介在物酸素濃度[I.O]T(I)も0.0155–0.017 mass%の範囲にある代表的な結果である。なお,添え字(I)は脱酸直後を表す。Si脱酸では直径10 µm以上の介在物は,前述のように検出個数が少ないため,平均粒子直径の時間変化は評価できなかった。dCIは20–50 µmの間にあり,実験開始から徐々に大きくなり240–360 sで最大直径に達した後に小さくなっている。dSIは1.3–2.3 µmの間で非常に緩やかな増大傾向を示す。溶鋼中では粒子直径数10 µmのクラスター介在物は浮上分離するが,粒子直径数µmの単体介在物は殆ど浮上せず懸濁状態にある27,28)。この点を考慮すると,Fig.2の介在物粒径の変化は概略以下のように説明できる。実験初期にクラスター介在物は浮上途中の活発な凝集合体により成長するが,その後比較的大きなクラスター介在物が優先的に除去されることにより,粒子直径は最大値に達してから減少傾向へと変化する。一方,単体介在物はクラスター介在物との凝集により減少するが,単独では浮上分離しないため懸濁状態で緩やかに成長し続ける。

Time changes in average particle diameter dCI of cluster inclusions and average particle diameter dSI of single inclusions.
Ti脱酸溶鋼中の溶存Ti濃度は,実験中殆ど低下しなかった。これまでのAl脱酸実験27,28)でも溶存Al濃度はほぼ一定であったことから,雰囲気とるつぼの条件が同じであるAl,Ti脱酸以外の実験においても溶鋼の再酸化反応は生じていないと考えられる。既報27)では,EPMAを用いてAl弱脱酸実験とS添加Al強脱酸実験の試料を1000倍超の高倍率で観察し,凝固時および凝固後の冷却過程で析出したと思われる微細なFeOやFeSの直径が0.5 µm未満であることが分かっている。このため,Al脱酸以外の実験でも,光学顕微鏡で検出された0.5 µm以上の介在物には二次生成介在物は含まれていないと判断した。[I.O]Tとクラスター介在物および単体介在物の酸素濃度の和[I.O]C+[I.O]Sとの関係をこれまでのAl2O3介在物の結果と合わせてFig.3に示す。なお,直径10 µm以上の球形介在物の検出個数が不足したSiO2介在物については[I.O]Cを0として整理した。SiO2介在物を除くと,[I.O]C+[I.O]Sが[I.O]Tより少し小さい側に偏る傾向は見られるが,介在物の顕微鏡観察の精度を考えると酸素分析値による[I.O]Tと介在物の粒径分布から求めた[I.O]C+[I.O]Sは概ね一致すると見なせる。一方,SiO2介在物では10 µm以上の球形介在物を評価できていないため,その酸素分だけ低下した状態ではあるが[I.O]C+[I.O]Sは[I.O]Tに対応して変化している。したがって,ここで得られた各々の介在物酸素濃度は,再酸化や二次生成の介在物を含まず,脱酸時に生成した介在物の凝集・成長・除去の挙動を相対的に表しており,[I.O]Cと[I.O]Sは各々直径10 µm以上のクラスター介在物と直径数µmの単体介在物の酸素濃度に対応させてよいと考えられる。

Relation between the oxygen concentration [I.O]T of total inclusions and the summations [I.O]C+[I.O]S of the oxygen concentrations of cluster and single inclusions.
Fig.2と同じ条件の代表データに関して[I.O]T,[I.O]T - [I.O]Sと[I.O]Sの対数の経時変化をFig.4に示す。ここでは,クラスター介在物の酸素濃度変化として,[I.O]Cに比べてばらつきが少なく,SiO2を含む全ての介在物で評価できる[I.O]T - [I.O]S(= [I.O]C)を採用した。ただし,SiO2はクラスター介在物ではなく直径10 µm以上の球形介在物である。[I.O]T,[I.O]T - [I.O]Sと[I.O]Sの対数は時間の経過と共に直線的に低下しており,各々の傾きには介在物種による差が見られる。そこで,[I.O]T,[I.O]T - [I.O]Sと[I.O]Sの経時変化に式(4)から式(6)の一次速度式を適用して,全介在物酸素濃度,クラスター介在物酸素濃度および単体介在物酸素濃度の減少速度定数kT,kC,kS(s−1)を求めた。一部の実験では実験開始0 sから60 sまでの間に[I.O]Tが増加したが,この場合には脱酸時に生じた介在物分布の不均一が攪拌時間不足のため十分解消されていないと考え,60 s以降のデータから各種介在物酸素濃度の減少速度定数を評価した。図中の実線の傾きは,各々の介在物で得られたkT,kC,kSを表している。
| (4) |
| (5) |
| (6) |

Changes in the logarithms of (A) [I.O]T of total inclusions, (B) [I.O]T-[I.O]S of cluster inclusions, and (C) [I.O]S of single inclusions with time.
