Tetsu-to-Hagane
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Precipitation Behavior of MnS from Molten Iron to Al2O3 during Solidification
Akito TakedaTakuma KurokawaKengo KatoHideki Ono
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2025 Volume 111 Issue 3 Pages 112-121

Details
Abstract

Forming conditions and compositional changes of primary inclusions in molten steel have been studied due to the demand for high cleanliness of steels. MnS, a common inclusion in steel, does not form in molten steel, although it is observed in steel with oxide inclusions such as MnO, Al2O3 and SiO2. On the other hand, Mn and S are enriched in molten steel due to the segregation phenomenon during the solidification process which suggests that MnS form in molten steel during solidification. However, the precipitation behavior of MnS inclusions in molten steel due to the enrichment of Mn and S and the interaction between the primary inclusion and the molten steel is still unclear. In this work, a new experimental technique was developed and the precipitation behavior of MnS from molten steel onto solid Al2O3 was studied. Solid MnS precipitates were observed on the Al2O3 rod immersed in the sample with adding Al whereas precipitates containing MnO, A2O3 and MnS were observed on the Al2O3 rod in the sample without adding Al. Thermodynamic analysis revealed that Mn enriched in molten steel is oxidized to form MnAl2O4 when Al content is low and the MnAl2O4 reacts with S in molten iron to form molten MnO–Al2O3–MnS. MnS can precipitate from the molten MnO–Al2O3–MnS. On the other hand, Mn enriched in molten steel does not react with Al2O3 when Al content is high. Therefore, MnS can precipitate at the final period of solidification where Mn and S are significantly enriched in molten steel.

1. 緒言

鉄鋼材料は建築用材料や自動車などに幅広く使用され,鋼材の強度と靭性に対する要求は年々厳しさを増している。溶鋼中に含まれるO,Sなどの不純物は非金属介在物生成の原因となり,疲労強度などの材料特性に悪影響をおよぼすことが知られている1,2)。したがって溶鋼の高清浄化を目指して二次精錬による脱酸,脱硫の検討がなされてきた3,4)。Alを還元剤として脱酸した場合には脱酸生成物として溶鋼中にAl2O3が生成する。鋳造前の段階で溶鋼中に存在する一次介在物は二次精錬工程あるいは連続鋳造工程において浮上させて除去されている5,6)が,微小な介在物は溶鋼中に残留してプロセスや鋼材の特性に悪影響をおよぼす。したがって介在物の組成の制御による無害化が重要であり,一次介在物の生成,組成変化に関して数多くの研究がおこなわれている7,8,9,10,11,12,13)。一方で数µmサイズの非金属介在物を鋼中に微細分散させることで,粒内フェライト核として利用し熱処理時に結晶粒を微細化する組織制御が検討されてきた14,15,16,17,18,19,20,21,22)。MnSは鋼中に生成すると微細な粒内フェライトの生成核として作用することが知られており23),鋼中におけるMnSの析出挙動について詳細に検討されている23,24,25,26)。しかしながら,Al添加による脱酸・脱硫後の溶鋼中のS濃度は数10 ppm程度であり,熱力学的には溶鋼中にMnSが晶出しないと考えられる。一方でMn,Sは凝固過程において液相中へ濃化するため,凝固最終部の液相中にMn,Sが濃化し溶解度を上回るとMnSとして晶出していると考えられる。Wakohら24)は溶融Fe–S–C–O系合金のAl脱酸,Zr脱酸,Mn–Al複合脱酸およびMn–Si複合脱酸の実験を行い,実験後の試料中における酸化物とMnSの分布を解析した。Mn–Si複合酸化物やMn–Al複合酸化物がMnSの析出核になりやすいこと,酸化物へのMnS析出には融点が低くサルファイドキャパシティの高いMn系酸化物が有効であることを報告している。Mikiら27)は Fe-Mn-Si-S合金を固液共存温度に保持し,MnSを含んだMnO–SiO2系の液相介在物が生成し,溶解したMnSが冷却過程において晶出していると報告している。以上から,凝固過程においてミクロ偏析によりMn,Sが濃化した液相と一次介在物である酸化物系介在物との相互作用により酸化物上へMnSが二次介在物として晶出していると考えられるが,その挙動を直接観察することは非常に困難である。そこで本研究では凝固中のミクロ偏析に起因する一次介在物への二次介在物の生成機構の解明を目指して,ミクロ偏析によりMn,Sが濃化した状態を想定した溶鋼に一次介在物を想定したAl2O3棒を浸漬して降温し,固体Al2O3上へのMnSの生成を模擬する実験手法を構築した。本手法により固体Al2O3上へのMnSの晶出挙動を調査し,凝固過程におけるMnSの晶出挙動について考察した。

