2025 Volume 111 Issue 3 Pages 163-174
This study demonstrates the effect of Ti addition on phase selection and subsequent ferrite-austenite transformation in Fe–22mass%Mn–0.7mass%C alloy, where the austenite is the primary phase in equilibrium. X-ray radiography revealed that the metastable ferrite nucleated as equiaxed grains in the completely melted specimen. During subsequent cooling, the metastable ferrite massively transformed into the austenite in the solid state, forming multiple austenite grains in each metastable ferrite grain. The ferrite-austenite transformation was immediately followed by the coarsening of multiple austenite grains within each former metastable ferrite grain. Typical austenite grain size ranged from 100 to 500 μm. In the specimen after the observation, titanium carbonitride (Ti(C,N)), which acts as heterogeneous nucleation agent for the ferrite, was presented and overlaid manganese spinel (MnAl2O4) or Al-Ti oxide. Because disregistry between such oxides and Ti(C,N) can be relatively low, the oxides facilitated the formation of Ti(C,N) in the melt. Regarding the formation of the oxides, it can be postulated that titanium oxides, as a deoxidation product, first combined with soluble Al, Mn, and O to form liquid Al–Mn–Ti oxides. During cooling, MnAl2O4 or Al–Ti oxide was supersaturated in liquid Al-Mn-Ti oxides, which subsequently crystallized and dispersed in the melt. Thus, titanium oxide serves as a precursor to a multistep reaction leading to the formation of Ti(C,N), and its fine dispersion in the melt allows us to control the austenite grain size in the as-cast microstructure through promoting the metastable ferrite nucleation followed by the ferrite-austenite transformation.
鉄鋼材料の連続鋳造プロセスでは,鋳片内部に生じる中心偏析やポロシティの形成を抑制するために,柱状晶から等軸晶への遷移を利用した凝固組織の微細化が有効である。等軸晶組織の形成の基軸となる現象は,発達したデンドライトアームの溶断と遊離,および過冷却融液中の晶出物や介在物を異質核とする等軸晶の核生成である。
デンドライトアームの溶断と遊離には,発達したデンドライトアームの粗大化過程に起きるくびれた領域(dendrite arm neck)の溶解1,2),過冷却融液中での凝固におけるリカレッセンス過程での溶解3,4),融液の流動によって引き起こされる溶質輸送による溶解1,5)など多数の機構が関係する。これらは基本的に固液界面の曲率効果に起因するデンドライトアーム形状の不安定化に基づいた現象である。鉄鋼プロセスでは,連続鋳造における電磁攪拌の付与がデンドライトアームの溶断と遊離を通じて等軸晶組織の形成を促進する6,7,8,9,10)。
