2025 Volume 111 Issue 3 Pages 141-150
It is known that the size distribution of inclusions in steels has a significant effect on material properties. The solidification characteristics and TiC formation behaviour of alloy 800H were evaluated both by experiment and simulation in this work. The relationship between dendrite arm spacing and the cooling rate was estimated. TiC particles were observed at the interdendritic region. The size distribution of TiC particles was affected by the solidifacation cooling rate. A solidification analysis using the MPF (Multi-Phase Field) method revealed that TiC formation begins at a solid fraction of 0.79, and solidification accelerates due to TiC formation. It was thought that TiC particles generated in the latter part of solidification aggregate and coalesce without engulfment by the solidified shell. The size distribution of TiC particles was also affected by heat treatment after solidification.
アロイ800Hは高Crおよび高Ni濃度で,さらにTiやAlも含有していることから,高温強度を有するとともに耐酸化性に優れた耐熱Ni合金である。太陽光発電パネルや半導体の素材になる多結晶シリコンの製造設備をはじめとして幅広い分野に適用されている。
アロイ800Hにおける晶析出物は溶接性1,2,3,4,5,6)やクリープ特性7,8,9)などの材質に大きく影響することが知られている。特に母材または多層盛溶接金属のHAZ部の結晶粒界で発生する液化割れにはTiCのサイズ分布が影響し,粒界に存在する微細な多数のTiCが液化割れを助長すると考えられている。粒界液化はγ相とTiCの共晶溶融に起因し,成分調整による液化割れ回避も検討されてきた3,4)。粒界液化はインコネル718において詳細に解析されており10,11),NbC粒径が0.05 µm以下では液化は生じず,0.05~1 µmの範囲では粒界に浸透する液相がNbC粒径に比例して大きくなることが示された。アロイ800HにおけるTiCは凝固中に生成すると考えられるが,その生成挙動に関しては十分検討されているとはいえず,TiCサイズ分布に着目した液化割れ評価も多くは行われていないのが現状である。
鉄鋼材料の介在物は材質特性に大きな影響を及ぼすため,サイズ分布に関連する凝固中の介在物晶出挙動は多くの解析が行われてきた。凝固時のミクロ偏析と酸化物の拡散成長を考慮した解析によって冷却速度の影響を評価した例が挙げられる12,13)。また,CALPHAD(Calculation of Phase Diagram)法を用いたモデルにより凝固時のミクロ偏析と熱力学平衡計算を組み合わせて介在物の晶出挙動を解析した研究もある14,15,16)。さらに,近年はNi基超合金の凝固過程における第二相の生成もMPF(Multi-Phase Field)法を活用して解析されている17,18,19)。
本研究ではアロイ800Hの凝固特性と材質に影響するTiC生成挙動を明確にするために,一方向凝固実験を行い,次にMPF法を用いて凝固時のTiC晶出を解析した結果を報告する。
本研究で使用した試験片の化学組成をTable 1に示す。試験片は30 kg真空誘導溶解炉で溶製し,一方向凝固させたものである。鋳型の概要をFig.1に示す。注湯部と凝固部に分かれており,凝固部は底部に水冷銅プレートがあり,凝固部の鋳型サイズは底部60×60 mm,上部200 mm×200 mm,高さ300 mmで,底部を除く周囲の耐火物はアルミナである。鋳造時の出鋼温度は過熱度を100°Cに設定して約1500°Cで出湯を行った。底部から5, 10, 20, 40 mm位置に熱電対を配置し,温度変化を測定した。液相線と推定される1400°Cから50°C降下した領域での冷却速度Uを温度変化から求め,熱電対間の温度勾配Gを用いて凝固速度V(=U/G)も推算した。Table 2に底部から5, 10, 20 mm位置における冷却速度,温度勾配,凝固速度を示す。
C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Mo | Al | Ti | N | Ca | Mg | O |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.072 | 0.37 | 1.2 | 0.001 | 0.0004 | 30.3 | 20.2 | 0.33 | 0.55 | 0.58 | 0.0008 | 0.0031 | 0.0021 | 0.0012 |
Schematic view of experimental apparatus. (Online version in color.)