2. 実験方法

Fig.1に示す電気抵抗炉を用いてMnSの晶出実験を行った。上部のシリコン栓に取り付けた添加口からAl2O3を炉内に出し入れできるようにしてある。凝固中のミクロ偏析に起因するMnSの晶出と本実験との対比をFig.2に示す。凝固過程においてはミクロ偏析によりMn,Sが溶鋼中へ濃化し,MnとSの濃度の積がMnSの溶解度積を上回り駆動力が生じることでMnSが晶出すると考えられる。本実験ではミクロ偏析によりMn,Sが濃化した状態を想定した溶鋼をあらかじめ作製して溶融させ,MnとSの濃度の積がMnSの溶解度積よりも低くなる温度THで保持する。その後液相線付近の温度TLまで降温してMnSの溶解度積を低下させ,MnとSの濃度の積がMnSの溶解度積を上回り駆動力が生じることでMnSが晶出すると考えた。実験条件をTable 1に示す。No. 1は構造用合金鋼の組成を参考にしたFe-0.8 mass%Mn-0.03 mass%S-0.35 mass%C合金の凝固最終部においてMnとSが濃化した溶鋼を模擬した組成である。No. 2では凝固最終部の溶鋼中へのCの濃化を考慮し,No. 3ではAlの添加を考慮した。MnSの晶出する反応式は式(1) で,その平衡定数K(1)式(2) で表される。

  
Mn_+S_=MnS(s)(1)
  
logK(1)=log{aMnSaMnaS}(2)
Fig. 1.

Schematic illustration of (a) experimental apparatus, and (b) arrangement of materials. (Online version in color.)

Fig. 2.

Comparison of MnS precipitation in (a) solidification, and (b) this experiment. (Online version in color.)

Table 1. Composition of samples and experimental temperature.

Experimental
No.
Composition [mass%]TH [K]TL [K]Cooling rate
[K/min]
MnSCAl
12.01.00.3501873177310
21.60.392.301780165310
31.90.351.10.12184417044

ここでaMnSaii:Mn, S)はそれぞれ純物質固体基準のMnSの活量および希薄溶液基準(mass%表示)の溶鋼中成分iの活量である。式(2)は各元素の濃度と希薄溶液基準の活量係数fiを用いて式(3)のように整理できる。

  
log[mass%Mn]+log[mass%S]+logfMn+logfS+logK(1)=0(3)

Mn,Sの希薄溶液基準の活量係数fii=Mn, S)は,1次の相互作用係数を用いてそれぞれ式(4)(5)で表される。

  
logfMn=j=Mn,S,C,O,AleMnj[mass%j](4)
  
logfS=j=Mn,S,C,O,AleSj[mass%j](5)

式(3)(4)(5)からMnSの溶解度積を計算した。ただしMnSの活量は1とした。用いた式(1)の反応の平衡定数28),および相互作用係数28,29)の値をTable 2およびTable 3にそれぞれ示す。実験条件をMnSの溶解度積と共にFig.3に示す。試料合金の液相線温度はDiederichs and Bleck30)が整理した式(6)を用いて算出した。

  
TLiq=180983[mass%C]5[mass%Mn]31.5[mass%S]3.6[mass%Al](6)

Table 2. Equilibrium constants used in this work.

