Tetsu-to-Hagane
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In-situ Observation of Inclusion Formation Behaviors during Solidification Process Using Model Alloy
Sakiko Kawanishi Yuki TsukaharaShingo TerashimaHaruto NakaoSohei SukenagaHiroyuki Shibata
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2025 Volume 111 Issue 3 Pages 85-94

Details
Abstract

The formation of secondary inclusions during the solidification process of molten steel is a complex phenomenon triggered by microsegregation. Controlling the dispersion of secondary inclusions in the solidified steel is an important issue that greatly affects the properties of the steel; however, the distribution of inclusions after solidification does not always coincide with the locations of inclusion formation. Therefore, it is still difficult to estimate when, where, and at what supersaturation level inclusions crystallize in the liquid phase, and it is desirable to clarify their formation behavior to control the dispersion of inclusions. In this study, we investigated the formation process of inclusion using a ternary model material of succinonitrile-water-lumogen yellow by in-situ observation, where the formation of oversaturated lumogen yellow can be regarded as the inclusion formation. It was confirmed that the frequency of inclusion formation increased significantly when the solution was held at lower temperatures, i.e., when a large supersaturation ratio was given. The results of the formation frequency indicated that the formation of inclusions occurred in the liquid phase according to the classical nucleation theory.

1. 緒言

溶鋼の凝固過程における二次介在物の生成は,ミクロ偏析がきっかけとなり生じる1,2)。ミクロ偏析の進行は液相線温度を低下させるため,凝固界面温度の低下をもたらし,その結果,介在物の溶解度(積)が低下する。これに加え,ミクロ偏析の進行に伴い液相中の溶質濃度が増大するため,介在物の溶解度を超えた場合に,ある確率で介在物の核生成を生じる。このように二次介在物の生成は,そのきっかけこそ明白であるものの,種々の複合的な要因の結果生じる複雑な現象と言える。凝固後の組織における二次介在物の分散制御は,鋼材の特性を大きく左右する重要な課題であるため,凝固後の組織における介在物のサイズおよび分散状態から,その生成挙動が検討されてきた3,4,5,6,7,8,9,10,11)。しかし,凝固後の介在物の分布は,必ずしも介在物の生成位置と一致するとは限らず,液相中でいつ,どこで,どの過飽和度で介在物が晶出したのかは推定の域を出ない。よって,介在物の分散制御に向け,その生成挙動を明らかにすることが望まれている。

著者らは前報にて,一連の現象のきっかけであるミクロ偏析の進行過程をその場観察により明らかにする新規手法を提案した12)。本手法では,蛍光試薬であるルモゲンイエローを添加したサクシノニトリル系モデル合金における溶質(ルモゲンイエロー)濃度を蛍光イメージングにより定量評価することができる。凝固過程のミクロ偏析に由来して生じる溶質濃度分布を定量的に評価したところ,一方向凝固時に整列した一次デンドライトアームの樹間中央における溶質濃度分布が沖合いから凝固組織内部に向けてS字カーブを描くように上昇することを示した。また,溶質成分の平衡分配と固液各相における溶質拡散の進行により,実測した溶質濃度分布が再現されることを明らかにした。本手法に用いるサクシノニトリル–水–ルモゲンイエローの三元系におけるルモゲンイエローの溶解度(CLYeq)は次式で表される12)

  
CLYeq/μmolL1=5.6908T/K22.508CH2O/mass%1445.6(1)

よって,本系でミクロ偏析が進行すると,1) 液相線温度の低下による凝固界面温度の低下および,2) 界面前方での水濃度の増加の両効果により,ルモゲンイエロー溶解度は減少する。加えて,3) ルモゲンイエローの濃化も生じるため,凝固過程におけるミクロ偏析の進行に伴いルモゲンイエローを未飽和から過飽和に転じさせることが可能である。この過飽和によるルモゲンイエローの晶出は,冒頭で述べた二次介在物の晶出原理と同一である。そこで,本研究ではルモゲンイエローを模擬介在物とみなし,その晶出挙動を蛍光顕微鏡を用いたその場観察により明らかにすることを目的とした。さらに,ミクロ偏析により生じる種々の過飽和度における介在物の核生成頻度を評価し,古典的核生成理論を用いてその挙動を検討した。