Distance from the bottom (mm) | Cooling rate (°C/s) | Temperature gradient (°C/mm) | Growth velocity (mm/s) |
---|---|---|---|
5 | 19.6 | 6.5 | 3.0 |
10 | 6.5 | 6.1 | 1.1 |
20 | 1.6 | 3.6 | 0.4 |
まず,鋳片のC断面およびL断面について,底部5~20 mm位置で光学顕微鏡によりミクロ組織を観察し,一次および二次デンドライトアーム間隔を測定した。一次デンドライトアーム間隔λ1はC断面において約20か所の間隔を測定して平均値を算出した。二次デンドライトアーム間隔λ2はL断面において20~60本のアーム間隔を測定して約15か所での平均値を求めた。なお,各々約20%程度のばらつきがあった。
一部の試料(C断面・底部5 mm)についてはEPMAにより凝固ミクロ偏析と介在物分布の調査を実施した。また,SEM-EDSを用いて介在物の形態や組成を調査し,TiC系介在物のサイズ分布を測定して(C断面・底部5, 10 mm),熱処理後(1200°C×1hr→空冷)におけるサイズ分布と比較した。鋳片のミクロ観察試料の側から15 mm角の試験片を採取して熱処理を実施した。なお,TiCサイズ分布の観察視野は0.1~0.2 µmが1.1 mm2,0.2~0.5 µmが9.8 mm2,0.5 µm以上が30.1 mm2とした。TiCの判別はEDS分析でTi濃度5%以上を閾値とした。反射電子組成像における面積から計算される円相当径を粒子サイズとし,サイズ分布を評価した。
Fig.2にアロイ800Hのミクロ組織の例を示す。初晶γ相のデンドライトが観察でき,一方向的な凝固形態が達成できていると考えられる。Fig.2(c)ではデンドライト樹間にTiCの存在が確認でき,いずれも最終凝固部に近い部分にあると推定される。
Solidification microstructure of the ingot.
Table 3に一次および二次デンドライトアーム間隔の測定結果を示す。アーム間隔λがλ=AU−nのように表されると仮定すると,測定データからの回帰で定数Aおよびnが求められる。Fig.3に一次および二次デンドライトアーム間隔(λ1およびλ2)と冷却速度の関係を示す。図中には参考としてSUS30420)および25%Cr-19%Ni鋼21)のデータも載せている。アロイ800Hにおけるアーム間隔と冷却速度の関係は同じ初晶γ相である25%Cr-19%Ni鋼に比較的近いと推定される。
Distance from the bottom (mm) | Primary arm spacing (μm) | Secondary arm spacing (μm) |
---|---|---|
5 | 39.5 | 11.9 |
10 | 65.1 | 17.3 |
20 | 80.9 | 28.4 |
Relationship between dendrite arm spacing and cooling rate. (Online version in color.)
Fig.4にTiCをSEM観察した例を示す。TiCは粗大な粒と微細な粒子の集まりの二種類が観察された。前者に関しては,Fig.2(c)と合わせて考えると凝固中の濃化溶鋼でTiCは生成しながら凝集・合体したと推定される。また,微細な粒子は最終凝固部の液相/γ相界面や拡散速度の小さい固相内で生成した可能性も考えられる。Fig.5にEPMAにより凝固ミクロ偏析と介在物分布を調査した結果を示す。底部から5 mm位置で凝固冷却速度が20°C/sの部位である。各成分の正偏析が認められるが,偏析レベルは後述するようにMPF解析と比較する。アロイ800Hは初晶γ凝固であるが,γ相安定元素であるNiも顕著な正偏析が観察される。Tiの偏析ではデンドライト樹間に粗大なTiC粒子が観察されるとともに,微細な粒子が多数集まったように見える部分も存在し,Fig.4の観察結果に対応すると考えられる。
SEM images of TiC inclusions observed in ingot.
EPMA analysis of microsegregation in ingot (5mm from the bottom).
Fig.6に鋳造ままおよび熱処理材のTiCサイズ分布を示す。冷却速度の大きい5 mm位置では10 mm位置に比べて1 µm以下の微細な粒子が多く,比較的大きな粒子は少ない傾向にある。鋳造材の介在物サイズ分布の冷却速度依存性は従来知見12,13)に対応すると考えられる。また,いずれの場合も熱処理により粒子数が減少する傾向が認められた。図中に示す0.1 µm以上のTiC面積率のように熱処理の成分均質化による面積率減少が認められ,この点も後述するようにMPF解析により簡単に検討する。
Size distribution of TiC inclusions before and after heat treatment. (Online version in color.)