ReactionlogKRef.
Mn + S = MnS(s)logK(1) = 9433/T-5.1928)
Mn + O = MnO(s)logK(7) = 11900/T-5.1033)
2Al + 3O = Al2O3(s)logK(9) = 45300/T-11.6234)
Table 3. First and second order interaction parameters, eij and rij,k, in liquid iron alloys used in this work.

ieiMneiSeiCeiOeiAl
Mn0.029) −0.04829)
(1823)
−0.053829) −0.12133) 0.029)
S−0.02629)
(1823)
−120/T+0.01829) 0.11129)
(1823)
−0.2729) 0.04129)
(1823)
C−0.008429)
(1843)
0.04429)
(1823)
0.24329) −0.3428)0.04329)
O−0.03733)−0.13329)−0.4528)−1750/T+0.7629)−5750/T+1.9034)
Al0.029)0.03529)
(1823)
0.09129)−9720/T+3.2134)80.5/T29)
ijkrijrij,kRef.
AlO275000/T−107.034)
OAl−13.78/T−0.02134)
OAl−25.0/T+0.003334)
AlO327300/T−127.334)

(****): The values are generally given at 1873 K. The temperature in parenthesis (T) indicates that the values were measured at the temperature T (K).

Fig. 3.

Equilibrium relationship of Mn + S = MnS(s) and composition of samples.

実験の模式図をFig.4に示す。No. 1, 2の実験では,あらかじめ高周波誘導炉で作製したFe–Mn–S–C合金を,No. 3では,秤量した電解鉄,C,Mn,FeS試薬をそれぞれAl2O3るつぼ(外径:30 mm,内径:24 mm,高さ:50 mm)に入れ,さらに炭素るつぼ(外径:42 mm,内径:36 mm,高さ:80 mm)に入れた。これを,電気抵抗炉のムライト管(外径:70 mm,内径:60 mm,高さ:1000 mm)内に挿入し,シリコン栓で蓋をした後,酸化物(Al2O3)棒を炉内に挿入して先端がるつぼ直上にくるように位置を調整した。炉内にアルゴンガスを150 cm3/min(s.t.p.)で流し,試料を加熱し溶融させた。No. 1,2の実験では1873 Kまで加熱後25 min保持した。No. 3では1873 Kまで加熱後15 min保持し,Alを添加した後10 min保持した。その後,温度THまで10 K/minで降温して10 min保持した。保持後に炉上部から溶鋼中に酸化物(Al2O3)棒をスライドして浸漬させ,Table 1に示す冷却速度で降温した。MnSが晶出する時間を十分確保するために温度TLに達した後60 min保持した。その後,炉から酸化物(Al2O3)棒,試料の順に取り出し,アルゴンを吹き付けながら空冷した。実験後,酸化物(Al2O3)棒を切断してSEM-EDSにより酸化物(Al2O3)棒の断面の観察,組成の分析を行った。

Fig. 4.

Procedure of experiments. (Online version in color.)

3. 結果と考察

3・1 Al2O3上へ晶出したMnSの組成

No. 1, 2および3のそれぞれにおいてAl2O3棒上に実験中に生成した晶出物と考えられる付着物が観察されたため,Al2O3棒と付着物界面のSEM観察およびEDS分析を行った。Al2O3棒断面のSEM画像およびFe,Mn,S,O,Alの元素マッピング画像をFig.5に示す。付着物部分においては全体にFeが分布し,その中にMn,S,Oの分布が確認できた。No. 1と2ではFeの中にMnとSが分散して存在している。後述するようにNo. 1,No. 2の試料中に観察された晶出物はMnSを含む液相であると考えられる。1888 KにおけるFe–Mn–S 3元系状態図31)から,実験試料と同じMn,S濃度の溶融Fe–Mn–S合金と平衡する溶融MnS–FeS相中のFe濃度は2–3 mass%である。したがって,No. 1, No. 2の試料中に観察された晶出物中にはFeが数 mass%溶解していると考えられる。晶出物の主要成分はMn,Al,S,Oであったため,以下晶出物中のFeを除いて考察した。一方,No. 3ではFeとMn,Sの分布が明確に分かれて存在している様子が確認できた。MnとSの分布が重なっている部分ではMnSが生成していると考えられた。

Fig. 5.