他方,後者は,融液中に直接接種された,あるいは融液中の微量成分が化合して晶出した介在物を起点に固相の不均一核生成が起こり,等軸デンドライトが発達する。Al合金ではTiB2を含んだ微細化剤の添加により等軸晶組織が形成すると知られており,工業的に鋳造組織の微細化に利用されている11)。また,結晶粒の微細化に寄与する異質核を含む融液中での核生成挙動を記述する物理モデルとしてFree Growth Model12,13,14)やInterdependence Model15,16,17)が提案されている。Free Growth Modelによると,融液中に多数存在するTiB2粒子の中で核生成能が高い粒子のみが等軸晶の形成に寄与する。すなわち,わずかな過冷度で多数の核生成が起きて微細な等軸晶が形成するには,有効な核生成サイトを確保するために多数の異質核が存在している必要がある。
鉄鋼材料に関しては,フェライト(BCC構造, δ相)との結晶格子の整合性が良好な窒化物,炭化物,酸化物を異質核とする研究が広く行われている6,18,19,20,21,22,23,24,25,26)。Bramfitt18)は面不整合度を結晶格子の整合性の評価基準として用い,さまざまな窒化物や炭化物を溶鋼へ添加した場合の過冷度の変化を調査した。その結果,面不整合度が6%以下の物質が不均一核生成能が高いとし,最も有効な異質核としてTiN,次いでTiCを挙げた。Itohら19)とTakeuchiら6)は,それぞれFe–17mass%Cr鋼の鋳塊と連続鋳造のスラブの凝固組織を評価し,Tiの添加がTiNの生成を通じて等軸晶組織の形成が促進されたと報告している。Fujimuraら20)は,溶鋼中に分散したMgAl2O4が核となってTiNの生成を促進したと指摘している。Villafuerteら21)やKoseki and Inoue22)は,平衡状態図上の初晶がδ相であるステンレス鋼の溶接において,溶融池にTiNが晶出すると凝固組織が等軸晶に遷移したと報告している。Morohoshiら23)は,溶鋼中においてTiと斥力的な相互作用を持つとされるSiを添加してTiの活量を高め,TiNの溶解度積を低下させることで溶鋼中に晶出するTiN量を増加できると提案し,鋳造組織の評価によりFe–11mass%Cr–0.13mass%Ti–0.008mass%N合金へのSi添加によって等軸晶組織の形成が促進されたと報告している。さらに,TiN以外にも希土類酸化物24,25)やTi酸化物26)がδ相の異質核として有効であると指摘されている。
オーステナイト(FCC構造, γ相)の有効な異質核に関する検討も幾つか実施されている。Nakajimaら27)は,平衡状態図上の初晶がγ相であるFe–10mass%Ni合金にAl,Ca,Mg,Zrを添加して酸化物が生成した場合にMgO,ZrO2,Al2O3,CaO-Al2O3の順で過冷度が小さくなったと報告している。Suitoら28)は,Al2O3るつぼ内で高周波溶解したFe–10mass%Ni,Fe–0.5mass%C–1mass%Mn合金をCe,Mg,Zrにより脱酸した後に冷却して凝固組織観察を行い,脱酸生成物がMgO,Ce2O3,ZrO2の順で粒状晶のサイズが小さくなったとしている。Morohoshiら29)は,ZrO2を添加するとAl2O3を添加した場合よりもFe–0.75mass%C鋼中の等軸晶のサイズが小さくなったと述べている。
一方で,過冷却したFe合金融液では,Feの特徴である同質多形により,δ相とγ相の核生成が競合する。平衡状態図上の初晶がγ相であるFe–Ni30,31,32),Fe–Cr–Ni合金33,34)において,ガスアトマイズ法やレビテーション法などの無容器プロセスにより融液が大きく過冷却した場合に準安定δ相が生成したと報告されている。Thoma and Perepezko35)はFe–Ni合金の核生成に律速された相選択に関する先行研究を集約し,準安定δ相は微粉末状の試料では残存していたのに対してバルク状の試料では残存していなかったと報告している。彼らは,準安定δ相の核生成とその後のδ-γ変態による組織形成を考慮すると,広い試料サイズの範囲,すなわち広い過冷度の範囲で準安定δ相の核生成が起きる可能性があると指摘している。
以上の核生成に律速された相選択を前提とすると,介在物が準安定相の異質核となる可能性が生じる。Nakajimaら36)とNakajimaら37)は,平衡状態図上の初晶がδ相からγ相までの広い組成でFe–Ni,Fe–Cr–Ni合金にTiNおよびAl2O3を添加し,選択される初晶がδ相かγ相に関わらずTiNの方が核生成の過冷度を低減させたと報告している。しかし,凝固後の試料の組織観察だけでは,TiNの添加が準安定δ相の核生成選択とそれに続くδ-γ変態によるγ粒組織形成に及ぼす影響は不明確である。
1・2 放射光を用いた金属合金の凝固その場観察近年,大型放射光施設の高輝度硬X線を活用した時間分解X線イメージングによる金属合金の凝固その場観察が可能となり,従来の凝固後の組織観察では実証できなかった現象が明らかにされている38,39,40,41)。鉄鋼材料の凝固その場観察において,平衡状態図上の初晶がγ相であるFe–18mass%Cr–20mass%Ni合金42)やFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金43)では,準安定相であるδ相が過冷却融液から優先的に核生成してデンドライト成長した後,δ相がγ相に固相変態してγ凝固が残留した融液中で進行する現象が報告されている。準安定δ相からγ相への固相変態はマッシブ的に進行し,単一のδ粒内に多数のγ粒が生成した。さらに,δ-γ変態直後からγ粒の粗大化が進行し,凝固完了後には結晶粒径が200–500 µmの多結晶γ粒組織が得られた。すなわち,平衡凝固では初晶がγ相である組成領域のγ粒組織は,融液中のγ相の核生成ではなく,準安定δ相の核生成とそれに続くδ-γ変態の影響を受けている。δ-γ変態直後に始まるγ粒の粗大化を抑制すれば,数µmから数十µm級の微細なγ粒組織の形成が期待される。さらに,γ相よりも置換型元素の拡散が速い準安定δ相のデンドライトが成長するため,固相内拡散によりミクロ偏析が低減する可能性もある。