tは時間(s)である。kTのkCおよびkSとの関係をFig.5に示す。界面活性元素のOとSを制御した溶鋼中のAl2O3介在物を含む全ての介在物種において,全介在物酸素濃度,クラスター介在物酸素濃度および単体介在物酸素濃度の各減少速度定数は概ね一致した。

Relation of the decrease rate constant kT for total inclusions with the decrease rate constant kC for cluster inclusions and the decrease rate constant kS for single inclusions.
実験開始から240–360 s経過後に得られるクラスター介在物の平均粒子直径の最大値dCI,Maxを凝集性の指標27,28)として[I.O]T(I)との関係を整理してFig.6に示す。高O([O]=0.0053–0.0261 mass%)と高S([S]=0.018–0.073 mass%)の溶鋼中におけるAl2O3介在物のdCI,MaxはOとSの界面活性効果により説明できるため27,28),それ以外の介在物のdCI,Maxについて介在物種の影響を評価する。Al,Mg,Al–Mg,Zr脱酸では溶鋼中の[O]は0.0009 mass%以下,脱酸力の弱いTi脱酸でも高濃度の添加により[O]は0.0026 mass%まで低下しており,且つ[O]が0.004 mass%まで増加してもdCI,Maxに差が見られない。よって,少なくとも溶鋼中の[O]が0.0026 mass%以下のこれらの介在物ではdCI,Maxに対する界面活性効果の影響は無視できる程度である。また,ZrO2介在物のdCI,Maxは[I.O]T(I)の増加につれて大きくなり介在物量の影響は明確であるが,dCI,Maxの[I.O]T(I)への依存性から判断すると[I.O]T(I)=0.0155–0.0177 mass%の範囲であれば,各種介在物のdCI,Maxに与える[I.O]T(I)の影響は小さい。以上から[I.O]T(I)=0.0155–0.0177 mass%の範囲にある各種介在物のdCI,Maxは,Oの界面活性効果や介在物量差の影響を受けておらず,脱酸力の差異まで含めた介在物種による凝集性の違いを反映していると考えられる。

Relation between the maximum average diameter dCI,Max of cluster inclusions and the oxygen concentration of total inclusions [I.O]T(I) immediately after deoxidation.
溶鋼中に脱酸剤を添加すると,脱酸剤の溶解と酸素との化学反応が極めて速いため,直ちに核生成・成長が起こり,急速に溶存Oが低下して平衡状態に近づく。その後,脱酸で生成した介在物は活発に凝集成長しながらクラスター介在物として溶鋼中から浮上分離すると同時に,凝集していない単体介在物は溶鋼中に懸濁した状態で緩やかに成長する。そこで,脱酸平衡が概ね達成された以降のAl2O3,MgO,MgAl2O4,ZrO2,SiO2およびTi3O5介在物の成長と除去の機構を単体介在物とクラスター介在物に分けて速度論の観点から検討すると共に,実験で得られたクラスター介在物の最大粒子径を介在物粒子間に作用する凝集力に基づいて解析し各種介在物の凝集性と凝集機構を統一的に理解する。
4・1 溶鋼中での単体介在物の成長機構 4・1・1 単体介在物の成長モデル単体介在物同士の相互作用に基づく成長機構として,(1)介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening),(2)Brown運動または緩やかな乱流攪拌による衝突凝集と(3)それら二つの複合機構が想定される。
(1)介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening)Hasegawaら31)が鋼中でのMnSの成長モデルを解析的に導出しているので,その方法に従って介在物粒子のO拡散律速による成長速度式を求めると,式(7)と式(8)が得られる28)。
| (7) |
| (8) |
4/9KOWはOstwald成長の速度定数(m3・s−1)である。σOx-Feは溶鋼と酸化物間の界面張力(N・m−1)で,脱酸溶鋼中の凝集力測定から求めたTable 2の値29)を用いる。DOは溶鋼中Oの拡散係数で2.3×10−9 m2・s−1 32),VOxは酸化物のモル体積(m3・mol−1),ηは酸化物中のOの化学量論因子で例えばAl2O3では3/5,Rは気体定数(J・K−1・mol−1),Tは絶対温度で1873 K,CBは溶鋼中のOモル濃度(mol・m−3),CPは酸化物中のOモル濃度(mol・m−3),添え字(S)は時間の起点で実験開始時を示す。また,Al拡散律速によるAl2O3単体介在物の成長ではDO,η,CBとCPを,各々Alの拡散係数3.5×10−9 m2・s−1 32),Al2O3中のAlの化学量論因子2/5,溶鋼中のAlモル濃度とAl2O3中のAlモル濃度としてKOWを計算すればよい。