2. 実験原理および方法

顕微鏡で拡大した数百µm角程度の微小な視野内で介在物を核生成させ,その挙動をその場観察により明らかにするには,核生成頻度の高い環境,すなわち,溶質濃度が飽和溶解度を大きく上回る高過飽和な溶液を用いる必要がある。そこで,凝固開始前の保持温度(353 K)において,わずかに未飽和となるよう調整したサクシノニトリル−1 mass% 水−400 µmol L−1 ルモゲンイエロー溶液を用いることとした。同溶液を用いて凝固が進行した際の溶質の濃化の程度を把握するため,Scheilの式13)を用いた凝固計算を行った。得られた結果を,ルモゲンイエローの過飽和比(CLYCLYeq)の固相率(fs)依存性として表した関係をFig.1(a)に示す。なお,水およびルモゲンイエローの平衡分配係数には,それぞれ0.0914)および0.42812)を用いた。凝固開始時にはわずかに過飽和な程度であり,固相率の増加に伴い過飽和比は徐々に増加し,固相率0.6では過飽和比は2.2となる。その後急激に増加し,固相率0.83では過飽和比は9.0まで上昇する。前報12)ではデンドライト先端近傍におけるミクロ偏析の挙動を評価したことから,はじめに前報に倣い,サクシノニトリル−1 mass% 水−400 µmol L−1 ルモゲンイエロー溶液を凝固した際の過飽和比を検討した。前報と同形状の固相の発達を想定し,溶質の平衡分配と固液各相での溶質拡散を考慮した数値解析15)により予測したデンドライト先端近傍における溶質の過飽和比分布をFig.1(b)に示す。また,一次デンドライトアームの樹間中央での過飽和比の値を図中に示す。本評価領域における固相率は0.4程度までであり,そこでの過飽和比はいずれの領域も2未満であった。後述するように,予備実験により介在物の晶出を捉えるにはより大きな過飽和比が必要であるとわかったことから,本研究では過飽和比が2.5を超えるようなより低温の領域を定点観察することとした。

Fig. 1.

(a) Relationship between supersaturation ratio of lumogen yellow and solid fraction of succinonitrile–1 mass% water– 400 μmol L−1 lumogen yellow calculated using Scheil’s equation. (b) Colormap of supersaturation ratio of lumogen yellow around primary dendrite tip. Values of supersaturation ratio along the centerline of interdendritic region are shown in the figure. (Online version in color.)