SEM images and EDS analysis at interface of Al2O3 rod and precipitates. ((a)No. 1, (b)No. 2 and (c)No. 3) (Online version in color.)

SEM-EDSにより分析した付着物の組成をAl2O3,MnO,MnSの質量濃度に換算し,Fig.6に示す1773 KにおけるAl2O3–MnO–MnS 3元系の状態図32)上にプロットした。分析結果において,AlはすべてAl2O3,SはすべてMnSとし,Mnの内MnSとして存在する分を差し引いた残りをMnOとした。No. 3では,MnS+Lの領域中においてMnS濃度の高い領域にプロットが集中した。したがってNo. 3ではMnSの固体が晶出したと考えられる。状態図から,Al2O3とMnSは互いに溶解度がなく,MnSは純物質としてのみ晶出が可能である。このため,直接Al2O3上には生成しにくいと考えられる。No. 1では,MnAl2O4,MnS,Lの共存領域およびMnAl2O4,Al2O3,MnSの共存領域にプロットされた。No. 2では,No. 1と同様の領域に加え,L相にもプロットされた。実験温度が1773 Kより低温であり液相領域が狭くなると考えられるため,L相ではなくMnAl2O4+Lの領域にプロットがあると考えられる。すなわちNo. 1および2の晶出物の組成はすべてMnAl2O4が共存する組成領域にプロットされている。MnAl2O4が存在する条件では,状態図よりMnAl2O4とSを含むAl2O3–MnO–MnS系の液相が平衡することがわかる。1773 Kにおいて液相中のMnS濃度は約10 mass%であり,MnSの活量は低いため純粋な状態よりも生成しやすいと考えられる。したがってNo. 1, 2で観察された晶出物は液相中から晶出したMnSであると推測した。本実験においてNo. 1, 2ではAlを添加しておらず,No. 3のみAlを添加した。したがって溶鋼中のAl濃度の違いによってMnSの晶出挙動に違いが生じたと考えられる。

Fig. 6.

Composition of precipitates on Al2O3 rod plotted on phase diagram of Al2O3–MnO–MnS system at 1773 K32).

3・2 凝固過程におけるAl2O3上へのMnSの晶出挙動

溶鋼中のAl濃度によって生成する酸化物が変化し,MnSの生成挙動が変化すると考えられた。そこで,Fe–Mn–S–C–O–Al系合金におけるMnO,Al2O3およびMnAl2O4の生成条件について熱力学的に考察した。合金中のMnおよびAlとMnOおよびAl2O3の平衡はそれぞれ式(7)および式(9)で,各反応の平衡定数はそれぞれ式(8)および式(10)で表される。

  
Mn_+O_=MnO(s)(7)
  
logK(7)=log{aMnOaMnaO}(8)
  
2Al_+3O_=Al2O3(s)(9)
  
logK(9)=log{aAl2O3aAl2aO3}(10)

ここで,aMnOaAl2O3は純物質固体基準のMnOおよびAl2O3の活量,aii=Mn, O, Al)は希薄溶液基準(mass%表示)の溶鋼中成分iの活量である。式(8)(10)は各元素の濃度と希薄溶液基準の活量係数fiを用いてそれぞれ式(11)(12)のように整理できる。

  
log[mass%Mn]+log[mass%O]+logfMn+logfO-logaMnO+logK(7)=0(11)
  
2log[mass%Al]+3log[mass%O]+2logfAl+3logfO-logaAl2O3+logK(9)=0(12)

O,Alの希薄溶液基準の活量係数fii=O, Al)は,1次の相互作用係数および2次の相互作用係数を用いてそれぞれ式(13)(14)で表される。

  
logfO=j=Mn,S,C,O,AleOj[mass%j]+j=O,AlrOj,Al[mass%j][mass%Al](13)
  
logfAl=j=Mn,S,C,O,AleAlj[mass%j]+j=O,AlrAlj,Al[mass%j][mass%Al](14)