| Oxide inclusion | σFe of deoxidized molten steel (N·m−1) |
ΔPFe (Pa) | Maximum FA (N·m−1) | σOx-Fe (N·m−1) | FA,S (d=2 μm) (10−6·N·m−1) | ΔGAg (J·m−2) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Al2O3 | 1.88 | 3860 | 14.86 | 2.42 | 7.0 | −4.46 |
| MgO | 1.88 | 620 | 4.42 | 0.98 | 1.13 | −1.59 |
| MgAl2O4 | 1.88 | 1540 | 6.87 | 1.4 | 2.81 | −2.42 |
| ZrO2 | 1.92 | 2465 | 9.95 | 1.69 | 4.47 | −3.05 |
| SiO2 | 1.74 | 1220 | 5.73 | 1.09 | 2.21 | −1.89 |
| Ti3O5 | 1.72 | 1115 | 5.39 | 1.04 | 2.02 | −1.79 |
溶鋼中に均一に分散している微細な介在物粒子がBrown運動に基づく二粒子間の衝突によって凝集する場合,凝集の初期段階では介在物粒子の個数密度に関する速度式は式(9)となる。
| (9) |
KBRはBrown凝集の速度定数(m3・s−1)でSmoluchowski33)により式(10)で与えられている。
| (10) |
µは溶鋼の粘性係数で0.005 Pa・s,kBはBoltzmann定数(J・K−1)である。微細粒子は単独では浮上できず,実験前半であればその総体積は維持されると仮定して,式(9)の解からBrown凝集による粒子直径の経時変化を求めると式(11)となる28)。
| (11) |
乱流溶鋼中における介在物粒子の運動を乱流拡散と見なせば,Brown運動と同様に取り扱えるため,KBRを乱流凝集の速度定数KTB(m3・s−1)に置き換えた式(11)から乱流溶鋼中での介在物粒子の成長を推定できる。乱流凝集とBrown凝集の速度定数の比βTB=KTB/KBRを導入すると,Brown運動または乱流攪拌による衝突凝集における介在物粒子の成長速度は最終的に式(12)で表される。
| (12) |
(1)Ostwald ripeningと(2)衝突凝集の複合機構により単体介在物が成長する場合には,式(7)と式(12)が同型の3乗則であるため,各々の時間に掛かる係数を加算することで単体介在物の粒径変化を計算できる。後述するFig.8ではNV,S(S)とdSI(S)を全ての介在物の平均値として複合機構による単体介在物成長の傾きを評価する。
4・1・2 単体介在物の成長機構の検討溶鋼中での単体介在物の成長に粒子径の3乗則を適用して整理すると,全ての介在物種において (dSI/2)3-(dSI(S)/2)3とtの間に直線関係が成立した。これらの直線の傾き[(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]・t−1に及ぼす[O]の影響を高Oと高Sの溶鋼中におけるAl2O3介在物のデータ27,28)と合わせてFig.7に示す。ZrO2介在物のみ[O]を0.0004 mass%まで下げた上で[I.O]T(I)を0.0163–0.0255 mass%まで変化させているが,[(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]・t−1と[I.O]T(I)との間には相関が認められない。各種単体介在物の[(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]・t−1は,[I.O]T(I)が0.0134–0.0255 mass%の広範囲にあっても,[O]の上昇につれて大きくなる傾向を示す。よって,溶鋼中での単体介在物の成長速度は,脱酸直後の全介在物酸素濃度にはよらず,溶鋼中O濃度の影響を受けていると考えられる。

Influences of O concentration [O] on the inclination of single inclusion growth [(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]·t−1.