その場観察には共焦点スキャナユニット(CSU-W1, 横河電機(株))を備えた倒立型の蛍光顕微鏡(IX83, (株)エビデント)を用いた。488 nmのレーザー光(60 mW)を落射式の励起光源として使用し,蛍光波長520(± 25) nmでの蛍光観察を40倍の対物レンズ(NA0.60)を用いて行った。撮影にはsCMOSカメラ Zyla 4.2 (Andor,Oxford Instruments (株))を用い,露光時間は50 msとした。本条件における観察視野は332.8 µm × 332.8 µmであり,焦点深度は20 µmである。観察時の試料近傍の模式図をFig.2に示す。溶液を封入したガラスセル(溶液厚み150 µm)を溶液保温領域(353 K)からサファイア水冷ステージ上に水平に移動させ,デンドライト成長を促した。ガラスヒーターからの伝熱によりサファイアステージには緩やかな温度勾配が存在するため,所定の温度領域を撮影できるよう観察視野を調整し,同視野における一定温度での介在物の晶出挙動を,サファイア越しに観察した。また,観察時の焦点深度と比べて溶液厚みが大きいことから,介在物の発生がどの高さで生じたのかを特定するためZスイープ撮影を5 µm刻みで行った。このZスイープ撮影を60秒ごとに繰り返し行うことにより,介在物の数密度の時間変化を調査した。なお,本撮影条件は,励起光源による退色の影響を最小限にしつつ,介在物の発生頻度の評価が可能になるよう考慮して決定したものであり,1 µm以上のサイズの晶出物を捉えることができる。実験条件をTable 1に示す。保持温度に至るまでの冷却速度に依存してデンドライトアーム間隔を始めとする凝固形態が変化することから,前報と同程度の冷却速度である徐冷(最大冷却速度:0.69 K s−1)に加え,急冷(同:2.3 K s−1)での冷却も行うこととした。なお,水冷ステージへの移動速度の調整により冷却速度を変化させており,赤外線カメラ(T530,Teledyne FLIR LLC)を用いて測定した観察領域の温度から各条件での最大冷却速度を算出した。また,分解能の劣る光学条件において実施した予備検討により,ルモゲンイエローの過飽和比が2.3では介在物の晶出は観察されず,過飽和比が3.1–4.6の条件において観察視野内に数個~数十個の介在物の晶出が観測された。これを踏まえ,介在物の晶出を幅広い過飽和比で観察すべく,ステージ上の観察位置の調整により,各冷却条件につき異なる4種類の保持温度での介在物の晶出挙動を調査することとした。Table 1に示した各条件における溶質濃度は各溶質の平衡分配係数を用いてScheilの式より求めた値である。急冷時の樹間でのルモゲンイエロー濃度を蛍光強度より実測したところ,平衡分配を仮定して予測される濃度と概ね一致したことから,ルモゲンイエローおよび水のいずれも本実験条件では平衡分配を生じたものとして整理した。本実験の実施範囲はFig.1(a)の赤塗りの領域であり,固相率は0.663–0.816,Scheilの式より計算されるルモゲンイエローの過飽和比は2.63–6.64である。また,核生成頻度は同一の条件でも実験ごとにばらつく可能性があることから,各条件につき3回以上の観察を行った。なお,観察領域の温度の測定には赤外線カメラを用い,各実験後に測定したガラスセル表面の温度を補正して実験温度とした。熱電対を用いた温度の補正や,試料溶液の作製については,前報12)を参照されたい。

Fig. 2.

Schematic of configuration of sample on a stage. (Online version in color.)

Table 1. Experimental conditions for in-situ observation of inclusion formation.

Cooling conditionHolding temperature, T / KFraction of solid*1, fsWater concentration*2, CH2O / mass%Lumogen Yellow concentration*2, CLY / μmol L–1Supersaturation ratio, C LY CLYeq
Slow cooling
(max 0.69 K s–1)
3130.6632.697452.63
3070.7473.498783.77
3020.7904.140775.11
2990.8104.5310346.20
Rapid cooling
(max 2.3 K s–1)
3100.7113.098133.16
3050.7663.759184.25
3010.7974.279975.44
2980.8164.6610526.64

*1 fs was calculated using liquidus slopes of –6.1 K mass%–1 17) for water and 0 K (μmol L)–1 12) for lumogen yellow.

*2 Solute concentrations were estimated using Scheil’s equation. Here, equilibrium partition coefficients of 0.0914) for water and 0.42812) for lumogen yellow were used for calculation because equilibrium partition of lumogen yellow was confirmed under the rapid cooling condition.

3. 実験結果

3・1 介在物の晶出挙動

サクシノニトリル−1 mass% 水−400 µmol L−1ルモゲンイエローを冷却し,種々の過飽和条件で保持した際の蛍光観察像をFig.3に示す。低過飽和条件の(a)(b)においては,図中に矢印にて晶出物の位置を示した。各条件にて蛍光を発する晶出物が発生し,時間経過に伴い晶出物の数が増加することが確認された。高過飽和条件の(c)(d)では,図中の黄色枠内の拡大にて例を示すように保持後60 sで既に晶出物が存在し,その後多数の晶出物が発生する様子が観察された。なお,背景に液相が存在する箇所ではルモゲンイエローの濃化により蛍光強度が非常に高く,晶出物は相対的に暗く観察されるが,いずれの晶出物も蛍光を発することを確認している。これらの晶出物はいずれも模擬介在物であるルモゲンイエローが過飽和な溶液から晶出したものと考えられる。殆どの介在物が観測されたのは,顕微鏡の焦点が溶液とガラスセルとの界面に一致する位置であった。これより,これらの介在物はガラスセル上での不均一核生成により発生したと推測された。本蛍光観察には反射光学系を採用していることから,高固相率の固液共存状態における内部の撮影が容易でないことを考慮し,比較的高過飽和な条件において,透過光学系の明視野観察により界面近傍と内部を観察した結果をFig.4に示す。なお,透過光学系の明視野観察像であるため,Fig.3に示した蛍光観察像と異なり,非透過性の介在物は暗く映っている。ガラスセル上(Fig.4(a))には多数の介在物の晶出が認められ,溶液内部(Fig.4(b))においても,わずかではあるが矢印にて示すように介在物が観測された。溶液内部の介在物は,ガラスセル上と比較し1/100以下の発生数であり,ごく少数であったことから,これらの発生は不均一核生成と比べ発生確率の低い均一核生成によるものと推測される。本研究においては,蛍光観察により溶液内部での介在物の発生挙動を観察するには至らなかった一方,ガラスセル上での不均一核生成には明確な過飽和依存性が認められ,時間の経過による晶出数の増大も確認された。よって,以後の評価ではガラスセル上における介在物の発生挙動に着目する。