式(4)(13)式(11)に,式(13)(14)式(12)にそれぞれ代入するとMnO,Al2O3,MnAl2O4のそれぞれが平衡する溶鋼中Mn濃度とO濃度の関係およびAl濃度とO濃度の関係が計算できる。溶鋼中C濃度,およびS濃度を一定とすると変数は,[mass%Mn],[mass%O],[mass%Al]の3つである。したがって,数値解析を行い任意のAl濃度に対して式(11)(12)を連立して解くことで[mass%Mn],[mass%O]の値を得ることができる。計算に用いた平衡定数33,34)の値はTable 2に,相互作用係数の値28,29,33,34)Table 3に示した。MnO,Al2O3の活量は,Jacob35)が報告した1873 Kにおける値を用いた。解析により得られたMnO,Al2O3,MnAl2O4が平衡する溶鋼組成を計算し,Fig.7に示すFe–Al–Mn–O系相安定図を作成した。高Al濃度の領域においてはAl2O3が安定であり,溶鋼からAl2O3が生成することがわかる。低Al濃度,高Mn濃度になるとAl2O3からMnAl2O4,液相,MnOへと安定領域が変化していくことがわかる。したがって,溶鋼中Al濃度が低いときに凝固偏析により溶鋼中のMn濃度が上昇するとMnAl2O4が生成する可能性がある。そこで凝固偏析に起因した溶鋼中における溶質元素濃度の変化を考慮して溶鋼中MnSの晶出におよぼすAl濃度の影響を解析した。凝固過程における溶鋼中溶質元素濃度は式(15)に示すClyne-Kurz36)モデルより算出した。

  
d[mass%i]dfs=[mass%i](1ki){1(12Ωiki)fs}(15)
Fig. 7.

Phase stability diagram of Fe–Al–Mn–O system at 1873 K and concentration change of Al and Mn in molten Fe-1.0%Mn-0.03%S-0.35%C alloy cooled from 1873 K until the end of solidification. (Online version in color.)

kiは固液間の平衡分配係数である。Ωiはmodified diffusion parameterでありback diffusion coefficient αから式(16)で計算できる。

  
Ωi=α(1exp(1α))12exp(12α)(16)

α式(17)で表される。

  
α=4Ds,itfλ2(17)

ここでDs,iは固体鉄中成分iの拡散係数,λはデンドライトアーム間隔,tfは局所凝固時間である。デンドライトアーム間隔は式(18)30)を用いて算出した値を用いた。ただしCRは冷却速度であり4.0 K/minとした。局所凝固時間は液相線温度,固相線温度,冷却速度を式(19)に代入して算出した。ただし液相線温度は式(6)を,固相線温度は式(20)30)を用いてそれぞれ算出した。

  
λ=143.9CR0.3616[mass%C]0.55011.996[mass%C](18)
  
tf=TLiqTSolCR(19)
  
TSol=1809344[mass%C]6.8[mass%Mn]183.5[mass%S]4.1[mass%Al](20)

式(15)から(20)により,凝固過程における液相中Mn,S,C,O,Alの濃度を計算した。計算に用いた拡散係数37,38,39),平衡分配係数40)はそれぞれTable 4Table 5に示した。溶鋼中にMnSが生成する反応(式(1))の自由エネルギー変化は式(21)で表せる。

  
ΔG(1) = ΔG(1)°+RTln{aMnSaMnaS} = RTlnK(1)RTlnaMnRTlnaS = 2.303RT(log[mass%Mn]+log[mass%S]+logfMn+logfS+logK(1))=0(21)

Table 4. Diffusion coefficients of Mn, S, C, O, and Al in solid iron used in this work.

iDs in bccDs in fccRef.
Mn0.76exp(−224400/RT)0.055exp(−249500/RT)37)
S4.56exp(−214600/RT)2.4exp(−224000/RT)37)
C0.0127exp(−19450/RT)0.0761exp(−32160/RT)37)
O0.24exp(−96273.4/RT)2.14exp(−168269.16/RT)38)
Al5.03572exp(−240703.5/RT)0.18119exp(−253560/RT)39)
Table 5. Distribution coefficients of Mn, S, C, O, and Al used in this work.