全ての単体介在物について式(10)と式(11)からBrown凝集の傾きを計算し,Fig.7にその最大値と最小値を破線で記載した。溶鋼中での単体介在物成長の傾きは,0.001 mass%O以下ではO濃度依存性を持たないBrown凝集の傾きと同等であるが,O濃度が高くなるにつれてその傾きを超えて大きくなっている。さらに,式(12)から分かるように,乱流凝集の場合にはその傾きはBrown凝集のそれよりも大きくなるが,Brown凝集と同様にO濃度依存性をもたない。よって,溶鋼中での単体介在物の成長をBrown運動や乱流攪拌による衝突凝集だけで説明することは難しい。
単体介在物の成長がO濃度依存性を示すことからOstwald ripeningによる成長に着目し,[(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]・t−1と式(7)のO拡散律速の4/9KOWとの関係を整理しFig.8に示す。単体介在物がO拡散律速のOstwald ripeningにより成長する場合の関係を実線で,Ostwald ripeningにBrown凝集(βTB=1)または乱流凝集(βTB>1)が加わり複合機構で成長する場合の関係を一点鎖線で,Al2O3単体介在物の成長挙動を破線で表示した。4/9KOWが相対的に大きい高O溶鋼中では破線のようにAl2O3単体介在物成長の傾きが実線よりも小さい側に偏奇しているが,単体介在物成長の傾きは総じてO拡散律速のOstwald成長を示す実線とβTB=2までの衝突凝集の影響を考慮した一点鎖線の上に分布している。溶鋼中でAl脱酸平衡が保たれると仮定してO拡散律速とAl拡散律速の4/9KOWを計算すると,両者はおよそ1.2×10−3 µm3・s−1(0.0042 mass%O,0.002 mass%Al,σAl2O3–Fe=1.35 N・m−1 29))で一致するため,それを超えるとOstwald ripeningによる成長はO拡散律速からAl拡散との混合律速に移行する。このことから,4/9KOW=1.2×10−3 µm3・s−1を超える高O溶鋼中でAl2O3単体介在物成長の傾きがAl減少の影響を受けてO拡散律速のOstwald成長の実線よりも小さい側に偏倚したと考えられる。なお,SiやTiはAlよりも弱脱酸であり同一O濃度に平衡する脱酸元素濃度が高くなるため,SiO2とTi3O5の単体介在物成長の傾きは脱酸元素減少の影響を受けにくく4/9KOWがより大きくなってから実線よりも小さい側に偏倚すると思われる。

Relation between the inclination of single inclusion growth [(dSI/2)3-(dSI(S)/2)3]·t−1 and the inclination of Ostwald ripening 4/9KOW.