本研究では,MICRESS(ver. 6.4)ソフトウェア22,23)と連携して,自由エネルギーと移動度の計算に各々熱力学データベースと拡散データベースを提供することが特徴である。熱力学データベースはTCFE ver.10,拡散データベースはMOB2を用いた。
Fig.7に底部から5 mm位置における計算領域の例を示す。一定格子幅の空間直交格子の差分法により二次元の解析を行っている。計算の格子幅は0.05 µm,界面領域幅は4格子とした。今回は底部から5, 10 mm位置の評価として冷却速度20, 7°C/sの2水準で計算したが,1次デンドライトアーム間隔は前章の実験データを参考にして設定した。なお,今回はC断面の解析を実施しているため,温度勾配はゼロとしている。初晶γ相の核生成位置を2か所に設定し,初期温度は1393°C(過冷度3°C)とした。計算成分はFe–Cr–Ni–C–Si–Mn–Mo–Al–Ti系でTable 1の値を採用した。計算に用いる界面エネルギー,界面モビリティ,異方性強度などの解析条件は炭素鋼においてTiNの生成を計算したBöttger らの解析24)の値を参考に設定したが,液相/γ相間の界面エネルギーは2×10−5 J/cm2,液相/γ相間の界面モビリティは5×10−2 cm4/J/sとした。Table 4に解析条件を示す。
Schematic illustration of calculation region and boundary conditions. (Online version in color.)
Interface | Interface energy (J/cm2) | Interface mobility (cm4/J/s) | Kinetic anisotropy coefficient |
---|---|---|---|
Liquid-γ | 2.0×10−5 | 5.0×10−2 | 0.20 |
Liquid-TiC | 1.0×10−5 | 1.0×10−6 | − |
γ-TiC | 1.0×10−5 | 1.0×10−12 | − |
TiC(FCC_A1#2として取り扱い)の晶出可能温度は平衡計算を参考に1350°C以下とし,液相中で過冷度1°Cに達したら核生成するように設定した。TiC相の生成は20°C毎に三つの領域に分け,生成判別時間間隔0.01 sとして,最小生成核間距離を5, 3, 1 µmに設定した。上記以下の温度では生成判別時間間隔0.01 s,最小生成核間距離1 µmとした。なお,TiCの核生成数には上限を設定しなかった。TiCの核生成数が少ない場合には凝固が完了せず,各領域で20個程度の核を与えると凝固温度区間は上限を設定しなかった場合と同レベルになった。TiCの生成はアロイ800Hの凝固挙動に大きな影響を及ぼすと考えられる。なお,本解析ではTiCの核生成速度は考慮されていない。
4・1・2 解析結果Fig.8に冷却速度20°C/sにおける凝固解析結果を示す。なお,Fig.8(b)には比較として平衡計算の結果を示している。MPF解析からTiCの生成は固相率fsが0.79で開始し,TiCの生成により凝固が加速的に進行する様子が分かる。初期温度と凝固完了温度の差を凝固温度区間ΔTcとすると120°Cで平衡計算に比べて大きな値になっている。計算で得られたモル分率とγ相およびTiCのモル体積より凝固完了時1273°CのTiC生成量を求めると体積率で0.51%となった。平衡計算では凝固直後にTiCは生成し,1273°Cの平衡計算におけるTiC生成量は体積率0.43%であった。実際には解析のようにミクロ偏析によって凝固中は過剰のTiCが生成したと考えられる。このことはミクロ偏析が軽減する熱処理によってFig.6のようにTiCの面積率が減少したこと(底部から5 mm,鋳造まま0.17%→熱処理後0.08%)に対応すると推察される。しかし,TiC生成量は測定値と解析結果に差があり,Fig.4で認められたような極めて微細な粒子をSEM-EDSで測定できない点や熱力学データベースの精度が明らかでない点が要因として挙げられる。
Phase distribution during solidification calculated by MPF method (U = 20°C/s). (Online version in color.)
Fig.9に冷却速度20°C/sにおける相変化の様子を示す。解析ではTiCの生成が固相率0.79以降で起こるが,非常に狭いデンドライト樹間の領域でTiCは凝固シェルに捕捉されていく。溶鋼中で生成して捕捉されない粒子は拡散成長すると考えられるが,計算におけるTiCサイズは最大で1 µm程度の微細な粒子である。また,最終凝固部には0.2 µm以下の微細なTiC粒子が多く存在している。Fig.4およびFig.6では粗大な粒子も存在していたが,今回の解析では溶鋼流動の影響を考慮しておらず,溶鋼中でのTiC挙動に関しては次項で簡単な検討を加える。Fig.10に冷却速度20°C/sにおけるTi濃度の変化を示す。分配係数が比較的小さく,偏析傾向の強いTiは凝固時に溶鋼中に濃化していくが,TiCが生成して固定されることでミクロ偏析が抑えられて凝固が進行していく様子を見ることができる。Fig.11に凝固完了直後のNi, Cr, Ti濃度分布の計算結果を示す。Fig.5のEPMA分析と比較すると濃化部分の組成はほぼ対応している。EPMA分析データは室温における組織の分析であり,凝固後から温度降下時の拡散による成分均質化を含んでいるが,ミクロ偏析挙動に関する大まかな予想は解析により可能と考えられる。
Calculated solidification behaviour by MPF method (U = 20°C/s). (Online version in color.)