先のδ-γ変態はマッシブ的変態と定義されており,γ相が固相変態により急速に不連続成長して単一のδ粒中に多数のγ粒が形成し,変態直後からγ粒の粗大化が開始する40,44)。著者らは,マッシブ的変態の組織形成の特徴が包晶鋼の連続鋳造プロセスにおける組織形成や欠陥形成と密接に関係していると考えている。例として,連続鋳造スラブにおける粗大γ粒組織の形成が挙げられる45)。粗大γ粒の粒界に形成するα-フェライト粒は表面割れやスラブの延性低下を招くが,粗大γ粒の形成機構の全ては解明されていない。透過X線イメージングを用いたその場観察により,Fe–0.3mass%C合金の一方向凝固では成長速度が50 µm/sでもマッシブ的変態が選択されることが明らかにされており,一般的な連続鋳造の条件ではマッシブ的変態が選択されると結論づけている46)。その際,1 mm以上の粗大なγ粒がマッシブ的変態により形成した微細なγ粒から数100 µm後方において観察されている。したがって,連続鋳造プロセスにおけるγ粒粗大化の機構の理解とその抑制指針を明らかにするためには,マッシブ的変態によるγ粒組織の形成機構の理解が不可欠であると考える。また,マッシブ的変態は亜包晶領域の割れや不均一凝固47)にも関連している可能性もある。包晶凝固による体積変化を前提とした凝固シェルの変形モデル48)が提案されているが,マッシブ的変態により亜包晶組成では比較的大きなひずみ・ひずみ速度が凝固シェルに印加される49)と報告されている。したがって,鋳造欠陥の形成機構を解明する上でも,マッシブ的変態の理解が必要である。
先述の準安定δ相の核生成を起点とする凝固現象42,43)は,マッシブ的変態を科学的に理解する必要性が包晶鋼だけではなく平衡凝固では初晶がγ相である組成の鋼にも波及する点で大きな意義がある。準安定δ相の核生成とマッシブ的変態の制御はミクロ偏析とγ粒組織の制御に結びつく新たな凝固組織の制御原理として期待される。しかし,先行研究42,43)では核生成温度のばらつきが大きく,透過X線イメージングでは準安定δ相の核生成が検出されずにγ凝固が進行して,粗大な柱状γ粒組織が得られる場合もあった。
本研究はδ相の有効な異質核となる介在物に着目して,平衡状態図上で初晶γ相のFe合金融液中における準安定δ相の核生成誘起を実証することを目的とした。Fe–22mass%Mn–0.7mass%C合金において,δ相の有効な異質核となるTiの炭窒化物の晶出を狙い,Tiを添加して透過X線イメージングによる凝固その場観察を行い,Tiの炭窒化物が準安定δ相とγ相の核生成・成長挙動に及ぼす影響を調査した。また,その場観察後の試料中の介在物をエネルギー分散型X線分光(Energy dispersive X-ray spectroscopy,EDS)が付設された走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscope,SEM)および波長分散型X線分光(Wavelength dispersive X-ray spectroscopy,WDS)が付設されたSEMにより分析した。
純度99.9%のFe片,Mn片,黒鉛,Ti片を秤量してアーク溶解炉内に設置した。油拡散ポンプで10−3 Paまで真空引きした後,純度99.9999%のArガスで炉内を復圧し,減圧Ar雰囲気とした。初めに炉内に設置したTiインゴットをアーク加熱して炉内の酸素や窒素を除去し,その後試料をアーク溶解してFe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti合金を溶製した。Fig.1はCALPHAD法を用いて計算したFe–Mn–3mass%C擬二元系状態図のFe富化領域43)である。ここでは,Djurovicら50)が精査した熱力学パラメータを用いてOpenCalphad51)により計算した。本研究では,先行研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金の凝固その場観察43)における準安定δ相の核生成温度やδ-γ変態温度と本研究の結果を比較するにあたりFig.1を用いている。

Pseudo-binary phase diagram for the C-Fe-Mn system43).
透過X線イメージングは,SPring-8のイメージングビームラインBL20B2で行った。Fig.2は透過X線イメージングのセットアップを示している。その場観察のセットアップおよび観察手法の詳細については,先行研究に記されている52)。本研究では,試料に照射した21 keVの単色X線の透過像をビームモニター(ピクセルサイズ:2.7 µm×2.7 µm,フルフォーマット:2048×2048 pixels)により2 Hzで撮影した。試料とビームモニターの距離は0.7 mとした。

Setups for X-ray radiography43). (Online version in color.)