以上の結果から,溶鋼中での各種単体介在物の成長機構は,Brown運動や乱流攪拌による衝突凝集の影響も受けながら,主に介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長により統一的に説明できる。
4・2 溶鋼中でのクラスター介在物の成長・除去機構 4・2・1 クラスター介在物の成長・除去モデル溶鋼中を浮上する粗大なクラスター介在物は,主に(1)溶鋼中に懸濁している微細な単体介在物と凝集すると共に,(2)通過経路にある比較的小さな浮上速度の遅い他のクラスター介在物とも一部凝集して成長しながら(3)浮上除去される。しかし,クラスター介在物の成長と除去を同時に取り扱うのは複雑であるため,各々の過程で支配的な機構のみに着目して各数学モデルを構築する。
(1)浮上中クラスター介在物の単体介在物との衝突凝集溶鋼を1個の大きなクラスター介在物を中心に配置し,その周囲に微細な単体介在物が分散した体積VE(m3)の球要素に分割する。クラスター介在物への単体介在物の凝集に対して溶鋼中Oの物質移動と同じ機構を仮定すると,球要素の中心にあるクラスター介在物の成長速度はそれへの単体介在物の凝集速度に等しいため,式(13)が得られる。
| (13) |
CSIは単体介在物に含まれるOの溶鋼中モル濃度(mol・m−3),ACはクラスター介在物の表面積(m2)である。kSはクラスター介在物への単体介在物の凝集速度定数であると共に,単体介在物の減少速度定数でもある。実験中はクラスター介在物の粗大化と浮上分離による個数密度の減少が同時に進行するため,実験時間内でのAC・VE−1はほぼ一定で介在物種によらずAl2O3と同等の195 m−1と見なせた27)。単体介在物酸素濃度の時間変化CSI=CSI(S)・exp(−kS・t)を式(13)に代入して積分すると,クラスター介在物の直径は式(14)となる28)。
| (14) |
クラスター介在物の成長が単体介在物との凝集と他のクラスター介在物との凝集の両機構により進行すれば,クラスター介在物の粒径変化は両成長式の和で表され式(15)となる。
| (15) |
A4・dCI2は溶鋼中でのクラスター介在物の浮上速度がStokes則にしたがうとして求めた通過体積中の全クラスター介在物との凝集による成長速度を,B4は式(13)の単体介在物との凝集による成長速度を表す。ここでは,簡単化のため式(13)のCSIをCSI(S)で近似した。gは重力の加速度(m・s−2),ρFeは溶鋼の密度で7000 kg・m−3,αCは溶鋼単位体積中のクラスター介在物の体積でクラスター介在物酸素濃度の初期値[I.O]C(S)を用いて表すと式(16)となる。
| (16) |
式(15)を積分してクラスター介在物の直径を求めると式(17)が得られる28)。
| (17) |
なお,式(17)ではクラスター介在物と単体介在物の量が最も多い実験開始時の介在物酸素濃度の値を用いるため,クラスター介在物の計算粒径は最大値を与える。
(3)クラスター介在物の浮上分離凝集合体の影響を反映した一定の代表粒子直径dCI,R(m)を持つクラスター介在物がStokes則にしたがって浮上分離する機構を仮定して,溶鋼中クラスター介在物の減少速度定数を求めると式(18)となる27)。
| (18) |
Aは溶鋼表面積(m2),Vは溶鋼体積(m3)である。
4・2・2 クラスター介在物の成長・除去機構の検討全介在物量に対するクラスター介在物量の割合α (=[I.O]C/[I.O]T=1-[I.O]S/[I.O]T) が時間に依存せずほぼ一定と見なせれば,[I.O]C=α・[I.O]T,[I.O]S= (1-α)・[I.O]Tとなる。この関係を式(5)と式(6)に適用して式(4)と比較すると,Fig.5に示したkC=kS=kTの関係が得られる。そこで,全介在物についてαの経時変化を調べると,各々のαは介在物種毎に異なるが時間にはよらずTable 1に示す一定の値を示した。よって,本実験条件では全介在物,クラスター介在物と単体介在物の減少速度定数は,形態別介在物の減少挙動に整合した妥当な値であると判断できる。一方,Fig.3から予想されるように顕微鏡観察による介在物酸素濃度の絶対値は分析値に基づく値よりも低めである。このため,以下の解析では,[I.O]Cと[I.O]SはTable 1のαを用いて[I.O]Tから算出することによりクラスター介在物の成長・除去機構を議論する。
Fig.2のdCI,Maxに達するまでのクラスター介在物粒径の変化は,主に浮上途中の凝集成長に基づいている。そこで,dCI,Maxに到達するまでのdCIの変化を単体介在物(式(14))および単体介在物とクラスター介在物の両方(式(17))との衝突凝集モデルと比較して各々Fig.9とFig.10に示す。ここでは,Fig.6の介在物量の影響が一定と見なせる[I.O]T(I)=0.0155–0.0177 mass%の範囲にあるデータを対象にした。計算では全クラスター介在物の初期粒子直径を平均値の24.4 µmとした。MgO,MgAl2O4,Ti3O5と高O溶鋼中Al2O3のクラスター介在物は式(14)の計算値に沿って成長しており,これらのクラスター介在物は単体介在物との凝集合体により成長する(Fig.9)。一方,高Sを含む低O溶鋼中のAl2O3とZrO2のクラスター介在物は式(14)の計算値よりも上側にあり(Fig.9),特にAl2O3クラスター介在物では式(17)の計算値まで大きく成長している(Fig.10)。このことから,脱酸溶鋼中のAl2O3とZrO2の両クラスター介在物は懸濁している単体介在物に加えてその他のクラスター介在物とも凝集合体して成長すると考えられる。

Comparison of average particle diameter of cluster inclusions dCI and calculated cluster inclusion diameter by the agglomeration model with single inclusions.