Fig. 3.

Time evolution of inclusion formation behaviors during holding at various supersaturation conditions; (a) 313 K, (b) 310 K, (c) 302 K, and (d) 301 K. Descriptions of slow and rapid indicate the cooling rate before start of holding; max 0.69 K s−1 and max 2.3 K s−1, respectively. Locations of inclusions in (a), (b), and magnified view of (c) and (d) are indicated by yellow arrow. (Online version in color.)

Fig. 4.

Inclusions confirmed by bright-field image (a) on the glass cell and (b) inside the glass cell under holding at 302 K after slow cooling of max 0.69 K s−1. (Online version in color.)

一連の実験により,介在物の晶出数は冷却条件には依存せず,マクロな過飽和比が同程度であれば介在物の発生数は同程度であることがわかった。よって,デンドライト凝固により形成された各樹間に存在する液相中には過飽和比の分布のミクロスケールでの違いは存在するものの,各液相領域での溶質の拡散が比較的早いため,本実験の範囲では介在物の晶出数には影響せず,マクロな過飽和比で介在物の晶出現象を整理できると考えられる。また,Fig.3(c)(d)における1020 s後の画像より,介在物は視野全域で確認されるものの,均一には分布しておらず,多く晶出した領域が線状に並んでいることがわかる。これらの線状の領域は,凝固初期における液相領域,すなわち各条件での60 sの画像における高輝度値の領域と一致している。よって,ミクロ偏析の進行により樹間には過飽和比の高い液相が存在することから,同領域において高頻度に介在物の晶出を生じたことがわかった。

介在物の晶出挙動を核生成理論に基づき議論するためには,核生成時の介在物の形状を把握する必要がある。生成する核のサイズは本研究に用いた共焦点レーザー蛍光顕微鏡の分解能以下であるため,核生成時の形状は不明であるが,観測直後の介在物であれば,核生成時に近い形状であったと推測される。そこで,Fig.3(c)の60 sの画像中の赤色枠内の拡大像をFig.5に示す。いずれの介在物も円形状に近い状態で確認され,最小で直径1.0 µmの介在物が観測された。これより,ガラスセル上で,介在物はレンズ形状あるいは円板状に不均一核生成したと推測される。その後,円形状の箇所を起点として放射状に,針状の介在物が伸長してサイズが拡大する様子が確認された(Fig.3)。低過飽和の条件においては,特にサイズの拡大が顕著であり,時間の経過に伴い徐々に拡大し,50 µmを超す針状の晶出物が形成された。よって,過飽和条件の違いは,介在物の晶出頻度だけでなく,その後の介在物のサイズにも大きく寄与することが明らかになった。急冷後の310 Kおよび305 Kでの保持において観察された介在物の針状部分の長さの時間依存性をFig.6に示す。各条件において,長さは初期に大きく増大し,時間とともに徐々に成長速度が低下することがわかった。このとき,310 Kおよび305 Kでそれぞれ240 s および180 sまでは介在物の晶出数の増加が生じ,それ以降には介在物の個数は変化せず介在物のサイズの拡大のみが確認された。よって,介在物の晶出および成長により液相中のルモゲンイエローが消費されるため,その濃度が徐々に低下し,成長の駆動力となる濃度差が小さくなったことで,成長速度が徐々に低下したと考えられる。介在物の成長には液相中でのルモゲンイエローの拡散が関与すると推測されるが,詳細な成長機構を解明するためには液相中の濃度の時間変化を踏まえた議論が必要である。

Fig. 5.