溶製した合金から試料(10 mm×10 mm,厚み:0.1 mm)を切り出し,直径20 mmの円盤状の焼結アルミナ製スペーサー(厚み:0.1 mm)に開けた10 mm×10 mm の矩形孔に設置して同径の2枚のサファイア板(厚み:0.15 mm)で両側から挟み込んで固定した。Fe合金の凝固その場観察を行う場合は真空雰囲気下で加熱する必要があり,真空チャンバー内にN2ガスを導入してNを試料に供給することはできない。そこで,本研究ではシリカ微粒子を含むセラミックス系の接着剤でサファイア板の隙間を埋め,大気雰囲気下において573 Kで120 min加熱して接着剤を乾燥させて大気を含んだ状態で封止した上で観察に用いた。その結果,後述するように融液に0.01 mass%程度のNが溶解した状態となりTiの炭窒化物の晶出が確認できている。また,試料セルの封止はMnの蒸発を抑制できる効果もある。
スクロールポンプによる10 Paオーダーの真空雰囲気下において試料をグラファイトヒーターにより加熱した。試料が融解してから15–40 K過熱したのち,20 K/minで冷却した。凝固・相変態におよぼす過熱度の影響は見られなかったため,本論文では過熱度の影響は議論しない。凝固の完了が確認された後,20 K/minで加熱して試料の融解過程も観察した。なお,本研究ではグラファイトヒーターの近傍に設置した熱電対により加熱および冷却を制御しているため,透過像により試料の溶解が確認できた温度がFe–22mass%Mn–0.7mass%Cの液相線温度(1678 K)であるとして,試料の温度を補正している。
透過X線イメージング後の試料中の介在物はSEM(JSM-6510,JEOL)およびEDS(JED-2300,JEOL)を用いて分析した。加速電圧は20 kVとし,各元素のKα線の強度から組成を評価した。また,SEM(S-3500H, Hitachi)およびWDS(WDX-2PC, MICROSPEC)を用いてTi炭窒化物を分析した。加速電圧は10 kVとし,標準試料に純Ti,黒鉛,Si3N4を用いた。Ti, C, NのKα線の強度から組成を評価した。
Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti合金を融液から20 K/minで冷却した際の透過像のスナップショットをFig.3(a)および(b)に示す。動画はそれぞれ電子付録Movie S1およびS2としてWebサイトから閲覧できる。同じ冷却速度で行ったFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金の凝固その場観察(Fig.3(c))43)と比較すると,Tiの添加によって準安定δ相の等軸デンドライトが発達するようになった。

(a) and (b) Radiographs of Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti alloy during cooling from the melt at a rate of 20 K/min; (c) Radiographs of Fe–22mass%Mn–0.7mass%C alloy during cooling from the melt at a rate of 20 K/min43). (Online version in color.)
Fig.3(a)では,観察視野全体で準安定δ相の等軸晶粒が核生成して成長し,マッシブ的変態により多結晶γ粒組織が形成した観察例を示している。なお,透過像に見られる黒い線状の模様は試料ホルダに用いたサファイアの回折により生じたコントラストである。試料は液相線温度(1678 K)より35 K過熱した状態から冷却を開始し,1675 K(114.0 s)において透過像中の白矢印で示した領域で準安定δ相の最初の核生成が検出された。1670 K(130.0 s)まで冷却する過程で観察領域内で準安定δ相の核生成および成長が続いた。また,1次アームが溶断して沈降した等軸晶(黄矢印)も一部検出された。本研究では厚さ0.1 mmの試料中の固液界面の二次元観察を行っており,等軸デンドライトのサイズよりも試料の厚みが小さく,空間的な制約がある。そのため,溶断したデンドライトアームの沈降が途中で停止した。仮に空間的な制約がなければ,溶断したデンドライトアームが浮力や対流によって融液中を移動し,核となって新たな等軸晶が生成する可能性がある。つまり,準安定δ相の凝固においても等軸晶の生成には介在物を異質核とした核生成だけではなく,デンドライトアームの溶断と遊離も寄与している。1665 K(145.0 s)にδ-γ変態が検出された。結晶が入射X線をブラック反射する場合,入射X線の一部が回折され,結晶を透過するX線の強度が低下する。つまり,δ-γ変態後の透過像に生じる黒い斑点状の領域は,δ-γ変態により多数の微細γ粒が形成されたことを示している。冷却を続けると,黒い斑点状の領域の数が減少し,δ-γ変態後にγ粒の粗大化が進行したことが確認された。これはマッシブ的変態の特徴と一致しており,観察されたδ-γ変態はマッシブ的変態であった。また,準安定δ相のデンドライトアーム間に存在していた液相はγ相の液相線に対して過冷却していたため,マッシブ的変態が起きた直後に急速にγ凝固が進行した。凝固完了後には,凝固収縮により試料表面にくぼみ(透過像の白い領域)が生じた。