iki in bccki in fccRef.
Mn0.900.7540)
S0.020.0540)
C0.200.3040)
O0.020.0340)
Al0.920.9240)

式(21)により液相中Mn,S,C,O,Alの濃度から∆G(1)を計算し,値が負の場合はMn,Sの質量保存を考慮してMnSの生成量を計算した。MnAl2O4,Al2O3の生成量も同様の方法で計算した。初期組成はMn=1.0 mass%,S=0.03 mass%,C=0.35 mass%とし,Al濃度が0.1,0.01,0.005,0.003,0.002,0.001 mass%Alの6条件として解析を行った。O濃度は1873 Kにおいて溶鋼がAl2O3と平衡していると仮定して計算した値を初期濃度として用いた。初期合金組成における液相線温度は1773–1774 Kである。凝固開始後の温度は式(6)に溶鋼組成を代入して算出した液相線温度とし,固相率が0.9999となった時に凝固が完了するとした。1873 Kから凝固が完了するまで溶鋼を冷却したときの溶鋼中Al,Mn濃度の変化をFig.7中に示した。0.1 mass%Alの場合は凝固の進行とともにAl濃度が増加しAl2O3安定領域から変化しない。一方0.01,0.005,0.003,0.002,0.001 mass%Alの場合はAl濃度が低下しMnAl2O4の安定領域へと変化した。1873 Kから凝固が完了するまで冷却したときの溶鋼中Al,O濃度の変化をFig.8に示す。液相線温度以上では温度の低下とともにO濃度が低下し,0.005 mass%Al以下ではAl濃度も低下した。これは温度の低下とともにAl2O3と平衡するOの溶解度が低下するため,OがAlと反応してAl2O3が生成するためである。液相線温度に達すると0.1 mass%Alの場合はAl濃度が上昇し,0.01 mass%Al以下の場合はO濃度が上昇してAl濃度は低下している。凝固偏析により溶鋼中のAl,O濃度が上昇したとき,0.1 mass%Alの場合ではOに対してAlが過剰に存在するためOが消費されて濃度が低下しAl濃度はほとんど変化しない。一方,0.01 mass%Al以下の場合はAlに対してOが過剰に存在するためAlが消費されて濃度が低下することがわかった。したがってAl濃度が低い条件では凝固偏析により溶鋼中Mn濃度,O濃度が上昇するが,AlがAl2O3の生成に消費されるためにAl濃度が低下し,MnAl2O4が生成する条件に変化する可能性があることがわかった。Al濃度が0.1 mass%Alおよび0.001 mass%Alの条件におけるMnS,MnAl2O4,Al2O3の生成量の解析結果をFig.9(a)および(b)にそれぞれ示す。1873 Kから徐々にAl2O3の生成量が増加し,Alが酸化されていることがわかる。さらに,0.001 mass%Alの場合のみ1773 K(固相率3.4%)でMnAl2O4が生成した。MnSの活量を1とすると0.1 mass%Alの場合は1704 K(固相率92.5%)で,0.001 mass%Alの場合は1702 K(固相率93.3%)でMnSの生成量が増加し始めAl濃度によって大きな違いはないことがわかる。一方で0.001 mass%Alの場合はMnAl2O4が生成するため,Al2O3–MnO–MnS系の液相が生成する可能性がある。そこで,MnAl2O4が生成している場合にはMnAl2O4と共存可能なAl2O3–MnO–MnS系の液相の生成を考慮することとした。液相の組成はFig.6に示した1773 KにおけるAl2O3–MnO–MnS 3元系の状態図においてMnAl2O4とMnOが共存する組成とし,MnSの活量aMnSを推定した。この液相中MnSのモル分率は0.0989である。活量係数は,Kimら41)が報告したMnO–Al2O3系の液相中におけるMnSの活量係数の平均値を算出して得た2.01を用いた。したがってAl2O3–MnO–MnS系の液相におけるMnSの活量をaMnS=0.0989×2.01=0.198としてMnS生成量の解析を行った。解析結果をFig.9(b)中に一点鎖線で示した。Fig.9(b)から,1738 K(固相率72.2%)からMnSが生成し始めることがわかった。以上より,Al濃度の低い溶鋼中においては偏析により濃化したOとAlが反応してAl2O3が形成し,Al濃度が低下する。さらに液相中にMnが濃化するとMnAl2O4生成条件となりMnAl2O4が生成し,これが溶鋼中のSと反応することでMnSを含む液相を生成すると考えられる。Wakohら24)が凝固実験の結果からMn-Al複合酸化物がMnSの析出核になりやすいこと,酸化物へのMnS析出には融点が低くサルファイドキャパシティの高いMn系酸化物が有効であることを報告している。これは本研究で得られた低Al条件におけるMnSの晶出挙動によって説明できる。以上から,本研究における実験および解析結果から考えられる凝固過程におけるAl2O3上へのMnSの晶出挙動を模式的にFig.10に示す。低Al条件(Fig.10(a))では,偏析により溶鋼中に濃化したMnがAl2O3,Oと反応しMnAl2O4を生成する。次にMnAl2O4が溶鋼中のSと反応しMnSを含む液相を形成し,その液相中からMnSが生成すると考えられた。一方で高Al条件(Fig.10(b))では,凝固進行に伴いMn,Sが溶鋼中に濃化し,高固相率となりMn,Sの活量が高くなったときにAl2O3上にMnSが晶出すると考えられた。