Inclusions just after their formation. The image corresponds to the magnified view of red square in Fig. 3(c) at 60 s. (Online version in color.)

Fig. 6.

Time dependence of size of inclusion. The length of the needle-shaped part from the center was measured. (Online version in color.)

3・2 介在物の数密度

各過飽和条件で得られた数密度の時間依存性をFig.7に示す。なお,数密度は,観察視野 (332.8 µm × 332.8 µm)および焦点深度(20 µm)より計算される体積を用いて,介在物数を除することで算出した。また,同一条件で3回以上の観察を行ったところ,介在物数の増加の傾向は同じであるものの,晶出数にはばらつきが存在したことから,各条件につき任意に選択した1回の観察結果を図に示した。介在物の数密度は,保持開始より一定の時間内では徐々に増加し続け,その後は概ね一定であった。また,保持温度が低いほど,すなわち,ルモゲンイエローの過飽和比が大きいほど数密度は顕著に増加した。各条件において,この増加時の傾きが核生成頻度に相当し,核発生および成長によりルモゲンイエローが消費され,その過飽和比が減少したことにより数密度が一定になったと考えられる。また,両冷却条件において,過飽和比の最も大きな低温保持の条件では,数密度が最大値を示した後に徐々に減少することが確認された。これは,晶出した介在物間の距離が近いため,オストワルド成長により微小なサイズの介在物が消滅し,大きな介在物が成長したためである。本研究では,介在物の晶出挙動に焦点を当てていることから,以降は各条件において数密度が増大する領域での傾きから得られた核生成頻度に着目して解析を行った。

Fig. 7.

Time dependence of number density of inclusion under various supersaturation conditions after cooling with (a) max 0.69 K s−1 and (b) max 2.3 K s−1. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 古典的核生成理論における核生成頻度

半径rの球形状の均一核生成におけるGibbsエネルギー変化(∆Ghom)は,介在物の生成および境界面の生成に伴うGibbsエネルギー変化の総和として,以下のように示される。

  
ΔGhom=43πr3ΔGV(T)+4πr2σSL(2)

ただし,∆GV (T)は温度Tでの凝固により溶液から介在物が生成する際の単位体積あたりのGibbsエネルギー変化であり,σSLは介在物–溶液間の界面エネルギーである。この場合の核生成頻度(Ihom)は次式で示される。

  
Ihom=I0exp(ΔGhom*kbT)=I0exp(16πσSL33ΔGV(T)2kbT)=I0exp[16πσSL33{RTlnCLYCLYeq/Vm}2kbT](3)

なお,I0は頻度因子,kbはボルツマン定数,∆G*hom式(2)より求められるエネルギー障壁の大きさ,Vmはルモゲンイエローのモル体積(3.86×10−4 m3 mol−1)である。

一方本研究では,前項で述べたように,介在物は初期には円形状で観察され,その殆どがガラスセルと溶液界面に存在した。そこで,Fig.8に示すような半径rの球の一部から成る凸レンズ状の介在物がガラスセル上で発生したと仮定した。この介在物の形状はrおよび接触角θで表され,ガラス表面は平面とする。凸レンズ形状の介在物の体積をVS,介在物–ガラス間の界面積および界面エネルギーをASGおよびσSG,介在物–溶液間の界面積および界面エネルギーをASL およびσSL,ガラス–溶液間の界面エネルギーをσGLとすると,介在物の生成に伴うGibbsエネルギーの変化(∆Ghet(T, r, θ))は,介在物の生成および境界面の生成・消滅に伴うGibbsエネルギー変化の総和として,以下のように示される。

  
ΔGhet(T,r,θ)=VsΔGV(T)+ASLσSL+ASG(σSGσGL)(4)
Fig. 8.

Schematic image of inclusion on a glass cell.