Fig.3(b)は,準安定δ相の核生成が検出された後,γデンドライトが1 s以内に観察領域を覆うように成長した観察例を示している。試料を1693 Kから冷却し,1673 K(60.0 s)において白矢印で示した領域で準安定δ相の最初の核生成が検出され,その後1672 K(63.0 s)まで観察領域内で核生成が続いた。その次のフレーム(63.5 s)において観察領域外から観察領域内へ向かってγデンドライトが成長し,さらに1フレーム(0.5 s)後に観察領域全体がγ相で覆われた。また,γデンドライトが検出されたフレームで準安定δ相はマッシブ的変態していた。準安定δ相の等軸デンドライトの成長速度がおよそ30 µm/sであったのに対して,γ相の柱状デンドライトの成長速度は102 mm/sを超えていた。これは,γ相の液相線温度が準安定相であるδ相の液相線温度よりも高く,δ凝固している液相がγ相に対して過冷却していたためである。
3・2 その場観察後の試料中の介在物その場観察後の試料の断面組織に観察された介在物の反射電子像とEDSによる元素マップをFig.4(a)に示す。元素マップの結果から介在物はTiの炭窒化物であった。以降,これをTi(C,N)と表記する。反射電子像からは複数のTi(C,N)が確認されており,それぞれ一辺が2–5 µmの角形状であった。Fig.4(b)のTi(C,N)内部の反射電子像のコントラストが異なる領域の点分析(図中×)から得られたEDSスペクトルからAlとOもわずかに検出された。Fig.4(a)の元素マップも併せて考えるとAl,Mn,OがTi(C,N)に均一に分布していないことから,一部のTi(C,N)は複合的であった。Al2O3–MnO二元系状態図によるとAlとMnを含む酸化物にはAl2O3(corundum),MnAl2O4(manganese spinel, galaxite),MnO(halite)の3つがあり,Ti(C,N)内部に存在するのはMnAl2O4であると考えられる。また,Ti(C,N)の内部にはFig.4(c)に示すような球状の介在物が確認される場合もあった。Fig.4(c)の球状の介在物の点分析(図中×)から得られたEDSスペクトルからAlとTi,Oが検出されたことから,Al–Ti酸化物であると考えられる。Alはアーク溶解により溶製した合金には含まれていないため,その場観察中に混入したと考えられる。本研究では,試料ホルダにサファイアを使用しており,サファイアと融液の反応によりAlが供給されたと説明できる。また,OはTi(C,N)の生成のために封止された大気あるいはサファイアと融液の反応により供給されたと説明できる。以上のEDSの分析結果から,Tiを添加すると融液中に生成したTi(C,N)が異質核として作用し,準安定δ相の等軸晶が生成したと考えられ,透過X線イメージング結果を合理的に説明できる。

(a) Back scattered electron image with elemental mapping of Al, C, Fe, Mn, N, O, and Ti; (b) and (c) Back scattered electron images with EDS spectra of particles inside Ti(C,N). (Online version in color.)
Fig.5は,Ti(C,N)のWDSスペクトルの一部である。断面組織に存在した3つのTi(C,N)に対して標準試料のピーク強度比を基にNのKα線からTiのLl線を分離して組成を評価し,その結果をTable 1にまとめている。Ti(C,N)の平均的な組成(mol%)はTi50C17N33であった。Hallstedtら53)が精査した熱力学パラメータを用いてOpenCalphad51)によりFe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti-N合金の熱力学計算を行った結果,融液中で晶出するTi(C,N)がTable 1の組成となる際のN濃度は0.01 mass%程度であった。

WDS spectrum of Ti(C,N). (Online version in color.)