Distribution of Ti content calculated by MPF method (U = 20°C/s).
Microsegregation after solidification calculated by MPF method (U = 20°C/s).
Fig.12に凝固組織およびTiCサイズ分布に及ぼす冷却速度の影響を示す。この図ではスケールを合わせて組織サイズに反映させている。冷却速度が遅い7°C/sの場合はサイズの大きいTiCが観察される傾向にあり,拡散成長時間によるものと考えられる。TiC粒子数は冷却速度7, 20°C/sで各々423, 139であり,冷却速度が遅い場合は組織サイズが大きく,また凝固時間が長いことに依る。TiC生成量(体積率)は冷却速度7, 20°C/sで各々0.52%, 0.51%であり,冷却速度による差がほとんどなく,凝固温度区間ΔTcは冷却速度が遅い場合に若干小さくなっている。Fig.13に凝固直後のCrおよびTi濃度を比較した結果を示す。冷却速度が小さい場合に偏析度が小さい傾向にあるが,顕著な違いは認められなかった。
Effect of cooling rate on microstructure formation and TiC distribution during solidification calculated by MPF method.
Effect of cooling rate on microsegregation of Cr and Ti during solidification calculated by MPF method.
凝固界面における介在物の挙動が実験的に観察され25,26),特に介在物の捕捉または排出についてはいくつかのモデルが提案されてきた。Mukai and Lin27,28)は凝固界面の溶質濃化に伴って界面張力勾配が発生して溶液中の微細粒子に作用することを理論的に導出し,実験による確認を行った。また,溶鋼中の気泡や介在物に関して本モデルを適用できることが明らかにされ29,30),粒子に作用する力,式(1)の界面張力勾配項を示す指標Mukai-value Mを式(2)のように提案した。Mの値が1×103 dyne/cm程度になると凝固界面への粒子捕捉がほとんどなくなり,粒子に作用する引力が小さくなると予想されている。
(1) |
(2) |
ここで,Rは粒子半径,δは境界層厚み,σは界面張力,Ciおよびki0はi成分の濃度および分配係数である。
本研究におけるアロイ800HはTable 1に示すように表面活性元素であるO, S, N濃度が低く,またCa, Mg, Ti, Alを含有するために界面張力勾配による凝固界面への粒子捕捉がほとんどなく,排出傾向になると予想される。酸化物,硫化物および窒化物を考慮したThermo-Calcによる平衡計算では溶存するO, S, N濃度は1ppm未満であり,固相率fs=0.9における平衡計算から求めた指標Mは約10 dyne/cmで粒子が捕捉されるレベルを大きく下回ることを確認した。なお,界面張力勾配と分配係数は従来知見30,31,32)の値を用いて計算を行った。O, S, Nの界面張力勾配は各々−26140.1, −10992.0, −5576.2 dyne/cm/mass%を用い,分配係数は各々0.02, 0.05, 0.28を用いた。粒子の捕捉は起こりにくく,Fig.2(c)やFig.5で示したように凝固中にTiCが生成しながら濃化溶鋼中で凝集・合体していくと推定したことに対応する。
介在物の捕捉または排出については熱伝導に伴う凝固界面形態の変化を考慮したモデルも提案されている33,34)。粒子の熱伝導が液相よりも小さい場合には固液界面が凸型になり,捕捉されやすくなり,実際には凝固速度や温度勾配などの操業条件との兼ね合いで排出/捕捉が決まることが見出された。溶鋼中の介在物に関しては,排出/捕捉の遷移が粒子半径Rと臨界凝固速度Vcrの関係で示された35,36)。
(3) |
ここで,Δγ0は表面張力差,a0は原子間距離,ηは溶鋼の粘度,K*は溶鋼と粒子の熱伝導率の比である。
本研究におけるアロイ800HとTiCで物性値を推定することは難しいが,溶鋼とアルミナクラスターにおける解析例36)としてあげられたα=5.46×10−9を参考に簡単な検討を試みた。MPF法による解析で液相率0.2~0.02における平均界面移動速度をデンドライト樹間の中心および中間位置で測定すると約1~10 µm/sであった。式(3)で粒子半径1 µm,α=5.46×10−9における臨界凝固速度は5 µm/sとなり,生成部位によっては捕捉される可能性がある。実験データ35)では数10 µm/sまで微細粒子の排出と捕捉が混在する領域になっており,低凝固速度における微細粒子の挙動に関しては更なる検討が必要といえる。