この凸レンズ形状においては,以下の幾何学的関係が成立する。

  
ASG=πr2sin2θ=πr2(1cosθ)(1+cosθ)(5)
  
ASL=2πr2(1cosθ)(6)
  
VS=43πr3f(θ)(7)

ただし,

  
f(θ)=14(1cosθ)2(2+cosθ)(8)

である。また,三相界面における力の釣り合いとして,以下に示すYoungの関係の成立を仮定する。

  
σGL=σSG+σSLcosθ(9)

式(5)(6)(7)(8)(9)式(4)に代入すると,この不均一核生成におけるGibbsエネルギー変化の総和は次式のように表される。

  
ΔGhet(T,r,θ)=(43πr3ΔGV(T)+4πr2σSL)f(θ)(10)

すなわち,レンズ形状の不均一核生成時のGibbsエネルギー変化は,球形状の均一核生成時のf(θ)倍となり,θに依存してエネルギー障壁の大きさ(∆G*het)が変化する。よって,レンズ形状の不均一核生成の頻度(Ihet)は以下のように示される。

  
Ihet=I0exp(ΔGhet*kbT)=I0exp(ΔGhom*f(θ)kbT)=I0exp[16πσSL3f(θ)3{RTlnCLYCLYeq/Vm}2kbT](11)

これより,古典的核生成理論に基づくと,凸レンズ形状の不均一核生成頻度は,球形状の均一核生成と同様に,過飽和に関する変数を用いて下記のように示される。

  
lnIhet1{ln(CLYCLYeq)}2T3(12)

4・2 核生成頻度の評価

その場観察により得られたルモゲンイエローの核生成頻度の対数と,式(12)の右辺の関係をFig.9に示す。同一の条件でのやや大きなばらつきが見られるものの,核生成頻度は過飽和条件に応じて概ね直線的に変化することが確認された。また,保持開始前の冷却条件の違いは,核生成頻度には影響しないことが確認された。このことは,冷却速度の大きな凝固過程においても平衡分配でミクロ偏析が進行したことならびに,液相中での溶質の拡散が速いため溶質濃度の分布が比較的早期に解消され概ね一定の過飽和分布であったことを示している。すべての条件での結果より,最小二乗法を用いて直線近似を行い,直線の傾き(m)を評価した。式(11)および(12)より,介在物–溶液間の界面エネルギー(σSL)は,mを用いて以下のように示される。

  
σSL=(3mR2kb16πVm2)1/3f(θ)1/3(13)
Fig. 9.

Relationship between nucleation frequency and {ln(CLY/CLYeq)}−2 ∙ T−3. (Online version in color.)

球状の均一核生成(θ=180°)を仮定した場合,傾きmから求められる介在物–溶液間の界面エネルギーは,σSL=4.4×10−3 N m−1であった。一方,実際には溶液内部と比べガラス上での介在物の晶出が高頻度に発生したことから,θは比較的小さな値であったと推測される。θによりσSLがどの程度変化するかを検討した結果をFig.10に示す。θ=15°であればσSL=4.6×10−2 N m−1θ=30°であればσSL=1.9×10−2 N m−1θ=60°であればσSL=8.1×10−3 N m−1と推算され,比較的濡れ性が良い場合でも,界面エネルギーは小さな値であることが分かった。本評価により推定された界面エネルギーの妥当性を検討するため,Table 2に脂肪族化合物と水との界面エネルギーの報告値16)をまとめて示す。報告値は(4–51)×10−3 N m−1であり,脂肪族化合物に親水基であるヒドロキシ基(-OH)が存在する場合には界面エネルギーが1×10−2 N m−1以下の低い値である。一方,Fig.10中に示すように,本研究で用いた溶液の主成分であるサクシノニトリルはニトリル基(-CN)をもつ脂肪族化合物であり,介在物であるルモゲンイエローも同様にニトリル基を有する。官能基の類異性を考慮すると,その場観察の結果から得られたFig.9の近似直線の傾きより,両者の界面エネルギーとして比較的小さな値が予想されたことは適当な結果と言える。したがって,本研究において古典的核生成理論に基づき実施した介在物の晶出現象に関する議論は妥当であったと結論づけられる。

Fig. 10.

Relationship between contact angle and estimated interfacial energy between inclusion and solution. Insets show molecular structures of succinonitrile (solvent) and lumogen yellow 083 (inclusion). (Online version in color.)