| Ti (mol%) | C (mol%) | N (mol%) |
|---|---|---|
| 49.0 | 18.6 | 32.4 |
| 48.8 | 16.2 | 35.0 |
| 51.6 | 16.4 | 32.0 |
Fig.6は擬二元系状態図上に示した準安定δ相の核生成温度である。黒丸(●)は本研究の結果を表し,白丸(○)は透過X線イメージングによるFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金の凝固その場観察を行った先行研究において準安定δ相が検出された際の核生成温度43)である。なお,本研究では等軸晶が10–20 sに渡って連続的に核生成していたため,観察領域内で最初に等軸晶の核生成が検出された温度と最後に等軸晶の核生成が検出された温度の中間温度を核生成温度として採用し,Fig.6に表している。先行研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金では,核生成温度は1643–1662 Kに分布しており,過冷度の平均値と標準偏差はそれぞれ29.3 Kおよび6.1 Kであった。それに対して,本研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti合金の核生成温度は1672–1673 Kであり,核生成の過冷度の平均値と標準偏差は5.3 Kおよび0.2 Kであった。つまり,Ti(C,N)が存在する場合は準安定δ相の核生成の過冷度が小さくなる傾向があり,介在物の不均一核生成能は平衡相のみではなく準安定相にも及ぶことが実証された。

Nucleation temperatures on the Fe-rich portion of the pseudo-binary phase diagram for the C–Fe–Mn system.
擬二元系状態図上に示したマッシブ的変態の温度をFig.7に示す。黒三角(▲)は本研究の結果を表し,白三角(△)は先行研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金においてマッシブ的変態が検出された際の温度43)である。先行研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C合金では1610–1651 Kに分布していたのに対し,本研究のFe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti合金では1646–1672 Kに分布しており,マッシブ的変態の温度が上昇している。マッシブ的変態は固相変態であるため,この結果は準安定δ相中のγ相の核生成温度の上昇を表している。したがって,Ti(C,N)が準安定δ相中のγ相の核生成に寄与していた可能性がある。これを支持する結果として,Fe–0.45mass%C合金にTiを0.2mass%添加するとマッシブ的変態の温度が上昇すると報告されている54)。またSuitoら28)は,Fe–0.15mass%C合金の凝固組織において,析出物がない場合のγ粒径が数mmであったのに対し,Tiを添加してTi酸化物およびTiCが析出した場合はγ粒径が数100 µmであったことから,Ti酸化物およびTiCがγ-γ粒界のピン止め,あるいはδ-γ変態におけるγ相の不均一核生成サイトとして作用した可能性があると指摘している。

Temperatures for the massive-like transformation on the Fe-rich portion of the pseudo-binary phase diagram for the C–Fe–Mn system.
等軸晶の核生成は10–20 sに渡って連続的に進行したが,マッシブ的変態は観察領域内の全ての等軸晶で1フレーム(0.5 s)以内に進行した。等軸晶それぞれが独立したマッシブ的変態のドメインであるとすると,観察領域内の全ての等軸晶で1フレーム(0.5 s)以内にマッシブ的変態が起きた事実は,各等軸晶で核生成能に差が出ないほどに多数のTi(C,N)が準安定δ相中に存在していた可能性を示している。
3・4 δ-γ変態後の加熱過程の透過X線イメージング融液からの冷却過程の透過X線イメージングその場観察により,Tiの添加によって融液中に晶出したTi(C,N)の微粒子が準安定δ相の核生成を誘起することが実証された。等軸晶それぞれが液相によって孤立したδ-γ変態のドメインであり,柱状晶がδ-γ変態する場合43)よりも多数のγ粒が生成し,さらにγ粒の粗大化が残留液相を超えずに等軸晶内で抑制されてγ粒のサイズが小さくなる可能性がある。そこで,γ凝固が完了した後に加熱して試料の融解過程を観察した。γ粒の粒界エネルギーはγ相-液相間の固液界面エネルギーの2倍より大きいため,試料が固相線温度を超えるとγ粒界が優先的に融解し,γ粒のサイズが評価できる。
観察例としてFig.3(a)の後の融解過程をFig.8(a)に示す。Fig.8(a)の動画は電子付録Movie S3としてWebサイトから閲覧できる。初めに,冷却過程においてマッシブ的変態後に旧準安定δ相の等軸晶間の残留液相が急速にγ凝固した領域が10–50 µmに分断して沈降した。これは,マッシブ的変態により準安定δ相の等軸晶に生成した多数のγ粒から残留液相への成長を表しており,残留液相の領域も多結晶γ組織が形成していたことを示している。さらに試料を加熱すると,旧準安定δ相の等軸デンドライトアームにおいてγ粒界の融解が検出された。旧準安定δ相の等軸晶のサイズは300 µmから1 mmに分布していたのに対して,γ粒のサイズは100–500 µmであり,単一のδ粒から多数のγ粒が形成していた。このγ粒のサイズは,先行研究において準安定δ相の柱状デンドライトがマッシブ的変態した後に観察されたγ粒のサイズ(200–500 µm)と同程度であった。また,旧準安定δ相の等軸晶の1次アームが1つのγ粒となった領域が複数確認された。これは,マッシブ的変態により多数のγ粒が生成した後に1次アーム内でγ粒の粗大化が進行したためである。

Radiographs of Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti alloy during heating after the massive-like transformation.