Comparison of average particle diameter of cluster inclusions dCI and calculated cluster inclusion diameter by the agglomeration model with single inclusions and other cluster inclusions.
各種介在物のkCとdCI,Maxとの関係をFig.11に示す。図中の実線はクラスター介在物の浮上分離と凝集による成長の両影響が反映されたdCI,Maxを代表粒子直径として式(18)から求めたkCである。kCの計算値と実測値が全ての介在物種で概ね一致することから,介在物除去過程では凝集成長を伴うクラスター介在物の浮上分離が支配的であると考えられる。ZrO2クラスター介在物に着目すると,脱酸直後の溶鋼中介在物量が増加するにつれて,凝集合体が促進されクラスター介在物粒径が増大すると共に,その除去速度も増加している。Okumuraら12,13)は,機械攪拌下での溶銅中球形SiO2介在物の除去実験により同様の結果を得ている。また,上記で妥当性を確認した式(18)をSiO2介在物のkCに適用すると,実測できなかった10 µm以上の球形SiO2介在物の最大平均粒子直径は17.4–18.6 µmと見積もられ,検出された球形SiO2介在物の粒径の範囲内であった。

Relation between the decrease rate constant kC for cluster inclusions and the maximum average diameter dCI,Max of cluster inclusions.
溶鋼中で空隙架橋を形成して接触している直径d(m)の二等球介在物間に働く凝集力FA,S(N)は,これまでの研究により空隙架橋と溶鋼間の圧力差ΔPFeおよび溶鋼の表面張力σFeに起因する力の和として式(19)と式(20)のように表される27,29)。
| (19) |
| (20) |
R4は空隙架橋頸部の半径(m),FAは溶鋼中の直径dCY=0.008 mの酸化物円柱間に働く凝集力(N・m−1)である26,29)。dを2×10−6 mとして,実測のFAおよび式(19)と式(20)から求めたFA,SをまとめてTable 2に示す。
4・3・2 溶鋼中各種介在物の凝集に伴う自由エネルギー変化溶鋼中の二つの円板状酸化物が凝集する際の自由エネルギー変化ΔGAgは式(21)から計算できる27,29)。
| (21) |
二面角ϕは同種の酸化物同士で150°である。式(21)に前報29)で測定したFAを代入して得られた各種介在物のΔGAgもTable 2に示す。
4・3・3 溶鋼中各種介在物の凝集機構の検討溶鋼中に微細な介在物が分散し総界面エネルギーが非常に高い系では,熱力学的に安定な低い自由エネルギー状態に移行しようとするため,介在物同士は強い凝集傾向を持つと考えられる。そこで,凝集傾向を示す指標となるΔGAgとdCI,Maxとの関係をFig.12に整理して示す。凝集性の評価では介在物量の影響を極力排除するため,脱酸時に生成する介在物量がFig.6の[I.O]T(I)=0.0155–0.0177 mass%の狭い範囲にあるデータを採用した。球形SiO2介在物の粒径を他種のクラスター介在物の粒径と直接比較できないため,先に求めた球形SiO2介在物の最大平均粒子直径18.6 µmをε=22%(平均値)として仮想のSiO2クラスター介在物の粒径に補正した。溶鋼中の界面活性元素(O,S)濃度や介在物種の影響まで含めてdCI,MaxはΔGAgの低下とともに直線的に増加しており,凝集に伴って系の自由エネルギーが大きく低下するほど,溶鋼中のクラスター介在物は大きく成長することが分かる。よって,溶鋼中での各種介在物の凝集傾向は熱力学に基づいた平衡論から予測でき,実験結果と合わせて総合的に判断すると介在物種に応じてMgO<Ti3O5, SiO2<MgAl2O4<ZrO2<Al2O3の順に凝集傾向が強くなると評価できる。

Relation between the free energy change ΔGAg with agglomeration of inclusion and the maximum average diameter dCI,Max of cluster inclusions.