Table 2.

Interfacial energy of aliphatic compounds to water at 293 K.

以上より,模擬介在物であるルモゲンイエローは,ミクロ偏析の進行した液相において,古典的核生成理論に従って晶出し,その発生頻度は温度と溶質濃度によって決定される過飽和条件に依存して大きく変動することがわかった。

5. 結言

凝固過程におけるミクロ偏析に由来する二次介在物の生成挙動を明らかにするために,サクシノニトリルを溶媒,水およびルモゲンイエローを溶質とする三元系モデル材料を用いた凝固過程のその場観察を蛍光イメージングにより行った。2つの異なる冷却速度で凝固を進行させ,その後一定温度での保持を行ったところ,以下の成果が得られた。

(1)サクシノニトリル−水−ルモゲンイエロー溶液からの凝固過程でのミクロ偏析により模擬介在物であるルモゲンイエローが過飽和溶液から晶出する様子をその場観察することに成功した。介在物の晶出頻度は,冷却速度には依存しなかったことから,冷却速度により変化する液相内でのミクロな過飽和比の分布の差は小さいことがわかった。一方,介在物の晶出量はルモゲンイエローの過飽和比が大きいほど増加し,過飽和な液相領域近傍から晶出することが明らかになった。

(2)保持容器であるガラスセル上において,レンズ形状の不均一核生成が生じたと仮定し,古典的核生成理論に基づいた評価を行った結果,核生成頻度の対数は過飽和比と温度の関数に対して直線的に変化した。本相関より得られた介在物―溶液間の界面エネルギーは,ガラスセル上でのルモゲンイエローの接触角が15°以上であれば4.6×10−2 N m−1以下の比較的小さな値であった。サクシノニトリルとルモゲンイエローの官能基の類似性より本結果を説明でき,古典的核生成理論による議論が妥当であったと結論づけられた。以上より,介在物はミクロ偏析の進行した液相中において古典的核生成理論に従って晶出し,その発生頻度は温度と溶質濃度により決定される過飽和条件により大きく変動することが明らかになった。

利益相反に関する宣言

本論文に関して,開示すべき利益相反はない。

謝辞

本研究の一部は,日本鉄鋼協会「凝固過程の介在物生成・成長・変性機構」研究会,「物質・デバイス領域共同研究拠点における共同研究」,第30回鉄鋼研究振興助成,製鋼科学技術コンソーシアム研究助成,JSPS科研費(JP23K23106)の支援により行われた。各支援に感謝の意を表します。また,介在物のその場観察手法の開発にあたり有用なコメントをいただきました大阪大学 特任研究員 江阪久雄博士に謝意を表します。

Nomenclature

  • CLYeq:Solubility of lumogen yellow in liquid phase (µmol L−1)
  • CH2O:Water concentration in liquid phase (mass%)
  • CLY:Lumogen yellow concentration in liquid phase (µmol L−1)
  • fs:Fraction of solid (-)
  • r:Radius of spherical inclusion (m)
  • Ghom:Gibbs energy change by homogeneous nucleation (J)
  • G*hom:Energy barrier for homogeneous nucleation of inclusion (J)
  • GV:Gibbs energy change by formation of inclusion per unit volume (J m−3)
  • Ihom:Nucleation frequency by homogeneous nucleation (-)
  • I0:Pre-exponential factor for nucleation frequency (-)
  • Vm:Molar volume of lumogen yellow (m3 mol−1)
  • θ:Contact angle of inclusion on glass (°)
  • VS:Volume of inclusion (m3)
  • σSL:Interfacial energy between solid (inclusion) and liquid (solution) (N m−1)
  • σSG:Interfacial energy between solid (inclusion) and glass (N m−1)
  • σGL:Interfacial energy between glass and liquid (solution) (N m−1)
  • ASL:Area between solid (inclusion) and liquid (solution) (m2)
  • ASG:Area between inclusion and glass (m2)
  • Ghet:Gibbs energy change by heterogeneous nucleation (J)
  • G*het:Energy barrier for homogeneous nucleation of inclusion (J)
  • Ihet:Nucleation frequency by heterogeneous nucleation (-)

文献
 
© 2025 The Iron and Steel Institute of Japan

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