Fig.8(b)はFig.3(b)の後の融解過程を示している。Fig.8(b)の動画は電子付録Movie S4としてWebサイトから閲覧できる。旧準安定δ相の等軸晶の領域のγ粒のサイズは100–500 µmであったのに対して,γデンドライトが成長した領域は数mmの粗大な柱状晶組織であった。微細γ粒組織を得るためには,融液中に準安定δ相の等軸晶を多数生成させ,粗大なγデンドライトが融液中を成長する余地がない状態でマッシブ的変態を起こす必要がある。
Fig.8の結果から,準安定δ相の核生成とその後のマッシブ的変態を通じて微細γ粒組織を得るためのアプローチが2つ挙げられる。一つは,準安定δ相の等軸晶の微細化である。本研究では準安定δ相の等軸晶のサイズは300 µmから1 mmに分布していたのに対し,工業的に鋳造組織が微細化制御されているAl合金の結晶粒サイズはおよそ100 µmである11)。準安定δ相の等軸晶サイズをAl合金と同程度まで小さくできれば,マッシブ的変態後にγ粒の粗大化が起きたとしても,その粗大化は残留液相で孤立した旧準安定δ相の等軸晶内に限定されるため,最終的に得られるγ粒のサイズも小さくなる。もう一つのアプローチはマッシブ的変態後のγ粒の粗大化の抑制である。炭素鋼にAl,Nb,Ti,Vなどを添加して炭窒化物を析出させてγ粒の粗大化の抑制が行われている55)が,マッシブ的変態直後の急激なγ粒の粗大化におけるγ粒界の移動にもこれらの析出物が有効かは不明確である。少なくとも,本研究で検出されたTi(C,N)はマッシブ的変態直後のγ粒粗大化の抑制には有効ではなかった。マッシブ的変態後のγ粒の粗大化抑制に寄与する介在物や析出物が見出せると,準安定δ相の核生成とその後のマッシブ的変態を通じて微細γ粒組織が得られるだけではなく,連続鋳造におけるγ粒の粗大化抑制にも活用できる可能性がある。
3・5 介在物の多段階的な生成機構本研究により,δ相の有効な異質核であるTi(C,N)によって準安定δ相の核生成が誘起されることが実証された。前述の通り,準安定δ相の核生成とその後のマッシブ的変態を通じて微細γ粒組織を達成するためには,準安定δ相の微細等軸晶の生成が有効である。Free Growth Model12,13,14)によると,融液中に多数存在するTi(C,N)の中で核生成能が高いTi(C,N)のみが等軸晶の形成に寄与するため,有効な核生成サイトを確保するためには多数のTi(C,N)を晶出・分散させる必要がある。そこで,酸化物上にTi(C,N)が配置されたFig.4の介在物の形態に着目して介在物の生成機構を検討するとともに,融液中にTi(C,N)を分散させる方法を提案する。
Fujimuraら20)は,TiNの晶出を促進する有効な核であるMgAl2O4について溶鋼から直接核生成するのではなく多段階的に生成すると考えた。酸素との親和性が高いTiはTiNが晶出する前に脱酸反応に寄与してTi酸化物が生成し得る。彼らは,Al2O3–MgO–TiO2三元系状態図において1873 K付近ではAl–Mg–Ti酸化物融体が形成するため,脱酸反応で生成したTi酸化物は溶鋼中のAlやMgと化合してAl–Mg–Ti酸化物融体が生成し,冷却過程にAl–Mg–Ti酸化物融体中でMgAl2O4の過飽和が達成されてMgAl2O4が晶出したと考察している。
本研究では,Ti(C,N)を晶出させるために試料セルに大気を封入しており,酸素ポテンシャルが高い状態にあるため,試料中のTiはTi(C,N)が晶出する前に脱酸反応に寄与してTi酸化物が生成すると予想され,Fujimuraら20)と同様に多段階的な介在物の晶出反応が起き得る。本研究では冷却前に融液を1690–1720 Kで保持しており,Al2O3–MnO–TiO2三元系において少なくとも1673 K以上で液相が形成する56)ため,融液中のAlやMnとTi酸化物が化合してAl–Mn–Ti酸化物融体が形成できる。冷却過程にAl–Mn–Ti酸化物融体中で過飽和となったMnAl2O4やAl–Ti酸化物が晶出する。MnAl2O4はMgAl2O4と同じspinel構造をとり,Ti(C,N)との面不整合度が小さく,Ti(C,N)の晶出を促進するのに有効な核として作用する。Al–Ti酸化物に関してはTi(C,N)との面不整合度は不明だが,Ti(C,N)の内部に存在していた事実から,Ti(C,N)の有効な核であったと考える。以上の多段階的な介在物の晶出反応が起きたとするとFig.4の形態を有する介在物の形成を矛盾なく説明できる。