溶鋼中介在物の詳細な凝集過程を解明するためには,熱力学的な視点だけではなく,溶鋼中での介在物間の相互作用に着目した動力学的な視点での検討が重要である。著者は,これまで溶鋼中のvan der Waals力や溶鋼表面上のCapillary力に比べて非常に強い空隙架橋力を起源とする凝集力の測定を実施してきた。そこで,空隙架橋力の実測値に基づいて求めた溶鋼中の直径2 µmの各種介在物間に働くFA,SとdCI,Maxとの関係をFig.13に示す。図には比較のために,式(14)と式(17)の両凝集モデルにより計算した各種クラスター介在物の粒子直径を各々下側と上側の小記号で,その内Al2O3だけは2つの一点鎖線で表した。凝集モデルにより求めたクラスター介在物の粒径は,dCI,Maxが得られた時間での計算値である。界面活性効果の影響も含めて全てのクラスター介在物に対してdCI,MaxとFA,Sの間には良好な正の傾きの直線関係が成立しており,溶鋼中クラスター介在物の凝集成長が空隙架橋力を起源とする凝集力の相互作用に基づいて進行することが分かる。また,dCI,MaxはFA,Sが比較的小さいと単体介在物との凝集モデルに一致するが,FA,Sが増大すると単体介在物とクラスター介在物の両方との凝集モデルに近づいている。このことから,溶鋼中の介在物間に作用する空隙架橋力による凝集力が大きくなると,クラスター介在物は懸濁する微細な単体介在物に加えて,浮上経路にある他のクラスター介在物とも凝集してより粗大なクラスター介在物に成長すると考えられる。

Relation between the agglomeration force FA,S between two isospherical inclusions of 2 µm diameter and the maximum average diameter dCI,Max of cluster inclusions.
種々の脱酸元素を添加して溶鋼中に生成させたAl2O3,MgO,MgAl2O4,ZrO2,SiO2およびTi3O5介在物の成長と除去の機構を単体介在物とそれらが凝集したクラスター介在物に分けて速度論の観点から解析すると共に,クラスター介在物の最大粒子直径を熱力学および凝集力の両面から評価し各種介在物の凝集性および凝集機構を検討した。
(1)溶鋼中に生成したAl2O3,MgO,MgAl2O4,ZrO2およびTi3O5介在物は,直径数µmの単体状とそれが凝集した直径10 µm以上のクラスター状に大別されるが,SiO2介在物だけは直径10 µm以上でもクラスター状にならず球状である。
(2)溶鋼中に懸濁している直径数µmの各種単体介在物の成長速度は溶鋼中O濃度の上昇に伴って速くなり,その成長機構はBrown運動や乱流攪拌による衝突凝集を伴った介在物粒子の大きさによる溶解度差に基づく拡散成長(Ostwald ripening)である。
(3)溶鋼中を浮上する直径10 µm以上の各種クラスター介在物は,懸濁している単体介在物と凝集するが,凝集力の大きな介在物種(ZrO2とAl2O3)では浮上経路にある他のクラスター介在物との凝集も加わり大きく成長して浮上分離される。
(4)脱酸直後の溶鋼中介在物量の増加に伴い凝集合体が促進され,クラスター介在物の粒径が増大すると共に,その減少速度も増加する。
(5)溶鋼中での各種酸化物系介在物の凝集性は凝集に伴う自由エネルギー変化に基づいた平衡論から説明でき,その結果を踏まえると介在物種毎にMgO<Ti3O5, SiO2<MgAl2O4<ZrO2<Al2O3の順に凝集し易くなる。
(6)溶鋼中における酸化物系介在物の凝集成長の動力学的機構は,空隙架橋力を起源とする凝集力の粒子間相互作用により統一的に説明できる。
本研究の遂行に関して利益相反がないことを宣言する。