Fig. 8.

Al and O contents of molten Fe-1.0%Mn-0.03%S-0.35%C alloy equilibrated with Al2O3 and concentration change of O and Al in molten Fe-1.0%Mn-0.03%S-0.35%C alloy cooled from 1873 K until the end of solidification. (Online version in color.)

Fig. 9.

Forming amount of MnS, MnAl2O4, and Al2O3 during solidification of Fe-1.0%Mn-0.03%S-0.35%C alloy. (Online version in color.)

Fig.10.

Schematic illustration of precipitation behavior of MnS from molten iron to Al2O3 inclusions during solidification of steel (a) low Al content, and (b) high Al content. (Online version in color.)

4. 結言

ミクロ偏析によりMn,Sが濃化した状態を想定した溶鋼に一次介在物を想定したAl2O3棒を浸漬して降温し,固体Al2O3上へのMnSの生成を模擬する実験手法を構築した。本手法により固体Al2O3上へのMnSの晶出挙動を調査し,凝固過程におけるMnSの晶出挙動について以下の知見を得た。

(1)Mn,Sが濃化した状態を想定した溶鋼にAl2O3棒を浸漬して降温することで,固体Al2O3上へのMnSの生成を観察できた。

(2)Alを添加していない条件では,MnAl2O4またはMnAl2O4と液相が存在する組成のMnSが生成した。一方,Alを添加している条件では,MnAl2O4は存在せず,高MnS濃度のMnSが生成した。

(3)Al濃度が低い場合は,偏析により溶鋼中に濃化したOとAlが反応してAl2O3が形成し,Al濃度が低下する。さらに液相中にMnが濃化するとMnAl2O4生成条件となりMnがAl2O3,Oと反応しMnAl2O4が生成する。MnAl2O4が溶鋼中のSと反応することでMnSを含む液相を生成し,その液相中からMnSが生成すると考えられた。一方でAl濃度が高い場合は,凝固進行に伴いMn,Sが溶鋼中に濃化し,高固相率となりMn,Sの活量が高くなったときにAl2O3上にMnSが晶出すると考えられた。

利益相反に関する宣言

本論文に関して,利益相反に関する事項はない。

謝辞

本研究は日本鉄鋼協会「凝固過程の介在物生成・成長・変性機構」研究会の助言と援助を受けて行われた。日本鉄鋼協会および本研究会に深く感謝申し上げる。

文献
 
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