準安定δ相の異質核となるTi(C,N)の晶出に至る介在物の生成機構をFig.9の模式図に示す。この生成機構に従うとすれば,融液中にTi(C,N)を多数分散させて準安定δ相の微細等軸晶の生成を促進するには,多段階的な介在物の晶出反応の起点であるTi酸化物を分散させることが有効であると考える。本研究の結果は,平衡状態図上の初晶がγ相のFe合金であったとしても,準安定δ相の核生成選択を通じて,これまで広く研究されて培われてきた介在物を用いたδ相の微細化手法を適用できる可能性を示している。

Formation process of Ti(C,N) in molten Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti alloy.
平衡状態図上の初晶がγ相であるFe–22mass%Mn–0.7 mass%C–0.3mass%Ti合金の凝固を放射光を用いた時間分解X線イメージングでその場観察し,以下の知見を得た。
(i)Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti合金を融液から冷却すると核生成・成長した準安定δ相の等軸晶がγ相にマッシブ的変態して,その後γ相の凝固が進行することが実証された。
(ii)Tiを添加した試料の核生成の過冷度は5.3±0.2 Kであり,Tiを添加していない場合(29.3 K±6.1 K)よりも過冷度とそのばらつきが小さくなった。
(iii)その場観察後の試料にはTi(C,N)が観察された。δ相の有効な異質核であるTi(C,N)により準安定δ相の等軸晶の核生成が誘起されたとするとその場観察の結果を合理的に説明し得る。
(iv)Ti(C,N)の内部には酸化物が観察された。酸化物は融液中に直接核生成したのではなく,はじめにTi酸化物を起点にAl–Mn–Ti酸化物融体が形成し,その後の冷却過程で晶出できると考察した。微細なγ粒組織を得るためにマッシブ的変態の個別のドメインとなる準安定δ相の微細等軸晶の生成を促進するには,Ti(C,N)の晶出反応の起点となるTi酸化物を分散することが有効であると提案した。
Movies S1 and S2 show sequential radiographs of Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti alloy during cooling from the melt, corresponding to Fig.3. Movies S3 and S4 show sequential radiographs of Fe–22mass%Mn–0.7mass%C–0.3mass%Ti alloy during heating, corresponding to Fig.8.
These materials are available on the Website at https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.TETSU-2024-125.
鳴海大翔は,日本学術振興会から研究助成を受けており,また「凝固過程の介在物生成・成長・変性機構」研究会の委員として参画している。安田秀幸は,日本学術振興会から研究助成を受けている。その他,著者らに本研究の遂行に関する利益相反は無い。
放射光を利用したX線イメージングその場観察はSPring-8の一般課題としてBL20B2 2020A1542,2021B1514,2021B1537,2023B1423において実施した。本研究にはJSPS科研費 基盤研究(S)JP17H06155,JP22H04963および若手研究JP23K13584の助成による成果が含まれる。SEM-WDSの分析について,鹿住健司技術専門職員(京都大学大学院工学研究科材料工学専攻)の技術支援に感謝の意を示します。日本鉄鋼協会「凝固過程の介在物生成・成長・変性機構」研究会の委員から貴重なコメントを賜り御礼申し上げます。