以上のように,凝固後半に生成したTiCは凝固シェルに捕捉されずに凝集・合体していく場合があると考えられる。Fig.6に示したように冷却速度の小さい10 mm位置では5 mmに比べて大きな粒子が多いが,溶鋼流動を考慮しないFig.12の解析ではTiCサイズ分布に大きな差は認められず,実際には溶鋼流動の影響を考える必要がある。デンドライト樹間の溶鋼流速uは式(4)のDarcy則で表され,透過率Kは一次デンドライトアームの平行および垂直方向で式(5)が用いられる場合がある37)。
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ここで,ηは溶鋼の粘度,Lは多孔質体の幅,ΔPは多孔質体内の圧力降下,KpおよびKnはデンドライト成長に対して平行および垂直方向の透過率である。
底部から10 mm位置では5 mmに比べてアーム間隔が大きいために透過率が平行方向Kpおよび垂直方向Knで各々2.7倍,2.4倍大きく,同程度の圧力勾配では流速が大きくなる可能性がある。また,変形等を無視して凝固収縮を補償する流動を一次デンドライトアームの方向で考えるとβVで表される38)。凝固収縮率βはThermo-Calcで計算した液相およびγ相の密度の比より約0.07であり,Table 2に示した凝固速度Vと合わせると,底部から5, 10 mm位置では各々210, 77 µm/sの溶鋼流動が凝集・合体に寄与する可能性が考えられる。解析におけるTiC生成から凝固完了までの時間は底部5,10 mmで各々約4 s,9 sであり,拡散成長の時間の違いのほかに,冷却速度の小さい場合は溶鋼流速および凝固時間の面から粒子が粗大化しやすくなった可能性がある。
介在物の粗大化には上記の凝集・合体だけでなく,介在物の拡散成長やオストワルド成長の可能性も挙げられる。球状介在物の定常状態における拡散成長はR2=R02+ρtで表され,ρは速度定数である。凝固過程では溶質濃化や温度降下によるρの変化を考慮する必要があるが,ここでは一定として扱って簡単な検討を行った。Fig.9の解析データを用い,比較的大きい粒子5個に関する液相中の成長挙動から速度定数ρを見積った。その中で最大値ρ=0.27 µm2/sを用い,fs=0.79~0.99において成長するTiC粒径(=2R)を計算すると,底部5, 10 mmで各々1.2, 2.2 µmとなった。Fig.12の解析結果に比べて大きな値は得られず,またFig.4においても単体の粒子では2 µm以下が多いと推定され,本研究では介在物の粗大化には介在物の拡散成長に比べて凝集・合体の影響が大きかったと考えた。
本研究ではアロイ800Hにおける凝固時のTiC生成挙動を調査・解析してきたが,いくつかの課題がある。まず,TiCの核生成速度を考慮しておらず,TiC生成の過飽和度も十分検討できていない。凝固後半にTiCが生成し,凝固シェルに捕捉されずに凝集・合体すると推定したが,熱力学データベースの精度を確認することも必要と考えられる。また,デンドライト樹間の粒子挙動を考察するためにはミクロ組織形成と溶鋼流動を合わせた詳細な解析39)が必要であり,介在物生成の熱力学解析と合わせて凝固中の介在物挙動の推定ができるようになることが期待される。
アロイ800Hの凝固特性とTiC生成挙動を実験および解析により評価して以下の結果が得られた。
(1)凝固ミクロ組織観察において一次および二次デンドライトアーム間隔(λ1およびλ2)を測定し,冷却速度(U)との関係式として,λ1=96U−0.27,λ2=32U−0.33を得た。
(2)TiCはデンドライト樹間に粗大な粒と微細な粒子群の二種類が観察された。凝固シェルに捕捉されずに凝固中の濃化溶鋼で成長しながら凝集・合体したものがあると推定した。MPF法を用いた凝固解析より,TiCの生成は固相率0.79で開始し,TiCの生成により凝固が加速的に進行すると考えられる。
(3)TiCサイズ分布は冷却速度に依存し,デンドライト樹間流動の影響もあると考えられる。冷却速度が大きい場合は1 µm以下の微細な粒子が多く,比較的大きな粒子は少ない傾向にある。また,熱処理により粒子数が減少する傾向にあり,ミクロ偏析軽減の影響が考えられる。
本研究の発表において利益相反がないことを宣言する。